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裁判例


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平成17年9月29日判決言渡 
平成13年(ワ)第1230号 解雇無効確認等請求事件
口頭弁論の終結の日 平成17年6月23日
           中  間  判  決
  東京都中央区A町a丁目b番c号 Bマンションd階
原       告    A
同訴訟代理人弁護士    中   野   比 登 志
同            上   柳   敏   郎
同            土   井   香   苗
アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ市ステートキャピトル203
被       告    アメリカ合衆国ジョージア州
同代表者知事B
     主         文
   被告の本案前の主張はいずれも理由がない。
           事    実
第1 当事者の求めた裁判
 1 請求の趣旨
  (1) 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
  (2) 被告は、原告に対し、平成12年9月15日以降毎月62万4205円ずつを支払
え。
  (3) 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 請求の趣旨に対する答弁(本案前の答弁)
  (1) 本件訴えを却下する。
  (2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
 1 請求原因
  (1) 被告は、昭和20(1945)年、州議会の立法により、その一部局である港湾局
(以下「州港湾局」という。)を設立した。
    州港湾局は、東京に日本代表部(設置当時は「極東代表部」)を設置して事務所
を設けていたところ、平成7年6月、給与(基本給)を月額62万4205円として、
州港湾局日本代表部の業務に従事する職員として、原告を雇い入れた。
  (2) 州港湾局は、平成12年9月12日、原告を同月15日付けで解雇する旨通知した
(以下「本件解雇」という。)。
  (3) しかし、州港湾局の貨物取扱量は年々増加し、利益をもたらし、経費削減を求め
られたことはなかったのであるから、人員削減の必要性はなく、原告を整理解雇
をする必要性はない。被告が解雇回避義務を尽くした事実はない。さらに、被告
は、原告に対し、被解雇者の選定について客観的で合理的な基準も示さず、整
理解雇の必要性と時期・規模・方法等について事前の説明や折衝もしないまま、
突然、原告を解雇した。
    したがって、本件解雇は無効である。
  (4) よって、原告は、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び給与とし
て平成12年9月15日以降毎月62万4205円ずつの支払を求める。
 2 被告の本案前の主張
  (1) 被告に対する裁判管轄権
   ア 被告のようなアメリカ合衆国という連邦を構成する州は、国家としての諸権限を
保有する行動の政治作用を有している「国家(State)」であり、一般の国家と同
様の裁判権免除を享有する。
   イ 制限免除主義を採用するにせよ、国家である以上、外国の裁判権には服さな
いということが大原則であるから、紛争の対象となった事案が主権免除の例
外とすることが国際慣習法として確立している場合か、各国裁判所が国家間
の礼譲と条理との調和の観点から主権免除の例外としての新たな範疇として
の国際慣習法の確立を国際社会に働きかける強い意図を有している場合の
み、主権免除の例外が認められるべきである。
   ウ 制限免除主義は、国家が私人と同様の立場で「商業的活動」を行う場合にまで
当該国家が主権免除の利益を享受することは認められるべきではないとの考
えに立脚するものの、いかなるものを「商業的活動」に含ませるかについて確
立した国際慣習法は認められない。
     一般論として雇用契約を巡る紛争については、一定限度で主権免除の例外とさ
れることが妥当であるとしても、「商業的活動」とは別個に「雇用契約」という概
念を定立した上で、雇用契約上の地位に関する紛争については、主権免除を
享有しうる類型の紛争とする考えが国際慣習法としてほぼ確立している。例え
ば、1976年米国主権免除法1605条(5)(A)項、1978年英国主権免除法1
3条(2)(a)項、1985年オーストラリア主権免除法29条(2)項、国連国際法委
員会が国連総会に提出した1991年主権免除条約草案11条(2)(b)項などで
は、外国国家は、労働者が復職や雇用を法廷地国家の裁判所が命令するこ
とを求める訴訟において主権免除を主張することができることが明確にされて
いる。
     上記主権免除条約草案には、法廷地国家の裁判所が雇用主たる外国国家の
行政組織論への介入を行うことを回避すべきとの一般的な政策判断が働いて
いる。
   エ 制限免除主義によるとしても、日本では、外国国家に裁判権を行使するに際し
ての送達、証拠開示、強制執行の可否及び限界等についての手続法がなく、
外国国家が裁判権の行使に対する異議を審理するための独立した上訴の手
続がないなど、制限免除主義に立脚した裁判権を行使することを可能にする
法整備がされていない。
     このような状態の下、日本の裁判所が、被告に対し、その同意なくして日本の民
事訴訟法を適用して裁判権を行使することは、適正手続によらないものであ
り、憲法違反かつ国際法違反である。
   オ 制限免除主義は、一見して明白に原告の請求を維持することが不可能な事件
についてまで、国家間の礼節を犠牲にして、裁判権の行使を認めるものでは
ない。
     本件においては、原告は、国民から納税された税金の使途について追求される
べき経済合理性を犠牲にしてまで、ただ1名の直接雇用の労働者を有するに
すぎない連絡事務所を維持させることを外国政府に強制させるよう求めてい
る。また、州港湾局は、日本代表部を閉鎖し、業務を外部委託しているのであ
って、現在、事業も事務所も日本には存在していないから、原告は労働基準
法による保護を受ける権利を失っている。したがって、本件においては、原告
の請求を維持することが不可能である。
   カ 国際慣習法の動向、相互主義的観点の考慮からしても、前記主権免除条約草
案が作成されるなど、労働者の復職に関して裁判権を行使しうることとする国
際慣習法の形成がされつつある時期において、裁判権を行使すべきではな
い。
 キ したがって、本件においては、日本の裁判所は、被告に対する審理・裁判を行う
ことはできないから、原告の訴えは却下されなければならない。
  (2) 本件訴状の送達の有効性
    被告が主権免除原則に基づき日本の裁判所の裁判管轄権から免除されるか否
かについて争われる場合、いかなる手続準拠法に基づくべきかという点につい
て規律する確立した国際慣習法はなく、法の欠缺である。
    手続法欠缺の状態において、被告州法によって運営される一国家である被告
が、自らの意思に反して、他の国家の司法手続に拘束される理由はないから、
被告は、被告州法に則った手続が履践された場合にのみその手続に服し、被告
州法の手続に従っていない場合には、それが、仮に被告以外の国家による裁判
手続であったとしても、これを無視せざるを得ない。
    この点、本件訴状の送達は、被告不法行為損害賠償法に定める要件を満たして
いないから、被告に対していかなる効力をも有しない。
    したがって、本件訴えは却下されるべきである。
 3 被告の本案前の主張に対する原告の主張
(1) 被告に対する裁判管轄権
ア 主権免除を享有する外国国家といえども、国家の活動が拡大し、私人の領域と
された経済活動の分野に国家が進出した現代社会においては、主権免除は
国家の主権的行為にのみ限定されるべきであって、かかる立場に基づく制限
免除主義は、既に国際慣習法として成立している。
     これまで、制限免除主義を標榜したものとしては、ヨーロッパ国家免除条約7
条、1976年米国主権免除法1605条、1978年英国国家免除法3条(1)、1
979年シンガポール国家免除法、1981年パキスタン国家免除政令、1985
年オーストラリア主権免除法、国連主権免除条約草案などがある。また、日本
でも、最高裁判所平成14年4月12日第二小法廷判決(民集56巻4号729
ページ)が、制限免除主義の採用を示唆する判決を出している。
     制限免除主義を適用する際、国家行為をどのように区別するかは問題である
が、行為の性質が国家しかなしえない性質のものか私人が行いうる性質のも
のかで区別する「行為性質基準説」が相当である。そして、雇用契約に関する
事項は、私人も行いうるものであるし、本件は被告の通商活動に伴う雇用契
約関係の終了を巡る紛争であるから、被告による原告の雇用及び解雇が国
家の私法的行為であることは明らかである。
     被告は、雇用契約に関する紛争のうち、「解雇」に関するものを制限免除主義の
例外としない国際慣習法が存在すると主張するが、かかる国際慣習法は、い
かなる意味においても成立していない。
     したがって、本件において、被告は主権免除を享受できない。
   イ 被告は、日本においては、制限免除主義に立脚した裁判権を行使することを可
能ならしめる法整備がされていないとか、裁判権の行使に対する独立した上
訴手続がないなどと主張するが、国家が訴訟当事者となった場合の特別法が
存在しないからといって、日本の裁判管轄権が当然に及ばないとはいえない
し、本案前の主張についても上級審で争う機会は与えられている。
     したがって、日本の裁判所が、被告の同意なくして裁判権を行使しても、適正手
続違反であるなどということはできない。
   ウ したがって、被告は、法廷地国である日本の裁判管轄権に服する。
  (2) 本件訴状の送達の有効性
    国際私法においては、手続は法廷地法によるというのが基本原則であるから、法
廷地法である日本の民事訴訟法に従った送達がされれば十分であり、本件でも
そのような送達がされている。
    したがって、被告に対する送達は、適法かつ有効である。
理          由
第1 被告の本案前の主張について
 1 裁判管轄権について
  (1) 被告はアメリカ合衆国の連邦構成州の一つであり、連邦政府と類似した三権分
立の制度や州憲法を有し、連邦政府からの脱退権などの権限も有しているなど
(争いがない。)、その独立性や権能において国家と比肩しうる地位を有している
ことからすれば、外国国家の裁判権免除の享有主体たりうるものである。
  (2) 外国国家に対する裁判権の免除に関しては、外国国家の行為はすべて民事裁
判権が免除されるとする絶対的主権免除主義と、一定の行為については民事
裁判権は免除されないとする制限的主権免除主義が存在するところであるが、
国家の行う行為は、国家本来の主権的な行為だけでなく、国家が私人と同様の
条件下において、商工業に関する取引行為などの「商業的活動」や、公共事務
に伴う営利行為の管理・運営を行うなど、その活動範囲が拡大している現状から
すれば、国家の行為のうち、公法的ないし主権的行為については民事裁判権が
免除されるが、私法的ないし業務管理的行為については民事裁判権は免除さ
れないとする制限的主権免除主義を採用するのが相当である。
  (3) そこで、本件の事案が、上記のような制限的主権免除主義の下で主権免除の対
象となるかどうかを検討する。
    本件は、被告から雇用されていた原告が解雇されたが、その解雇が無効であると
して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と未払給与の支払を求
めるものである。
、   本件事案が前提とする雇用契約自体は、一般的に、私人もすることができる行為
であって、当然に国家本来の主権的な行為としての性質を帯びるものではな
い。
    本件の雇用契約についてみると、証拠上も、原被告間の雇用関係について、原
告が被告の付与した特定の資格を有する者の中から、被告の定めた特定の手
続を経た上で任命されているなどの事実は認められず、労働条件や雇用形態は
もとより、採用や雇用の終了の点でも私人間における雇用契約と特段異なる点
があるとは認められない。また、州港湾局の目的が、州所有の施設の運営、州、
アメリカ合衆国又はその他の姉妹州の内外取引を育成・促進する点にあり(弁
論の全趣旨)、被告が原告を雇用した目的も日本における商業活動を拡大する
点にあると解されることからすれば、被告に雇用された原告の職務内容も被告
の商業活動に関連する業務であって、被告の主権的行為に関連する職務では
ないと認められる。
    そうだとすれれば、本件における雇用契約は、その性質上も目的上も私法的・業
務管理的行為というべきであり、本件解雇も被告の主権的行為に属するとは認
められない。
    したがって、原告の雇用や解雇を巡る紛争について、被告は裁判権の免除を主
張しえない。
  (4) これに対し、被告は、1976年米国主権免除法、1978年英国国家免除法、19
85年オーストラリア主権免除法、国連主権免除条約草案等において、法廷地国
の裁判所が労働者の復職や雇用を命令することを求める訴訟において国家が
主権免除を主張しうることが明確に定められていることからみて、制限的主権免
除主義を採用するとしても、労働者の復職や雇用を命令することを求める手続
において、国家が主権免除を享有しうることはほぼ確立した国際慣習法となって
いる旨主張する。
    しかし、被告が主張の根拠の1つとする国連主権免除条約草案がいまだ草案に
過ぎないこと(争いがない。)からも明らかなように、法廷地国の裁判所が労働者
の復職や雇用を命令することを目的とする訴訟において、国家が主権免除を主
張しうることが確立した国際慣習法であるということはできない。
    被告は、法廷地国の裁判所が他国の行政組織の運営等に介入するのは相当で
ないとも主張するが、前述のとおり、原告が被告の付与した特定の資格を有す
る者の中から、被告の定めた特定の手続を経た上で任命されているなどの事実
は認められないから、被告がした解雇の効力について判断することによって直ち
に被告の行政組織の運営等に重大な影響が生じるとは解されないし、また、外
国国家が他国における現地職員として採用した者の権利を裁判上保障する必
要性も考慮すれば、ある雇用契約が私法的・業務管理的行為であると判断され
る場合において、その復職を求める手続だけを主権免除の対象外とすることに
合理的理由があるとも解されない。
    また、被告は、特別の送達、証拠開示や独立した上訴手続がないなど制限的主
権免除主義の採用を前提とした手続法欠缺の状態で裁判権を行使することは
適正手続に反するとも主張するが、被告が主張するような特別な手続が存在す
ることが、本件において我が国が被告に対して裁判権を行使する前提とされる
べき理由はない。
 被告は、国家は他の国家の裁判権に服さないのが原則であり、例外的に法廷
地国の裁判権に服するとしても、一見して明白に原告の請求を維持することが
不可能な事件についてまで裁判権の行使を認めるものではないと主張するが、
このような法理が国際慣習法上確立していると認めるに足りる証拠はない。
 被告は、国際慣習法形成の動向や相互主義的観点の考慮から裁判権の行使
をすべきでないとも主張するが、国際慣習法が確立していない現状において、被
告の主張は理由がない。
  (5) よって、本件において被告が主権免除を受けるとする被告の主張は採用できな
い。
 2 送達の効力について
   被告は、主権免除の当否が争われる訴訟において、当然に他の国家の司法手続
に拘束される理由はないとして、被告州法の手続の履践を求め、本件訴状の送達
の効力を争う。
   しかし、手続を法廷地法に依拠するというのは、国際私法上の基本原則であって、
本件において手続法を被告州法に依拠すべき理由はない。そして、送達前に応訴
の意思を確認すべきとする最高裁通達(平成6年12月14日付け最高裁民2第42
5号事務総長通達)が廃止されており、裁判所は、申立ての内容から当該外国国
家に対して裁判権が及ぶ可能性があると判断される場合には、我が国の民事訴訟
法又は外交上の経路に従って送達手続を行えば足りると解される。
   本件では我が国の民事訴訟法の手続に従った送達が行われていることは一件記
録上明らかである。
   よって、本件訴状の送達の効力を争う被告の主張は採用できない。
第2 結論
   以上のとおりであるから、主文のとおり中間判決する。
東京地方裁判所民事第19部
         裁判長裁判官  中   西       茂
裁判官千   葉   俊   之
裁判官本   多   幸   嗣

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