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事件番号:平成19年第548号
事件名:損害賠償請求事件
裁判年月日:H19.11.22
裁判所名:京都地方裁判所
部:第1民事部
結果:一部認容
登載年月日
判示事項の要旨:内頚静脈からカテーテルを挿入する方法による血液透析を受け
た際,本来内頚静脈に挿入されるべきカテーテルが,誤って,右
総頚動脈に挿入された結果,その後の処置により,患者の右頚部
に醜状痕が残った事案において,医師が,カテーテルを右総頚動
脈に誤挿入した点については,過失は認められないとしたが,カ
テーテルを挿入する部位として,首と脚という複数の選択肢があ
ったのに,医師が患者に対して,カテーテル挿入部位として,首
又は脚を選択した場合に生じうる合併症の内容や危険性の違いに
ついて説明せず,また,どの部位からカテーテルを挿入するかに
ついての結論も示さなかった点について,患者に自己決定の機会
を与えるべき義務を怠ったとして,医師の説明義務違反を認めた
事例。
主文
1被告は原告に対し,25万円及びこれに対する平成18年4月7日から支
払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを40分し,その39を原告の負担とし,その余を被告の
負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は原告に対し,1030万円及びこれに対する平成18年4月7日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
。,1本件は,被告が設置,運営する病院(以下「被告病院」という)において
原告が,内頚静脈からカテーテルを挿入する方法により血液透析を受けたとこ
ろ,被告病院の医師が,カテーテルを,誤って右総頚動脈に挿入した結果,右
頸部を切開して右総頚動脈を縫い合わせる処置を受けることとなり,その結果,
右頸部に長さ10センチメートルほどの醜状痕が残ったことについて,被告病
院の医師には,①カテーテル挿入にあたって,内頚静脈を確実に確認すべき注
意義務を怠った過失,及び,②事前に内頚静脈へのカテーテル挿入の際に生じ
うる合併症等について十分に説明すべき義務を怠った過失がある等と主張し,
被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,慰謝料100
0万円及び弁護士費用30万円並びにこれらに対する不法行為の日である平成
18年4月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求めた事案である。
2基礎となる事実(争いのない事実及び各項末尾記載の証拠等によって容易に
認定することのできる事実)
透析の施行に至る経緯
ア原告は,平成17年7月ころから,糖尿病の治療のため,被告病院に通
院していた。
イ原告は,平成18年4月3日(以下,特に断らない限り,日付だけ表記
のものは,平成18年のものである,被告病院の循環器内科のA医師に。)
より,慢性腎不全増悪,肺水腫,虚血性心疾患との診断を受け,被告病院
に入院した(乙A1,2)。
ウ4月3日午後7時ころ,原告,原告の夫及び原告の次女は,上記A医師
から,原告の心臓が肥大して水が溜まっており,クレアチニンの数値も高
いため,血液透析を実施する必要があるとの説明を受けた。
エ同月7日,被告病院循環器内科の医師から同病院腎臓内科の医師に対し,
原告の腎機能の低下が顕著になってきたとして,対診の依頼があった。入
院後だけをみても,原告のクレアチニン値(単位はmg/dl,正常値は0.
3から1.1)は,4.76(4月3日)から7.28(4月7日)に,
尿素窒素値(単位はmg/dl,正常値は8から21)は,55.3(4月3
日)から82.2(4月7日)にそれぞれ上昇していた。被告病院腎臓内
科医長であったB医師は,透析治療なしでは病状の改善は難しいと考え,
同日,血液透析を施行することを決めた(乙B7)。
透析についての説明
4月7日午前,B医師と被告病院腎臓内科のC医師が原告の病室を訪れ,
原告に対し,血液透析を施行することを告げるとともに,挨拶をした。その
後,B医師は,原告の病歴の詳細を確認するためにナースステーションに赴
き,C医師が原告に対し,原告の次女D立会いの下,血液透析の説明をした
(以下「本件説明」という(乙B7,11)。)。
血液透析の手技について
ア血液透析は,短時間で大量の血液を浄化する必要があることから,血流
量の豊富な血管を確保するために,通常は,手の動脈と静脈をバイパスす
るように吻合し(シャント」と呼ばれる,シャントから血液を取り出し「)
て行う。しかし,緊急に血液透析をする必要が生じ,シャントを形成して
いないときは,太い静脈(大腿静脈,内頸静脈等)からカテーテルを挿入
し,これを利用して,透析を行うこととなる(公知の事実)。
イカテーテル挿入の標準的な手技は次のとおりである。
消毒及び局所麻酔
挿入部分の皮膚の消毒,局所麻酔を行う。
試験穿刺
麻酔用の針で静脈を探し,挿入する。逆流血を確認する。
本穿刺
試験穿刺の針を抜き,試験穿刺での感覚をもとに本穿刺を行う。血管
に挿入後,少し陰圧をかけながら針を進め,血液を逆流させる。逆流血
の確認後,針を数ミリ進め,内筒を抜き,外筒を通して逆流する血液の
勢い及び色によって,静脈に挿入したことを確認する。
ガイドワイヤーの挿入
外筒を利用し,ガイドワイヤー(血管内に挿入し,後に挿入するカテ
ーテル等を血管に沿って挿入しやすくするためのワイヤー)を挿入し,
挿入に成功したことを確認すると,外筒を抜く。
ダイレーターの挿入
穴を広げるための管状の器材(ダイレーター)を挿入して,穴を拡げ
る。
カテーテルの挿入
カテーテルを挿入する。カテーテル自体は柔らかく,それだけでは挿
入できないので,芯が入っている。カテーテルの挿入後,芯を抜く。
透析の実施
ア4月7日午後2時30分ころ,原告は透析室に入室した。B医師は,原
告の内頸静脈からカテーテルを挿入することとし,作業を開始した。
イB医師は,挿入部の皮膚の消毒,局所麻酔をした後,試験穿刺を経て本
穿刺を行い,内筒を抜き,外筒を通して逆流する血液を確認し,ガイドワ
イヤーを挿入し,外筒を抜き,ダイレーターによって穴を拡げ,カテーテ
ルをガイドワイヤーに沿って血管内に挿入し,ガイドワイヤーを抜き,続
いてカテーテルの芯を抜いたところ,逆流血が噴出した。これによって,
内頚静脈に挿入すべきカテーテルを,誤って右総頚動脈に挿入したことが
判明した。
ウその後,誤挿入されたカテーテルの抜去及び右総頸動脈縫合手術が実施
された。その結果,原告の右頸部には長さ10センチメートル程度の醜状
痕が残った(甲C1ないし4)。
エ上記醜状痕を除き,原告に後遺障害は発症せず,原告は,同年5月16
日,被告病院を退院した。
3争点及び当事者の主張
カテーテル誤挿入の過失の有無
(原告の主張)
アB医師は,本穿刺の際,逆流する血液の勢い及び色によって,動脈に穿
刺したことに気付くべきであったのに,これに気付かなかった。これは,
B医師の過失である。
イ動脈誤穿刺を確認する方法として,逆流血の確認以外に,①逆流血のガ
ス分析、②圧波形分析の方法があり,安全に内頸静脈に穿刺するための方
法として,③エコーガイド下でのカテーテル留置の方法があるところ,B
医師は,これらの方法を採用してカテーテルの動脈誤挿入を避けるべきで
あったのに,これを実施しなかった。これは,B医師の過失である。
(被告の主張)
ア内頸静脈にカテーテルを挿入する際に,動脈を誤穿刺するということは,
一定の割合で起こる合併症である。これは,100パーセント回避するこ
とができない現象であり,医師の手技上の過失によるものではない。
イB医師は,本穿刺時に逆流血の勢い及び色を確認したが,原告の病状等
が原因で,逆流血の勢い及び色が,静脈に穿刺した場合と同様のものであ
ったため,針を内頸静脈に適切に穿刺したものと判断した。したがって,
B医師にカテーテル挿入に当たっての確認を怠った過失はなく,本件は,
医師が通常要求される注意義務を尽くしても起こりうる事故であった。
ウ原告が主張する,各方法は,次のとおり,いずれも,本件事故当時の医
療水準では,一般的な方法ではなく,全国のほとんどの病院で,動脈誤穿
刺を穿刺針からの逆流血の勢い及び色によって視覚的に確認する方法がと
られていた。
逆流血のガス分析については,検査に時間がかかり,その間の手技を
中断しなければならないので,実際的でない。
圧波形分析については,通常の病院では,カテーテル挿入時の確認の
ために使用できるような圧波形分析器を備えておらず,被告病院におい
ても,そのような圧波形分析器は備えていなかった。
エコーガイド下でのカテーテル留置については,本件事故当時,よう
やく主な大学病院で中心静脈穿刺用のエコー装置の導入が始まったころ
であり,それ以外の多くの病院では,そのようなエコー装置は備えてい
なかった。被告病院においても同様であった。
説明義務違反の有無
(原告の主張)
B医師及びC医師は,カテーテルによる血液透析の方法として,カテーテ
ルを内頸静脈に挿入する方法と大腿静脈に挿入する方法があること,内頸静
脈に挿入する方法を選択した場合,動脈誤穿刺を100パーセント回避する
ことはできないこと,その場合,頸部を切開して修復することになり,頸部
に手術による醜状痕が残ることを原告に説明すべき義務があったのに,これ
を怠った。
B医師又はC医師が上記説明をしていれば,原告は,大腿静脈からのカテ
ーテル挿入を強く要求したはずであるし,その場合,B医師は,大腿静脈か
らのカテーテル挿入を選択したと考えられる。そうであれば,動脈誤穿刺は
発生しなかったし,原告の醜状痕も発生しなかった。
(被告の主張)
合併症の頻度は,頸部(内頸静脈)からのカテーテル挿入よりも,大腿部
(大腿静脈)からのカテーテル挿入の方が高い。また,大腿静脈からのカテ
ーテル挿入は,深部静脈血栓の危険性が高く,コロニー(細菌の塊)形成の
頻度が高いため,大腿静脈からのカテーテル挿入は他に方法がない場合に限
定するとされている。すなわち,内頚静脈からの挿入が不可能な場合を除き,
内頚静脈から挿入することが第1選択とされているのであって,原告の希望
にかかわらず,B医師が内頚静脈からのカテーテル挿入を選択すべきことは
当然であった。
したがって,C医師及びB医師には,カテーテルの挿入につき,内頚静脈
からの挿入と大腿静脈からの挿入の2通りの選択肢があることを説明すべき
義務はなかった。
また,合併症について説明すべき内容,程度は,それが生じうる頻度や患
者の状況に応じて,一定程度医師の裁量により決定されるというべきところ,
内頸静脈からカテーテルを挿入した場合に,動脈誤穿刺及びカテーテルの誤
挿入を起こして外科的手術まで必要となる可能性は極めて低かったから,C
医師及びB医師には,原告主張のような説明まですべき義務はなかった。
損害
(原告の主張)
被告病院の医師の過失の結果,原告は,次の損害を被った。
ア慰謝料1000万円
原告は,右総頸動脈縫合の手術を受けることを余儀なくされ,術後に右
頸部に長さ10センチメートル程度の醜状痕が残り,精神的苦痛を被った。
また,被告病院の医師から,カテーテル挿入について十分な説明を受ける
ことができなかったとの思いを抱いている。これらの精神的苦痛を慰謝す
るには1000万円が相当である。
イ弁護士費用30万円
(被告の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1カテーテル誤挿入の過失の有無について
証拠(乙B7,証人B)によれば,B医師は,次の手順で,内頸静脈から
のカテーテル挿入を実施したことが認められる。
ア試験穿刺の際,頸部の動脈は静脈と並んで位置しているので,左手で頸
動脈に触れ,針の先端が到達しないように頸動脈の走行を確かめながら穿
刺を行った。
イ試験穿刺により血液の逆流が認められたので,試験穿刺を終了し,針を
抜いた。
ウ試験穿刺の感覚をもとに本穿刺を行った。本穿刺用針を刺し,血液の逆
流が確認できたため,数ミリ針全体を進め,内筒を抜き,外筒を通して返
ってくる血液の勢いが弱く,色も黒ずんでいたことから静脈血であると判
断し,ガイドワイヤーを挿入し,外筒を抜いた。
エ次に,ダイレーターを使用して穴を拡げた。
オその後,カテーテルをガイドワイヤーに沿って通常の長さまで血管内に
挿入した。ガイドワイヤーを抜き,引き続きカテーテルの芯の部分を引き
抜いたところ,突然逆流血が噴出した。
カB医師は,内科医として約17年の経験を有し,静脈へのカテーテル留
置について100例以上の経験を有しており,本件で行ったと同様の方法
で実施してきたが,動脈誤穿刺を経験したのは初めての経験であった。
証拠(乙B1)によると,次の事実が認められる。
ア一般に,血液透析のためのカテーテル挿入に当たり,動脈に誤穿刺する
ことは避けることのできない合併症と理解されている。
イ名古屋大学医学部付属病院が作成した「中心静脈カテーテル挿入マニュ
アル(乙B1)によると,中心静脈へカテーテルを留置するために,内」
頸静脈や大腿静脈から穿刺するが,その際に動脈誤穿刺が発生する割合は,
内頸静脈の場合は,6.3パーセントから9.4パーセント,大腿静脈の
場合は,9.0パーセントから15.0パーセントとされている。
外部から内頸静脈の位置を確認できないこと,内頸静脈の直近に総頚動脈
があること,血管の太さや位置は個体差があること等の事実に鑑みると,内
頸静脈への穿刺の際に,誤って総頚動脈に穿刺することはあり得ることであ
って,それ自体は,医師が注意を尽くしても避けることのできない合併症と
いうべきである。そこで,医師としては,カテーテルの挿入手技に入る前に,
動脈誤穿刺を起こしていないことを確認する注意義務があるのであって,本
件においても,B医師は,本穿刺用針の逆流血を確認して,静脈血であると
判断したのである。結果的にはその判断が誤っていたのであるが,逆流血の
勢いと色による判断は,それ自体主観的で,勢いについては,針が刺入され
た位置や深さ,色については,患者の体調等による影響もあり得るから,確
実なものではあり得ず,この判断の誤りもやむを得ないといわなければなら
ない。
ところで,原告は,B医師は,逆流血の確認だけではなく,①逆流血のガ
ス分析、②圧波形分析、③エコーガイド下でのカテーテル留置の方法をとっ
て,動脈誤穿刺を防ぎ,あるいはカテーテル挿入前に動脈誤穿刺に気付くべ
きであったと主張するので検討する。
ア証拠(乙B7,証人B)によると,①の方法によるとすると,本穿刺針
の外筒だけが血管に刺入されている状態で,外筒内の血液を採取して,ガ
ス分析器まで持参し,検査する必要があり,本穿刺針の外筒だけが血管に
刺入されている状態で検査結果を待つこととなるが,その間に,外筒が抜
けて出血する危険があることが認められるから,①の方法が実際の医療現
場で有用な方法とはいえず,B医師がこの方法をとらなかったことが過失
とは評価できない。
イ②の方法によるためには,圧波形分析器が,③の方法によるためには,
血管穿刺専用のエコー装置が必要であるが,証拠(乙B7,証人B)によ
ると,本件事故当時,被告病院においては,これらの機器が備え付けられ
ていなかったこと,本件事故当時,これらの機器が備え付けられていたの
は,一部の大病院に限られていたことが認められる。そうすると,本件事
故当時,B医師は,②③の方法を採り得なかったものであるし,圧波形分
析器や血管穿刺専用のエコー装置を備え付けていなかった被告病院におい
て,血液透析のためのカテーテル挿入を実施したこと自体が過失であると
も言い難い。
以上の検討の結果によれば,B医師がカテーテルを被告の総頚動脈に誤挿
入したことについて,B医師に過失があったと認めることはできない。
2説明義務違反の有無(争点)について
証拠〔証人C,証人B,証人D,原告本人,甲A1,甲A2,乙A2(1
3頁,乙B7,乙B11〕によれば,本件説明の具体的内容等について,)
次の事実が認められる。
アC医師は,本件説明の際,原告の頸部と大腿部を触診しつつ,原告に対
し,透析にはシャントが必要であるが,原告にはシャントがないので,透
析用のカテーテルを挿入する必要があること,挿入は首か足の血管から行
うこと,普通は首から行うこと,挿入の際に血管を傷つけて出血したり,
挿入の際に感染症や血栓を起こす可能性があること等を説明した(乙A。
2(13頁))
イ原告は,以前,心臓のバイパス手術を受けた際に首からのカテーテル挿
入術を受けた経験があり,首からの挿入につき恐怖感を抱いていたため,
C医師の上記説明を聞き「首からは嫌や」と言ったが,当時原告の声が,
かすれていたこと,声の調子が弱かったこと等から,C医師はこれに気付
かないまま,原告の病室から退室した。
ウB医師及びC医師は,血液透析用カテーテルの挿入は,特段の事情のな
い限り,内頸静脈から行うこととしていた。C医師は,原告に本件説明を
した後,原告から特段の希望表明がなかったこと,触診の結果等から内頸
静脈からの挿入を避けるべき特段の事情はないと判断し,B医師に対して
は,原告に対する説明結果の報告をしなかった。B医師は,C医師から,
特段の報告がなかったため,内頸静脈からの挿入を避けるべき特段の事情
がないものと考え,原告の内頸静脈からカテーテルを挿入することとした。
エ原告は,自らの「首からは嫌や」との発言に対するC医師の反応がなか
ったが,発言内容はC医師の耳に届いていると考えていたので,カテーテ
ル挿入を足からして貰えるものと考えていた。透析室に入室した原告は,
B医師から首の位置について指示を受けたことから,B医師が原告の頸部
からカテーテルを挿入しようとしていることを察し「えー,首からする,
んですか」と尋ねた。B医師は,これを首からの挿入を嫌がる趣旨の発。
言とは理解せず「首からするのが通常です」と答えた。原告は「何を,。,
言うてもあかんわ」と思い,それ以上の発言はしなかった。。
証拠(乙B1,9,10)によると,血液透析用カテーテルを挿入する部
位に関し,次の事実が認められる。
ア日本透析医学会雑誌(平成17年9月号)には,社団法人日本透析医学
会が策定した「慢性血液透析用バスキュラーアクセスの作製および修復に
関するガイドライン」が搭載されているが,短期型バスキュラーカテーテ
ル留置について,右内頸静脈アプローチがもっともよく,それが何らかの
理由で不可能な場合,大腿静脈アプローチとする旨,感染の観点からは,
内頸静脈から留置したほうが大腿静脈からよりも危険性が少ない旨がそれ
ぞれ記載されている。
イ名古屋大学医学部付属病院では,中心静脈へのカテーテル挿入について
マニュアルを作成しているが,これによると,穿刺部位としては,内頸静
脈,鎖骨下静脈,大腿静脈,肘静脈があるが,手術室やICUで行う場合
は,アクセスの良さ,穿刺時の重篤な合併症の少なさから内頸静脈が第1
選択とされている。また,動脈穿刺を含む機械的合併症の発生率は,内頸
静脈が6.3ないし11.8パーセントであるのに対し,大腿静脈は,1
2.8ないし19.4パーセントであるとのデータが紹介されている。更
に,内頸静脈へのカテーテル挿入例1021例中,動脈穿刺を起こしたの
が43例,そのうち動脈誤穿刺の確認方法として逆流血の勢いと色の確認
の方法をとったときに,カテーテルの誤挿入まで至ったのは5例であった
とのデータも紹介されている。
ウ国立大学医学部附属病院感染対策協議会病院感染対策ガイドライン(平
成14年2月策定)には,カテーテル挿入部は,手術場やICUでは内頸
静脈を第1選択とするべきこと,大腿静脈からのカテーテル挿入は,内頸
静脈穿刺等の上大静脈系への挿入よりも深部静脈血栓症の危険が高いこと,
刺入部が陰部に近くなるので刺入部の清潔性を保つことが難しく,カテー
テルのコロニー形成の頻度が高いこと等から,他に方法がない場合に限定
する旨の記載がある。
以上の事実に基づいて検討する。
アカテーテルを静脈から挿入するに当たって,挿入が可能な静脈が複数あ
る場合,即ち,挿入する静脈に応じて複数の方法がある場合において,い
ずれの方法をとるかによって,予想される合併症の内容,危険性の程度等
が異なるときは,医師としては,患者に対し,その合併症の内容,危険性
の程度等を説明した上,いずれの方法を採用するかについて,患者に自己
決定の機会を与える義務があるというべきである。
イの事実によると,血液透析用カテーテルの内頸静脈からの挿入及び大
腿静脈からの挿入には,合併症の内容,危険性の程度等について違いがあ
るし,いずれの方法をとっても,動脈への誤挿入の危険があり,その場合,
外科手術を余儀なくされる可能性があるところ,とりわけ女性にとっては
頸部に醜状痕が残ることは精神的な負担となることであるから,原告に対
する説明を担当したC医師としては,内頸静脈から挿入するか,大腿静脈
から挿入するかについて,各方法を採用したときに予想される合併症の内
容,危険性の程度等を具体的に説明した上,原告に自己決定の機会を与え
て結論を出すべきであったということができる。もとより,で認定した
事実によれば,臨床医学の実践においては,内頸静脈からの挿入が第1選
択とされているというべきであるから,医師としては,特段の事情のない
限り,内頸静脈からの挿入を強く勧めるのが相当であるが,それでも何ら
かの理由で患者が大腿静脈からの挿入を希望する場合は,臨床現場におい
て,その方法も相当な治療方法として認められている以上,医師としては,
患者の希望を尊重するべきものであると考えられる。
ウしかるに,C医師は,原告に対し,カテーテルの挿入を首から行う場合
と脚から行う場合があること,普通は首から行うこと,合併症の内容等を
説明したが,首から行った場合と脚から行った場合の合併症の内容や危険
性の違いを説明せず,首から行うか脚から行うかについて原告の希望を聴
取せず,触診の結果も踏まえ,B医師によって内頸静脈からカテーテル挿
入が行われることを十分予想しながら,その結論を示すこともなく,説明
を終わったのである。原告としては,希望を述べることを求められれば,
改めて自己の希望を表明したであろうし,首からカテーテル挿入をする旨
の説明を受ければ,これに同意できない旨の意見を述べたと考えられる。
しかるに,原告は,これらの機会を与えられなかったのであるから,C医
師は,原告が自己決定をする機会を与える義務を怠ったといわざるを得な
い。
なお,B医師は,原告に対し,内頸静脈から挿入する旨の結論を伝えた
が,血液透析が開始される直前のことであって,原告としては,もはや自
己の希望を述べづらい状況であったということができるから,これによっ
て,原告が自己決定する機会が与えられたとは評価できない。また,B医
師が,透析室における原告の発言を首からの挿入を嫌がる趣旨の発言と理
解しなかったのはやむを得ないというべきである。
3損害(争点)
以上のとおり,C医師は,説明義務に違反したというべきであるので,こ
れによって原告が被った損害について検討する。
原告は,被告医師が説明義務を尽くしていれば,原告は,内頸静脈から
のカテーテル挿入に同意することはなかった旨主張する。しかしながら,
原告が内頸静脈からのカテーテル挿入を嫌がった理由が,単なる恐怖感で
あって,合理的な理由ではなかったこと「首からは嫌や」という発言に,
対してC医師の反応がなかったのに,C医師に更なる確認をしなかったこ
と,B医師に対しても「首からするんですか」と聞いただけで,B医師,
が首からする意思であることを理解しながら,結果的にこれを容認したこ
と等の事実に照らすと,C医師が,内頸静脈からのカテーテル挿入と大腿
静脈からのカテーテル挿入について,予想される合併症の内容,危険の程
度等を具体的に説明して説得した場合,それでも,原告が,最終的に内頸
静脈からのカテーテル挿入に同意しなかったとは考えがたい。
また,仮に,原告がC医師から上記説明を受けても,内頸静脈からのカ
テーテル挿入に同意しなかったと認めるべきであるとしても,B医師が採
用した内頸静脈からのカテーテル挿入は,臨床現場において第1選択とさ
れていて,大腿静脈からの挿入よりも合併症の危険性は低いとされている
治療方法なのであるから,これによった結果,結果的に,避けることがで
きなかった合併症のため,原告に右頸部醜状痕が残ったとしても,医師の
説明義務違反と原告に上記醜状痕が残ったこととの間に相当因果関係を肯
認するのは困難である。
しかしながら,原告が身体に対する侵襲を受けながら,その方法につい
て自己決定の機会を与えられなかったことによる精神的苦痛は,独立して
法的保護の対象となるというべきであり,これを慰謝するための金額は,
本件に現れた諸般の事情を考慮すると,金20万円をもって相当と認めら
れる。
また,本件訴訟の性質,内容,経過,認容額等を考慮し,C医師の説明
義務違反行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,金5万円が相当
である。
4以上の検討の結果によれば,原告の請求は,被告に対し,不法行為による損
害賠償として25万円及びこれに対する不法行為の日である平成18年4月7
日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める
限度で正当として認容すべきであり,その余は失当として棄却すべきである。
なお,認容金額に照らし,仮執行の宣言は必要がないから付さない。
京都地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官井戸謙一
裁判官土井文美
裁判官大川潤子

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