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平成29年(行ケ)第1号選挙無効請求事件
平成30年1月30日仙台高等裁判所秋田支部判決
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1原告A
平成29年10月22日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の秋田
県第1区における選挙を無効とする。
2原告B
平成29年10月22日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の秋田
県第2区における選挙を無効とする。
3原告C
平成29年10月22日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の秋田
県第3区における選挙を無効とする。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,平成29年10月22日に施行された衆議院議員総選挙(以下「本
件選挙」という。)について,秋田県第1区,同第2区及び同第3区(以下,
上記各選挙区を「秋田県各選挙区」という。)の選挙人である原告らが,衆議
院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割りに
関する公職選挙法の規定は憲法に違反し無効であるから,これに基づき施行さ
れた本件選挙の秋田県各選挙区における選挙も無効であると主張して提起した
選挙無効訴訟である。
2前提事実(当事者間に争いがない事実,当裁判所に顕著な事実及び掲記の証
拠により容易に認められる事実)
⑴本件選挙時,原告Aは同選挙の秋田県第1区の選挙人,原告Bは同第2区
の選挙人,原告Cは同第3区の選挙人であった。
⑵本件選挙は,平成29年9月28日に衆議院が解散されたことに伴い,平
成29年法律第58号による改正後の平成28年法律第49号(以下,平成
28年法律第49号を「平成28年改正法」と,平成29年法律第58号を
「平成29年改正法」という。)による改正後の公職選挙法13条1項,別
表第1の定め(以下「本件区割規定」といい,改正の前後を通じてこれらの
規定を併せて「区割規定」という。)に基づく選挙区割り(以下「本件選挙
区割り」という。)に基づいて施行されたものである。
本件選挙当時の衆議院議員の定数は465人であり,このうち289人が
小選挙区選出議員,176人が比例代表選出議員である(公職選挙法4条1
項)。
⑶本件選挙区割りにおいては,平成27年に実施された国勢調査(統計法5
条2項ただし書に基づく簡易な方法による国勢調査(いわゆる簡易国勢調査)。
以下,これを「平成27年簡易国勢調査」という。)の結果に基づく日本国
民の人口において,各選挙区間の議員1人当たりの人口の最大較差(以下「人
口比最大較差」という。)は,選出される議員1人当たりの日本国民の人口
が最も少ない鳥取県第2区を1とした場合,最も多い神奈川県第16区は1.
956であり,鳥取県第2区との較差が2倍以上となる選挙区はなかった。
(乙18の1(なお,甲1は乙18の1の一部である。))
また,本件選挙当日現在の小選挙区選挙における各選挙区間の議員1人当
たりの選挙人数(有権者数)の最大較差(以下「選挙人比最大較差」という。)
は,選出される議員1人当たりの選挙人数が最も少ない鳥取県第1区を1と
した場合,最も多い東京都第13区は1.979であり,鳥取県第1区との
較差が2倍以上となった選挙区はなかった。なお,秋田県第1区は1.12
1,同第2区は1.156,同第3区は1.425であった。(乙1)
⑷原告らは,平成29年10月23日,本件訴えを提起した。
3本件の争点及びこれに関する当事者の主張
⑴本件区割規定に基づく本件選挙区割りは,本件選挙当時,憲法の投票価値
の平等の要求に反する状態(以下,このような状態を「違憲状態」という。)
に至っていたか【争点1】
(原告らの主張)
ア憲法56条2項,1条及び前文第1文違反
両議院の議事は,出席議員の過半数でこれを決する旨の憲法56条2項
並びに主権の存する国民が正当に選挙された国会における代表者を通じて
行動するとした憲法1条及び前文第1文は,議事を決する出席議員の過半
数が必ず主権者たる国民の過半数により選出されるようにする,すなわち
主権者の多数意見と国会議員の多数意見が一致するための手段として,人
口比例選挙を要求している。しかし,本件区割規定に基づく本件選挙区割
りは,上記の人口比例選挙の要求に反しており,これらの憲法の規定等に
違反する。
イ憲法14条1項違反
最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・
民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)及び
最高裁平成25年(行ツ)第209号,第210号,第211号同年11
月20日大法廷判決・民集67巻8号1503頁(以下「平成25年大法
廷判決」という。)は,いずれも平成24年法律第95号(いわゆる緊急
是正法。以下「平成24年改正法」という。)による改正前の衆議院議員
選挙区画定審議会設置法(以下「平成24年改正前区画審設置法」といい,
後記の改正の前後を通じて「区画審設置法」ともいう。)3条が定める選
挙区割りの基準(以下,後記の改正の前後を通じて「区割基準」という。)
につき,同条2項において,各都道府県への議員定数の配分に当たり,各
都道府県にあらかじめ1を配当することとした,いわゆる「1人別枠方式」
に構造的な問題があると判示した。さらに,最高裁平成27年(行ツ)第
253号同年11月25日大法廷判決・民集69巻7号2035頁(以下
「平成27年大法廷判決」といい,これと平成23年大法廷判決及び平成
25年大法廷判決を併せて「各大法廷判決」という。)は,平成26年1
2月14日施行の衆議院議員総選挙当時における小選挙区選挙の選挙区割
りについて,1人別枠方式を定めた平成24年改正前区画審設置法3条2
項が削除された後の平成24年改正法による改正後の区画審設置法(平成
28年改正法による改正前のもの。以下「旧区画審設置法」という。)3
条の定める区割基準に基づいた定数の再配分が行われていないものであっ
て,なお違憲状態にある旨判示した。
しかしながら,本件選挙においては,国勢調査の結果に基づき各都道府
県に配分される議員定数を全面的に見直すことはなされていない。平成2
7年簡易国勢調査の結果に基づいていわゆるアダムズ方式を採用した場合
に定数配分の見直し(いわゆる7増13減)が行われる対象となる都県中,
青森県,岩手県,三重県,奈良県,熊本県及び鹿児島県の6県について定
数各1人ずつを減らす定数配分の見直し(いわゆる0増6減)がなされた
にとどまり,全都道府県から上記6県を除いた41都道府県あるいは7増
13減の定数見直しの対象となる18都県から上記6県を除いた12都県
については,各大法廷判決が違憲状態の主たる要因であると判示した1人
別枠方式により配分された定数が残存している。そして,各小選挙区は有
機的一体性を持つから,本件区割規定に基づく本件選挙区割り全体が違憲
状態の瑕疵を帯びる。
ウしたがって,本件区割規定に基づく本件選挙区割りは,違憲状態に至っ
ている。
(被告の主張)
ア各大法廷判決は,いずれも諸般の事情を総合的に考慮して,各選挙区間
の人口の最大較差が2倍未満になるように選挙区割りをすることを基本と
する旨の平成24年改正前区画審設置法3条1項及び旧区画審設置法3条
について,一貫して,投票価値の平等に配慮した合理的な基準を定めたも
のと評価しているところ,各選挙区間の最大較差が2倍未満となる本件区
割規定に基づく本件選挙区割りは,国会において通常考慮し得る諸般の要
素をしん酌した,一般に合理性を有するものである。
イ本件区割規定は,平成23年大法廷判決が違憲状態にあると判断した,
平成24年改正前区画審設置法3条の定める区割基準を受けた区割規定に
ついて,平成28年改正法及び平成29年改正法により改正がなされた後
のものである。本件区割規定に基づく本件選挙区割りは,各大法廷判決が
合理的基準と認めた平成24年改正前区画審設置法3条1項(旧区画審設
置法3条)の趣旨に沿うものであり,平成27年簡易国勢調査の結果によ
る各選挙区間の人口比最大較差が1.956倍(本件選挙当時の選挙人比
最大較差は1.979倍)と全ての小選挙区を通じて較差が縮小され,実
際に各選挙区間の較差は2倍未満になっている。また,本件選挙区割りは,
1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条を厳格化し,人口比例に基づ
く配分方式(アダムズ方式)や人口の将来推計の導入等により,都道府県
別の議席配分及び都道府県内の選挙区割りの決定の両段階において踏み込
んだ立法的措置を講じたものであり,また,将来的に平成32年に実施さ
れる国勢調査(以下「平成32年国勢調査」という。)を踏まえた更なる
較差縮小に向けた立法的措置も予定している。このように,平成28年改
正法及び平成29年改正法による各改正並びに本件区割規定及びこれに基
づく本件選挙区割りは十分な合理性を有するものであり,これにより,各
大法廷判決が指摘した1人別枠方式の構造的な問題は解決されている。
ウしたがって,本件区割規定に基づく本件選挙区割りは,違憲状態に至っ
ているとはいえない。
⑵本件選挙区割りが違憲状態に至っている場合,憲法上要求される合理的期
間内における是正がされなかったとして本件区割規定が憲法の規定に違反す
るに至っているか否か【争点2】
(原告らの主張)
アいわゆる合理的期間論は,違憲状態の無効な選挙で当選した議員の活動
を認めるもので,憲法の最高法規性を定める憲法98条1項に反する。
イ仮に合理的期間論によるとしても,合理的期間の起算点は,平成24年
改正法による改正前の区画審設置法3条の1人別枠方式に係る部分が違憲
状態にある旨判示した平成23年大法廷判決が言い渡された平成23年3
月23日である。衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)
による選挙区の改定案の勧告については国勢調査の結果による人口が最初
に官報で公示された日から1年以内に行うものとされ(区画審設置法4条),
平成24年改正法において同法施行日から6か月以内に行うことを予定し
ていたことに照らしても,上記言渡日から本件選挙施行日までの間(6年
6か月と30日)に合理的期間は徒過している。
(被告の主張)
仮に本件区割規定に基づく本件選挙区割りが,違憲状態に至っていると評
価されたとしても,争点1について主張した諸事情に照らせば,国会におい
て,本件選挙までに,本件区割規定に基づく本件選挙区割りが違憲状態にあ
るとは認識できなかった。
したがって,本件区割規定に基づく本件選挙区割りについて,憲法上要求
される合理的期間内における是正がされなかったとはいえない。
⑶本件選挙の効力【争点3】
(原告らの主張)
本件区割規定は憲法の規定に違反し,これに基づく本件選挙区割りの下で
施行された秋田県各選挙区における選挙も無効である。
事情判決の法理により,選挙を無効とせず,選挙の違法を宣言するにとど
めることは,憲法の最高法規性を否定するなどの点で憲法98条1項に反す
る。本件選挙を無効とし,小選挙区選出議員289名全員が議員資格を失っ
ても,比例代表選出議員176名からなる衆議院が活動を行うことができる
から,社会的混乱は生じない。
(被告の主張)
本件区割規定に基づく本件選挙区割りは違憲状態に至っておらず,本件区
割規定は憲法の規定に違反しない。したがって,本件選挙区割りの下で施行
された秋田県各選挙区における選挙は有効である。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実に加え,証拠(乙4のほか,各項に掲記のもの)及び弁論の全
趣旨によれば,以下の事実が認められる。
⑴公職選挙法(昭和25年法律第100号)は,衆議院議員の選挙制度につ
き,中選挙区単記投票制を採用していたが,平成6年の同法の一部改正によ
り,小選挙区比例代表並立制に改められた。
本件選挙施行当時,衆議院議員の定数は465人であり,そのうち289
人が小選挙区選出議員,176人が比例代表選出議員であり,小選挙区選挙
については,全国に289の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を
選出するものとされ(公職選挙法13条1項,別表第1),比例代表選出議
員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については,全国に11の選挙
区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出するものとされている(同
法13条2項,別表第2)。衆議院議員の総選挙では小選挙区選挙と比例代
表選挙とを同時に行い,投票は小選挙区選挙及び比例代表選挙ごとに1人1
票とされている(同法31条,36条)。
⑵小選挙区選挙の選挙区(選挙区割り)の改定については,平成6年1月の
公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)と同時に成立した
区画審設置法(平成6年法律第3号)によれば,区画審が改定案を作成して
内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2条)。
平成24年改正前区画審設置法3条は,区割基準につき,①その1項にお
いて,上記改定案の作成に当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選
挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2
以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情
を総合的に考慮して合理的に行わなければならないと定め,②その2項にお
いて,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配
当することとし(以下,このことを「1人別枠方式」という。),この1に,
小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口
に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすると定めていた(以下,
この区割基準を「旧区割基準」といい,この規定を「旧区割基準規定」とも
いう。)。また,選挙区の改定に関する区画審の勧告は,統計法5条2項本
文(平成19年法律第53号による改正前は4条2項本文)の規定により1
0年ごとに行われる国勢調査(いわゆる大規模国勢調査)の結果による人口
が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされ(平成24年改
正前区画審設置法4条1項),さらに,区画審は,各選挙区の人口の著しい
不均衡その他特別の事情があると認めるときは,勧告を行うことができる,
とされていた(同条2項)。
⑶区画審は,平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国
勢調査」という。)の結果に基づき,平成13年12月,小選挙区選出議員
の選挙区に関し,選挙区割りの改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,こ
れを受けて,平成14年7月,公職選挙法の一部を改正する法律(平成14
年法律第95号。以下「平成14年改正法」という。)が成立した。
平成21年8月30日に施行された衆議院議員総選挙(以下「平成21年
選挙」という。)の小選挙区選挙は,平成14年改正法により改正された区
割規定(以下「旧区割規定」という。)に基づく選挙区割り(以下「旧選挙
区割り」という。)の下で施行された。
⑷平成12年国勢調査の結果による人口に基づく,平成14年改正法による
改正前の区割規定の下での各選挙区間の人口比最大較差は,人口が最も少な
い高知県第1区を1とした場合,最も多い兵庫県第6区は2.064であり,
高知県第1区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であ
り,旧区割規定に基づく旧選挙区割りで施行された平成21年選挙当日にお
ける各選挙区間の選挙人比最大較差は,選出される議員1人当たりの選挙人
数が最も少ない高知県第3区を1とした場合,最も多い千葉県第4区は2.
304であり,高知県第3区との較差が2倍以上となっている選挙区は45
選挙区となっていた。(乙2の1)
平成21年選挙について,平成23年3月23日に言い渡された平成23
年大法廷判決は,選挙区割りの改定案の作成に当たり,選挙区間の人口の最
大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきものとする
平成24年改正前区画審設置法3条1項の定めは,投票価値の平等の要請に
配慮した合理的な基準を定めたものであると評価する一方,平成21年選挙
時において,選挙区間の投票価値の較差が拡大していたのは,同条2項の1
人別枠方式がその主要な要因となっていたことが明らかであり,かつ,人口
の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点から導入された1
人別枠方式は既に立法時の合理性が失われていたものというべきであるから,
旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分及び旧区割基準に従って改定され
た旧区割規定に基づく旧選挙区割りは違憲状態に至っていたと判示した。そ
して,同判決は,これらの状態につき憲法上要求される合理的期間内におけ
る是正がされなかったとはいえず,旧区割基準規定及び旧区割規定が憲法1
4条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で,
事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に上記の状態を解消す
るために,できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し,平成
24年改正前区画審設置法3条1項の趣旨に沿って旧区割規定を改正するな
ど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があると判示し
た。
⑸上記の平成23年大法廷判決を受け,各政党による検討及び協議が行われ
た結果,国会において,1人別枠方式を定める平成24年改正前区画審設置
法3条2項の削除及びいわゆる「0増5減」(各都道府県の選挙区数を増や
すことなく議員1人当たりの人口の少ない5県の各選挙区数をそれぞれ1減
ずることをいう。)を内容とする改正法案が,平成24年11月16日に成
立した(平成24年改正法)。この改正により,平成24年改正前区画審設
置法3条1項が同改正後の区画審設置法3条(旧区画審設置法3条)となり,
同条においては⑵①の基準のみが区割基準として定められた。(乙3の1)
平成24年改正法の成立日と同日に衆議院が解散され,平成24年12月
16日に衆議院議員総選挙(以下「平成24年選挙」という。)が施行され
たが,同選挙までに新たな選挙区割りを定めることは時間的に不可能であっ
たため,平成24年選挙は,平成21年選挙と同様に旧区割規定に基づく旧
選挙区割りの下で施行された。
⑹区画審は,平成25年3月28日,内閣総理大臣に対し,選挙区割りの改
定案の勧告を行った。この改定案は,平成24年改正法の附則の規定に基づ
き,各都道府県の選挙区数の0増5減を前提に,選挙区間の人口較差が2倍
未満となるように17都県の42選挙区において選挙区割りを改めることを
内容とするものであった。(乙5,6)
上記勧告を受けて,平成25年4月12日,内閣は,平成24年改正法に
基づき,同法のうち0増5減を内容とする公職選挙法の改正規定の施行期日
を定めるとともに,上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職
選挙法の改正事項(旧区割規定の改正規定及びその施行期日)を定める法制
上の措置として,平成24年改正法の一部を改正する法律案を国会に提出し,
平成25年6月24日,平成25年法律第68号(以下「平成25年改正法」
という。)として成立した。平成25年改正法は同月28日に公布されて施
行され,同法による改正後の平成24年改正法中の0増5減及びこれを踏ま
えた区画審の上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法
の改正規定はその1か月後の平成25年7月28日から施行され,これによ
り,各都道府県の選挙区数の0増5減とともに上記改定案のとおりの選挙区
割りの改定が行われた。(乙3の2)
この結果,平成22年に実施された国勢調査(以下「平成22年国勢調査」
という。)の結果による選挙区間の人口比最大較差は1.998倍になるも
のとされた。ところが,平成25年3月31日現在及び平成26年1月1日
現在の各住民基本台帳に基づいて総務省が試算した選挙区間の人口比最大較
差はそれぞれ2.097倍及び2.109倍であり,上記試算において較差
が2倍以上となっている選挙区はそれぞれ9選挙区及び14選挙区であった。
平成24年選挙当日における各選挙区間の選挙人比最大較差は,選挙人数
が最も少ない高知県第3区を1とした場合,最も多い千葉県第4区は2.4
25であり,高知県第3区との較差が2倍以上となっている選挙区は72選
挙区であった。(乙2の2)
平成24年選挙について,平成25年11月20日に言い渡された平成2
5年大法廷判決は,同選挙時において旧区割規定に基づく旧選挙区割りは平
成21年選挙時と同様に違憲状態にあったものではあるが,平成24年選挙
までの間の国会における是正の実現に向けた取組が平成23年大法廷判決の
趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものでなかったとはいえない
から,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえ
ず,旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということ
はできないとした上で,国会においては今後も旧区画審設置法3条の趣旨に
沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があると判
示した。
⑺平成26年11月21日に衆議院が解散されたことに伴い,同年12月1
4日,平成25年改正法による改正後の平成24年改正法により改定された
選挙区割りの下で衆議院議員総選挙(以下「平成26年選挙」という。)が
施行された。
同選挙当日における各選挙区間の選挙人比最大較差は,選挙人数が最も少
ない宮城県第5区を1とした場合,最も多い東京都第1区は2.129であ
り,宮城県第5区との較差が2倍以上となっている選挙区は13選挙区であ
った。(乙2の3)
⑻国会は,これと相前後して,投票価値の較差是正に向けた検討を続けてい
たところ,平成26年6月,衆議院に,有識者により構成される検討機関と
して「衆議院選挙制度に関する調査会」(座長・佐々木毅明るい選挙推進協
会会長,元東京大学総長。以下「選挙制度調査会」という。)が設置され,
衆議院議院運営委員会において選挙制度調査会の設置が議決された際に,そ
の答申を各会派において尊重するものとする旨の議決がされた。(乙9)
⑼平成26年選挙について,平成27年11月25日に言い渡された平成2
7年大法廷判決は,平成25年改正法による改正後の平成24年改正法によ
り改定された選挙区割りにおいては,0増5減の措置における定数削減の対
象とされた県以外の都道府県について旧区割基準に基づいて配分された定数
の見直しを経ておらず,1人別枠方式を定めた平成24年改正前区画審設置
法3条2項が削除された後の旧区画審設置法3条の区割基準に基づいた定数
の再配分が行われていないことから,いまだ多くの都道府県において,その
ような再配分が行われた場合に配分されるべき定数とは異なる定数が配分さ
れており,これが主な要因となり,平成26年選挙時の投票価値の較差が生
じたことは,全体として旧区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備
が実現されていたとはいえないことの表れというべきであり,上記選挙区割
りは,平成25年改正法による改正後の平成24年改正法による改定の後も,
平成26年選挙時に至るまで,なお違憲状態にあったものといわざるを得な
いが,国会における是正の実現に向けた取組が平成23年大法廷判決及び平
成25年大法廷判決の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なもので
なかったということはできず,憲法上要求される合理的期間を徒過したもの
と断ずることはできないと判示するとともに,平成27年大法廷判決は,国
会においては,今後も,衆議院に設置された検討機関(選挙制度調査会)に
おいて行われている投票価値の較差の更なる縮小を可能にする制度の見直し
を内容とする具体的な改正案の検討と集約が早急に進められ,旧区画審設置
法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく
必要がある旨を指摘した。
⑽選挙制度調査会は,平成26年9月以降,一票の較差を是正する方途等の
諮問事項について調査・検討を続けていたところ,投票価値の較差の是正方
法等について答申(以下「調査会答申」という。)を決定し,平成28年1
月14日,これを衆議院議長に提出し,公表した。(乙8の1ないし17,
乙9,10)
調査会答申(乙10)の内容は,要旨以下のようなものである。
①衆議院議員の定数削減
衆議院議員の定数を10人削減して465人とし,そのうち小選挙区選
挙の定数を6人削減して289人とし,比例代表選挙の定数を4人削減し
て176人とする。
②小選挙区選挙の一票の較差是正
ア選挙区間の一票の較差を2倍未満とする。
イ小選挙区選挙の定数を,各都道府県に人口に比例して配分する。
ウ各都道府県への議席配分方式について,比例性のある配分方式に基づ
いて都道府県に配分すること,選挙区間の一票の較差を小さくするため
に,都道府県間の一票の較差をできるだけ小さくすること,都道府県の
配分議席の増減変動が小さいこと,一定程度将来にわたっても有効に機
能し得る方式であることの満たすべき諸条件に照らし,従来行われてき
たヘア式最大剰余法(都道府県の人口を全国の議員1人当たり人口で除
し,商の小数点以下の数値が大きい順に定数に達するまで切り上げる方
式)を含め諸外国での議論において検討されてきた代表的な9方式(除
数方式か基数方式か,小数点以下の端数をどのように処理するかにより
異なる。)を総合的に検討した結果として,各都道府県の人口を一定の
数値で除し,それぞれの商の整数に小数点以下を切り上げて得られた数
の合計数が小選挙区選挙の定数と一致する方式(アダムズ方式)により
行うこととし,各都道府県の議席は,その人口を当該数値(除数)で除
した商の整数に小数点以下を切り上げて得られた数とする。
エ都道府県への議席配分の見直しは,制度の安定性を勘案し,10年ご
とに行われる大規模国勢調査の結果による人口に基づき行う。
オ大規模国勢調査の中間年に実施される簡易国勢調査の結果,較差2倍
以上の選挙区が生じたときは,選挙区の安定性の見地から10年ごとに
本来の選挙区の区画の見直しが実施されることを踏まえ,区画審は,各
選挙区間の較差が2倍未満となるよう必要最小限の区割りの見直しを行
うものとするが,都道府県への議席配分の変更は行わない。
⑾国会は,調査会答申の内容を踏まえ,各党における議論と衆議院議長によ
る調整を経て,投票価値の較差是正に向けた検討を行った結果,平成28年
5月20日,平成28年改正法が成立した(同月27日公布,公職選挙法の
一部改正に係る規定を除き,同日施行)。(乙11の1及び2,乙12の1
ないし7,乙13の1ないし4)
これにより,区割基準及び区画審が行う区割りの改定案の勧告につき,①
区画審による改定案の作成は,大規模国勢調査の結果による各選挙区の日本
国民の人口の均衡を図り,各選挙区間の人口の最大較差が2倍以上とならな
いようにすることとし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して
合理的に行わなければならないとされ(平成28年改正法による改正後の区
画審設置法3条1項。以下,この区割基準を「新区割基準」という。),②
議席配分方式としてアダムズ方式を採用し,大規模国勢調査の結果による人
口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされる勧告に係る
改定案の作成に当たっては,各都道府県の区域内の小選挙区選出議員の選挙
区の数は,各都道府県の人口を小選挙区基準除数(その除数で各都道府県の
人口を除して得た数(1未満の端数が生じたときは,これを1に切り上げる
ものとする。)の合計数が小選挙区選出議員の定数に相当する数と合致する
こととなる除数をいう。)で除して得た数(1未満の端数が生じたときは,
これを1に切り上げるものとする。)とし(同法3条2項,4条1項),③
区画審は,簡易国勢調査の結果による各選挙区間の日本国民の人口較差が2
倍以上となったときは,簡易国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示
された日から1年以内に改定案の勧告を行うものとするが,改定案の作成に
当たっては,各都道府県の区域内の小選挙区選出議員の小選挙区の数は変更
しないものとされた(同法3条3項,4条2項)。
また,新区割基準による議席配分の見直しは,制度の安定性のため,10
年ごとの大規模国勢調査の結果に基づき行われることとされたが,平成22
年国勢調査(大規模国勢調査)と平成27年簡易国勢調査のいずれに基づい
てアダムズ方式を導入して定数配分を見直すかについて政党間の意見が割れ
ていた。そこで,過去2回の衆議院議員総選挙が施行される前の平成22年
国勢調査を用いるのではなく,直近の平成27年簡易国勢調査の結果を用い
るのが合理的であることを踏まえ,また,制度の安定性を確保するために,
定数の削減による影響を受ける都道府県を極力減らす観点から,次回の大規
模国勢調査である平成32年国勢調査までの間の緊急是正のため,直近の平
成27年10月に実施された平成27年簡易国勢調査の結果(乙21)に基
づく改定案の作成及び勧告並びに法制上の措置として,以下の措置が定めら
れた(平成28年改正法附則2条)。すなわち,①区画審は,平成27年簡
易国勢調査の結果に基づく改定案の作成及び勧告を行うものとし,②上記①
の改定案の作成に当たっては,各都道府県に配分される定数は,総定数28
9人を平成27年簡易国勢調査の結果に基づきアダムズ方式により配分した
後の各都道府県の定数(新方式小選挙区定数)が,平成28年改正法による
改正前の公職選挙法(旧公職選挙法)別表第1における各都道府県の定数(改
正前小選挙区定数)より減員となる都道府県のうち,減員となる都道府県の
平成27年簡易国勢調査の結果による日本国民の人口を新方式小選挙区定数
で除して得た数が最も少ない都道府県から順次その順位を付した場合におけ
る第1順位から第6順位までに該当する都道府県については新方式小選挙区
定数とし(0増6減),その余の都道府県については改正前小選挙区定数と
し,③上記改定案の作成は,平成27年簡易国勢調査の結果に基づく各小選
挙区間の人口較差が2倍未満であること,平成22年国勢調査及び平成27
年簡易国勢調査から推計した各小選挙区の平成32年見込み人口に基づく各
小選挙区間の人口較差が2倍未満であることを基本とすること(以下,この
③の定める区割基準を「本件区割基準」という。),④上記①の改定案の作
成は,平成28年改正法施行後1年以内においてできるだけ速やかに行うも
のとするとされた。
なお,平成28年改正法には,「この法律の施行後においても,全国民を
代表する国会議員を選出するための望ましい選挙制度の在り方については,
民意の集約と反映を基本としその間の適正なバランスに配慮しつつ,公正か
つ効果的な代表という目的が実現されるよう,不断の見直しが行われるもの
とする。」との「不断の見直し」条項が置かれている(附則5条)。
⑿その後,区画審は,平成29年4月19日,内閣総理大臣に対し,平成2
8年改正法附則2条の規定に基づき,改定案の勧告を行った。この改定案は,
小選挙区選挙の各都道府県の選挙区数の0増6減(青森県,岩手県,三重県,
奈良県,熊本県及び鹿児島県につき各1ずつ減)を前提に,各選挙区間の人
口較差が2倍未満となるように19都道府県97選挙区において区割りを改
めることを内容とするものであった。具体的には,人口の最も少ない鳥取県
の選挙区については現状を維持しつつ,0増6減の対象となる6県27選挙
区及び較差2倍未満等の人口基準(人口最小県の人口最小選挙区(平成27
年日本国民の人口では鳥取県第2区,平成32年見込み人口では鳥取県第1
区)の人口以上当該人口の2倍未満の基準)に適合しないなどの13都道府
県70選挙区(うち上記人口基準の上限人口を上回るものは10都道府県5
6選挙区,下限人口を下回るものは4県11選挙区)について,区割りを改
定するものである。(乙14の1及び2(なお,甲7は乙14の1の一部で
ある。))
上記改定案については,上記の区割改定の対象となる都道府県のみならず,
地方自治体の議会や首長から,較差が2倍以上となる選挙区の見直しに配慮
を求めるもの,短期間での区割りの見直しが行われることがないことや分割
市町の解消を求めるもの,あるいは,平成32年国勢調査による定数配分の
見直しが予定されていることを考慮して,変更を必要最小限とすることを求
めるものなど,多様な利害に基づく種々の意見が述べられていた。(乙15
の1ないし27)
上記改定案の勧告を受けて,内閣は,平成29年5月16日,平成28年
改正法の附則2条5項に基づき,0増6減を内容とする公職選挙法の改正規
定の施行期日を定めるとともに,上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内
容とする公職選挙法の改正事項を定める法制上の措置として,平成28年改
正法の一部を改正する法律案を国会に提出し,平成29年6月9日,平成2
9年改正法として成立した。平成29年改正法は,同月16日に公布され,
同法による改正後の平成28年改正法中の0増6減及びこれを踏まえた区画
審の上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法の改正規
定は平成29年7月16日から施行された。(乙16,17の1ないし4,
乙18の1ないし6(なお,甲1は乙18の1の一部である。))
平成29年改正法は,区画審の勧告のとおり,19都道府県97選挙区に
おいて選挙区の改定を行うものであり,この結果,平成27年簡易国勢調査
の結果による日本国民の人口における各都道府県間の議員1人当たり人口比
最大較差は1.844倍となり,各選挙区間の人口比最大較差は2.176
倍(改定前)から1.956倍(改定後)に,平成32年見込み人口におい
ても2.552倍(改定前)から1.999倍(改定後)となった。他方,
分割市区町は合計138選挙区105市区町となった。(乙14の1,乙1
8の6)
本件選挙施行当日の各選挙区間の選挙人比最大較差は,選出される議員1
人当たりの選挙人数が最も少ない鳥取県第1区を1とした場合,最も多い東
京都第13区は1.979であり,鳥取県第1区との較差が2倍以上となっ
た選挙区はなかった。(前提事実)
2判断の基本的枠組み
憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば投票価値の平等を要求しているも
のと解される(14条1項)。他方,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを
決定する絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的
目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであるところ,
国会の両議院の議員の選挙については,憲法上,議員の定数,選挙区,投票の
方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとされ(43条2項,4
7条),選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められている。
衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用さ
れる場合には,選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定するに
際して,憲法上,議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保
たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められているというべ
きであるが,それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮すること
が許容されているものと解されるのであって,具体的な選挙区を定めるに当た
っては,都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを基本的な単位と
して,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸要素
を考慮しつつ,国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに,投票
価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められているところ
である。したがって,このような選挙制度の合憲性は,これらの諸事情を総合
的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有する
といえるか否かによって判断されることになり,国会がかかる選挙制度の仕組
みについて具体的に定めたところが,上記のような憲法上の要請に反するため,
上記の裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することが
できない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解するのが相
当である(衆議院議員の選挙に関する最高裁昭和49年(行ツ)第75号同5
1年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁以降の,各大法廷判決を
含む累次の大法廷判決参照)。
3争点1(本件区割規定に基づく本件選挙区割りは,本件選挙当時,違憲状態
に至っていたか)について
⑴憲法56条2項,1条及び前文第1文違反の主張について
原告らは,両議院の議事は,出席議員の過半数でこれを決する旨の憲法5
6条2項並びに主権の存する国民が正当に選挙された国会における代表者を
通じて行動するとした憲法1条及び前文第1文は,議事を決する出席議員の
過半数が必ず主権者たる国民の過半数により選出されるようにする,すなわ
ち主権者の多数意見と国会議員の多数意見が一致するための手段として人口
比例選挙を要求しているところ,本件区割規定に基づく本件選挙区割りは,
上記の人口比例選挙の要求に反しているから,これらの憲法の規定等に違反
する旨主張する。
しかしながら,憲法56項2項は,両議院の議事方法のうち通常の場合の
議決方法(表決数)を定めた規定であり,憲法1条は,象徴天皇制の基礎で
ある国民主権の原理を確認し,前文第1文は,国民主権の原理とそれに基づ
く代表民主制の原理を宣言するものと解され,これらの規定等は,両議院の
議員の選出方法について定めるものではなく,これらの規定等が人口比例選
挙を要求するものと解することはできない。
したがって,憲法56条2項,1条及び前文第1文違反をいう原告らの主
張は前提を欠いており,採用できない。
⑵憲法14条1項違反の主張について
ア前記2の判断の基本的枠組みで述べたとおり,国会は,選挙制度の仕組
みのうち定数配分及び選挙区割りを決定するに際して,議員1人当たりの
選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本
的な基準とすることを求められているが,それ以外の要素として都道府県
を細分化した市町村その他の行政区画等を基本的な単位として,地域の面
積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸事情を総合的に
考慮して具体的な選挙区を定めることが許容されているところ,本件区割
規定及びこれに基づく本件選挙区割りを定めた国会の裁量権の行使が合理
性を有するといえるか否かについて検討する。
イ本件選挙は,本件区割規定に基づく本件選挙区割りの下で施行されたも
のであるところ,本件選挙区割りを定める本件区割規定は,平成28年改
正法附則2条に規定された本件区割基準等に基づく区画審の改定案の勧告
を受けて,平成29年改正法による改正後の平成28年改正法による公職
選挙法の一部改正により定められたものである。
本件区割基準は,各大法廷判決において,各選挙区間の投票価値の較差
が拡大していた主要な要因が1人別枠方式であり,1人別枠方式の立法当
時の合理性は失われているとして,旧区割基準のうち1人別枠方式に係る
部分及び旧区割基準に従って改定された旧区割規定に基づく旧選挙区割り
が違憲状態に至っている旨重ねて指摘されていたことを踏まえ,平成24
年改正法により旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分が既に削除され
ていたことに加えて,投票価値の較差是正に向けて国会,各政党での検討,
調整を続け,更に有識者による選挙制度調査会での調査・検討の結果決定
された調査会答申を受けて,立法に至ったものである。
平成28年改正法が定める本件区割基準等の内容をみると,各選挙区間
の日本国民の人口の較差を2倍未満とすることを,より厳格に,かつ中長
期的に志向するものとなっている。すなわち,旧区画審設置法3条が,各
選挙区間の人口の較差が2倍以上とならないようにすることを「基本とし」
ていたのに対し,平成28年改正法は,まず,区画審設置法の本則におい
て,平成28年改正法による改正後の区画審設置法3条の新区割基準とし
て,10年ごとに実施される大規模国勢調査の結果による各選挙区の日本
国民の人口の較差が2倍以上とならないようにすることとした(平成28
年改正法による改正後の区画審設置法3条1項)。これと併せて,各都道
府県への議席の人口比例配分方式について,明文の根拠はないものの従来
行われていたヘア式最大剰余法に代わり,新たに人口比例に基づく配分方
式(除数方式)の一つであるアダムズ方式を採用することを明記し(同条
2項),大規模国勢調査の中間年に実施される簡易国勢調査の結果による
各選挙区間の日本国民の人口の較差が2倍以上となったときも選挙区割り
の改定案を勧告することとしている(同法4条2項)。そして,平成28
年の時点では次回の大規模国勢調査が平成32年に行われることが予定さ
れていたために,それまでの間の緊急是正のための措置として,平成28
年改正法附則2条において,直近に実施された平成27年簡易国勢調査の
結果に基づく各選挙区間の人口(日本国民の人口)の較差が2倍未満であ
り,かつ,平成22年国勢調査から平成27年簡易国勢調査までの間の人
口変動率に基づき推計する平成32年見込み人口に基づく各選挙区間の人
口(日本国民の人口)の較差が「2倍未満であることを基本とする」こと
などを内容とする本件区割基準を定め,併せて,平成27年簡易国勢調査
の結果に基づいてアダムズ方式を採用した場合に議員定数が減少となる6
県について定数を各1人削減する措置(0増6減)を講じている。現に,
このような措置が講じられた結果,平成27年簡易国勢調査の結果に基づ
く各選挙区間の人口比最大較差は2.176倍(改定前)から1.956
倍(改定後)に減少し,また,平成26年選挙時に各選挙区間の選挙人比
最大較差が2.129倍,較差が2倍以上となっていた選挙区が13選挙
区であったのに対し,本件選挙時には各選挙区間の選挙人比最大較差が1.
979倍まで縮小し,較差が2倍以上の選挙区もなくなっており,本件選
挙時の較差は平成28年改正法が所期したところに沿う結果となっている。
本件区割基準に従って本件選挙区割りを定めた本件区割規定についても,
各政党の主張が必ずしも一致しておらず,また,関係地方自治体等から選
挙区割りの変更や分割市区町が存する点等に関して種々の意見が呈されて
いた状況をも踏まえて,国会において総合的な検討,調整が図られた上で,
平成29年改正法として立法に至ったものである。
また,本件区割基準は,平成32年国勢調査の結果を受けて新区割基準
に基づき,従来の各都道府県への定数配分がアダムズ方式による配分によ
って全面的に見直されることが予定されているところ,それまでの過渡期
の緊急是正措置として設けられたものであるが,各大法廷判決の趣旨を踏
まえて,新区割基準に基づく議員定数及び選挙区割りの全面的な見直しを
いつ,どのようにして実施するかについては,その経過及び内容からみて
立法裁量権の行使として許容される範囲内にとどまる限り,なお国会の裁
量に委ねられているというべきであるところ,国会が,種々の意見が対立
する中で,制度の安定性の確保の観点や直近の平成27年簡易国勢調査に
基づいて定数配分を見直すことが合理的であるとの考えに基づいて上記の
是正措置を実施するに至ったという経過は相当なものであり,その内容も
平成27年簡易国勢調査の結果に基づきアダムズ方式を採用した場合の定
数配分の見直しの一部として公約である議員定数削減の措置と併せて先行
実施したものである上,平成27年簡易国勢調査の結果による較差是正の
みならず,平成32年見込み人口における較差の是正も図り,新区割基準
の採用を見据えたものであって,平成28年改正法附則5条の「不断の見
直し」条項とあいまって,投票価値の平等をできる限り実現してゆく中長
期的な方向性を示したものといえる。
このようにみると,本件区割基準は,各大法廷判決が投票価値の平等の
要請に配慮した合理的な基準であるとしてきた区割基準(平成24年改正
前区画審設置法3条1項及び旧区画審設置法3条)について,更に人口比
例性を徹底する基準に改める内容である新区割基準が導入されることを前
提として,新区割基準に基づく選挙区割りが本格的に導入される平成32
年国勢調査までの間の過渡的段階における経過的,漸進的な措置として,
投票価値の平等に配慮した合理的な基準を定めたものということができる。
また,前記認定の諸事情を踏まえると,本件区割基準に従って本件選挙区
割りを定めた本件区割規定も,国会が具体的な選挙区割りに際して考慮す
ることが許容される諸要素を考慮した上で定められた合理的なものという
ことができる。
そうすると,本件選挙時において,全体として各大法廷判決が求めてき
た合理的な区割基準の趣旨に沿った選挙制度の整備がなされたものという
べきであり,国会は,憲法上与えられた裁量権を合理的に行使して,本件
区割規定及び本件選挙区割りを定めたものというべきである。
ウこれに対し,原告らは,本件選挙においては,平成28年改正法により
予定された平成32年国勢調査の結果に基づく各都道府県に配分される定
数の見直しはなされておらず,平成27年簡易国勢調査の結果に基づいて
アダムズ方式を採用した場合に定数配分の見直し(7増13減)が行われ
る対象となる都県中,青森県,岩手県,三重県,奈良県,熊本県及び鹿児
島県の6県について各1人ずつを減らす定数配分の見直しがなされたにと
どまり,全都道府県から上記6県を除いた41都道府県ないし7増13減
の対象都県である18都県から上記6県を除いた12都県については,各
大法廷判決が違憲状態の主たる要因であると判示した1人別枠方式により
配分された定数が残存しており,本件区割規定に基づく本件選挙区割りは
違憲状態の瑕疵を帯びる旨主張する。
確かに,平成28年改正法による改正後の区画審設置法3条の新区割基
準に沿った各都道府県への定数配分,区画審による選挙区割りの改定案の
勧告を受けた選挙区割り等が完全に行われた段階に至って初めて旧区割基
準の下での定数配分が全面的に改められることになる。そして,本件区割
規定に基づく本件選挙区割りは平成28年改正法附則2条に基づく区画審
の改定案の勧告に沿うものであって,各都道府県への議席配分は0増6減
の対象となった6県以外の見直しはなされていない。その意味では,上記
6県以外の41都道府県の定数は,数字としては旧区割基準の下での定数
配分が維持されているとみることもできなくはない。
しかしながら,前述のとおり,本件区割基準は,投票価値の平等に配慮
した合理的な基準を定めたものということができるところ,これに従って,
0増6減の対象となった6県以外の41都道府県ないし上記6県を除く7
増13減の対象都県である12都県についても,本件区割基準に沿った人
口基準に適合するように本件区割規定に基づく本件選挙区割りが定められ
ている。そして,本件選挙時においては,本件区割基準が所期するとおり,
本件選挙区割りにおける各選挙区間の人口及び選挙人数の較差が2倍以上
となった選挙区はなくなっており,平成26年選挙時と比して明らかに各
選挙区間の選挙人比最大較差は縮小している。もとより,平成24年改正
法により1人別枠方式を定めた平成24年改正前区画審設置法3条2項自
体が削除され,平成28年改正法及び平成29年改正法の立法段階でも,
各大法廷判決が指摘した1人別枠方式の弊害を除去するべく検討,議論が
なされてきたことは明らかである。そうすると,本件区割基準に従って定
められた本件区割規定に基づく本件選挙区割りについても,国会が具体的
な選挙区割りに際して考慮することが許容される諸要素を考慮した上で定
められた合理的なものというべきであり,本件選挙時において,各大法廷
判決の指摘を踏まえ,全体として本件区割基準の趣旨に沿った選挙制度の
整備がなされたというべきであって,各大法廷判決が各選挙区間の較差拡
大の主要な要因として指摘していた意味での1人別枠方式の非合理性の影
響が残存しているとはいえない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
エなお,被告は,各大法廷判決は,いずれも諸般の事情を総合的に考慮し
て,各選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをするこ
とを基本とする旨の平成24年改正前区画審設置法3条1項及び旧区画審
設置法3条について,一貫して,投票価値の平等に配慮した合理的な基準
を定めたものと評価しているところ,各選挙区間の最大較差が2倍未満と
なることとなる本件区割規定に基づく本件選挙区割りは,国会において通
常考慮し得る諸般の要素をしん酌した,一般に合理性を有するものである,
と主張する。
そこで検討すると,本件区割規定に基づく本件選挙区割りが,憲法上国
会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するというべきであること
はさきに述べたとおりであり,その限度では被告の主張には理由がある。
しかしながら,被告の上記主張が,各選挙区間の最大較差が2倍未満とな
りさえすれば,区割規定に基づく選挙区割りが一般的に投票価値の平等に
配慮した合理的なものとする趣旨に出たものであるとすると,相当でない。
前記2の判断の基本的枠組みで述べたとおり,憲法は,選挙権の内容の
平等,換言すれば投票価値の平等を要求しており,国会が定数配分及び選
挙区割りを決定するに際しては,憲法上,議員1人当たりの選挙人数ない
し人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とす
ることが求められており,合理性を有する限度でその他の諸要素を考慮し,
民意を的確に反映し,投票価値の平等の要請との調和を図ることが求めら
れていると解すべきである。したがって,憲法上,選挙制度の仕組みの決
定について付託された広範な裁量権の合理的な行使を求められている国会
としては,その合理性の判断基準について,各選挙区間の較差が2倍を下
回るか否かという単なる較差の数値的基準を設定するのは適当ではなく,
最も重要かつ基本的な基準である投票価値の平等をできる限り実現するべ
く,選挙制度の仕組みを改善する努力を続けることが求められているとい
うべきである。その意味で,平成28年改正法附則5条の「不断の見直し」
条項の趣旨は,各大法廷判決の趣旨に沿って平成24年改正法により1人
別枠方式を削除し,さらに,平成28年改正法による区割基準及び定数配
分方式を見直すなどの対応を続けてきた国会が,憲法上求められている自
らの責務に対する認識を明らかにし,これに継続して取り組む姿勢を宣明
したものと理解することができる。
⑶小括
以上のとおりであるから,本件区割規定に基づく本件選挙区割りは,本件
選挙当時,違憲状態に至っていたとはいえない。
4結論
以上によれば,その余の争点について検討するまでもなく,原告らの請求は
いずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
仙台高等裁判所秋田支部
裁判長裁判官山本剛史
裁判官有冨正剛
裁判官谷口吉伸

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