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平成17年(行ケ)第10062号 特許取消決定取消請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第109号)
口頭弁論終結日 平成17年6月28日
判決
原告      凸版印刷株式会社
代表者代表取締役   
訴訟代理人弁護士大場正成
同     嶋末和秀
訴訟代理人弁理士志賀正武
同     高橋詔男
同     青山正和
同     鈴木慎吾
同     柳井則子
被告      特許庁長官
      小川 洋
指定代理人 末政清滋
同     瀬川勝久
同     高木 彰
同     高橋泰史
同     涌井幸一
同     宮下正之
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 特許庁が異議2003-70259号事件について平成16年2月3日にした決定を取り
消す。
第2 事案の概要
 本件は,原告が後記特許の特許権者であるところ,株式会社ディスクから特
許異議の申立てがなされたので,特許庁が審理し,これを取り消す旨の決定をした
ことから,原告が同決定の取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
 原告は,平成7年10月25日,名称を「透過型スクリーン用レンチキュラー
シート」とする発明について特許を出願し(特願平7-277484号,以下「本件出
願」という。)平成14年5月17日,特許庁から特許第3308140号として設定登録を受
けた(甲2。以下,この特許を「本件特許」という。)。
 本件特許に対し,平成15年1月28日付けで,株式会社ディスクから特許異議の申
立てがなされ,同申立ては異議2003-70259号として特許庁に係属した。特許庁は,
平成15年8月21日付けで原告に対し,本件特許について取消理由通知(甲5)を行
い,これに対し原告は,平成15年11月4日付けで特許請求の範囲等について訂正請
求をした(甲3。以下「本件訂正」といい,甲3添付の全文訂正明細書を「訂正明
細書」という。)
 特許庁は,上記事件について審理を遂げ,平成16年2月3日,本件訂正を認めた
上,「特許第3308140号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定(以
下「本件決定」という。)をし,同年2月23日その決定謄本は原告に送達された。
(2) 発明の内容
 本件訂正に係る特許請求の範囲は,下記のとおりである(下線部が訂正部
分)。
               記
「【請求項1】フレネルレンズシートと組み合わせて透過型スクリーンを構
成するレンチキュラーシートにおいて、透明支持体の片面に、凸シリンドリカルレ
ンズが0.3mm以下の間隔で並設されてなるレンズ部が、放射線硬化性樹脂の硬
化物により形成されており、前記支持体の他面である平坦な表面には、紫外線露光
前に粘着性を有する紫外線感光性樹脂層を介して、前記紫外線感光性樹脂層の表面
の、各シリンドリカルレンズの集光作用に基づく非粘着部を除いた境界部に相当す
る粘着部のみの位置に、転写紙から転写層を転移させることによりストライプ状の
遮光パターンが形成され、前記遮光パターン上に拡散層が形成された構成である透
過型スクリーン用レンチキュラーシート。」(以下「本件発明1」という。)
「【請求項2】拡散層上に、帯電防止機能を有するフィルムが積層された構
成である請求項1記載の透過型スクリーン用レンチキュラーシート。」(以下「本
件発明2」という。)
「【請求項3】拡散層上に、反射防止機能を有するフィルムが積層された構
成である請求項1記載の透過型スクリーン用レンチキュラーシート。」(以下「本
件発明3」という。)
 なお,以下の説明の便宜のため,本件発明1を構成要件ごとに分節すると
下記のとおりである。そして,以下「構成要件A」のようにいうが,C1~C4につい
ては一括して「構成要件C」ということがある。
               記
A フレネルレンズシートと組み合わせて透過型スクリーンを構成するレ
ンチキュラーシートにおいて,
B 透明支持体の片面に,凸シリンドリカルレンズが0.3mm以下の間隔で並
設されてなるレンズ部が,放射線硬化性樹脂の硬化物により形成されており,
C1 前記支持体の他面である平坦な表面には,
C2 紫外線露光前に粘着性を有する紫外線感光性樹脂層を介して,
C3 前記紫外線感光性樹脂層の表面の,各シリンドリカルレンズの集光作
用に基づく非粘着部を除いた境界部に相当する粘着部のみの位置に,
C4 転写紙から転写層を転移させることによりストライプ状の遮光パター
ンが形成され,
D 前記遮光パターン上に拡散層が形成された構成である
E 透過型スクリーン用レンチキュラーシート。
(3) 本件決定の内容
ア 本件決定の内容は,別添決定謄本写しのとおりである。その理由の要旨
は,本件訂正は特許請求の範囲の減縮等を目的としたもので適法であるが,訂正後
の本件発明1は,その出願前に頒布された下記①ないし⑤の刊行物に記載された発
明及び周知技術(例えば下記⑥の文献参照)に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができな
い,としたものである。
               記
① 特開平3-127041号公報(甲4-1,以下「刊行物1」という。)
② 特開平4-340534号公報(甲4-2,以下「刊行物2」という。)
③ 特開平7-248537号公報(甲4-3,以下「刊行物3」という。)
④ 特開昭50-136028号公報(甲4-4,以下「刊行物4」という。)
⑤ 特開昭59-121033号公報(甲4-5,以下「刊行物5」という。)
⑥ 特開平4-156441号公報(甲6,以下「甲6文献」という。)
イ 上記判断をするに当たり,本件決定は,本件発明1と刊行物1に記載さ
れた発明(以下「刊行物1発明」という。)との一致点及び相違点について,次の
とおり認定した。
(一致点)
「レンズシートと組み合わせて透過型スクリーンを構成するレンチキュ
ラーシートにおいて,透明支持体の片面に,凸シリンドリカルレンズが並設されて
なるレンズ部が,放射性硬化性樹脂の硬化物により形成されており,前記支持体の
他面である平坦な表面には,境界部にストライプ状の遮光パターンが形成された透
過型スクリーン用レンチキュラーシート。」である点。
(相違点1)
 本件発明1が,フレネルレンズシートと組み合わせて透過型スクリーンを構成す
るレンチキュラーシートであるのに対し,刊行物1発明が,組み合わせるレンズシ
ートをフレネルレンズに限定していない点。
(相違点2)
 本件発明1が,凸シリンドリカルレンズが0.3mm以下の間隔で並設されているのに
対し,刊行物1発明には係る限定が付されていない点。
(相違点3)
 本件発明1が,ストライプ状の遮光パターンを,紫外線露光前に粘着性を有する
紫外線感光性樹脂層を介して,前記紫外線感光性樹脂層の表面の,各シリンドリカ
ルレンズの集光作用に基づく非粘着部を除いた境界部に相当する粘着部のみの位置
に,転写紙から転写層を転移させることにより形成したのに対し,刊行物1発明が
そのような構成を採用していない点。
(相違点4)
 本件発明1が,遮光パターン上に拡散層が形成されているのに対し,刊行物1発
明がそのような構成を採用していない点。
(4) 本件決定の取消事由
 しかしながら,本件決定は,その審理手続に法令違背が存在する(取消事
由1-1及び1-2)のみならず,本件発明1の進歩性の判断につき,相違点3,4に関
する判断を誤り(取消事由2,3),本件発明1の顕著な作用効果を看過した(取
消事由4)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 なお,本件特許の請求項2及び3に係る発明の進歩性の判断については,独立の
取消事由を主張しない。また,裁判所が実体(取消事由2~4)について違法と判
断するのであれば,手続違背の主張(取消事由1-1,1-2)についての判断を求めな
い。
ア 取消事由1-1(経過措置の適用誤り)
 本件決定は「特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条
の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める制
令(ママ)(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定」なるものを適用したが,
この規定は,平成6年法律第116号(以下「平成6年改正法」という。)の施行(平
成7年7月1日)前にした出願であって同法第2条の規定の施行(平成8年1月1
日)前に出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達がされていないものを対象として
おり,出願日が同法の施行後の平成7年10月25日である本件特許に適用することは
できない。
 したがって,本件決定は,法令に基づかずに本件特許を取り消したという重大か
つ明白な瑕疵を有し,法律上当然に無効である。
イ 取消事由1-2(旧特許法120条の4違反)
(ア)下記a,bのとおり,本件決定は,取消理由通知に記載のない理由に
基づいて本件特許を取り消したものであって,特許の取消しの理由(以下「特許取
消理由」という。)を特許権者に通知して意見書を提出する機会を与えるべきもの
とした旧特許法(平成15年法律第47号による改正前の特許法をいう。)120条の4第
1項の規定に違反してなされたものである。
a 取消理由通知(甲5)においては,相違点3に係る構成の容易想到
性という論点についての特許取消理由たる具体的事実として,「刊行物1(甲4-1)
+刊行物5(甲4-5)+異議甲4文献(特開平2-135431号公報,甲20-1)」の三者
の組合せが示されているのに対し,本件決定においては,「刊行物1+刊行物5+
周知技術(その例示として甲6文献)」の三者の組合せに差し替えられている。
b 取消理由通知において示された特許取消理由が「刊行物1+刊行物
5」の二者の組合せであったと解されるとしても,訂正前発明の構成のうちストラ
イプ状の遮光パターンを転写により形成する点は,刊行物1,刊行物5のいずれに
も開示されていないものであるところ(この点は被告も明らかに争っていな
い。),取消理由通知には,この点に関する公知技術もしくは周知技術は示されて
いない。これに対し,本件決定は,理由中において,「転写紙から転写層を転移さ
せることによりストライプ状の遮光パターンを形成すること」を「従来周知の技
術」であると認定し(以下「本件周知技術」という。),「刊行物1発明におい
て,刊行物5に記載された技術事項及び当該周知技術を適用し」,本件発明1の相
違点3に係る構成とすることは当業者にとって容易であるとの判断を示している。
 このように,本件決定は,本件周知技術を,特許取消理由を構成する新たな具体
的事実として引用したものである。すなわち,本件決定は,刊行物5技術における
セルフアラインメント法(遮光部を形成する非集光部と遮光部を形成しない集光部
を,レンズ自身の集光作用に基づいて規定するという手法)及びトナー散布の組合
せと,訂正前発明におけるセルフアラインメント法及び転写の組合せとの相違とい
う,本件訂正前から存在していた構成に係る論点について,取消理由通知に記載さ
れていなかった具体的事実を補ったものである。
 したがって,本件決定は,取消理由通知に記載されていない新たな事実である本
件周知技術を,特許取消理由たる具体的事実として付加したものであって,取消理
由通知における特許取消理由と実質的に異なる理由によるものである。
 被告は,本件発明1には,刊行物1発明に刊行物5技術を適用したものと対比す
ると,トナー散布法に代えて転写法という手法を用いる点に相違があることを認め
つつ,当該相違は設計上の微差にすぎないから,このような設計上の微差を補完す
るために本件周知技術に言及することは,新たな特許取消理由を構成する具体的事
実を追加したことにはならない,等と主張する。しかし,後記ウ(イ)eのとおり,
トナー散布法と転写法との相違は,「設計上の微差」ということはできないから,
被告の主張は失当である。
 また,そもそも,トナー散布法と転写法という相違に関する評価は,本件異議手
続において一度も問題にされたことがないのであるから,審判体が,この相違点に
ついて「設計上の微差」であり周知技術によって置換が容易であるとの判断をする
のであれば,この点を取消理由通知において指摘して,特許権者たる原告に意見を
述べる機会を与えるべきであった。トナー散布法と転写法との相違は,本件訂正請
求の前後を通じて問題となるのであるから,かような機会を与えるにつき妨げとな
る事情は一切存在しない。
 このように,本件異議手続においては,トナー散布法と転写法という相違点が
「設計上の微差」であるか否か,周知技術によって置換が容易であるといえるか否
か,という重要な論点について,特許権者である原告には形式的にも実質的にも反
論の機会が一切与えられなかったのであるから,この点が不意打ち防止の趣旨に反
し,手続違背を構成することは明らかである。
(イ) 以下の事実からしても,甲6文献は,本件発明1の進歩性について
の結論を左右する重要な文献であり,周知技術の例示としてではなく,引用例とし
て挙げられるべきものである。
a 刊行物1と刊行物5の組合せは,本件出願に係る不服審判手続での
拒絶理由通知において拒絶の理由として示されていたものであるが,原告が,本件
特許の取得前になした平成14年3月18日付け補正(甲12)をすることにより,拒絶
の理由が解消したと判断されて特許審決がなされた。そうすると,本件決定が,特
許審決と結論を異にするに至ったのは,本件決定において初めて言及された甲6文
献によるものである。
b 本件出願から分割された特許出願である特願2000-249373号の審査
手続における拒絶理由通知では,甲6文献は,単なる周知事項の一例ではなく,引
用刊行物として挙げられており,原告がこの拒絶理由通知に対する応答として補正
等を行った結果,同出願は特許すべきものとされた。
ウ 取消事由2(相違点3に係る構成の進歩性判断の誤り)
(ア)(刊行物1発明に対して刊行物5技術を適用することの困難性)
 刊行物1発明に,刊行物5の遮光パターン形成技術を適用する発想は生まれな
い。その理由は次のとおりである。
a 刊行物1発明において,「前記ベースフイルムは,前記第1のレン
チキュラーレンズ部の集光面が前記観察側の面と略同一平面上に位置するような厚
さに構成」(甲4の1,特許請求の範囲第7行~10行)されている。そして,この
ようにレンチキュラーレンズ部の集光部が観察側の平坦面上に位置する以上,刊行
物5が開示するセルフアラインメント法を用いるべくレンズ側から露光しても,平
坦面上の粘着材の感光により形成される非粘着部は線状のものにしかならず,スト
ライプ状の遮光パターンは形成できないから,この方法は採用できないと考えるの
が当業者の技術常識である。
b そして,刊行物1発明におけるベースフィルムの厚さに関する上記
構成は,発明の本質的部分であるから,同発明に刊行物5技術のセルフアラインメ
ント法を適用してストライプ状の遮光パターンが得られるように集光面(焦点)の
位置を選択すること(第1のレンチキュラーレンズ部の集光面が観察側の面の位置
からずれるように厚さを変えること)は,刊行物1発明の本質を否定することにな
り,そのような構成は着想できない。
(イ)(相違点3に係る構成の進歩性判断における周知技術の認定及び適用
の誤り)
a(本件訴訟の審理範囲について)
 本件発明1の相違点3に係る構成(構成要件C4)は,刊行物1発明に刊行物5技
術を組み合わせただけでは得られないのであるから,被告は,甲6文献及び本訴で
新たに提出した乙1~8文献を,単に技術水準を知るとか,引用刊行物の記載内容
を明らかにするということを超えて,本件発明の相違点3に係る構成の想到容易性
そのものに関わる事実を立証するために援用しようとしているといわざるを得な
い。しかし,判例(最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁,最高
裁昭和54年1月24日第三小法廷判決・民集34巻1号80頁)の趣旨からしても,取消
決定取消訴訟においてかかる主張・立証をすることは許されない。
 なお,ここでいう乙1~8文献とは,それぞれ下記のとおりのものである。

乙1文献:特開平6-18990号公報(乙1)
乙2文献:特開平4-350638号公報(乙2)
乙3文献:特開平6-222463号公報(乙3)
乙4文献:特開昭63-206749号公報(乙4)
乙5文献:特開昭63-41847号公報(乙5)
乙6文献:特開平5-224428号公報(乙6)
乙7文献:実公昭59-60643号(実願昭57-155929号)のマイクロフィ
ルム(乙7)
乙8文献:実公昭59-61917号(実願昭57-155928号)のマイクロフィ
ルム(乙8)
b(本件発明1において遮光パターンが平坦な表面上に形成されること
の技術的意義について)
 本件発明1の構成要件Cでは,遮光パターンをセルフアラインメント法と転写法
の組合せにより形成することのみならず,当該遮光パターンが平坦な表面上に形成
されることには,表示画像のコントラストの向上,拡散層の確実な形成という技術
的意義があるにもかかわらず,本件決定はこれを看過している。刊行物1発明にお
いても遮光パターンは平坦な表面上に形成されるから,相違点3の認定に誤りがあ
るとはいえないとしても,本件発明1の進歩性は,平坦な表面に遮光パターンが形
成されるということを含む構成要件C全体を一体として判断されるべきである。
 本件決定は,本件発明1において遮光パターンが平坦な表面上に形成されること
の技術的意義を看過しており,このことが,本件周知技術の認定及び適用可能性に
ついての判断を誤ったことに影響を及ぼしている。
c 周知技術の認定の誤り
 本件決定は,「転写紙から転写層を転移させることによりストライ
プ状の遮光パターンを形成することは従来周知の技術である」と認定したが,以下
の理由により誤りである。
 上記bのとおり,本件発明1の構成要件Cでは,遮光パターンをセルフアライン
メント法と転写法の組合せにより形成することのみならず,当該遮光パターンが平
坦な表面上に形成されることに,表示画像のコントラストの向上,拡散層の確実な
形成という技術的意義がある。したがって,「転写紙から転写層を転移させること
によりストライプ状の遮光パターンを形成する」技術が周知であるといえるために
は,ストライプ状の遮光パターンの形成という技術分野において,平坦な表面に対
して,転写紙から転写層を転移させることによって遮光パターンを形成することが
周知であることの証拠を示さなければならない。
 かかる観点に立って,本件決定が挙示する甲6文献及び本件訴訟で被告が援用す
る乙1~8文献を参酌しても,上記技術が周知であるということはできない。すな
わち,まず,甲6文献はもとより,乙1~乙3文献においても,そこに示されてい
る技術はすべて,被転写面が全体として平坦な面ではなく凹凸状になっており,そ
の凸部にのみ転写するというものである。また,乙4~乙8文献は,レンチキュラ
ーシートに遮光パターンを形成するという技術とは異なる分野のもの(乙4~乙6
文献)であるか,あるいは,実質上単一の文献(乙7,乙8文献)にすぎないうえ
に,これらの文献には転写による光吸収層(ブラックストライプ)の形成方法の具
体的開示がなく,本件決定が周知であるとする「転写紙から転写層を転移させるこ
とによりストライプ状の遮光パターンを形成する」ことは,記載も示唆もされてい
ない。
 したがって,甲6,乙1~乙8文献は,被告が主張するような「レンチキュラー
シートに遮光パターンを形成するという技術において『(被転写面の形状を問わ
ず)転写紙から転写層を転移させることによりストライプ状の遮光パターンを形成
すること』が従来周知の技術であること」を示す証拠とはいえず,本件決定の本件
周知技術の認定は誤りである。
d 周知技術としての適用上の適性を欠くこと
 本件決定が例示した甲6,乙1~乙8文献記載の技術は,仮にこれ
らが周知技術であるとしても,当業者にとって,刊行物1発明や刊行物5技術に適
用可能な周知技術であるとはいえない。その理由は以下のとおりである。
(a) 甲6,乙1~乙3文献について
 刊行物1発明は凸部のない平坦な「ベースフイルムの観察側の面」に(セルフア
ラインメント法を用いない)印刷により遮光層を設けるもの,刊行物5技術は凸部
のない平坦な「観察面側表面」にセルフアラインメント法とトナー散布法の組合せ
により遮光パターンを設けるものである。これに対して,甲6,乙1~乙3文献に
示される転写の手法は,いずれも被転写面にあらかじめ凸部を形成することを前提
とするものであり,凸部のない平坦な表面に転写しようという発想はなく,また,
どのようにすれば凸部のない平坦な表面に対してストライプ状の遮光パターンを転
写できるかという点に関する開示はないし,セルフアラインメント法と転写法を組
み合わせることの示唆もない。
 そうすると,甲6,乙1~乙3文献に示される転写手法は,技術思想的に,刊行
物1発明や刊行物5技術に近接し,これと共通する要素を持つとはいい難いから,
上記転写手法に関する技術は,刊行物1発明及び刊行物5技術に基づいて本件発明
1の構成を得るのに用い得るような適用上の適性を欠くものである。
(b) 乙4~乙6文献について
 刊行物1発明や刊行物5技術が透過型スクリーンの遮光パターンに関するもので
あるのに対して,乙4~乙6文献に記載された技術は,いずれもカラープルーフ等
の多色画像形成方法に関するものである。カラープルーフと透過型スクリーンとで
は光学的な基本構成が異なっているのみならず,乙4~乙6文献に記載されたカラ
ープルーフでは,画像パターンにある程度の透明性が要求されるので,この点にお
いても非透明性の遮光パターンを形成する刊行物1発明及び刊行物5技術とは異な
っており,適用上の適性を欠くことは明らかである。
(c) 乙7,乙8文献について
 乙7,乙8文献には,いずれも転写等により光吸収層(ブラックストライプ)を
形成する旨が記載されているのみであって,その具体的な形成方法は何ら記載され
ておらず,当業者が実施をすることができる程度の開示はなく,セルフアラインメ
ント法と転写法を組み合わせることの示唆もない。したがって,乙7,乙8文献に
何らの具体性なく示された光吸収層の形成技術である「転写」を,黒色インキ等を
用いて印刷により遮光層を形成する刊行物1発明や,ポジ型感光性粘着剤を投射光
線で露光し遮光性トナーを散布して遮光性パターンを形成する刊行物5技術と同じ
レベルで論じることはできず,適用上の適性を有するとはいえない。
e「設計上の微差」との被告主張の誤り
 本件発明1と,刊行物1発明に刊行物5技術を適用したものとの相違は,被告が
主張するような「設計上の微差」ではない。
 一般に,技術的な違いが「設計上の微差」にすぎないと認められる場合とは,誰
もがすぐに想起できる程度のものを意味すると解されている。しかるに,上記bの
とおり,レンチキュラーシートの平坦な表面に遮光パターンを形成するという技術
分野において,遮光パターン形成手段として転写紙による転写という手法を用いる
ことが周知であることの立証はないから,刊行物5にレンチキュラーシートの平面
への遮光パターンの形成手段として唯一記載されている「トナー散布」による手段
そのものを,全く別の技術的手段である転写紙から転写層を転移させる手段に置き
換えてしまうことが「設計上の微差」とはいえないことは明らかである。
 のみならず,刊行物5技術のようなトナー散布法では,遮光パターンの厚さが不
均一になったり,遮光性が不十分なものになったりするなどの問題があるのに対
し,本件発明1のような転写法では,遮光パターンは均一な厚さを有するものとな
り,遮光性も十分なものとなる(甲19参照)など,作用効果に顕著な違いがある。
かような作用効果の相違,技術の動向,本件特許の実施品が商業上の成功を収めて
いること(甲22)などの点にかんがみると,本件発明1の相違点3にかかる構成と
刊行物1発明に刊行物5技術を適用したものとの相違は「設計上の微差」などとい
うべきものではない。
エ 取消事由3(相違点4に係る構成についての認定判断の誤り)
(ア)本件決定は,刊行物1に光拡散性部材を設ける形態が複数記載されて
いるにもかかわらず(甲4-1の第3図ないし第5図),これらの形態を採用した場合
には遮光パターンの位置決めに当たってセルフアラインメント法を適用することは
不可能になることから,刊行物1における光拡散性部材を設けるという技術思想を
積極的に排除して,あえて光拡散性部材を設けないという技術思想を持つ態様(甲
4-1の第1図)を引用発明として選択し,これにセルフアラインメント法による遮光
パターンの位置決めを技術内容とする刊行物5技術を適用することによって,相違
点3に関する論理付けを行った。
 このように,相違点3に関する論理付けに際しては光拡散性部材を設けるという
技術思想を排除して刊行物1発明を認定しておきながら,相違点4に関する論理付
けに際して,光拡散性部材を設ける刊行物4記載の技術(以下「刊行物4技術」と
いう。)を組み合わせることにより,光拡散性部材を設けるという技術思想を再度
持ち込むことには,矛盾がある。つまり,相違点4に関する論理付けは相違点3に
関する論理付けと両立し得ないものであり,本件決定には,相違点4にかかる構成
についての判断の誤りがあるというべきである。
(イ) 刊行物1には「高解像性が要求される場合には,第2のレンチキュ
ラーレンズ部14にのみ有機拡散剤を分散させることが望ましい」(甲4-1,5頁左下
欄6行~8行)と記載され,拡散性を有する部材(以下「光拡散性部材」とい
う。)の配置が各遮光層の間に限定されている。このように,刊行物1発明は,ス
トライプパターン上に拡散性表面を得る技術が開示された刊行物4技術とは,全く
相容れない構成を採用しているのであり,刊行物1発明に対して刊行物4技術を適
用することは困難である。
オ 取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果の看過)
 本件発明1では,感光性樹脂層の粘着部が非粘着部にはみ出すことがな
く,また,いったん粘着部上に転移した遮光性の層が非粘着部にはみ出すこともな
く,輪郭の鮮明な遮光パターンを形成することができる。また本件発明1では,レ
ンチキュラーシートに強固に結合された拡散層を形成することができる。さらに本
件発明1では,訂正明細書の段落【0015】に記載されているように,「ファインピ
ッチな遮光パターンが拡散層によって保護され,傷が付くことを防止できる」ので
ある。
 このように,本件発明1は,刊行物1発明,刊行物5技術,その他の引用刊行物
記載の技術,及び甲6文献等に記載された本件周知技術の作用効果の総和を超え
る,当業者が予測し得ない作用効果を奏するものであり,このことは本件発明1の
進歩性を推認させるものである。すなわち,当業者が予測し得ない作用効果を奏す
る本件発明1の構成は,当業者といえども容易に想到することはできない。
2 請求原因に対する認否
 請求の原因(1)(2)(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論
 原告が,本件審決の認定判断が誤りであるとして主張するところは,以下の
とおり,いずれも失当である。
ア 取消事由1-1(経過措置の適用誤り)について
 本件特許の出願日が平成6年改正法の施行後の平成7年10月25日である
ことからすれば,経過措置を定める平成7年政令第205号第4条の規定が適用される
ことはなく,同法による改正後の特許法の規定が適用されることは明らかであるか
ら,同政令を適用法条とした本件決定の記載が誤記であることは明白である。
 しかしながら,本件決定は,本件発明1についての特許は特許法29条2
項の規定に違反してされたものであるとして本件特許を取り消すものであって,平
成6年改正法による改正の前後で特許法29条2項の規定が変更されているものでも
ないから,上記のように法令の適用に関する記載に一部誤記があるとしても,本件
決定の結論に影響を及ぼすほどのものではない。
イ 取消事由1-2(旧特許法120条の4違反)について
(ア)原告の主張(ア)について
a 同aについて
 取消理由通知の相違点3の論理付けは,「刊行物1+刊行物5+異
議甲4」の三者の組合せとしたものではない。刊行物5と異議甲4とは,共に,紫
外線を当てることにより粘着性を喪失する材料を用いて,粘着部分にブラックスト
ライプを形成する方法について開示されているものであるから,この二つを組み合
わせることに意味がないことは自明であって,取消理由通知は,「刊行物1+異議
甲4」又は「刊行物1+刊行物5」とすることにより,本件発明1の相違点3に係
る構成とすることが当業者にとって容易であるとしたものであることは明らかであ
る。
b 同bについて
 本件決定は,取消理由通知(甲5)に示された2つの論理付けのう
ち「刊行物1+刊行物5」の論理付けを採用し,本件発明1の相違点3に係る構成
と,刊行物1発明に刊行物5技術を適用したものとの間に存在する設計上の微差と
いうべき事項(転写とトナー散布の相違)を補完するため,「転写紙から転写層を
転移させることによりストライプ状の遮光パターンを形成すること」が従来周知の
技術であるということを新たに示したものである(「転写紙から転写層を転移させ
ることにより」という構成は,取消理由通知に対応する本件訂正請求によって新た
に限定されたものである。)。
 このように,本件決定における相違点3の論理付けは,取消理由通知における論
理付けとの間で,基本的な部分においては変更はなく,設計上の微差というべき事
項を補完するために周知技術を示したにすぎないのであって,原告の言う「具体的
事実」を補ったものではないから,本件決定が,原告が主張する「不意打ち」に当
たらないのは明らかである。なお,周知技術は,当業者であれば当然知っているべ
きものであって,その例を事前に通知することなく審決時に新たに例示すること
は,手続違背とならない。
 したがって,本件決定は,取消理由通知に記載のない理由に基づいて本件特許を
取り消したものであるということはできず,旧特許法120条の4第1項の規定に違反
したものではない。
 原告は,トナー散布と転写との相違は設計上の微差とはいえないと主張する。し
かし,原告自身が本件訂正前の明細書においては「転写層を転移させることに代え
て,………トナーを付着させて遮光パターンを形成することも,本発明の趣旨を逸
脱するものではなく構わない」と記載していたという経緯や,転写が従来周知の技
術であるという事実に照らすと,転写とトナー散布との差は設計上の微差にすぎな
いというべきである。
(イ)原告の主張(イ)について
 本件出願の不服審判手続及び分割出願の審査手続と,本件特許異議事件の手続と
は別の手続であり,それぞれの手続において審査官,審判合議体が独立に判断をす
るものであるから,原告の主張は失当である。
ウ 取消事由2(相違点3に係る構成の進歩性判断の誤り)について
(ア)原告の主張(ア)について
 刊行物1発明の遮光パターンの形成に刊行物5記載の技術を用いる場合には,所
望の幅の遮光パターンが得られるように集光面(焦点)の位置などを選択すること
は当業者が適用に際して適宜考慮する設計的事項にすぎないから,刊行物1発明に
対して刊行物5技術を適用することは困難であるとの原告の主張は理由がない。
(イ)同(イ)について
 レンチキュラーシートにストライプ状の遮光パターンを形成するという技術にお
いて「転写紙から転写層を転移させることによりストライプ状の遮光パターンを形
成すること」は周知であり(甲6,乙1~3),レンチキュラーシートの平坦な表
面に遮光パターンを転写することも従来周知であり(乙7,乙),また,印刷の技
術一般においてトナー散布法に代えて転写法が適用し得ることも,従来周知である
(乙4~6)。したがって,レンチキュラーシートにストライプ状の遮光パターン
を形成するに当たり,被転写面の形状を問わず,転写紙から転写層を転移させる手
法を採用することが周知であるとした本件決定の認定判断に誤りはなく,原告の主
張は失当である。
エ 取消事由3(相違点4に係る構成についての認定及び判断の誤り)につ
いて
 刊行物1(甲4-1)には「高解像が要求される場合には,第2のレンチキ
ュラーレンズ部14のみに有機拡散剤を分散させることが望ましい。」(15頁左下欄
6~8行)という記載はあるものの,拡散性を有する部材を遮光層上にも配置する
ことが不可能であるとしているわけではなく,また,技術常識に照らしてみても,
拡散性を有する部材を遮光層上に配置したからといって,格別の不都合が発生する
ものとは考え難い。そして,刊行物1発明と刊行物4技術とは,透過型スクリーン
用レンチキュラーシートであるという点で共通するものであるから,刊行物1に刊
行物4技術を適用することの阻害要因があるとはいえない。
オ 取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果の看過)について
 原告は,刊行物1発明,刊行物5技術,本件周知技術それぞれとの対比
において本件発明1の優位性を述べているにすぎない。そして,原告が主張する本
件発明1の作用効果は,いずれも,刊行物1発明に刊行物5技術及び本件周知技術
を適用すれば当然得られる作用効果にすぎず,当業者が予想し得ないとする原告の
主張は失当である。
第4 当裁判所の判断
1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(本件発明の要旨)及
び(3)(本件決定の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 ところで原告は,本件決定の手続上の違法事由を取消事由1-1,1-2として主張
し,実体上の違法事由を取消事由2,3,4として主張しているが,原告は,平成
17年6月2日付け最終準備書面において「本件決定の実体判断が誤っているとの理
由で「決定取消」の判決が頂けるのであれば,手続違背あるいは審理範囲について
あえて判断して頂く必要はない」(8頁末尾)と述べ,かつ,前記手続上の違法事
由として主張されているもの(とりわけ取消事由1-2)は,実体上の違法事由と密接
に結びついているので,以下においては,まず実体上の違法事由の有無(取消事由
2,3,4)について判断し,次いで,必要があれば手続上の違法事由の有無(取
消事由1-1,1-2)について判断することとする。
 2 実体上の違法事由の有無
(1) 取消事由2(相違点3に係る構成の進歩性判断の誤り)の主張について
ア 刊行物1発明に対して刊行物5技術を適用することが困難である旨の主
張に対して
(ア) 原告は,刊行物1の「2.特許請求の範囲の記載」の(1)の項
に「ベースフィルムは,前記第1のレンチキュラーレンズ部の集光面が前記観察側
の面と略同一平面状に位置するような厚さに構成したことを特徴とする」(1頁7
行目以下)という記載があることから,刊行物1発明がベースフィルム(本件発明
の「透明支持体22」に相当する。)の厚さに関してこのような構成を採用している
以上,刊行物1発明に刊行物5技術(セルフアラインメント法による遮光パターン
の形成)を適用する発想は生まれない,と主張する。
 しかし,以下の理由により,原告の上記主張は採用できない。
(イ) 本件決定は,刊行物1発明を下記のとおり認定している。

「他のレンズシートと組み合わせて透過型スクリーンを構成するレンチ
キュラーレンズシートにおいて、ベースフィルム11の光源側に、第1のレンチキュ
ラーレンズ部12を、複数平行に形成してあり、平坦な表面である観察側の、非集光
面11bに帯状の遮光層13を形成してあり、第1のレンチキュラーレンズ部12は電離放
射線硬化形樹脂により形成されたピッチ0.21mmの楕円形状のレンチキュラーレンズ
である透過型スクリーン用レンチキュラーシート。」(5頁10行~16行)
 上記のとおり,本件決定が認定した刊行物1発明の要旨には,ベース
フィルムの厚さに関する原告指摘の構成は含まれていない。一般に,本件発明と対
比すべき引用発明の認定に当たっては,引用例に記載された事項の中からひとまと
まりの技術的思想を有する発明を抽出することができるのであって,本件決定も,
このような手法に従って刊行物1発明を認定したものである。
 原告は,刊行物1の請求項1の記載がベースフィルムの厚さを限定するものであ
ることを強調するが,特許請求の範囲の記載は,特許出願の出願人がどのような特
許を取得しようとするかによって決まるものである。刊行物1の請求項1にベース
フィルムの厚さに関する上記構成が記載されているとしても,刊行物1に接する当
業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が,ベースフ
ィルムの厚さに関する上記構成を含むものとして刊行物1に記載された発明を理解
するとは限らないのであるから,本件決定が,ベースフィルムの厚さに関する構成
を含めないものとして刊行物1発明を認定したことが誤りであるということはでき
ない。
(ウ) 原告は,ベースフィルムの厚さに関する構成は刊行物1発明の本質
的部分であるから,当業者はこれを除いたものとして刊行物1発明を認識すること
はないと主張する。しかし,刊行物1を精査しても,ベースフィルムの厚さに関す
る当該構成を採用することの技術的意義に関する記載を見いだすことはできず,こ
れが「本質的部分」であるという原告の主張は前提を欠く。
 また,原告の主張は,刊行物1の請求項1に記載されたベースフィルムの厚さの
構成によると,第1のレンチキュラーレンズによる集光部は,観察側の平坦な表面
上に線状にしか形成されない,ということを前提とするものである。しかし,請求
項1の文言は,「第1のレンチキュラーレンズ部の集光面が前記観察側の面と略同
一平面状に位置するような厚さ」(下線は判決注)というものであり,この文言か
らすると,第1のレンチキュラーレンズによる集光部は,線状ではなく一定の幅を
有した帯状のものであると解するのが自然である。刊行物1の第1図では,第1の
レンチキュラーレンズに対する入射光の全てが,ベースフィルムの観察側の平坦な
表面上に,正確に焦点を結ぶように記載されているが,請求項1の上記文言は,こ
の焦点の位置が多少ずれることによって集光部が一定の幅を有する「面」になると
いう態様を排除するものとまでは考えられない。
(エ) 上記(イ)及び(ウ)のとおり,本件決定が認定した刊行物1発明は,
レンチキュラーレンズによる集光部がベースフィルムの観察側の表面上に線状にの
み生じるようにベースフィルムの厚さを特定することを要件とするものではない。
したがって,刊行物1発明の遮光層の形成手段を刊行物5技術に置換する場合に
は,所望の幅の集光部と非集光部が得られるようにレンチキュラーレンズの焦点距
離とベースフィルムの厚さとを調整することは,当業者が適宜考慮する設計的事項
であると認められるので,刊行物1発明に刊行物5技術を適用することがそもそも
発想し得ないということはできない。
イ 本件訴訟の審理範囲についての主張に対して
(ア) 原告は,本件発明1の相違点3に係る構成の容易想到性について認
定判断するに当たり,甲6文献及び乙1~8文献を参酌することは,審決取消訴訟
の審理範囲に関する判例法理に反し,許されないと主張する。
 しかし,以下に述べるとおり,原告の上記主張は採用できない。
(イ) 原告が援用する最高裁昭和51年3月10日大法廷判決(民集30巻2号
79頁)は,「審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されな
かつた公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法と
する理由として主張することができないものといわなければならない」と判示した
ものである。そして,その実質的理由としては,特許法に定められた審決取消訴訟
の構造上,「特許出願に関する行政処分、すなわち特許又は拒絶査定の処分が誤つ
てされた場合におけるその是正手続については、一般の行政処分の場合とは異な
り、常に専門的知識経験を有する審判官による審判………の手続の経由を要求する
とともに、取消の訴は、原処分である特許又は拒絶査定の処分に対してではなく、
抗告審判の審決に対してのみこれを認め、右訴訟においては、専ら右審決の適法違
法のみを争わせ、特許又は拒絶査定の適否は、抗告審判の審決の適否を通じてのみ
間接にこれを争わせるにとどめている」と解されることを指摘しており,訴訟の前
段階において専門行政庁による審理判断を受ける利益を重視したものということが
できる。
 しかるに,本件発明1の刊行物1発明との相違点3に係る構成(セルフアライン
メント法と転写法との組合せ)が,刊行物5技術に示されたセルフアラインメント
法と,周知技術である転写法とを適用することによって得られる,という判断は,
本件決定において明確に示されており,審判官による判断を経由しているものであ
る。そうすると,刊行物5技術のうち粉体のトナーを散布するという構成に代えて
転写紙による転写という構成を採用することが,周知技術の適用によって容易であ
るといえるか否かという論点は,本件決定に示された審判官の判断内容の当否を問
うものであって,まさに本件訴訟における審理の対象そのものなのであるから,こ
の点につき両当事者が主張・立証を行うことができ,当裁判所が判断をすることが
できると解される。
 そして,本件周知技術の認定及びその刊行物1発明への適用の容易性について,
本件決定の審判合議体は,審判官としての専門的な知識経験に基づく判断を行った
のであるから,その判断の当否が,本件の特許取消決定取消訴訟の中で争われるべ
き審理対象となることは,むしろ当然であるというべきである。
(ウ) また,原告は,最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決(民集34巻
1号80頁)を援用している。同判決は,前記昭和51年3月10日大法廷判決の趣旨は
「審判の手続において審理判断されていなかった刊行物記載の考案との対比におけ
る無効原因の存否を判断することの許されないこと」にあるとした上で,審判の手
続において審理判断されていた刊行物記載の考案のもつ意義を明らかにするため
に,審判の手続に現れていなかった資料に基づいて,当業者の技術常識を認定する
ことは許される,と判示したものである。
 しかるに,本件決定には,「転写紙から転写層を転移させることによりストライ
プ状の遮光パターンを形成することは従来周知の技術であり(例えば,特開平4-
156441号公報参照)」(8頁下9行~)と記載され,周知技術の存在とその具体例
としての甲6文献が指摘されているのであるから,本件決定手続において新たな証
拠としての乙1~8を提出することは,特許庁での手続において既に審理判断を経
た事項についてするものなのであるから,これが許されないとされるいわれはな
い。
ウ 相違点3に係る構成の進歩性判断における周知技術の認定及び適用の誤
りに関する主張に対して
(ア) 原告は,本件発明1において遮光パターンを形成すべき表面が平坦
面であることの技術的意義を強調した上,甲6文献,乙1~8文献の各証拠によっ
ても,本件決定の認定した本件周知技術が,平坦な表面上にストライプ状の遮光パ
ターンを形成するという技術分野において周知の技術事項であるとは認められない
から,本件周知技術を適用することによって本件発明1の相違点3に係る構成を得
ることは容易でない,と主張する。
 しかし,以下に述べるとおり,原告の上記主張は採用できない。
a 乙1~3文献には,「従来の技術」という表題の項において,それ
ぞれ以下のとおりの記載がある。
(乙1文献)
「 図5(a)は、上記成形によって凸部(3)が形成された透光性のスクリ
ーン基材シートAの一例を示す断面図であり、該基材シートAの一方面(テレビジ
ョン画像光など投影画像光が投影される入光側)に多数条のレンチキュラーレンズ
部(1)、前記レンズ部(1)と相対する他方面(出光側)には出光部(2)と該出光部(2)
との間に凸部(3)とが設けられる。
 該基材シートAの凸部(3)側には転写基材シート(10)の片側に剥離性の光吸収性
層(11)(黒色調の着色層)を備える転写紙Bを重ね合わせる。(図5(b))
 続いて図6(a)に示すように転写紙Bを重ね合わせたスクリーン基材シートA上よ
り、比較的弾力性のあるゴム製、あるいは硬質ゴム製の加圧又は加熱加圧用転写ロ
ール(30)を押圧して、該凸部(3)面に転写紙Bの光吸収性層(11)を転写するものであ
る。」(段落【0004】~【0006】)
(乙2文献)
「 前記凸部の形成された前記基材シートの出射面側には、光吸収性
着色材層を備える転写紙を重ね合わせ、その上より加熱ロールを押圧して、該凸部
面に着色材層を加熱転写して、光吸収層を形成するものである。」(段
落【0004】)
(乙3文献)
「レンチキュラーレンズ61の非集光部には凸部63が形成され、この凸
部63の平坦面64には図6(a)に示すように光吸収層(ブラックストライプ)が形成さ
れている。この光吸収層によって出射側から見た場合にコントラストを得ることが
できる。
 このような光吸収層は、黒色インキを塗布、印刷もしくは転写紙を転写する等に
より形成されていた。」(段落【0002】、【0003】)
 これら乙1~3文献に記載された「光吸収性層(11)」、「光吸収性
着色剤層」、「光吸収層」は、いずれも転写紙の転写層に相当することは明らかで
ある。また、乙1~3文献の上記箇所に記載された発明においては、例えば、乙3
文献に、「凸部63の平坦面64に………光吸収層(ブラックストライプ)が形成され
ている」と記載されているように、レンチキュラーシートの凸部の上部平坦面に転
写紙から転写層を転移させて遮光部を形成するものであることが認められる。
 そうすると、乙1~3には、従来技術として、光透過性スクリーン用レンチキュ
ラーシートの凸部の上部平坦面に、転写紙から転写層を転移させることにより遮光
部を形成することが記載されていることが認められる。
 そして,これらの文献が公開された時期は,それぞれ本件特許の出願日(平成7
年10月25日)の約1年9か月前(乙1文献),約2年10か月前(乙2文献),約1
年2か月前(乙3文献)であり,しかも,上記各記載はいずれも【従来の技術】欄
に記載されていたものであるから,上記各記載に現れた技術事項は,本件特許の出
願時に周知であったものと認められる。
b 上記各記載に現れた周知技術は,被転写面が全体として見れば平坦
ではなく凹凸状になっており,その凸部に対してのみ転写を行うものである。そし
て,転写を行うに当たって,乙1文献,乙2文献では,転写紙から転写層を被転写
面に転移させるために加圧加熱という手段を採用していることが上記各記載に明記
されている。
 加圧加熱は,通常,転写紙の転写層のある面とは反対側の面の上に一様に行うこ
とにならざるを得ない。このような技術的制約のために,連続な平坦面を被転写面
とする場合には,加圧加熱による転写ではストライプ状の遮光パターンを形成する
ことは困難であるが,被転写面が凹凸状の面である場合には,転写層が転移する部
分(凸部)と転移しない部分(凹部)とが交互に並んでいるので,ストライプ状の
遮光パターンを形成することが可能となる。
 ところで,刊行物1発明に刊行物5技術のセルフアラインメント法を適用したも
のでは,レンチキュラーレンズシートの観察者側の平坦面上に,紫外線硬化樹脂が
硬化した非粘着部と硬化していない粘着部とが既にストライプ状に形成されてお
り,これに対して転写紙からの転写という手法を適用して遮光パターンを形成する
場合には,転写層が転移する部分(粘着部)と転移しない部分(非粘着部)が交互
に並ぶという点において,凹凸状の面の凸部に対して加圧加熱による転写を行うの
と,特段の相違はないことになる。
 したがって,乙1~3文献に記載された従来技術において,ストライプ状の遮光
パターンを転写によって形成すべき表面が凹部と凸部の存在のため不連続的である
ことは,転写という技術(それ自体がレンチキュラーレンズシートにおける遮光パ
ターンの作成にあたって周知の技術的手段であることは乙1~3文献のみならず甲
6文献,乙7,8文献によっても優に認められる。)を,刊行物1発明に刊行物5
技術のセルフアラインメント法を適用して得られる表面(形状自体は平坦ではある
が,粘着部と非粘着部とが存在するために,転写層の転移可能性という観点から見
れば非連続的である表面。)において,刊行物5技術のトナー散布という手法に替
えて採用することに対して,特段の妨げとなるということはできない。
c 一方,乙4~6文献に,粉末状のトナーの散布に代えて転写の手法
を採用するという技術事項が記載されていること自体は,原告もこれを争っていな
いし,また,これらの文献の記載からも,優に認定し得るところである。すなわ
ち,乙4文献は「着色粉体の粘着具合により着色画像を形成する」技術(2頁右上
欄4行~)に代えて「着色剤層を転移させること」(2頁右下欄2行)を,乙5文
献は,「転写層を用い,トナー現像できる感光性層上に複製物を形成するための一
方法を提供する」(4頁左上欄1行~)ことを,乙6文献は,「粉末状トナー材料
を付与すること」(3頁右欄44行~)に代えて「トナーをフィルム化する方法」
(4頁左欄3行~)を,より具体的には「潜像は,別の支持体上に設けられたフィ
ルム状のトナーと接触され,加熱及び/または加圧されることによりトナーが転写
され,現像される」(同10行~)ことを,それぞれ開示しているものである。
 しかるに,原告は,これらの文献が,【発明の名称】の記載のとおり「画像形成
方法」(乙4,6)や「………多色プルーフの製作方法」(乙5)に関する技術文
献であり,いずれも,レンチキュラーレンズシートに遮光パターンを形成するとい
う技術に関するものではないことを理由に,本件発明1の容易想到性を裏付ける周
知技術の根拠となるものではないと主張している。
 そこで,この点につき検討するに,まず,下記の記載によれば,いずれの文献
も,従来の技術としての印刷法に対する代替技術を開示するものであることが認め
られる。
(乙4文献)
「〔従来の技術〕
平板,凸版あるいはグラビアのいずれの印刷法においても,………」(1頁右下欄
下6行~)
(乙5文献)
「〔背景技術〕
 ………。そこで,この方法は色分解の校正刷り(プルーフィング)のため,特に
印刷産業において大きな実用的重要性をもつに至った。」(3頁左上欄下4行~)
(乙6文献)
「【0002】
【従来の技術】グラフィックアーツ分野において,カラー原稿からの一組の色分解
フィルムを用いて印刷版焼き付けが行なわれているが,………」(2頁右欄20行
~)
 ところで,レンチキュラーレンズシートの遮光パターンの形成とい
う技術分野における当業者の範囲を考えると,刊行物1の〔従来の技術〕欄の「遮
光層は,スクリーンのコントラストを高めるためのもので,黒色のインキを印刷す
るなどして形成されている。」(2頁左下欄下7行~)との記載や,乙7文献の
「ブラックストライプ付きレンチキュラーレンズシートを得るには,………所定の
場所に光吸収層を印刷,転写若しくは塗布等によって形成するのが普通である。」
(2頁下5行~)との記載に照らせば,印刷の技術分野に携わる者は,本件発明1
の容易想到性を考えるに当たっての当業者であるということができる。そうする
と,乙4~6文献に記載された印刷に関係する技術事項は,レンチキュラーレンズ
シートの作成という技術分野においても,当業者にとっての技術常識を形成するも
のと認められる。
 したがって,乙4~6文献は,本件発明1の容易想到性を判断するに当たって,
粉末状のトナーの散布に代えて転写という技術を採用することが当業者にとって周
知であったことを示すものといえるのであって,原告の上記主張もまた採用するこ
とはできない。
d 上記a~cで検討したとおり,乙1~6文献は,レンチキュラーレンズ
シートの平坦な表面上にストライプ状の遮光パターンを形成するという技術課題の
解決に当たっても,これに携わる当業者にとっての周知技術を示す文献として参酌
することができるものというべきである。
 そして,このことに加えて,乙7,8文献には「ブラックストライプ付きレンチ
キュラーレンズシート」を得る方法として「印刷,転写若しくは塗布等」が示され
ていること(乙7の2頁,乙8の1頁)からすれば,転写は,何ら特殊な技術的手
段ではなく,当業者がごく自然にその採用を検討するものであるということができ
る。また,本件特許に関する訂正前の明細書(本件明細書,甲2)に「黒色の転写
層を転移させることに代えて,前記粘着部のみに黒色粉体トナーを付着させて遮光
パターンを形成することも,本発明の要旨を逸脱するものではなく構わない」(3
頁右欄34行~)との記載があるとおり,原告自身が,粉末状のトナーを散布する技
術と,転写紙による転写の技術とは,相互に置換可能なものであって,これを置換
することは,本件発明1等の本質的部分を変更するものではないと認識していたこ
とも明らかである。
 そうすると,甲6文献,乙1~8文献が,平坦な表面上にストライプ状の遮光パ
ターンを形成するという技術を直接に示すものではないとしても,平坦な表面上に
転写によって所望の画像形成を可能にすること,レンチキュラーレンズシートに遮
光パターンを形成するに当たって転写の手法を採用すること,等が多数の技術文献
において明らかにされているのであるから,これらの文献に記載された周知の技術
事項を知っている当業者にとっては,刊行物1発明に刊行物5技術を適用したもの
と本件発明1との相違点を埋めるため,転写という手段の採用に想到することは容
易であったというべきである。
(イ) 原告は,本件発明1と,刊行物1発明に刊行物5技術を適用したものと
の相違は,「設計上の微差」とはいえないと主張する。
 しかし,本件決定が,本件発明1の当該相違に係る構成(構成要件C4)は,当業
者に周知の技術事項である本件周知技術によって容易に想到できると判断している
のであり,当該判断が甲6文献及び乙1~8文献に照らして相当であることも,上
記(ア)において述べたとおりである。そうすると,当該相違が「設計上の微差」と
いえるものであるか否かは,本件決定の結論の当否には影響しないものである。
 よって,原告の上記主張も採用の限りでない。
(2) 取消事由3(相違点4に係る構成についての認定判断の誤り)の主張につい

ア 原告は,本件決定が相違点3に関する論理付けに際しては光拡散性部材を
設けるという技術思想を排除して刊行物1発明を認定しておきながら,相違点4に
関する論理付けに際して,光拡散性部材を設ける刊行物4記載の技術(以下「刊行
物4技術」という。)を組み合わせることにより,光拡散性部材を設けるという技
術思想を再度持ち込むことには矛盾があるから,本件決定には,相違点4にかかる
構成についての判断の誤りがあると主張する。
 しかし,以下のとおり,原告の主張は採用できない。
イ 本件決定がその6頁下11行~下1行において引用した刊行物4(甲4-4)の
記載からして,本件決定が,「遮光パターン上に拡散層を形成することは刊行物4
に開示されており(上記記載事項ク参照)」(9頁1~2行)とした認定に誤りは
認められず,原告も,この認定自体については特段争っていない。
 刊行物4記載の上記技術事項は、透過型スクリーン用レンチキュラーシートの遮
光パターン及び拡散層の位置関係に関するものであるから、刊行物1発明に刊行物
5技術と本件周知技術を適用してストライプ状の遮光パターンを構成した場合に
も,拡散層の位置に関してはさらに刊行物4記載の技術事項を適用して,遮光パタ
ーン上に拡散層を形成するという構成を採用することを妨げる理由はない。
 したがって、本件決定が、「上記刊行物1発明において、上記刊行物4に記載さ
れた技術事項を適用することは、当業者にとって容易である。」(9頁1~3行)
とした判断は,「刊行物1発明において」としか述べていない点でやや簡略にすぎ
るきらいはあるが,その趣旨を「刊行物1発明に刊行物5技術と本件周知技術を適
用してストライプ状の遮光パターンを構成したものにおいて」というものであると
解すれば,特段の誤りはない。
ウ 上記の点につき原告は、本件決定が、相違点3に関する論理付けに際して
は,刊行物1にはレンチキュラーレンズシート中に光拡散部材を設ける形態も複数
記載されているにもかかわらず(甲4-1の第3~第5図)、これらの形態は遮光パタ
ーンの位置決めに当たってセルフアラインメント法を適用することを不可能にする
ため選択せず、あえて刊行物1における光拡散性部材を設けるという技術的思想を
積極的に排除した、光拡散性部材を設けないという技術的思想を持つ態様(甲4-1の
第1図)を引用発明として選択して刊行物1発明を認定しておきながら,相違点4
に関する論理付けに際しては、光拡散性部材を設ける刊行物4記載の技術を組み合
わせることにより、光拡散性部材を設けるという技術的思想を再度持ち込むことは
矛盾すると主張する。
 しかし、原告が指摘する刊行物1の第3~第5図の形態は、第3図、第4図の
「拡散剤11aをベースフィルム11に練り込んである」(4頁右下欄16~17行)実施例
や、第5図のベースフィルム11だけでなく「第1,第2のレンチキュラーレンズ部
12,14に、拡散剤として、紫外線(UV)硬化形樹脂に非溶解性の有機拡散剤16を分
散させている」(5頁右上欄1~4行)という形態を示した実施例であって、相違
点4に係る本件発明1の構成のように「遮光パターン上に拡散層が形成されてい
る」ものではない。加えて、本件決定が刊行物1発明を第1図の実施例から認定す
るに当たり、第3~5図の実施例の上記態様を前提とすべき理由もない。
 そうすると、本件決定が刊行物1発明を認定するに当たり、第3~第5図の形態
を採用しなかったことが、本件決定が遮光パターン上に拡散層を形成することを排
除したものであると解することはできない。したがって、遮光パターン上に拡散層
を形成する相違点4に係る構成の容易想到性について検討するに当たって、刊行物
1の記載から刊行物1発明を認定することと、刊行物1発明に刊行物4記載の上記
技術事項を組み合わせることとは矛盾しない。
(3) 取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果の看過)の主張について
 原告は、本件発明1では、感光性樹脂層の粘着部が非粘着部にはみ出すこ
とがなく、また一旦粘着部上に転移した遮光性の層が非粘着部にはみ出すこともな
く、輪郭の鮮明な遮光パターンを形成することができると共に、レンチキュラーシ
ートに強固に結合された拡散層を形成することができ、該拡散層を有することによ
り「ファインピッチな遮光パターンが拡散層によって保護され、傷が付くことを防
止できる。」という当業者が予測し得ない作用効果を奏すると主張する。
 しかし,原告が主張する上記作用効果は、本件発明1に係る構成から当然に得ら
れる自明なものにすぎない。他方、当業者であれば本件発明1の構成を容易に想到
し得ることは上記(1)及び(2)において説示したとおりであるから、本件発明1に係
る構成から自明な作用効果をもって本件発明1の進歩性を基礎付けることはできな
い。
 したがって、決定が、本件発明1の効果について、「本件発明1の作用効果も、
刊行物1~5及び周知技術から当業者が予測できる範囲内のものである。」(9頁
4~5行)とした判断に誤りはない。
(4) 小括
 以上によれば,原告の主張する,本件決定の実体上の違法事由は全て理由がない
ことになる。
 そこで,進んで,手続上の違法事由(原告主張の取消事由1-1,1-2)の有無につ
いて判断する。
3 手続上の違法事由の有無
(1)取消事由1-1(経過措置の適用誤り)の主張について
 原告は,本件決定がその末尾で「特許法等の一部を改正する法律(平成6
年法律第116号)附則第14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行
に伴う経過措置を定める制令(ママ)(平成7年政令第205号)第4条第2項の規
定」を適用するとしたことの誤りを主張する。
 本件特許の出願日は,前述のとおり,平成6年改正法の施行日(平成7年1月1
日)の後の平成7年10月25日であるから,本件特許に対する特許異議の申立てにつ
いては,同法の施行前にした特許出願に係る特許についての特許異議の申立てに関
する経過措置を定めた平成7年政令第205号4条の規定が適用されることはなく,同
法による改正後の特許法(平成15年法47号による削除前の旧特許法)114条の規定が
適用される。したがって,本件決定には法令の適用の誤りがあるといわざるを得な
い。
 しかしながら,本件決定は,その結論を導くに当たり,本件発明は特許法29条2
項により特許を受けることができないという認定判断を行っているところ,この認
定判断に誤りがないことは前述のとおりであり,旧特許法114条2項,113条2号の
適用により,審判官は,本件特許を取り消すべき旨の決定をしなければならないも
のである(なお,平成6年改正法による改正の前後で特許法29条2項の規定の内容
は変更されていない。)。
 したがって,本件決定の法令の適用の誤りは,本件決定の結論に影響を及ぼさな
い誤記と理解すべきものであり,取消事由1-1の主張は採用することができない。
(2) 取消事由1-2(旧特許法120条の4違反)の主張について
ア 証拠(甲1~3,5,13,14)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実
を認めることができる。
(ア) 原告は,前記のとおりの経緯で,平成14年5月17日に本件特許を取
得した(甲2)。これに対し,平成15年1月28日付けで,株式会社ディスクから本
件特許につき特許異議の申立て(甲13)がなされた。
(イ) これを受けた特許庁は,平成15年8月21日付けで原告に対し,取消
理由通知(甲5)を発した。その理由の詳細は,下記のとおりのものであった。
              記
「 本件出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前日本国内または
外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基づいて,その出願前に
その発明の属する分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることがで
きたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
  刊行物1:特開平3-127041号公報(甲第1号証)
  刊行物2:特開平4-340534号公報(甲第2号証)
  刊行物3:特開平7-248537号公報(甲第3号証)
  刊行物4:特開平2-135431号公報(甲第4号証)
  刊行物5:特開昭50-136028号公報(甲第5号証)
  刊行物6:特開平6-130588号公報(甲第6号証)
  刊行物7:特開昭59-121033号公報
 上記刊行物1~6には,特許異議申立書第9ページ下から5行~第11ページ末行
「b.証拠の説明」記載の発明が記載されている。
 また,上記刊行物7には,例えば,その公報第2ページ左下欄12行~第3ページ
左下欄10行,第1図,第2図に,感光することで粘着性が消失する粘着剤を配設
し,この粘着剤面と反対面より投射した光線で該粘着剤を露光し,レンチキュラー
レンズの集光部の粘着性を失わせた後,遮光性トナー散布し,粘着性の残っている
未露光部分に粘着させることが記載されている。
 そして,請求項1~3に係る発明は,特許異議申立書第12ページ1行~第14ペー
ジ17行「c.本件特許発明と証拠の対比」記載の理由,および,刊行物7記載の発明
を刊行物1記載の発明に適用することに格別の困難性を見いだせないという理由に
より,上記刊行物1~7記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることがで
きたものである。
 よって,請求項1~3に係る発明の特許は,特許法第29条第2項の規定に違反し
てされたものである。」
(ウ) 前記取消理由通知を受けた原告は,平成15年11月4日付けで特許庁
に対し本件訂正請求書(甲3)及び特許異議意見書(甲14)を提出した。この意見
書の骨子は,本件特許の請求項1~3(本件訂正後のもの)に係る発明は,取消理
由通知書記載の刊行物1~7記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものではない等とするものであった。
(エ) そして,特許庁は,平成16年2月3日付けで本件決定をしたが,そ
の詳細は別添決定謄本写しのとおりである。
(オ) なお,引用刊行物の表示は,特許異議申立書(甲13),取消理由通
知書(甲5),本件決定(甲1)とで一部異なっており,その対応関係を表示する
と次のとおりである。
(特許異議申立書)(取消理由
通知書) (本件決定)
特開平3-127041号公報甲第1号証刊行物1
刊行物1
特開平4-340534号公報甲第2号証 刊行物2
刊行物2
特開平7-248537号公報甲第3号証 刊行物3
刊行物3
特開平2-135431号公報甲第4号証 刊行物4
特開昭50-136028号公報甲第5号証 刊行物5
刊行物4
特開平6-130588号公報甲第6号証 刊行物6
特開昭59-121033号公報 刊行物7
刊行物5
イ 原告主張の取消事由1-2は,本件決定が示した特許取消理由(刊行物1,
刊行物5及び周知技術の組合せ)が取消理由通知(甲5)記載の特許取消理由と相
違するというものである。
(ア) 原告は,取消理由通知には刊行物1(甲4-1),刊行物5(甲4-5)
及び異議甲4文献(甲20-1)という三つの刊行物の組合せによる容易想到性という
1個の特許取消理由が示されていると主張し,被告は,取消理由通知の論理付けは
「刊行物1と異議甲4」又は「刊行物1と刊行物5」であり,二つの刊行物の組合
せによる特許取消理由を2個示したものであると主張しているので,まずこの点に
ついて検討する。
(イ) 取消理由通知(甲5)には,前述のとおり,下記記載がある
              記
請求項1~3に係る発明は,特許異議申立書第12ページ1行~第14ペ
ージ17行「c.本件特許発明と証拠の対比」記載の理由,および,刊行物5記載の発
明を刊行物1記載の発明に適用することに格別の困難性を見いだせないという理由
により,上記刊行物………記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものである。(1頁末行~2頁4行)
(注:下線は本判決が付したものであり,以下,「および」の前の部
分を「理由①」,後の部分を「理由②」という。)
 そして,理由①に引用された特許異議申立書(甲13)の該当部分の記
載は,下記のとおりである。
            記
 本件発明と刊行物1に記載された発明とを対比すると,両者は,………の点で一
致し,
 (ⅰ)………していない点,(ⅱ)………ストライプ状の遮光パター
ンが,本件発明は,………転写によって形成されたものであるのに対して,本件発
明は,印刷により形成されたものである点,(ⅲ)………である点,
で相違します。
 上記相違点について検討すると,(ⅰ)の点について,………設計上の事項であり
ます。
 (ⅱ)の点について,………ストライプ状の遮光パターンを転写によ
り形成することは,異議甲4文献において知られています。………この点は,異議
甲4文献の記載に基づいて当業者が格別の推考を要することなく想到できる程度の
ことであります。
 (ⅲ)の点について,………設計上の事項であります。
 以上の通りであるので,本件発明は,本出願前に頒布された刊行物
1~………に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたも
のであり,………」
(ウ) 上記(イ)のとおり,取消理由通知における特許取消理由の記載は理
由①と理由②を「および」で接続したものである。そして,理由①と理由②との論
理的な関係は特に示されていないから,2個の理由(論理付け)を併記したものと
解するのが自然である。
 また,理由①の部分においては,引用された特許異議申立書の記載に照らすと,
本件発明と刊行物1発明との一致点並びに相違点(ⅰ)~(ⅲ)を認定の上,相違点
(ⅰ)及び(ⅲ)については設計上の事項であり,相違点 (ⅱ)については異議甲4文
献(甲20-1)に基づいて容易に想到できる程度のことである,という判断が示され
ているといえる。このように,理由①は,本件発明1と主たる引用例(刊行物1)
記載の発明との一致点及び相違点を認定の上,個々の相違点にかかる構成の容易想
到性について判断するものであり,判断内容の適否はともかくとして,容易想到性
の検討における一般的な論理付けの体裁を備えている。この点からしても,理由①
はそれ自体が独立した特許取消事由であるということができる。
 したがって,取消理由通知には,被告の主張するとおり,理由①及び理由②とい
う2個の特許取消理由が並列的に示されていると認めるのが相当である。
(エ) 原告は,取消理由通知記載の特許取消理由は「刊行物1+刊行物5
+異議甲4文献」という論理付けによるものであると主張するが,上記(ウ)のとお
り,異議甲4文献は理由①の中で刊行物1発明と本件発明1との相違点を直接に埋
めるものとして引用されているのであるから,原告の主張は採用できない。
ウ ところで,旧特許法120条の4第1項の趣旨は,特許権者の知らない間に
不利な資料が集められて,何ら弁明の機会を与えられないうちに心証が形成され
る,という不利益から当事者を救済すること,すなわち不意打ちの防止にあると解
される。
 そこでこれを本件についてみるに,前記のとおり,本件決定の示した特許取消理
由のうち,刊行物5技術を刊行物1発明に適用するという点までは取消理由通知に
理由②として示されており,本件決定が新たに付加したといえるのは,刊行物5技
術を刊行物1発明に適用したものと本件発明1との相違点(トナーと転写との相
違)に係る本件発明1の構成は,本件周知技術を適用することによって容易に想到
し得たものである,との点のみである。
 そして,当該相違点が存在すること自体は,客観的に明らかであるし,原告自身
が特許異議意見書(甲14)において自ら指摘している。そして,当該相違点の存在
にもかかわらず本件発明1が想到容易であるとする根拠について,取消理由通知は
何らの刊行物等を引用していない。このような場合,本件発明1が進歩性を欠くと
される理由を合理的に推知するとすれば,当業者にとって何らの具体的な刊行物等
に接することなく当該相違点に係る本件発明1の構成が容易に想到できるという理
由であると解するほかなく,より具体的には,当該相違点が設計的事項にすぎない
とか,当業者にとってあらためて文献等に接するまでもなく当然に知っている技術
事項(周知技術)を適用して当該相違点にかかる本件発明1の構成とすることが容
易である,といった理由であると理解することは,困難なものとはいえない。
 確かに,取消理由通知に接した原告にとって,トナー散布に代えて転写の手法を
採用した本件発明1の構成が設計上の微差に過ぎず本件周知技術を知っている当業
者にとって容易になし得ることである,との理由付けを看取することは困難かもし
れない。しかし,一方で,訂正前の本件明細書(甲2)には「黒色の転写層を転移
させることに代えて,前記粘着部のみに黒色粉体トナーを付着させて遮光パターン
を形成することも,本発明の要旨を逸脱するものではなく」(段落【0023】)との
記載があることからみても,トナー散布と転写という技術的手段の相違が発明の要
旨を異ならせるほどのものでないことは,原告自身が認めていることなのであるか
ら,取消理由通知に接する原告にとって,本件異議手続の審判合議体が,トナー散
布と転写との相違について,周知技術を当然に知っている当業者にとって想到容易
なものであると判断しているという可能性も念頭においた上で,取消理由通知に対
応することは可能であったというべきである。
 また,本件特許取得前の手続においては,かかる相違点があることを実質的な根
拠として本件発明1(本件訂正前のもの)につき特許すべきものとされたという経
緯があるとはいっても,本件特許取得前の手続と本件異議手続とは別個の手続なの
であるから,原告において,取消理由通知において示された審判体の見解は本件特
許取得前の手続における審判体のそれとは異なっていることを理解し,これに応じ
た反論を行い,あるいは適切な補正を行う等のことは,十分に可能であったという
べきである。
 以上の事情にかんがみると,取消理由通知と本件決定の特許取消理由の相違が本
件周知技術の点だけである以上,本件決定が本件周知技術を論理付けに加えたこと
は,特許権者たる原告に対する不意打ちに当たるとまでいうことはできず,旧特許
法120条の4第1項の趣旨に照らして,本件決定を違法ならしめる手続上の瑕疵であ
るとまでいうことはできない。
 原告は,本件周知技術は本件決定の論理付けの中で「取消事由を定めた法条に該
当する具体的事実」を構成するものであるから,これを論理付けに追加すること
は,公知技術の追加や差替えと同様に,別個の特許取消理由を示すことを意味する
と主張する。しかし,刊行物1発明に刊行物5技術を適用したものと,本件発明1
との間に相違が存在することは明白なのであるから,この相違が当業者にとって文
献等に接するまでもなく想到容易なものであるという審判合議体の判断も間接的に
示されていたといえるのであり,本件周知技術を本件決定において明示すること
は,取消理由通知と異なる新たな特許取消理由を示したものであるということはで
きない。この点において,公知技術の追加や差替えの場合に,当該公知技術を裏付
ける公知文献を具体的に指摘されなければ,特許権者にとって当該公知技術につい
て意見を述べる等の防御の機会が奪われてしまうのとは,事情を異にする。
 よって,原告主張の取消事由1-2は,結局のところ採用することができない。
4 結論
 以上の次第で,原告主張の決定取消事由は,いずれも理由がない。よって,原告
の本件請求は理由がないことに帰するからこれを棄却することとして,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第2部
  裁判長裁判官 中野哲弘
       裁判官岡本 岳
       裁判官上田卓哉

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