弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差戻す。
         理    由
 弁護人江口十四夫、同林三夫の上告趣意第一、二点は、違憲を云うところもある
が、その実質は原判決の事実誤認を主張するものであつて、上告適法の理由となら
ない。
 職権をもつて審査するに、本件罪となるべき事実として一審判決によつて確定さ
れたところは、「被告人は義弟のAと共に被告として、川辺郡abのBより、貸金
百十万円の連帯保証債務について訴訟を提起されて、該訴状は神戸地方裁判所伊丹
支部より、昭和二九年三月六日送達されてこれを受領したものであるところ、右債
権に基く強制執行を免れる目的を以つて、被告人の妻Cと共謀の上、昭和二九年三
月下旬頃被告人所有に係る川辺郡acde番地のfの宅地一六坪同番地のgの七坪
の土地並に同所h番地上の木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二二坪五合、附属物置三坪
の建物を仮に長女D名義に移すことを企て、同年四月一日頃伊丹市ij番地司法書
士E方にて同書士に、贈与証書を作成せしめた上、これに伴う所有権移転登記申請
関係書類をも作らせ、同書士の手を経て、同年四月一二日神戸地方法務局伊丹支局
に於て、その登記を終了し、以つて右不動産をD名義に仮装譲渡したものである」
というにあり、原判決も右認定を肯認して、「原判決引用の証拠によれば、被告人
はBに対し判示の如き保証債務を負担するものであることを認められないことはな
い」とし、「被告人はこの債務に基きBより判示訴訟を提起され」て云々と判示し
ている。
 しかるに、右保証債務については、B対被告人の前示保証債務履行請求の訴訟に
おいて、第一、二審ともにBが敗訴し、右保証債務の存在しないことは確定判決に
よつて当事者間に確定されたことは記録添付の同事件における一、二審判決書の記
載に徴し明らかである。そして、右判決書の記載によれば、右一、二審裁判所は、
いずれも、その挙示する証拠によつて、本件連帯保証は被告人の妻Cが被告人の承
諾を得ることなく被告人の実印を貸借証書に押捺してしたものであつて、被告人の
関知したものでない事実を認定したことがあきらかである。してみれば原判決が前
示のように本件保証債務の存在を「認められないこともない」とした事実の認定に
ついては多分に事実誤認の疑ありと云わざるを得ない。
 およそ刑法九六条の二の罪は、国家行為たる強制執行の適正に行われることを担
保する趣意をもつてもうけられたものであることは疑のないところであるけれども、
強制執行は要するに債権の実行のための手段であつて、同条は究極するところ債権
者の債権保護をその主眼とする規定であると解すべきである。同条は「強制執行ヲ
免ルル目的ヲ以テ」と規定しているのであるが、その目的たるや、単に犯人の主観
的認識若しくは意図だけでは足らず、客観的に、その目的実現の可能性の存するこ
とが必要であつて、同条の罪の成立するがためには現実に強制執行を受けるおそれ
のある客観的な状態の下において、強制執行を免れる目的をもつて同条所定の行為
を為すことを要するものと解すべきである。そして、いかなる場合に強制執行を受
けるおそれありとみとめるべきかは具体的な事案について個々に決するの外はない
のであるが、本件のように、何らの執行名義も存在せず単に債権者がその債権の履
行請求の訴訟を提起したというだけの事実をもつては足らず、かくのごとき場合に
本条の罪の成立を肯定するがためには、かならず、刑事訴訟の審理過程において、
その基本たる債権の存在が肯定されなければならないものと解すべきである。従つ
て、右刑事訴訟の審理過程において債権の存在が否定されたときは、保護法益の存
在を欠くものとして本条の罪の成立は否定されなければならない。
 しかるに本件においては、被告人の本件行為の当時債権者は保証債務履行請求の
訴を提起していたことは原判決の確定するところであるけれども、被告人は同訴訟
において極力右債務の存在を争つていたのであり、原審はその審理過程において証
拠に基き右債務の存在を肯認したのであるけれども、右事実の認定に関し原判決に
事実誤認の疑ありとすべきこと前叙のごとくである以上、この誤認は本件犯罪の成
否に影響を及ぼすものであること前段説示のとおりであるから、原判決はこの点に
おいて破棄を免れないものといわなければならない。
 よつて刑訴四一一条三号四一三条本文により原判決を破棄し、本件を原裁判所で
ある大阪高等裁判所に差戻すべきものとする。
 この判決は、裁判官池田克の反対意見あるほか、その余の裁判官一致の意見によ
るものである。
 裁判官池田克の反対意見は、次のとおりである。
 強制執行を免れる目的をもつてした財産の隠匿、損壊、仮装譲渡等債権者を害す
べき行為については、改正刑法仮案(昭和一五年)においては、債権者の保護を主
眼とする立場から、これを財産犯の一種として「権利ノ行使ヲ妨害スル罪」に関す
る章中に規定(四六二条)していたのであるが、刑法においては、昭和一六年法律
六一号による一部改正の際、これを九六条ノ二として「公務ノ執行ヲ妨害スル罪」
に関する章中に規定したのである(なお、今次の改正刑法準備草案一六九条もまた
同様である)。けだし、その趣旨とするところは、債権者の保護もさることながら、
右の行為が民訴法の強制執行を免れることを目的として行われるものである点を重
視したからであつて、すなわち、強制執行の機能を保護することを主眼として公務
執行妨害罪の一種として規定したものに外ならない。
 従つて、構成要件的には、刑法九六条ノ二の規定する強制執行妨害罪にしても、
改正刑法仮案四六二条の規定する権利行使妨害罪にしても、いずれも強制執行を免
れる目的をもつて財産を隠匿、損壊、仮装譲渡する等債権者を害すべき行為をした
ことを要素としており、その間に差異がないけれども、保護法益の観点からみると、
両罪とも債権者の債権と強制執行の機能との二つを保護法益としながらも、権利行
使妨害罪においては債権者の債権の保護に、強制執行妨害罪においては公務たる強
制執行の機能の保護に、それぞれ重点が指向されているのであるから、権利行使妨
害罪については、多数意見のように「刑事訴訟の審理過程において債権の存在が否
定されたときは、保護法益の存在を欠くものとして本罪の成立は否定されなければ
ならない」と解釈することも、財産犯とみる限り全く許容できないことではなかろ
うが、公務執行妨害罪とされている強制執行妨害罪については、このような解釈を
容れる余地がない。
 というのは、刑法九六条ノ二の「強制執行」には、本条の趣旨に照らし確定の終
局判決または仮執行の宣言を付した終局判決によつてなされる(民訴四九七条)も
のの外、仮差押(同七三七条)、仮処分(同七五五条、七六〇条)のように常に権
利関係に争のあることを建前とする保全執行の如きも当然に含まれるものと解すべ
きだからであり、しかも、この解釈による以上、債権のないところにも、なお、強
制執行の機能保護の法益は存在するものというべきだからである。
 されば、いやしくも強制執行を免れる目的をもつてその対象となるべき財産の仮
装譲渡その他刑法九六条ノ二列記の行為をしたときは、強制執行妨害罪は成立する
ものと解すべく、後日、民事本案訴訟において債権の存在しないことが確定判決に
よつて当事者間に確定されても、また、刑事訴訟の審理過程において債権の存在が
否定されても、これがためすでに成立している強制執行妨害罪に影響を及ぼすもの
とはいえない。
 ところで、強制執行妨害罪は、刑法九六条ノ二の文理面では、もとより行為の時
期の如何を問わないものと解されるが、しかし、その行為のなされる客観状態につ
き構成要件上必要とされるものがあるかどうかについて考えてみると、本条におい
て強制執行妨害罪の客観的違法要素として列記されている行為のどの一つをとつて
も債権者を害すべき行為であること、しかも、それが強制執行を免れる目的(主観
的違法要素)によつて結合されているのであるから、そのような行為は、少なくと
もその者が、保全執行等を含む強制執行を受けるおそれのある状態の下にあること
を前提とするものというべきであり、かかる客観的な状態の下にあるに際して債権
者を害すべき行為をしたときは、すなわち、本条の保護法益侵害の具体的危険性を
生じたものとして可罰性を付与したものと解するを相当とする。そして、強制執行
を受けるおそれのある状態であつたかどうかは、具体的事案について個々に決定す
るの外はない。
 よつて、これを本件についてみると、証拠によれば、(一)被告人の義弟Aは、
Bに対して一一〇万円の貸金債務を負担し、同債務につき貸借証書上、被告人が連
帯保証人となつていたこと、(二)被告人は、Aと共に被告としてBから一一〇万
円の連帯保証債務について訴訟を提起され、その訴状の送達を受けたこと(この訴
訟において仮執行の宣言が求められている)、(三)債務者Aは、当時無資産にな
つていたので、被告人は、敗訴の場合にそなえて、あらかじめ自己の財産の保全を
図り強制執行を免れるため、妻と共謀の上、本件土地家屋を長女名義に仮装譲渡し
たことが認められ、被告人は、まさに強制執行を受けるおそれのある状態の下にあ
つたとするに十分である。多数意見のように、「単に債権者がその債権の履行請求
訴訟を提起したというだけの事実」に止まるものではない。多数意見は、刑法九六
条ノ二の法意を不当に制限する解釈に立つて右事実関係を看過するもので賛同する
ことができない。なお、多数意見は、原判決が「一審判決引用の証拠によれば、被
告人はBに対し保証債務を負担するものであることを認められないことはない」と
したのを批判するのであるが、原判決の右判示は蛇足に過ぎないものと解される。
これを要するに、原判決は、結局正当に帰し、本件上告は、これを棄却すべきもの
である。
 検察官 中村哲夫出席
  昭和三五年六月二四日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

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