弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一、被告建設大臣が、昭和三九年五月二二日、建設省告示第一、三五四号によりな
した、別紙目録第一記載の事業の認定を取消す。
二、被告栃木県知事が、昭和三九年五月二六日、栃木県公報によりなした、別紙目
録第二記載の土地細目の公告を取消す。
三、被告栃木県収用委員会が、昭和四二年二月一八日、別紙目録第三記載の土地に
ついてなした、収用裁決を取消す。
四、訴訟費用は被告等の負担とする。
       事   実
(当事者双方の申立)
第一、原告の申立
原告は主文同旨の判決を求めた。
第二、被告等の申立
一、本案前の申立
 原告の本件訴をいずれも却下する。
二、本案の申立
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
(請求の原因)
第一、本件各行政処分
一、栃木県日光市<以下略>・同所<以下略>・および同所<以下略>の各土地
は、いずれも原告の境内地であり、原告の所有である。
二(一) 被告建設大臣は、起業者栃木県知事からの申請により、昭和三九年五月
二二日、土地収用法第二〇条の規定に基き、別紙目録第一記載のような事業の認定
(以下本件事業認定という。)をなし、同日付建設省告示第一、三五四号をもつて
これを告示した。
(二) 被告栃木県知事は、右起業者栃木県知事からの申請により、昭和三九年五
月二六日、土地収用法第三三条の規定に基き、栃木県起業(栃木県知事起業の誤り
と認める。)二級国道日光沼田線道路改良工事のため収用しようとする土地細目
を、別紙目録第二記載のように公告(以下本件土地細目の公告という。)した。
(三) 被告栃木県収用委員会は、起業者栃木県知事からの申請に基き、昭和四二
年二月一八日、別紙目録第三記載の土地(以下本件土地という。)につき、収用の
時期を昭和四二年四月一〇日とする収用裁決(以下本件収用裁決という。)をし
た。
第二、本件事業認定の取消原因
一、土地収用法第四条違反
 本件事業認定は、土地収用法第四条に違反し、本来収用することのできない土地
についてなされたものであるから違法であり、取消されるべきものである。
(一) 同法第四条は、「この法律又は他の法律によつて、土地等を収用ーーする
ことができる事業の用に供している土地等は、特別の必要がなければ、収用ーーす
ることができない。」と規定し、同法第三条本文は、「土地を収用ーーすることが
できる公共の利益となる事業は、左の各号の一に該当するものに関する事業でなけ
ればならない。」と定め、同条第二九号は、「自然公園法(昭和三二年法律第一六
一号)による公園事業」と定めている。
(二) ところで、本件土地は、昭和九年一二月四日、日光国立公園に指定され
(内務省告示第五六九号)、昭和二八年一二月二二日、厚生省告示第三九四号をも
つて、当時の国立公園法第八条の二第一項により、国立公園日光山内特別保護地区
に指定されている区域の一部に属し、現行の自然公園法(昭和三二年法律第一六一
号)附則3・4・5項によつて、自然公園法による国立公園の区域内にある国立公
園事業の用に供している土地とされ、しかも特別保護地区に指定されたものとみな
されている土地である。
 従つて、本件土地は、土地収用法第三条第二九号・第四条にいう、「自然公園法
による公園事業の用に供している土地」に該当し、「特別の必要がなければ収用す
ることができない」土地である。
(三) 右にいう「特別の必要」とは、現に土地を使用している事業よりも、新た
にその土地を使用しようとする事業の方が「公益上一層必要である」という意味に
解すべきところ、本件には、つぎのような理由で、かかる特別の必要があるとは認
められないから、本件事業認定は違法というべきである。
(1) 本件土地を含む一帯の区域が特別保護地区に指定されるに至つたのは、
「本地区が東照宮・二荒山神社本宮及び別宮・輪王寺・大猷院霊廟・神橋を含む一
帯で、比較的狭い自然の地形に制約されながらも、地形を巧みに利用し、江戸時代
初期の文化の精粋を集めて豪華絢爛たる建造物群を建設して、大自然と人工とを渾
然一体たらしめた稀にみる地区であり、従つて、万民偕楽の地として大いに世人に
親しまれて国立公園利用上重要なものであり、又、建築・美術・工芸等、学術上文
化上からも永久に保存保護せられなければならない地区である。」(甲第一三号
証)との理由からであり、特に本件土地付近は、日光国立公園の表入口にあたり、
紺碧の清流に架る朱塗の神橋とこれを囲む数百年を経た老杉、とりわけ神橋の正面
に位置する太郎杉を中心とした巨杉群が、その付近の地形とあいまつて作りなす風
致は、数ある我が国の国立公園の中でも、その入口の景観としては屈指のものであ
り、日光国立公園を訪れる多くの人が、その入口の第一印象のすばらしさに感嘆す
るところでもあり、このことは広く海外にまで知られていることである。
(2) また、日光国立公園の表入口にあたる本件土地付近は、約一、二〇〇年の
昔、勝道上人の開山以来、伝説並びに史実により、日光発祥の地とされ、特に日光
二社一寺の信仰発生の由緒ある地点として永年に亘つて保存されてきた地域でもあ
る。
(3) これに対して本件事業計画は、国道一一九号線・同一二〇号線(右は二本
の国道が別個に存在するわけではなく、一本の道路が日光橋を境にしてその宇都宮
寄りを一一九号線、反対側を一二〇号線と呼んでいるものである。)の交通量の激
増に伴い、本件土地付近の道路が狭隘であり交通の支障となつているため、樹令六
〇〇年に達すると云われる太郎杉を含む巨杉一五本を伐採し、山側を切り崩して道
路を一六メートル巾に拡巾し、山側には高さ一〇メートル・長さ四〇メートルに達
する石垣を構築しようというのであるが、このような工事が実施されると、収用予
定地内にある一五本の巨杉のほか、その近くにある四本の巨杉がその根元を損傷さ
れて枯死するに至ることが予想され、また、かかる巨杉群が伐採されてその跡地に
石垣が構築されることになれば、神橋を中心とした荘厳にして比類稀な前記の景観
は完全に破壊されるに至ることは必定である。
(4) たしかに、日光市内を通る国道一一九号線・同一二〇号線のうち、本件土
地付近は狭隘であり、交通量が増加の一途をたどつている現在、これを右計画の如
くに拡巾すれば、交通事情は一時的にいくらかは好転するにちがいない。しかしな
がら、日光市内を通る幹線道路は右の国道だけであるうえに、右国道は、本件土地
付近の他に数ケ所の狭隘箇所があり、春秋の観光シーズンともなれば、右国道に自
動車が集中するため交通マヒ寸前の状況を呈しており、すでに日光湯元から金精峠
を越えて群馬県沼田市へ通ずるいわゆる金精道路が開通し、また馬返しから中禅寺
湖畔に至る第二いろは坂が完成した現在、日光市内を通る交通量は激増の一途をた
どつており、このような右国道の交通難を解消するためには、全くの一時しのぎの
糊塗策にすぎない本件事業計画によるよりは、他にバイパス(迂回路)を作る必要
があることは万人の等しく認めるところである。それにもかかわらず、起業者栃木
県知事が本件事業計画を立ててこれを実施しようとするのは、費用が安いうえに短
期間の工事ですむため東京オリンピツクに間に合わせることができるとの理由から
であり、このような理由のみによつて、前記のような文化的宗教的な景観等を破壊
することは、土地収用法第四条にいう「特別の必要」がある場合に該当しないこと
は明白である。
二、仮りに、土地収用法第四条にいう「特別の必要」があるか否かの判断が行政庁
の裁量行為に属するとしても、前述の各理由により、右の裁量は、社会通念上著し
く妥当を欠きその裁量権の範囲を越えた違法なものであるから、取消されるべきで
ある。
 そして、このことは、次のことからもうかがいしることができる。即ち、
(一) 本件土地を含めた付近の地域は、前述のように、昭和二八年一二月、日光
国立公園の特別保護地区として指定されたものであるが、その翌昭和二九年七月、
栃木県が大谷川左岸の道路を拡巾すべく、本件土地付近の老杉八本を伐採する計画
を立てたところ、当時の国立公園審議会は、同年八月一六日、右計画に対して次の
ような意見書を厚生大臣宛に提出して、これに反対した。
 『(1) 神橋付近の日光山内は、国立公園の入口および日光参観口として景観
上最も重要な地区であり、且つ特別保護地区でもあるので、道路拡巾のため石垣の
切取り、杉の伐採等現状変更並びに風致破壊を招く行為は絶対に許容すべきでな
い。
(2) 次に、軌道の付替え及び道路の拡巾は、何れも早急に実施すべきものと認
めるが、協議会案(県案)には次の理由により同意し難い。
(イ) 国立公園の景観保持及び日光観賞の見地から、この辺の環境改善を図るた
め、現在路線は自動車・軌道等の交通を制限又は禁止し、むしろ歩道とすることを
理想とする。
(ロ) 現在路線は、今後自動車交通の激増が予想される東京・日光・金精峠を通
ずる二級国道の路線としては適当な路線と認め難い。
(ハ) 右の理由により、現路線は大谷川右岸に変更し、かつ軌道を存続させるに
おいては、軌道もまたこの路線に変更すべきものと考える。』
(二) しかるに、その後わずか一〇年を経過したにすぎない昭和三九年三月一九
日、自然公園審議委員会(前記の国立公園審議会の後身であるが、委員の顔ぶれは
大分異つている。)は、本件土地の所有者である原告の意見を全く徴することな
く、本件事業認定を受ける前提として、起業者栃木県知事がした国立公園事業の執
行承認事項の変更申請に対し、これを承認する決議をし、厚生大臣も右変更を認可
するに至つたが、昭和二九年当時と比べて、昭和三八年三月の暴風により付近の老
杉数本が倒木・毀損したほかは何等特段の事情の変化もないのに、このように異つ
た結論が出されたことは理解し難いところである。
三、土地収用法第二〇条第三号違反
 土地収用法第二〇条第三号によると、事業の認定をするためには、「事業計画が
土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること」が必要とされているが、
つぎにのべる理由によつて、本件事業計画は土地の適正かつ合理的な利用に寄与す
るものとは認められないから、本件事業認定はこの点で違法であり、取消されるべ
きである。
(一) 起業者栃木県知事から被告建設大臣に対する本件事業認定の申請書による
と、本件事業計画を必要とする理由の要点として、次のことが記載されている。即
ち、 『近時、観光施設の整備により、交通量は急激に増大し、加えて県境金精峠
有料道路の開通等による奥地資源開発の伸展および東京オリンピツクの開催と相ま
つて、益々増加が予想される。申請箇所二八〇メートルは、巾員狭少にして、特に
神橋前太郎杉付近は、五・七メートルにすぎず、歩車道の区別のない混合交通の状
態で、交通の支障は著しく、観光日光の大ネツクとなつている。今回、巾員を一六
メートル(車道一一メートル・歩道二・五メートル両側)に拡巾したい。そして右
計画を決定するにあたつては、A案(現道案)・B案(御旅所案)・C案(トンネ
ル案)・D案(星の宮案)の四案を考えたが、技術的・経済的・風致的にも最も妥
当なA案を採用することに決定した。その結果、太郎杉を含む老杉一五本を伐採
し、この付近の景観が変るも止むをえない。用地面積は、計画に対し必要最少限度
の土地面積であり、土地の現在の利用状況からしても、本件土地を公共の利益のた
めに利用することが適正且つ合理的な利用方法と考える。』
というものである。
(二) しかし、本件事業計画(右のA案)は、当時目前に迫つていた東京オリン
ピツクの開催に間に合わせるため、および事業費を安く且つ工事期間を短くするた
めに決定されたものであるが、金精道路が開通し、第二いろは坂が完成した現在国
道一一九号線・同一二〇号線を通行する自動車数は激増することが予想され、従つ
て、本件事業計画に基いて本件土地付近の道路の拡巾がなされたとしても、それは
単なる一時しのぎの策にすぎず、早急に金精道路や第二いろは坂に匹敵するバイパ
スを別に設けなければならなくなることは必至である。別にバイパスを作るという
ことは、本件事業計画案と比較して、事業費が高く且つ工事期間が長くなる等とい
う難点があるとしても、金精道路や第二いろは坂が日本道路公団の手により有料道
路として完成されていることに鑑みれば、起業者としてもかかる方法によるべく努
力するのが本筋であり、単なる一時しのぎにすぎない道路拡巾のために、前述のよ
うな文化的・風致的・宗教的に重要な意義を有する本件土地を切り崩すことは、
「土地の適正且つ合理的な利用に寄与するもの」とは、とうてい云い難い。
四、土地収用法第二〇条第四号違反
 本件事業認定は、土地収用法第二〇条第四号に違反しているから違法であり、取
消されるべきである。
 即ち、同法第二〇条第四号は、「土地を収用する公益上の必要があること」を
も、事業認定の要件としている。ところで、右にいう「公益上の必要がある」か否
かの判断は、行政庁の裁量にまかされるべきことではあるが、行政庁が右裁量判断
をするについては、昭和二六年一二月一五日付建設省管理局長による「土地収用法
第三章・事業の認定の規定の運用に関する件」という通牒(建設・管発第一二二〇
号)にある如く、「事業の公益性が一般に納得しうる客観性があるか否かを、具体
的の事業及び当該特定の土地等について精査」してしなければならない。
 然るに、本件事業計画の実施により、多数の老杉が伐採され、明媚な風光が破壊
されることが世間に知れるや、これに強く反対する世論がわきおこり、日刊大新聞
はこぞつて右計画を批難する記事を掲載するに至つている。これらのことは、本件
事業の公益性について一般世人がその客観性を納得していないことの証左であり、
従つて、この点を無視してなされた本件事業認定は、社会通念上著しく妥当を欠
き、その裁量権の範囲を越えた違法なものというべきである。
第三、本件土地細目の公告の取消原因
一、本件事業認定には、前述のような違法理由があるから、適法有効な事業認定の
存在を前提とする本件土地細目の公告は、この点においてすでに違法であり、取消
されるべきである。
二、本件事業認定によると、起業地として「栃木県日光市<以下略>」と表示され
ているのに対し、本件土地細目の公告によると、収用すべき土地の所在地として
「栃木県日光市<以下略>・同所<以下略>・同所<以下略>」と表示されてお
り、両者の字名の表示に差異をきたしている。
 ところで、土地収用は、私人から土地の所有権を奪うものであるから、その土地
細目の公告は十分に正確を期さなければならないにもかかわらず、このような誤り
があるのは、土地収用法第三三条・第三二条第一項第二号にいう「収用しようとす
る土地の所在・地番」について不適法な公告がなされたことを意味し、この点で違
法というべきである。
第四、本件収用裁決の取消原因
一、本件事業認定および土地細目の公告には、前記第二・第三に述べたような各違
法理由があるから、適法有効な事業認定および土地細目の公告の存在を前提とする
本件収用裁決は、この点においてすでに違法であり、取消されるべきである。
二、本件収用裁決は、収用されるべき土地の範囲が明確でなく、これを特定するこ
とができないから違法であり、取消されるべきである。
 即ち、起業者栃木県知事から被告栃木県収用委員会宛に提出された裁決申請書に
よると、収用すべき土地として「神社境内地一二五坪」と表示され、さらに裁決申
請補正書によると、「神社境内地一七二坪」と表示されている。然るに、本件収用
裁決書によると、収用すべき土地の面積は「四七八・七五平方メートル(一四四坪
八四)」とされており、申請書および同補正書のいずれの面積とも異つているのみ
ならず、右裁決書には図面が添付されておらず、従つて、これによつては、いかな
る範囲の土地が収用の対象とされたのかを特定することは不可能である。
(被告等の本案前の抗弁)
一、本件事業認定および本件土地細目の公告は、取消訴訟の対象たる行政処分にあ
たらないから、右の各取消を求める訴は、いずれも却下されるべきである。
 即ち、取消訴訟の対象となる行政処分は、行政主体たる国又は公共団体が、公権
力の発動として行う公法上の行為であつて、これによつてその相手方に何等かの法
律的影響を与えるものでなければならない。
 一般的に、一定の法的効果が、連続した数個の行為の手続的発展を経て初めて完
成される場合には、行政訴訟の対象となる行為は、最終段階における行政庁の確定
的意思表示であることを原則とし、特に法が手続の途中で行政訴訟を認めている場
合、あるいは手続の途中で行政訴訟を認めなければ私人の利益が十分に救済されな
い場合にのみ、その例外が認められると解される。
 ところで、土地収用法第一二〇条は、事業認定について異議・審査請求の手続を
認めているが、このことから、特に同法条が事業認定について行政訴訟の対象性を
認めているものとは解しがたい。
 そこで、次に、事業認定および土地細目の公告の段階で行政訴訟を認めなけれ
ば、私人の利益は十分に救済されないかどうかについて検討してみると、事業認定
それ自体は、起業地内の私人の権利に何等の法律的影響を及ぼすものでないことは
明らかであるが、事業認定にひきつづいて土地細目の公告がなされると、公告され
た土地について、形質変更禁止の制限(土地収用法第三四条第一項)が付されるこ
とになり、国民はこの不利益から救済されるべき必要があるように考えられる。
 しかし、かかる不利益は観念的なものであつて、土地所有者が形質変更の意思を
もつたときに初めて権利制限が現実化するものであり、この場合の権利制限も、行
政庁に許可を申請し(同法第三四条第一項・第二項)、その不許可処分を争うこと
によつて十分に救済されうるものである。
 このように、事業認定および土地細目の公告の段階において行政訴訟を認めなく
ても、利害関係人の権利保護に欠けるところはなく、従つて、事業認定および土地
細目の公告は、いまだいわゆる争訟の成熟性ないし具体的事件性を有しないものと
して、行政訴訟の対象たる行政処分性が否定されるべきであり、このことは、土地
区画整理事業計画について行政処分性を否定した最高裁判所大法廷昭和四一年二月
二三日判決(民集二〇巻二号二七一頁)によつて支持されているところである。
二、原告には、本件各行政処分の取消を求めるについて、訴の利益がないから、本
件訴はいずれも却下されるべきである。
(一) 行政処分の取消訴訟における保護の対象は、国民の個人的利益に限られ、
行政の適法性の維持を求める国民一般としての利益とか、公職者としての職責上の
利益は含まれない。
 ところで、原告が本件各行政処分を違法であるとする主張たる理由は、本件土地
が日光国立公園の特別保護地区に属しており、かかるところを収用して道路を拡巾
し、その景観を破壊することは、土地収用法第四条ないし第二〇条第三号等に違反
するというにある。
 しかし、国立公園の指定および特別保護地区の指定は、広く国民一般の野外レク
リエーシヨンの場としての自然景観を維持・保護することを目的とするものである
から、その指定によつて保護されている利益は、国民一般の利益である。こうした
国民一般の利益は、政治的ないし行政的過程によつて保護されるべきものであつ
て、訴訟手続によつて保護されるべきものではない。
 よつて原告の本件訴はこの点において訴の利益を欠くものである。
(二) 違法な行政権の行使から守られるべき国民の利益は、法律上の利益である
ことを要し、単なる事実上の利益は含まれない。
 ところで、本件土地を含む一帯が特別保護地区に指定されていることが原告の個
人的利益の保護を目的とするものでないことは前述の通りであるが、仮りに、特別
保護地区としての景観が害されることによつて、原告の神社としての尊厳という利
益が損なわれるとしても、かかる利益は、特別保護地区の指定による反射的利益
(事実上の利益)にすぎない。
(三) また、事業の認定および土地細目の公告によつて形質変更禁止の制限を受
けるに至るが、これは事業の円滑な遂行に障害を生ずることを防止せんとするもの
で、何人も公共の利益を追求する事業の施行を阻害してはならない義務を負い、そ
のための制限は権利に内在する制約であることによる。
 そうであれば、かかる権利に対する制限は、法律上保護された利益の侵害とは云
えないから、いずれにしても、これをもつて原告に本件訴の利益があるということ
はできない。
三、原告には、事業認定および土地細目の公告の取消の訴にあわせて、収用裁決の
取消を求める具体的利益を有しない。
(一) 即ち、原告による本件事業認定および土地細目の公告の取消請求と、収用
裁決の取消請求とは、その違法理由が同一であり、従つて、その請求は同一に帰す
る(最高判・昭和三一年六月五日、民集一〇巻六号六五六頁)から、前者の訴と後
者の訴は二重訴訟となり、後者の訴は不適法であり、仮りにそうでないとしても、
後者の訴はその利益がないというべきである。
(二) 仮りに、右が二重訴訟にならないとしても、事業認定および土地細目の公
告の効力は、収用裁決の効力の中に吸収されているといえるから、事業認定および
土地細目の公告の効力を争う利益はすでに消滅したというべきである。
(請求原因に対する被告等の答弁)
 第一の一・二の事実はいずれも認める。
 第二の一の(一)は認める。同(二)のうち、本件土地が国立公園日光山内特別
保護地区の一部に属していることは認めるが、その余は争う。同(三)の(1)の
うち、本件土地が日光国立公園の表入口にあること、同(三)の(2)のうち、原
告主張のような伝説があること、同(三)の(3)のうち、本件道路拡巾計画が、
道巾を一六メートルに広げ、山側を切り崩し長さ四〇メートルに亘つて石垣を構築
しようとするものであること、伐採する老杉が一五本、石垣の高さが九メートルで
あること、同(三)の(4)のうち、交通量が増加の一途をたどつていること、金
精道路が開通し、第二いろは坂が完成したこと、はいずれも認めるが、その余の第
二の一の(三)の事実は全て否認する。
 第二の二の(一)のうち、昭和二九年七月、栃木県が大谷川左岸の道路を拡巾す
るため、本件土地付近の老杉八本を伐採する計画を立てたこと、同(二)のうち、
昭和三九年三月、自然公園審議会が本件事業計画を認め、厚生大臣がこれを承認し
たこと、昭和三八年三月の強風により三〇本以上の老杉が倒木・毀損したことはい
ずれも認めるが、その余の第二の二の事実は全て争う。
 第二の三の(一)は認める。同(二)のうち、本件事業計画(A案)を採用した
のは、東京オリンピツクの開催に間に合うこと、事業費が安いことが一つの理由と
なつていることは認めるが、その余は争う。
 第二の四の事実のうち、原告主張のような建設省管理局長による通牒が発せられ
ていること、日刊新聞に本件事業計画に関する記事が掲載されたことはいずれも認
めるが、その余は争う。
 第三の二のうち、本件事業認定および土地細目の公告に、原告主張の通りの土地
の表示がなされていることは認めるが、その余は争う。
 第四の二の事実は全て争う。
(被告等の主張)
一、土地収用法第四条違反の主張について
(一) 原告は、本件土地は、自然公園法上の特別保護地区に属し、従つて、土地
収用法第三条第二九号所定の「自然公園法による公園事業」の用に供している土地
であるから、同法第四条により、「特別の必要」がないかぎりこれを収用すること
ができないと主張する。
 しかし、土地収用法第三条第二九号所定の「自然公園法による公園事業」の意義
については、自然公園法第二条第六号に、「公園計画に基いて執行する事業であつ
て、国立公園又は国定公園の保護又は利用のための施設で、政令で定めるものに関
するものをいう。」と定められており、さらに、右施設の種類については、自然公
園法施行令第三条に定められている。
 従つて、単に、自然公園法上の特別保護地区内にある土地であるからと云つて、
直ちに土地収用法第三条第二九号にいう「自然公園法による公園事業」に該当する
というわけではなく、そのためには、それが自然公園法第二条第六号・同法施行令
第四条に該当するものでなければならないところ、本件土地は、現在に至るまで、
右政令で定める施設に関する事業として公園計画の対象たる土地とされたことはな
いのである。
 よつて、本件土地は、土地収用法第四条にいう「この法律……によつて、土地等
を収用……することができる事業の用に供している土地」には該当せず、従つて、
本件各行政処分に対しては、同法第四条は適用されるべきではない。
(二) もともと、土地収用法第四条は、現に収用可能な公益事業の用に供してい
る土地は、より一層重要な公益事業のためにやむをえない必要がある場合に限つ
て、収用が許されるものとし、収用可能な事業相互間の調整をはかつた規定であ
る。
 従つて、原告が主張するように、特別保護地区に指定されている土地が、同法第
三条第二九号に該当するというためには、特別保護地区に指定された土地は収用が
可能であるとの前提に立たなければならないが、同法および自然公園法は、特別保
護地区内にある土地であることのゆえに、該土地を収用することができるという立
場には立つていないのである。即ち、特別保護地区に指定されている土地は、ただ
それだけでは、「収用の認められている事業の用に供している土地」ではないので
ある。
 よつて、この点に関する原告の主張は、その前提においてすでに失当と云わざる
をえない。
二、土地収用法第二〇条第三号・第四号違反の主張について
 土地収用法第二〇条第三号にいう「土地の利用が適正かつ合理的である」かどう
かについて判断するためには、当該土地を利用しようとする事業の性質およびその
公益性・必要性等と、当該土地の現在における利用状況とを比較衡量して判断しな
ければならないから、以下これらの点について述べることにする。
(一) 本件収用裁決に至るまでの経過
 本件事業は、一般国道一二〇号線(日光沼田線)のうち、日光市<以下略>およ
び<以下略>地内の全長二八〇メートルに亘つて、巾員を一六メートルに拡巾しよ
うとするものである。即ち、国道一二〇号線は、日光市<以下略>の日光橋を起点
として、観光地日光を通り、栃木県北西部を縦断して群馬県沼田市に至る幹線道路
であるが、近時、観光施設の整備による交通量の増加に加え、県境金精有料道路の
開通等による奥地資源開発に伴つて、ますます交通量の増加が予想されているにも
かかわらず、右事業計画区間二八〇メートルは巾員狭少で、特に神橋前の太郎杉付
近は五・七メートルにすぎず、歩車道の区別もない混合交通の状態にあるため、現
在においてもすでに著しい交通障害となつているので、これを巾員一六メートル
(車道一一メートル・歩道二・五メートル両側)に拡巾しようとするものである。
この結果、神橋前太郎杉付近において、山側を約四〇メートルの区間に亘つて切り
取ることとなり、同地上の老杉一五本を伐採せざるをえなくなることから、かくて
は景観が損われるとして原告の了解を得るところとならず、本件収用裁決にもち込
まれるに至つたものである。
 ところで、右地域の道路拡巾にともなう老杉の伐採が計画されたのは、今回が初
めてではない。本地域には、神橋の片袖を削つて東武鉄道株式会社の軌道が走つて
いたが、これは、戦時中、古河電気工業株式会社からの軍需品輸送増強のために、
軌道を現在のように付け替えたことによるものであつて、戦争が終れば旧に復する
約束があつたところから、終戦後間もなく、再び軌道を移設して神橋の袖勾欄を復
元すべきことが論議されたときから始まる。そして、一旦は、昭和二九年七月二三
日に、原告も軌道の付け替えに伴う道路拡巾のために、太郎杉等を伐採することを
了解するに至つたものであつたが、国立公園審議会の反対があつて、関係行政庁間
の協議がまとまらず、その実現は見送られていたものであつた。しかし、その間、
交通量は増加の一途をたどり、老朽化した日光橋は危険になつたので、とりあえ
ず、昭和三六年にはこれを拡巾して架け替えることになり、現在の日光橋が翌三七
年一二月に完工をみるに至つたのであるが、この頃から、交通量がますます急増
し、交通事故も頻発するほか、昭和三八年には強風により、神橋付近の老杉が多数
道路上に倒れ、このため交通が杜絶して、非常な障害を生ずるという事態が発生す
るに至り、世論もようやく活発となり、再び本問題がとりあげられるに至つたので
ある。
 ここにおいて、起業者栃木県知事は、早急に適切な現状の打開策を講ずる必要を
認め、なお一層増加するであろう将来の交通量等も十分考慮したうえ、技術的に可
能と考えられるA・B・C・Dの四案を樹立し、事業費・工期・伐採すべき老杉・
移転を要する物件・景観等について比較検討したのである。
 A案とは現在の道路を拡巾する案、B案とは日光橋からトンネルで御旅所の下を
経て現道に至る道路を新設する案、C案とは全長一、七七六メートルのうち七二六
メートルのトンネルを掘り、日光市<以下略>から現国道に並行してバイパス道路
を新設する案、A案とは大谷川右岸の金谷ホテル側に道路を新設する案であるが、
右四案を比較すると、B案については事業費がA案の約七倍、工期は約五倍を要す
るのみならず、老杉数十本の伐採を要し、かつ、御旅所を一旦解体する必要がある
等、かえつて周囲の風致に及ぼす影響は大なるものがあり、C案は主として山手の
道路となるため、延長七二六メートルに及ぶトンネルを掘る必要があつて、事業費
はA案の約三一倍、工期は約六倍を要することとなるほか、寺院・商店および住宅
等四九軒の移転を要することとなり、A案については事業費はA案の五・一倍、工
期は約四倍となるほか、金谷ホテルの一部の移転を要することとなり、さらに、工
法上著しく風致を害せざるをえないことになる。
 以上事業費・工事期間・移転物件の数量・風致に及ぼす影響等を総合的に勘案し
た結果、現道拡巾案(A案)以外に適切と認められるものはなかつたので、この案
によつて事業計画を樹立し、公園管理者たる厚生大臣に対して現状変更の承認申請
を行い、厚生大臣はこれを自然公園審議会に諮り、同審議会は慎重な審議を重ね現
地調査を行つた結果、右A案によるもやむをえないとして承認すべきものと答申
し、厚生大臣はこれに従つて承認した。そこで、起業者栃木県知事は、土地所有者
等の関係人と協議を重ねたが、原告のみ拡巾に反対して応じなかつたため、やむな
く被告建設大臣に対して本件事業の認定を申請し、被告建設大臣はこれを認めて本
件事業認定を行ない、被告栃木県収用委員会もまたこれを相当として本件収用裁決
をなしたものである。なお、現道拡巾工事の早期施行については、昭和三九年五月
二八日、日光市議会において議決を行つて栃木県知事に意見書を提出し、また、地
元民多数も陳情書を提出しているのである。要するに、本件事業計画は、長年の懸
案を慎重に検討した結果樹立されたものであり、その一日も早い実現が望まれてい
るのである。
(二) 本件道路事業の性質およびその公益性・必要性について
 道路は、一国の政治・経済および文化等の発展を支える重要な公共施設である。
その性質上、直接の効用のほかに、間接的な諸々の効用を有し、健全な国民生活の
発展の大きな支柱となつている。とりわけ、近時における我国の発展と国民生活の
向上は、道路の必要性をますます増大させており、現に、道路投資額は年々著しい
増加を示している。本件道路事業は、右のような高まりつつある道路事業の必要性
の中で計画され、実行されるものである。
(1) 本件道路の位置
 本件道路は、二級国道一二〇号線である。国道には、「国土を縦断し、横断し、
又は循環して、高速自動車国道とあわせて全国的な幹線道路網の枢要部分を構成
し、かつ、都道府県庁所在地その他政治・経済・文化上特に重要な都市を連絡する
道路」と、「その他の幹線道路網を構成する道路」の二種類がある(昭和三九年法
律第一六三号による道路法の改正前は、前者を一級国道、後者を二級国道と称して
いたが、右改正法によつてこの名称別は廃止され、一括して一級国道と呼ばれるこ
とになつたが、道路の性格別の差は従前と同様の形態で残つており、この間に実質
的な変更はないから、本件においては改正前の用語を用いることにする。)。
 ところで、本件道路は、「国際観光上重要な地と一級国道とを連絡する道路」
(右改正前の道路法第六条第一項三号・改正後の道路法第五条第一項四号参照)た
る性格を有する二級国道である。本件道路は、これと同様の性格を有する他の二級
国道と比べて、その重要性は顕著である。即ち、昭和三七年度における交通量調査
結果によると、本件道路の本件土地付近における交通量は、一二時間当り、五、三
二一台であり、観光地である下田と小田原を結ぶ二級国道一三五号線の四、二二三
台、富士箱根国立公園と甲府とを結ぶ同一三七号線の三、九七七台を上廻つてい
る。また、栃木県内についてこれをみれば、本件道路は、同県において最も重要な
道路であると云える。即ち、一級国道四号線のうち、宇都宮市以南の部分における
交通量に次いで多量を有するのが本件道路であり、同県内において、本件道路と同
種の性格を有する二級国道一二一号線(宇都宮米沢線)の交通量等とは格段の差を
示している。
 要するに、本件道路は、全国的視野からみても重要な道路であるとともに、とり
わけ、栃木県内においては非常に重要な道路である。
(2) 本件道路の混雑度
 本件道路の車道巾員は五・七メートルであり、その許容交通量は一日当り二、〇
〇〇台である。ところが、現実の交通量は、昭和三七年度において一二時間当り
五、三二一台であり、これを一日当りに換算すると六、三八五台となり(換算に当
つては、日中一二時間当りの数値を一・二倍することが、その確立された方法とな
つている。)、従つて、本件道路の混雑度は三・一となる(混雑度とは、現実の交
通量を許容交通量で割つたものをいう。)。
 一方、全国的な視野からこれを見るに、昭和三七年度の調査結果によると、混雑
度が二・〇以上の二級国道の延長は、全二級国道の総延長の二・八パーセントにす
ぎず、また、本件道路と同様の性格を有する他の二級国道の混雑度と比較しても、
著しく高い数値が示されている。従つて、本件道路の混雑状況は全国でも顕著なも
のの一つであつて、これを栃木県内でみれば、同県内で最大の交通量を有する一級
国道四号線においても、その混雑度は、宇都宮市以北で〇・四ないし一・六八、宇
都宮市以南で〇・九ないし一・一五であるから、本件道路は同県内で最も混雑の激
しい道路である。
 さらに、本件道路には、その性質上、一日のうちの一定の時間および年間のうち
の春秋において、前記の数値をはるかに上廻る数値の混雑があること、および本件
道路については、本件土地付近の前後相当部分はすでに改良ずみであり、このよう
に全延長のうちの僅かな一部だけが交通上の隘路となつている場合には、当該部分
を中心としていわゆる滞留現象を生じ、円滑な交通が阻害される等の特殊な条件が
存在する。
 以上により明らかなように、本件道路の拡巾改良は一日も早く実現されなければ
ならないのである。
(3) 本件道路における事故の状況
 本件道路の総延長は二七、七九二メートルであり、この全区間において発生した
交通事故件数は、昭和三九年において一三二件である。一方、本件土地付近の二八
〇メートルの区間においては、同年において八件の交通事故が発生している。即
ち、本件道路全線における事故件数は一〇〇メートル当り〇・四七であるのに対
し、本件土地付近二八〇メートルにおいては二・八六という数値となり、約六・一
倍に及んでいる。また、本件土地付近における事故件数は、昭和三七年に五件、同
三八年に一三件にのぼつている。
 これをみれば、本件土地付近の巾員が狭少であることがいかに交通事故の大きな
発生原因となつているかが明らかである。
(4) 本件道路の特質
 日光への観光客は、昭和三五年において三九九万一、一三九人、同三九年におい
て五三〇万四、九七七人であり、年々増加している。しかも、これらの観光客の半
分以上が東照宮に足を運んでいるものと考えられる。また、本件道路を利用する全
交通量の半分以上は観光が目的と思われ、しかもその半数以上が東照宮に足を向け
ているとすれば、本件道路はこれに最も適した形態を保持しなければならない。原
告は、バイパス案が最善であると云うが、観光という観点からすれば、本件事業計
画案が最も適していることは明らかであり、現に全国的にみても、著名な観光地に
は立派な道路が設置されているのである。
(5) バイパス案等について
 本件事業計画(A案)の樹立に当つて、技術的に可能と考えられる他案との対
比・検討を行つたことは前述の通りであり、バイパス案を採用し難いことは右の比
較によつて明らかである。
 そして、さらにバイパス案を採用し難い理由としては、第一に、(4)で述べた
ように、本件道路が観光道路であるという重要な特質からこれを採用し難いこと、
第二に、日光市街地を通過しないような計画は、地元日光市の発展を全く考慮しな
いものであること、そして第三に、道路整備のための財源措置には限度があるこ
と、即ち、限られた予算の範囲内で最も有効に道路を整備することが現在の道路行
政の最大の目的であり、それ故、本件の場合においても、惜しみなく財源措置を講
じて道路を新設することは、道路行政上許されないこと、等の理由も考慮されなけ
ればならない。
(6) 現道拡巾案について
 右案を採用するについては、太郎杉等の老杉を可能なかぎり残存させるとの観点
から検討を加えたが、結局、技術的に不可能であると判断されたものである。
 即ち、本件事業計画に係る道路の中心線を、さらに大谷川寄りに移動すること
は、重要文化財である神橋を撤去せざるをえなくなつて不可能であり、又、太郎杉
を含む数本の老杉を道路内のグリーンベルトとして存置させることは、これらの老
杉の根付きの状況から倒木するか水分の補給源を絶たれて枯死するかのいずれかと
なり、結局、太郎杉等の老杉を伐採することもやむをえないと判断されたものであ
る。
(三) 本件土地の現在の利用状況
(1) 本件土地は、国立公園内の特別保護地区として、自然公園法によつて法的
保護を受けている土地である。そのために、本件道路事業の施行については、厚生
大臣の承認を必要としたが、前述のように、当該承認は、自然公園審議会の意見を
聞いたうえで、昭和三九年四月一日付けをもつてなされている。また、本件土地の
有する歴史的・風致的意義は、昭和三八年の突風による倒木のため著しく損われる
に至つており、当初は杉の伐採に反対していた自然公園審議会が、今回、その伐採
もやむをえないと判断するに至つたのは、交通量の激増による道路拡巾の必要性を
認識したこともさることながら、右の事実を認識した結果であると考えられる。
(2) もともと、樹令を経た老木は、近い将来において枯損する運命にあるか
ら、その時期には、これに代る新たな樹木を補植しなければならない。ところで、
本件土地上の老杉は、すでに極めて樹令を経ていることは明らかであるから、仮り
に本件道路事業の施行を考慮の外においても、この際、本件土地の風致的価値を新
しい形で維持することは、十分に意味のあることであると云わねばならない。それ
に、本件工事後は、後述のように、十分な修景を予定しているのであり、この際、
本件土地の価値を新しい形で再現することは、土地の利用上も合理的なことであ
る。
(3) 周知のとおり、いわゆる日光地区には、数多くの杉群が存存する。東照宮
の境内に限つても、その数は厖大なものである。ところで、本件土地上の杉は一五
本にすぎず、これらが伐採されても、総体として東照宮の尊厳・景観に及ぼす影響
は僅かなものにすぎない。
(4) 本件工事に関する厚生大臣の承認には、工事跡地を速かに緑化修景するこ
とが条件となつているが、本件事業計画はこれを前提として樹立されている。
 即ち、工事完成後の道路の山側は、特殊石積(日光山内の既存施設にならない、
縦六〇センチ・横八〇センチ程度の自然石で、表面に割れ肌のない石を積上げたも
の)をもつて二段階の擁護(下段は高さ三メートル・上段は高さ平均五メートル)
を設けることとし、石の表にはつた類をはわせるとともに、苔類の繁殖を助長する
よう工作する。さらに、上段と下段の石垣の間には、巾二メートル五〇センチの歩
道を設け、右歩道の山側には、街路樹として、もち・ねずこ・かや等を植栽し、そ
の反対側には擬木を用いた高柵を設けて、周囲の風致と調和をはかることにしてい
る。なお、上段石垣のさらに上の斜面には、いちい・杉・榊等の樹木を補植すると
ともに、その根元は積苗工法(斜面を階段式にして、芝・しだ類で覆う)によつて
保護し、もつて、緑化修景をはかることになつており、実際の実施に当つては、各
方面の意見を聞き、原告の意向もできるだけ尊重し、最善のものとするように考慮
している。
(四) 結語
 以上説述したところによつて、本件土地の収用が土地の適正かつ合理的な利用に
寄与するものであること(土地収用法第二〇条第三号)、そしてまた、本件土地を
収用する公益上の必要があること(同条第四号)は明らかにされた。本件土地は、
日光国立公園の表玄関と云われる神橋・日光東照宮の表参道の入口付近に位置し、
かつ、歴史的意義を有するものではあるが、時代の進展に伴つた新しい姿をとりな
がら、それが更新されることは決して悲しむべきことではない。特に本件の場合、
その歴史的意義は少しも失われるものではなく、慎重なる修景工事が施されて、数
百年来の歴史はそのまま保存されるのである。
三、事業認定における起業地の表示と、土地細目の公告における土地の表示との差
異について
 原告は、事業認定における起業地の表示と、土地細目の公告における土地の表示
が異つていると主張するが、土地細目の公告にいう「中山」は、通称「旅所」と呼
ばれており、両者が同一地域を指称するものであることは一般周知のことである。
従つて、本件土地細目の公告が、事業認定における起業地と同一であることは、何
人にも認識しうることであるから、そこには何等の瑕疵も存しない。
四、収用裁決により収用されるべき土地の範囲が明確でなく、これを特定すること
ができないとの主張について
 起業者栃木県知事が、被告栃木県収用委員会に対して収用裁決の申請をするに際
しては、収用されるべき土地の範囲を明確にした図面を添付すべきであつたが、誤
つて、被告建設大臣に対して本件事業認定の申請をした際に添付した図面(これ
は、起業地を明らかにするためのもので、収用されるべき土地の範囲を明らかにし
たものではない。)を添付したにとどまつたが、被告栃木県収用委員会は、裁決の
審理過程で提出された土地調書(甲第二九号証の五の別添五)を検討し、これに基
いて申請通りの裁決をしているので、右土地調書等をも併せて考慮すれば、収用さ
れるべき土地は具体的に特定されており、その範囲も明確である。
 なお、右土地調書を作成するについては、原告がその立会を拒んだため、第三者
である日光市吏員が立会してこれを作成し、裁決申請書・同補正書とともに原告等
の縦覧に供しているので、原告においても収用されるべき土地の範囲を知りうる状
況にあつたのであるから、いずれにしても、原告の右主張は失当である。
(被告等の本案前の抗弁に対する原告の反論)
被告等は、土地収用法における事業認定および土地細目の公告は、取消訴訟の対象
たる行政処分ではないと主張するが、これらが取消訴訟の対象たる行政処分である
ことについては、すでに大審院の判例(大正八・二・七、民録八二巻一九二八一
頁)によつて明らかである。
 (一) 被告等は、昭和四一年二月二三日の最高裁判所大法廷の判決を引用する
が、右は、土地区画整理事業計画に対する判例であつて、これをもつて直ちに土地
収用法における事業認定および土地細目の公告の場合に引用するのは相当でない。
土地区画整理事業計画は、特定個人に向けられた具体的処分ではなく、いまだ青写
真の段階にすぎないとしても、事業認定・土地細目の公告は、すでに特定個人に向
けられた極めて具体的な処分であつて、後の手続として行われる行政処分を待つま
でもなく、これに対する救済の途として、訴の提起が許されて然るべきである。
 (二) さらに、法律の規定に照らしてみると、土地収用法第一三〇条は、事業
認定について異議申立・審査請求を認めている。もしも、事業認定が特定個人に向
けられた具体的な処分でないとするならば、同条は一体何人が異議申立や審査請求
をすることができるというのか。法が事業認定について異議申立・審査請求を認め
ていることは、とりもなおさず、これに対する取消訴訟の提起をも認めていると解
する外はない。
(被告等の主張に対する原告の反論)
一、被告等の主張の一について
 被告等は、土地収用法第三条第二九号所定の「自然公園法による公園事業」と
は、自然公園法第二条第六号・同法施行令第四条に定められているものに限られる
と主張するが、同施行令第四条は、道路・橋・広場・避難小屋・休憩所・車庫・給
油施設・公衆便所等の所謂施設について定めている。
 しかしながら、これらの施設は、全て公園の付随的設備であつて、公園の本体で
はなく、公園の本体は、「すぐれた自然の風景地であつて、国民の保健・休養・教
化に資するもの」(自然公園法第一条参照)である。
 ところで、特別保護地区は、「国立公園の景観を維持するため、特に必要がある
ときに、公園計画に基いて指定」されるもの(同法第一八条第一項)であり、右の
指定を受けた土地については、植栽・焚き火・落葉の採取・車馬ののり入れ等につ
いてまで厚生大臣の許可を受けることを要するという厳しい制限が付され(同法第
一八条第三項)ている。従つて、特別保護地区に指定することは、とりもなおさ
ず、公園計画を執行することであり、そして右公園計画は自然公園審議会の議を経
たものである(同法第一〇条・第一二条・第一八条参照)から、特別保護地区に指
定された土地は、土地収用法第三条第二九号にいう自然公園法による公園事業の用
に供している土地であることは明らかである。
 自然公園法第二条第六号・同法施行令第四条にいう「自然公園法による公園事
業」の定義は、同法第二条の冒頭にいうごとく、「此の法律において」使用する公
園事業という用語についてだけの定義であり、土地収用法第三条第二九号にいう
「自然公園法による公園事業」の意味も、これと同一に解釈しなければならない理
由は何等存在しない。このことは、土地収用法第三条第三二号と対比すれば明瞭で
あり、同条第二九号の定めも、同条第三二号と同じ意味に理解されるべきである。
二、被告等の主張の四について
 被告等が主張するように、裁決申請書・同補正書とともに土地調書等が縦覧に供
され、原告がこれを閲覧したことは認めるが、これらを閲覧しただけでは、原告に
おいては、収用されるべき土地の範囲を明確に知ることはできなかつたので、収用
裁決の審理過程で、原告はその旨を繰り返し主張していたものである。
(証拠省略)
       理   由
第一、本案前の抗弁についての判断
一、被告等は、本件事業認定および土地細目の公告は、取消訴訟の対象たる行政処
分にあたらないと主張する。
 一般に、土地収用法(昭和二六年法律第二一九号((昭和四二年法律第七四号に
よる改正前のもの))、以下同じ)に基く土地の収用手続は、事業の認定・土地細
目の公告・関係者の協議・収用裁決等という一連の手続を経て、初めて全体として
の終局的効果を発生させるものであるから、このような場合には、関係人に対し
て、最終段階の行政処分たる収用裁決の効力を争わせれば、その権利救済の方法と
しては十分であるとの考え方があり、被告等の主張も、かかる見解によるものと解
される。
 しかし、事業の認定に引続いて土地細目の公告がなされると、これによつて収用
されるべき土地が具体的に特定され、かつ、該土地については、形質変更禁止の法
的制限が付与されるに至る(土地収用法第三四条第一項)とともに、一旦これらの
行政処分がなされると、起業者と関係人との間に協議が整う等の特別の事情がない
かぎり、最終処分たる収用裁決までの手続が履践されるのが通例であつて、しか
も、それまでには相当の時日を要することが予想される(現に、本件においても、
事業認定がなされた昭和三九年五月二二日から、収用裁決がなされた昭和四二年二
月一八日まで、約三年の期間を要している。)とあつてみれば、先行処分たる事業
認定に違法があり、かつ、右の先行処分が一連の手続の中核をなす行為であるよう
な場合には、最終処分がなされるのを待つまでもなく、先行処分が行われた段階
で、その違法を是正し、関係人に対し、これによつて受ける不利益から救済される
道を与えることは必要であり、行政処分の取消訴訟の制度が国民の権利保障のため
のものであつて、人権保障に奉仕する手段であることに鑑みれば、右のような場合
には、国民に対し、できるだけ広く、かつ早く救済の途を与えることは、憲法第三
二条の趣旨とするところでもあると解すべきである。
 ところで、土地収用法における事業の認定は、起業者に対して収用権を設定する
行為であり、そこでは、特定の事業のために収用を認める必要があるか否かの基本
的事項について、同法第二条・第四条・第二〇条各号等に従つて判断がなされ、右
判断の結果、事業の認定がなされると、起業者は、事業計画書および添付図面に示
された範囲内で収用権を取得し、以後の収用手続を遂行することができることにな
るのであつて、一連の収用手続の中において、事業の認定は基本的・中核的行為と
しての性格を有しているものである。
 そうであれば、違法な事業認定がなされ、かつ、これに引続いて土地細目の公告
がなされた段階においては、これによつて収用されるべき土地は特定されるに至つ
たのであるから、該土地につき法律上の利害関係を有する当事者は、最終段階の処
分としての収用裁決がなされるまで拱手傍観させられることなく、事業認定が違法
であることを主張して、その取消を求めることができるものと解すべきである。
 被告等が引用する昭和四一年二月二三日の最高裁判所大法廷判決は、土地区画整
理事業計画に関して判断されたものであつて、これとはその法的内容を異にする土
地収用法における事業認定に右判旨を引用するのは、如上の理由で適切でなく、当
裁判所は、右の判旨を本件に適用することには賛成しない。
二、つぎに、被告等は、「原告が本件訴で主張する行政処分の違法理由は、要する
に、国立公園内の特別保護地区としての景観が害されるというにあるが、かかる利
益は、国民一般としての利益であつて、原告の個人的利益とはいいがたいのみなら
ず、右は法律上の利益ともいいがたいから、原告は、本件訴を求める利益を有しな
い。」と主張する。
 たしかに、本件土地について、具体的な権利を有しない者が、かかる理由の下に
本件のような訴を提起した場合には、被告等が主張するように、国民一般としての
利益を主張するものであるから、取消訴訟としては不適法であるというべきであろ
う。
 しかしながら、原告は、本件収用手続において収用されるべき本件土地の所有者
であると主張し、被告等もこの点は認めているのであるから、このことだけで、原
告には、右収用手続の各処分の取消を求めるにつき法律上の具体的な利益があるこ
とは明瞭である。
 特別保護地区としての景観が害される等という原告の右主張は、本件土地がこの
ような景観を有する地域の一部として利用されているということ、即ち、土地の現
在における利用状況の主張であり、これは、ひつきよう土地収用法第四条・第二〇
条第三号・第四号所定の各要件の有無を判断するについての本件土地の特質に関す
る主張として理解されるべきものであつて、右は、違法理由の存在に関する実体的
事項に関する主張に外ならない。被告等は、これを訴の利益の問題と混同したもの
であり、この点に関する被告等の主張は採用しがたい。
三、さらに、被告等は、原告が事業認定の取消の訴に併せて収用裁決の取消の訴を
求めるのは、二重訴訟であるのみならず、具体的な利益もないと主張する。
 しかし、事業認定・土地細目の公告および収用裁決の各行政処分は、それぞれ一
連の手続の一環をなす行為ではあつても、いずれもその行政主体・その法律要件お
よび効果を異にし、従つて、その行為の性質をも異にしているから、同時に右処分
の取消の訴を提起し、かつその違法理由が同一であつたにしても、いわゆる二重訴
訟にはならないと解すべきである。
 また、被告等が主張するように、最終処分たる収用裁決がなされ、かつ、その取
消を求める訴が先行処分の取消を求める訴に併せて、提起されるに至つた以上、同
一の違法理由を主張して先行処分の取消を求める訴の利益は、この段階で消滅する
に至ると解する余地がありうるかもしれないけれども、前述のように、右の各処分
は、それぞれその行為主体を異にする別個の性質をもつた行為であり、従つて、各
別にその違法理由がありうるのであつて、現に、本件においても、原告は、各行政
処分に共通した違法理由の外に、各別の違法理由をも主張しているのであるから、
最終段階の行政処分たる収用裁決の取消を求める訴が提起されるに至つたからとい
つて、それまでは訴の利益があるとされていた先行処分たる事業認定・土地細目の
公告の取消を求める訴が、この段階に至つて訴の利益が否定されると解すべき理由
も特に見出し難いといわざるをえない。
 よつて、この点に関する被告等の主張も採用しがたい。
第二、本案についての判断
一、請求原因の第一の一・二の各事実については、いずれも当事者間に争いがない
から、本件各行政処分が違法であるとの原告の主張について、順次判断していくこ
とにする。
二、土地収用法第四条違反の主張について
 原告は、「本件土地は、自然公園法による国立公園日光山内特別保護地区に指定
された区域の一部に属し、従つて、土地収用法第三条第二九号にいう『自然公園法
による公園事業』の用に供されている土地であるから、同法第四条により、特別の
必要がなければ収用することができないにもかかわらず、本件には、かかる特別の
必要は認められない。」と主張し、これに対して、被告等は、「土地収用法第三条
第二九号にいう『自然公園法による公園事業』の意義については、自然公園法第二
条第六号が、『公園計画に基いて執行する事業であつて、国立公園又は国定公園の
保護又は利用のための施設で、政令で定めるものに関するものをいう』と定めてお
り、右の施設の種類については、同法施行令第四条に定められているところ、本件
土地は、現在まで、同施行令第四条に定める施設に関する事業として、公園計画の
対象とされたことはないから、本件土地は、土地収用法第三条第二九号にいう『自
然公園法による公園事業』の用に供している土地ではなく、従つて、本件は、この
点において、すでに同法第四条を適用すべき前提を欠くものである。」と主張して
争うので、この点について判断する。
(一) 土地収用法第四条は、「この法律又は他の法律によつて、土地等を収用…
…することができる事業の用に供している土地は、特別の必要がなければ、収用…
…することができない。」と定め、右にいう「この法律によつて土地等を収用する
ことができる事業」としては、同法第三条各号がこれを定めており、その第二九号
には、「自然公園法による公園事業」と定められている。
 ところで、土地収用法第四条の趣旨とするところは、現在、収用可能な公益事業
の用に供されている土地は、なるべく現在の公益目的を維持するために、原則とし
てその収用を許さないとするとともに、他方、これよりも一層重要な公益事業の用
に供する必要があると認められるときに限つて、例外としてその収用を認めようと
するものであつて、従つて、右にいう「特別の必要」とは、「現に土地を利用して
いる公益事業よりも、新たにこれを必要とする公益事業の方が公益上一層重要であ
ること」即ち、事業公益の比較衡量を意味するものと解すべきである。
 従つて、本件に同法第四条が適用されるためには、その前提として、本件土地
が、現に収用可能な事業の用に供されている土地であるか否かを検討しなければな
らない。
(1) 本件土地が、昭和九年一二月四日、内務省告示第五六九号をもつて日光国
立公園に指定され、さらに、昭和二八年一二月二二日、厚生省告示第三九四号をも
つて、当時の国立公園法第八条の二第一項により、国立公園日光山内特別保護地区
に指定された区域の一部に属していることは、当事者間に争いがなく、自然公園法
(昭和三二年法律第一六一号)附則3・4・5によれば、右は、現行の自然公園法
に基いて指定された特別保護地区とみなされているものである。
 このことから、原告は、国立公園の特別保護地区として指定を受けた土地は、土
地収用法第三条第二九号にいう「自然公園法による公園事業」の用に供された土地
であるから、同条によつて収用可能な公益事業の用に供されている土地であると主
張しているものである。
(2) ところで、同法第三条第二九号は、「自然公園法による公園事業」のため
には土地を収用することができると定めているが、自然公園法によると、公園事業
とは、「公園計画に基いて執行する事業であつて、国立公園又は国定公園の保護又
は利用のための施設で政令で定めるものに関するものをいう」とされ(同法第二条
第六号)、同法施行令第四条は、右にいう施設として、「(一)、道路および橋、
(二)、広場および園地、(三)、宿舎および避難小屋、(四)、休憩所・展望施
設および案内所、(五)、野営場・運動場・水泳場・舟遊場・スキー場・スケート
場・ゴルフ場および乗馬施設、(六)、他人の用に供する車庫・駐車場・給油施設
および昇降機、(七)、運輸施設、(八)、給水施設・排水施設・医療救急施設・
公衆浴場・公衆便所および汚物処理施設、(九)、博物館・植物園・動物園・水族
館・博物展示施設および野外劇場、(十)、造林施設および養魚施設、(十一)、
砂防施設・防火施設」と定めている(以下これらを便宜公園施設と略称する。)か
ら、これらの規定の文理を解釈すれば、被告等が主張するように、土地収用法第三
条第二九号にいう「自然公園法による公園事業」とは、「公園計画に基いて執行す
る事業であつて、自然公園法施行令第四条に定める公園施設に関するもの」に限定
されることになり、従つて、これによれば、特別保護地区としての指定を受けてい
るからといつて、直ちに、その土地が、土地収用法第三条第二九号によつて収用可
能な事業の用に供されている土地に該当するとはいい得ず、これに該当するために
は、右土地がさらに自然公園法施行令第四条所定の公園施設の用に供されているこ
とが必要とされることになる。
(3) これに対して、原告は、右施行令に定める公園施設は、全て公園の付随的
設備であつて、公園の本体ではなく、特別保護地区に指定された地域は、公園の本
体として、自然公園法による公園事業の用に供されている土地であることは明瞭で
あると反論する。
 しかしながら、自然公園法が対象とする国立公園ないしは特別保護地区としての
すぐれた風致・景観の保護・利用は、自然公園法によつてこれらの土地を国立公園
ないしは特別保護地区に指定し、これに伴い一定の法的規制をすることによつて、
その目的を図ろうとするのが同法の趣旨とするところであつて、その風致・景観を
保護するために、該地域内の土地を収用することまでは同法および土地収用法の予
定するところではないと解すべきであり、従つて、前掲各法令の文理解釈からは、
原告が主張するように、国立公園ないしは特別保護地区に指定されているからとい
つて、直ちに、右土地が土地収用法第三条第二九号所定の「自然公園法による公園
事業」の用に供されている土地、即ち、収用可能な公益事業の用に供されている土
地であると解することはできないものと考える。
(二) しかし、原告の右反論は、右各法令の精神に照らして、さらに検討してみ
る余地があるように思われる。
 即ち、国立公園ないしは特別保護地区に指定されたということは、直接的には
「自然公園法による公園事業」の用に供された土地であるとはいえないとしても、
間接的に否むしろ本質的にこれを肯定しうるのではないかということである。
(1) 自然公園法によると、国立公園とは、「わが国の風景を代表するに足りる
傑出した自然の風景地であつて、厚生大臣が自然公園審議会の意見を聞いて指定す
るもの」をいい(同法第二条第二号)、厚生大臣は、「国立公園の風致を維持する
ため、公園計画に基いて、その区域内に特別地域を指定することができ」(同法第
一七条第一項)さらに、「国立公園の景観を維持するため、特に必要があるとき
は、公園計画に基いて、特別地域内に特別保護地区を指定することができる」(同
法第一八条第一項)とされており、このことから、国立公園内の特別保護地区は、
国立公園のエツセンスともいうべきものであつて、景観上特に重要な価値を有する
地域として取扱われていることは明らかであり、また、自然公園法施行令第四条所
定の各公園施設は、それ自体が目的ではなく、右のような国立公園ないしは特別保
護地区のもつ風致・景観を保護し、利用するための手段として構築されるものであ
ることもおのずから明らかである。
 このような、特別保護地区および右各公園施設のもつ本質に着目すれば、土地収
用法第四条によつて比較衡量されるべき同法第三条第二九号所定の公園事業の公益
性とは、単に、「右の如き各公園施設のもつ付随的な公益性・必要性」のみに止ま
らず、「このような施設を構築してまでも保護・利用されるべき国立公園又は特別
保護地区そのものの風致・景観」であると解することの方が、むしろ適切であると
もいえる。
 また、このような観点を背景にして議論を進めれば、国立公園ないしは特別保護
地区に指定された土地については、その保護・利用のために、必要があれば何時に
ても前記の如き公園施設を構築することができ、かつ、そのためにこれを必要な土
地を収用することもできるのであるから、この限りにおいて、間接的に、土地収用
法第三条第二九号によつて収用することができる事業の用に供されている土地であ
ると解する余地もありうるといえる。
(2) 要するに、土地収用法第三条第二九号によつて収用可能な公益事業として
の「自然公園法による公園事業」とは、その文理解釈からすれば、「自然公園法第
二条第六号・同法施行令第四条に定める各公園施設に関する事業」を意味し、従つ
て、国立公園ないしは特別保護地区に指定されているというだけの理由では、直接
的には、いまだ土地収用法第三条第二九号によつて該地域内の土地を収用すること
はできないというほかはないが、右にいう公園施設は、いずれも国立公園の保護・
利用のためになされるものであり、かつ、国立公園内の土地は何時にてもかかる施
設の対象地として収用しうるのであるから、国立公園ないしは特別保護地区に指定
されていることは、同法第四条との関係においては、間接的に、「この法律によつ
て収用することができる事業の用に供されている土地」であると解することにも、
一応の合理性が認められないわけではないのである。
(三) 以上みてきたように、前記各法令の文理解釈からすれば、国立公園ないし
は特別保護地区に指定された土地は、そのことの故をもつて、直ちに、土地収用法
第三条第二九号にいう「自然公園法による公園事業」の用に供された土地であると
はいえず、かつ、本件土地が現に自然公園法施行令第四条所定の各公園施設の用に
供されているものでないことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、本件土地
は、収用可能な公益事業の用に供されている土地ということはできず、従つて土地
収用法第四条の適用はないといわざるをえないのであるが、しかしながら、他面、
右のような解釈とは別に、国立公園ないしは特別保護地区に指定されている土地を
収用しようとする場合には、前述のような理由で、なお土地収用法第四条が適用さ
れ、従つて、特別の必要がなければこれを収用することはできないと解する余地も
あり、これにも一応の合理性が認められないことはないのであつて、立法上の用語
の不備とも考えられるのである。
 しかし、当裁判所としては、今直ちに後者の見解を採用するには、いまだ疑問が
残るので、これにはよらず、一応、本件には土地収用法第四条は適用されないもの
との前提のもとに、つぎの判断に進むことにする。
三、土地収用法第二〇条第三号違反の主張について
(一) 原告は「本件事業計画は、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと
はいいがたいから、本件事業認定は、土地収用法第二条・第二〇条第三号に違反す
る」と主張するので、この点について判断する。
 もともと、土地等を強制的に収用する公用収用は、一定の公共の利益となる事業
の用に供するために、私人から所有権その他の権利を強制的に取得する制度である
から、そのためには、「公共の利益の増進と私有財産との調整を図り、もつて国土
の適正かつ合理的な利用に寄与することを目的とする」(土地収用法第一条)もの
でなければならず、従つて、土地を収用する場合にも、収用しようとする事業が
「公共の利益となる事業」であることはもとより、さらに、「その土地を当該事業
の用に供することが土地の利用上適正かつ合理的である」ことが要求されている
(同法第二条)のであつて、これは、土地を収用する場合の基本的原則ともいうべ
く、同法第二〇条第三号が、事業の認定をするについては、事業計画が右の要件を
具備するものであることの確認を要するとしているのも、かかる原則を具体化した
ものに外ならない。
 即ち、土地収用の制度は、「国土が適正かつ合理的に利用」されることを究極の
目的としながらも、その過程においては、「公共の利益の増進の私有財産との調
整」が図られることを要求しているものであつて、従つて、かかる観点のもとに、
同法第二〇条第三号に定める「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与する
もの」という要件の趣旨を理解すれば、右は、第一義的には、「当該土地がその事
業の用に供されることによつて得られるべき公共の利益」と、「当該土地がその事
業の用に供されることによつて失われる私的ないし公共の利益」とを比較し、前者
の方が後者よりも一層重要であること、即ち、当該土地の利用に関する私的ないし
は公共的な利益の総合的な比較衡量の趣旨であると理解すべきである。
 従つて、かかる判断をするためには、当該事業計画の内容および右事業によつて
意図される公共の利益、収用されようとしている土地の現在の利用状況およびその
私的ないし公共的な価値等について、具体的な検討がなされなければならない。
 以下、これらの点について、順次検討していくことにする。
(二) 本件事業計画の内容
 本件事業計画の内容が、日光市から群馬県沼田市に至る国道一二〇号線のうち、
日光市<以下略>から同市<以下略>に至る全長二八〇メートルにつき、道路を全
巾一六メートル(車道一一メートル、歩道両側に各二・五メートル)に拡巾するこ
とによつて、これを改良しようとするものであり、そのために、原告所有別紙目録
第三記載の土地(以下本件土地という)を収用しようとするものであることは、当
事者間に争いがなく、さらに、いずれもその成立に争いのない乙第一号証の一四、
同号証の一六の二、同号証の一七、および検証(第一・二・三回)の結果と弁論の
全趣旨によつて、本件事業計画の右内容を本件土地付近についてみると(以下本件
土地付近の右道路を便宜本件道路と称する。)、本件道路南側の大谷川沿いに巾
二・五メートルの歩道を設置し(ただし、神橋のある部分では、神橋の袖勾欄が復
元されて右歩道上に突き出ることが予想されているため、該部分では、歩道として
実際に利用できる巾員は一メートルである。)、本件道路北側の丘陵部を一部切り
崩して車道の巾員を一一メートルとし、右車道の北側には、高さ三メートル(地表
に現われる部分の高さ)の石垣を構築し、その上に一・五メートル巾の歩道および
一メートル巾の植樹地帯を設け、さらにその北側には、高さ五メートル(地表に現
われる部分の高さ)の石垣を構築し、その背後に支保工を施し、これを地中に埋設
しようとするものであること、この結果、本件道路の北側にある丘陵部のうち、道
路に面する部分は大巾に削りとられ、これに伴い、右道路に沿つて成育する太郎杉
を初めとする巨杉一五本が伐採され、その跡には、前記のように、高さ三メートル
および同五メートルの二段の石垣が、長さ約四〇メートルに亘つて構築され、ま
た、右丘陵部にある蛇王権現の敷地もその一部が収用の対象とされていることか
ら、現在の敷地よりもさらに北方に後退せざるをえなくなること、がそれぞれ認め
られる。
(三) 本件事業計画のもつ公共性
(1) 起業者が本件事業計画によつて意図する公共性・必要性
 起業者栃木県知事が、本件事業認定を受けるについて、被告建設大臣に提出した
本件事業認定申請書並びにそれに添付した事業計画書(成立に争いのない乙第一号
証の一・二)によると、起業者が本件事業を必要とする公共の利益として挙げる要
点は、「本件土地付近は、日光国立公園の入口に位置し、近時、観光施設が整備さ
れて交通量が急激に増大したうえに、県境金精有料道路の開通等による奥地資源の
開発および東京オリンピツクの開催とあいまつて、ますます交通量が増加すること
が予想される。然るに、本件土地付近の道巾は五・七メートルと狭少であるうえ、
加えて線形が悪く、歩車道の区別のない混合交通の状態にあるため、交通の支障は
著しく、観光日光の大ネツクとなつている。そこで、今回、本件事業計画によつて
該道路が拡巾されれば、これによつて、一日一五、八〇〇台の自動車交通が可能と
なり、歩道の設置による混合交通の解消・事故の防止・所要時間の短縮等、産業経
済上並びに観光上受ける利益は極めて大なるものがある。」というものである。
(2) 当裁判所が認定した本件事業計画のもつ公共性
(イ) 本件道路の位置づけ
 いずれもその成立に争いのない乙第一号証の一二、第七号証の二、第一二号証、
並びに検証(第一・二・三回)の結果によると、日光市内を通る国道は、宇都宮市
と日光市とを結ぶ国道一一九号線(日光宇都宮線)、日光市と群馬県沼田市とを結
ぶ国道一二〇号線(日光沼田線)、および日光市から足尾町を経て東京都とを結ぶ
国道一二二号線(日光東京線)があるが、右の一一九号線と一二〇号線とは、日光
橋を境にして互いに接続しあい、実質的には一本の国道の延長にすぎず、又、右の
一二〇号線と一二二号線とは、ともに日光橋を起点とし、日光市清滝付近までは同
一路線を併有し、一二二号線は清滝付近で一二〇号線から分れて足尾町方面に通じ
ているものであること、このうち、国道一一九号線およびこれに続く一二〇号線
は、宇都宮市から今市市を通つて日光市に至り、国鉄日光駅前および東武日光駅前
等の日光市街地を通り抜けて日光橋に至り、同所から神橋のある本件土地付近を経
て東照宮・二荒山神社・輪王寺等の宗教上の建造物がある地区の側を通り、さらに
古河鉱業株式会社・古河電気工業株式会社の産業施設がある清滝地区を経て馬返し
に至り、同所から第一・第二いろは坂を通つて、華厳の滝・中禅寺湖・男体山・戦
場ケ原・湯の湖・湯元温泉等の観光地域に通じ、さらに金精峠を経て群馬県沼田市
に至り、同市で国道一七号線(東京新潟線)に接しており、右は、日光国立公園内
のこれらの観光・産業地区に通じる唯一の幹線道路として、観光的・産業的に重要
な機能を果していることが認められる。
(ロ) 本件道路の現況
 いずれもその成立に争いのない甲第六号証の一ないし三、同号証の六、第八号証
の一ないし五、乙第一号証の一、同号証の一二ないし一四、第八号証の二、その形
式・内容から真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし三に検証(第
一・二・三回)の結果、および弁論の全趣旨を総合すると、本件道路は、前記国道
(一一九号線およびその継続としての一二〇号線)が、日光市街地方面から清滝方
面に向けて日光橋を渡つた北側においてほぼ直角に左折して間もない場所に位置し
ており、右日光橋上および日光市街地からそこに至るまでの道路の巾員は一六メー
トル(車道一一メートル、歩道両側に各二・五メートル)を有しているが、日光橋
北側の左折地点付近から約四〇メートルに亘る本件道路の区間は、歩道と車道の区
別のない混合道路であること、本件道路の南側は、十数メートル下を流れる大谷川
およびその川原に面し、また、道路の北側は、頂上に御旅所の社をいただく小高い
丘陵部をなし、従つて、本件道路は、大谷川と右丘陵部に挟まれて狭隘となつてい
ること、加えて、日光橋から上流(西方)約五〇メートルの右大谷川上には、国の
重要文化財に指定されている神橋が架り、右神橋の袖勾欄(但し、その片側が現在
とりはずされていることは後述の通りである。)およびこれを保護するための囲柵
の一部が本件道路上に突き出し、かつ、神橋正面の前記丘陵部には巨杉の太郎杉が
道路上に張り出して根を下しているため、狭隘な右道路は、神橋と太郎杉とに挟ま
れた部分が最も狭く、該部分における右道路の全巾は六・七メートル、両側に各五
〇センチ宛の路肩に相当する部分を除いた右道路の有効巾員は五・七メートルと極
度に狭隘になつていることがそれぞれ認められる。
(ハ) 本件道路の混雑状況
 このように、本件道路の有効巾員は、最も狭い所で五・七メートルと狭隘である
ところ、これに、いずれもその成立に争いのない乙第一四ないし一九号証、証人
d、同eの各証言、および弁論の全趣旨を総合すると、これがために、観光シーズ
ンには該付近が自動車交通の渋滞箇所の一つとなつていること、有効巾員が五・七
メートルの道路の許容交通量は一日当り二、〇〇〇台とされているところ、昭和三
七年度における交通量調査結果によると、本件道路における春秋平均の交通量は一
二時間当りで五、三二一台、これを一日当りに換算すると六、三八五台であり、従
つて、右の現実の交通量を許容交通量で割つた混雑度の割合は三・一であること
(即ち、許容交通量の三・一倍に相当する自動車が現に本件道路を通行しているこ
と)、これに対して、前記の調査に基く統計資料によると、全国の二級国道のう
ち、混雑度の数値が二・〇以上の道路は全体の二・八パーセント、同様に一級国道
においいても六・二パーセントにすぎず、全国的にみても、本件道路部分は顕著な
混雑状況を示していることが認められること、又、これを栃木県内における混雑度
の高い他の道路における混雑状況と比較してみると、栃木県内を通る国道四号線
(東京青森線)の混雑度は、最高一・六八、最低〇・四三であり、二級国道一一九
号線(日光宇都宮線)においては、最高一・五五、最低一・四三の数値を示してお
り、従つて、栃木県内においても、本件道路の混雑度の数値はかなり高度を示して
いることが認められること、また日光国立公園を利用する観光客等は、年々増加の
一途をたどつており、昭和三九年度における日光地区の利用者数は約五三〇万人と
みられていること、そして、将来においても、その増加の傾向は変らず、かつ自動
車利用者の激増からすれば、近い将来に、前記の混雑度の数値がさらに上昇するで
あろうことは容易に推測できること、これに対して、本件事業計画に基いて車道巾
が一一メートルに拡巾されると、その許容交通量は一日当り一五、八〇〇台とな
り、右は、昭和五〇年頃の推定交通量に相当すること、がそれぞれ認められる。
(ニ) 本件道路における交通事故の状況
 このように、本件道路部分は狭隘で混雑度も高いうえに、線形が悪く、それがた
めに、観光シーズン等には自動車交通の渋滞箇所の一つになつていることは前述の
とおりであり、従つて、このこと自体から、絶えず交通事故発生の危険性を内包し
ているともいえるが、いずれもその成立に争いのない甲第二三号証、第三二号証、
乙第一一号証、第一三号証を総合してみても、特に本件道路部分においては他の道
路と比較して交通事故の発生件数が現実に多いとは認めがたく、他にこれを認める
に足る証拠はない。
(ホ) 軌道の状況
 いずれもその成立に争いのない甲第八号証の五、第四九号証の二、乙第一号証の
一二・一三、その形式内容から真正に成立したものと認められる甲第一〇号証の
一・二、第四五号証、証人a、同bの各証言および検証(第一・二・三回)の結果
に弁論の全趣旨を総合すると、前記国道一一九号線および一二〇号線上には、国鉄
日光駅から馬返しに至る路面電車の軌道(東武鉄道日光軌道線)が走つており、右
軌道は、日光橋南側で一旦右国道から分れて大谷川に架る軌道専用の鉄橋を通り、
日光橋北側の本件土地付近で再び右国道上に至り、右国道上を(一部の箇所では専
用の軌道敷上を)馬返しまで通じていたが、このように、右国道上を路面電車が走
つていたため、これがかなり他の自動車交通の障害となつており、その撤去に関し
て一部から強い要望がなされていたものであるが、右路面電車の運行は、本件事業
認定がなされた後である昭和四二年二月二四日限りで廃止されるに至り、当裁判所
による第三回の検証時(昭和四三年七月二〇日)においては、本件土地付近をはじ
め一部の区間ではすでに右軌道(および専用鉄橋)は撤去され、あるいは撤去の最
中にあり、右の運行が廃止された後は、右国道上の自動車交通の混雑は、以前と比
してかなり緩和されるに至つていること、がそれぞれ認められる。
(ヘ) 神橋の袖勾欄の復元について
 いずれもその成立に争いのない甲第八号証の一・二、乙第二号証の二、証人cの
証言によつて真正に成立したものと認められる甲第二五号証、証人a、同b、同c
の各証言、および検証(第一・二・三回)の結果に弁論の全趣旨を総合すると、前
記の軌道は明治四一年に敷設されたものであるが、戦時中、古河電気工業株式会社
等で製造した軍需物資を大量・迅速に輸送する必要が生じ、大型貨車の運行を可能
にするため、昭和一九年に路線の一部を改良し、本件土地付近では、大谷川上に右
軌道専用の鉄橋を新たに構築し、これに伴つて、神橋の袖勾欄の片側およびその囲
柵の一部を取りはずすことになつたこと、このように、神橋の袖勾欄の一部の撤去
は、軍需物資の輸送という緊急事態に対処するためになされたものであつたため、
将来、その必要がなくなつたときにはこれを復元するとの条件が付されていたこと
から終戦後間もなく、文化財保護委員会から神橋の袖勾欄を完全に復元するように
との要求がなされ、以来、これに関係する東武鉄道・古河電工・栃木県知事・栃木
県教育長・日光市長および二社一寺(東照宮・二荒山神社・輪王等)が数度に亘つ
て協議を重ねてきたのであるが、神橋の袖勾欄を完全に復元することについては関
係者の意見は一致をみたものの、神橋の袖勾欄が完全に復元されると、右はさらに
本件道路上に張り出し、その結果、復元されたときの神橋袖勾欄の北東端部と太郎
杉とに挟まれた部分では、通路の全巾が五・七四メートル、有効巾員は四・七四メ
ートルしか残らず、本件道路は該部分において極端に狭隘となることが予想される
ため、神橋の袖勾欄を完全に復元させるためには、道路を拡巾し、かつ、軌道を移
動もしくは撤去する必要があること等から、現在まで復元されないまま今日に至つ
ていること、がそれぞれ認められる。
(ト) 結語
 以上の認定によつて明らかなように、国道一二〇号線は、東照宮・二荒山神社・
輪王等および神橋等の宗教的建造物ないしは中禅寺湖・戦場ケ原・湯元温泉等の数
多くの観光地をひかえた日光国立公園における唯一の幹線道路としての性格を有し
ているにもかかわらず、本件土地付近においては、線形が悪いうえに、本件道路部
分の有効巾員は最狭部でわずか五・七メートルと狭隘であり、昭和三七年度におい
ては、許容交通量の三・一倍(平均)に相当する量の自動車が現に通行しており、
これがために、観光シーズンともなると、該場所において自動車通行の滞留現象を
呈しており、従つて、これらのことは、本件道路が絶えず交通事故発生の危険性を
内包しているともいえるのみならず、戦時中から一時撤去されたままになつている
神橋(重要文化財)の袖勾欄およびその囲柵は完全に復元されなければならないと
ころ、これが復元されると、本件道路の有効巾員は四・七四メートルとさらに一層
狭隘となるに至るという状況にあり、従つて、将来ますます激増することが予想さ
れる自動車交通を大量かつ安全・迅速に処理するためには、本件道路を拡巾するか
もしくはこれに代りうる適切な措置を講ずることは、かかる事情の下においては、
緊急の必要があり、従つて、本件道路の拡巾を企図する本件事業計画は、それ自
体、高度の公共的必要性を有しているものと理解することができる。
(3) 本件事業計画に至るまでの経緯
 前記認定の各事実並びにいずれもその成立に争いのない甲第八号証の一・二、第
一四号証、第二四号証の一・二、同号証の四、乙第九号証の一ないし三、第一〇号
証の一ないし一〇、第二〇号証の一ないし四、証人cの証言によつて真正に成立し
たものと認められる甲第二五号証、証人d、同e、同a、同b、同c、同fの各証
言によると、前述のように、本件道路部分は、日光国立公園の表玄関に位置し、観
光上および産業上重要な機能を担つているにもかかわらず、両側を大谷川と老杉群
が成育する丘陵部に挟まれて狭隘であり、年々増加する自動車の交通量に対処し、
かつ、神橋の袖勾欄を完全に復元する必要があること等から、早くから、数回に亘
つて、その拡巾が計画されてきたものであつて、その経過の概略はつぎのとおりで
あることが認められる。
(イ) 初めに、昭和二四年、日光市が、都市計画法に基いて、東武日光駅前から
清滝地区に至る区間の道路を一五メートル巾に拡巾するという計画決定を行い(そ
の後、昭和三四年に道巾を一六メートルに拡巾することに一部変更された)、本件
道路部分もその対象に含まれたが、本件道路の付近については、困難な問題がから
んでいたため、これを実施することができず、結局は、本件道路の付近を除いた地
区において右計画が実施されたにとどまつた。
(ロ) ついで、昭和二五年以来、神橋の袖勾欄の復元に関して関係者の間で協議
がなされ、その都度、本件道路の拡巾が提唱されてきたが、原告が巨杉群の伐採と
地形の変更に強く反対する態度を示してきたため、これも実現されないでいた。
 ところが、昭和二九年になつて、太郎杉を含む巨杉群の一部を伐採して道路を拡
巾し、軌道を付け替えることが再び計画・提唱され、結局、同年七月二三日、関係
者間に、乙第四号証の一・二のような覚書が作成されるに至つた。原告は、老杉を
伐採し地形を変更することには反対していたが、右覚書には、「厚生省の許可およ
び文化財保護委員会の承認を得て実施する。右工事の施行については関係者協議し
てこれを行う。」と記載されていたことから、なりゆき上、やむなくこれに調印す
るとともに、直ちに、厚生・文部の両者に地形変更に反対する旨の陳情書を提出し
て右覚書に対する自己の態度を明らかにした。
 これとは別に、右覚書に基く計画については、国立公園審議会で検討され、結
局、同審議会は昭和二九年八月一六日、「神橋付近の日光山内は、国立公園の入口
および日光参観口としての景観上最重要な地区であり、且つ、特別保護地区でもあ
るので、道路拡巾のための石垣の切取り、杉の伐採等、現状変更並びに風致破壊を
招く行為は絶対に許容すべきでない。軌道の付替および道路の拡巾は早急に実施す
べきものと認めるが、協議会案(県案)には次の理由により同意しがたい。
(イ)、国立公園の景観保持および日光観賞の見地から、この辺の環境改善を図る
ため、現在路線は自動車・軌道等の交通を制限又は禁止し、むしろ歩道とすること
を理想とする。(ロ)、現在路線は、今後自動車交通の激増が予想される東京ー日
光ー金精峠を通ずる二級国道の路線としては適当な路線と認め難い。(ハ)、右の
理由により、現路線は大谷川右岸に変更し、かつ軌道を存続させるにおいては、軌
道もまた右の路線に変更すべきものと考える。」として、これに反対する旨の意見
を、厚生・文部・建設・運輸の各大臣宛に進達したため、右関係官庁の間で意見の
調整がつかず、この計画も実現のはこびに至らなかつた。
(ハ) しかし、その後、交通量がますます増大したこと等から、本件道路を拡巾
する必要があると考える建設省および栃木県は、ついで、昭和三五年に、老朽化し
た日光橋の付替えと本件道路を拡巾する計画を立て、国立公園を所轄する厚生大臣
に対し、国立公園内の現状を変更するについての認可申請をしたが、日光橋の付替
えについては、昭和三六年三月、その認可がなされたものの、道路の拡巾について
は、ついにその認可を受けえなかつたため、結局、日光橋(車道一一メートル、歩
道各二・五メートル)を付替えたにすぎなかつた。
(ニ) ところが、昭和三八年三月二四日夜半から二五日の未明にかけて(成立に
争いのない乙第一〇号証の一ないし一〇は、昭和三九年三月二五日の突風による倒
木状況を撮影した写真であるとして提出されているが、前掲各証拠および弁論の全
趣旨に照らせば、右は昭和三八年三月二五日の誤記であると認められる。)、瞬間
最大風速五〇メートル以上と推定される突風が日光地方を襲つたため、日光山内の
杉樹が多数倒木・破損し、とりわけ、本件土地付近一帯においては四二本(本件土
地内では三本)の杉樹が倒れ、右の倒木が本件道路を塞ぎ、あるいは本件道路上を
走る東武鉄道日光軌道線の架線を切断したため、国道一二〇号線は本件土地付近に
おいて半日間、軌道電車は三日間に亘つて、交通が遮断されるという事態が生じ
た。
(ホ) このようなことがあつて、本件道路の拡巾をあくまでも熱望する建設省お
よび栃木県では、昭和三八年、再度、本件道路の拡巾に関する事業計画(本件事業
計画)を立て、起業者栃木県知事は、昭和三八年七月五日、国立公園内の現状変更
について、厚生大臣の承認を求める申請をなし、厚生大臣は、これを自然公園審議
会に諮問し、同審議会では、管理部会および計画部会の合同部会で審議・検討した
結果、これに反対する一部の有力な意見が出されたものの、多数が、「前記のよう
な突風のため、本件土地付近の景観がかなり荒廃し、老杉群も損傷して樹勢がかな
り衰えていること、本件道路が狭隘であるためこれを拡巾する必要が認められるこ
と、本件道路の拡巾に代るべき適当な代案が考えられないこと」等の理由からこれ
に賛成し、昭和三九年三月一九日、右事業計画に左記の条件を付して原案通り承認
する旨を決議し、これを受けた厚生大臣は、同年四月一日、「(一)、支障木の伐
採は最少限度にとどめること、(二)、工場跡地は速かに緑化修景をはかること、
(三)、残土は風致維持上支障のないように処理すること、(四)、工事の施行お
よび施設の管理に当つては風致維持につとめること」という条件を付してこれを承
認したものである。
 かくて、起業者栃木県知事は、昭和三九年四月三日、被告建設大臣に対し、本件
事業認定の申請をし、建設大臣は、同年五月二二日、本件事業認定をしたため、こ
れに基いて、以後の本件収用に関する手続が履践されるに至つたものである。
(4) 本件事業計画案と他案との比較
 成立に争いのない乙第一号証の三および弁論の全趣旨によると、起業者栃木県知
事は、本件事業計画を立てるに際して、本件事業計画案(A案)の他に、被告等が
主張するB案(御旅所案)、C案(トンネル案)、およびD案(星の宮案)の四案
を立案し、これら四案について、事業費・工期・杉ないし景観への影響・物件の移
転の要否その他の事情等を総合的に比較検討した結果、
A案は、事業費四、三〇〇万円・工期六ケ月を要すること、太郎杉を初め老杉一五
本を伐採すること、本件土地付近の景観が変ること、物件の移転を要しないこと、
B案は、事業費三億七〇〇万円・工期二年六月を要すること、老杉五二本を伐採
し、他に太郎杉を初め一五本が枯死する虞れがあること、本件土地付近の景観が著
しく変ること、御旅所の解体・復元を要するほか、寄進碑・物産店三軒の移転を要
すること、トンネル案のため観光目的にそぐわないこと、
C案は、事業費一三億五、一〇〇万円・工期三年を要すること、老杉の伐採を要し
ないこと、神橋の上流に橋が架り景観を害すること、寺院・商店・住宅等四九軒の
移転を要すること、迂回路のため観光目的にそぐわないこと、
D案は、事業費二億二、一〇〇万円・工期二年を要すること、老杉の伐採を要しな
いこと、神橋右岸の景観が害されること、金谷ホテル内の通路および機関室の移転
を要すること、観光目的にそぐわないこと、
等が判断され、結局、本件道路拡巾案(A案)が、最も費用が安いうえに工期が短
いこと、工事がし易いこと等から、採用されるに至つたものであること、がそれぞ
れ認められる。
(四) 本件土地の有する価値(本件事業の遂行によつて失われる利益)
(1) 国立公園日光山内特別保護地区の指定
 本件事業のために収用の対象とされている本件土地が、昭和九年一二月四日、内
務省告示第五六九号によつて日光国立公園に指定され、かつ昭和二八年一二月二二
日、厚生省告示等三九四号をもつて、当時の国立公園法第八条の二第一項により、
国立公園日光山内特別保護地区に指定された区域の一部に属していることは、いず
れも当事者間に争いなく、自然公園法附則3・4・5項によれば、右は現行の自然
公園法に基いて指定された国立公園日光山内特別保護地区とみなされているもので
ある。
(2) 特別保護地区の概念およびその価値
(イ) 自然公園法によると、国立公園とは、「わが国の風景を代表するに足りる
傑出した自然の風景地であつて、厚生大臣が自然公園審議会の意見を聞いて指定す
るもの」をいい(自然公園法第二条第二号)、厚生大臣は、「国立公園の風致を維
持するため、公園計画に基いて、その区域内に特別地域を指定することができ」
(同法第一七条第一項)、さらに、「国立公園の景観を維持するため、特に必要が
あるときは、公園計画に基いて、特別地域内に特別保護地区を指定することができ
る」(同法第一八条第一項)とされており、これによれば、特別保護地区とは、
「わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地の中から、特に維持する
必要があるとして指定された、最も優れた景観を有する地区」であると認められ
る。
(ロ) ところで、厚生省国立公園部によつて作成されたパンフレツト(成立に争
いのない甲第九号証)によると、特別保護地区の概念およびその取扱方針等につい
て、つぎのように述べられている。即ち、
「特別保護地区は、国立公園の主眼とする自然風景保護の観点から、国立公園区域
内の極めて限定された最高の素質を保有する部分において、最も厳正な保存を図る
ため、必要な措置を講ずべき地区であり、国立公園のエツセンスともいうべき部分
である。従つて、特別保護地区は、国立公園区域中でも、何らかの意味で、特に傑
出した景観又は特異な事物を保有する部分であつて、それを構成する環境との一体
性において保存を図るべきものである。さらにまた、長い歴史を有する我が国にお
いては、貴重な人文的景観が国立公園を特徴づけている場合が多いので、その貴重
なものについては、それを抱擁する地域として保存を図らなければならないものが
ある。」
 従つて、「特別保護地区内においては、このような景観を維持するために、強い
法的制限が課せられ」ており、その主旨とするところは、「特別地域の如く、産業
開発等と協調的なものでなく、国民の貴重な文化財として、限られた優れた自然景
観を、人為的作為を加えることなく、厳正に原状を保護保存すること、……即ち、
可及的自然の推移にまかせて、人為的な作為による改変を施さないもので、従つ
て、森林の経済的経営を行はず、鉱業および水力発電の開発並びに開拓を実施しな
いことは勿論、その他原状を改変する行為は些細なものであつても、極力認めない
方針をとる。」とするものである。
(3) 日光山内特別保護地区の有する価値
 成立に争いのない甲第一三号証によると、日光山内特別保護地区は、「東照宮・
二荒山神社本宮および別宮・輪王寺・輪王寺・大献院霊廟の各境内および神橋並び
に背後の森林一帯」をその区域とするものであり、かかる区域を特別保護地区に指
定した理由は、「本地区は、東照宮・二荒山神社本宮および別宮・輪王寺・大献院
霊廟・神橋等を含む一帯で、比較的狭い自然の地形に制約されながらも、地形を巧
みに利用し、江戸時代初期の文化の精粋を集めて豪華絢爛たる建造物群を建設し
て、大自然と人工とを混然一体とせしめた稀にみる地区であり、従つて、万民偕楽
の地として、大いに世人に親しまれて国立公園利用上重要なものであり、又、建
築・美術・工芸等学術上からも永久に保存保護されなければならない地区であ
る。」からというのであつて、要するに、かかる人文景観は、永久に保護保存され
るべき価値を有しているものとして取扱われていることが認められる。
(4) 本件土地付近の人文・景観等
 いずれもその成立に争いのない甲等六号証の一ないし三、同号証の五の(イ)
(ロ)、同号証の六・七、第八号証の一ないし五、第一四号証(第二四号証の四も
同じ)、第二六号証、乙第八号証の二、その形式・内容から真正に成立したものと
認められる甲第七号証の一ないし三、第四五号証、証人gの証言によつて真正に成
立したものと認められる甲第一〇号証の一・二、第一九号証の一・二、証人c、同
f、同g、同h、同i、同j、同k、同l、同mの各証言、原告代表者本人の供
述、および検証(第一・二・三回)の結果に弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事
実が認められる。
本件土地付近一帯は、日光市街地を通る国道が、大谷川に架る日光橋を境にして、
前方に急にその景観を呈する、いわば日光の表玄関ともいうべき場所に位置し、大
谷川に架る神橋とその正面の丘陵部に鬱蒼と群生してそそり立つ杉の大樹とが、日
光を訪れる者に、いかにも日光らしいという荘重な第一印象を与える場所として良
く知られている。該場所には、左折した道路の南側を清流の大谷川が流れ、その川
原には自然の巨岩・奇岩が列び、その上に国の重要文化財に指定されている朱塗の
神橋が架つており、又、右道路の北側は、鬱蒼とした杉の大樹が群生する小高い丘
陵部をなし、その頂上には、歴史的に由緒のある朱塗りの御旅所の社(重要文化
財)があり、巨杉群のあい間からその優美な姿が散見される。右丘陵部の東側に
は、御旅所へ通じる古い石段道が、鬱蒼とした巨杉群の間に昔日を偲ばせるような
質素な姿を残しており、その石段道の入口東側には、慶安元年、松平正綱侯によつ
て寄進された杉並木街道寄進の碑がある。また前記の丘陵部の西側には、東照宮表
参道があつて、巨杉群の間を二社一寺に通じている。神橋の正面にあたる右丘陵部
のふもとには、日光発祥の伝説を秘めた蛇王権現の社があり(ただし、右の社は、
昭和三八年三月二五日未明の突風で倒れた大木によつて倒壊され、その敷地の一部
が本件収用の対象とされているためいまだ復元されておらず、その敷地および鳥居
のみが現存しているにすぎない。)、その敷地の東協には、太郎杉とよばれている
巨杉がその偉容をほこつており、右太郎杉は樹令推定五〇〇年以上と言われ、胸高
の直径約一・七五メートル、高さ約四〇メートルにも達しており、これをとりまく
巨杉群も、いずれも樹令推定三〇〇年以上、直径約〇・六ない一・二メートル、高
さ約三〇メートル以上といわれている。さらに、大谷川の南岸には、自然の巨岩と
これをとりまく闊葉樹林帯があり、秋季にはこれが美しく色づくことで知られてい
る。
 このように、本件土地付近一帯は、太郎杉を初めとして鬱蒼と群生する巨杉群の
偉観と、大谷川南岸の闊葉樹林帯、大谷川の清流およびこれに架る朱塗りの神橋、
さらに、巨杉群のあい間から散見される御旅所の社やこれに通じる古い石段道等、
比較的狭隘な場所に自然の景観と人工の建築美とが渾然一体となつて美しく調和
し、まことに日光国立公園の入口たるにふさわしい荘重にして優雅な美しさを形成
し、その景観は、多くの観光客に深い感銘を与えている地域である。
(5) 本件土地付近の史実・伝説
 いずれもその成立に争いのない甲第八号証の二・三、第二四号証の一、第二七号
証、証人gの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一〇号証の一・
二、その形式・内容から真正に成立したものと認められる甲第四五号証、証人cの
証言、および原告代表者本人の供述に弁論の全趣旨を総合すると、日光山は、今か
ら約一、二〇〇年の昔、勝道上人によつて開山されたものといわれているが、その
際、勝道上人が、本件土地付近の大谷川の絶壁を渡り得ずに困却していたところ、
深沙大王が現われて大蛇を橋となし、その渡河を導いたという伝説に基いて、神橋
が架せられ、その正面には深沙大王を祀るための蛇王権現の社を建立したといわれ
ており、このようなことから、本件土地付近は日光発祥の地とされていること、そ
して、昭和三〇年頃には、文化財保護委員会において、この付近を含めた日光山内
一帯を史跡に指定することが決定されたが、いまだその告示がなされていないこ
と、がそれぞれ認められる。
(6) 特別史跡・特別天然記念物としての日光杉並木街道と本件土地付近の巨杉

 いずれもその成立に争いのない甲第六号証の五の(イ)(ロ)、第二六号証、前
記甲第一〇号証の二、証人h、同cの各証言を総合すると、日光杉並木街道は、徳
川家の忠臣松平正綱が、主君徳川家康の墓を祀る日光東照宮への参道並木として杉
を植え、これを日光東照宮に寄進したものといわれ、寛永二年(一六二五年)ある
いは同四年(一六二六年)から慶安元年(一六四八年)に至る二十余年の歳月をか
けて、旧日光街道の日光・今市間、旧御成街道の今市・大沢間、旧例幣使街道の今
市・小倉間、旧会津街道の今市・大桑間の四区間の両側と、日光山の表参道の両側
およびその付近に植栽したものといわれており、その史的価値および偉観が高く評
価され、大正一一年三月八日史蹟に、昭和二七年三月二九日には特別史跡に各指定
され、さらにその後、その宗教教育上の価値・風致的価値および学術的価値等から
も高い評価を受けて、昭和二九年三月二〇日天然記念物に、同三一年一〇月三〇日
には特別天然記念物に各指定されるに至つたことが認められる。
 ところで、本件土地上に成育する太郎杉を初めとする巨杉群が、右の特別史跡・
特別天然記念物としての指定の対象に含まれていないことは、弁論の全趣旨によつ
て明らかであるけれども、前掲各証拠および検証(第一・二・三回)の結果による
と、本件土地上に成育する一五本の巨杉群は、いずれも本件道路に沿つてほぼ並列
的に成育し、かつ、右は、本件土地の西側に接する東照宮表参道の両側に同様に並
列的に成育している巨杉群に連つていること、本件土地の東側には、日光杉並木街
道寄進の碑が建立されており、同碑によると、右杉並木は日光山山菅橋(即ち神
橋)付近から植栽されていることがうかがわれ、これらの事実に前記日光杉並木街
道の歴史を総合して判断すれば、本件土地上に成育する巨杉群は、日光杉並木街道
のそれと時を同じくして植栽されたもの(但し太郎杉についてはそれ以前から成育
していたものとみるべきである。)であつて、日光杉並木街道の出発点に相当する
と考えるのが相当であり、従つて、その史的・文化的価値のうえからは、特別史
跡・特別天然記念物としての日光杉並木街道のそれと同じ程度の価値を有するもの
として理解されるべきである。
(7) 結語
 以上の認定によつて明らかなように、本件土地は、日光国立公園のうちでもその
エツセンスともいうべき景観上最もすぐれた特別保護地区の一部に属しており、具
体的にも、神橋および御旅所等の人工美と、太郎杉を初めとする巨杉群その他の自
然美とが、渾然一体となつて作り出す傑出した景観の地域であるのみならず、日光
発祥の地としての史実・伝説を有し、かつ、太郎杉を初めとする巨杉群は、特別史
跡・特別天然記念物としての日光杉並木街道の出発点として、これと同じ程度の歴
史的・風致的・学術的価値を有するものであり、これらの景観的・風致的・宗教
的・歴史的および学術的価値を同時に併有するようなものは、ひとり原告だけの利
益としてではなく、広く国民全体に共通した利益・財産として理解されるべきであ
り、それは、社会的にみて重要な価値を有しているものとして評価されるべきであ
る。
(五) 当裁判所の判断
 以上認定の各事実に基いて総合的に判断した結果、当裁判所は、結局、本件事業
計画は、土地収用法第二〇条第三号にいう「土地の適正かつ合理的な利用に寄与す
るもの」とは認め難いと考え、従つて、本件事業認定は、この点において違法であ
り、その取消を免かれないものと判断するものである。
(1) 即ち、前述のように、国道一二〇号線は、日光国立公園内の数多くの観光
地域に通ずる唯一の幹線道路であり、産業利用の上からも重要な機能を果している
にもかかわらず、本件土地付近ではその巾員が特に狭少であり、許容交通量の三倍
以上に相当する数値の自動車が現に通行し、これがために、観光シーズンには自動
車通行の滞留を生ずることがある等、その混雑状況は高度であるうえ、加えて、国
の重要文化財である神橋の袖勾欄およびその囲柵を完全に復元しなければならない
ということともあいまつて、本件道路を拡巾してその許容交通量を増大させること
は、将来さらに激増することが予想される交通量に対処し、これを大量かつ安全・
迅速に処理するためにも、それ自体高度の必要性が認められ、公共性の高い事業で
あると解される。
 他方、本件土地付近は、国の重要文化財たる朱塗の神橋および御旅所の社等の人
工美と、これをとりまく鬱蒼たる巨杉群や闊葉樹林帯および大谷川の清流等の自然
美とが、渾然一体となつて作り出す荘重・優美な景観の地として、国立公園のエツ
センスともいうべき特別保護地区に指定された地域に属するうえ、該場所は、日光
発祥の地としての史実・伝説を有し、宗教的にも由緒深い地域であるのみならず、
太郎杉を初めとする本件土地上の巨杉群は特別史跡・特別天然記念物として指定さ
れている日光杉並木街道のそれと同じ程度の文化的価値を有するものと解されると
ころ、一旦、本件事業計画が実施されると、神橋正面に位置する丘陵部は相当程度
に削りとられ、これに併せて、同地上に成育する太郎杉を初めとする一五本の巨杉
群は伐採され、蛇王権現はその敷地を後方(北方)に後退させられることを余儀な
くせられ、その跡地には、高さ三メートルおよび同五メートルの二段の石垣が長さ
約四〇メートルに亘つて構築され、巨杉群にとり囲まれていた御旅所の社も、前面
の巨杉群が伐採される結果、直接にその姿を表わすに至り、かくては、本件土地付
近の有する前記景観は著しく損われ、日光発祥の地としての史実・伝説を有する土
地の地形は著しく変更され、かつ、日光杉並木街道の出発点としての価値もその大
半が消失するに至ることは明らかである。
(2) 問題は、一つに、かかる景観的・風致的・宗教的・歴史的および学術的な
価値を毀損してまでも、前述のような本件道路を拡巾する必要があるといえるか否
かに関している。
(イ) もともと、特別保護地区としての景観は、甲第九号証にもいうとおり(前
記第二の三の(四)の(2)の(ロ)参照)、国立公園区域内の極めて限定された
最高の素質を保有する傑出した景観であつて、それは、最も厳正な保存を図る必要
のあるものであり、国民の貴重な文化財として、人為的作為を加えることなく、厳
正に原状を保護・保存すべきものであつてみれば、道路を拡巾する必要性が高度で
あるという理由で、これに人為的な作為を加えてその有する景観を毀損すること
は、前述の特別保護地区指定の制度・趣旨に反するばかりでなく、本件土地付近
は、具体的にも日光国立公園の表玄関にあたり、荘厳な第一印象を与える景観の地
として知られているだけでなく、宗教的にも日光発祥の地とせられ、かつ、その巨
杉群は、日光杉並木街道の出発点としての価値を有しているものであつてみれば、
それは、国民にとつて貴重な文化的財産として、自然の推移による場合の外は、現
状のままの状態で維持され、保存が図られるべきものと解される。
 けだし、周知のように、我が国の国土は狭少であり、従つて、このような特別保
護地区としての傑出した景観を有する地域の数にはおのずから一定の限りがあり、
まして、本件土地付近のように、かかる景観上の価値に加えて、前述のような宗教
的・歴史的・学術的価値をも同時に併有している土地は、全国的にみても稀少であ
ろうことは容易に推認しうるところであり、従つて、それは、それだけ高度の文化
的価値を有していると解すべく、かつ、このような文化的価値は、長い自然的・時
間的推移を経て作り出されたものであつて、一度びこれに人為的な作為が加えられ
れば、人間の創造力のみによつては、二度と元に復することは事実上困難であり、
従つて、これらは、過去・現在および将来の国民が等しく共有すべき文化的財産と
して、将来にわたつても長くその維持・保存が図られるべきものであるからであ
る。
(ロ) もとより、本件道路を拡巾することには、高度の公益性が認められること
は、前述のとおりである。
 しかしながら、本来、道路というものは、人間がその必要に応じて、自からの創
造力によつて建設するものであるから、原則として、「費用と時間」をかけること
によつて、「何時でも何処にでも」これを建設することは可能であり、従つて、そ
れは代替性を有しているといえる。現に、起業者栃木県知事が、本件事業計画を立
案するに際しては、右案(A案)の外に、B案・C案およびD案についてその得失
を比較し、結局、事業費が最も安く、かつ工期が最も短くてすむうえに、工事が簡
単であるとして、本件事業計画案(A案)を採用したものであることは、被告等の
主張および前記認定に照らして明らかであり、このことは、本件事業計画案以外に
も、より以上の時間と費用をかけることによつて、本件土地のもつ文化的価値を毀
損することなく、その必要を満すに足りる道路を建設することが可能であることに
外ならない。
 もとより、これにかけるべき費用が無制約でありうるはずはなく、そこには、財
源的におのずから一定の制約があることは当然のことである。起業者の算定によれ
ば、右四案のうちで、最も事業費を要するのはC案の一三億五、一〇〇万円であ
り、右は、本件事業に要する四、三〇〇万円の約三一・四倍に相当する。
 しかしながら、本件土地の有する前述のような文化的価値を考えれば、右一三億
円余りという金額は決して高価とは解されないのみならず、建設に高額の費用を要
する道路の新設については、国道一二〇号線における第一・第二いろは坂や金精道
路についてそうであつたように(右は当裁判所に顕著な事実である。)、日本道路
公団がこれを建設し、その通行につき料金を徴収する等の方法によつてこれを実現
するという方法も考えられ(日本道路公団法第一条、第一九条第一項第一号・第六
号、道路整備特別措置法第三条第一項等参照)、かつ、証人eの証言によれば、前
記金精道路の建設には約一一億円の費用を要していることが認められるから、本件
について、本件事業計画案(A案)以外に、本件道路がかかえている交通事情を解
消する適当な方法(代替性)が他にないとは必ずしもいえないのである。
(ハ) また、被告等は、本件工事跡地には、適切な緑化修景を計り、景観の損壊
は最少限度にとどめるように十分な配慮がなされていると主張するが、いずれもそ
の成立に争いのない乙第二一号証の一ないし四、第二二号証、第二三号証の一ない
し三、第二四号証、証人y、同zの各証言によると、起業者栃木県知事は、昭和四
一年八月一七日、緑化修景計画案を作成してこれを厚生省に提出し、その検討を求
めたところ、厚生省では、同年一二月七日、右計画案ではいまだ不十分であるとし
てその再計画を求め、起業者は、同四二年三月二二日、再度緑化修景計画案を作成
し直して厚生省に提出し、厚生省は、同年九月一二日、これに承諾を与え、ここに
右緑化修景計画案が確定するに至つたこと、而して、右の計画案によると、車道北
側の歩道上の植樹帯には十年生の杉(樹高約四メートル)を植栽し、その北側の石
垣にはツタ類をはわせ、さらに右石垣の上部から北側の法面には、サカキ・ツツ
ジ・シヤクナゲ等の灌木類を植栽しようとするものであることが認められる。
しかしながら、本件事業が実施されることによつて失われるであろう前述のような
文化的価値が、これによつてもとの景観に匹敵する程度に復元されるに至るもので
ないことは、右の修景計画自体から明らかであり、かつ、右が、前述したような、
日光発祥の地としての価値および日光杉並木街道の出発点としての価値の回復を意
図していないことも明らかであるから、右のような修景計画が立案されているから
といつて、前述のような判断に影響を及ぼすものではない。
(ニ) 結語
 以上のように、本件土地の有する文化的価値は貴重なものであり、これは代替性
がなく、一度び失われればいかに高額の費用をかけても人間の創造力のみによつて
はこれを復元させることは困難であるのに対し、本件事業計画の意図する道路事業
には代替性があり、従つて、このような道路拡巾事業のために、本件土地を収用
し、その有する文化的価値を毀損することは、土地収用法第二条・第二〇条第三号
にいう「土地の適正かつ合理的な利用に寄与するもの」とはとうてい解し難いので
ある。
 本件事業計画は、道路拡巾の必要性を、最も安易かつ安価な方法で満たそうとす
るに急のあまり、これによつて失われる国民共通の利益ともいうべき景観的・風致
的・宗教的・歴史的・学術的文化価値の重大さを見失つたものといわれても仕方が
なく、従つて、本件事業認定は違法なものとして、取消されなければならない。
(3) ところで、このように、本件道路を拡巾する公共的必要性と、本件土地の
有する景観その他の価値との比較衡量は、高度に社会的・文化的な価値判断を要す
ることがらであるといえるから、これについて、国民各層がどのような考えをも
ち、どのように判断しているかを、証拠にあらわれた限りで考慮してみることは、
当裁判所の前述のような判断の客観性を担保するためにも、必要なことのように思
われる。
(イ) まず、本件の各証人のうち、当事者的な立場にある者を除外して、その代
表的と思われる証言についてみてみると、つぎのとおりである。
・証人g(東京大学名誉教授・理学博士)「日光の国立公園の入口といたしまして
は、おそらく神橋の人工の美と太郎杉その他の杉等の樹木・植物の背景というもの
が、国立公園の入口としますと世界的なものである……ということで、こわしたく
ないという気持です。」
・証人i(伊勢神宮々司・農学博士)「国立公園の特別保護地区は、ぜひ保存する
のが当然であつて、それを軽々しく変えるというのは、将来の日本のためにも良く
ないと思う……。他に道路を作るのに例え一三億円かかつても、将来の長いことを
考えたら、決して高いものではない。」
・証人k(著述業・評論家)「切るというには、よほどの重要な理由がなければな
らない。即ち、切らなければ公共の福祉的な意味で重大な支障が起るという事情が
あつて、しかも救済の方法がないということでなければ切るべきではない。道路を
よくすることは確かに必要だが、それ以上にいかに現状を守るかということの方が
重要である。」
・証人l(評論家)「道路は、お金と時間があればいつでもできますが、木という
ものは神様がくださつたもので、我々が子孫に残さなければならないもので、いく
らお金を積んでもできないものです。……人間が作つたものは、人間が作ろうと思
えば何でもできます。だけど、杉を作ろうとしたつて人間にはできません。」
・証人b(日光市長)「一日も早くあそこを拡巾していただきたいというのが、我
々の希望でございます。木は切りたくない、道は拡巾してもらいたいというような
二つのジレンマに入つているのですが、現状は、拡巾に重点を置かなければ、自治
体として、災害あるいは交通事故等に対して、その責任をもてないという段階にあ
るのです。」
このようにみてくると、証人bは、日光市長として、本件道路につき直接の利害関
係を有する地方自治体の長としての立場上、かかる判断を示すのもやむをえないと
しても、その他の右各証人は、いずれも本件土地の有する文化的価値を保存すべき
ことを主張していることが明らかであり、さらに、証人h(宇都宮大学教授・林学
博士)、同j(東京農業大学教授・東京都公園協会理事長)、同n(随筆家)の各
証人も、これと同一の判断のもとに証言していることがうかがわれる。
(ロ) つぎに、本件の問題が生じてから、各新聞に報道されたもののうち代表的
なものについてこれをみると、その形式・内容から真正に成立したものと認められ
る甲第四五号証によると、我が国の代表的な日刊新聞とされている読売・毎日・朝
日・東京の各紙に報道された論調は、つぎのとおりである。
・昭和三九年六月二五日付読売新聞「……公益の名の下に、国民の共有財産である
文化財をそこなうのにも限度があろう。……文化財は、過去の遺物ではなく、日本
民族と文化の、生きている財産である。この認識が国民一般に不足している。……
自らの誇りを自らこわして、どこに日本の文化があろう。」(甲第四五号証の三三
頁)
・昭和三九年九月一二日付毎日新聞余録欄「……太郎杉は樹令五百年といわれる。
いわゆる日光並木杉のように天然記念物にはなつていないが、それにまさるともお
とらぬ貴重な老樹である。国土開発・道路拡張などのため、各地で老樹・大木がじ
やまもの扱いされて、次々と姿を消していく。それも場所によつてはやむをえまい
が、日光のような観光地の看板を切りたおすことは賛成できない。……五百年の風
雪にたえた老杉を残し、日光にふさわしい景観の保存を第一に考え直すべきだ。」
(同四五頁)
・昭和三九年七月三〇日付朝日新聞社説「……昨今、こうした老樹・樹林・並木な
どがかろうじて生存を保つといつた奇妙な時代になつてきた。……自然の風趣の一
つとしての樹木は正に受難時代を迎えているようである。交通の激化・産業の開
発・建築ブームなどで、これも一つの運命であるかもしれぬが、失えば二度とは返
らない自然の風致が、つぎつぎに荒されてゆくのは、味気ない限りである。……ビ
ルデイングは、こわすことも建てることも自由であるが、千年の大樹は千年を経な
ければ大樹とはならぬ。一度失えばその姿は永久に返つてこないのである。考えた
いことである。」(同四九頁)
・昭和三九年一一月二日付東京新聞筆洗欄「……都市の近代化を否定するわけでは
ないが、歴史的遺産を破壊してやるのでなくて、それとの共存を図つてもらいた
い。……近代化は我々の世代でできる。しかし、二千年の歴史というものは、ひと
たび破壊されたら再建はできぬ。……自然と歴史を破壊せず、これとうまく調和す
るようなくふうがほしい。あとで“しまつた”ということがないように。」(同九
一頁)
このように、これらの新聞の論調は、樹木・景観等の自然や文化財の保護・保存を
第一に考えるべきことを強調し、これを破壊する本件道路拡巾事業には批判的な態
度を示していることが明らかである。
(ハ) 証人gの証言、およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第
一〇号証の一・二によると、財団法人自然保護協会は、終始一貫して、道路拡巾の
ために自然景観を破壊することに強く反対し、昭和三七年四月には、「日光神橋周
辺の環境保護に関する陳情書」(甲第一〇号証の一)を、また、同三九年六月に
は、「日光神橋畔老杉伐採による国道拡巾に関する意見書」(同号証の二)を、そ
れぞれ作成して、関係各官庁に提出し、道路拡巾計画の再検討を強く要望している
ことが認められる。
(ニ) 証人kの証言、およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第
二八号証の一・二、並びに成立に争いのない同号証の三・四によると、本件問題が
報道されるや、一部の文化人の間から、このような自然景観を破壊することに反対
する意見が強く出され、k・o・p・q・r・s・t・u・v等が発起人となつ
て、各界の文化人に対し、「日光杉を守る会」の結成を呼びかけたところ、約七〇
〇名の文化人から、日光杉の伐採に反対し、右会の結成に賛成する旨の回答がなさ
れたため、これらの者によつて、ここに「日光杉を守る会」が結成され、同会は、
昭和四〇年五月一三日、世話人代表が東京の丸の内精養軒で記者会見を行い、「道
路を拡巾するために国の誇りともいうべき日光杉を伐採することには強く反対す
る。」旨の意見を発表していることが認められる。
 そして、成立に争いのない甲第八号証の二(甲第四五号証の六九頁以下にもこれ
と同じ記載がある。)によると、原告が昭和三九年九月六日に行つたアンケートに
対しても、多くの文化人が自然の景観を害するような道路の拡巾に反対する意見を
表していることが認められる。
(ホ) さらに、前記の甲第四五号証によると、以上のほかに、各新聞・雑誌等に
登載された論調・意見・投書および原告のもとに寄せられた投書の多くが、自然の
景観を破壊する本件道路拡巾事業に反対していることが認められる。
(ヘ) これに対して、本件道路の拡巾を強く要望する意見としては、(a) 成
立に争いのない乙第二号証の一、同号証の三によると、昭和三九年五月、日光市議
会が、「本件道路改良工事は、本市の観光および産業・経済上極めて重要なものと
認められるので、……速かに工事完成を期せられたい。」との意見を表しているこ
と、成立に争いのない乙第二号証の二、同号証の四によると、日光市および日光市
長は、「道路を拡巾して交通事情を緩和し、人命を尊重していくことが最も望まし
いことである。」という意見を表していること、証人aの証言、およびこれによつ
て真正に成立したものと認められる乙第三号証の三によると、栃木県交通対策協議
会(会長x)は、昭和三八年三月二九日、「昭和三八年三月二四日夜半からの異常
強風により老杉約一五〇本が倒木し、人的物的に多大の被害を蒙つたが、……今
後、このような被害が起らないよう、一日も早く老杉を伐採し、道路を拡張され、
交通難を解消されるよう……要望します。」という決議をしていることがそれぞれ
認められる。
(b) また、自然公園審議会が、「本件道路の拡巾のために老杉を伐採すること
もやむをえない。」という決議をしていることは、前記認定(第二の三の(三)の
(3)の(ホ))のとおりである。
(c) いずれもその成立に争いのない乙第二五ないし二七号証によると、w(東
京農業大学教授・農学博士)は、「私の計画案は、……神橋に面した太郎杉その他
の杉を全部伐採する。道路は計画通り拡巾……する。」との意見を表していること
が認められるが、しかし、これを仔細に検討してみると、同氏のかかる見解は、本
件事業計画とは異る独自の造景思想を背景とするもので、自然尊重の基本的立場か
ら本件土地付近の自然景観を根本的に造景し直すべきことを主張しているのであつ
て、「高い石積を作つて……の拡張案には反対だ。」というように、必らずしも本
件事業計画に賛成しているものではないことが明らかである。
(ト) 以上のことから判断すれば、本件事業計画の実施を強く要望しているの
は、第一に、日光市・日光市長および日光市議会であり、第二には、栃木県交通対
策協議会であることが明らかであるが、前者は、地元の自治体として、その立場は
当事者的な関係にあるといつてよく、また、後者は、その会長が栃木県知事xであ
り、右は本件事業の起業者であることから、その意見のもつ客観性には疑問なきを
えないといえる。
 そうであれば、本件事業計画に承認を与えた自然公園審議会および独自の造景理
論から老杉の伐採を主張するw博士の見解を除けば、財団法人自然保護協会の意見
を初めとして、各新聞の論調、多数の文化人の意見、前記各証人の証言、新聞・雑
誌上に述べられた各見解・投書、および原告宛に寄せられた投書等、その殆んど
が、本件土地付近のもつ自然景観や老杉等の文化的価値の重要性を認め、その保存
を図るべきことを強調し、従つて、これを毀損する道路の拡巾には反対する態度を
示していることになり、このことから、本件問題に対して、世論は、本件土地付近
の景観を保存すべきこと、即ち、本件道路の拡巾事業には反対していることを察知
することができ、従つて、当裁判所の前記のような判断は、世論の多くによつて支
持されていると解することができるのである。
(六) 以上の次第であるから、本件事業計画は、土地収用法第二〇条第三号にい
う「土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものである」とは認められず、従つ
て、被告建設大臣がなした本件事業の認定は、この点を看過したものとして違法で
あり、取消されなければならない。
四、本件土地細目の公告および本件収用裁決の各取消原因
 本件事業の認定には、前述のような違法があるところ、収用手続のように、一連
の手続を経て初めて全体としての終局的な効果が発生する場合には、先行の行政処
分が適法に行われることが後続の行政処分の適法要件であり、従つて、先行処分の
違法性の瑕疵はその後の手続に承継されると解するのが相当であるから、先行処分
たる本件事業認定が違法である以上、以後の手続として行われた本件土地細目の公
告および本件収用裁決は、その余の点について判断するまでもなく違法であり、い
ずれも取消されるべきものである。
五、結論
 よつて、本件各行政処分の取消を求める原告の本訴請求は、いずれも理由がある
からこれを認容すべく、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法第七条・民事
訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石沢三千雄 杉山修 武内大佳)
(別紙)
目録
第一、事業の認定
一、起業者の名称 栃木県知事
一、事業の種類 二級国道日光沼田線道路改良工事
一、起業地 栃木県日光市<以下略>
第二、土地細目の公告
一、収用しようとする土地の所在地番および地目
 栃木県日光市<以下略>、境内地(現況同じ)
 同所<以下略>、境内地(現況同じ)
 同所<以下略>、境内地(現況同じ)
第三、土地目録
 栃木県日光市<以下略>、境内地
 三・六九平方メートル
 一〇・八三 〃
 一九・三九 〃
 〇・一三 〃
 同所<以下略>、境内地三七六・六五 〃
 同所<以下略> 境内地 六八・〇六 〃

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