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平成14年(行ケ)第283号 審決取消請求事件
平成14年10月17日口頭弁論終結
判          決
原      告     有限会社黒雲製作所
訴訟代理人弁護士    市 東 譲 吉
被      告     株式会社フィルモア
訴訟代理人弁理士     牛 木 理 一
主          文
     原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が無効2000-35661号事件について平成14年4月22日に
した審決のうち「登録第1419427号の指定商品中「楽器,演奏補助品,蓄音
機,レコード」についての登録を無効とする。」とした部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,別紙審決書の写し末尾に別掲(1)本件商標として表示されたとお
りの,ぎざぎざのある黒い丸の中にMの欧文字が白抜きで書かれた図形(以下「マ
ルMマーク」という。)と「mosrite」の欧文字を横書きしたもの(以下,
これを「マルMマーク mosrite」ということがある。)から成り,平成3
年政令299号による改正前の商標法施行令1条関係別表(以下「旧別表」とい
う。)第24類の「楽器,その他本類に属する商品」を指定商品とする,登録第1
419427号商標(昭和47年6月22日登録出願,昭和55年5月30日設定
登録。以下「本件商標」という。出願したのはAである。出願人の地位は,同人か
ら黒沢商事株式会社に,同社から原告へと譲渡され,登録時には原告が有してい
た。)の商標権者である。
被告は,平成12年12月8日,本件商標の登録を無効とすることについて
審判を請求した。
特許庁は,これを無効2000-35661号事件として審理し,その結
果,平成14年4月22日に,「登録第1419427号の指定商品中「楽器,演
奏補助品,蓄音機,レコード」についての登録を無効とする。その余の指定商品に
ついての審判請求は成り立たない。」との審決をし,同年5月8日にその謄本を原
告に送達した。
 2 審決の理由
  別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件商標は,その指定商品中
の「楽器,演奏補助品,蓄音機,レコード」と用途,販売部門等を共通にすること
の多い楽器であるエレキ・ギターに使用されている周知の商標である別紙審決書の
写し末尾に,別掲(2)引用商標として表示された,上段の「マルMマーク mo
srite」と下段の筆記体の「of California」の欧文字から成る
商標(以下「引用商標」という。)に類似するから,商標法4条1項10号に該当
し,かつ,不正競争の目的で商標登録を受けたものであるため,その無効審判請求
について商標法47条所定の5年の除斥期間の適用はないので,本件商標の登録の
うち,上記指定商品についての登録を無効とする,その余の指定商品についての審
判請求は成り立たない,とするものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,商標法4条1項10号の解釈適用を誤り,商標法46条の解釈適用
を誤り,商標法47条の解釈適用を誤り,権利の濫用についての判断を誤ったもの
であって,これらの解釈適用や判断における各誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼす
ことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 商標法4条1項10号の解釈適用の誤り
(1) 引用商標と既登録商標との関係について
ベンチャーズ-モズライト・インク(以下「ベンチャーズ-モズライト
社」という。)は,本件商標登録前,我が国において,旧別表第24類の「楽器,
演奏補助品その他本類に属する商品」を指定商品とする,「MOSRITE」(商
標登録第736316号)及び「VENTURES-MOSRITE」(商標登録
第736317号)の商標権(いずれも,昭和40年5月8日出願。昭和42年3
月20日登録。更新登録はなされていない。以下,両者の登録商標を合わせて「ベ
ンチャーズ-モズライト登録商標」という。)を有していた。引用商標がベンチャ
ーズ-モズライト登録商標と類似することは明らかであるから,引用商標が本件商
標登録出願時である昭和47年6月22日に周知であった,との被告の主張は,そ
れより前である昭和42年3月20日に登録されたベンチャーズ-モズライト登録
商標が周知であった,との主張に帰着する。そうである以上,引用商標は,昭和5
2年3月20日にベンチャーズ-モズライト登録商標の商標権が更新登録手続がな
されないまま消滅したことにより,これとともに消滅したものというべきである。
審決は,「Aが本件商標の登録出願をした当時には,先に認定したとお
り,引用商標は,モズライト・ギター(セミー・モズレー又は同人が設立した会社
が製造するエレキ・ギター)を表示するものとして,需要者の間に広く認識されて
いたのであり,しかも,ベンチャーズ-モスライト・インクが「MOSRITE」
等について商標権を有していたのであるから,引用商標と類似する本件商標を出願
したAには,不正競争の目的があったものと認められる。その後,ベンチャーズ-
モスライト・インクが有していた商標権は,期間満了により消滅したが,引用商標
がモズライト・ギターを表示するものとして,需要者の間に広く認識されていたこ
とには変わりがなく」(審決書14頁27行~36行)としている。これによれ
ば,審決が,引用商標とベンチャーズ-モズライト登録商標とが別個のものであっ
て並存するもの,すなわち類似しないものである,と判断したことが明らかであ
る。
審決は,我が国の商標法が登録主義を採用しているにもかかわらず,ベン
チャーズ-モズライト社が有する前記登録商標の存在を無視して,同登録商標と引
用商標との類似性について,何らの理由も示さないまま,これを否定し,これを前
提に,引用意匠が商標法4条1項10号により保護される周知商標である,として
同条項を適用し,本件商標の一部を無効とする誤った判断をしたものである。
(2) 周知商標主に故意又は悪意があることによる商標法4条1項10号の不適
用について
ベンチャーズ-モズライト登録商標は,昭和42年3月20日に登録さ
れ,我が国において,米国モズライト社のモズライト・ギターを我が国に輸出して
販売する会社であるベンチャーズ-モズライト社によって使用されてきたものであ
ることが明らかである。仮に,引用商標が,本件商標登録出願時である昭和47年
6月22日に,セミー・モズレー又は同人の設立した会社のエレキ・ギターを表示
するものとして周知となっていたとしても,引用商標は,ベンチャーズ-モズライ
ト社によって現実に使用されてきた前記既登録商標に類似しており,引用商標主の
セミー・モズレー又は同人の設立した会社は,このことを知っていたのであるか
ら,このような引用商標は,商標法4条1項10号の適用がなく,同号の周知商標
として保護されないというべきである。
引用商標が周知商標として商標法4条1項10号の規定により保護され
る,との審決の判断は,同条項の解釈を誤ったものである。
(3) 引用商標が既登録商標の一使用態様にすぎないことによる商標法4条1項
10号の不適用について
引用商標は,ベンチャーズ-モズライト登録商標と類似することが明らか
であり,その一使用態様にすぎないということができるものであるから,審決が引
用商標の商標主として認定した「セミー・モズレー又は同人の設立した会社」は,
ベンチャーズ-モズライト社から上記登録商標につき使用許諾を得て引用商標を使
用してきた通常使用権者にすぎない。このような通常使用権者にすぎない「セミ
ー・モズレー又は同人の設立した会社」を周知商標主として商標法4条1項10号
を適用することはできない。
(4) 引用意匠が商標法4条1項11号により登録することができないものであ
ることによる商標法4条1項10号の不適用について
引用商標は,前記のとおり,それより前に登録されたベンチャーズ-モズ
ライト登録商標に類似抵触するものであるから,商標法4条1項11号に該当し,
商標登録を受けることができない。このように,商標法4条1項11号に該当し,
登録不能である引用商標が,「一定の信用を蓄積している未登録周知商標を保護す
るものである」商標法4条1項10号の保護の対象となることはあり得ない。
(5) 本件商標が商標法4条1項11号及び13号に該当しないものとして登録
を受けたものであることによる商標法4条1項10号の不適用
ベンチャーズ-モズライト社は,本件商標と類似する,ベンチャーズ-モ
ズライト商標について,更新登録手続をせず,その結果,これらの商標権は,昭和
52年3月20日に消滅した。
本件商標は,ベンチャーズ-モズライト登録商標の消滅後1年以上が経過
した後である,昭和55年1月11日に,商標法4条1項11号及び13号の障碍
事由が解消したことから,登録査定され,同年5月30日に登録されたものであ
る。上記各号は,消滅した商標権が無名であるか,周知であるか,あるいは著名で
あるか否かについて,全く問題としていないのであるから,商標権が何らかの理由
で消滅し,1年以上経過しさえすれば,消滅した商標権に係る商標が周知ないし著
名であっても,「商品の出所の混同」は当然に消滅し,これと同一の商標の登録を
受けることができることを規定したものというべきである。
したがって,本件商標が,消滅した商標権に係る商標と同一ないし類似で
あったとしても,その登録については,商標法4条1項10号の適用はなく,同号
により本件商標の登録を排除することはできない,と解するべきである。
(6) 商標法4条1項10号により保護を受けるのは周知商標主のみであること
について
商標法4条1項10号は,一定の信用を蓄積している未登録商標の保護す
なわち周知商標主の保護という純然たる私益保護を目的としている。このような目
的に照らすと,商標法4条1項10号該当性を理由とする無効審判請求は,同号に
いう「他人」すなわち,周知商標主であると主張する者に限り,請求することがで
きると解すべきである。
仮に,周知商標主であると主張する者以外の者も商標法4条1項10号該
当性を理由とする無効審判請求をすることができるとすると,一方でこの無効審判
請求を行いながら,他方で,この無効審判請求をしたのと同一人物ないしこれと同
視すべき者が,当該周知商標につき商標登録出願を行う,といった,権利の濫用と
しかいいようのない事態を招来することになる。現に,被告代表者は,引用商標と
同一態様の商標について,一方において,平成10年4月28日に「米国カリフォ
ルニア州製のギター」を指定商品とする商標登録出願を行いながら,他方で,本件
において,引用商標はセミー・モズレー又はその関連会社の周知商標である,とし
て,本件商標権についての無効審判請求を提起しているのであり,このようなこと
は,信義則に反するものとして到底許されないというべきである。
(7) 商標法4条1項10号にいう周知商標の特定人による使用の要否について
商標法4条1項10号にいう周知商標に当たるというためには,後に出願
された商標の出願時に特定人により使用されているものであることが必要であると
解すべきである。
ア 審決は,被告の主張する周知商標の使用主は,「セミー・モズレー又は
同人が設立した会社」(原判決13頁24行~25行など)であるとして,周知商
標主は不特定で複数存在するとしている。しかし,この判断は,商標法4条1項1
0号の解釈を誤ったものである。
イ 商標法4条1項10号の規定は,一定の信用を蓄積している未登録周知
商標を保護することを目的とするものであり,それが未登録商標でありながら,そ
の使用事実にかんがみ,後に出願される商標を排除することができるなどの効力を
与えたものである。商標は,本来,商品標識として使用されることにより初めてそ
の機能を発揮するものであり,かつ価値を生ずるものであるから,権利の存続とそ
の効力については,使用主義的な角度から制限が加えられている(商標法50条な
ど)。ある商標が周知であるということは,その中に,この商標が適法に継続して
使用されているということを,当然に含んでいるというべきである。
未登録商標が商標法4条1項10号による保護を受けるためには,当該
未登録商標が,後に出願された商標の出願時及び登録査定時の二つの時点において
周知であることが必要である。未登録商標の周知性の立証がなされたとするには,
雑誌や業界紙における宣伝広告の内容や回数,当該商標を付した製品の販売年月
日,販売数量,各種パンフレット,ちらし類を作成配布した事実や全国的な大衆雑
誌や専門雑誌に取り上げられていた事実などを,詳細かつ厖大な数の適切な証拠に
より明らかにすることが必要であり,これらの証拠により,未登録の周知商標が,
後に出願された商標の出願時から登録査定時まで,途切れることなく継続的に現実
に使用されている事実が証明されることが必要である。
本件において,被告が提出した証拠は,そのほとんどが本件商標の出願
日である昭和47年6月22日以降に出された雑誌の記事や広告ばかりであって,
出願日における周知性の立証については,いずれも証拠価値のないものである。上
記出願日からその登録査定日である昭和55年1月11日までの期間についても,
その使用方法や態様,引用商標を付したエレキ・ギター製作者,我が国におけるこ
れらギターの輸入業者名,輸入数量(本数),これを裏付けるINVOICE(仕
送り状),通関書類および外国向送金依頼書,我が国における販売業者名,販売数
量(本数),販売地域,新聞雑誌における広告宣伝の内容と回数,各種パンフレッ
トやちらしの配布の事実等は全く証明されていない。
引用商標が周知であるとする審決の判断は誤りである。
2 商標法46条の解釈適用の誤り
商標法46条の定める無効の審判は,これが司法に準じた争訟形式であるこ
とに鑑みると,「利益なければ訴権なし」との一般原則が適用されるべきものであ
るから,同規定に定める商標登録の無効を求めるについて「法律上正当な利益を有
する者」に限り,請求することができるものというべきである。
商標法4条1項10号は,根拠とされる商標が,未登録商標でありながら,
現に,使用されてきているという事実にかんがみ,後に出願される商標を排除する
ための規定であり,このようにして後の出願を排除する結果として,「商品の出所
の混同」を防ぐことになる。そうである以上,同号につき商標法46条に基づく無
効審判請求をなし得る「法律上正当な利益を有する者」に当たるのは,当該未登録
周知商標の使用主ただ一人であると解するべきであり,周知商標主でない被告が,
本件商標に無効事由が存在することを主張することは,許されないというべきであ
る。
特に,被告は,自ら商品の出所混同行為を継続しており,このような被告
に,「商品の出所の混同を防止する趣旨も含んでいる」とされている商標法4条1
項10号に基づいて無効審判請求をするにつき,「法律上正当な利益を有する者」
としての資格を認めることは,制度の趣旨に反すること,はなはだしいものという
べきである。
被告代表者は,前記のとおり,引用商標と全く同一の態様の商標につき,商
標登録出願を行っており,これは,本件において引用商標が周知商標であるとの被
告の主張と矛盾する行為である。被告代表者は,自らの上記出願の登録の障碍とな
る本件登録商標を除去するために,被告の名において,本件無効審判を請求したも
のである。このような無効審判請求は,商標法4条1項10号の法意を逸脱するも
のであって,許されないことは明白である。
審決は,「請求人の代表者が本件商標と同一の商標の出願を行っているから
といって,請求人が本件無効審判の当事者適格を欠くことになったり,あるいは,
本件審判請求が権利の濫用になるものということはできない」(審決書12頁8行
~10行)とするが,誤りである。
3 商標法47条の解釈適用の誤り
(1) 商標は,本来,商品標識として使用されることによりはじめてその機能を
発揮するものであるから,未登録商標が周知商標として保護されるためには,それ
が使用されていることが必要である。ベンチャーズ-モズライト社が我が国で登録
していたベンチャーズ-モズライト登録商標及びこれらに類似する引用商標は,そ
のいずれもが,我が国において,昭和44年(1969年)7月以降,一度も使用
されたことはない。我が国において,モズライト・ギターをライセンス生産してい
た大阪市所在のファーストマン楽器株式会社(以下「ファーストマン社」とい
う。)は昭和44年(1969年)7月に倒産したため,これらの商標の使用をや
め,米国から我が国へ「モズライト・ギター」を輸出・販売していたかと思われ
る,米国のモズライト社(MOSRITE OF CALIFORNIA IN
C.)は,同年2月に倒産し,「モズライト・ギター」の生産ができなくなったか
らである。
本件商標につき登録査定がなされた昭和55年1月11日の時点では,引
用商標を付したエレキ・ギターが我が国において1本も出回らなくなってから10
年以上が経過しているのであるから,このような存在しないエレキ・ギターと原告
のエレキ・ギターとが出所の混同をするはずがない。原告には「商品の出所の混同
を図ろうとする目的」すなわち「不正競争の目的」が存在しないことは明白である
から,本件商標につき「不正競争の目的で商標登録を受けた場合」には該当しな
い。
(2) 商標法は,出所の混同については,これを商標の不登録事由としているも
のの(商標法4条1項15号),商標登録が同規定に違反してなされた場合の無効
審判請求に5年の除斥期間を設け(同法47条),同規定に違反してなされた登録
であることを更新登録の際の登録拒絶事由にせず(商標法19条2項ただし書,2
1条。判決注・平成8年法律第68号による改正前のものを指すものと認め
る。),出所の混同を生ずるような商標がいったん登録され,その状態が5年以上
継続すると,登録を受けた商標権者の利益の方を保護すべきものとして,出所の混
同の被害者である営業者や一般公衆の利益を後退させている(最高裁昭和61年7
月18日判決・判例タイムズ617号79頁参照)。この趣旨は,商標法4条1項
10号にもそのまま適用されるというべきである。本件商標は,昭和55年5月3
0日登録となった後,2回の存続期間の更新登録を経ており,本件商標の登録の時
から本件審判請求が提起されるまで,20年以上が経過している。このような事情
の下では,被告は,もはや本件商標登録を無効とすることについて審判を請求する
ことはできないというべきである。
4 権利の濫用
被告が本件商標登録を無効とすることについて審判を請求することは,権利
の濫用であって許されないというべきである。
商標法51条,53条のように,何人でも審判を請求することができる旨規
定している条項においてさえも,信義則に反する場合には,審判を請求することが
できないと解釈されている(最高裁昭和61年4月22日 集民147号587
頁)。
被告代表者は,前記のとおり,平成10年4月28日,引用商標と同一態様
の商標につき商標登録出願を行った。
被告及びその代表者は,米国のモズライト社とも,セミー・モズレーとも全
く無関係に製作された「モズライト・ギター」(米国所在のBまたはスガイ社製)
を「真正で本物」と偽って,我が国の一般消費者を欺き,販売している。
被告及びその代表者は,セミー・モズレーやその関係会社の周知商標である
と主張する引用商標と同一態様の商標について,自ら商標登録出願をするととも
に,自ら使用し,我が国の一般消費者をだまして,上記エレキ・ギターを販売して
いる,ということができるのであり,このような被告が,本件商標が周知商標であ
る引用商標と類似するから商標法4条1項10号に該当する,と主張して本件商標
登録の無効を請求することは,権利の濫用に当たり許されないというべきである。
第4 被告の反論の要点
1 商標法4条1項10号の解釈適用の誤りについて
(1) 引用商標と既登録商標との関係について
本件商標の出願時及び登録査定時において,引用商標が我が国で周知であ
ったことは,証拠により審決が認定したとおりである。ベンチャーズ-モズライト
登録商標の存在は,これと関係のないことである。審決はこのような立場から,上
記登録商標の存在を無視したものであり,その判断は正当である。
(2) 周知商標主に故意又は悪意があることによる商標法4条1項10号の不適
用の主張について
引用商標,すなわち,「Mマーク mosrite of Califo
rnia」の商標の付されたエレキ・ギター「モズライト」を開発し,製作してい
たのは,あくまでもセミー・モズレー又は同人の設立した会社であり,ベンチャー
ズ-モズライト社は,インストルメンタルグループの「ザ・ベンチャーズ」が投資
して設立した会社で,この商標の付されたモズライトギターの「ベンチャーズモデ
ル」を販売するための会社にすぎない。
原告の主張は,誤った事実の認識に基づくもので,本件には当てはまらな
ず,失当である。
(3) 引用商標が既登録商標の一使用態様にすぎないことによる商標法4条1項
10号の不適用の主張について
引用商標は,ベンチャーズ-モズライト登録商標とは関係なく,長年使用
されて,セミー・モズレー又は同人の設立した会社が製造するエレキ・ギターを表
示するものとして,周知になったものである。引用商標がベンチャーズ-モズライ
ト登録商標の一使用形態であるとの主張は失当である。
(4) 引用商標が商標法4条1項11号により登録することができないものであ
ることによる商標法4条1項10号の不適用の主張について
原告は,引用商標は,商標法4条1項11号に抵触して登録不能だから,
商標法4条1項10号の適用がない,と主張する。しかし,本件の争点は,本件商
標が,引用商標との関係で,商標法4条1項10号に該当するか否かであり,引用
商標の登録が可能であったか否かではない。原告の主張は意味不明である。
(5) 本件商標が商標法4条1項11号及び13号に該当しないものとして登録
を受けたものであることによる,商標法4条1項10号の不適用の主張について
原告主張の解釈は全く通用しない。本件商標は,ベンチャーズ-モズライ
ト商標との関係においてはどうあれ,引用商標との関係では,正しく商標法4条1
項10号に該当するから,登録無効事由がある商標として無効となったものであ
る。
本件商標は,登録前は,ベンチャーズ-モズライト商標との関係のみが問
題とされていたため,同商標の存続期間の満了を待って,商標法4条1項11号,
13号の適用原因がなくなったとして,登録に至ったにすぎない。
原告は,商標法4条1項13号の規定は,登録商標の存続期間満了後1年
間経過すれば商品の出所の混同は当然に消滅するとしている,と主張する。しか
し,同規定についてのこのような解釈はどこにもない。
(6) 商標法4条1項10号により保護を受けるのは周知商標主のみであるとの
主張について
原告は,商標法4条1項10号は,純然たる私益保護のための規定である
と主張する。しかし,同条は,純然たる私益保護規定ではなく,公益保護の規定で
もある。登録商標がその出願前から周知であった商標と類似するものであるため出
所混同のおそれがある場合には,公益保護の見地から,何人でも利害関係を有する
者として,登録無効審判を請求することができる。
商標法4条1項10号の保護を受けるのは,周知商標主と主張する者に限
るとの原告の主張は,失当である。
原告は,被告代表者の商標出願について指摘する。被告代表者が引用商標
と同一の態様の商標を出願したのは,原告の本件商標との対抗を考えて,原告に圧
力をかけるともに,本件商標との類似性を確認しておきたかったからである。被告
代表者は,本件審決が確定すれば,直ちに上記出願を取り下げる手続をとる用意を
している。
(7) 商標法4条1項10号にいう周知商標の特定人による使用の要否について
ア 原告は,審決が周知商標と認定した引用商標の商標主の「セミー・モズ
レー又は同人が設立した会社」は,不特定で複数名である,と主張する。
しかし,「セミー・モズレー」という個人は特定されている。この個人
が,その開発・創作したエレキ・ギターに「MOSRITE」の商標を命名した事
実に争いはない。セミー・モズレーは,このエレキ・ギターを製作するために,個
人会社ではあるものの,最初は,「MOSRITE INC.(モズライト社)」
を設立した。その後の同者の倒産によって,社名は「MOSRITE OF CA
LIFORNIA INC.」(モズライト・オブ・カリフォルニア社),「UN
IFID SOUND ASSOCIATION INC.」(ユニファイド社)
と変更されたもののこれらの会社の代表者はいずれもセミー・モズレーであった。
引用商標が,本件商標の出願時においても,登録査定時においても,エ
レキ・ギターについて我が国音楽業界においては周知性を十分獲得していたもので
あることは,多くの証拠によって証明されている。この点は,審決の認定したとお
りである。
イ 原告は,被告が提出した証拠は,本件商標の出願日以降に発行された雑
誌の記事や広告であるから,証拠価値は皆無であると主張する。しかし,問題は,
雑誌の発行日ではなく,種々の評論家らが書いている記事中の事実であり,これら
の事実には証拠としての価値がある。
2 商標法46条の解釈適用の誤りについて
原告は,被告は,自分自身商品の出所混同行為を継続しているから,商標法
46条の無効審判を請求する法律上の正当な利益を有する者ではない,と主張す
る。
しかし,原告こそ,他人の周知商標である引用商標と類似する本件商標を無
断で登録し,かつ無断でこれに「of California」の表示を付して使
用したことによって,混同を生ずる不法行為をした結果,商標法51条に基づく登
録取消審決を受けている。
のみならず,そのような本件商標に基づく原告の商標権の行使は,本件商標
に対する登録無効事由が明らかであるとして,権利の濫用と認定され,請求棄却の
判決を受けている。
原告は,被告代表者が引用商標と同じ態様の商標の登録出願をしたことを指
摘する。被告代表者が上記出願をしたのは,引用商標と本件商標とが類似であるこ
との特許庁による確認をとるためであり,既に,類似であるとしてその拒絶理由通
知を受けているものの,現在,そこで引用された本件商標の登録無効が確定するか
否かを待つため,未決状態にある。被告代表者は,本件商標の登録無効が確定すれ
ば,上記出願を直ちに取り下げることにしている。
3 商標法47条の解釈適用の誤りについて
引用商標は,本件商標の出願時においても,登録査定時においても周知の商
標であり,上記いずれの時点においても,出願人は,十分に不正競争の目的を持っ
ていた。
原告は,ベンチャーズ-モズライト社が我が国で登録していた商標及び引用
商標が,昭和44年(1969年)7月以降,一度も使用されていないと主張す
る。
原告は,その主張の根拠として,ファーストマン社の倒産を挙げる。しか
し,同社は,モズライト・ギターの開発者であるセミー・モズレーと,モズライ
ト・インク(モズライト社)の製作するモズライトギターを大量に輸入販売するこ
とを条件に,「AVENGER」(アベンジャー)印のモズライトギターの製作の
許諾を受ける契約をしたのであって,商標権の使用許諾を受けたのではなく,その
契約相手も我が国における商標権者であるベンチャーズ・モズライト社ではない。
原告は,米国のモズライト社(MOSRITE OF CALIFORNI
A INC.)は1969年2月に倒産したと主張する。しかし,1969年に倒
産したのは,1952年にセミー・モズレーが設立したモズライト社(MOSRI
TE INC.)であって,「MOSRITE OF CALIFORNIA I
NC.」ではない。後者は,モズライト社倒産後にセミー・モズレーが1971年
に設立した新会社である。
ファーストマン社の倒産にかかわらず,引用商標が付されたモズライト・ギ
ターは,新品でも中古品でも我が国の楽器店に大量に流通していた。「モズライ
ト」(MOSRITE)の名前は,「フェンダー」(FENDER)や「ギブソ
ン」(GIBSON)と並んでエレキの王様ギターとして,我が国のエレキファン
には周知著名となっていたし,1965年以来,毎年来日している「ザ・ベンチャ
ーズ」が弾くギターとしても知られていた。
原告は,本件登録査定の時点では,引用商標を付した「モズライト・ギタ
ー」は一本も出回らなくなっていた,と主張する。しかし,被告代表者は,昭和5
1年(1976年)5月に開店した「フィルモア」において,米国から新品も中古
品も輸入して「モズライト・ギター」を販売していた。セミー・モズレーは196
9年に1回目の,1974年に2回目の倒産をしたが,我が国における「モズライ
トギター」の人気と需要に応えるべく,1976年にカリフォルニア州ハリウッド
在住のCが,セミー・モズレーに10万ドルを渡して新品を製作させ,我が国に輸
出していた。
4 権利の濫用について
被告による無効審判請求が権利の濫用に当たらないことは,既に述べたとこ
ろから明らかである。
原告及び被告は,セミー・モズレーの前では対等の立場にある。
原告が被告の権利の濫用を主張するのであれば,原告自身が創作した商標で
ない「Mマーク mosrite」のロゴマークを,あたかも自己の創作したオリ
ジナル商標であるかのように,それもセミー・モズレーのデザインしたモズライ
ト・ギターと同一デザインを模倣し,「Mマーク mosrite」+「of C
alifornia」の標章を一点の齟齬もなくギター上の同一場所に表示してき
た行為の正当性を主張すべきである。
第5 当裁判所の判断
1 商標法4条1項10号の解釈適用の誤りについて
(1) 引用商標と既登録商標との関係について
原告は,引用商標は,ベンチャーズ-モズライト登録商標と類似するか
ら,引用商標が周知であった,との被告の主張は,ベンチャーズ-モズライト登録
商標が周知であったとの主張と同じであるとした上で,ベンチャーズ-モズライト
登録商標の商標権が更新登録手続がなされないまま消滅したことにより,引用商標
も消滅した,と主張する。
しかしながら,被告が主張し審決が認定した,引用商標がセミー・モズレ
ー又は同人が設立した会社が製造するエレキ・ギターであるモズライト・ギターを
表示するものとして我が国の需要者の間に周知となっていた,ということと,セミ
ー・モズレーが設立した会社とは別個の会社であるベンチャーズ-モズライト社の
我が国における登録商標(ベンチャーズ-モズライト登録商標)が我が国の需要者
間に周知となっていた,ということとは,別個の事柄であることが明らかである。
引用商標が周知商標であると主張したからといって,当然に,ベンチャーズ-モズ
ライト商標が周知商標であると主張したことと同じになるものではない。このこと
は引用商標とベンチャーズ-モズライト登録商標とが類似しているか否かとは関係
なくいい得ることである。
原告は,審決は,引用商標とベンチャーズ-モズライト登録商標との類似
性について判断を示していない,と主張する。しかし,両商標の類似性についての
主張が主張自体失当であることは上述したところから明らかであるから,この点に
ついて審決が判断を示さなかったとしても,そのことによって審決が違法となるこ
とはあり得ない。
原告の主張は,その前提において,既に,失当である。
この点をおくとしても,原告の主張は失当である。
既登録商標が周知性を有するに至っている場合には,その商標権が期間満
了により消滅したからといって,そのことにより,直ちに,当該商標の周知性が消
滅することになるわけのものではないことは,当然である。ベンチャーズ-モズラ
イト登録商標の商標権が周知性を有するに至っていたと仮定した場合,その商標権
が期間満了により消滅したからといって,それに伴い,直ちにその商標の周知性が
消滅するということはできない。まして,ベンチャーズ-モズライト登録商標とは
別個の商標である引用商標の周知性が消滅することになるものではないことは,論
ずるまでもなく明らかというべきである。
いずれにせよ,原告の主張は,採用することができない。
(2) 周知商標主に故意又は悪意があることによる商標法4条1項10号の不適
用の主張について
原告は,ベンチャーズ-モズライト社がベンチャーズ-モズライト登録商
標を現実に使用していたと主張し,これを前提に,周知商標であるとされる引用商
標の商標主は,ベンチャーズ-モズライト登録商標の使用の事実について故意又は
悪意がある,と主張する。しかしながら,ベンチャーズ-モズライト社が,上記登
録商標を現実に使用していたことについては,証拠が全くない。
仮に,ベンチャーズ-モズライト社がベンチャーズ-モズライト登録商標
を現実に使用していた,との事実があり,かつ,そのことを引用商標の商標主(セ
ミー・モズレー又は同人の設立した会社)が知っていたとしても,そのことだけ
で,当然に引用商標が商標法4条1項10号の周知商標の資格を失うことになるわ
けではない。仮に,引用商標が上記資格を失うことがあるとしても,引用商標の商
標主とベンチャーズ-モズライト社との関係などの中に,それを根拠付ける事情が
認められるときに限られるというべきである。ところが,上記事情に当たるもの
は,本件全証拠によっても見出せないのである。
いずれにせよ,原告の主張は採用することができない。
(3) 引用商標が既登録商標の一使用態様にすぎないことによる商標法4条1項
10号の不適用の主張について
原告は,引用商標は,上記登録商標の一使用態様にすぎず,引用商標の商
標主であるセミー・モズレー又は同人の設立した会社は,ベンチャーズ-モズライ
ト社から上記登録商標につき使用許諾を得て引用商標を使用してきた通常使用権者
にすぎない,と主張する。しかしながら,原告の主張については,証拠が全くな
い。
原告は,引用商標がベンチャーズ-モズライト登録商標と類似することを
その主張の根拠として挙げる。しかしながら,両商標が類似するからといって,そ
のことから,直ちに一方の商標が他方の商標の一使用態様となると解することも,
一方商標の商標主が他方の商標の通常使用権者となると解することもできないこと
は,明らかである。
仮に,原告の上記主張を認めるとしても,いったん獲得された引用商標の
周知性が,ベンチャーズ-モズライト登録商標に係る商標権が期間満了により消滅
したからといって,それに伴い消滅することになるものではなく,周知商標の商標
主が通常使用権者であるからといって,そのことによって,同商標の商標法4条1
項10号の周知商標としての資格が失われることになるものでもない。
原告の主張は,いずれにせよ,採用することができない。
(4) 引用商標が商標法4条1項11号により登録することができないものであ
ることによる商標法4条1項10号の不適用の主張について
原告は,引用商標は,それより前に登録されたベンチャーズ-モズライト
登録商標に類似するため商標法4条1項11号に該当し,商標登録を受けることが
できないものであるから,商標法4条1項10号による保護の対象とならない,と
主張する。しかしながら,商標法4条1項10号は,その保護の対象となる商標に
つき,商標登録を受けることができるものであることを要件としていないことが,
明らかである。
原告の主張は,採用することができない。
(5) 本件商標が商標法4条1項11号及び13号に該当しないものとして登録
を受けたものであることによる商標法4条1項10号の不適用の主張について
原告は,本件商標は,その登録査定時,ベンチャーズ-モズライト登録商
標の商標権が消滅し,その後1年が経過していたから,商標法4条1項11号,1
3号の登録障碍事由が解消しており,したがって,同項10号の適用もない,と主
張する。しかし,商標法4条1項11号,13号の適用がないからといって,周知
商標との関係について規定した商標法4条1項10号の適用がないことにはならな
いのは明らかである。
原告の主張は失当である。
(6) 商標法4条1項10号により保護を受けるのは周知商標主のみであるとの
主張について
原告は,商標法4条1項10号により保護を受けるのは周知商標主のみで
ある,と主張する。しかし,商標法の規定中には,商標法4条1項10号によって
守るべき利益の主体を当該未登録周知商標の使用主に限るとするなど,同号を理由
とする無効主張の主体を制限する趣旨の文言はない,との事実や,同号に違反する
商標の使用が一般に与える影響を考慮すると,原告の主張するように限定解釈すべ
き根拠はないというべきである(後記2参照)。
原告は,周知商標主以外の者も商標法4条1項10号該当性を理由とする
無効審判請求を行うことができるとすると,一方で無効審判請求を行いながら,他
方で,この無効審判請求をしたのと同一ないしこれと同視すべき者が,当該周知商
標と同一態様の商標について商標登録出願を行うという権利の濫用となる事態を招
来することになる,と主張する。しかしながら,権利の濫用となる場合があり得る
ことが,周知商標主以外の者には,一切,無効審判請求を許さない,との解釈を正
当化する根拠にはなり得ないことは,明らかである。
原告の主張は,採用することができない。
(7) 商標法4条1項10号にいう周知商標の特定人による使用の要否の主張に
ついて
ア 原告は,商標法4条1項10号にいう周知商標というためには,特定人
により使用されていなければならず,審決が,引用商標の主体について,「セミ
ー・モズレー又は同人が設立した会社」として複数存在する旨認定しながら,同商
標を周知商標と判断したのは誤りである,と主張する。
商標法4条1項10号にいう周知商標というためには,一定の何人(な
にびと,なんぴと)かの商品の識別標識であるという点において周知でなければな
らないものの,現実にそれが何人であるかまで明確にされることは,必ずしも必要
ではないというべきである。原告が,周知商標というためには,特定人により使用
されていなければならないと主張する趣旨が,上記の程度では足りないとの趣旨で
あれば,誤りであるというべきである。
審決が認定した「セミー・モズレー又は同人が設立した会社」が,実質
的に同一の主体を指していることは,その記載自体から明らかである。そうする
と,審決は,引用商標が一定の何人かの商品の識別標識として周知であると認定し
ているということができる。この点につき,審決に商標法4条1項10号の解釈適
用の誤りはない。
原告の主張は,採用することができない。
イ 原告は,商標法50条を挙げ,商標法4条1項10号が適用されるため
には,当該商標が継続して適法に使用されていることを要件とすべきである,と主
張する。
しかしながら,商標法50条は,商標の不使用による取消しに関する規
定であって,商標の不登録事由について定めた商標法4条1項10号とは直接の関
係がない規定であるから,商標法50条の要件が,そのまま商標法4条1項10号
の適用の要件となるものでないことは,明らかというべきである。
原告は,未登録商標が商標法4条1項10号による保護を受けるために
は,当該未登録商標が,後に出願された商標の出願時及び登録査定時の二つの時点
において周知であることが証明されることが必要であるのに,本件において,被告
が提出した証拠は,そのほとんどが本件商標の出願日以降に出されたものであるか
ら出願日における周知性の立証についての証拠価値がなく,登録査定日における周
知性についてもこれを立証するに足りるものではない,と主張する。
しかしながら,証拠(乙第5ないし第17号証,第18号証の1ないし
8,第19号証の1ないし5,第20号証の1ないし5,第26,第27号証,第
28号証の1,2,第29ないし第36号証)及び弁論の全趣旨によれば,審決書
12頁15行ないし13頁31行に記載されたとおりの認定事実,すなわち,要約
すると,①セミー・モズレーは昭和28年(1953年)ころから,アメリカ合衆
国において,エレキ・ギターの製造を始め,その後,モズライト社を設立して,引
用商標が付されたエレキ・ギターの製造販売をするようになったこと,②我が国に
おいて,引用商標が付されたモズライト・ギターは,昭和40年ころから,輸入販
売されるようになったこと,③人気ロックグループであるザ・ベンチャーズが昭和
40年に来日してモズライト・ギターを使用したこと,④そのころ,寺内タケシ,
加山雄三といった,我が国の人気ミュージシャンもモズライト・ギターを演奏に使
用したことなどから,遅くとも,本件商標登録の出願時には,引用商標は,モズラ
イト・ギターの標章として,我が国の取引者・需要者の間でよく知られるようにな
っていたこと,⑤その後も,モズライト・ギターは,モズライト社が倒産するなど
したため,製造が一時中断されたことはあったものの,その後もセミー・モズレー
によって,同人が死亡する平成4年(1992年)ころまで,継続的に製造され,
我が国にも輸出,販売されていたこと,⑥その後も,最近に至るまで,加山雄三や
寺内タケシは,モズライト・ギターを使用して演奏活動を続けているこ
と,⑦我が国には,現在でも,モズライト・ギターの愛好者が多数存在し,モズラ
イト・ギターの中古品は,市場において高い価格で取引されていること,が認めら
れ,これらの事実によれば,引用商標は,本件商標登録の出願時にはセミー・モズ
レー又は同人が設立した会社が製造するエレキ・ギター(モズライト・ギター)を
表示するものとして,需要者の間に広く認識されており,そのことは本件商標の登
録査定時においても変わらなかったものということができ,以上の認定判断を覆す
に足りる主張,立証はない。
上記の各証拠は,原告が主張するとおり,ほとんどが,本件商標の登録
出願及び登録時以降に発行された雑誌等である。しかしながら,証拠の記載内容に
よっては,その証拠から作成時期より前の事実を認定し得ることは,論ずるまでも
なく明らかである。原告の主張は,証拠の記載内容のいかんにかかわらず,その作
成日付以前の事実を認定することは一切できないと主張するに等しいものであり,
失当である。
原告は,上記の各証拠からは,引用商標の使用期間,使用方法や態様,
同商標を使用したエレキ・ギターの製作,輸入又は販売数量,販売地域,広告宣伝
の内容や回数が明らかにされていないから,これらの証拠により引用商標の周知性
を認めることはできないと主張する。しかし,引用商標の使用期間,使用方法,態
様については,上記認定したところから明らかである。また,ある商標の周知性に
関し,原告が主張するとおり,その商標を使用した商品等の製作,輸入又は販売数
量,販売地域,広告宣伝の内容や回数が明らかにされることが,周知性の認定判断
にとって有効であることは,その限りにおいて正しいといえるものの,これらの事
実が認定されなければ,周知性を認定することが一切許されないとする根拠はない
というべきである。本件においては,上記の各証拠等は,周知性を認めるに十分で
ある。
原告の上記主張は,いずれも採用することができない。
2 商標法46条の解釈適用の誤りについて
原告は,商標法46条に基づく無効審判請求は,商標登録の無効を求めるに
ついて法律上正当な利益を有する者に限り行うことができ,商標法4条1項10号
に該当することを理由に商標登録の無効を主張する法律上の利益を有するのは,当
該未登録周知商標の使用主(本件ではセミー・モズレー又は同人が設立した会社)
だけであると主張する。
しかし,商標法の規定中には,商標法4条1項10号によって守るべき利益
の主体を当該未登録周知商標の使用主に限るとするなど,同号を理由とする無効主
張の主体を制限する趣旨の文言はないこと(同項8号の括弧書きが,「その他人の
承諾を得ているものを除く。」として除外事由を設けていること,参照)を前提
に,同号に違反する商標の使用が一般に与える影響を考慮すると,原告の主張する
ように限定解釈すべき根拠はないものというべきである。
被告が本件商標登録の無効を主張することは許されない,との原告の主張は
採用することができない。
3 商標法47条の解釈適用の誤りについて
(1) 原告は,我が国において,昭和44年(1969年)7月以降は,引用商
標を付したエレキ・ギターが1本も出回らなくなったから,それから10年以上経
過した本件商標の登録査定時において,存在しない引用商標を付したエレキ・ギタ
ーと,本件商標を付したエレキ・ギターとが出所の混同を生じるはずがなく,原告
に「不正競争の目的」が存在しないことは明白である,と主張する。
しかしながら,モズライト・ギターは,モズライト社が倒産するなどした
ため,製造が一時中断されたことはあったものの,その後もセミー・モズレーによ
って,同人が死亡する平成4年(1992年)ころまで,継続的に製造され,現在
でも,モズライト・ギターの中古品は,市場において高い価格で取引されているこ
とは前記認定のとおりであり,昭和44年(1969年)7月以降は,我が国にお
いて引用商標を付したエレキ・ギターが一本も出回らなくなったということはでき
ない。原告が不正競争の目的を有しないとの上記主張は,その前提において誤って
おり,採用することができない。
(2) 原告は,本件商標は,登録されてから本件審判請求まで20年以上が経過
しているから,被告は,本件商標登録を無効とすることについて審判を請求するこ
とはできない,と主張する。
しかしながら,前記1(7)で認定した事実及び証拠(甲第12号証,乙第3
8,第39号証,第40号証の1,2,第41号証)並びに弁論の全趣旨によれ
ば,本件商標の出願人であるAは,引用商標が周知であることを知りながらこれと
類似する本件商標の登録出願をしたものであって,不正競争の目的を有していたこ
と,原告も,引用商標が周知であることを知りながら,昭和52年に本件商標の出
願にかかる権利を買い受け,その製造販売にかかるエレキ・ギターに引用商標等を
付し,原告の名前を出さずにジャパンモズライト有限会社という架空の会社の名前
を用いて販売するなどして,その製造販売に係るエレキ・ギターがモズライト・ギ
ターの単なる複製品ではなく,セミー・モズレー又は同人が設立した会社と何らか
の関係があるとの誤認を生じさせる方法で販売していたものであることが認めら
れ,上記認定によれば,審決の述べるとおり,原告は,本件商標の登録査定時にお
いて,不正競争の目的を有していたということができる。
商標法47条は,明文の規定により,不正競争の目的で商標登録を受けた
場合においては,同条の5年間の除斥期間は適用されないとしているから,上記の
とおり出願時の出願人であるAにも登録時の出願人である原告にも不正競争の目的
が認められる本件においては,同条の5年間の除斥期間は適用されないことが明ら
かである。
原告の主張は,商標法47条の明文の規定に反するものであり,採用する
ことができない。
4 権利の濫用について
原告は,被告は,他人の周知商標であると主張する引用商標と同一態様の商
標につき,自ら商標登録出願を行い,かつ使用し,モズライト・ギターの複製を本
物であると偽って我が国において,販売している者であるから,本件商標登録の無
効を請求することは,権利の濫用に当たり許されない,と主張する。
しかしながら,被告が,引用商標と同一態様の商標につき自ら商標登録出願
を行い,かつ使用しており,かつ,原告主張のとおり,モズライト・ギターの複製
品を本物と偽って販売していることが真実であったとしても,周知商標と類似する
本件商標の主体である原告自身が,このことをとらえて,権利の濫用であると主張
し,商標登録の無効を免れることは,許されないというべきである。
原告の主張は,採用することができない。
第6 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他審決に
はこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟
法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官  山   下   和   明
        
裁判官    阿   部   正   幸
         裁判官    高   瀬   順   久

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