弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決(但し、被告人Aについて無罪を言い渡した部分を除く。)を破
棄する。
     被告人Aを懲役四月に処する。
     原審における未決勾留日数中十四日を右本刑に算入する。
     但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
     右被告人より金四万五百円を追徴する。
     被告人Bを罰金三万円に処する。
     右罰金を完納することができないときは金一千円を一日に換算した期間
右被告人を労役場に留置する。原審における訴訟費用中証人Cに支給した分は被告
人Aの負担とし、証人D、同Eに支給した分は、被告人Bの負担とする。被告人
A、同F、同B、同G、同H及び同Iに関する各入札妨害(刑法第九十六条ノ三第
二項に該当する行為)の点は、いずれも無罪。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、被告人Aの弁護人伊藤清作成名義の控訴趣意書、右被告人
名義の上申書、被告人I弁護人山田半蔵作成名義の控訴趣意書、被告人F弁護人岡
田実五郎作成名義の控訴趣意書(但し第三点を除く)被告人B、同G、同H弁護人
大高三千助作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載のとおりてあるので、ここにこれ
を引用し、以下これらに対し判断を加えることとする。
 伊藤弁護人の論旨第一、二点、山田弁護人の論旨第一点、岡田弁護人の論旨第一
点、大高弁護人の論旨について、
 原判示第一の入札妨害の事実について、被告人等が原判決が詳細に判示している
ような経過によつて海上保安庁において昭和二十五年十一月十八日内火艇十隻建造
のための指名入札が行われた際、これに関連して被告人等の間においていわゆる談
合がなされ、J、K、L、Mからそれぞれ百万円宛醵出(Nは醵出しない)してこ
れを見舞金として右建造の請負を辞退することとなつたOにおくることを約定し、
其の後右入札、請負、見舞金の贈与が右約定のとおり実行され、その談合を斡旋し
た被告人Aにおいてそのうちから金二十万円の贈与を受けたことは本件証拠上明ら
かであつて、本件における唯一の争点は、右談合が公正なる価格を害する目的でな
されその所為が刑法第九十六条ノ三第二項に該当する犯罪を構成するかどうかの点
である。
 そもそも、刑法第九十六条ノ三第二項において談合を犯罪としているのは、公正
なる価格を害する目的又は不正の利益を得る目的をもつてする談合のみであつて、
あらゆる談合を犯罪としているのではないのであるから、談合が行われ入札の事前
又は事後において若干の談合金の授受があつても積極的に公正な価格を害する目的
や不正の利益を得る目的かない場合は勿論、入札施行の結果が入札者の利害に照し
自由な競争によつて到達したと同一の結果に帰着するような場合には、通常公正な
価格を害する目的又は不正な利益を得る目的が存するものと認め得ないから、この
罪の成立を肯定することのできないことは勿論である(昭和二十七年八月十八日東
京高等裁判所第四刑事部判決・特報第三十四号一四八頁)。されば、談合金が授受
されたという事実によつて本条項所定の犯罪の成立を推認し、少くとも授受された
談合金の額だけは当該自由競争における入札において到達するであらう落札価格を
害すると速断することが誤つていることはまず第一に指摘しておかねばならない事
柄である。
 ところで右法条にいう公正なる価格を害する目的とは如何なる意味であるか、こ
こに公正なる価格の意味については夙に大審院においてその解釈を示し、最高裁判
所も亦これに従つたように、これは入札なる観念を離れて客観的に測定せらるべき
公正価格の意味ではなく、当該入札において公正にして自由な競争入札の方法によ
つて形成されたであらう落札価格の謂に外ならないものと解するのが相当である
か、(昭和十九年四月二十八日大審院判決・判例集第二十三巻刑事九七頁、昭和二
十八年十二月十日最高裁判所判決・判例集第七巻第十二号二四一八頁参照)更にそ
の公正なる自由競争によつて形成されたであらう落札価格というのは単なる無制限
に放任された自由競争によつて形成される落札価格ではなく入札者自身の採算を無
視したいわゆる出血的入札価格を含まない各入札者の個人的経済事情を基盤として
工事実費にその入札者の企業の適正な利潤を加味して算定された価格による入札に
よつて形成されるであらう落札価格を意味するものと解するのが最も妥当であると
思料するものである(昭和二十八年七月二十日東京高等裁判所判決・特報第三九号
三七頁、昭和二十九年十月三十日大阪高等裁判所判決・特報第一巻追録七五九頁参
照)。蓋し、競争入札制度の趣旨とするところは、自由主義経済乃至契約の自由の
基礎の上に多数の入札希望者を自由に競争させて入札施行者に最も経済的に有利な
条件をもつて応ずることのできる健全な個人的経済事情を有する者を発見してその
者と所要の契約を締結しようとすることにあるものと考えられるのであるが、その
趣旨を、以上と異なり単に入札施行者側に最も計算上有利な条件を提供するものの
発見のみにありとせば、そこに生ずるものは自由主義の弊害の面が強く、競争入札
の結果は必然的に企業者間のはげしい手段を選ばない競争を招き経済情勢その他の
情況の如何によつては企業の経済上の採算を無視したいわゆるダンピング価格によ
る入札が行われ、企業自体の存立を危くし、これに依存している者の生活に重大な
脅威となる如き事態をも発生し(現に本件談合の動機となつた昭和二十五年七月に
行われた入札において採算を無視した出血的競争入札が行われた結果一業者はこれ
に起因し業績不振に陥り遂にその企業経営を閉鎖せざるの止むなきに至つたことは
本件記録上窺われるところである。)。これとともにこの事態に必然的に随伴して
落札工事の不完全な施行となり、入札施行者に思わざる損失を及ぼし、延いては国
家や国民に経済的な損害を及ぼすに至ることも少くないのであつて、全く競争入札
制度の目的に照らし逆効果を来すことも考えられるところである。それ故に、無制
限な放任された自由競争の結果生ずるであらうことを予想される以上のような弊害
を阻止するために入札を希望する企業者が協議して専ら企業並びにこれに関係する
者の存続発展と受注工事の完全な施行を期するために前に述べたような意味におけ
る公正なる価格の範囲内で入札の申出方を談合するような場合においてこの談合行
為は、右競争入札制度の趣旨に何等背馳するものとは認められないのであつて、こ
の種談合をも敢えてこれを犯罪として処罰の対象とすることを必要とする実質的な
理由は毫も発見できないのであるから、前記法条の解釈に当つてもこのような談合
は当然にこれを除外して考えるのを妥当とするからである。原判決はこの法条にお
ける公正なる価格を害するということを入札希望者の自由な意思決定が保障された
競争によつて形成されるべき落札価格を入札施行者に不利益に変更することである
と解し、僅少の留保(専ら社会奉仕の目的で名目的価格で入札するとき、専ら市場
独占の目的からする場合)を存してはいるものの、各入札希望者が自由な意思決定
に基いてなんらかの経済的事情により自己の算定した原価以下の価格で入札する。
すなわち、弁護人等のいわゆる採算を無視した入札をすることによつて形成される
価格であつても、自由競争によつて形成される以上前記法条にいう公正なる価格と
いうに妨げないからこれを害する目的の存する以上同法条に該当する談合であると
解しているのである。しかしながら、かく解するとすれば前に述べたとおり、談合
ということは常に自由競争に対し何らかの人為的な変更を加えようとするものであ
るから、入札価格の点について談合があれば大多数の場合自由競争によつて形成さ
れる価格を入札施行者に不利益に変更する。すなわち、これを害する虞を生ずるこ
とになり、談合にして認められる以上公正なる価格を害する目的をもつてすると推
認される結果となり、ここに刑法が談合のうち特に一定の場合を限つて処罰の対象
とした律意は失われる結果を招くことにもなりかねないのであるが故に、この見解
は不正確であり少しく広きに過ぎるものであつて前記のように更にこれを限定して
解釈するのが相当と考えられるのである。
 <要旨>果して然らば、前記法条にいわゆる「公正ナル価格ヲ害スル目的」をもつ
て談合するとは、当該入札において公正なる自由競争により最も有利な条件
を有する者が工事実費に適正な企業利潤を加算した額で落札すべかりし価格を越え
て入札施行者に対し不利益な価格を形成させる目的で談合をすることを意味するも
のと解するのを相当とするのである。
 飜つて、本件につきこれを見るに、訴訟記録を精査し関係証拠を検討するに当り
まず第一に考慮しなければならないことは、本件における入札方法竝びに工事発注
の仕方、入札施行者である海上保安庁の意向及び予定価格の形成についてである。
すなわち関係証拠によれば、海上保安庁は、本件内火艇十隻の競争入札施行に当つ
ては当時わが国においてその施設、能力、経験その他あらゆる点につき優れた最良
メーカーである六社を指名して入札に参加させたのであるが、その入札及び発注等
の方法は、同庁において従来採つていた方法に従い、落札者決定の方法としては通
常の入札における方法と変りなく同庁の予定価格以下の入札者のうち最低価格の申
出をした者を落札者とするが、落札者に十隻全部の建造を請け負わさせるのではな
く、そのうち二隻のみについて契約を締結し、残余は、表面上納入期限に全部の建
造が不能であることを理由として建造請負方を辞退する形式を採り、次いで各随意
契約の形式により二隻を一組として次順位着すなわち、二番札、三番札、四番札を
入れた入札参加者と順次随意に右競落価格をもつて建造請負契約を締結する(この
場合右の者においてその価格で請負方を承諾しなかつたときは、契約を締結しない
自由を有することは勿論であるが、後に述べるように当時の実情としてはこのよう
なことは起り得ない情勢であつた。)方法によつたことが明らかであるが故に、入
札参加者としては一番札すなわち、落札価格が如何に決定されるかは最も重大な関
心事であつて、これがその企業経営の業績を左右する程の影響力を持つていたので
ある。次に関係証拠によれば、海上保安庁において予定価格決定については、当該
事務担当者において綿密な調査をなし業界その他関係技術方面の意見を参酌して適
正な原価計算のもとに決定されたのであるが、本件当時においては先行物価の値上
りが予想されていたけれども、予定価格の算定にはこの点を考慮に加えないで、す
べて時価のみによつて算定したものであり、且つこれには工事を請負うべき企業の
適正な利潤を全く加算しておらず、海上保安庁としてはこの工事を請負う企業に対
して自己の企業経営の合理化をはかり努力することにより利潤をあげることを期待
していたものであつて、以上のような事情もあり且つ従前の競争入札でいわゆるダ
ンピングが行われた実例もあつたので本件入札に際しての説明会の席上競争入札制
度の趣旨にかんがみ特に念を押して採算を無視した出血的な競争をしないで適正な
価格による入札をするように希望し、このようなことをした業者は辞退して貰うと
まで注意を与えた事実も存し、又当時の一般業者間においては海上保安庁の仕事は
全く利潤がなく、造船についてはその必要とする部品は大部分海上保安庁で指定し
たメーカーの製品を使用することを要請されている関係もあつて請負をすれば常に
若干の赤字を生ずるとまでいわれていた事実を窺い知ることができる。
 更に当時の経済界の情勢殊に本件内火艇建造に関係あるわが国木造船工業界の情
況と本件六社の経営情況についても、証拠上明らかな如く、当時は朝鮮動乱が勃発
し諸物価が稍々上昇しはじめる萠を生じたときではあるが、未だ後日の朝鮮動乱ブ
ームを現出するに至らない時期であり、わが国敗戦後のインフレ時代を切り抜け緊
縮時代に入つて漸くその効果を生じはじめた時代であり、戦争中軍需に応じて群生
した中小木造船工業もその経営困難をきわめ整理期に入り新しい造船の仕事もなく
悲惨な情況にあつて、本件六社もわが国屈指の業者ではあつたが、殆んど手持の仕
事もなく優秀な技術能力のある職工、物的な設備を如何にして温存するかについて
苦慮していた時代であり、休業すれば当時の労働法規の関係上労働者に対しては相
当多額の休業手当を支払うことが要請され、いわゆる間接費は依然支出してゆかね
ばならないという条件にあるとともに、一方金融面においては信用を喪失すること
となり融資を受けることが益々困難となり経営は著しく苦しくなるが、たとえ、赤
字を出しても注文に応じて仕事をしておれば、間接費の軽減ができ受注代金の支払
も受け得られ金融の面においても融通がつき、殊に海上保安庁の仕事をしていると
いうことは金融面における信用増大の一原因であり、優秀な職工の技術も温存がで
き、他日活況を呈する日まで食いつないで行くこともでき、そのわが国有数の企業
であるという面目も保持することができるという関係にあつて業者は等しく本件に
おいても、多少の赤字は覚悟の上で何とかして注文を受けたい気持であり、殊に海
上保安庁は新しく発足した官庁であるので将来大きく発展して多量の注文が発せら
れる場合もあることを期待して、この際少しでも多くの請負の実績を作り他日に備
えたいというような考も有していたものであることを窺い知ることができる。そし
て予定価格は、以上のように定められたものであり、当時その価格では多少の赤字
を生ずることを予想されたのであるが、現実に前記朝鮮動乱ブームによつて諸物価
の上昇に伴い、本件内火艇建造についても各社それぞれ数百万円にのぼる赤字を生
じ本件において談合金を出さなかつた唯一の者であるNの如きは正式に本件入札の
際の契約条項に従い当局にその赤字補償の上申をしている事実の存することも記録
上明らかなところである。
 次に本件談合をなすに至つた動機については、原判決が認定判示しているよう
に、前記昭和二十五年七月の入札に当つて関係業者で入札価格の協定をしょうとし
たが、これに成功しなかつたために完全な無制限の自由競争となり、Lが採算を無
視して遮二無二低廉ないわゆるダンピング価格で入札し、その価格が落札価格と決
定し前記のような方法によつて六社とも一隻乃至二隻の内火艇の建造を受けこれに
より相当の赤字損失を蒙るであらうことが予想されていたので、本件入札に際して
は各社とも再びこのような事を繰り返しては会社存続の基礎を危殆に陥れるのであ
るが、さればといつて、この受注を拒否することは前記のような情勢の下において
はなお困ることでもあるので、その対策に苦慮していた折から、被告人Hが同Aと
偶然出逢つたことに端を発し、この入札について出血受注の防止のために六社間に
協定を結ぶことを企図し、被告人Aにおいて六社間を仲介斡旋の労をとり、ここに
原判決において詳細に述べているような経緯により遂に本件談合が成立するに至つ
たものであつて、談合参加者延いては各企業者において不当の利益を獲得しようと
いう意図は存しなかつたことが窺われる(このことは証拠上窺える辞退したOに対
する見舞金四百万円のうち半額は本件入札決定直後において同社が更に本件と同様
の内火艇一隻を請負うに至つたために各提供した四社に戻されその余は被告人Aに
謝礼として交付した二十万円その他の費用を控除した残額百三十万円は右Oにおい
てその儘保管し本件捜査過程において押収されていることによつても不正の利益獲
得がその目的でなかつたことの推測できる一証左である。)とともに、この談合に
より受注辞退の止むなきに至るOに対しては同社の辞退により生ずるであらう損失
を業界相互に負担し保障する意味において見舞金を各社より(但しN株式会社は醸
出しない)金百万円宛醸出贈与することに決したことを窺い知ることができる(こ
の談合においては次回入札の際には辞退したOに優先権を与えておりこの約定に従
つて本件入札直後海上保安庁の発注により内火艇一隻を同社が請負い見舞金のうち
一隻に該当する部分は返還したこと前述のとおりであり従つてこの見舞金の性質が
右に述べた業者相互保障の意味を持つことが裏書できると思料する。)。
 更に関係証拠によつて、本件談合において決定した各社の入札価格は、前回の昭
和二十五年七月入札のときの予定価格、落札価格(これは前述するとおり採算を無
視したダンピング価格である。)等を検討し、これに当時の物価の値上り傾向を勘
案して赤字を出すことを極力少くする趣旨において原判示のように決めたのである
が、その結果は、ダブル内火艇については前述のように適正な評価がなされている
と考えられる予定価格二隻五千三百六万円を僅かに下廻る五千三百四万円でJが落
札しこの価格でK及びLもそれぞれ随意契約を締結し、シングル内火艇については
その予定価格は二隻五千三百五十八万円であつたが、原判示のとおり談合による一
番札Mの入札価格二隻五千四百九十六万円以下予定価格超過のため再入札をなし、
これ又一番札M二隻五千三百八十万円等々であつたがなお前記予定価格超過のため
遂に入札不調となり、結局再入札における一番札M、二番札Nがそれぞれ二隻宛右
予定価格と同価格で随意契約を締結して右内火艇建造を請負うことになつたことが
窺えるのである。従つてダブル内火艇の入札価格については予定価格以下であるの
で兎も角として、シングル内火艇については予定価格を上廻る価格で入札が行われ
ているので、この価格については或はいわゆる公正な価格を害する意図があつたの
ではないかとも推察されないこともないのであるが、前に述べたとおり右予定価格
自体に業者の利潤は加味されておらずこの価格をもつてしては建造完了時において
相当の赤字を生ずることが予想されていたものであり、現実に朝鮮動乱ブームが生
じたことに関係があるにしてもこの内火艇建造について前に述べたように各社とも
数百万円にのぼる赤字を出しておることを考え合せると、これらの価格が談合によ
り適正な価格を不当に高価に、或は不当な利益を取得するためにつり上げられたも
のとか、或は、海上保安庁に不当な損害を加えるような価格ではなかつたことが推
測されるのである。
 以上に指摘したような海上保安庁側の本件内火艇発注に関する諸事情、入札者で
ある六社側の諸事情ことに談合の動機内容等に関する事情当時の客観的な社会情
勢、殊に業界の経済的な情勢を参酌して本件予定価格及び各社の入札価格竝びに従
つて又契約締結の価格決定に至る事情を中心に考察するときは、本件談合は、専ら
本件入札に参加した六社が注文を受けた際に発生することの予想される赤字をでき
るだけ防止し最少限度にくいとめるため前回入札の際行われたような採算無視のダ
ンピング価格による入札をしないことを唯一の目的としてなしたものであつて、冒
頭において説明したような意味におけるいわゆる公正な価格を害する目的(ここに
目的というのは意欲の程度に至らない認識の程度をもつて十分であると解する。)
乃至は不正な利益を得る目的をもつてなしたものとは到底認めることができないも
のである。尤も前述したとおり被告人Aにおいて前記見舞金のうちから金二十万円
を受領しておるので少くとも同人の関係において本件談合が不正の利益を得、延い
ては公正の価格を害する目的があつたのではないかと疑われる虞もあるから、この
点につき一言触れておくこととする。なるほど、右被告人は、本件談合当時は既に
その職を辞していたにもせよ、その直前までは本件入札施行者である海上保安庁の
本件入札に関係のある課に勤務していたものであるから、このような者が仲介斡旋
の労を採り如何なる名義であらうともこの仕事に関連して二十万円の金員を領得す
るような事は、その入札及びこれに関連する行為の公正を疑われ好ましくない事で
あるには相異ないのである。しかし、右被告人に仲介斡旋により特に不正の利得を
しょうとする意図が存したという事実は、記録上全く発見できないものであるが故
に、これが道義上その他別個の観点からみて非難に値する行為であるとするは兎も
角、本件談合行為と直ちに結び付け談合自体に前記意図が存したものと推認する一
つの根拠とすることは相当でないと思料されるのである。要するに記録上認められ
る本件談合は、なるほど、結果において自由に放任すれば競争入札により形成され
るであらう落札価格を害したかも知れないが、被告人等において前記経済的な採算
を無視しない公正なる自由競争により形成さるべき落札価格を害する目的で談合を
遂げたとか、又は結果においてこのような公正な価格を害したものである事実を肯
認するに足りる的確な証拠は遂に発見できないのである。然るに、原判決は刑法第
九十三条ノ三第二項の解釈を誤つたことに基因してか或はその事実認定を誤つたた
めか被告人等の本件談合の所為を右法条に該当する所為であると認定判示している
のであるが、これは上述するところにより正当でないものであり、この過誤は判決
に影響を及ぼすことの明らかなものであるから到底破棄を免れない。それ故各論旨
は、いずれもこの点において理由がある。
 よつて弁護人等のその余の各論旨及び被告人Aの量刑不当の論旨についての判断
を省略して刑事訴訟法第三百九十七条に従い原判決(但し、被告人Aに対する無罪
部分を除く。)を破棄し、同法第四百条但書を適用して当裁判所自ら判決をする。
当裁判所の認定した被告人A及び同Bに対する罪となるべき事実及び証拠の標目
は、原判決の判示第二事実及び第三事実とこれに対応する証拠の標目の記載のとお
りであるので、ここにこれを引用する。
 法律に照すに、被告人Aの原判示第二の各所為は、いずれも刑法第百五十七条第
一項前段に該当するところ、以上は併合罪であるので同法第四十五条前段第四十七
条第十条により犯情の重い原判示第二の(三)の収賄の罪の刑に法定の加重をした
刑期範囲内において被告人を懲役四月に処し、刑法第二十一条に従い原審における
未決勾留日数中十四日を右本刑に算入するが、情状により同法第二十五条第一項を
適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。なお右被告人が収受し
た賄賂は、いずれもこれを没収することができないので同法第百九十七条ノ四によ
りその価額合計四万五百円を右被告人から追徴する。被告人Bの原判示第三の所為
は、刑法第百九十八条第百九十七条第一項前段罰金等臨時措置法第三条第二条に該
当するので所定刑中罰金刑を選択しその金額範囲内で右被告人を罰金三万円に処し
右罰金を完納することのできないときは刑法第十八条を適用して金千円を一日に換
算した期間右被告人を労役場に留置する。なお主文第八項掲記の訴訟費用について
は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用してそれぞれ同所記載のとおり右両被
告人に負担させることとする。
 なお被告人六名に対する昭和二十六年四月十八日付起訴状記載の「被告人等は昭
和二十五年十一月十八日実施せられた海上保安庁発注二十三米内火艇十隻この内訳
外板一枚張四隻外板二枚張六隻建造工事の競争入札にあたり公正なる競争によつて
決定すべき落札価格を釣り上げる目的を以て、被告人Aが後記六社間の斡旋役とな
りその余の被告人は各所属会社を代表し、同月十五日から十七日までの三日間に亘
り、いずれも東京都中央区a町b番地N株式会社内において右入札における指名業
者である右六社の中株式会社Oを除く五社が一社二隻宛の割で該工事の落札者とな
る如く各入札価格を協定しOに対しては同社及びN株式会社を除く各社が合計四百
万円の見舞金を出捐渇することを約し、以て談合し、(以上刑法第九十六条ノ三第
二項に該当する本位的訴因)同月十八日同都千代田区霞ヶ関二丁目一番地海上保安
庁総務部補給課で開催された入札会においても右約定に基いて各社入札し約定どお
り外板一枚張についてはM株式会社及びN株式会社が海上保安庁の予定価格と一致
する二隻五千三百五十八万円で、外板二枚張については株式会社J、株式会社K及
びL株式会社が予定価格を僅かに下廻る二隻五千三百四万円で落札し、以て該入札
の公正を害したものである(以上は刑法第九十六条ノ三第一項の偽計を用いて入札
の公正を害すべき行為をしたとする予備的訴因)」という公訴事実について、本位
的訴因は結局犯罪たるの証明十分でないものであり、予備的訴因についても同法第
九十六条ノ三第一項と同第二項との対照上第一項の偽計には談合の場合を含まない
ものと解するのが相当であり、しかも前に説明したとおり本件において証拠上談合
が行われたことは認め得るけれども、この談合が右法条第一項の犯罪を構成するも
のと認定するに足りないものであり、その他同法条第一項の犯罪の成立を肯認する
に足りる的確な証拠は存しないから、結局これまた犯罪の証明十分でないものと認
むるの外ないものである。それ故にこの点については刑事訴訟法第三百三十六条に
より被告人六名に対し無罪の言渡をすることとする。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

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