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平成28年7月28日判決言渡
平成27年(行ケ)第10191号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成28年6月30日
判決
原告住友金属鉱山株式会社
訴訟代理人弁護士中川康生
同川添大資
同村井隼
同山本卓典
同中川康生復代理人弁護士綿秀斗
訴訟代理人弁理士伊東忠彦
同伊東忠重
同大貫進介
同鶴谷裕二
同佐々木定雄
同加藤隆夫
被告シャープ株式会社
訴訟代理人弁護士永島孝明
同安國忠彦
同朝吹英太
同安友雄一郎
同野中信宏
訴訟代理人弁理士若山俊輔
同磯田志郎
主文
1特許庁が無効2011-800241号事件について平成2
7年8月11日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要(認定の根拠を掲げない事実は争いがないか弁論の全趣旨により
容易に認定できる事実である。)
1特許庁における手続の経緯等
被告は,平成19年3月26日,発明の名称を「半導体装置および液晶モジュー
ル」とする発明につき特許出願(特願2003-188854号(平成15年6月
30日(以下「原出願日」という。)にした特許出願の一部を分割した特許出願))
をし,平成22年7月16日,特許第4550080号(請求項の数は6である。)
として特許権の設定登録を受けた(甲1。以下,この特許を「本件特許」という。)。
原告は,平成23年11月21日,本件特許の請求項1ないし請求項6に係る発
明(以下,各請求項記載の発明を請求項1ないし6の区分に応じて「本件発明1」
ないし「本件発明6」といい,これらを併せて「本件発明」という。)を無効とする
ことを求めて無効審判を請求し(無効2011-800241号。以下「第1無効
審判」という。),また,平成24年1月30日,本件発明を無効とすることを求め
て無効審判を請求した(無効2012-800006号。以下「第2無効審判」と
いう。)。これに対し,特許庁は,第1無効審判に係る手続を中止し,まず第2無効
審判を審理し,平成24年9月19日付けで本件発明についての特許を無効とする
旨の審決をした。
これに対し,被告は,上記審決に対し,審決取消訴訟(平成24年(行ケ)10
373号)を提起したところ,知的財産高等裁判所は,平成25年9月30日,当
該審決を取り消す旨の判決(甲48)を言い渡し,その後当該判決は確定した。特
許庁は,第2無効審判につき再度審理し,平成26年6月26日,審判請求は成り
立たない旨の審決をし,当該審決は出訴されることなく確定した。
さらに,原告は,平成26年6月10日,本件発明を無効とすることを求めて無
効審判(無効2014-800096号)を請求した。これに対し,特許庁は,平
成27年5月25日,当該無効審判につき,審判請求は成り立たない旨の審決をし
たことから,原告は,平成27年7月3日,審決取消訴訟(平成27年(行ケ)第
10128号)を提起した。当該事件は知財高裁に係属している。
また,特許庁は,上記のとおり中止されていた第1無効審判の審理を再開し,平
成27年8月11日,審判請求は成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)
をした。これに対し,原告は,平成27年9月17日,本件審決取消訴訟を提起し
た。
2前提となる事実
(1)当事者等
ア半導体装置の製造過程は,次のとおりである。まず基板メーカーが基板を製
造し,その基板を配線加工メーカーに納品する。次に,配線加工メーカーは,その
基板に配線パターンを形成するため,その基板の上層(銅配線層及びバリア層)の
不要箇所を除去するなどの加工を行う。そして,半導体装置メーカーは,当該配線
加工済みの基板にICを搭載し,半導体装置を製造し,当該半導体装置の信頼性試
験を行う。
イ原告は,上記にいう基板メーカーであり,被告は,上記にいう半導体装置メ
ーカーである。●●●●●●●●,新藤電子工業株式会社(以下「新藤電子」とい
う。),●●●●●●●●●●●●●●,●●●●●●●●●●は,いずれも上記に
いう配線加工メーカーである。
(2)本件特許出願に至る経緯等
アA(以下「A」という。)は,平成4年4月に原告に入社し,平成12年から
平成15年まで二層銅ポリイミドメタライジング基板を用いた製品の調査研究を行
った。
イ被告は,平成14年9月頃,最小配線ピッチ幅を30μmとしドット反転駆
動のCOFを備えた液晶モニタ用液晶モジュール向け液晶ドライバ(機種名を「L
H165M」といい,以下「本件製品」という。)の新規開発に着手し,被告の液晶
LSI事業部実装応用技術部に所属するB(以下「B」という。)その他被告従業員
が担当した。
ウところが,本件製品は,同年12月19日,被告の社内において実施した信
頼性試験において不良品が多数発生したため,不合格となった。そのため,Aは,
Bから,同月26日,本件製品が上記信頼性試験で不合格となった旨伝えられた上,
その原因分析又は対策案を検討するように求められた。
エAは,平成15年1月23日,Bから緊急に打合せをしたい旨連絡を受けた
ため,同日午後8時から11時ころまで,その他原告従業員とともに,Bと京都駅
付近で打合せ(以下「京都会議」という。)を行った。
オBは,同月27日,社内説明会において,不良品対策としてマイグレーショ
ン発生を抑えるため,バリア層(シード層ともいう。)のクロム含有率を7%から2
0%とする対策を行うように提案した。
カ被告は,同年6月30日,発明者をB及びC(以下「C」といい,両名を併
せて「Bら」という。)として被告単独で本件特許出願の原出願をし,平成19年3
月26日,当該出願の一部を分割して本件特許出願をした。
3特許請求の範囲の記載(甲1)
本件特許の請求項1ないし6に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである
(請求項1の分説及びアルファベットの表示は裁判所による。また,本件特許の明
細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。
「【請求項1】
A絶縁性を有するベースフィルム,該ベースフィルム上に形成されたニッケル
-クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層,および該バリア層の上に形成
された銅を含んだ導電物からなると共に表面にスズメッキが施された配線層を有す
る半導体キャリア用フィルムと,前記配線層に接続された突起電極を有する半導体
素子とを備える半導体装置であって,
B前記バリア層と前記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配
線が複数あり,そのうちの少なくとも隣り合う二つの前記半導体素子接合用配線の
間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×105
~2.7×10

V/mであり,
C前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し,
D前記バリア層におけるクロム含有率を15~50重量%とすることにより,
前記バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制することを特徴とする
E半導体装置。
【請求項2】
前記半導体素子接合用配線の端子間ピッチが100μm以下となる箇所を有する
ものであることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置。
【請求項3】
前記バリア層のクロム含有率が15~30重量%であることを特徴とする請求項
1または2に記載の半導体装置。
【請求項4】
前記バリア層の厚みが10~35nmであることを特徴とする請求項1から3の
何れか一項に記載の半導体装置。
【請求項5】
前記ベースフィルムの厚みが25~50μmであることを特徴とする請求項1か
ら4の何れか一項に記載の半導体装置。
【請求項6】
請求項1から5の何れか一項に記載の半導体装置を備えたことを特徴とする液晶
モジュール。」
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書(写し)に記載のとおりである。その要旨は,次のと
おりである。
本件発明は,「バリア層におけるクロム含有率を15~50重量%とすることに
より,前記バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制する」という構成に技術
的特徴があるところ,原告従業員であるAは,被告従業員であって本件特許公報に
発明者として記載されているBらに対し,上記技術的特徴を提案したといえないか
ら,Aは本件発明の発明者とはいえず,他方,Bは,上記技術的特徴を実現するこ
とができる程度に技術的知見を既に得ていたと認められ,本件発明の発明者の少な
くとも一人であるといえるから,本件特許は,冒認出願又は共同出願違反に対する
ものではなく,無効とされるべきものではない。
第3取消事由に関する当事者の主張
1原告の主張
審決には,本件発明についての共同出願違反に関する判断の誤り(取消事由1),
冒認出願に関する判断の誤り(取消事由2)があり,その誤りは審決の結論に影響
を及ぼすから,審決は違法であるとして取り消されるべきである。
(1)取消事由1(共同出願違反に関する判断の誤り)
ア本件発明の技術的特徴は,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制す
るという課題を解決するために,クロム含有率を従来の7重量%から20重量%に
増加したバリア層を採用するものであるところ,Aは,Bに対し,上記課題の解決
手段として京都会議でバリア層のクロム含有率を従来品の7重量%ではなく20重
量%とした構成(以下「本件構成」という。)を伝えたものである。それにもかかわ
らず,Aがエッチング性の観点から本件構成を伝えた旨認定して,Aの共同発明者
性を否定した審決の判断は,事実誤認を前提とするものであり,違法である。そも
そも京都会議が急遽招集された目的は,錫メッキを施した本件製品が信頼性試験で
不合格となった原因であるマイグレーション対策であって,Aは,京都会議の前に
既にバリア層におけるクロム含有率を上げるとマイグレーションの発生を抑えるこ
とができるという着想(以下「本件着想」という。)を踏まえ,本件構成がマイグレ
ーションの抑制に有効であるという知見を既に有していたのであり,京都会議にお
いて本件着想を踏まえた本件構成を説明できる段階に至っていたものである。
イ本件発明の技術的特徴である本件構成は,Bらにおいて見い出されたもので
はなく,京都会議でAから伝えられたものである。Bらその他被告従業員は,京都
会議以前にはマイグレーションを抑制する対策案を見い出すことができなかったの
であり,このことは,「LH165M高温高湿バイアス試験でのCuマイグレーション検討
結果」と題する書面(甲40の3)からも明らかである。Bは,京都会議の後に初
めて対策案として本件構成を被告社内に報告したのであり,このことは,平成15
年1月27日付けのメモ及び「エスパーフレックスの銅マイグレーション」等と題
する書面(甲40の1及び2)からも明らかである。これに対して,被告は,マイ
グレーションの原因がバリア層の残渣によるものではないと気付いたBらにおいて
上記技術的特徴を自ら着想した旨主張する。しかし,Bは,京都会議の前には本件
製品の信頼性試験不合格に対する対策案を見出せず被告社内においてマイグレーシ
ョンの原因が不明であると報告しているのであって(甲40の3),その数日後に上
記技術的特徴を着想したとするのは,上記不合格に対する対策のために急遽京都会
議が設けられた経緯に照らしても,明らかに不自然である。そもそも被告が京都会
議の前にマイグレーション対策としてクロム含有率に着目していたと認めるに足り
る証拠はなく,このことは,BがAに対し京都会議後にも,クロム含有率がどの程
度がよいかなどと質問している経緯(甲25,甲26)からも明らかである。
ウしたがって,本件特許出願が特許法38条に違反しないとした審決の判断に
は誤りがある。
(2)取消事由2(冒認出願に関する判断の誤り)
ア上記1のとおり,本件発明の技術的特徴は,バリア層のクロム含有率を従来
の7重量%から20重量%にすることによってバリア層の溶出によるマイグレーシ
ョンを抑制するという本件構成にあるところ,Aは本件構成に自ら想到したもので
あり,本件発明の発明者である。これに対し,Bらは,本件製品の信頼性試験が不
合格となった事実を知らされ,当該事実をA氏に伝えて,その原因究明及び対策支
援を依頼した者であって,その後京都会議でAから本件着想を踏まえた本件構成を
提案され,これを被告社内で報告した者にすぎない。
イしたがって,本件発明の発明者は原告従業員のAであり,本件特許は,冒認
出願に対してされたものであるから,これを否定した審決の判断には誤りがある。
2被告の反論
(1)取消事由1(共同出願違反に関する判断の誤り)
アBらは,本件製品の試験片が信頼性試験に合格しなかったことから,その原
因の究明及び解決に乗り出し,遅くとも平成15年1月27日までには,当該信頼
性試験の不合格の原因が,エッチング条件の不良によるバリア層の残渣によるもの
ではなく,バリア層の一部がバリア層の中に浸入した水の中にイオンとして溶出し,
更に配線を構成する銅が析出して発生するという課題の存在を解明し,遅くとも同
年4月21日までには,本件課題の解決方法を具体化し,本件発明を完成させた。
これに対し,Aは,上記課題又は本件発明の技術的特徴を把握しないまま,単にフ
ィルムメーカーの立場から,Bらの補助者として,Bの要求に応じて,当時公知で
あった「クロム含有率20%」の製品を提供したにすぎず,Aは,Bらが行ったよ
うな課題の発見,発明完成に向けての試行錯誤等は行っていない。
イのみならず,Aは,本件発明の技術的特徴を把握しないまま,かえって,B
に対し,平成15年1月15日,本件製品の信頼性試験不合格の原因が新藤電子に
よるエッチング条件の不良によるバリア層の残渣によるものである旨の誤った考え
を伝えていた。むしろ,Bは,クロム含有率が高くより強固なバリア層を有する本
件製品で銅の析出を防止することができるかどうか実験する必要があると考えてい
たため,Aに対し,同月20日には,クロム含有率が20重量%のバリア層を有す
るサンプルが存在するかどうか在庫確認をしているのであるから,本件発明の技術
的意義を理解していたのは,AではなくBであった。しかも,Aは,同年2月14
日時点でも,メール(甲44)において「リード間の残渣や,Snめっきの表面常
態の影響かもしれません。」などと記載しているように,京都会議の後にも本件着想
に気付かずに,未だエッチング条件の不良によるバリア層の残渣をマイグレーショ
ン発生の原因として捉えていたことが認められる。
ウしたがって,本件発明はBらによって発明されたものであり,Aが本件発明
の共同発明者とはいえないから,本件特許が共同出願要件に違反してされたものと
はいえないとした審決の判断に誤りはない。
(2)取消事由2(冒認出願に関する判断の誤り)
上記(1)のとおり,本件発明はBらによって発明されたものであるから,Aは本件
発明の単独の発明者とはいえず,本件特許が冒認出願に対してされたものとはいえ
ないとした審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,原告の取消事由1には理由があり,審決にはこれを取り消すべき違
法があるものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1本件発明に至るまでの経緯
前提となる事実に証拠(後掲各証拠のほか,甲30,49)及び弁論の全趣旨を
総合すれば,以下の事実が認められる。なお,本件にはBらの陳述書は提出されず,
被告からは同人らに対する証人申請の申出もされていない。
(1)Aが実施した研究開発の内容
アAは,平成4年4月に原告に入社したところ,平成12年から平成15年ま
で原告中央研究所で二層銅ポリイミドメタライジング基板を用いた製品を開発する
とともに,当該基板の耐マイグレーション性を高めるための研究を行っていた。
イAは,平成12年頃,ニッケル-クロム合金のバリア層が溶出して銅のマイ
グレーションが生じ得ることが報告されていたところ,その原因がバリア層自体の
種類,厚さ,膜質の影響が関係している可能性があることを認識した。そのため,
Aは,バリア層の膜厚を厚くすること,バリア層のクロム含有率を従来品の7重量%
から20重量%に上げることなどを検討し,同年10月20日から29日までには,
クロム含有率7%の現行品(Ni-7Cr)を同含有率20%の製品(Ni-20Cr)にすれば,
マイグレーション性が向上する可能性がある旨を社内で指摘していた(甲2,甲4)。
ウAは,平成13年3月頃,信頼性試験後の試験片を裏側から観察したところ,
バリア層の一部が腐食し又は溶出して,銅がむき出しになっていることを確認した
ことから,バリア層が腐食し又は溶出したことでバリア層に守られていた銅のマイ
グレーションが生じ得るという現象を発見した。
エ上記の発見を踏まえ,Aは,同年5月24日,マイグレーションの発生原因
が基板のバリア層及び異物などの残りにあるとして,バリア層におけるクロム含有
率を上げるとマイグレーションの発生を抑えることができるという本件着想を社内
に報告した(甲5)。その後,Aは,バリア層の組成に関してマイグレーション試験
を実施したところ,バリア層のクロム含有率を従来品の7重量%ではなく20重
量%とした本件構成が耐マイグレーション性に優れているという試験結果を得た。
Aは,当該試験結果につき,本件着想に基づき,クロム含有率を高めてバリア層の
耐食性を高めることによってバリア層の腐食を防ぐことができたから,マイグレー
ションの発生を抑えることができたものと認識した。
(2)被告の商品開発及び信頼性試験の結果
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ウBは,Aに対し,同年12月26日,新藤電子が製造した本件製品が上記信
頼性試験で不合格になった旨伝えた上,その原因分析又は対策案を検討するように
求めた。そのため,Aは,中央研究所でその分析を行うこととし,翌日,新藤電子
から不合格に関する情報を入手するとともに,関連資料を受領した(甲10)。その
際,Aは,新藤電子から,本件製品に●●●●が施されていたことを伝えられたと
ころ,酸性の特殊な液を用いる●●●●によってクロム含有率●重量%のバリア層
が溶けるという知見を有していたことから,本件製品は●●●●が原因で不合格に
なったものと理解した。ただし,上記の●●●●液によるバリア層の溶解を防ぐ対
策としても,クロム含有率●●重量%のバリア層が有効であることも認識していた。
エAは,バリア層の組成を本件構成にすることは現行品の基板の仕様を大きく
変更することになるため慎重に進める必要があるとして,本件着想を踏まえた本件
構成をBに直接伝える前に,原告社内向けにまず伝えることとした。そこで,Aは,
原告社内の各部署の従業員に対し,同月28日には,ファインピッチ用としてクロ
ム含有率20パーセントの製品を開発することを提案した(甲10)。また,Aは,
平成15年1月6日には,原告社内従業員に対し,耐マイグレーション性に効果が
あるのはバリア層の膜質を良くしその純度を上げることが第一であり,そのために
は,クロム含有率を上げた材料を用いることとしてクロム含有率20%を採用する
ことを提案した(甲22)。
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カBは,同日,Aに対し,本件製品(●●●●品)につき,マイグレーション
の原因と対策を問い合わせたところ,Aは,同日,Bに対し,マイグレーションの
原因は,●●●●の際に用いられる●●●●液の薬品により,液の染み込みによっ
てメッキが劣化したり,ニッケルが溶解することによるものであり,その対策とし
ては,クロム含有率を現行の●重量%から●●重量%とすることで液の染み込みを
防止することができ,●●%以上とすることでバリア層のニッケルの溶解が防止で
きるとの対策を伝えた(甲12の1)。
キまた,Aは,Bとの間で,同月15日,マイグレーション対策につき打合せ
をし,Bに対し,マイグレーション現象としてリード間にデンドライト(樹枝状結
晶)が生成することを指摘し,その対策としてユーザー工程の改善及び基板の改善
を提案した(甲18の2頁)。具体的には,ユーザー工程の改善としては残留を防止
するためエッチングを強化することを提案し(甲18の6頁),基板の改善としては
「通常グレード」ではなく「耐熱グレード」(S’perfext耐熱ファインパターング
レード)であればファインピッチ化に適用し得る旨を図表で示し(甲18の8頁,
10頁),その際に「耐熱グレード」はクロム含有率20重量%のバリア層を採用す
るものであることを口頭で補足した(甲49【034】,【035】)。その後,Bは,
Aに対し,クロム含有率20%のバリア層を採用した製品の在庫を確認するように
求めたところ,Aは,Bに対し,同月20日,新藤電子に納品しているクロム含有
率20%を有するサンプル品を紹介した(甲13)。
クその後,Bは,●●●●ではなく錫メッキを施した本件製品も信頼性試験に
合格しなかったことから,根本原因の究明と対策を今後の課題として掲げた。その
際に,改善の取組み等としては,バリア層カバレッジ向上や撥水処理が示されたも
のの,バリア層のクロム含有率を向上させることは一切指摘されなかった(甲40
の3)。
(3)京都会議の内容と被告のその後の対策(甲23)
アAは,同月23日,Bから緊急に打合せをしたい旨連絡を受けたため,同日
午後8時から11時頃まで,その他原告従業員とともに,Bとの間で京都会議を行
った。●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
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エBは,Aに対し,同月21日,バリア層の腐食と銅の析出の件につき緊急課
題であるとした上,クロム含有率又はバリア層の厚みにつきどれが良いかをメール
で質問した(甲25)。また,Bは,Aに対し,同月25日,Cr40%ではより効
果があるかなど,基礎データが不足しクロム含有率がいくらであったらよいのか本
当に問題ないか分からないため,データを提示するように依頼した(甲26)。
オA,Bを含む被告従業員ら,新藤電子従業員らは,同月26日,原告,被告
及び新藤電子の合同会議を開催し,Cr20%の150Å又は300Å厚のバリア
層を持つフィルムを量産化することに向けての検討及び作業分担がなされた(甲2
7)。
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(本件明細書の【0055】,【表2】,【表3】)。
キ被告は,上記実験の結果に基づき,エッチング性をも考慮して,バリア層の
クロム含有率の上限値を50重量%,下限値を15重量%に特定した上,平成15
年6月30日,発明者をBらとして被告単独で本件特許出願の原出願をし,さらに,
平成19年3月26日,原出願に基づき分割出願をした(甲1)。
2Aの共同発明者該当性について
(1)発明者の意義
特許法2条1項は,発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度
のものをいうと規定しているところ,特許制度の趣旨に照らすと,その技術内容は,
当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を
挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければ
ならないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和49年(行ツ)第107号
同52年10月13日第一小法廷判決・民集第31巻6号805頁)。そして,発明
者となるためには,もとより一人の者が全ての過程に関与することを要するもので
はなく,共同で関与することでも足りるというべきであるが,上記発明の意義に鑑
みれば,共同発明者となるためには,当該発明に係る課題を解決するための着想及
びその具体化の過程において,一体的・連続的な協力関係の下に,それぞれが重要
な貢献をなすことを要すると解するのが相当である。
上記の観点から,本件発明の意義及び原告の関与の程度を総合考慮して,Aが本
件発明の発明者に当たるか否かにつき,判断する。
(2)本件発明の意義について
ア本件発明の要旨について
本件明細書によれば,本件発明の内容は,次のとおりであると認められる。
(ア)本件発明は,例えば液晶表示装置を駆動させる半導体チップや受動部品など
を搭載するための半導体キャリア用フィルムを用いた半導体装置に関するものであ
る(【0001】)。近年,液晶ドライバを搭載するキャリアテープは多機能及び高性
能化が進む液晶ドライバの多出力に伴い,ファインピッチ化が急速に進んでおり,
現在,キャリアテープとしては,液晶ドライバを実装するTCP(TapeCarrier
Package)よりファインピッチ化が可能な半導体キャリア用フィルムであるCOF
が主流を占めつつある(【0002】)。
(イ)このCOFを用いた半導体装置の一般的な組立方法(製造方法)は次のとお
りである。ポリイミドからなるベースフィルム上に銅からなる配線をエッチングに
てパターニングし,その配線の上にスズメッキを施すことによって形成された半導
体キャリア用フィルムに,突起電極を形成した半導体チップを熱圧着により接合す
る。この接合する工程をインナーリードボンディング(ILB)という。ILB後
に保護材としてのアンダーフィル樹脂を半導体チップと半導体キャリア用フィルム
の間に充填した後,アンダーフィル樹脂を硬化させる。その後,ファイナルテスト
を行って,COFを用いた半導体装置の組立てが完了する。このとき,ベースフィ
ルムとなる半導体キャリア用フィルムは主に下記のフィルム基材から作製される。
1つは,(中略)キャスティング法である。もう一つは,ポリイミド基材の上にスパ
ッタ法で金属バリア層を形成し,銅メッキにて配線となる銅の膜(層)を形成する
メタライジング法がある。ファインピッチ化に対しては,配線となる銅の膜厚を薄
くすることが必要であり,薄い銅箔を制御することが困難なキャスティング法より
も,メッキ厚の制御のみで薄膜を形成する事が可能なメタライジング法が適してい
る。(【0003】及び【0004】)
(ウ)メタライジング法によって形成された一般的な半導体キャリア用フィルムの
断面構造図を図8に示す。
メタライジング法では,ベースとなるポリイミド基材110の上にスパッタにて
クロム7重量%,ニッケル93重量%の組成比を持つニッケル-クロム合金のバリ
ア層が50~100Å(5~10nm)程度の厚みにて形成される。その後,10
00~2000Åのスパッタ銅をつけた後,電解又は無電解の銅メッキを行い配線
パターンとなる銅の配線層が厚さ8μm程度にて形成されるのが一般的である。次
に,フィルム基材に所望の配線パターンを形成するため,フォトレジストを銅の配
線層の上に塗布して硬化させ,所定のパターンにてマスクした後,露光・現像・銅
エッチング・フォトレジスト剥離を行う。これにより,図8に示されるように,所
定の幅を有するバリア層102及び銅の配線層103が形成される。フォトレジス
ト剥離後に,図示しないスズメッキ,若しくはスズメッキ及び金メッキが形成され
る。また,必要な部分の配線上にソルダーレジスト111が被覆されることによっ
て,フィルム半導体キャリア用フィルムが作製される。(【0005】)
(エ)しかしながら,上述のような従来のメタライジング法で形成された半導体キ
ャリア用フィルムでは,電位差の生じる配線(端子)間の距離を小さくファインピ
ッチ化した場合や,高出力によって端子間に生じる電位差が大きくなった場合に,
高温高湿環境下で電位差の生じた隣り合う端子間にマイグレーションが発生して,
当該端子間の絶縁抵抗が劣化しやすかった。特に,配線に金メッキを施している場
合には,メッキ液としてシアン系の溶剤を使用しているため,微量に残る当該溶剤
のため,より顕著にマイグレーションが発生していた。これにより,更なるファイ
ンピッチ化や高出力化を図ることができないという問題があった。
(オ)ここで,マイグレーションの発生の機構(メカニズム)について検討したと
ころ,以下のような知見を得たので,図9を用いて説明する。
図9は,従来例の半導体キャリア用フィルムの断面図である。ポリイミドからな
るベースフィルム110の上にバリア層102及び銅の配線層103a,103b
が形成されている。バリア層102及び配線層103a,103bの表面には,ス
ズメッキ104が形成され,さらに,その上層には金メッキ105が形成されてい
る。ここで,バリア層102は,クロム含有率が7重量%であり,ニッケル含有率
が93重量%であるニッケル-クロム合金からなり,その厚みは7nmである。ま
た,配線層103aと配線層103bとの間には電位差が生じており,配線層10
3aは正電位,配線層103bは負電位若しくはGND電位を帯びている。(【00
06】ないし【0008】)
このような従来の半導体キャリア用フィルムが高温高湿のような環境下におかれ
ると,水分106が半導体キャリア用フィルム上に付着する。水分106は塩素等
の不純物を含んでおり,正電位を帯びた配線層103a側のバリア層102に存在
するポーラス部分から当該水分106が浸入する。これによりバリア層102の一
部が水分中にイオンとして溶出し,負電位若しくはGND電位を帯びている配線層
103bに向けて移動する。当該バリア層溶出部分107を通じて配線となる銅が
腐食し,腐食部109が発生する。さらに,配線層103aを形成している銅も,
負電位若しくはGND電位を帯びた配線層103bに向けて溶出する。特に,金メ
ッキ105が施されるときに,通常シアン系の溶剤が使用されるが,洗浄しきれず
に残存している当該シアン系の溶剤により銅の腐食や,配線層103aの成分であ
る銅及びバリア層102の成分の溶出が発生しやすくなっている。このようにして,
上記銅溶出部分108やバリア層溶出部分107によって,マイグレーションが発
生し,端子間の絶縁抵抗が劣化する。(【0009】)
(カ)本件発明は,上記の問題点に鑑みてなされたものであり,その目的は,ファ
インピッチ化や高出力化に適用できるように,高温高湿環境下であっても,従来よ
りも端子間の絶縁抵抗が劣化しにくい半導体装置,液晶モジュールを提供すること
にある(【0010】)。本件発明の半導体キャリア用フィルムは,上記の課題を解決
するために,絶縁性を有するベースフィルムと,ベースフィルムの上に形成された
クロム合金からなるバリア層と,バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物から
なる配線層とを有する半導体キャリア用フィルムであって,前記バリア層における
クロム含有率が15~50重量%であることを特徴としている(【0011】)。
(キ)以上のとおり,本件発明の半導体キャリア用フィルムは,絶縁性を有するベ
ースフィルムと,ベースフィルムの上に形成されたクロム合金からなるバリア層と,
バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物からなる配線層とを有する半導体キャ
リア用フィルムであって,前記バリア層におけるクロム含有率が15~50重量%
である構成である(【0024】)。そのため,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率が
向上するため,バリア層を流れる電流が小さくなり,配線層を形成する銅の腐食を
抑制することができ,また,バリア層の表面電位が標準電位に近くなるため,バリ
ア層を形成している成分の水分中への溶出を抑制することができ,端子間のマイグ
レーションの発生がなくなる(【0025】)。
したがって,ファインピッチ化や高出力化に適用でき,高温高湿環境下であって
も,従来よりも端子間の絶縁抵抗が劣化しにくい半導体装置を提供することができ
るといった効果を奏する(【0026】)。
イ本件発明の技術的特徴について
上記アの認定事実によれば,従来のメタライジング法で形成された半導体キャリ
ア用フィルムは,ファインピッチ化又は高出力化に伴って電位差の生じる端子間の
距離を小さくした場合又は高出力によって端子間に生じる電位差が大きくなった場
合,高温高湿環境下で電位差の生じた隣り合う端子間にマイグレーションが発生し
ていたところ,本件発明は,マイグレーションの発生を抑制するという課題を解決
するために,バリア層のクロム含有率を15重量%から50重量%にすることによ
ってバリア層を形成する成分が水分中に溶出することを抑制し,もって上記マイグ
レーションの発生を防ぐというものである。
(3)検討
上記(2)によれば,本件着想に基づく本件構成は,本件発明の技術的特徴そのもの
であると認められるところ,前記1の認定事実によれば,Aは,平成12年頃には
既にクロム含有率を7重量%から20重量%にすればマイグレーション性が向上す
る可能性を社内で指摘し,平成13年5月頃には本件着想に想到した上,本件構成
によりバリア層の溶出によるマイグレーションを抑制することができるという実験
結果を得て,これを社内に報告し,さらに京都会議において本件着想のみならず,
本件構成までBに提案したことが認められる。そして,Bは,Aが提案した本件着
想に基づき本件構成の耐マイグレーション効果を確認するとともに,当該効果に関
するクロム含有率の臨界的意義を調査することとし,最終的に本件発明に係るクロ
ム含有率の上限値を50重量%及び下限値を15重量%にそれぞれ特定したことが
認められる。
上記認定事実を踏まえると,Aは,Bに対し,本件着想に基づく本件構成を提示
しているのであるから,Aが本件発明の課題を解決するための着想及びその具体化
の過程において重要な貢献をしたことは明らかである。これに対し,Bは,上記認
定事実のとおり,本件発明に係るバリア層のクロム含有率の上限値及び下限値を特
定するという貢献をしているものの,京都会議の前には,上記マイグレーションの
発生の原因と対策を検討するに当たり,バリア層のクロム含有率には一切着目して
いなかったものと認められ,かえって原因が不明であるとしてAにその対策を求め
て京都会議を開催して,Aから本件発明の課題を解決するための着想のみならず,
本件構成という具体的な解決手段まで示されたのであるから,Aが本件発明の共同
発明者であることを否定することはできないというべきである。
(4)被告の主張
ア被告は,Bらにおいて,本件製品の試験片が信頼性試験に合格しなかったこ
とから,その原因の究明及び解決に乗り出し,遅くとも平成15年1月27日まで
には,当該信頼性試験の不合格の原因が,エッチング条件の不良によるバリア層の
残渣によるものではなく,バリア層の溶出によることを解明して本件着想に自ら想
到した旨主張する。
しかしながら,前記1の認定事実によれば,京都会議より前には,Bらは本件製
品の信頼性試験不合格の対策案を見い出すことができず,もとよりバリア層のクロ
ム含有率が有効であるという点には着目していなかったのであるから,その僅か4
日後にBらが社内に報告した本件着想及び本件構成は,Bらが自らに想到したので
はなく,Aによって提案されたものと認めるのが自然である。しかも,被告の主張
によっても,Bにおいて本件製品の信頼性試験不合格の原因がエッチング不良によ
るバリア層の残渣によるものではないとまで認識し得たとしても,マイグレーショ
ンの原因が直ちにバリア層の溶出によるものと特定し得るものとはいえないのみな
らず,Bはクロム含有率に着目したマイグレーション試験を一切行っていなかった
のであるから,京都会議から僅か4日後に,Bらが実験による具体的な裏付けなく
クロム含有率を20重量%とする本件構成の効果を理解してこれを社内に報告した
とするのは,明らかに不自然である。
これに対し,被告は,Aが本件発明の課題又は本件発明の技術的特徴を把握しな
いまま,単にフィルムメーカーの立場から,Bらの補助者として,Bの要求に応じ
て,当時公知であった「クロム含有率20%」の製品を提供したにすぎず,Aは,
Bらが行ったような課題の発見,発明完成に向けての試行錯誤等は行っていないと
も主張する。しかしながら,前記1の認定事実によれば,Aは,既に平成13年頃
には従来品のクロム含有率7重量%のバリア層よりも20重量%のバリア層の方が
耐マイグレーション性に優れているという本件構成に関する試験結果を得ていたと
認められるのであるから,被告の上記主張は,その前提を欠くものである。
イまた,被告は,Aが本件発明の技術的特徴を把握せず,かえって,Aは,B
に対し,平成15年1月15日,本件製品の信頼性試験不合格の原因が新藤電子に
よるエッチング条件の不良によるバリア層の残渣によるものである旨の誤った考え
を伝えていた旨主張する。しかしながら,前記1の認定事実によれば,Aは,Bに
対し,同月8日には,クロム含有率を20重量%とすることで液の染み込みを防止
することができる旨を伝え,同月15日,上記エッチング条件の不良を伝えるとと
もに,不良箇所につき「リード間にデンドライト生成」と分析した上,その対策と
してクロム含有率を20重量%とする「耐熱グレード」を採用することを具体的に
資料(甲18)をもって提案しているのであるから,被告の主張は,上記資料にい
う「耐熱グレード」の技術的意義を正解しないものである上,真実とは異なる事実
を前提とするものであって,採用することができない。
ウ次に,被告は,Bが高いクロム含有率でより強固なバリア層を有する本件製
品で銅の析出を防止することができるかどうか実験する必要があると考えていたた
め,Aに対し,平成15年1月20日には,クロム含有率が20重量%のバリア層
を有するサンプルが存在するかどうか在庫確認をしているのであるから,本件発明
の技術的意義を理解していたのは,AではなくBであった旨主張する。しかしなが
ら,前記1の認定事実及び上記イのとおり,Aは,Bに対し,当時既にクロム含有
率を20重量%とする「耐熱グレード」がマイグレーション対策として有効である
旨提案していたと認められるのであるから,上記のとおりBがAに対しクロム含有
率20重量%の上記サンプルを求めたのは,Aからこれより5日前に伝えられた「耐
熱グレード」のサンプルを求めたにすぎず,Bが自ら本件構成を着想したことを裏
付けるものとはいえない。被告の上記主張は,Bが既にAから本件構成を伝えられ
ていたという前提事実を踏まえたものではなく,採用することができない。
エさらに,被告は,平成15年2月14日時点でもAはメール(甲44)にお
いて「リード間の残渣や,Snめっきの表面常態の影響かもしれません。」などと記
載しているように,京都会議の後にも本件着想に気付かずに,未だエッチング条件
の不良をマイグレーション発生の原因として捉えていた旨主張する。
しかしながら,前記1の認定事実によれば,Aは,同月14日,クロム含有率7
重量%のバリア層とクロム含有率20重量%のバリア層との比較実験において,銅
の最短析出時間で判断すれば両者に差がなかった原因としてエッチング条件の不良
を指摘したにすぎず,銅の平均析出時間で判断すればクロム含有率20重量%の方
が有利である旨報告しているのであるから,エッチング条件の不良のみをマイグレ
ーション発生の原因として捉えていたものではないことは明らかである。そもそも,
クロム含有率を上げれば耐マイグレーション性は向上するもののエッチング性が低
下するという副作用が生ずるため,本件着想を具体化するにはエッチング性の改善
という技術的課題も解決する必要が生ずるのであって,被告の上記主張は,本件着
想に伴う技術的課題を正解せず,単にエッチング性のみに着眼するものであって,
失当というほかない。
オ以上によれば,被告の上記各主張は,本件の事実経過及び本件発明の技術的
意義に照らし,明らかに不自然なものといわざるを得ず,いずれも採用することが
できない。
(5)まとめ
以上によれば,Aは,本件発明に係る課題を解決するための着想及びその具体化
の過程において重要な貢献をなしており,本件発明の共同発明者であると認められ
るから,原告の取消事由1には理由がある。
第5結論
以上のとおり,原告主張の取消事由1には理由があり,その余の点について判断
するまでもなく,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとして,
主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官設樂一
裁判官中島基至
裁判官岡田慎吾

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