弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
       本件上告を棄却する。                    
       上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人鳥飼重和,同多田郁夫,同森山満,同村瀬孝子,同今坂雅彦,同橋本
浩史,同吉田良夫,同内田久美子,同権田修一,同高田剛の上告受理申立て理由に
ついて
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 税理士である被上告人は,平成5年7月ころ,D連合会を保険契約者,被
上告人を被保険者とする税理士職業賠償責任保険に加入した(以下,この保険に係
る契約を「本件保険契約」という。)。本件保険契約は,以後毎年更新された。上
告人は,税理士職業賠償責任保険の東日本の幹事会社として,保険金の支払その他
の対外的保険業務を担当している。
 (2) 被上告人は,E(以下「E」という。)から委任を受け,平成6年1月1
日から同年12月31日までの課税期間について,同人の消費税の申告(以下「本
件申告」という。)に係る手続を行った。ところで,Eは,上記課税期間に係る基
準期間における課税売上高が3000万円以下の小規模事業者であったから,本件
申告に当たっては,上記課税期間の初日の前日である平成5年12月31日までに
消費税法(平成6年法律第109号による改正前のもの)9条1項本文の規定の適
用を受けない旨を記載した同条4項所定の届出書(以下「課税事業者選択届出書」
という。)を提出していない場合には,同条1項本文の規定により消費税を納める
義務が免除される反面,仕入れに係る消費税額の控除不足額に相当する消費税の還
付を受けることはできなかった。ところが,被上告人は,本件申告において,課税
事業者選択届出書の提出を怠っているにもかかわらず,Eが上記規定の適用を受け
ない者(以下「課税事業者」という。)であることを前提として,仕入れに係る消
費税額の控除不足額を5607万4873円と算定し,これに相当する消費税の還
付を受けるため,その申告書に上記控除不足額を記載し,提出した。
 (3) これについて,所轄税務署は,所定の期限までに課税事業者選択届出書が
提出されていないので本件申告は無効であると指摘し,Eは,上記の還付を受ける
ことができなかった。
 (4) Eは,課税事業者選択届出書の提出を怠った被上告人の債務不履行により
還付が受けられず,上記控除不足額相当の損害を被ったとして,被上告人に対し,
損害賠償請求訴訟を提起した。被上告人は,Eとの間で同事件について訴訟上の和
解をし,同人に対し,和解金4000万円を支払った。
 (5) 税理士職業賠償責任保険は,被保険者である税理士が,税理士としての業
務の遂行に当たり,職業上相当な注意をしなかったことに基づき提起された損害賠
償請求について,法律上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する
旨の保険である。本件保険契約に適用される税理士職業賠償責任保険適用約款の「
2.税理士特約条項」の5条2項には,「当会社は,納税申告書を法定申告期限ま
でに提出せず,または納付すべき税額を期限内に納付せず,もしくはその額が過少
であった場合において,修正申告,更正または決定により納付すべきこととなる本
税(累積増差税額を含みます。)等の本来納付すべき税額の全部もしくは一部に相
当する金額につき,被保険者が被害者に対して行う支払(名目のいかんを問いませ
ん。)については,これをてん補しません。」という条項(以下「特約条項」とい
う。)があった。
 2 本件は,被上告人が,その過失により課税事業者選択届出書の提出を怠った
ために,Eに損害を与えたものであり,その損害は本件保険契約によりてん補され
るべきであると主張し,上告人に対し,保険金及び遅延損害金の支払を求める事案
であり,特約条項が本件に適用されるか否かが争点である。
 3 前記の事実関係によれば,(1) 被上告人は,Eから委任を受け,同人の消
費税の申告に係る手続を行ったが,所定の期限までに課税事業者選択届出書を提出
することを怠ったために,同人の消費税を納める義務が免除される反面,仕入れに
係る消費税額の控除不足額に相当する消費税の還付を受けることができなくなった
こと,(2) しかるに,被上告人は,課税事業者選択届出書の提出がされているこ
と,すなわち,Eが課税事業者であることを前提として,仕入れに係る消費税額の
控除不足額相当の消費税の還付を受けるため,本件申告を行ったところ,税務署長
から本件申告が無効であるとされ,上記の還付を受けることができなかったこと,
(3) 被上告人は,Eから,被上告人の債務不履行により上記控除不足額相当の損
害を被ったとして損害賠償請求訴訟を提起され,訴訟上の和解により,Eに対して
和解金4000万円を支払ったことが明らかである。
 特約条項の趣旨,目的は,不正な過少申告等にかかわった税理士が,申告に係る
税額と本来納付すべき税額との差額を依頼者に賠償し,その賠償に係る損害を税理
士職業賠償責任保険によりてん補されることによって生じ得る納税申告に係る不正
の助長を防止しようとするところにあるものとみるべきである。【要旨】この特約
条項の趣旨,目的に照らすと,税理士の賠償すべき損害が,上記のように,課税事
業者選択届出書の提出を怠ったという税理士の税制選択上の過誤により生じたもの
であるときには,課税事業者選択届出書の提出を前提とする依頼者に有利な課税事
業者としての申告ができないことにより,形式的にみて過少申告があったとしても
,特約条項の適用はないと解するのが相当である(最高裁平成12年(受)第13
94号同15年7月18日第二小法廷判決・裁判所時報1344号2頁〔編注:民
集57巻7号838頁〕参照)。
 4 そうすると,本件には特約条項の適用はないと解すべきであり,これと同旨
の原審の判断は,結論において是認することができ,原判決に所論の違法はない。
論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田
宙靖)

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