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平成23年7月1日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ウ)第527号特許料納付書却下処分取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年5月18日
判決
東京都千代田区<以下略>
原告三菱商事株式会社
同訴訟代理人弁護士大野聖二
小林英了
東京都千代田区<以下略>
被告国
処分行政庁特許庁長官
同指定代理人森寿明
神田正廣
佐藤一行
大江摩弥子
河原研治
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許第2802324号の特許権に係る第11年分特許料納付書について,
特許庁長官が平成21年7月17日にした手続却下処分を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,後記2(1)の本件特許権の譲渡を受けた原告が,本件特許権に係る
第11年分の特許料の追納期間(平成21年1月17日まで)経過後に当該特
許料及び割増特許料を納付する旨の納付書(後記2(2)の本件納付書)を特許
庁長官に提出したが,同納付書に係る手続を却下する旨の処分(後記2(3)の
本件処分)を受けたことから,同処分は違法である(特許法112条の2第1
項に規定する「その責めに帰することができない理由」により,追納期間内に
特許料及び割増特許料を納付することができなかったものであるから,追納が
認められるべきである。)と主張して,その取消しを求める事案である。
2前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)
(1)アアメリカ合衆国(以下「米国」という。)法人である「リサーチコー
ポレーションテクノロジーズインコーポレーテッド」(以下「リサー
チ社」という。)は,平成3年8月21日,「炭素の新しい形」に係る発
明について,米国への特許出願(1990年8月30日,同年9月10
日)に基づくパリ条約による優先権主張をして,我が国の特許庁に特許出
願し,平成10年7月17日,その設定の登録(特許第2802324
号)を受けた(以下,この特許権を「本件特許権」という。)。(甲1,
9,乙1)
イリサーチ社は,米国法人の「フラーレンインターナショナルコーポ
レイション」(以下「フラーレン社」という。)に本件特許権を譲渡し,
平成13年5月22日,その移転登録がされた。
ウフラーレン社は,本件特許権を原告に譲渡し,平成20年4月22日,
その移転登録がされた。
(2)本件特許権については,第10年分までの特許料が支払われており,第1
1年分の特許料の納付期限は平成20年7月17日(追納期間は平成21年
1月17日まで)であったところ,原告は,特許庁長官に対し,平成21年
3月27日付けで,第11年分の特許料及び割増特許料を納付する旨の特許
料納付書(以下「本件納付書」という。)を提出した。
(3)特許庁長官は,本件納付書に係る手続について,平成21年7月17日,
権利消滅後の年分に係わる特許料の納付であり,法令に定める要件を満たし
ていないことを理由として,これを却下する処分(以下「本件処分」とい
う。)をした。
(4)原告は,平成21年9月25日,特許庁長官に対し,本件処分について,
行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,特許庁長官は,平成22年3
月18日,これを棄却する決定をした。
(5)本件特許権は,平成22年8月4日,「第11年分特許料不納」を理由と
して,第11年分特許料の納付期限である平成20年7月17日が経過した
時に遡って(特許法112条4項,108条2項本文),抹消登録された。
(甲1,乙1)
3争点
本件特許権に係る第11年分の特許料及び割増特許料を追納期間内に追納す
ることができなかったことにつき,原告に特許法112条の2第1項所定の
「その責めに帰することができない理由」があったか。
4争点に関する当事者の主張
(1)原告
ア特許法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」
の解釈
(ア)特許権の回復について定める特許法112条の2の規定は,平成6年
改正特許法(平成6年法律第116号)で新設された。
その趣旨は,パリ条約5条の2第2項で「同盟国は,料金の不納によ
り効力を失った特許の回復について定めることができる。」と規定され
ており,諸外国ではこのパリ条約の規定に沿った立法がされているとこ
ろ,我が国においても特許回復の制度を認めるべきであるとの要望が国
内外から寄せられ,特許料の不納により失効した特許権の回復を認める
制度を設けることが適当であるとされたことによるものである。
知的財産法の分野では制度の国際的調和が強く要求されており,特許
法112条の2が定められた上記趣旨も制度の国際的調和を考慮したも
のであることに鑑みれば,特許法112条の2第1項における「その責
めに帰することができない理由」の意義を解釈するに当たっても,かか
る国際的調和の観点を考慮しなければならない。
(イ)諸外国においては,以下のとおり,特許料の遅延納付により効力を失
った特許権の回復について,条理にかなった規定が設けられている。
a米国特許法
米国特許法施行規則1.378(a)項では,①特許料の遅延納付が避
けられないものであった(unavoidable),又は②故意でなかった
(unintentional)場合には,特許料の遅延納付が認められる旨規定さ
れている。
そして,上記①に関して,同(b)項には,特許権者が特許料の未納
付の事実を知った後,直ちに遅延納付の手続を行うとともに「特許料
が期間内に支払われることを確保するために相当の注意(reasonable
care)が払われていた」ことを立証すれば,遅延納付が認められる旨
規定され,上記②に関する同(c)項には,「遅延納付が故意でなかっ
た」ことの陳述とともに,6か月の追納期間が経過した後24月以内
に遅延納付の申立てを行うことが必要である旨規定されている。
すなわち,米国特許法においては,特許料納付につき相当の注意が
払われていた場合,あるいは追納期間の経過後24月以内に申立てを
行うことで,特許権が回復することが定められている。
b欧州特許条約
欧州特許条約122条及び規則51条によれば,状況によって必要
とされる相当の注意(allduecare)を払ったにもかかわらず,特許
料を期間内に納付できなかった場合に,割増特許料を納付することに
より,権利の回復が可能である旨規定されている。
c英国特許法
英国特許法28条(3)では,特許料の納付遅延につき故意でない場
合には,割増特許料の納付を条件として,特許権の回復が認められて
いる。
d小括
このように,諸外国の法律によれば,特許料の遅延納付により効力
を失った特許権について,特許料の納付につき相当の注意が払われて
いた場合,あるいは特許料未納が故意でない場合には,特許権の回復
が認められる旨,明文で規定されている。
(ウ)したがって,特許法112条の2第1項が設けられた趣旨及び制度の
国際的調和の観点に鑑みれば,同項の「その責めに帰することができな
い理由」とは,特許権者としての「相当の注意」(知財高裁平成22年
9月22日判決・判例時報2098号135頁〔以下「知財高裁平成2
2年判決」という。〕がいう「通常期待される注意」と実質的に同義で
あり,いずれにしても「特許権者としての注意義務」を意味する。)が
払われたにもかかわらず,特許料の追納期間が経過するまでに特許料を
納付することができなかった場合を意味すると解すべきである。
イ原告が第11年分特許料を納付することができなかった具体的事情
(ア)前権利者による本件特許の管理状況
本件特許権は,平成20年4月22日付けで,前権利者(フラーレン
社)から原告への移転登録がされたものであるが,フラーレン社は,米
国のA法律事務所に対し,本件特許権及びその対応外国特許の特許料の
支払を委託し,A法律事務所が各国の特許事務所に指示することで特許
料の支払が行われてきた。
(イ)本件特許権の特許料支払に関する業務の移管
フラーレン社から原告に本件特許権が移転されたことに伴い,原告は,
米国のB法律事務所に対し,本件特許権及びその対応外国特許の特許料
の支払を委託することとし,B法律事務所に対し,その意向を伝えた。
また,原告は,A法律事務所に対して,本件特許権の特許料支払の管
理を含め,本件特許権を含むファミリー特許に関する手続をB法律事務
所に委託する旨伝えた。
したがって,本件特許権の特許料納付に関し,本件特許権の特許権者
となった原告とA法律事務所との間には,法律上,代理関係等の関係は
何ら発生していない。
(ウ)特許料の納付期限が経過した経緯
aその後,A法律事務所は,本件特許権に関する一件記録をB法律事
務所に送付しなかった。また,B法律事務所は,本件特許を代理して
いた日本の特許事務所(以下「日本事務所」という。)から連絡を受
けたことがなかったから,A法律事務所は,日本事務所に対し,以後
はB法律事務所が本件特許の維持管理を行う旨の通知をしなかったも
のと思われる。
B法律事務所は,本件特許権及びその対応外国特許(ただし,米国
特許を除く。)の一件記録が入手できないため,特許料支払の状況及
び特許料支払を指示すべき各国の特許事務所を特定することができず,
特許維持管理を適切に行うことができない状況にあった。すなわち,
特許権を管理するに当たっては,特許番号,特許料の支払期限,各国
において特許料を支払っていた特許事務所,特許料の支払状況といっ
た情報が正確であることが必要不可欠の前提であり,B法律事務所と
しては,本件特許権を含むファミリー特許の管理を行うに当たり,こ
れらの情報が正確であることを確認するとともに,確認された正確な
情報を自己の管理システムに入力するという手続を行う必要があった
が,A法律事務所が本件特許権を含むファミリー特許(ただし,米国
特許を除く。)の正確な情報が記載された一件記録を送付しなかった
ため,本件特許権を含むファミリー特許の正確な情報を取得すること
ができず,B法律事務所の管理システムに情報を入力することができ
なかった。
bA法律事務所は,平成20年6月5日,B法律事務所に対し,B法
律事務所が特許維持管理の責任を負うことの確認を求めるレターを送
付し,当該レターにサインして返送するよう一方的に要求してきたが,
B法律事務所は,A法律事務所から本件特許権及び対応外国特許(た
だし,米国特許を除く。)に関する一件記録が届いていなかったため,
当該レターにサインすることを拒否した。その後も,A法律事務所は,
B法律事務所が再三にわたって要求したにもかかわらず,本件特許権
に関する一件記録をB法律事務所に送付しなかった。
cA法律事務所は,平成20年11月から平成21年2月の間に,諸
外国の特許事務所から特許料が未納付である旨の連絡を受け,これを
B法律事務所に転送したが,この時点においても,B法律事務所に対
し,本件特許権に関する一件記録を送付することはなく,本件特許権
の特許料未納の事実についても,B法律事務所に通知しなかった。
B法律事務所は,このような経緯により,本件特許権の特許料未納
の事実を知ることなく,本件特許権の第11年分の特許料追納期限で
ある平成21年1月17日が経過した。
dB法律事務所は,その後,独自に特許料の納付状況について調査し
たところ,日本を含む複数の国において特許料の納付がされていない
事実が発覚したため,直ちに特許料の納付手続を執った。その結果,
日本を除く諸外国においては,特許料の追納規定の適用を受けること
ができた等のために特許権が消滅することはなかったが,本件特許権
については,特許法112条1項所定の追納期限が経過していたため,
第11年分の特許料の追納が拒絶された(本件処分)。
特許権者である原告は,平成21年3月11日,B法律事務所から
連絡を受けたことによって,初めて本件特許権の特許料が未納付であ
る事実を認識した。
ウ原告による「相当の注意」が払われていたこと
原告としては,本件特許権の特許料の支払をB法律事務所に委託するこ
ととし,A法律事務所及びB法律事務所も,これを前提に事務を行う状況
にあった。
しかしながら,A法律事務所は,B法律事務所からの再三の要求にも応
じず,本件特許権に関する一件記録を送付しなかったことから,B法律事
務所において適切に特許維持管理を行うことができなくなっていた。
さらに,A法律事務所は,複数の国の代理人から特許料が未納付である
旨の連絡を受けた時も,B法律事務所に対し,本件特許権に関する一件記
録を送付せず,本件特許権の特許料支払を指示すべき特許事務所の情報を
伝えることもしなかった。
このように,本件特許権の特許料を追納期間内に支払うことができなか
ったのは,A法律事務所の行為によるもので,原告及びB法律事務所とは
無関係であり,原告及びB法律事務所は,特許権者及び代理人として,
「相当の注意」ないし「通常期待される注意」を払っている。
したがって,本件は,原告が「相当の注意」ないし「通常期待される注
意」を払ったにもかかわらず,特許料の追納期間が経過するまでに特許料
を納付することができなかった場合に当たるから,特許法112条の2第
1項の「その責めに帰することができない理由により・・納付することが
できなかったとき」に該当する。
エ被告の主張に対する反論
被告は,上記イのような事実関係の下でも,A法律事務所から一件記録
が適切な期間内に送付されない可能性があることを前提に自ら調査をしな
い限り「責めに帰すべき理由」が存在するかのごとき主張をする。
しかし,従前,特許権の管理を行っていた法律事務所が移管により特許
権の管理を引き継いだ法律事務所に対し,引き継いだ事務所から送付の要
求がされているにもかからず,一件記録を送付しないというような状況が
生じ得るということを想定すること自体,通常はあり得ないことである。
被告の主張は,特許権者ないしその代理人に対し,そのような万が一の
事態の発生をも想定して,あらゆる対策を講じることを求めるものである
が,これは,これまで特許庁において運用されていた「万全の注意」とい
う高度の注意義務を課すものであり,これを改めるべきとした前記知財高
裁平成22年判決の趣旨に著しく反するものである。
オ以上のとおり,本件特許権に係る第11年分の特許料及び割増特許料を
追納期間内に追納することができなかったことにつき,原告に「その責め
に帰することができない理由」(特許法112条の2第1項)が認められ
るから,本件処分は取り消されるべきである。
(2)被告
ア特許権の回復制度について
(ア)特許法は,112条4項の規定によって消滅したものとみなされた特
許権について,原特許権者の「責めに帰することができない理由」によ
り特許料追納期間内に特許料及び割増特許料を納付することができなか
ったときは,その理由がなくなった日から14日(在外者にあっては2
月)以内で,かつ,特許料追納期間の経過後6月以内の期間(以下「特
許権回復期間」という。)に限り,特許料及び割増特許料を追納するこ
とができる(112条の2第1項)とし,「前項の規定による特許料及
び割増特許料の追納があったときは,その特許権は,第108条第2項
本文(特許料納付期限)に規定する期間の経過若しくは存続期間の満了
の日の属する年の経過の時にさかのぼって存続していたもの又は初めか
ら存在していたものとみなす。」(112条の2第2項)として,特許
料の不納により消滅した特許権の回復について規定している。
上記規定は,パリ条約5条の2第2項「同盟国は,料金の不納により
効力を失った特許の回復について定めることができる。」に基づいて規
定されたものであるが,パリ条約5条の2第1項「工業所有権の存続の
ために定められる料金の納付については,少なくとも6箇月の猶予期間
が認められる。ただし,国内法令が割増料金を納付すべきことを定めて
いる場合には,それが納付されることを条件とする。」に基づいて規定
された「第4年以降の特許料についての追納期間」(特許法112条1
項)による救済の更なる救済として,平成6年の特許法改正(平成6年
法律第116号)において新設されたものである。
(イ)特許料の不納により消滅した特許権の回復について,特許法112条
の2第1項は,具体的には,次の条件の下に特許権の回復を認めること
としている。
a追納期間内に特許料等を納付できなかった理由が特許権者の責め
に帰することができないものであること。
b追納期間の経過後6か月以内であって,かつ,その理由の消滅か
ら14日(在外者にあっては2か月)以内に,納付すべきであった
特許料及び割増特許料を追納すること。
このような条件としたのは,既に特許法上設けられている拒絶査定不
服審判や再審の請求期間を徒過した場合の救済の条件(特許法121条
2項,173条2項)や他の法律との整合性を考慮するとともに,そも
そも特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものである
ことや,失効した特許権の回復を無期限に認めると第三者に過大な監視
負担をかけることを考慮したものである。
(ウ)このように,特許料の不納により消滅した特許権の回復(112条の
2)は,「第4年以降の特許料についての追納期間」(特許法112条
1項)による救済の更なる救済であり,上記「6か月の追納期間」を更
に経過した後における措置であることから,特許法112条の2第1項
に規定する「その責めに帰することができない理由」が認められる場合
については厳格に運用されなければならないというべきである。
したがって,「その責めに帰することができない理由」は,「通常の
注意力を有する当事者が『通常期待される注意』を尽くしても,なお追
納期間内に特許料を納付することができなかった場合を意味するものと
解すべきである(知財高裁平成22年判決)。
この点,原告は,「その責めに帰することができない」とは,「特許
権者としての『相当の注意』が払われたにもかかわらず,特許料の追納
期間が経過するまでに特許料を納付することができなかった場合」を意
味するものであり,「相当の注意」とは,知財高裁平成22年判決にい
う「通常期待される注意」と同様,「特許権者としての注意義務を払っ
ていたこと」を意味するなどと主張するが,「通常の注意力を有する当
事者が通常期待される注意を尽くした」というのが単に「特許権者とし
ての注意義務を払っていた」ことを意味するものでないことは明らかで
ある。原告の上記主張は,例外的に認められた特許料の不納により消滅
した特許権の回復(特許法112条の2)が認められる範囲を曖昧にし,
不当に拡張するものであり,失当である。
イ原告に「その責めに帰することができない理由」が存在しないことにつ
いて
(ア)原告は,本件特許権に係る特許料の管理及び支払等の業務(以下「本
件特許権に係る業務」という。)を米国のB法律事務所に委託したとい
うことであるが,特許権の維持管理を適切かつ円滑に行うためには,特
許番号等当該特許権に関する情報を入手することが必要不可欠の前提で
あるから,原告が本件特許権の維持管理をB法律事務所に委託した際,
管理を委託する本件特許権の特許番号等の情報をB法律事務所に提供す
ることは,特許権の管理を委託する者として「通常期待される注意を尽
くす」ことに当たるといい得る。
また,B法律事務所は,本件特許権の管理を原告から委託された時点
で,本件特許権の特許番号等の本件特許権に関する情報を原告から入手
して確認することができたといえるし,本件特許権の管理の委託を受け
た者としては,委託を受けた時点において,本件特許権の特許番号等の
本件特許権に関する情報を確認することは,特許権の管理の委託を受け
た者として「通常期待される注意を尽くす」ことに当たるといい得る。
したがって,原告が,B法律事務所に本件特許権の管理を委託した際
に,本件特許権の特許番号等の情報をB法律事務所に提供していなかっ
たとすれば,「通常期待される注意を尽くした」とは認められず,また,
B法律事務所が,本件特許権の管理の委託を受けた時点において,本件
特許権の特許番号等の本件特許権に関する情報を確認していなかったと
すれば,「通常期待される注意を尽くした」とは認められないというべ
きである。
(イ)B法律事務所は,平成20年6月5日付けで,A法律事務所から,
「B法律事務所が本件特許権の維持管理の責任を負う」旨のレターを受
領したというのであるから,遅くとも上記レターを受領した時点におい
て,本件特許権の特許番号を知ることができたはずであり,同時点にお
いて,特許原簿の閲覧等(特許法186条1項)をすることにより,本
件特許権に関する情報を入手することができたといい得る。
したがって,B法律事務所は,遅くとも本件レターを受領した平成2
0年6月5日頃,本件特許権に関する情報を入手することができたにも
かかわらず,平成20年11月から平成21年2月までの間にA法律事
務所から「諸外国の特許事務所から特許料未納の通知が来ている」旨の
連絡を受けるまで,本件特許権に関する情報を入手せずに放置したので
あるから,「通常期待される注意」を尽くしたといえないことは明らか
である。
以上から,本件特許権に係る第11年分の特許料の追納期間を徒過し
たことは,B法律事務所に「責めに帰すべき」事由(過失)があったも
のというべきである。
(ウ)原告は,本件特許権に係る業務をB法律事務所に委託していたのであ
り,B法律事務所は,本件特許権に係る業務について,原告の代理人と
しての地位を有していたものといえるから,B法律事務所の過失は原告
の過失と同視できるものである。
仮に,B法律事務所が原告の代理人としての地位を有していないとし
ても,原告は,自己の責任と判断において,本来自らなすべき特許権の
管理をB法律事務所に委託して行わせたのであるから,B法律事務所の
過失は,原告側の事情として,原告の過失と同視し得ることに変わりは
ない。
ウ以上のとおり,本件特許権の維持管理の委託を受けていたB法律事務所
が通常期待される注意を尽くしていなかったことは明らかであるから,B
法律事務所に「その責めに帰すべき事由」(過失)があったと認められ,
その過失は,B法律事務所に本件特許権の維持管理を委託していた原告の
過失と同視することができるから,原告に「その責めに帰することができ
ない理由」が存在しないことは明らかである。
したがって,本件特許権の回復は認められないから,本件処分は適法で
ある。
第3当裁判所の判断
1特許権の回復制度について
特許権の設定の登録が行われた後の第4年以後の各年分の特許料については,
これを前年以前に納付しなければならないが(特許法108条2項本文),こ
の納付期限を経過した後であっても,6月間に限り,割増特許料を併せて納付
することを条件として,その特許料を追納することが認められており(同法1
12条1項,2項),この追納期間内に納付すべきであった特許料及び割増特
許料を納付しないときは,その特許権は,本来の納付期間の経過した時に遡っ
て消滅したものとみなされる(同条4項)。
他方,特許法112条4項の規定により消滅したものとみなされた特許権の
原特許権者は,その責めに帰することができない理由により同条1項の規定に
より特許料を追納することができる期間内に同条4項に規定する特許料及び割
増特許料を納付することができなかったときは,その理由がなくなった日から
14日(在外者にあっては2月)以内でその期間の経過後6月以内に限り,そ
の特許料及び割増特許料を追納することができるとされている(同法112条
の2第1項)。これは,パリ条約5条の2第2項で「同盟国は,料金の不納に
より効力を失った特許の回復について定めることができる。」と規定され,諸
外国においてはこのパリ条約の規定に相当する制度が設けられていることから,
我が国においても,特許料の不納により失効した特許権の回復を認める制度を
設けることが適当であるとされ,平成6年法律第116号による特許法の改正
により新設されたものである。
2特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」
の意義について
特許法112条の2は,上記1のとおり,追納期間が経過した後の特許料納
付により特許権の回復を認めることとした規定であるが,同条は①拒絶査定不
服審判(特許法121条2項)や再審の請求期間(同法173条2項)を徒過
した場合の救済条件や他の法律との整合性を考慮するとともに,②そもそも特
許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものであり,③失効した
特許権の回復を無制限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることとなる
ことを踏まえて立法されたものであることに鑑みれば,同条第1項所定の「そ
の責めに帰することができない理由」とは,通常の注意力を有する当事者が通
常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる事由に
より追納期間内に納付できなかった場合をいうものと解するのが相当である。
また,当事者から委託を受けた者に「その責めに帰することができない理
由」があるといえない場合には,特許法112条の2第1項所定の「その責め
に帰することができない理由」には当たらないと解すべきである(最高裁昭和
33年9月30日第三小法廷判決・民集12巻13号3039頁参照)。すな
わち,特許権者は,特許料の納付について,特許権者自身が自ら又は雇用関係
にある被用者に命じて行うほか,特許料の納付管理事務を第三者に委託して行
うこともできるところ,特許権者は,いずれの形態を採用するか,また第三者
に委託する場合にいかなる者を選定するかについて,自己の経営上の判断に基
づき自由に選択することができるものであり,特許権者自らの判断に基づき第
三者に委託して特許料の納付を行わせることとした以上,委託を受けた第三者
にその責めに帰することができない理由があるとはいえない状況の下で追納期
間を徒過した場合には,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰する
ことができない理由」があるということはできないからである。
3本件における「その責めに帰することができない理由」の有無
原告は,本件特許権に係る第11年分特許料を納付することができなかった
事情として,A法律事務所(前権利者であるフラーレン社が本件特許権に係る
特許料の支払を委託していた法律事務所)がB法律事務所(原告が本件特許権
に係る特許料の支払を委託した法律事務所)からの再三の要求にもかかわらず,
本件特許権に関する一件記録の送付に応じなかったことから,B法律事務所に
おいて適切に特許維持管理を行うことができなかったことが原因であり,原告
及びB法律事務所には何ら責任がなく,「その責めに帰することができない理
由」がある旨主張する。
しかしながら,仮に,原告が本件特許権に係る第11年分特許料を納付する
ことができなかった事情が原告の主張するとおりであったとしても,原告から
本件特許権の管理を委託されたB法律事務所は,受託者として,善良な管理者
としての注意義務を負うものであるから,A法律事務所に対し,本件特許権の
特許番号,特許料の支払期限,支払状況等が記載された一件記録の送付を求め
たというだけで,その注意義務を尽くしたことになるとは解されない。すなわ
ち,B法律事務所が本件特許権を管理するに当たって必要な情報を入手するた
め,A法律事務所に対し,本件特許権に係る一件記録の送付を求めた措置に合
理性は認められるものの,その後,相当期間が経過してもA法律事務所から一
件記録が送付されなかった場合には,本件特許権に係る特許料の追納期限が到
来する可能性についても当然に配慮し,特許権者である原告に対して本件特許
権に係る詳細な情報の提供を求めるとか,あるいは自ら特許原簿を閲覧するな
どして,本件特許権に係る特許料の納付状況を調査することが求められている
というべきであり,このような調査を尽くすことは,本件特許権の管理を委託
された者に通常期待される注意義務の範囲内のことというべきである。
本件において,B法律事務所がA法律事務所に対し,本件特許権に係る一件
記録の送付を最初に求めた時期は不明であるが,原告の主張を前提としても,
B法律事務所は,少なくともA法律事務所から「B法律事務所が特許維持管理
の責任を負うことの確認」を求めるレターを受領した平成20年6月5日頃に
は,A法律事務所に対し,本件特許権に係る一件記録の送付を求めていたこと
になる。本件特許権に係る第11年分特許料の追納期限は平成21年1月17
日であり,B法律事務所がA法律事務所に対し本件特許権に係る一件記録の送
付を要求してから少なくとも半年以上の期間が残存していたことを考慮すると,
B法律事務所は,その間,A法律事務所からの一件記録の送付を漫然と待つに
とどまらず,自ら本件特許権に係る特許料の納付状況を調査した上,本件特許
権の維持に必要な処置を講じることが求められていたというべきである。した
がって,このような調査を行わず,本件特許権に係る第11年分の特許料の追
納期限(平成21年1月17日)を徒過させたB法律事務所は,本件特許権の
管理者として通常期待される注意を尽くしたものということはできない。
そして,B法律事務所は,本件特許権の管理について,特許権者である原告
から委託を受けた者であり,B法律事務所に「その責めに帰することができな
い理由」が認められない以上,前示2のとおり,原告についても「その責めに
帰することができない理由」があると認めることはできない。
第4結論
以上検討したところによれば,本件処分が違法であるということはできず,
原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡本岳
裁判官
鈴木和典
裁判官
寺田利彦

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