弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破毀する。
     本件を東京高等裁判所に差戻す。
         理    由
 弁護人作間耕逸の上告趣意は末尾添附別紙記載の通りでありこれに対する当裁判
所の判断は次ぎの如くである。
 第一点に付て。
 所論の様な経過を判文に書くことを要求して居る法の明文がないのは勿論、書か
なければならないと解すべき根拠もない。書く方がいいかも知れないけれども書か
なかつたからといつて違法なりとすることは出来ない論旨は理由がない。
 第二点に付て。
 (一) 学校の開校式に臨んで経過報告をしたという事実の中には学校に出入し
たという事実を含んで居ることは勿論である。其故原審が此の事実を審理して正当
の事由がなかつたと認めたときは該当条文を適用して処断することは差支ない(公
訴事実と原審認定の事実とは其基本たる事実関係において相違はない)其故原判決
には所論の様な違法はない。
 (二) 右の処断をするに当つては判文に何のために出入したかを具体的に判示
する必要はない、正当な理由がなかつた旨を記せば足りる、そして原判決挙示の証
拠を見れば被告人は只開校式に臨むために出入しただけで正当の理由がなかつたこ
とがわかる、所論の様な事項は出入を禁ぜられて居ない人ならば通常為すべきこと
であろう。しかし所論法条によつて出入を禁ぜられた者が其禁止に拘わらず出入す
べき正当の事由とは到底なり得ないので論旨は理由がない。
 (三) 昭和二二年政令第六二号第七条は教職不適格者が従前の地位勢力等を利
用して退職当時の勤務先であつた学校等に対してこれを支配したり、其他何等かの
影響を与へたりすることを防止するため右学校等の執務場所に出入することを禁じ
たものである、此趣旨から見て同条の「執務の場所」とは退職当時の勤務先であつ
た学校が現に使用して居る執務の場所を指すこと勿論で、退職当時執務の場所でな
かつた処でも犯行当時執務の場所であればいいのである。原判示第二の被告人が出
入した判示学院新校舎の教室は所論の通り被告人退職後落成したものであるが判示
日時判示学院新校舎の教室となつて居たことは原判決の明認する処であるから判示
行為を右法条に違反するものとした原判決は相当で論旨は理由がない。
 第四点に付て。
 公訴事実の一部か無罪となつた場合でも訴訟費用の全部を被告人に負担させても
違法ではない、かかる場合訴訟費用の部を負担させるか或は其全部を負担させるか
は原審の採量の範囲に属するものであるから原判決に所論の様な違法はない。
 第五点に付て。
 論旨は結局原審の量刑に対する批難であつて上告適法の理由とならない。
 第三点に付て。
 原判決は被告人が判示第一に記載される行為をしたことによりあらたに教職に就
いたものとしてこれに判示政令第六二号第三条第二項を適用して居るのである。し
かし同条法文の「あらたに」「就く」等の語によつて見れば同条は追放によつて教
職を一旦去つた者(或は初めから教職に就て居なかつた者)が追放後あらたに教職
に就く場合を規定して居るものと見るべきであろう。これを広く解するとしても、
追放後残務以外の新な教職上の事務を為した場合を指すものというぺく、追放後未
だ教職を去らない者が、其直後残務整理又は事務引継の為め已むを得ず為した行為
の如きは含まぬものと解するを相当とする。或は「あらたに教職に就き」とは引続
き教職に従事する場合をも含むものと解しなければ右政令の目的は達せられないと
いうかも知れない。しかし追放を受けた者は前記の様な已むを得ない行為を終了し
た後は遅滞なく教職から退かなければならないことはいう迄もなく、当人が退かな
い場合は文部大臣は何時でも解職又は解任することが出来る(後説)のであるし又
追放を受けた者が正当の事由なくして従来の職務執行の場所に出入することは第一
条第七条によつて禁止されて居るのであるから、此の双方相俟つて目的は充分達せ
られるであろう、固より追放に関する事項は厳格に取扱わなければならないこと勿
論であるが、追放後一日の猶予も与へられず、残務整理事務引継のため已むを得な
い様な行為を為すことも許されないと解するのは所謂公職追放の場合に二〇日の猶
予が与へられて居る(後説)のに比べて余りに権衡を失し酷であろう。しかるに原
審は被告人が何時教職を退いたかを判示して居ないし原審挙示の証拠を見ても明で
ない、原審は或は追放を受けた者は其れにより当然直ちに教職を失うものであると
の趣旨に出たのかも知れない、しかし所謂公職追放の場合においては覚書該当者は
その追放指定の日より二一日目に当然失職する趣旨の規定が設けられて居るのに反
し、教職追放に付てはかような規定はなく、却つて昭和二二年文部外八省令第一号
(昭和二一年五月一日)第二条によれば同第二条の私立学校の教員其の他の職員又
は教育に関する法人の役員の職にある者が教職不適格として指定を受けたときは文
部大臣がこれを解職又は解任することが出来ると規定して居ることに徴すれば、教
職員については当然失職となるものではなく、本人の辞職又は右の解職又は解任に
よつて始めて職を失うものと解するのが相当である(実際上の行政上の措置も以上
の見解に従つて処理されて居るのである)なお原審が「あらたに教職に就たもので
ある」といつて居るのは或は残務等の仕事でなく新な行為をしたとの意であるかも
知れないけれども、原判文によつては残務であるか新な行為であるかわからないの
みならず挙示の証拠を見ても明でない。そして原審は被告人が追放の通知を受領し
た日の翌日からの行為を罰して居るのであるから、其中には残務整理又は事務引継
の為め必要な行為もあるかも知れない、むしろあつたろうと想像する方が自然であ
ろう、されば原審は本件被告人の行為は被告人が一旦教職を退いた後あらたに為し
た行為であるか否か、又若し退かない間の行為であるならば残務等の為已むを得ざ
るに出でた行為であるか否かを判断しなければならない、此点において原審は理由
不備の違法あるものというの外なく、そして此違法は判決主文に影響を及ぼす虞あ
るものであるから論旨は理由があり原判決は破毀を免れない。
 よつて上告を理由ありとし同刑事訴訟法第四四七条第四四八条の二に従ひ主文の
如く判決する。
 以上は当小法廷裁判官全員一致の意見である。
 検察官 安平政吉関与
  昭和二四年四月二六日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介

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