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平成19年3月29日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成18年(ワ)第4183号職務発明の対価請求事件
口頭弁論終結の日平成19年2月5日
判決
原告P1
訴訟代理人弁護士筒井豊
被告グンゼ株式会社
訴訟代理人弁護士畑郁夫
同金井美智子
同重冨貴光
同藤本英二
同佐藤俊
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,5000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平
成18年5月4日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告ないし被告に合併された新大阪造機株式会社(以下「新大阪造
機」という。)の従業員であった原告が,新大阪造機に対し,同社に在職中にし
た職務発明ないし職務考案(以下「職務発明等」という。)に係る特許ないし実
用新案登録を受ける権利(以下「特許等を受ける権利」という。)を譲渡したと
して,合併により新大阪造機から上記権利及びその譲渡に係る相当対価の支払義
務を承継した被告に対し,特許法35条3項,実用新案法11条3項に基づき,
上記各譲渡に対する相当対価及び弁済期後である訴状送達の日の翌日から支払済
みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
第3前提となる事実(次の事実は,当事者間に争いがないか,末尾記載の証拠等に
より認められる。)
1当事者
(1)原告
原告は,昭和46年,新大阪造機に就職し,新大阪造機が被告に合併された
後は,雇用契約を承継した被告に勤務し,平成17年9月20日に被告を退職
した。
(2)被告
被告は,衣料品及び繊維原料の製造・加工・販売その他の事業を営む株式会
社である。被告と新大阪造機は,平成元年11月30日,被告を存続会社とし
て合併した(以下「本件合併」という。)。
2特許及び実用新案登録(以下「特許等」という。)
次の特許等について,被告は,特許権者ないし実用新案権者であるか,あった
もの(抹消登録されているものにつき)である(以下,その特許等を順に「本件
特許1」,「本件特許2」,「本件特許3」,「本件特許4」,「本件実用新案
登録」といい,これらを併せて「本件特許等」という。また,その特許発明ない
し考案を順に「本件発明1」,「本件発明2」,「本件発明3」,「本件発明
4」,「本件考案」といい,これらを併せて「本件発明等」という。)。
原告は,本件特許等の特許公報ないし実用新案公報において,発明者又は共同
発明者ないし共同考案者として氏名が記載されている。新大阪造機は,本件発明
等の発明者ないし考案者(以下「発明者等」という。)から,本件発明等に係る
特許等を受ける権利(以下「本件特許等を受ける権利」という。)を承継し,そ
の後出願を行ったものであり,被告は,本件合併により,新大阪造機から,これ
らの権利(本件特許1については登録後の特許権)を承継したものである。
(1)本件特許1
発明の名称折丁結束前処理装置
出願日昭和58年1月10日(特願昭58−2483)
登録日平成元年10月12日
特許番号特許第1522317号
特許請求の範囲別紙「特許権及び実用新案権目録」記載1(1)のとおり
抹消登録日平成15年9月24日
(2)本件特許2
発明の名称折丁結束前処理装置
出願日昭和62年1月7日(特願昭62−2035)
登録日平成7年7月28日
特許番号特許第1952907号
特許請求の範囲別紙「特許権及び実用新案権目録」記載1(2)のとおり
抹消登録日平成17年5月18日
(3)本件特許3
発明の名称折丁結束前処理装置
出願日昭和61年2月17日(特願平4−290014)
分割の表示特願昭61−32649の分割
登録日平成8年2月26日
特許番号特許第2025996号
特許請求の範囲別紙「特許権及び実用新案権目録」記載1(3)のとおり
(4)本件特許4
発明の名称折丁結束前処理装置
出願日昭和61年2月17日(特願平6−086105)
分割の表示特願昭61−32649の分割
登録日平成9年2月27日
特許番号特許第2614591号
特許請求の範囲別紙「特許権及び実用新案権目録」記載1(4)のとおり
(5)本件考案
考案の名称折り帖ターンテーブル
出願日昭和61年2月17日(実願昭61−21128)
登録日平成6年8月4日
実用新案登録番号実用新案登録第2027905号
実用新案登録請求別紙「特許権及び実用新案権目録」記載2のとおり
の範囲
抹消登録日平成13年5月2日
3本件発明等の実施
新大阪造機ないし被告は,本件発明等をいずれも本件特許等の各登録時までに
実施している。
4職務発明等に関する規程
(1)被告における職務発明等に関する規程
ア職務発明取扱規程と発明考案奨励規程
被告には,昭和35年4月1日制定の職務発明取扱規程及び昭和37年1
2月1日制定の発明考案奨励規程がある。(制定年月日につき乙1の1・2。
以下,併せて「被告の規程」ということがある。)
イ職務発明取扱規程の改正経過
職務発明取扱規程は,平成元年10月1日,平成10年10月1日,平成
14年10月1日,平成17年4月1日,同年10月1日にそれぞれ改正さ
れた。(以下,平成元年10月1日の改正により改正された職務発明取扱規
程を「元年取扱規程」,平成10年10月1日の改正により改正された職務
発明取扱規程を「10年取扱規程」という。)
ウ発明考案奨励規程の改正経過
発明考案奨励規程は,平成元年10月1日,平成10年10月1日,平成
14年10月1日にそれぞれ改正された。(以下,平成元年10月1日の改
正により改正された発明考案奨励規程を「元年奨励規程」,平成10年10
月1日の改正により改正された発明考案奨励規程を「10年奨励規程」とい
う。また,元年取扱規程と元年奨励規程を併せて「元年規程」,10年取扱
規程と10年奨励規程を併せて「10年規程」という)
(2)元年取扱規程
元年取扱規程には,次の規定がある。なお,実績補償金についての規定はな
い。また,改正前にされた職務発明等について改正後の規程の適用を除外する
旨の定めもない。(乙1の1)
第1章総則
第1条(目的)
この規程は会社の業務範囲に属し,従業員のなしたものであって,かつ
特許法,実用新案法,意匠法に基づく発明,考案および創作(以下発明と
いう)の取扱い並びにその補償金を定めることにより,従業員に発明を奨
励し,もって独占技術に基づく会社の競争力を強化するとともに会社の発
展に資することを目的とする。
〔第2条,第3条,第2章・第4条ないし第10条は省略〕
第3章補償
第11条(出願補償金)
会社は従業員から承継した発明を登録出願したときは,その発明者に対
して次の出願補償金を支払う。
(1)特許出願1件2000円
(2)実用新案登録出願1件1000円
(3)意匠登録出願1件1000円
2前項の規定による出願補償金は分割又は変更した出願に対しては支払わ
ない。
〔3項以下は省略〕
第12条(登録補償金)
会社が承継した発明若しくは実施する発明が工業所有権として登録され
たときは,発明考案審査委員会において,その発明により会社が受けるべ
き利益の額及びその発明がされるについて,会社が貢献した程度を審査し,
社長の決定により,下記の区分に従って発明者に登録補償金を支払う。
ただし意匠権が類似意匠である場合は本意匠とあわせ,分割出願の場合
は原出願による権利とあわせて,夫々1件とみなし登録補償金を支払う。
尚外国出願による工業所有権に対しては,原則として払わない。
推定効果
ランク登録補償金
有形無形
11億円/年以上非常に効果がある100,000円以上
25千万円/年以上相当に効果がある50,000円以上
31千万円/年以上かなり効果がある30,000円以上
4100万円/年以上効果がある10,000円以上
5100万円/年以下効果が認められる2,000円以上
〔第13条ないし第15条は省略〕
第16条(功労金の支給)
会社は実施効果が特に顕著であり,会社の業績に著しく寄与したと認め
た発明に対しては,関係所属長の申請にもとづき,発明考案審査委員会の
審議を経て社長の決定により,発明者に功労金を支給する。
〔2項は省略〕
〔第4章・第17条以下は省略〕
附則
〔第1条,第2条は省略〕
第3条(規程の実施)
〔1項ないし4項は省略〕
5この規程は,1989年10月1日から改正実施する。
(3)元年奨励規程
元年奨励規程には,次の規定がある。なお,改正前にされた職務発明等につ
いて改正後の規程の適用を除外する旨の定めはない。(乙1の2)
第1条(目的)
この規程は従業員が会社の業務に関し,発明及び考案をすることを奨励
するため,従業員の成した発明考案の取扱いについて規定する。
〔第2条ないし第8条は省略〕
第9条(賞状及び賞金)
社長は審査の都度,有効と認めた発明考案に対して次の等級に従って賞
金及び3等以上には賞状を授与する。
特等100,000円以上
1等80,000円
2等50,000円
3等30,000円
4等8,000円
5等4,000円
第10条(追賞)
一度受賞した発明考案が長期に亘る実施の結果,更にその結果が顕著で
あると認めたものに対しては所属長の申請に基づき,委員会の審査を経て
社長の決定により追賞することができる。
〔第11条以下は省略〕
附則
〔第1条,第2条は省略〕
第3条(規程の実施)
〔1項ないし5項は省略〕
6この規程は,1989年10月1日から改正実施する。
(4)10年取扱規程
10年取扱規程には,次の規定がある。なお,改正前にされた職務発明等に
ついて改正後の規程の適用を除外する旨の定めはない。(乙2の1)
第1章総則
第1条(目的)
この規程は,グンゼ株式会社(以下,会社という)の業務範囲に属し従
業員のなしたものであって,かつ特許法,実用新案法,意匠法,種苗法に
基づく発明,考案,創作及び育成品種(以下発明という)の取扱い並びに
その補償金を定めることにより,従業員に発明を奨励し,もって独占技術
に基づく会社の競争力を強化するとともに会社の発展に資することを目的
とする。
〔第1条2項,第2条,第3条,第2章・第4条ないし第10条は省略〕
第3章補償
第11条(出願補償金)
会社は,従業員から承継した発明を出願したときは,その発明者に対し
て次の出願補償金を支払う。
(1)特許出願1件4,000円
(2)実用新案登録出願1件2,000円
(3)意匠登録出願1件2,000円
(4)品種登録出願1件4,000円
(5)(準用基準)1件4,000円
2前項の規定による出願補償金が支払われた後,分割,変更又は国内優先
等の手続が行われた出願に対しては支払わない。
〔3項以下は省略〕
第12条(登録補償金)
会社が承継した発明が工業所有権として登録されたときは,下記の区分
に従って発明者に登録補償金を支払う。
(1)特許権1件5,000円
(2)意匠権1件3,000円
(3)品種登録願1件5,000円
2意匠権が類似意匠である場合は本意匠に合併し,又分割出願の場合は原
出願による権利に合併し,それぞれ1件とみなして登録補償金を支払う。
尚国内出願を基礎にする外国出願による工業所有権に対しては,原則と
して払わない。
第13条(実績補償金)
会社は,工業所有権として登録され,かつ現在実施中もしくは過去に実
施したことのある発明に対し,発明考案審査委員会において,会社が受け
るべき利益額(有形,無形)及びその発明の効果を審査し,社長の決定に
より下記の区分に従い,発明者に実績補償金を支払う。
2実績補償金の査定は登録時以降とし,原則として一回限りの実績補償と
する。
3実績補償の対象は,例えば基本特許に対する周辺発明の如く,関連する
発明若しくは同一の範疇に属すると思われる発明は,1件として取り扱う
ものとする。
4実施効果が特に顕著であり,会社の業績に著しく寄与したと認められる
場合は,関係所属長の申請に基づき発明考案審査委員会の審議を経て社長
の決定により追加補償金を支給することができる。
〔5項は省略〕
基準推定効果(百万円/年以上)
ランク実績補償金
有形無形(円以上)
1利益100非常に効果がある200,000
又は限利500
又は売上3,000
2利益50相当に効果がある100,000
又は限利250
又は売上1,500
3利益10かなり効果がある30,000
又は限利50
又は売上300
4利益1効果が認められる10,000
又は限利5
又は売上30
〔第14条ないし第17条,第4章・第18条は省略〕
附則
〔第1条,第2条は省略〕
第3条(規程の実施)
〔1項ないし5項は省略〕
6この規程は,1998年10月1日から改正実施する。
(5)10年奨励規程
10年奨励規程には,次の規定がある。なお,改正前にされた職務発明等に
ついて改正後の規程の適用を除外する旨の定めはない。(乙2の2)
第1条(目的)
この規程は,従業員が会社の業務に関し,発明,考案,創作,新規な種
苗育成及びコンピュータプログラム,半導体集積回路の回路配置等を創作
することを奨励するため,職務発明取扱規程に基づき従業員の成した発明
考案の表彰について規定する。
〔第2条ないし第7条は省略〕
第8条(賞状及び賞金)
社長は審査の結果,有効と認めた発明考案に対して下記の等級区分に従
って3等以上の受賞者に賞状及び賞金を授与する。
但し,4等,5等については委員長より通知し,事務局より賞金を支払
う。
特等100,000円以上
1等80,000円
2等50,000円
3等30,000円
4等8,000円
5等4,000円
第9条(追賞)
受賞済の発明考案が長期に亘る実施の結果,更にその効果が顕著である
と認めたものに対しては所属長の申請に基づき,委員会の審査を経て社長
の決定により追賞を受けることができる。
〔第10条は省略〕
附則
〔第1条,第2条は省略〕
第3条(規程の実施)
〔1項ないし6項は省略〕
7この規程は,1998年10月1日から改正実施する。
(6)本件に適用される被告の規程
少なくとも本件においては,本件発明等に係る職務発明等について,元年規
程以降の被告の規程の適用がある。
(7)新大阪造機における職務発明等に関する規定
新大阪造機が,本件発明等についてその発明者等から特許等を受ける権利
(以下「本件特許等を受ける権利」という。)を承継した当時,新大阪造機に
は,昭和59年8月21日改正実施の職務褒賞内規(乙7),昭和62年1月
21日改正実施の提案制度取扱規程(乙8)は存在したものの,いずれも特許
等を受ける権利の譲渡の対価の支払時期を定めたものではなく,これを定めた
勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)は存在しなかった。
(弁論の全趣旨)
5特等賞の授与
原告は,平成3年2月20日,「発明考案奨励規程」により,原告の発明した
「スタッカーバンドラー刷本集積装置他」について,被告から特等賞及び報奨金
10万円を授与された。(甲11)
6本件訴訟の提起
原告は,平成18年4月25日,本件訴訟を提起した。(訴訟上顕著な事実)
7時効の援用
被告は,原告に対し,平成18年6月8日の本件第1回口頭弁論期日において,
原告の本件特許等を受ける権利の譲渡に対する相当対価の支払請求権(以下「本
件対価請求権」という。)につき,消滅時効を援用するとの意思表示をした。
第4争点
1本件対価請求権の発生の有無及びその額(争点1)
2本件対価請求権の消滅時効の成否(争点2)
第5争点に対する当事者の主張
1本件対価請求権の発生の有無及びその額(争点1)
(1)原告の主張
ア発明ないし考案(以下「発明等」という。)
原告は,新大阪造機に勤務していた当時,2,3人のスタッフの中心とな
って印刷関連機械の設計業務に専念し,スタッカーバンドラーについて本件
発明等を発明ないし考案した。
原告は,新大阪造機が本件発明1の実施品であるスタッカーバンドラーの
製造販売を開始したときから昭和63年12月に病気により休職するまで,
客先との交渉,仕様の決定,改善検討,設計業務の総まとめ,設計図の出図
日程管理,装置のトラブル対応等をすべて担当した。被告において,原告が
前記第3の5記載の特等賞を受賞した以前に,特等賞を受賞した者は1名し
かおらず,上記特等賞の受賞は,原告による本件発明等の被告の業績に対す
る貢献度について被告が極めて高く評価していたことを示している。
イ特許等を受ける権利の承継
本件発明等は,いずれも特許法35条,実用新案法11条3項(以下,特
許法35条について言及する場合は,実用新案法11条3項により準用され
る職務考案も含む。)の職務発明等であり,原告は,本件特許等の出願時ま
でに,本件特許等を受ける権利を新大阪造機に譲渡した。被告は,本件合併
により,新大阪造機から本件特許等を受ける権利を承継した。
ウ独占の利益
新大阪造機及び被告において,本件発明等に係るスタッカーバンドラー装
置の製造販売の事業は,非常に好調に推移しており,現在までに少なくとも
1500台以上が販売されたと推測され,当業界における被告のシェアは,
現在まで概ね95パーセントを占めていると推測される。
被告が平成7年度から平成16年度までに製造販売した本件発明等の実施
品であるスタッカーバンドラー装置は,概ね400台であり,1台当たりの
販売価格は概ね3000万円で,総販売価格は120億円である。上記製造
販売により被告が得た独占の利益は,上記総販売価格の4パーセントを下る
ことはない。なお,被告は,平成14年3月ころ,本件特許4に係る特許権
の侵害を理由として第三者との間で和解契約をし,特許侵害に対する実質的
な損害賠償にあたる和解金として約3500万円の支払を受けたことがあり,
同和解金は本件発明等により被告が受けた独占の利益に相当する。
被告が上記の独占の利益を得るのに,本件特許等が寄与した割合は,当該
利益の30パーセントをくだらない。
エ相当対価の額
以上より,原告は,被告に対し,特許法35条3項に基づき,本件特許等
を受ける権利の譲渡の相当対価(以下「本件相当対価」という。)として1
億4400万円の支払を請求できる。
(2)被告の主張
争う。
2本件対価請求権の消滅時効の成否(争点2)
(1)被告の主張
ア本件対価請求権の消滅時効の起算点
元年取扱規程12条本文は,登録補償金について規定しているところ,同
規定は,最高裁平成15年4月22日判決の「勤務規則等の定めによる支払
時期」の定めにあたる。
したがって,本件発明等に係る職務発明等に元年規程以降の被告の規程が
適用されることを前提とすると,本件発明等はすべて本件特許等の登録以前
から実施されているので,本件対価請求権の消滅時効の起算点は,それぞれ
本件特許等に係る特許権ないし実用新案権の設定登録がされた時点となる。
また,元年取扱規程12条ただし書は,分割出願の場合は原出願と1件と
みなして登録補償金を支払うと規定しているので,分割出願の場合は,原出
願の登録時が本件対価請求権の消滅時効の起算点となる。
イ本件発明等の具体的な消滅時効の起算日
(ア)本件特許1
本件特許1は,平成元年10月12日に登録されているので,本件特許
1に係る職務発明対価請求権の消滅時効の起算日は,同月13日である。
(イ)本件特許2
本件特許2は,平成7年7月28日に登録されているので,本件特許2
に係る職務発明対価請求権の消滅時効の起算日は,同月29日である。
(ウ)本件特許3及び本件特許4
本件特許3及び本件特許4は,いずれも特願昭61−32649の分割
出願であり,原出願である特願昭61−32649は,特許第19433
63号として,平成7年6月23日に登録されている。したがって,本件
特許3及び本件特許4に係る職務発明対価請求権の消滅時効の起算日は,
同月24日である。
(エ)本件実用新案登録
本件実用新案登録は,平成6年8月4日に登録されているので,本件実
用新案登録に係る職務考案対価請求権の消滅時効の起算日は,同月5日で
ある。
ウ功労金の規定と本件対価請求権との関係
元年取扱規程16条には功労金の規定があるが,功労金は,「実施効果が
特に顕著であり,会社の業績に著しく寄与した」と被告が認めた発明等に対
して被告側の意思で設権的ないし恩恵的に支給されるものであって,登録補
償金のように,職務発明等をした発明者が権利として使用者等に当然請求し
うるものとは法的性質が異なる。したがって,上記規定は,特許法35条3
項により従業者等に認められた法定の請求権である職務発明等の対価請求権
に関する規定ではなく,これをもって,職務発明等の対価請求権についての
「勤務規則等の定めによる支払時期」の定めであるとして,同時期が登録時
より後の時点になることはない。
エ時効中断事由の有無
被告は,平成3年2月20日に,原告に対して10万円の支払をしている
が,仮に,同金額が本件相当対価の額に満たないものであるとしても,当該
10万円の支払は,本件相当対価の額に満たないことを知りつつされたもの
ではないので,その支払は時効の中断事由である「承認」(民法147条3
項)にはあたらない。
オ原告の主張について
原告は,10年取扱規程において,実績補償金を支払う旨の規定が新設さ
れたことにより,本件相当対価の最後の支払時期を延長する法的効果が発生
したと主張する。
しかし,元年取扱規程の「登録補償金」は,いずれも発明等の実施及び実
施による実績を対価支払の要件とはせず,登録だけを要件とし,発明等によ
る「推定効果」のランクに応じて補償金を支払うという内容であるところ,
10年取扱規程の「実績補償金」も同じ内容であり,両者の違いは,単に支
払金額について見直しをした点にすぎない。また,元年取扱規程の「功労
金」は,実施効果が顕著な場合に支払うという面をみれば,10年取扱規程
の「追加補償金」と本質的に同じ性質を有する。したがって,10年取扱規
程は,新たな対価請求権を新設するものではない。そして,10年取扱規程
によっても,本件相当対価の支払時期は,本件特許等の各登録時である。
よって,元年取扱規程が改正されても,本件相当対価の最後の支払時期を
延長する法的効果は発生しない。
(2)原告の主張
ア勤務規則等の改正と対価請求権の消滅時効の起算点
(ア)使用者である被告が定める勤務規則等に対価の支払時期の定めがある
場合は,その支払時期が職務発明等の対価請求権の消滅時効の起算点とな
る。
経過規定が設けられることなく勤務規則等が改正された場合,規定の文
言上,改正後の勤務規則等が改正前にされた職務発明等に適用されないこ
とが明らかな場合を除き,改正後の勤務規則等は,改正前に特許出願等が
された職務発明等にも適用される。そして,勤務規則等の改正により,相
当対価の名目,額,支払時期等に関して実質的な変更がされている場合は,
従業者等に対して新たな相当対価を受ける権利を付与するものとして,相
当対価の支払時期を延長する法的効果が生じる。
(イ)原告が本件発明等を発明ないし考案した当時,新大阪造機には,職務
発明等に係る特許を受ける権利等の承継,その対価の額,支払時期等に関
する勤務規則等の規定は存在せず,本件対価請求権の消滅時効の起算点は,
各出願日であった。しかし,本件合併により,原告が本件合併前にした職
務発明等についても,元年規程以降の被告の規程が適用されることとなり,
その結果,本件対価請求権の消滅時効の起算点は,本件特許等の設定登録
時(登録補償金の支払時期)となった。
このように,本件合併により元年規程が適用されるという法律事実の発
生により,本件対価請求権の消滅時効の起算点は,本件合併前は本件発明
等の各出願時であったものが,本件合併後は本件発明等の各設定登録時と
なり,出願日より後の日に繰り下がった。とすれば,同様に,10年取扱
規程が改正実施されたことにより,同規程により新設された実績補償金の
支払時期まで,本件対価請求権の最後の支払時期は繰り下がると解するべ
きである。
(ウ)現に,被告は,元年取扱規程の適用により本件対価請求権の支払時期
は本件発明等の各設定登録時であると主張しているが,これは,新たな規
程の適用により,消滅時効の起算点が後の日に繰り下がることを承認した
ものである。
(エ)そして,使用者等は,改正後の勤務規則等が適用される対象として,
改正前に特許出願等がされた職務発明等を除外する旨の経過規定を置くこ
とが可能であるにもかかわらず,あえてそのような措置をとらなかったの
であるから,上記のとおり考えることは不合理ではない。
イ本件対価請求権の消滅時効の起算点
元年取扱規程によれば,本件相当対価の最後の支払時期は,本件特許等の
各登録日である。
10年取扱規程の改正実施時において,本件対価請求権は,元年取扱規程
の適用による消滅時効が完成していなかったところ,10年取扱規程は,出
願補償金,登録補償金に加えて実績補償金,追加補償金を新設した。同規程
の実績補償金,追加補償金は,本件対価請求権にも適用されるので,原告は,
同規程の実施により,本件相当対価の一部である実績補償金及び追加補償金
の支払を受ける権利を付与されたこととなる。
原告が,10年取扱規程に基づいて,同規程により新設された本件発明等
の実績補償金の支払を請求できるのは,同規程が改正実施された平成10年
10月1日以降であるから,同規程の改正実施は,本件相当対価の最後の支
払時期を少なくとも同日まで延長する法的効果を生じる。
よって,本件対価請求権の消滅時効の起算点は,早くても平成10年10
月1日である。
ウ被告の主張について
被告は,次の主張を前提として,10年取扱規程に改正されても,本件相
当対価の最後の支払時期を延長する法的効果は発生しないと主張するが,次
のとおり誤りである。
(ア)被告は,元年取扱規程の「登録補償金」は,発明等による「推定効
果」のランクに応じて補償金を支払うという内容において,10年取扱規
程の「実績補償金」と同じであると主張する。
しかし,両者は,名目も金額も同じではない。また,元年取扱規程の登
録補償金は,登録時に当該職務発明等により被告が受ける利益の額等を推
定し,その推定効果のランクにより金額が決定されるのに対し,10年取
扱規程の実績補償金は,被告が現在実施し又は過去に実施したことのある
職務発明等について被告が受ける利益額(有形・無形)及び発明等の効果
を審査して,より実績額に近い推定効果のランクにより金額が決定される。
そして,各規定の表中の推定効果ないし基準推定効果と補償金の区分をみ
ても,各区分の内容,ランク数も異なるし,実績補償金の区分は,利益,
限利又は売上を有形の推定効果の基準として挙げるなど,より実績に近い
推定効果を基準としている。
このように元年取扱規程の登録補償金と10年取扱規程の実績補償金は
性質が異なる。現に,10年取扱規程の付則には,元年取扱規程の登録補
償金の支払を受けた発明者等に,10年取扱規程の実績補償金を支払わな
いこと等を定めた経過規定はない。
(イ)次に,被告は,元年取扱規程の功労金は,実施効果が特に顕著であり,
会社の業績に著しく寄与した発明等につき補償金を支払うという点で,1
0年取扱規程の追加補償金と同じであると主張する。
しかし,10年取扱規程の追加補償金は実績補償金の支払を前提とする
点で,元年取扱規程の功労金と異なるし,両者は名目も異なる。また,そ
の金額の決定は被告の自由裁量に任されているので,両者が同じ性質を有
するか否かを判断することは不可能である。
(ウ)また,被告は,元年取扱規程の功労金は,同規程の登録補償金とは法
的性質が異なり,設権的ないし恩恵的なものであって,職務発明等の発明
者等が被告に当然に請求し得るものではないと主張する。
しかし,元年取扱規程12条本文と同規程16条とを比較すると,登録
補償金と功労金は,その支払要件は異なるが,いずれも発明考案審査委員
会の審査,審議を経て社長の決定により支払うことが定められており,規
定の形式からみれば,被告が主張するように,両者の法的性質が異なり,
功労金が設権的,恩恵的なものであるとはいえない。
第6当裁判所の判断
1まず,原告が本件発明等の発明者等として本件特許等を受ける権利を新大阪造
機に譲渡したことを前提として,本件対価請求権の消滅時効の成否(争点2)に
ついて判断する。
(1)相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点
従業者等が特許等を受ける権利を使用者等に承継させたときの相当の対価の
支払を受ける権利について,「勤務規則等に対価の支払時期が定められている
とき」は,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対
価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払
を求めることができない。したがって,勤務規則等に,使用者等が従業者等に
対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期
が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当
である(最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号4
77頁参照)。
(2)本件特許等を受ける権利の承継と勤務規則等の適用
本件においては,本件発明等は,新大阪造機の従業者等による職務発明であ
り,新大阪造機が本件発明等の発明者等から本件特許等を受ける権利を承継し
た当時,新大阪造機には,特許等を受ける権利の譲渡の対価の支払時期を定め
た勤務規則等は存在しなかったものの,新大阪造機の従業者等である本件発明
等の発明者等は,「契約,勤務規則その他の定め」(特許法35条3項)によ
り,本件特許等を受ける権利を使用者等である新大阪造機に承継させ,相当の
対価の支払を受ける権利を取得したと推認される。その後,前記第3の2のと
おり,被告は,本件合併により,新大阪造機から本件特許等を受ける権利及び
本件発明等の発明者等に対し相当の対価を支払う義務を承継した。そして,本
件合併後は,前記第3の4(6)のとおり,少なくとも本件においては,本件発
明等に係る職務発明等に,元年規程以降の被告の規程の適用がある。
(3)元年規程における相当の対価の支払時期の定め
ア元年取扱規程における相当の対価の支払に関する定め
元年規程の内容は,前記第3の4(2)及び(3)のとおりであり,元年取扱規
程11条は,「会社は従業員から承継した発明を登録出願をしたとき」に支
払われる出願補償金,同規程12条は,「会社が承継した発明若しくは実施
する発明が工業所有権として登録されたとき」に支払われる登録補償金につ
いて定めている。
出願補償金は,会社が従業員から承継した発明等について,従業者たる発
明者等に対し,その出願を前提として支払うものであり,登録補償金は,会
社が承継した発明等ないし実施する発明等について,従業者たる発明者等に
対し,その発明等の工業所有権としての登録を前提として支払うものであり,
両者はいずれも元年取扱規程の「第3章補償」の中に規定されているから,
上記各規定に定められた出願補償金及び登録補償金は,いずれも「従業者等
が職務発明等について使用者等に特許を受ける権利…を承継させ,又は使用
者等のため専用実施権を設定したとき」に有することとなる「相当の対価の
支払を受ける権利」(特許法35条3項)を行使して請求することのできる
相当対価の一部を構成するものである。
イ消滅時効の起算点(分割出願ではない場合)
上記各規定は,出願補償金及び登録補償金の支払時期について,それぞれ
出願時,登録時と定めるものであるから,元年規程の適用がある本件発明等
においては,「勤務規則等に対価の支払時期が定められているとき」に該当
し,各支払時期である出願時あるいは登録時が到来するまでの間,発明者等
たる従業者は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害が
あるものとして,その支払を求めることができない。したがって,相当対価
の支払を受ける権利の消滅時効の起算点は,出願補償金及び登録補償金のそ
れぞれに相当する部分は,それぞれの支払時期すなわち出願時及び登録時と
なる。
ウ消滅時効の起算点(分割出願の場合)
分割出願の場合は,出願補償金は,元年取扱規程11条2項によれば,分
割した出願に対しては支払われない。また,登録補償金は,同規程12条た
だし書にあるとおり,原出願とあわせて1件とみなして支払うとしている。
この意味は,10年取扱規程12条2項と同様に,分割出願の場合は原出願
に合併(併合)して1件とみなして登録補償金を支払うというものと解され
る。そうだとすると,本件対価請求権のうち登録補償金に相当する部分につ
いては,原出願の登録時が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算
点となる。
なお,仮に,元年取扱規程12条ただし書の趣旨を,分割出願に対しては,
登録補償金を全く支払わないとの趣旨とすれば,分割出願では,相当の対価
の支払時期が全く定められていないことになるから,相当の対価の支払を受
ける権利の行使につき法律上の障害はないことになる。したがって,その消
滅時効の起算点は,分割出願時である。
(4)10年規程における相当の対価の支払時期の定め
ア相当の対価の支払に関する定め
10年規程の内容は,前記第3の4(4)及び(5)のとおりであり,10年取
扱規程11条は,「会社は,従業員から承継した発明を登録出願したとき」
に支払われる出願補償金,同規程12条は,「会社が承継した発明が工業所
有権として登録がされたとき」に支払われる登録補償金,同規程13条は,
「工業所有権として登録され,かつ現在実施中もしくは過去に実施したこと
のある発明」に対して,審査,登録時以降の査定を経て支払われる実績補償
金について定めている。
出願補償金は,会社が従業員から承継した発明等について,従業者たる発
明者等に対し,その出願を前提として支払うものであり,登録補償金は,会
社が承継した発明等について,従業者たる発明者等に対し,その発明等の工
業所有権としての登録を前提として支払うものであり,実績補償金は,会社
が利益を受けた発明等について,従業者たる発明者等に対し,その発明等の
工業所有権としての登録及び会社による実施を前提として支払うものであり,
これらはいずれも10年取扱規程の「第3章補償」の中に規定されている
から,上記各規定に定められた出願補償金,登録補償金及び実績補償金は,
いずれも「従業者等が職務発明について使用者等に特許を受ける権利…を承
継させ…たとき」に有することとなる「相当の対価の支払を受ける権利」
(特許法35条3項)を行使して請求することのできる相当対価の一部を構
成する。
イ出願補償金及び登録補償金に各相当する部分の消滅時効の起算点
(ア)分割出願ではない場合
10年取扱規程は,出願補償金,登録補償金の各支払時期について,そ
れぞれ出願時,登録時と定めるから,10年規程の適用がある本件発明等
においては,「勤務規則等に対価の支払時期が定められているとき」に該
当し,各支払時期である出願時,登録時までの間,発明者等たる従業者は,
相当の対価の支払を受ける権利のうち,出願補償金,登録補償金,に相当
する部分の行使につきそれぞれ法律上の障害があるものとして,その支払
を求めることができない。したがって,相当対価の支払を受ける権利のう
ち,出願補償金,登録補償金に各相当する部分の消滅時効の起算点は,そ
れぞれ出願時,登録時となる。
(イ)分割出願の場合
分割出願の場合,出願補償金は,10年取扱規程11条2項によれば,
出願補償金が支払われた後に分割の手続が行われた出願については支払わ
れないとされている。したがって,出願補償金が支払われる前に分割の手
続がされた出願については,同規程11条1項により,分割された当該出
願がされたときに支払われることとなるから,そのときが,相当対価の支
払いを受ける権利のうち,出願補償金に相当する部分の消滅時効の起算点
となる。
分割出願の場合,登録補償金は,同規程12条2項にあるとおり,原出
願による権利に合併され,1件とみなされて登録補償金が支払われる。し
たがって,分割出願の場合,相当対価の支払を受ける権利のうち,登録補
償金に相当する部分の消滅時効の起算点は,原出願の登録時となる。
ウ実績補償金に相当する部分の消滅時効の起算点
実績補償金は,10年取扱規程13条3項によれば,「例えば基本特許に
対する周辺発明の如く,関連する発明若しくは,同一の範疇に属すると思わ
れる発明」は,1件として取り扱われる。この趣旨は,例えば,関連する発
明や同一の範疇に属すると思われる複数の発明のうち,一つの発明が実施さ
れかつ特許登録されたという要件を満たした場合は,その際に実績補償の対
象となるが,その後に他の発明が実施されかつ特許登録されたという要件を
満たしても,すでに実績補償については判断済みであるから,改めて実績補
償の検討対象とはしないというものと解される。したがって,実績補償金の
支払時期は,「関連する発明若しくは,同一の範疇に属すると思われる発
明」である限り,それらのいずれか一つが実施されかつ登録されたときとな
る。よって,実績補償金に相当する部分についての相当対価の支払を受ける
権利の消滅時効の起算点は,次のとおりとなる。
(ア)「関連する発明若しくは,同一の範疇に属すると思われる発明」に該
当する場合は,それらの発明のいずれか一つが実施されかつ登録されたと

(イ)「関連する発明若しくは,同一の範疇に属すると思われる発明」に該
当しない場合は,当該発明に係る実績補償金の支払時期,すなわち当該出
願に係る発明が実施されかつ登録されたとき
(5)本件における事実関係
これを本件発明等について具体的にみると,前記第3の2(1),(2),(5)及
び同3のとおり,本件発明1は平成元年10月12日,本件発明2は平成7年
7月28日,本件考案は平成6年8月4日にそれぞれ登録され,いずれも各登
録時までに実施されている。
また,前記第3の2(3),(4)のとおり,本件発明3及び4は,いずれも特願
昭61−32649の分割出願であるところ,①特願昭61−32649は,
特許第1943363号として平成7年6月23日に登録されていること,②
特願昭61−32649に係る発明について本件発明3,4に係る分割出願の
前に出願補償金は原告に対し支払われていないことがいずれも弁論の全趣旨に
より認められる。
(6)本件対価請求権の支払時期(元年規程を適用した場合)
元年規程を適用した場合,本件対価請求権の支払時期は,出願補償金に相当
する部分は各発明等に係る工業所有権の出願日,登録補償金に相当する部分は
登録日(本件発明3及び4については原出願に係る発明の工業所有権の出願日,
登録日)である。したがって,遅い方の支払時期となる登録日についてみると,
本件発明1が平成元年10月12日,本件発明2が平成7年7月28日,本件
発明3及び4が平成7年6月23日,本件考案が平成6年8月4日である。
なお,仮に,元年取扱規程12条ただし書の趣旨を,分割出願に対しては,
登録補償金を全く支払わないとの趣旨と解釈した場合(前記(3)ウ参照),本
件発明3及び4に係る本件対価請求権の支払時期は,いずれも分割出願時であ
る昭和61年2月17日となり,上記時期より更に早まる。したがって,以下
に検討するとおり,本件発明3及び4に係る本件対価請求権は,その支払時期
を平成7年6月23日とした場合にさえ,時効により消滅している以上,元年
取扱規程12条ただし書の趣旨を,分割出願に対しては登録補償金を全く支払
わないとの趣旨と解釈した場合でも,結論は変わらないこととなる。
(7)本件対価請求権の支払時期(10年規程を適用した場合)
ア出願補償金及び登録補償金に相当する部分について
10年規程を適用した場合,本件対価請求権の支払時期は,出願補償金に
相当する部分は各発明等に係る工業所有権の出願日,登録補償金に相当する
部分は登録日(本件発明3及び4については,その工業所有権の出願日,原
出願に係る発明の工業所有権の登録日)である。したがって,遅い方の支払
時期となる登録日についてみると,元年規程を適用した場合と同じである。
イ実績補償金に相当する部分について
(ア)10年取扱規程の改正実施前
10年取扱規程が改正実施されるまでは,実績補償金の支払に関する規
定は存在せず,本件対価請求権の支払時期として勤務規則等に定められて
いる最も遅い時期は,前述のとおり,元年取扱規程により,本件特許等の
登録日(本件発明3及び4については,原出願に係る発明の工業所有権の
登録日)であった。したがって,本件対価請求権のうち実績補償金に相当
する部分については,「勤務規則等に対価の支払時期が定められていると
き」には該当せず,対価請求権を行使する上で法律上の障害はなかったか
ら,原告は,本件特許等を受ける権利を譲渡した時点,あるいは遅くとも
本件特許等の登録時点(本件発明3及び4については原出願に係る特許の
登録日),具体的には,本件発明1は平成元年10月12日,本件発明2
は平成7年7月28日,本件発明3及び4は平成7年6月23日,本件考
案は平成6年8月4日において,その支払を求めることができたというべ
きである。
そうだとすれば,本件対価請求権のうち実績補償金に相当する部分につ
いては,10年取扱規程の改正実施前に支払時期が到来し,権利行使が可
能となるのであり,その消滅時効が進行している最中に10年取扱規程が
改正実施されるという関係になり,同改正実施後は,同規程13条1項に
従って支払時期が定められることとなる。
(イ)10年取扱規程の改正実施後(本件発明1,2及び本件考案)
10年取扱規程13条1項による支払時期は,本件発明1,2及び本件
考案については,当該発明等が実施されかつその工業所有権が登録された
ときである。そして,本件特許等はすべてその登録前に実施されている本
件においては,10年取扱規程に従った実績補償金の支払時期は,遅くと
も各発明等の工業所有権の登録時となる。
(ウ)10年取扱規程の改正実施後(本件発明3,4)
本件発明3,4がいずれもその特許登録までに実施されている本件にお
いては,本件発明3,4の実績補償金の支払時期は,次のとおりとなる。
これらの日はいずれも10年取扱規程の改正実施日(平成10年10月1
日)より前に到来する日である。
a本件発明3,4が原出願に係る発明と併せて全体で「関連する発明若
しくは,同一の範疇に属すると思われる発明」である場合,本件発明3,
4の実績補償金の支払時期は,a)原出願に係る発明の実施日又はその特
許の登録日(平成7年6月23日)のうちのいずれか遅い方の日と,b)
本件発明3が実施されかつ登録された平成8年2月26日のうち,いず
れか早い方の日(したがって,最も遅くとも平成8年2月26日)であ
る。
b本件発明3,4が「関連する発明若しくは,同一の範疇に属すると思
われる発明」である場合,本件発明3,4の実績補償金の支払時期は,
本件発明3,4のいずれか一つの発明が,実施されかつ工業所有権が登
録されたとき,すなわち,本件発明3の登録日である平成8年2月26
日である。
c本件発明3と原出願に係る発明とが,「関連する発明若しくは,同一
の範疇に属すると思われる発明」である場合,本件発明3の実績補償金
の支払時期は,a)原出願に係る発明の実施日又はその特許の登録日(平
成7年6月23日)のうちのいずれか遅い方とb)本件発明3が実施され
かつ登録された平成8年2月26日のうち,いずれか早い方の日(した
がって,最も遅くとも平成8年2月26日)である。
d本件発明4と原出願に係る発明とが,「関連する発明若しくは,同一
の範疇に属すると思われる発明」である場合,本件発明4の実績補償金
の支払時期は,a)原出願に係る発明の実施日又はその特許の登録日(平
成7年6月23日)のうちのいずれか遅い方とb)本件発明4が実施され
かつ登録された平成9年2月27日のうち,いずれか早い方の日(した
がって,最も遅くとも平成9年2月27日)である。
e本件発明3,4が,「関連する発明若しくは,同一の範疇に属すると
思われる発明」ではなく,かつ,そのいずれもが,原出願に係る発明と
「関連する発明若しくは,同一の範疇に属すると思われる発明」ではな
い場合,本件発明3の実績補償金の支払時期は,同発明が実施され特許
が登録された日(平成8年2月26日)であり,本件発明4の実績補償
金の支払時期は,同発明が実施され特許が登録された日(平成9年2月
27日)である。
(エ)小括
以上の次第であって,本件においては,10年取扱規程の改正実施(平
成10年10月1日)の前後を通じて,上記に述べた10年取扱規程の改
正実施前に到来する各支払時期以降は中断されることなく継続して,本件
対価請求権のうち実績補償金に相当する部分を行使することは可能であっ
て,同規程の改正前後を通じて同権利を行使する上での法律上の障害は生
じていない。
(8)本件対価請求権の消滅時効の成否
本件対価請求権を行使することができた時期についてまとめると,本件合併
後についてのみ検討しても,10年規程改正実施前は,支払時期の最も遅い登
録補償金に相当する部分の支払時期が,本件発明1が平成元年10月12日,
本件発明2が平成7年7月28日,本件発明3及び4が平成7年6月23日で
あり,これらの日以降,各発明等について登録補償金に相当する部分も含めた
本件対価請求権の全体を行使することができた。そして,10年規程改正実施
後は,支払時期の最も遅い実績補償金に相当する部分の支払時期についてみて
も,本件発明1,2及び本件考案は,元年規程を適用した場合と同じであり,
本件発明3,4については,最も遅い場合でも,本件発明3が平成8年2月2
6日,本件発明4が平成9年2月27日であって,いずれも平成10年取扱規
程の改正実施日前に到来しており,同改正実施の時点では既に権利行使できる
ものである。
したがって,本件対価請求権のうち,支払時期の最も遅い実績補償金に相当
する部分でさえ,10年取扱規程の改正実施前後を通じて,遅くとも各特許等
登録時(本件発明3,4については,原出願の特許登録時)以降は中断される
ことなく継続して権利行使できたものであるから,これらの日以降は,実績補
償金に相当する部分も含めた本件対価請求権の全体を行使することが可能であ
ったということができる。
そうである以上,10年取扱規程の改正実施前後を通じて,本件対価請求権
の全体を行使することが可能となった最も遅い日は,本件発明1が平成元年1
0月12日,本件発明2が平成7年7月28日,本件発明3及び4が平成7年
6月23日である。原告が本件対価請求権の行使をしたのは,これらの日から
いずれも10年を経過した日より後の日である平成18年4月25日であるか
ら,本件対価請求権はいずれも時効により消滅している。
(9)その他の相当の対価の支払に関する定め
ア追加補償金
追加補償金に関する10年取扱規程13条4項は「実施効果が特に顕著で
あり,会社の業績に著しく寄与したと認められる場合は,関係所属長の申請
に基づき発明考案審査委員会の審議を経て社長の決定により追加補償金を支
給することができる。」と規定しており使用者側の裁量により任意に支払の
可否を決定することができるものと解される一方で,一義的な支払回数や支
払時期の定めがあるものではない。したがって,上記の追加補償金に関する
規定をもって「勤務規則等に対価の支払時期が定められているとき」という
ことはできず,同規定の存在は本件対価請求権を行使する上での法律上の障
害とはならないから,その時効の進行に影響を及ぼすものではない。
イ功労金
功労金に関する元年取扱規程16条1項は「会社は実施効果が特に顕著で
あり,会社の業績に著しく寄与したと認めた発明に対しては,関係所属長の
申請にもとづき,発明考案審査委員会の審議を経て社長の決定により,発明
者に功労金を支給する。」と規定しており,10年取扱規程の追加補償金と
同様,使用者側の裁量により任意に支払の可否を決定することができるもの
と解される一方で,一義的な支払回数や支払時期の定めがあるものではない。
したがって,上記の功労金に関する規定をもって「勤務規則等に対価の支払
時期が定められているとき」ということはできず,同規定の存在も,本件対
価請求権の時効の進行に影響を及ぼさない。
ウ賞状,賞金,追賞
元年奨励規程及び10年奨励規程がそれぞれ定める賞状,賞金,追賞につ
いては,賞状,賞金について元年奨励規程9条では「社長は審査の都度,有
効と認めた発明考案に対して次の等級に従って賞金及び3等以上には賞状を
授与する。」,追賞について同規程10条では「一度受賞した発明考案が長
期に亘る実施の結果,更にその結果が顕著であると認めたものに対しては所
属長の申請に基づき,委員会の審査を経て社長の決定により追賞することが
できる。」,賞状,賞金について10年奨励規程8条では「社長は審査の結
果,有効と認めた発明考案に対して下記の等級区分に従って3等以上の受賞
者に賞状及び賞金を授与する。」,追賞について同規程9条では「受賞済の
発明考案が長期に亘る実施の結果,更にその効果が顕著であると認めたもの
に対しては所属長の申請に基づき,委員会の審査を経て社長の決定により追
賞を受けることができる。」とそれぞれ規定されており,使用者側の裁量に
より任意に支払の可否を決定することができるものと解される一方で,一義
的な支払回数や支払時期の定めがあるものではない。したがって,上記各規
定があることをもって「勤務規則等に対価の支払時期が定められていると
き」に該当するということはできず,元年奨励規程及び10年奨励規程の賞
状,賞金,追賞に関する規定は,本件対価請求権の時効の進行に影響を及ぼ
さない。
エその他
元年規程及び10年規程のいずれにおいても,上記に検討したものの他に,
職務発明等の譲渡の対価の支払時期に関する規定の存在を認めることはでき
ない。
(10)原告の主張について
ア原告は,元年取扱規程が適用されると本件対価請求権の消滅時効が未だ完
成していないこととなる10年取扱規程の改正実施時において,10年取扱
規程は,本件対価請求権の一部となる実績補償金及び追加補償金の支払を受
ける権利を従業者等に新たに付与したもので,相当対価の支払時期を延長す
る法的効果を生じさせる結果,原告が実績補償金の査定を請求できるのは1
0年取扱規程が改正実施された平成10年10月1日以降であるから,本件
対価請求権の消滅時効の起算点は,早くても同日であると主張する。
イしかし,相当対価の額は,勤務規則等の定めの内容に従って決定されるも
のではなく,その発明等により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明
等がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定められるものであ
る(平成16年法律第79号による改正前の特許法35条4項)。したがっ
て,特許等を受ける権利を使用者等に承継させることにより,発明者等たる
従業者が取得する使用者等に対する相当対価の支払を求める権利は,勤務規
則等により支払時期の定めがある場合は,その権利の行使において法律上の
障害となるが,勤務規則等に対価となるべき金銭の種類,名目の定めがない
ことは,相当対価の支払を請求する上で法律上の障害とはならない。よって,
本件対価請求権のうち実績補償金及び追加補償金に相当する部分は,10年
取扱規程の改正実施により実績補償金及び追加補償金に関する規定が新設さ
れるまでは請求できなかったという原告の主張は失当である。
ウなお,10年取扱規程における追加補償金に関する規定の存在をもって
「勤務規則等に対価の支払時期が定められているとき」であるということは
できず,10年取扱規程の追加補償金に関する規定は,本件対価請求権の時
効の進行に影響を及ぼさないことは,前記のとおりである。
2よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない
から棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,
主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官山田知司
裁判官高松宏之
裁判官村上誠子

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