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平成14年(ワ)第9549号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成15年12月2日
  判       決
      原      告     カネボウ株式会社
訴訟代理人弁護士     山  口  孝  司
      同            松  岡  伸  晃
      同            平  泉  真  理
      同            矢  倉  千  榮
補佐人弁理士     村  上  智  司
      被      告     池上通信機株式会社
      訴訟代理人弁護士     福  岡     清
      同            大  橋  正  典
      同            松  田  政  行
      同            齋  藤  浩  貴
      同            上  村  哲  史
同            松  葉  栄  治
            主       文
        原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙物件目録第1及び第2記載の物件を製造し、販売し又はその販
売の申出をしてはならない。
2 被告は、その占有に係る別紙物件目録第1及び第2記載の物件並びにこれら
の半製品を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金2億1000万円及びこれに対する平成14年10
月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
第2 事案の概要
1 本件は、「小物物品検査装置」に関する特許発明の特許権者である原告が、
被告の製造販売する錠剤検査装置は同発明の技術的範囲に属すると主張して、特許
権に基づき製造販売行為の差止め等と損害賠償を請求した事案である。
2 基礎となる事実(争いがある旨記載した部分及び認定に供される証拠を記載
した部分以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
原告は、各種繊維工業品、各種化学工業品、洗剤、農薬、各種工業用薬
品、動物用医薬品等の製品並びにその原材料及び副製品の製造、加工及び売買、各
種機械器具、装置の設計、製作、修理及び売買等を業とする株式会社である。
被告は、有線、無線等の通信機器及び放送装置の製造、理化学機器及び医
学用電子応用機器の製造等を業とする株式会社である。
(2) 特許権
原告は、次の特許権を有する(その特許出願の願書に添付された明細書を
「本件明細書」といい、本件明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明を
「本件特許発明」といい、その特許公報である特公平5-65405号公報(甲第
2号証)を「本件公報」という。)。
特 許 番 号第1856791号
発明の名称小物物品検査装置
出願年月日昭和60年3月14日(特願昭60-50970号)
出願公開年月日昭和61年9月19日(特開昭61-211209号)
出願公告年月日平成5年9月17日(特公平5-65405号)
登録年月日平成6年7月7日
特許請求の範囲第1項
(イ) 上下面がそれぞれ凸面をなす小物物品を検査する装置であって、
(ロ) 吸気口となるスリットとこのスリットの両側の各縁部にそれぞれ設
けたガイドレールと排気口とを有する負圧室と、
(ハ) 前記各ガイドレールに個別に案内されて走行する2本の搬送用索条
と、
(ニ) この2本の搬送用索条により前記スリットの前記縁部に形成した吸
着搬送経路と、
(ホ) 前記排気口に接続され、前記負圧室から空気を排気する吸引手段と
を有する第1および第2の2つの搬送装置を備え、
(ヘ) 前記第1の搬送装置の吸着搬送経路下流端と前記第2の搬送装置の
吸着搬送経路上流端とを対向させて、前記小物物品が第1の搬送装置から第2の搬
送装置に受け渡されるとき、前記2本の搬送用索条にまたがりかつ、前記凸面の一
部が前記2本の搬送用索条の間に入り込んだ状態で吸着保持される前記小物物品の
前記凸面と反対の面が新たに吸着保持されるように配設するとともに、
(ト) 前記第1および第2の搬送装置の吸着搬送経路のそれぞれを前記小
物物品の外観または欠陥の検査部に臨ませた小物物品検査装置。
(3) 構成要件
本件特許発明を構成要件に分説すると、次のとおりである。
A 上下面がそれぞれ凸面をなす小物物品を検査する装置であって、
B 吸気口となるスリットとこのスリットの両側の各縁部にそれぞれ設けた
ガイドレールと排気口とを有する負圧室と、
C 前記各ガイドレールに個別に案内されて走行する2本の搬送用索条と、
D この2本の搬送用索条により前記スリットの前記縁部に形成した吸着搬
送経路と、
E 前記排気口に接続され、前記負圧室から空気を排気する吸引手段とを有
する
F 第1および第2の2つの搬送装置を備え、
G 前記第1の搬送装置の吸着搬送経路下流端と前記第2の搬送装置の吸着
搬送経路上流端とを対向させて、
H 前記小物物品が第1の搬送装置から第2の搬送装置に受け渡されると
き、前記2本の搬送用索条にまたがりかつ、前記凸面の一部が前記2本の搬送用索
条の間に入り込んだ状態で吸着保持される前記小物物品の前記凸面と反対の面が新
たに吸着保持されるように配設するとともに、
I 前記第1および第2の搬送装置の吸着搬送経路のそれぞれを前記小物物
品の外観または欠陥の検査部に臨ませた
J 小物物品検査装置。
(4) 被告の行為
ア 被告は、遅くとも平成6年から錠剤検査装置TIE-1010、TIE
-2080を、平成9年からTIE-1010Kを、平成10年からTIE-50
10をそれぞれ製造販売している(ただし、被告によるTIE-1010、TIE
-2080の製造販売の開始時期について、原告は、平成4年からと主張してお
り、争いがある。)。
また、被告は、平成14年7月から錠剤検査装置TIE-7000を製
造販売している。
なお、原告は、被告が平成11年からTIE-1010の廉価版である
TIE-10LBを製造販売している旨主張するが、被告は、これを否認し、TI
E-10LBについては宣伝をしたものの実際に受注し販売を行ったことはない旨
主張している。
イ TIE-1010、TIE-2080、TIE-1010K、TIE-
5010の構成は、別紙物件目録第1記載のとおりであり、TIE-7000の構
成は、同目録第2記載のとおりである(以下、同目録第1記載の物件を「イ号物
件」、同目録第2記載の物件を「ロ号物件」といい、イ号物件とロ号物件を包括し
て「被告製品」という。)。なお、原告は、TIE-10LBの構成について同目
録第1記載のとおりであると主張している。
(5) 被告製品の構成
被告製品の構成を分説すると、次のとおりである(構成の分説は、イ号物
件とロ号物件に共通である。)。
a 錠剤nを検査する装置であって、
b 吸気口となる直線方向等間隔ごとに多数の吸引孔30を開口した吸引孔
列と、この吸引孔列を中心としてその両側にそれぞれ設けた案内路31と、負圧源
33によって負圧を導くダクト26を有する吸引室21と、
c 前記各案内路31に個別に案内されて走行する2本のタイミングベルト
27と、
d 前記吸引孔列を挟んで設けられる2本のタイミングベルト27、27に
よって形成される搬送路と、
e 前記ダクト26に接続され、前記吸引室21から空気を排気する負圧源
33とを有する
f 第1及び第2の2つの搬送装置11、20を備え、(ただし、この構成
fについては、後記3(1)ア記載のとおり争いがある。)
g 前記第1の搬送装置11にある搬送路の下流端と、前記第2の搬送装置
20にある搬送路の上流端とを対向させて、
h 前記錠剤nが、第1の搬送装置11から第2の搬送装置20に乗り移る
とき、前記一対のタイミングベルト27にまたがり、かつ錠剤nの吸着面の一部が
前記タイミングベルト27に入り込んだ状態で吸着保持され、また、錠剤nが第1
の搬送装置11と第2の搬送装置20とで表裏反対の面が吸着保持されるように配
設するとともに、(ただし、この構成hについては、後記3(1)イ記載のとおり争い
がある。)
i 前記第1及び第2の搬送装置11、20の搬送路のそれぞれを、錠剤n
の外観又は欠陥の撮像装置12、35に臨ませた
j 錠剤検査装置
3 争点
(1) 被告製品の構成
ア 構成fの具備
イ 構成hの具備
(2) 文言侵害の成否
ア 「吸引孔列」(構成b)の「スリット」(構成要件B)への該当性
イ 「案内路31」(構成b)の「ガイドレール」(構成要件B)への該当

ウ 「タイミングベルト27」(構成c)の「搬送用索条」(構成要件C)
への該当性
エ 構成a、dないしjによる構成要件A、DないしJの各充足性
(3) 作用効果(被告製品における本件特許発明の作用効果の存否)
(4) 均等(「スリット」(構成要件B)を「吸引孔列」(構成b)に置換した
ことによる均等の成否)
(5) 明らかな無効理由の存否
ア 進歩性欠如
イ 要旨変更による新規性欠如
(6) 損害額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告製品の構成)
(1) 構成fの具備(争点(1)ア)
ア 原告の主張
TIE-1010、TIE-2080、TIE-1010K、TIE-
5010、TIE-10LB、TIE-7000は構成fを備える。
TIE-1010Kは、TIE-1010に新たな検査機能(錠剤に印
字された文字を識別する機能)を付加した検査装置であり、第1及び第2の搬送装
置に加えて、それ以外の搬送装置が付加されたにすぎないから、第1及び第2の搬
送装置を備えている。
イ 被告の主張
原告の主張のうち、TIE-1010、TIE-5010、TIE-7
000が構成fを備えることは認め、その余は否認する。
錠剤検査装置TIE-1010Kは搬送装置を4つ備えるから、構成f
の「第1及び第2の2つの搬送装置」というのは、不正確な表現である。
(2) 構成hの具備(争点(1)イ)
ア 原告の主張
被告製品は、「錠剤n」を2本の「タイミングベルト27」にまたがら
せる形で吸引しつつ、別紙物件目録第5図、第7図に図示されるような状態で搬送
しているから、構成hを備える。
イ 被告の主張
原告の主張は否認する。
2 争点(2)(文言侵害の成否)
(1) 「吸引孔列」(構成b)の「スリット」(構成要件B)への該当性(争
点(2)ア)
ア 原告の主張
「スリット」という語の意義は、一般に「溝穴、溝、細長い穴」などで
あり、その形状は様々で、細長い長方形のスリットといえども、開口部が間断なく
続いた無限長のもののみならず、橋渡し部を有するものも含まれる。
被告製品の「吸引孔列」(構成b)は、直径3㎜の円孔を1㎜間隔で開
口して直線方向等間隔に列設したものであり、小さい吸引孔が直線方向に一連とな
って密に列設されており、空気を制限して通過させる装置で、細い隙間である。ま
た、機能的にみても、「吸引孔列」は、列設する吸引孔同士の間の橋渡し部分より
も吸引孔の方が大きく(別紙物件目録第6図参照)、吸引孔の部分のみならず橋渡
し部分の上部も含めて、「吸引孔列」が一体となって「錠剤n」に対して吸引負圧
を生じさせ、「錠剤n」を吸着搬送する。
したがって、「吸引孔列」(構成b)は、「スリット」(構成要件B)
に該当する。
イ 被告の主張
「スリット」という語の意義は、一般に「溝穴、溝、細長い穴」であ
り、細長い隙間、切り込みを意味する。機械分野において、「スリット」は、「孔
列」とは明確に区別されている。
したがって、被告製品の「吸引孔列」(構成b)は、「スリット」(構
成要件B)に該当しない。
(2) 「案内路31」(構成b)の「ガイドレール」(構成要件B)への該当性
(争点(2)イ)
ア 原告の主張
「スリットの両側の各縁部にそれぞれ設けたガイドレール」(構成要件
B)にいう「縁部」とは、縁及び縁の近傍を意味する。
被告製品の「タイミングベルト27」は、「案内部材31a」の側面に
よって左右にぶれないように案内されているとともに、「タイミングベルト27」
の歯の底部と接する「摺動外面25b」によって上下にぶれないように案内されて
おり、被告製品の各吸引孔列のそれぞれ両側に固設された角柱状の「案内部材31
a」及び「摺動外面25b」からなる「案内路31」(構成b)は、吸引孔列の縁
の近傍に存在する。また、機能的にみても、「案内路31」は、吸引孔からの負圧
を「タイミングベルト27」上の錠剤に及ぼすことができる位置に存在している。
したがって、「案内路31」(構成b)は「ガイドレール」(構成要件
B)に該当する。
イ 被告の主張
「スリットの両側の各縁部」(構成要件B)とは、スリットを構成して
いるスリット板の、当該スリットと接する部分のことをいう。
被告製品の「案内路31」(構成b)が「ガイドレール」(構成要件
B)に該当するという原告の主張は、「ガイドレール」という文言の意味を逸脱し
てしまうし、「タイミングベルト27」間の幅が吸引孔の直径よりも狭い場合は、
吸引孔列の間の橋渡しの部分のうち「タイミングベルト27」の底部が接する部分
も「ガイドレール」に当たることになり、「タイミングベルト27」間の幅が吸引
孔の直径と同じ場合とその直径より狭い場合とで、吸引孔列との位置関係が異なる
2種類のガイドレールが存在することになってしまう。
したがって、「案内路31」(構成b)は「ガイドレール」(構成要件
B)に該当しない。
(3) 「タイミングベルト27」(構成c)の「搬送用索条」(構成要件C)へ
の該当性(争点(2)ウ)
ア 原告の主張
「搬送用索条」(構成要件C)は、形状が限定されず、略凹型のくぼみ
が設けられたベルトも含まれる。
被告製品の2本の「タイミングベルト27」(構成c)は、吸引孔列の
両側の各縁部にある「案内部材31a」に個別に案内されて走行するものであり、
両側が一対となって錠剤の搬送の用に供されるものであるから、2本の「搬送用索
条」(構成要件C)に該当する。
「タイミングベルト27」は、「案内部材31a」との間に空隙を有す
るとしても、本件特許発明の作用効果を奏するから、「搬送用索条」に該当する。
イ 被告の主張
本件明細書の作用効果に関する記載、本件特許に対する無効審判(無効
2001-35392号)の審判事件答弁書(乙第2号証)における原告の主張か
らすると、本件特許発明に特有の効果は、搬送用索条とガイドレールの間の空隙を
なくすことにより、小物物品の左右からの空気流を防ぎ、小物物品を効率よく吸引
できるようにするという効果、及びその効果によって更に生じるセンタリングの効
果にある。そうすると、ガイドレールとの間に空隙が生じるような形状のものは、
本件特許発明にいう「搬送用索条」(構成要件C)に該当しない。
被告製品の「タイミングベルト27」は、その凹部と「案内部材31
a」の間に略凸形をした空間(幅約2.5㎜、高さ約0.2㎜の空間と、上辺約
0.4㎜、下辺約0.7㎜、高さ約0.35㎜の台形の空間)が設けられており、
そこから横方向の空気流が生ずる構造になっており、ガイドレールとの間に空隙が
生じるような形状のものであるから、本件特許発明にいう「搬送用索条」に該当し
ない。
被告製品の「タイミングベルト27」の凹部と「案内部材31a」の間
に空間が設けられたのは、吸引圧が過大になって「タイミングベルト27」の振
動、摩耗が生ずるのを防ぎ、また、錠剤の破片、粉末が「タイミングベルト27」
とガイド板上面の間に入り込むのを防ぐためである。
(4) 構成a、dないしjによる構成要件A、DないしJの各充足性(争点(2)
エ)
ア 原告の主張
構成a、dないしjは、構成要件A、DないしJをそれぞれ充足する。
イ 被告の主張
原告の主張は争う。
3 争点(3)(作用効果-被告製品における本件特許発明の作用効果の存否)
(1) 原告の主張
本件特許発明の作用効果は、吸気口となるスリットの両側の各縁部にそれ
ぞれガイドレールを設け、ガイドレールに搬送用索条を案内して吸着搬送経路を形
成し、相応の大きな吸引力を得て、小物物品を効率よく吸引し、搬送用索条上に安
定して保持するとともに、2つの搬送装置間の小物物品の受渡しが円滑で安定かつ
確実にでき、小物物品の検査が安定して正確にできるようにすることにある。
被告製品の「タイミングベルト27」の凹部と「案内部材31a」の間の
空間のうち台形の空間は、「心線支持凹み」と呼ばれ、製造工程上当然に生じるも
のであり、また、その余の空間は設計上当然に設けられるクリアランスにすぎず、
何らかの効果を意図して積極的に形成されたものではないから、それらの空間があ
っても、作用効果の不存在の根拠とはならない。「タイミングベルト27」とガイ
ド板上面との間に錠剤の破片や粉末が入り込むのは、略凹型のくぼみが設けられた
タイミングベルトを採用したことによって生じた問題であり、それを防いだとして
も、本件特許発明に比して格別の効果を生じるものではない。
被告製品は、「タイミングベルト27」の凹部と「案内部材31a」の間
の空間が存在しない場合と同様の十分な負圧を有し、本件特許発明と同様の高い吸
引効率を実現し、錠剤を搬送用索条上に安定して保持するとともに、2つの搬送装
置間の錠剤の受渡しが円滑で安定かつ確実にでき、両搬送装置において錠剤の異な
る面を検査することができるから、本件特許発明の作用効果を奏する。
本件明細書にいう「センタリング」とは、小物物品の中心(重心)が2本
の搬送用索条の間の中心位置に近づくことをいうところ、被告製品において、錠剤
は、吸着されると、2本の「タイミングベルト27」の中心位置に近づくから、被
告製品は、「センタリング」の効果も奏する。
したがって、被告製品は、本件特許発明の作用効果を奏する。
(2) 被告の主張
本件特許発明に特有の作用効果は、搬送用索条とガイドレールの間の空隙
をなくすことにより、小物物品の左右からの空気流を防ぎ、小物物品を効率よく吸
引できるようにするという効果、及びその効果によって更に生じるセンタリングの
効果の2つのみである。被告製品の「タイミングベルト27」は、ガイドレールと
の間に空隙が生じるような形状のものであるから、搬送用索条とガイドレールの間
の空隙をなくすことにより、小物物品の左右からの空気流を防ぎ、小物物品を効率
よく吸引できるようにするという効果を奏しない。
また、本件明細書にいう「センタリング」とは、既に2本の搬送用索条に
またがりかつ、その凸面の一部が2本の搬送用索条の間に入り込んだ状態で保持さ
れている小物物品の中心(重心)が、吸気作用によりその位置を修正されて、2本
の搬送用索条の間の中央に位置させられることをいうところ、被告製品は、錠剤を
中央の位置からずらせた状態で吸着させるとそのままの状態で吸着されるから、
「センタリング」を生じることはない。
したがって、被告製品は、本件特許発明の作用効果を奏しない。
4 争点(4)(均等-「スリット」(構成要件B)を「吸引孔列」(構成b)に置
換したことによる均等の成否)
(1) 原告の主張
「吸引孔列」(構成b)が「スリット」(構成要件B)に該当せず、文言
侵害が成立しないとしても、次のとおり、最高裁判所第三小法廷平成6年(オ)第1
083号同10年2月24日判決・民集52巻1号113頁の判示する均等成立の
要件に照らして、「スリット」(構成要件B)を「吸引孔列」(構成b)に置換す
ることにつき均等が成立し、被告製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術
的範囲に属する。
ア 第1要件(非本質的部分)
本件特許発明の本質的部分、すなわち本件特許発明特有の解決手段を基
礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分は、構成要件Bのうち吸気口の両側の
各縁部にそれぞれ設けたガイドレールを有する点、及び構成要件C、G、Hにあ
る。吸気口は、負圧の効果を生じさせる程度に連続的に貫通された形状であればよ
く、その具体的な形状が「スリット」であることは、本件特許発明の本質的部分で
はない。
したがって、均等の第1要件を充足する。
イ 第2要件(置換可能性)
被告製品は、小物物品に対する高い吸引効率を保持しており、小物物品
を第1の搬送装置の吸着搬送経路下流端から第2の搬送装置の吸着搬送経路上流端
へと安定的に受け渡すことができ、両搬送装置で小物物品の上下各面を検査するこ
とができ、検査の対象となる小物物品は磁性体に限定されないから、本件特許発明
と同一の作用効果を奏する。
したがって、被告製品は、均等の第2要件を充足する。
ウ 第3要件(置換容易性)
「スリット」を被告製品のように「直線方向等間隔ごとに多数の吸引孔
30を開口した吸引孔列」に置換することは、被告製品の製造開始時において、当
業者が容易に想到することができた。
したがって、被告製品は、均等の第3要件を充足する。
エ 第4要件(非公知技術)
被告製品の構成b、c、g、hは、本件特許発明の本質的部分をなす構
成要件B、C、G、Hと完全に一致しており、これらの構成要件を含む本件特許発
明が新規性、進歩性を有するものとして特許されているから、構成b、c、g、h
を備える被告製品もまた新規性、進歩性を有する。
したがって、被告製品は、均等の第4要件を充足する。
オ 第5要件(意識的除外)
被告製品が本件特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的
に除外されたものに当たるなどの特段の事情は存在しない。
したがって、被告製品は、均等の第5要件を充足する。
(2) 被告の主張
ア 第1要件(非本質的部分)
本件特許発明に特有の作用効果からすると、本件特許発明の本質的部分
は、「スリットの両側の各縁部にそれぞれ設けたガイドレール」(構成要件Bの)
という要件及び「各ガイドレールに個別に案内されて走行する2本の搬送用索条」
(構成要件C)という要件である。
「スリットの縁部」とは、「スリット板の縁」という意味にしか解釈す
ることができず、これをスリットの外側の近傍とまで拡張して解釈することができ
ないこと、被告製品の吸引孔列は、縁部の存在及びその範囲が明確とならない構成
であることから、被告製品は、上記の本件特許発明の本質的部分の要件を充たさ
ず、本質的部分において本件特許発明と構成を異にする。
したがって、被告製品は、均等の第1要件を充足しない。
イ 第2要件(置換可能性)
前記3(2)記載のとおり、被告製品は、本件特許発明に特有の作用効果を
奏しないから、被告製品は、均等の第2要件を充足しない。
ウ 第3要件(置換容易性)
被告製品のうち、「タイミングベルト27」間の幅が吸引孔の直径より
も狭いものについては、このような構成を採ることは、被告製品の製造開始時に容
易に想到することができなかったから、均等の第3要件を充足しない。
エ 第4要件(非公知技術)
本件特許発明の出願当時において、被告製品は、特開昭55-2237
0号公報(乙第1号証の3。以下「乙1-3公報」という。)と特開昭58-22
875号公報(乙第32号証)との組合せ、乙1-3公報と米国特許第31972
01号明細書(乙第6号証。以下「乙6米国明細書」という。)の組合せ、乙1-
3公報と実願昭55-40126号(実開昭56-144011号)のマイクロフ
ィルム(乙第1号証の4)の組合せから容易に推考することができた。
したがって、被告製品は、均等の第4要件を充足しない。
5 争点(5)(明らかな無効理由の存否)
(1) 進歩性欠如(争点(5)ア)
ア 被告の主張
(ア) 乙1-3公報には、構成要件A、F、G、I、Jと同一の構成が記
載されている。2つのコンベアを対向させてその間で受渡しを行う技術は、米国特
許第3915085号明細書(乙第27号証)、特公昭52-39541号公報
(乙第28号証)、実公昭34-6030号公報(乙第29号証)、実願昭57-
26054号(実開昭58-131219号)のマイクロフィルム(乙第30号
証)などに開示されており、本件特許発明の出願時においても周知慣用の技術であ
った。また、乙6米国明細書に記載された発明は、すべてがローラーやカード・ガ
イドを必須の要件とするものではなく、具体的構成に応じて吸引力を適宜調整する
ことは、当業者の技術常識である。
したがって、本件特許発明は、乙1-3公報に記載された発明と乙6
米国明細書に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をす
ることができた。
(イ) 特開昭50-111299号公報(乙第45号証。以下「乙45公
報」という。)は、名称を「煙草集積装置」とする発明に係るものであり、そこに
は構成要件B、C、Dと同一の構成が記載されている。
したがって、本件特許発明は、乙1-3公報に記載された発明と乙4
5公報に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をするこ
とができた。
乙第45公報は、第6回口頭弁論期日に提出された。我が国に限ら
ず、特許分類は、クレームを基に行われているため、本件特許発明の構成要件B、
C、Dのように技術的特徴のない一般的な搬送方法(したがって、わざわざクレー
ムもされない)については、特許分類によって検索することができず、構成要件
B、C、Dが用いられていそうな技術分野を想定して、その中から試行錯誤によっ
て検索する以外に方法がない。乙45公報は、原告第七準備書面の主張に反論する
ために「紙巻たばこの製造機械」の分類の一部を調べた際に発見されたものであ
る。
(ウ) 本件特許発明は、実願昭53-151014号(実開昭55-67
994号)のマイクロフィルム(乙第7号証の2。以下「乙7マイクロフィルム」
という。)や米国特許第2835003号明細書(乙第8号証。以下「乙8米国明
細書」という。)に記載された発明から容易に想到することができた。
(エ) したがって、本件特許には、進歩性欠如の無効理由が存在すること
が明らかである。
イ 原告の主張
(ア) 乙1-3公報記載の発明は、構成要件B、C、D、Hを備えない点
で、本件特許発明と異なる。乙1-3公報記載の発明は、本件明細書記載の第3の
従来例と比べると、外側ガイドの構成が異なるだけでその余は同じであるから、第
3の従来例の問題は乙1-3公報記載の発明にも存在する。
乙6米国明細書記載の発明は、吸引力が弱い上、カード・ガイド又は
ローラーを必須の構成要素とするから、乙1-3公報記載の発明に乙6米国明細書
記載の発明を組み合わせる動機付けを欠き、また、これらを組み合わせたとして
も、被搬送物の受渡しを行うことができないから、本件特許発明を想到することは
できない。
(イ) 乙45公報は第6回口頭弁論期日に提出されたから、時機に後れた
攻撃防御方法として却下すべきである。
(ウ) 乙7マイクロフィルム記載の発明は、缶体通路室を必須の構成要素
とするので2つの装置間で受渡しを行うことができず、負圧による吸着力が弱いの
で「吸着搬送路」を備えず、「ガイドレール」も備えないから、乙7マイクロフィ
ルム記載の発明に基づいて本件特許発明を想到することはできない。
(エ) 乙8米国明細書は、負圧による吸引力を利用するものではなく、ス
リットからのガスの噴出を利用して被搬送物の安定を図るものであり、本件特許発
明とは技術思想を異にするから、乙8米国明細書記載の発明から本件特許発明を想
到することはできない。
(オ) 乙7マイクロフィルム記載の発明に乙6米国明細書記載の発明及び
乙1-3公報記載の発明を組み合わせても、本件特許発明を想到することはできな
い。
乙1-3公報記載の発明に乙7マイクロフィルム記載の発明又は乙8
米国明細書記載の発明を組み合わせても、本件特許発明を想到することはできな
い。
(2) 要旨変更による新規性欠如(争点(5)イ)
ア 被告の主張
(ア) 本件特許出願過程において、平成5年3月29日付け補正により本
件明細書の特許請求の範囲に構成要件Bが付け加えられたが、これは、出願当初の
明細書に記載されていない事項にまで特許請求の範囲を拡大するものであって、要
旨変更に該当する。
(イ)上記平成5年3月29日付け補正により本件明細書のセンタリング
に係る作用効果に関する記載が変更、追加されている(本件公報14欄6行ないし
16行、17行ないし32行)が、これは、出願当初の明細書から自明でない事項
を付加し、出願当初の明細書に記載された発明の構成に関する技術的事項を実質的
に変更するものであり、要旨変更に該当する。
(ウ) 前記(ア)、(イ)記載の補正は、要旨変更に該当し、本件特許発明の
出願は、その補正の手続補正書が提出された平成5年3月29日にしたものとみな
される(平成5年法律第26号による改正前の特許法40条)。そして、本件特許
発明は、同日前の昭和61年9月19日に発行された本件特許の公開公報(特開昭
61-211209号)に記載された発明と同一である。
したがって、本件特許には、新規性欠如の無効理由が存在することが
明らかである。
イ 原告の主張
(ア) 構成要件Bの要件は、出願当初の明細書の実施例及び図面の第1図
に記載されているから、平成5年3月29日付け補正によりこの要件が記載された
ことは、要旨変更に該当しない。
(イ) 平成5年3月29日付け補正により変更、追加された本件明細書の
センタリングに係る作用効果に関する記載(本件公報14欄6行ないし16行、1
7行ないし32行)は、発明の構成から自明の事項であるから、この変更、追加
は、要旨変更に当たらない。
 6 争点(6)(損害額)
(1) 原告の主張
被告は、平成11年9月24日から平成14年9月23日までの間にイ号
物件を少なくとも21台販売し、1台の売上げは4000万円を下らないから、こ
の期間におけるイ号物件の売上げは8億4000万円を下らない(4000万円×
21台=8億4000万円)。
イ号物件の限界利益の利益率は、売上げの25%を下らない。
したがって、平成11年9月24日から平成14年9月23日までの間に
被告がイ号物件の販売により得た利益は、2億1000万円を下らない(8億40
00万円×0.25=2億1000万円)。
(2) 被告の主張
原告の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1(1) 争点(2)(文言侵害の成否)ウ(「タイミングベルト27」(構成c)の
「搬送用索条」(構成要件C)への該当性)について検討する。
(2)ア 本件特許発明の構成要件をみると、本件特許発明に係る小物物品検査装
置は、「吸気口となるスリット」(構成要件B)、「スリットの両側の各縁部にそ
れぞれ設けたガイドレール」(構成要件B)、「各ガイドレールに個別に案内され
て走行する2本の搬送用索条」(構成要件C)を有する搬送装置を備えるものであ
るが、これらの「スリット」、「搬送用索条」の配置等については、ガイドレール
がスリットの両側の各縁部にそれぞれ設けられていることは示されているが、それ
以上には明確に示されていない。そこで、その点を明らかにするために、本件明細
書の発明の詳細な説明の記載を検討する。
イ(ア) 本件明細書には、従来の技術として、第1から第4までの従来例が
挙げられており、このうち第1の従来例については、次のとおり記載されている。
「第1の従来例(米国特許明細書第3433375号)は、吸気用の開
口と、この開口の近傍に設けられ、アイドルローラに支持されるコンベアベルトと
を備え、コンベアベルト上の食パンなどの物体を開口の吸引力によりコンベアベル
ト上に保持する搬送装置を開示している。」(本件公報(甲第2号証)3欄7行な
いし12行)
(イ) さらに、第1の従来例の問題点について、次のとおり記載されてい
る。
「第1の従来例は、吸気用の開口と、アイドルローラに支持されたコン
ベアベルトが別々に設けられているため、開口とコンベアベルトとの間に空隙を有
し、この空隙を通して開口内に吸引される空気流を生じ、即ち、物体の前後、左右
(全周)からの空気を生じ、物体の下方に生じる空気流の速度差は僅かなものとな
る。その結果、物体の下方における圧力は大気圧とさほどの圧力差を生じないこと
となって、物体をコンベアベルトに吸着させるのが困難となるので、開口によって
物体を吸引する吸引効率が低くなり、物体をコンベアベルト上に保持する保持力が
小さくなって安定な搬送が困難になる。そのため、物体と開口の間隙を極めて僅か
に調整する必要があり、また必要以上に間隙を狭くすると物体と開口が接触して物
体を搬送できないという不都合を生じ、また吸引手段の能力を過大なものとしてし
なければならないという欠点がある。」(本件公報3欄35行ないし4欄9行)
(ウ) そして、従来の技術の問題点を踏まえた上で、本件特許発明の目的
について、次のとおり記載されている。
「したがって、この発明の目的は、このような従来例の問題点の解決を
図り、上下面が凸面をなす小物物品をスリットにより吸引効率よく吸引して搬送に
支障なく搬送用索条上に安定して保持できるとともに、二つの搬送装置間の小物物
品の受渡しが小物品の大小を問わずまた損傷することもなく円滑で安定かつ確実に
でき、小物物品の検査が常に安定して正確にできる小物物品検査装置を提供するこ
とである。」(本件公報5欄8行ないし16行)
(エ) 本件特許発明の作用効果については、次のとおり記載されている。
「この発明によれば、つぎの効果がある。すなわち、(1) 吸引口となる
スリットの両側の各縁部にそれぞれガイドレールを設け、ガイドレールに搬送用索
条を案内して吸着搬送経路を形成したため、スリットと搬送用索条との間に空隙を
有しないので、小物物品と搬送用索条とが接触している部分における小物物品の左
右からの空気流は生じず、前後方向からの空気流のみである。その結果、小物物品
の下方の空気流の速度差は第1の従来例と比較して大きなものとなり、相応の大き
な吸引力を得ることができ、そのため小物物品を効率よく吸引でき搬送用索条に保
持することができる。また、スリットの縁部にガイドレールを設け、このガイドレ
ールにより搬送用索条を案内する構成としたため上下面が凸面をなす小物物品であ
っても、第1の従来例のようにスリットと接触して小物物品を搬送できないという
不都合がなく、吸引手段を過大にする必要もない。」(本件公報13欄30行ない
し14欄5行)
ウ 上記のような本件明細書の記載によると、被搬送物を吸引して搬送用の
ベルト上に保持して搬送する装置について、従来例においては、吸気口とベルトと
の間に空隙があり、この空隙を通して吸気口内に空気が吸引され、被搬送物の下方
における圧力が大気圧とさほどの圧力差を生じず、吸引効率が低くなり、被搬送物
をベルト上に保持する力が小さくなって、その結果、安定した搬送が困難であった
ことが認められる。そして、本件特許発明は、吸気口となるスリットの両側の各縁
部にそれぞれガイドレールを設け、ガイドレールに搬送用索条を案内して吸着搬送
経路を形成することにより、スリットと搬送用索条との間の空隙をなくし、被搬送
物である小物物品と搬送用索条とが接触している部分において、小物物品の左右か
らの空気流を生じないようにし、空気流は小物物品の前後方向からのみ生ずること
とし、それによって、小物物品の下方の圧力が大気圧と比べて低くなるようにし、
吸引効率を高め、小物物品が搬送用索条上に安定して保持されるようにしたものと
認められる。
そうであるとすれば、本件特許発明の構成要件における「搬送用索条」
は、「スリット」と「搬送用索条」との間に空隙が存在しないように配置されたも
のでなければならないというべきである。
エ 次に、本件特許に対する無効審判手続での原告の主張について検討す
る。
(ア) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件特許につき、
平成13年9月7日付けの審判請求書(乙第1号証の1)により無効審判(無効2
001-35392号)を請求したところ、原告は、同年11月30日付けの審判
事件答弁書(乙第2号証)を提出したこと、被告は、平成14年1月31日付けの
口頭審理陳述要領書(乙第3号証の1ないし3)を提出したこと、同年1月31
日、特許庁において口頭審理が行われたこと、原告は、同年2月20日付けの上申
書(乙第4号証)を提出したこと、特許庁審判官は、同年3月22日付けで、無効
審判請求は成り立たない旨の審決を行い(乙第5号証)、同審決は、同年5月7
日、確定したことが認められる。
(イ) 上記無効審判の審判事件答弁書(乙第2号証)における原告の主張
について検討する。
a 原告は、本件特許発明について、次のとおり主張した。
「本件特許発明は、吸引口となるスリットの両側の各縁部にそれぞれ
ガイドレールを設け、ガイドレールに搬送用索条を案内して吸着搬送経路を形成し
た構成を備えるが故に、スリットと搬送用索条との間に空隙を有しない構造となっ
ており、このため小物物品と搬送用索条とが接触している部分における小物物品の
左右からの空気流が生じず、前後方向からの空気流のみとなる結果、小物物品の下
方の空気流の速度差が大きなものとなって、吸引手段を過大にすることなく、相応
の大きな吸引力を得ることができ、小物物品を効率よく吸引して搬送用索条に保持
することができるといった顕著な効果を奏する。」(乙第2号証2頁末行ないし3
頁8行)
b 本件特許発明と上記無効審判の「甲第5号証の1」である米国特許
第3433375号明細書(本件明細書において「第1の従来例」とされた米国明
細書。本件訴訟の乙第1号証の6)に記載された発明について、次のとおり主張し
た。
「甲第5号証に記載の搬送装置は、コンベアベルトが、サクションチ
ャンバ吸気口の両側に設けられたアイドルローラ群によってその走行が案内される
ように構成され、サクションチャンバとコンベアベルトとの間には所定の空隙が存
在するため、かかる空隙からサクションチャンバの吸気口に吸引される空気流を生
じ、これがために物品をベルトに吸着するための吸引力が極めて低くなるという問
題がある。これに対し、本件特許発明では、各搬送装置の負圧室が吸気口となるス
リットと、このスリットの両側の各縁部にそれぞれ設けたガイドレールを備え(構
成B)、2本の搬送用索条によってスリットの縁部に吸着搬送経路が形成される
(構成D)構造となっており、スリット及びガイドレールが負圧室に一体的に形成
されているため、甲第5号証に記載の搬送装置のように、スリットと搬送用索条と
の間に空隙が存在せず、被搬送物品と搬送用索条とが接触する部分における、搬送
方向左右からスリットに流れ込む空気流が生じず、前後方向から流れ込む空気流の
みとなる。したがって、被搬送物品の下方における空気流の速度は、被搬送物品の
前、後端部分における速度と、被搬送物品の中央部分における速度との差が大きく
なり、これにより大きな吸引力を得ることができるのである。」(乙第2号証13
頁18行ないし14頁5行)
c 原告は、前記b記載の点を、図と式を用いて、別紙「審判事件答弁
書抜粋」のとおり説明し(乙第2号証14頁6行ないし16頁下から3行目)、さ
らに、次のとおり主張した。
「以上の説明から明らかなように、本件特許発明は、a)各搬送装置
の負圧室が吸気口となるスリットと、このスリットの両側の各縁部にそれぞれ設け
たガイドレールを備え(構成B)、b)2本の搬送用索条によってスリットの縁部
に吸着搬送経路を形成した(構成D)、即ち、スリットと搬送用索条との間に外部
からの空気流が生じる空隙が存在しないように、スリット及びガイドレールを負圧
室に対して一体的に形成した、甲第2号証乃至甲第5号証のいずれにも開示されな
い新規な構成を備えるものである。そして、かかる新規な構成を採用することによ
り、被搬送物品と搬送用索条とが接触する部分において、搬送方向左右からスリッ
トに流れ込む空気流が生じず、前後方向から流れ込む空気流のみとなる結果、被搬
送物品の前、後端部分における空気流の速度と、中央部分における空気流の速度と
の差が大きくなって、吸引手段を過大にすることなく、相応の大きな吸引力を得る
ことができ、被搬送物品を効率よく吸引して搬送用索条に保持することができると
いった、甲第2号証乃至甲第5号証に記載の各発明からは到底想到し得ない顕著な
効果を奏するのである。」(乙第2号証17頁1行ないし15行)
(ウ) 原告は、上記無効審判における平成14年2月20日付けの上申書
(乙第4号証)において、次のように主張した。
「本件特許請求の範囲第1項に記載の、『吸気口となるスリットとこの
スリットの両側の各縁部にそれぞれ設けたガイドレールと排気口とを有する負圧室
と、』なる構成の意義解釈に当たっては、その用語自体、並びに本件特許明細書の
発明の詳細な説明及び図面の全体を参酌して、これを解釈すべきであります。そこ
で、本件特許明細書の発明の詳細な説明、即ち、甲第1号証の第3欄第35行乃至
第41行、同第5欄8行乃至第16行、同13欄第32行乃至第38行、実施例、
並びに図面の記載を参酌すると、本件特許発明にかかる負圧室については、スリッ
トと搬送用索条との間に外部からの空気流が生じる空隙を有しない構造となってい
ることが、明確に認められ、これに疑いを挟み得る余地は無いものと思料致しま
す。してみると、本件特許請求の範囲第1項に記載の、『吸気口となるスリットと
このスリットの両側の各縁部にそれぞれ設けたガイドレールと排気口とを有する負
圧室と、』なる構成は、『負圧室自体に、排気口と、吸気用のスリットとが形成さ
れ、更に、同じく負圧室自体であって、前記スリットの両側の各縁部にそれぞれガ
イドレールが一体に設けられて、スリットと搬送用索条との間に外部からの空気流
が生じる空隙が存在しないように構成されていること』を意味するものと、明確に
理解されます。このように、本件特許請求の範囲の記載については、請求人が指摘
するような不明瞭な点は一切なく、本件特許発明は、その明確に理解される特徴的
な構成によって、本件特許明細書に記載され、且つ被請求人が答弁書において陳述
したような、甲第2号証乃至甲第5号証に記載された発明からは決して得られない
顕著な効果を奏するのであります。」(乙第4号証2頁10行ないし3頁4行)
(エ) 特許発明の技術的範囲を解釈するに当たっては、特許権の設定登録
後にされた無効審判手続において特許権者がした主張も参酌することができるもの
というべきである。そして、本件特許発明の構成要件における「搬送用索条」は
「スリット」と「搬送用索条」との間に空隙が存在しないように配置されたもので
なければならないという前記ウ記載の解釈は、上記無効審判における原告の前記
(イ)、(ウ)記載の主張とも合致するものであるから、無効審判における原告の主張
に照らしても、上記解釈は妥当なものというべきである。
(3)ア 弁論の全趣旨によれば、被告製品においては、「タイミングベルト2
7」の凹部と「案内部材31a」との間に、幅約2.5㎜、高さ約0.2㎜の空間
と上辺約0.4㎜、下辺約0.7㎜、高さ約0.35㎜の台形の空間からなる略凸
形状をした空間があることが認められ、そして、「タイミングベルト27」の外側
から、この略凸形状の空間を通して、「吸引孔列」の方に向けて、横方向の空気流
が生ずることが認められる。
イ 本件においては、争点(2)アに関して、「吸引孔列」(構成b)が「スリ
ット」(構成要件B)に該当するかについて争いがあり、また、争点(2)イに関し
て、「案内路31」(構成b)が「ガイドレール」(構成要件B)に該当するかに
ついて争いがある。これらの争点に関し、仮に、原告主張のとおり、「吸引孔列」
が「スリット」に該当し、「案内路31」が「ガイドレール」に該当するとして
も、前記ア認定のとおり、「タイミングベルト27」の凹部と「案内部材31a」
との間の略凸形状の空間を通して、「吸引孔列」の方に向けて横方向の空気流が生
ずるから、被告製品における「タイミングベルト27」は、「吸引孔列」と「タイ
ミングベルト27」との間に空隙が存在しないように配置されたものではない。
そうすると、被告製品の「タイミングベルト27」(構成c)は、「搬
送用索条」(構成要件C)に該当するとは認められない。
(4)ア 原告は、作用効果に関連して、被告製品の「タイミングベルト27」の
凹部と「案内部材31a」の間の空間のうち台形の空間は、「心線支持凹み」と呼
ばれ、製造工程上当然に生じるものであり、また、その余の空間は設計上当然に設
けられるクリアランスにすぎず、何らかの効果を意図して積極的に形成されたもの
ではないから、それらの空間があっても、作用効果の不存在の根拠とはならない旨
主張する。
しかし、弁論の全趣旨によれば、被告製品の「タイミングベルト27」
の凹部と「案内部材31a」の間の空間は、偶然の結果として生じたものではな
く、少なくとも意図して設けられたものであり、被告製品に常に存在するものであ
ることが認められるから、被告製品は、客観的にみて、「吸引孔列」と「タイミン
グベルト27」との間に空隙が存在する構成となっている。したがって、被告製品
のこのような客観的な構成が本件特許発明の構成要件を充足するかが検討されるべ
きであり、それ以上に、被告がその空間を設けることについてどのような積極的な
効果を意図していたかということは、構成要件の充足性の判断とは関係がないもの
というべきである。
イ また、原告は、作用効果に関連して、被告製品は、「タイミングベルト
27」の凹部と「案内部材31a」の間の空間が存在しない場合と同様の十分な負
圧を有し、本件特許発明と同様の高い吸引効率を実現している旨主張する。
しかし、前記(2)ウ記載のとおり、本件特許発明の構成要件における「搬
送用索条」は、「スリット」と「搬送用索条」との間に空隙が存在しないように配
置されたものでなければならないから、被告製品が錠剤に対する高い吸引効率を実
現していたとしても、前記(3)ア認定のとおり、被告製品がそのような配置を採って
いない以上、被告製品の「タイミングベルト27」(構成c)は、「搬送用索条」
(構成要件C)に該当しないというべきである。
(5) したがって、被告製品の「タイミングベルト27」(構成c)は「搬送用
索条」(構成要件C)に該当せず、構成cは構成要件Cを充足しないから、その余
の点につき判断するまでもなく、被告製品は本件特許発明を文言上侵害しないとい
うべきである。
2 争点(4)(均等の成否)について
原告は、「スリット」(構成要件B)を「吸引孔列」(構成b)に置換した
ことによる均等を主張する。しかしながら、前記1で判断したとおり、被告製品の
「タイミングベルト27」(構成c)は、「搬送用索条」(構成要件C)に該当し
ないのであり、被告製品と本件特許発明の構成とは、「スリット」と「吸引孔列」
の異同の有無以外に、「タイミングベルト27」(構成c)と「搬送用索条」(構
成要件C)の点で異なっているのである。そうすると、「スリット」を「吸引孔
列」に置換したことによる均等の成否にかかわらず、被告製品は本件特許発明の技
術的範囲に属しないというべきである。
3 乙第45号証を証拠とすることの許否(時機に後れた攻撃防御方法か否か)
について
なお、争点(5)(明らかな無効理由の存否)ア(進歩性欠如)に関連して、乙
45公報が時機に後れて提出された攻撃又は防御の方法に該当するか否かについて
検討する。
乙45公報(発明の名称「煙草集積装置」)は、被告によって第6回口頭弁
論期日に提出されたが、原告は、その提出が時機に後れたものであるとして却下を
求めた(なお、同期日において口頭弁論を終結した。)ものである。しかるとこ
ろ、乙45公報は、国際特許分類のサブクラスがA24C(葉巻たばこまたは紙巻
たばこの製造機械)とされ、たばこに関する技術に分類されており、乙1-3公
報、乙7マイクロフィルム等が分類されているサブクラスB65G(運搬または貯
蔵装置)とされておらず、運搬等に関する技術に分類されていなかったことが認め
られる。このような事実に照らすと、一般的にいって本件特許の無効主張の証拠と
して乙45公報を発見することは、相当の困難があるものというべきであり、その
発見が遅れたことに、故意又は重大な過失があるとすることはできない(なお、前
記のとおり、乙45公報が提出された第6回口頭弁論期日に弁論を終結しており、
その提出によって訴訟の完結を遅延させることになったものでもない。)。したが
って、乙45公報は、時機に後れて提出された攻撃又は防御の方法に該当するとし
て却下すべきものではない。
4 結論
以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれ
も理由がないから、これを棄却する。
 大阪地方裁判所第21民事部
               裁判長裁判官   小   松   一   雄
裁判官   中   平       健
 裁判官大濱寿美は差支えのため署名押印できない。
               
               裁判長裁判官   小   松   一   雄
            物  件  目  録
第1 イ号物件
1(1) 図面の説明
第1図は、イ号物件(錠剤検査装置)の概略構成を示した正面図である。
第2図は、イ号物件に係る第2の搬送装置の正断面図である。
第3図は、イ号物件に係る第2の搬送装置の斜視図であり、第2図におけ
るⅠ-Ⅰ切断線で切断した斜視図である。
第4図は、イ号物件に係る第2の搬送装置のタイミングプーリ(駆動側)
を示した斜視図である。
第5図は、イ号物件に係る第2の搬送装置の一つの吸引孔の中心を通る断
面であって、かつタイミングベルト間の幅が吸引孔の直径と同一である場合におけ
る断面図であり、第4図における矢視Ⅱ-Ⅱ方向の断面図である。
第6図は、イ号物件に係る吸引孔とタイミングベルト間の幅との関係及び
吸引孔の列設状態を説明するための説明図である。
(2) 符号の説明
1・・・・錠剤検査装置
10・・・・錠剤検査部
11・・・・第1の搬送装置
12・・・・第1の撮像装置
20・・・・第2の搬送装置
21・・・・吸引室
22・・・・吸引ボックス
23・・・・ホルダ
24・・・・フランジ部材
25・・・・ガイド板
25a・・・橋渡し部分
25b・・・摺動外面
26・・・・ダクト
27・・・・タイミングベルト
27a・・・凹溝
28・・・・タイミングプーリ
29・・・・タイミングプーリ
30・・・・吸引孔
31・・・・案内路
31a・・・案内部材
32・・・・駆動モータ
33・・・・負圧源
35・・・・第2の撮像装置
40・・・・供給整列部
50・・・・投入搬送装置
n・・・・・錠剤
2 構成
① イ号物件(錠剤検査装置1)における錠剤検査部10は、錠剤nの上面を
吸引、吸着して搬送する第1の搬送装置11と、第1の搬送装置11によって搬送
される錠剤nを撮像する第1の撮像装置12と、搬送路上流端が第1の搬送装置1
1の搬送路下流端に対して対向するように配置され、第1の搬送装置11から受け
渡された錠剤nの下面を吸引、吸着して搬送する第2の搬送装置20と、第2の搬
送装置20によって搬送される錠剤nを撮像する第2の撮像装置35とを備える。
② 第1の搬送装置11と第2の搬送装置20とは同じく構成され、2列に列
設された吸気口たる多数の吸引孔30、各吸引孔30の列のそれぞれ両側に固設さ
れた角柱状の案内部材31a及び摺動外面25bからなる案内路31、並びに排気
用のダクト26を有する吸引室21と、各案内路31に個別に案内されて走行する
タイミングベルト27と、吸引孔30の列を挟んで設けられる2本のタイミングベ
ルト27、27によって形成される搬送路と、ダクト26に接続され、吸引室21
から空気を排気する負圧源33とを備える。
③ 吸引室21は、所定の内容積を有する吸引ボックス22と、吸引ボックス
22上に順次積設されたホルダ23、フランジ部材24、ガイド板25などから形
成され、内部の空気が、底部に設けられたダクト26から負圧源33によって排気
され、当該吸引室21内が負圧となる。
④ 最上部のガイド板25には、貫通孔たる吸引孔30が2列に列設され、各
吸引孔30の列を挟むようにこれに沿って、それぞれ2本の案内部材31aがガイ
ド板25上に固設されている。
⑤ 吸引孔30は、その周縁が、当該吸引孔30の列を挟んで設けられるタイ
ミングベルト27、27間の間隙幅Wを直径とした円上若しくはその外側に位置す
る大きさを有し(吸引孔30の列設方向における内寸法をDとすると、D≧W)、
隣接する吸引孔30、30間に形成された橋渡し部分25aの、列設方向における
長さLは、間隙幅W以下に設定されている(L≦W)。言い換えれば、吸引孔30
の列設方向における内寸法Dは、橋渡し部分25aの長さL以上の寸法となってい
る(D≧L)。
⑥ 各案内部材31aは、タイミングベルト27の走行を案内するものであ
り、環状のタイミングベルト27の内周面に周方向に沿って形成された一条の凹溝
27aが案内部材31aと係合する。
⑦ タイミングベルト27は歯付きベルトからなり、吸引室21を挟んで配置
されるとともに歯付きのタイミングプーリ28とタイミングプーリ29とに掛け渡
され、タイミングベルト27の歯部とタイミングプーリ28及びタイミングプーリ
29の歯部とが噛合している。タイミングプーリ28は駆動モータ32によって回
転駆動され、タイミングベルト27はタイミングプーリ28によって回動せしめら
れて、その回動往路側が案内部材31aにまたがりつつ吸引室21の外面上(即
ち、ガイド板25の外面25b上)を摺動、走行し、回動復路側が吸引室21内を
走行する。
⑧ 吸引室21内が負圧になると、外気が、吸引孔30の列を挟んで配置され
る2本のタイミングベルト27、27間を通り当該吸引孔30に吸気されて、タイ
ミングベルト27、27間及び案内路31、31間が負圧となり、錠剤nがタイミ
ングベルト27、27に吸着され、搬送される。即ち、この2本のタイミングベル
ト27、27によって搬送路が形成される。
⑨ 錠剤検査部10は、上下面が凸面をなすものを含む錠剤nを検査対象とし
ている。
⑩ イ号物件たる錠剤検査装置1は、錠剤検査部10の上流側に供給整列部4
0及び投入搬送装置50を備える。供給整列部40は、錠剤nを2列に整列して供
給する装置であり、この供給整列部40によって2列に整列された錠剤nが、投入
搬送装置50を経て錠剤検査部10に投入され、当該錠剤検査部10によって検査
される。
⑪ なお、錠剤検査部10には、1列に列設された吸引孔30の列と、その両
側に設けた1対の案内路31、31と、各案内路31、31にそれぞれ係合する1
対のタイミングベルト27、27とを1組として、これを1組設けたもの、あるい
は、3組以上を複列に並設したものも含まれる。この場合、供給整列部40は、設
けられる組数に対応し錠剤nを単列若しくは3列以上に整列して供給するように構
成される。
第2 ロ号物件
1(1) 図面の説明
第7図及び第8図は、ロ号物件に係る第2の搬送装置の一つの吸引孔の中
心を通る断面における断面図であり、第4図における矢視Ⅱ-Ⅱ方向と同方向の断
面図である。
(2) 符号の説明
25′・・・ガイド板部
27′・・・タイミングベルト
27″・・・タイミングベルト
31′・・・案内路
2 構成
① ロ号物件に係る錠剤検査装置は、イ号物件のホルダ23、フランジ部材2
4、ガイド板25及び案内路31を一体に成して、案内路31′を有するガイド板
部25′とするとともに、タイミングベルト27′、27″の形状をイ号物件のタ
イミングベルト27とは異なる形状に変更したものであり、その他の構成は、イ号
物件と同一である。
② ロ号物件に係るタイミングベルトには2つのタイプがあり、その一つのタ
イミングベルト27′は、相対峙する側と反対側の肩部(上側の角部)が長手方向
に沿って切り落とされた形状となっている。
③ 他の一つのタイミングベルト27″は、相対峙する側及び非対峙側の肩部
(上側の両角部)が長手方向に沿って切り落とされた形状となっている。
(別紙)
第1図第2図第3図第4図第5図第6図第7図第8図

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