弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主     文
       本件上告を棄却する。                    
       上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人山口紀洋,同和久田修,同田邊昭彦,同谷直樹,同鶴見俊男の上告理
由第一点について
 1 憲法14条1項は法の下の平等を定めているが,この規定は,絶対的平等を
保障したものではなく,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各
人に存在する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的
取扱いに区別を設けても,その区別が合理的な根拠に基づくものである限り,何ら
この規定に違反するものではない。このことは,当裁判所の判例の趣旨とするとこ
ろである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・
民集18巻4号676頁,最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18
日大法廷判決・刑集18巻9号579頁等)。
 ところで,昭和27年4月28日に発効した日本国との平和条約(以下「平和条
約」という。)により,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を有し
ていた者は,日本国籍を喪失したものと解される結果,増加恩給を支給されるべき
旧軍人に該当していた者も,恩給法9条1項3号によりその受給資格を有しないこ
ととなった。他方,我が国は,平和条約により,朝鮮の独立を承認して,済州島,
巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄し(2
条(a)),これらの地域の施政を行っている当局及び住民の日本国における財産
並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)
の処理は,日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とするものとされた(4
条(a)前段)。
 以上の経緯に照らせば,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を有
していた旧軍人について恩給法9条1項3号の例外を設けず,これらの者がそのま
ま同法の適用から除外されたのは,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的
地位を有していた人々の請求権の処理は平和条約により日本国政府と朝鮮の施政当
局との特別取極の主題とされたことから,上記旧軍人に対する補償問題もまた両政
府間の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものと解される
のであり,そのことには十分な合理的根拠があるというべきである。したがって,
恩給法9条1項3号に基づき,日本の国籍を有する旧軍人と平和条約の発効により
日本の国籍を喪失し大韓民国の国籍を取得することとなった旧軍人との間に区別が
生じたとしても,それは上記のような根拠に基づくものである以上,同号の規定が
憲法14条1項に違反するものでないことは,前記各大法廷判決の趣旨に徴して明
らかである。
 2 その後,日本国と大韓民国との間において,平和条約に基づく特別取極に相
当するものとして,昭和40年6月22日,財産及び請求権に関する問題の解決並
びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号。
以下「日韓請求権協定」という。)が締結された。そして,その2条1項において
,両締約国及びその国民の財産,権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の
請求権に関する問題が,平和条約4条(a)に規定されたものを含めて,完全かつ
最終的に解決されたこととなることが確認された。また,日韓請求権協定2条3項
において,同条2項の規定に従うことを条件として,一方の締約国及びその国民の
財産,権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にある
ものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に
対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては,い
かなる主張もすることができないものとする旨規定された。
 以上の経緯に照らせば,【要旨】日韓請求権協定によって,平和条約により日本
国籍を喪失した旧軍人の請求権については,大韓民国がいかなる主張もすることが
できないものとされたことを受けて,我が国が,上記旧軍人の恩給請求権について
,恩給法9条1項3号を存置することとしたことには,平和条約で予定された特別
取極に基づくものとして合理的な根拠があるというべきである。その後,大韓民国
において,上告人のような同国在住の韓国人である旧軍人の戦傷病者について,一
定の補償をする立法はされなかった。このような状況の下において,我が国が恩給
法9条1項3号の規定を削除する措置,あるいは同国在住の韓国人である旧軍人の
戦傷病者に対する何らかの措置を講ずるかどうかは,日韓請求権協定において上記
のとおり取り決められたことや,大韓民国を始めとする他の国々との間の政治上,
外交上の問題が発生する可能性があることなど,高度に政治的な事項に関する考慮
を必要とする立法政策上の問題である。したがって,上記の措置を講ずることなく
恩給法9条1項3号を存置してきたことが立法府の裁量の範囲を著しく逸脱したも
のとはいえず,前述の区別が合理的な根拠を欠くに至っていたものということはで
きない。
 3 以上検討のとおり,【要旨】本件処分当時,恩給法9条1項3号の規定が憲
法14条1項に違反するものということはできない(最高裁昭和60年(オ)第1
427号平成4年4月28日第三小法廷判決・裁判集民事164号295頁参照)。
 所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして是認することがで
きる。論旨は採用することができない。
 同第二点について
 恩給法が恩給の対象とする旧軍人の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡のような
戦争犠牲ないし戦争損害は,国の存亡にかかわる非常事態の下では,国民の等しく
受忍しなければならなかったところであって,これに対する補償は憲法の全く予想
しないところというべきであり,このような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては,
単に政策的見地からの配慮をするかどうかが考えられるにすぎないとするのが,当
裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和40年(オ)第417号同4
3年11月27日大法廷判決・民集22巻12号2808頁)。したがって,憲法
13条,29条違反を主張する論旨は,その前提を欠き,採用することができない。
 同第三点及び第四点について
 論旨は,原判決の単なる法令違反を主張するものであって,民訴法312条1項
又は2項に規定する事由に該当しない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 河合伸一 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷
 玄)

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