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裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人市原庄八の上告趣意について。
 本件の第一審判決は、判決時において少年であつた被告人に対し、懲役一年以上
二年六月以下(上告趣意書に一年以上三年以下とあるは誤記と認める)の不定期刑
を言渡したが、これに対して被告人から控訴の申立があり、原審判決は、その判決
時において既に成人となつていた被告人に対し、懲役一年六月の定期刑を言渡した
(何れも改正少年法施行前のことである)。これに対して所論は、原判決が懲役一
年六月を言渡したのは、旧刑訴四〇三条に「被告人控訴を為したる事件……に付て
は、原判決の刑より重き刑を言渡すことを得ず」とある規定に違反した違法がある
と主張するのである。
 しかし、本件第一審の不定期刑の中間位は、一年九月であり原審の定期刑は一年
六月であるから、後記補足意見のいわゆる中間位説によるも長期説によるも共に原
審の刑は第一審判決の刑より重いものではなく、従つて不利益変更禁止の旧刑訴四
〇三条に違反する違法は存在しないのである。それ故、論旨を採ることはできない。
 よつて旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。
 この判決は、反対意見を有する裁判官長谷川太一郎、河村又介、島保を除く他の
裁判官の一致した意見である。
 裁判官塚崎直義、霜山精一、真野毅、小谷勝重、岩松三郎、穂積重遠の補足意見
(中間位説)は次のとおりである。
 この問題に対しては、色々の考え方が、対立して存在する。まず、(一)第一審
判決が不定期刑を言渡している本件のごとき場合には、第二審判決当時に被告人が
成人であつてもなお不定期刑を言い渡すべきだとする見解(不定期刑説)がある。
その主要な理由は、不定期刑と定期刑とでは軽重の比較を立てることが不可能であ
るからかかる場合には軽重の比較の容易に可能な不定期刑を科すべきでありその外
に科刑の方法はないと言うのである。しかしながら、この説は、まさに事物の本末
を逆さに眺めた見解である。と言うのは、法定自由刑としては、成人に対しては常
に定期刑を科し、少年に対しては法定の条件の存する場合に限り不定期刑を科する
のが一番大切な根本事である(旧少年法八条、少年法五二条)。そして、成人か少
年かを区別するには、裁判時を標準とすべきものであることは、動かし難い定説で
ある。だから、裁判時に成人である被告人に対し、不定期刑を科すべきとする見解
は、すべて法定されていない刑を科せんとするものであつて、刑法における最も根
本的な原則である罪刑法定主義の原理に反する誤つた見解であると言わねばならぬ。
それ故、法定刑としては、たとい第一審において不定期刑を言渡している場合にお
いても、第二審は成人に対しては定期刑を言渡さなければならない。そうすると、
必然的に第一審の不定期刑と第二審の定期刑との軽重比較の問題が起つて来る。し
かし、それは単に、旧刑訴四〇三条の解釈適用の問題であるに過ぎない。すなわち、
第二審においては抽象的な法定の刑(定期刑不定期刑の種別、刑の種類、刑の量)
と適法な処断刑の範囲内で具体的に宣告刑を盛ることを要すると同時に、旧刑訴四
〇三条の要請により第一審の宣告刑より重からざる刑を盛ることを要する。この後
の要請により宣告刑の軽重を定めるのは、価値判断である一つの法律解釈の問題で
ある。第二審の宣告刑は、この後の要請に反しない限りにおいては(本件では解釈
上軽重を定めることが可能な限りにおいては)飽くまで法定の刑の範囲内である定
期刑によつて盛り定められなければならぬ。そこで、今本件ではかかる適法な二つ
の宣告刑について単に軽重の対比という価値判断が問題とされるのである。しかる
に、この宣告刑の軽重対比の価値判断を不可能だと速断し、たやすく回避しつゝ却
つて逆さまに罪刑法定主義の鉄則を破つて、成人に対し不定期刑を言渡すべきだと
する不定期刑説は、実に本末顛倒の考え方である。(なお、裁判官は良心に従つて
最も適当と思料する刑を量定すべき原則があることを理由として、不定期刑を科そ
うとする見解がある。しかし裁判官が良心に従うのは、法令の枠の拘束の内のこと
であつて、法定されている刑の種別を無視し、成人に対し不定期刑を科することは、
到底許されない)、さて(二)いよいよ懲役の不定期刑と定期刑との軽重は、いか
なる標準によつて定むるを相当とすべきであろうか。刑法一〇条は、刑の軽重を定
めているが、その第一項は双方とも有期懲役である本件の場合には関係なく、第二
項第三項は法定刑及び処断刑について定めたものであつて本件のごとき宣告刑の軽
重を比照する場合に適用はない。またその他の何処にも本件のごとき宣告刑の軽重
比照について定めた規定は存在しない。されば、本件のごとき場合の刑の軽重は、
一方においては不定期刑の本質を考慮し、他方においては、条理すなわち事物の合
理性に従う価値判断によつて定めらるべきである。少年に対する刑罰は、一般に少
年は心身の発育が未熟で思慮分別が定まらない状態にあること及び従つてまた改過
善導が比較的になし易い年代にあることを考慮して、成人に対するよりは比較的軽
い法定刑及び処断刑を定めると共に、長期三年以上の有期自由刑をもつて処断すべ
きときに限り、短期と長期とを定めていわゆる相対的不定期刑を宣告すべきものと
している(旧少年法七条、八条)。そして、この不定期刑は、少年受刑者に対する
感化善導の効果の現われる程度に応じて、予め定められた短期長期の幅の間におい
て、刑の執行に当る行刑当局の判断によつて、適当の時期に刑を終了せしめようと
する弾力性と柔軟性をもつた制度である。それは、予め短期に重点を置くのでもな
く、また長期に主眼点を置くのでもなく、両者を睨み合せた一つの統一ある刑罰で
あることが、まさに不定期刑の本質である。されば、長期短期の時間的幅をもつて
線的に定められた不定期刑と時点を限つて点的に定められた定期刑との軽重を比較
判断するには、不定期刑を全体的に取り上げて観察することによつてなすべきもの
であつて、或はその長期のみ、或はその短期のみと言うがごとき両極端の一端だけ
を捉えて比較の対象とすることは、甚だ一方に偏り過ぎて当を得ざる不合理なもの
である。真理は、この場合においても、二つの極端の中間位に横たわつている。す
なわち、不定期刑の長短両極の中間位に当る時点(本件においては一年九月)を標
準として、これを定期刑の時点と比較対照して、長い方を重いとすべきである。こ
れを中間位説と名ずけることができよう。この中間位説における中間位こそは、不
定期刑の両極を平等に眺め、両極の中間において起り得るあらゆる可能性を真に均
衡化することのできる唯一の平均時点であると言わねばならぬ。例えば、本件のご
とき不定期刑においては一年で刑の終了する可能性があると同時に二年六月で刑の
終了する可能性もある。また一年二月、一年四月、一年六月又は一年八月で刑の終
了する可能性があると同時に、二年四月、二年二月、二年又は一年十月で刑の終了
する可能性もある。すなわち、中間位一年九月の上下両側には常に対蹠的にさまざ
まの可能性が対立存在するが、これらのあらゆる可能性のバランスを保ち得せしめ
る平均時点は常に唯一つの中間位あるのみである。それ故、この不定期刑の中間位
を標準として定期刑と対比し、両者の軽重を測定することは、極めて合理的であり、
健全な常識にもよく合致するのみならず、実際的にも簡明正確な基準を示すものと
言うことができる。しかるにこれに反して、(三)第二審における定期刑は、第一
審における不定期刑の短期を超えてはならないという見解がある(短期説)。これ
は全く前述のごとき不定期刑制度の本質を理解せず、両極の一端のみに眼を奪われ
た偏見以外の何ものでもない。短期だけで刑の執行が終了する可能性があると主張
するけれども、単なる一つの可能性から言えば、同時に二年半で刑の執行が終る可
能性も内包されている一つの不定期刑であることを見逃してはならぬ。短期説では
第二審で成人となつた被告人は、第一審の刑に比し甚だしく寛に過ぎる不当な利益
を受け得るわけであるから、ただに濫上訴の弊を誘発するばかりでなく、常に第二
審判決時までに成人に達し得るようあらゆる訴訟遅延の方策を弄せしめるに至る実
際上の弊害をも生ずることは、一点の疑いもない。殊に、短期説の理由として、不
定期刑の場合の仮出獄は短期を標準とし、かつ仮出獄の処分を取消されずに仮出獄
前に刑の執行を受けたと同じ期間を経過すれば、刑の執行を終つたものとされるの
であるから、かかる被告人に利益な可能性を害せざるために、第二審においては第
一審の不定期刑の短期を超えた定期刑を言渡すことを得ないとする見解がある。し
かしながら、少年に対する仮出獄のごときは、裁判官の言渡すべき刑そのものでは
なく、単に行刑当局の手に委された刑の執行に関するものたるに過ぎない。刑の執
行を問題とするならば、執行の場所、方法等についても少年囚に対すると成人囚に
対するとによつて利害が異る点が多い(旧少年法九条、監獄法、同施行規則其他)。
されば、仮出獄というがごとき末梢に属する行刑の問題を捉え来つて、宣告刑その
ものの軽重を論ずる標準とすることは、頗る当を得ない。のみならず、本件の短期
一年を例にとれば、少年は四月で仮出獄をする可能性があり、従つて八月で刑の執
行を終る可能性があるから(旧少年法一〇条、一一条)、若し前記の見解理由を採
るにおいては、被告人に利益なこの可能性を害せざるために、短期の一年は愚か短
期の三分の二に当る八月を超えた定期刑を言渡すことはできないと言う甚だ珍妙な
結果を是認せざるを得なくなるのであろう。最後に、(四)短期説と正反対の立場
において、不定期刑と定期刑の軽重を比較するには、長期を標準とすべきであると
し、刑法一〇条をその根拠とする見解がある(長期説)。しかしながら、この説も
また、不定期刑制度の本質を誤解し、両極の他の一端に執着した偏見たるに過ぎな
い。同条二項では、同種の刑は長期の長いものを重いとすると言つているが、これ
はその用語自体によつても明らかなように、法定刑又は処断刑に関するものであつ
て、宣告刑に適用せらるべきものではない。量刑に際し、抽象的な法定刑や処断刑
について刑の軽重を比照し重き刑を定める必要がある場合は、その主たる目的が抽
象的にただ量定し得る刑の最大限を探求するにあるのだから、一応短期の長短を無
視しこれを度外視して、ただ長期の長短のみによつて刑の重さをきめると言う同条
項の規定は、甚だ合理的なものである。だがしかし、宣告刑は、抽象的な量定し得
る刑の最大限を探求する過程ではなくして、具体的に盛り定められる刑の適量であ
るから、宣告刑の軽重を判断する場合にはその具体的な適量の全部を比照すること
をするわけである。従つて、短期を度外視しただ長期のみを標準として刑の軽重を
決する同条項の規定は、宣告刑の軽重比照の場合に適用がないばかりでなく、これ
を類推することもできない。長期と短期の幅をもつ不定期刑の長期の一端だけを捉
えて比較の対象とすることは、決して全体的に比照することとはならずして、短期
説が甚だしく寛に過ぐるのと異り、この長期説は反対に甚だしく酷に過ぐるものと
言わねばならぬ。
 さて、本件第一審の不定期刑の中間位は、前述のごとく一年九月であり、原審の
定期刑は一年六月であるから、いはゆる不利益変更禁止の旧刑訴四〇三条に違反す
る違法はなく、従つて論旨は採ることを得ない。
 裁判官沢田竹治郎、斎藤悠輔の補足意見(長期説)は次のとおりである。
 刑罰法令各本条が有期の懲役又は禁錮の刑を法定するのに三つの方法を採用して
いる。
 第一は、明らかに長期の外明らかに短期をも定める方法である。例えば、刑法七
七条一項二号後段、七八条は一年以上一〇年以下の禁錮と定め、同八八条、一〇一
条、一一〇条一項、一一四条、一二〇条、一二一条、一三八条、一四七条、一五五
条、一、二項、二二五条等は一年以上一〇年以下の懲役と定め、同一〇六条一号は
一年以上一〇年以下の懲役又は禁錮と定め、同九三条は三月以上五年以下の禁錮と
定め、同一一一条一項、一六二条、一六三条、一六九条等は三月以上一〇年以下の
懲役と定め、同一九四条は六月以上一〇年以下の懲役又は禁錮と定め、同九八条、
九九条、一〇〇条二項、一三七条、一五三条、一五九条、一、二項、一六五条、一
八六条二項、二一三条後段、二一四条前段、二一八条一項、二二〇条一項、二二四
条、二二七条一項等は三月以上五年以下の懲役と定め、同二五八条は三月以上七年
以下の懲役と定め、同一〇九条二項、一三九条二項、一四三条、一七六条、二一四
条後段、二一五条、二一八条二項、二二〇条二項、二二七条二項等は六月以上七年
以下の懲役と定め、同一〇六条二号、二〇二条等は六月以上七年以下の懲役又は禁
錮と定めている。
 第二は、明らかに短期のみを定めて長期を明らかに定めない方法である。例えば、
刑法八二条、一〇九条一項、一三五条、一四六条前段、一四九条、一六四条、一一
七条、二〇五条一項、二二六条等は二年以上の懲役(刑法は死刑又は無期刑と有期
刑とを選択的に定めるときは有期刑を単に懲役と表示し有期刑のみのときは特に有
期懲役としている以下同様である)と定め、同一九七条の三第一、二項は一年以上
の有期懲役と定め同七七条一項二号前段は三年以上の禁錮と定め、同一一九条、一
二六条一、二項、一四八条、一五四条、一九九条、二〇五条二項等は三年以上の懲
役と定め、同一〇八条、一四六条後段、二三六条等は五年以上の懲役(又は有期懲
役)と定め、同二四〇条前段、二四一条前段は七年以七の懲役と定めている。
 第三は、明らかに長期のみを定めて短期を明らかに定めない方法である。例えば、
同法二三五条、二四六条は一〇年以下の懲役と定めている等枚挙に遑がない、
 そして、右第二の場合の長期は刑法一二条所定の一五年を意味するものであり、
右第三の場合の短期は同条所定の一月を意味するものであるこというまでもない。
されば、有期の懲役又は禁錮の法定刑の軽重は、右三つの方法によるいずれの場合
においても、その長期と短期の範囲内における刑全体の軽重をいうものであること
もいうを俟たない。従つて、刑の軽重を比較するのに全体的対照主義重点的対照主
義なる言葉を使用するのは全く無用の論であつて、刑の軽重は常に全体を比較する
ものであることを忘れてはならない。
 そして、刑法一〇条は、主刑の軽重について標準を定め、主刑の軽重は、同条一
項但書の場合の外その前条記載の死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料の順序に
依るものとし、主刑全体の軽重を定めるには、前記但書の場合を除くの外常に刑の
種類中最も重き種類の刑を標準として、その全体の軽重を定むべき原則を表明して
おり、また、同種の刑は、長期の長いものを重とし、長期の同じなものは、その短
期の長いものを重とし、長期及び短期の同じなものは犯情により、その軽重を定む
べきものと規定している。されば、右有期の懲役又は禁錮の各法定刑全体の軽重を
定める場合には、前記三つの方法によるいずれの場合の各の間又は相互の間におい
ても右刑法一〇条所定の標準に従うべきものであること明白である。そして、刑法
一〇条は広く主刑一般の軽重について規定したもので何等の制限を設けていないの
であるから、右の標準は、独り法定刑の軽重を定める場合に限らず、これを加重減
軽したいわゆる処断刑の軽重(例えば刑法四七条、七二条三号)並びにその処断刑
の範囲内において量定したいわゆる宣告刑の軽重(例えば旧刑訴五三七条新刑訴四
七四条)を定める場合においても同一であつて、等しく刑法一〇条の適用あるもの
といわなければならない。
 そして、少年法五二条(旧少年法八条)は、「少年に対して長期三年以上の有期
の懲役又は禁錮をもつて処断すべきときは、その刑の範囲内において、長期と短期
とを定めてこれを言渡す。但し、短期が五年を超える刑をもつて処断すべきときは、
短期を五年に短縮する。前項の規定によつて言い渡すべき刑については短期は五年、
長期は十年を超えることはできない。」旨規定して、法定刑が長期一五生、短期七
年(前記刑法二四〇条、二四一条各前段参照)の懲役又は禁錮であり、処断刑が長
期二〇年(刑一四条参照)の懲役又は禁錮である場合でも、常に、長期一〇年短期
五年を超えない緩和された範囲内において、長期と短期とを定めた宣告刑を言い渡
すべきものと定めている。従つて少年法によつて言い渡されたいわゆる不定期刑な
る宣告刑全体と刑法によつて言い渡された定期の宣告刑全体との軽重を比較する場
合においても刑法一〇条によりその長期を標準とすべきこと当然であらねばならな
い。これをわが国従来の行刑の実際に徴しても昭和一五年一二月二四日司法省行刑
局行甲第一五八六号通牒の出されるまでは不定期刑の執行はすべて不定期刑の長期
を標準としてこれを行いいわゆる不定期刑釈放をば全然行わなかつたのである。
 この場合長期を標準とするは酷に失するとの説は、少年法による不定期刑の長期
は刑法による法定刑及び処断刑を緩和した宣告刑であることを見誤つたものである。
また、短期を標準とすべきものとする説は、旧々刑訴二六五条に「原判決を変更し
て被告人の不利益と為すことを得ず」との規定を旧刑訴四〇三条(新刑訴四〇二条)
において「原判決の刑より重き刑を言渡すことを得ず」と改めたのを見落し、苟し
くも原判決を不利益に変更してはならないと誤解するものであるか若しくは刑法に
おいて明らかに短期を定めた場合でも長期を標準として刑の軽重を決すべしとする
法理に違反するものである。若しそれ中間位説のごときは「裁判官の言渡した刑の
終期」と「単なる行刑当局の手に委された刑の執行に関する本釈放の時期」とを混
同する俗論であつて、事実審の裁判官に法律上の正確な標準を与えない何等の根拠
もない独断説である。しかのみならず前記短期説と同じく、旧刑訴の下にあつては
控訴審の検察官において常に附帯控訴を為すの外、また、新刑訴の下にあつては第
一審の検察官において常に独立控訴を為すの外第一審判決が正当に言い渡した長期
刑を維持することができなくなり、惹いて第一審判決の短期刑が引き上げられる結
果を来す虞れのある有害な説といわなければならない。また、二審で成年となつた
少年に対しても不定期刑を科すべしとする論は、中間位説論者の誤り非難するごと
き(論者は、定期刑、不定期刑を法定刑の種別であると独断誤解している)罪刑法
定主義に反する点は全然認められないが、結局二審当時の成年に対しても少年法を
適用すべしとする立法論に外ならないから、採ることができない。
 裁判官栗山茂の補足意見(長期説)は次のとおりである。
 少年に対する感化は環境の犠牲者である少年更生の一方法であつて、成人に対す
る刑罰とは本質を異にするから、少年に対する宣告刑である不定期刑と成人に対す
る宣告刑である定期刑とは比較の尺度がないのである。少年に対する不定期刑の短
期は少年なるが故にその感化に重きをおいて定むべきものであり、その長期は感化
のためとはいえ少年の自由を制限しうる限度を示すものと見るのが相当である。か
くの如く短期は感化刑である不定期刑に特有のものであるから、成人に対しても、
少年に対する不定期の短期よりも重い定期刑を科することができないとすることは、
依然として比較すべからざる両者を比較してその軽重を決せんとするものである。
それ程までに旧刑訴第四〇三条の規定を拡張解釈して成年になつた少年の利益を保
護せんとするならば、少年の成年になつても第二審においても猶且不定期刑を以て
臨むべしとするのが合理的であろう。しかし、それでは旧刑訴四〇三条の解釈適用
の域を脱するの虞なしとも言えないので右両説は採用し難いと思はれる。
 次に少年である被告人に言い渡した不定期刑の長期と短期との数字の中間をとつ
て、成人となつた被告人に言い渡した定期刑とを比較すべしとする説がある。しか
し不定期刑の中間は感化の標準ではない。かりに言い渡された二つの不定期刑を比
較するにしても、甲の長期と短期との中間の数字が乙の長期と短期とのそれと同じ
であつても両者に刑の軽重はありうるのである。不定期刑の本質とは何等の関係も
ない中間の数字をとらえて、定期刑との軽重を比較せんとするのは計算の遊戯を以
て法律解釈と呼ぶものである。
 もともと旧刑訴四〇三条の趣旨に適合せしめるために比較すべからざる不定期刑
よりも重い定期刑を科することができないという命題を解釈するの外はないとすれ
ば、不定期刑に特有な短期は前に述べたように、われわれが右解釈をするのに考慮
する必要がないものである。たゞし旧刑訴四〇三条は後の宣告刑を前の宣告刑より
も重くしてはならないというのであるから、前の宣告刑である不定期刑ではその長
期が被告人にとつて自由を制限せられうる限度であるので後の宣告刑である定期刑
は、その長期よりも重くしてはならないと解するのが妥当である。
 本件においては、松山地方裁判所が第一審として被告人に対して懲役一年以上二
年六月以下の不定期刑を宣告したのに対し、高松高等裁判所が第二審として懲役一
年六月の定期刑を宣告したものである。後者の懲役一年六月は前者の長期である懲
役二年六月よりも重くないことは明であるから原判決は毫も旧刑訴四〇三号の規定
に違反するものではない。よつて上告人の論旨は理由なきものである。
 裁判官藤田八郎の補足意見(長期説)は次のとおりである。
 一審裁判の時に少年であつたがために旧少年法八条に従い不定期刑を言い渡され
たものも、二審裁判当時成人となつたものに対しては少年法の適用はなく、かかる
被告人に対しては刑法に従い定期刑を言い渡すべきものであることは疑いないとこ
ろであり、この場合においても旧刑訴四〇三条不利益変更禁止の規定はその適用が
あるものといわなければならない。しかしながら不定期刑と定期刑といづれが、同
条にいわゆる重い刑であるかを定むる基準としては、若し二審の宣告刑が一審で言
い渡された不定期刑の長期よりも長い刑である場合には前者が後者よりも「重い刑」
であることは明白であるけれども、それ以外には両者の軽重を比較すべき基準に関
して、法律に何ら特別の規定はないのである。不定期刑は、その短期と長期との間
の期間内において、実刑者の行刑上の成績如何により現実に執行さるべき刑期が確
定するのであつて、それまでは現実に執行さるべき刑期は未確定である。未確定で
ある刑期と、始めから確定された刑期とを比較してその軽重を定めることは無理で
ある。不定期刑の短期より長い定期刑を科したとしても、その長期より短いかぎり
は、これを一概に「重い」とはいえない。不定期刑の側からいえば、一方において
右定期刑より短い短期を以て釈放される蓋然性があると共に、また、一方において
は右定期刑より、長い長期まで服役しなければならない蓋然性もあるのであつて、
この両方の蓋然性を秤に入れて定期刑との比重をはかるということは、とうてい、
できない相談である。秤にかけ得るところは只不定期刑の長期のみである。結局、
不定期刑の長期を超えない限りは、いかなる定期刑も不定期刑より旧刑訴四〇三条
にいう「重い刑」であると断ずることはできないのである。
 わが少年法には採用されていないけれども、いわゆる絶対的不定期刑すなわち長
期も短期も定めない不定期刑の場合を考えれば、その定期刑との軽重を定めること
は絶対に不可能である。いわゆる相対的不定期刑についても、その理は、これに近
いといわなければならない。もともとこの二つの刑種は、その本質において異るも
のである。さらに例を懲役刑と禁錮刑との比較にとつてみても、二年の懲役と三年
の禁錮といづれが重いか、若し刑法一〇条のごとき特別の規定がなかつたならば、
本質的にその軽重を比較し得るものではないのである。
 要するに裁判時成人である被告人に対しては普通刑法に従つて、その人と罪とに
対して、最も適切なる刑罰を科すべきであるが、たゞ、旧刑訴四〇三条の制約を受
けるために一審不定期刑の長期よりも長い刑期を宣告することは許されないという
にとゞまる。(ただ不定期刑の長期というものは、それが不定期刑なるが故に比較
的長く定められる傾向を有するものであるから、第二審において現実に量刑するに
あたつては、十分に旧刑訴四〇三条の精神を考慮して、被告人に対して過酷にわた
らないように心しなければならないことは勿論である)従つて本件においては、原
審の宣告刑は、何ら旧刑訴四〇三条の規定に違反するものではないのであるから論
旨は理由がない。
 裁判官長谷川太一郎及び同河村又介の反対意見は次のとおりである。
 本件第一審判決は一年以上二年六月以下の不定期刑を言い渡したのであるから、
被告人は一年を以て刑期を満了(仮出獄の問題は姑く論外におく)するという可能
性があつた。しかるに原審判決は一年六月の定期刑を科したのであるから、必ず一
年六月を経なければ刑期は満了しないこととなつた。その限りにおいて原判決の刑
は第一審の言い渡した刑よりも重くなつているのであつて、明かに旧刑訴四〇三条
の規定に違背する。それ故に原判決は違法のものとして破毀されなければならない。
 旧刑訴四〇三条の規定する控訴事件において、不定期刑を科した第一審判決と定
期刑を言い渡した控訴審判決との刑の軽重を比較する標準については、長期説、中
間説共に第一審判決の短期による刑期満了の可能性を奪う点において、違法である
こと島裁判官の少数意見に説かれているとおりである。その点から観れば同裁判官
の短期説は最も無難である。しかしそれは無難であるというだけであつて、他の観
点から見れば必ずしも完壁とは云えない。思うに旧刑訴四〇三条に定めた場合の控
訴審裁判官は、二つの法律的要請に拘束せられる。先ず第一に裁判官として自己の
良心に従い最も適当と思料する刑を量定しなければならない。しかし第二にその刑
は同条のいわゆる不利益変更禁止の原則に従つて第一審判決の刑より重くてはなら
ない。短期説によるときには、第二の原則は完全に貫徹されるが、第一の要請は必
ずしも充分には満たされない。固より控訴審裁判官が適当と思料する刑が、第一審
判決の刑の短期以下である場合には、問題はない。しかし控訴審の相当と思料する
刑が第一審判決の刑の短期より長い場合には、それだけの期間の刑を執行し得る可
能性を存しておく方が短期以下に釘付けするよりも、一層よく第一の要請に副う所
以であろう。本件について観れば、原判決が懲役一年六月の刑を言い渡したのは、
一年六月の懲役が最も妥当と思料せられたからに相違ない。短期説はいわゆる不利
益変更禁止の原則に忠ならんとするの余り、強てこれを必ず一年以下に短縮せしめ、
その限りに於て前記第一の原則を犠牲にするものである。しかし若しいわゆる不利
益変更禁止の原則を害うことなくして、一年六月の懲役を執行し得る方法、若しく
は一年六月の懲役を執行し得る可能性を保存する方法があるとするならば、その方
が刑法の理想に一層近いものと云わなければならない。そのような方法が果してあ
るであらうか?次ぎのような方法によるときは、比較的に最もよくその目的を達す
ることができるであらう。
 控訴審裁判所は先ず自ら妥当と信ずる定期刑を一応量定する。この刑期が第一審
判決の刑の長期より長くあつてならないことはいうまでもない。その短期以下であ
るときは何等の問題をも生じない。若し短期と長期との間であるときには、第一審
判決の短期を以て刑期満了となる可能性を奪うことになるから、その可能性を保存
するために、この短期と同じ刑期を短期とし、自ら量定した刑期を長期とする不定
期刑を言い渡す。本件について云えば、一年以上一年六月以下の刑を宣告するので
ある。かようにすれば、いわゆる不利益変更禁止の原則を侵すことなくして、しか
も裁判所の所信のとおりの刑を執行し得る可能性を保持し得るであろう。
 右のような方法に対しては、成年に達した被告人に不定期刑を科することは、法
律的根拠を欠くという非難があり得よう。しかしわれわれは、漫然たる不定期刑説
のように、第一審に於て一旦不定期刑を科したからには、被告人が控訴審判決の時
に成年に達していても、不定期刑を宣告しなければならぬというような漠然たる理
由によつて、不定期刑を主張しているのではない。根本においては控訴審裁判所の
所信のとおりの定期刑を科すべきであるという理論の上に立つ。唯第一奉判決の刑
よりも重くなることを避けるために、その短期による刑期満了の可能性をこれに附
け加える結果、不定期刑の形をとるだけのことである。従つて第二審裁判所が適当
と信じた定期刑よりも長い刑期を長期とすることもなく、第一審判決の短期より短
い刑期を短期とすることも考え得られない(漫然たる不定期刑説においてはそうし
たこともあり得よう)。不定期刑の形をとるのは、良心に従つて刑の裁量をせねば
ならぬという原則と、旧刑訴四〇三条の定めた原則と、二つの要請に応ずるための
当然の結果であるから、その法律的根拠は同条にあると云えよう。一見法律の定め
ていない刑を科するような外観を呈することに於ては、それは例えば第一審が窃盗
の事実を認定して懲役一年の刑を言い渡した事件については、控訴審において強盗
の事実を認定しても、一年以下の刑を科しなければならないのと似ている。両者の
場合共に、外観上は法律の定めた刑以外の刑を科するように見えるけれども、実は
法律の定めたところに従つて科刑しているのである。
 裁判官島保の反対意見は次のとおりである。
 二つの処断刑をくらべて、一方の刑が他方の刑よりも、被告人の仮出獄がより早
く許され、刑の執行をより早く終ることのできる法律上の可能性があるとすれば、
その方の刑が軽く、他方の刑が重いことは言うまでもないことである。少年に対し
て懲役刑又は禁錮刑の短期と長期とを定めて言い渡すいわゆる不定期刑においては、
その刑の短期の三分の一を経過した後は、仮出獄を許すことができ、その処分を取
消されることなく仮出獄前に刑の執行をしたと同じ期間を経過したときは刑の執行
を終つたものとなることは、法律が明らかに規定するところである(旧少年法一〇
条、一一条、新少年法五八条、五九条)。つまり、仮出獄を許すに必要な刑執行の
期間は、法律上短期が標準となつているのである。されば、或る不定期刑の言い渡
を受けた者に対して、その短期を超えた或る定期刑を科するとすれば、その毎期を
超えた期間の割合に応じてそれだけ法律上仮出獄を許すに必要な期間が長くなるわ
けであるから、その定期刑は不定期刑より重いこと明らかである。本件おいて、被
告人は松山地方裁判所で一年以上二年六月以下の懲役に処せられ控訴したところ原
審で懲役一年六月に処せられたのである。それゆえ、原審の科刑は第一審の刑より
重いこと明白であつて、旧刑訴四〇三条のいわゆる不利益変更禁止の規定に違反し、
原判決は破毀を免れないものである。
 不定期刑と定期刑との軽重を定める場合に不定期刑の長期を標準として比較する
説(長期説)は、刑法一〇条を論拠とするが、同条は法定刑を比較する場合の規定
であつて、処断刑を比較する場合の規定ではない。処断刑の軽重を定める標準につ
いては何らの規定もないのである。そして、法定刑を比較する場合は、被告人を全
く離れて抽象的に各犯罪につき定めた刑のうちにいづれが重いかを判断するだけで
あるが、処断刑比較の場合は、刑の言い渡を受けた特定の被告人にとつて、いずれ
の刑が現実に重いかを判断するのであるから被告人に利益な面を度外視するわけに
はゆかないのである。されば、不定期刑を含む処断刑比較の場合に刑法一〇条を準
用することはできない。不定期刑と定期刑との軽重を定める場合に不定期刑の長期
と短期との差の中間を標準として比較する説(中間説)は、何ら法律上の規定に基
づかないで常識的に判断を下だし、その結果短期に附随する被告人の法律上の利益
を奪うものである。長期説ならびに中間説は、いずれも本件のような場合における
科刑の目的達成の妥当ということが暗々裡に思想の根底となつているものと思われ
るが、前述したように成法上の根拠なくして、法律が短期に認めている被告人の利
益を奪うことは新憲法三一条の精神から考えても妥当でないから、これらの説には
賛同することができない。本件の場合に原審は不定期刑を言い渡すべしとする説(
不定期説)は、旧刑訴四〇三条からくる已むを得ない制約であるということを論拠
とするのであるが、他に解釈上の余地があり得る限り、かかる説を採用することが
できない。
 検察官 茂見義勝関与
  昭和二五年三月一五日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠
       裁判官栗山茂は出張につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

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