弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1処分行政庁が平成21年8月3日付けで原告に対してした別紙物件目
録記載の各不動産の取得に係る別紙処分目録記載の不動産取得税の賦課
処分のうち税額1334万6800円を超える部分を取り消す。
2上記1の処分のうち税額1334万6800円を超えない部分の取消
しを求める訴えを却下する。
3訴訟費用は,これを5分し,その4を原告の負担とし,その余を被告
の負担とする。
事実及び理由
第1請求
処分行政庁が平成21年8月3日付けで原告に対してした別紙物件目録記載
の各不動産の取得に係る別紙処分目録記載の不動産取得税の賦課処分を取り消
す。
第2事案の概要
本件は,信託契約の終了を原因として別紙物件目録記載の各土地(以下「本
件不動産」という。)を取得したことについて,処分行政庁から不動産取得税
賦課処分(以下「本件賦課処分」という。)を受けた原告が,上記不動産の取
得は地方税法(平成21年法律第9号による改正前のもの。以下特記しない限
り同じ。)73条の7第4号所定の不動産取得税を課することができない場合
に当たると主張して,その取消しを求めた事案である。
1地方税法の定め
(1)不動産取得税は,不動産の取得に対し,当該不動産所在の道府県におい
て,当該不動産の取得者に課する(73条の2第1項)。
(2)道府県は,次に掲げる不動産の取得に対しては,不動産取得税を課する
ことができない(73条の7)。
ア委託者から受託者に信託財産を移す場合における不動産の取得(当該信
託財産の移転が73条の2第2項本文の規定に該当する場合における不動
産の取得を除く。)(3号)
イ信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益
者である信託により受託者から当該受益者(当該信託の効力が生じた時か
ら引き続き委託者である者に限る。)に信託財産を移す場合における不動
産の取得(4号)
ウ信託の受託者の変更があった場合における新たな受託者による不動産の
取得(5号)
2前提事実等(争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる
事実)
(1)本件不動産取得の経緯
ア原告とA株式会社(変更後の商号「B株式会社」。以下「本件受託会
社」という。)は,平成15年2月26日,以下の内容の信託契約(以下
「本件信託契約」という。)を締結し,本件受託会社は原告から本件不動
産の所有権を取得した。
(ア)委託者原告
(イ)受託者本件受託会社
(ウ)受益者原告
(エ)信託目的信託財産を受益者のために管理・運用し,また,これを
処分する。
(オ)信託財産本件不動産
イ原告は,平成15年2月26日,C株式会社(以下「C」という。)に
対し,本件信託契約の受益権(以下「本件受益権」という。)の準共有持
分100分の80を売り渡した。
ウCは,平成20年2月29日,原告に対し,本件受益権の準共有持分持
分100分の80を売り渡した。
エ原告と本件受託会社は,平成20年2月29日,本件信託契約を合意解
約し,原告は本件受託会社から本件不動産の所有権を取得した(当該所有
権の取得を以下「本件不動産取得」という。)。
(以上,アからエまでにつき,甲1から3まで)
(2)本件賦課処分
処分行政庁は,平成21年8月3日,本件不動産取得に対し不動産取得税
の賦課処分(本件賦課処分)をした。その処分根拠は,以下のとおりである。
(甲4から6まで)
ア本件不動産の固定資産課税台帳登録価格の合計
11億1223万9000円
イ課税標準額(地方税法制定附則11条の5第1項,同法20条の4の2
第1項)
5億5611万9000円
ウ税額(地方税法制定附則11条の2第1項,同法20条の4の2第3
項)
1668万3500円
(3)審査請求及び訴えの提起
ア原告は,平成21年9月7日,大阪府知事に対し,「審査請求の趣旨」
欄に「「審査請求に係る処分の一部(税額の20%相当)を取り消す。」
との裁決を求める。」と記載された審査請求書を提出して本件賦課処分に
係る審査請求(以下「本件審査請求」という。)をした(甲7)。
イ大阪府知事は,平成21年12月14日,本件審査請求を棄却した(甲
8)。
ウ原告は,平成22年5月18日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
3本件の争点
(1)審査請求前置の有無(本案前の争点)
(2)本件賦課処分の適法性(本案の争点)
4争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(審査請求前置の有無)について
(被告の主張)
原告は,本件賦課処分のうち税額20パーセントに相当する部分の取消し
のみを求める旨の審査請求を申し立てており,本件賦課処分のうち税額80
パーセントを超えない部分については地方税法19条の12の要求する不服
申立てを経ていないことになるから,当該部分の取消しを求める訴えは不適
法である。
(原告の主張)
被告の主張は争う。本件不動産取得について,1つの不動産取得税賦課処
分がされているのであるから,原告は,本件賦課処分全体について不服申立
てをしたというべきである。
(2)争点(2)(本件賦課処分の適法性)について
(被告の主張)
ア地方税法73条の7第4号の「信託の効力が生じた時から引き続き委託
者のみが信託財産の元本の受益者である信託」とは,「信託の効力が生じ
た時から,信託財産が受託者より受益者に移転する時までの間を通じて,
委託者のみが受益者である信託」をいうと解すべきである。
本件信託について,原告は,Cに対し,受益権の80パーセント部分を
いったん売却し,その後これを買い戻しているから,「信託の効力が生じ
た時から,信託財産が受託者より受益者に移転する時までの間を通じて,
原告のみが信託財産の元本の受益者である信託」には当たらず,地方税法
73条の7第4号は適用されない。
イなお,平成19年法律第4号による改正(以下「平成19年改正」とい
う。)前の地方税法(以下「旧地方税法」という。)73条の7第4号は
「委託者のみが信託財産の元本の受益者である信託により受託者から元本
の受益者に信託財産を移す場合における不動産の取得」に対しては,不動
産取得税を課することができないと定めており,「委託者のみが信託財産
の元本の受益者である信託」であることがどの時点で要求されるのかを明
確にしていなかった。このため,大阪府では,旧地方税法の下では,信託
の終了時に「委託者のみが信託財産の元本の受益者」である場合には当該
規定を適用して非課税とする取扱いをしていた。
しかし,上記改正により,信託の終了時点のみならず,信託の効力が生
じた時点から信託の終了時点までの間を通じて,委託者のみが信託財産の
元本の受益者であることが要件となることが明確にされたのであるから,
本件不動産取得に地方税法73条の7第4号の適用がないことは明らかで
ある。
(原告の主張)
ア本件信託契約が締結された時の委託者及び唯一の受益者が原告であり,
本件信託契約が解約された時の委託者及び唯一の受益者も原告であったこ
とからすると,本件不動産取得は地方税法73条の7第4号所定の不動産
取得税を賦課することができない場合に当たる。
イ被告は,地方税法73条の7第4号の「信託の効力が生じた時から引き
続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である信託」とは,「信託の効
力が生じた時から,信託財産が受託者より受益者に移転する時までの間を
通じて,委託者のみが受益者である信託」をいうと主張する。しかし,被
告の解釈に従うと,受益権の譲渡に課税するのと同じ結果を生じることに
なり,信託による形式的な所有権移転に対して課税しないとする地方税法
73条の7第3号から5号までの趣旨に反することになって,著しく不合
理である。同条4号にいう「引き続き」とは,信託設定時と信託解約時と
で委託者兼受益者が同一の者である場合を指すものと理解すべきである。
また,平成19年改正のうち地方税法73条の7第4号に係る部分につ
いては経過措置が定められておらず,地方税制度研究会編の「地方税ハン
ドブック」等にもその改正趣旨が記載されていないことに照らすと,同号
の規定について実質的な改正はされていないと解するべきである。
第3争点に対する判断
1争点(1)(審査請求前置の有無)について
(1)本件審査請求に係る審査請求書(甲7の1)には,①「審査請求の趣
旨」欄に,「「審査請求に係る処分の一部(税額の20%相当)を取り消
す。」との裁決を求める」との記載がされており,②「審査請求の理由」欄
に,「当社が従前より保有していた本件土地のうち,20%部分については,
「形式的な所有権の移転」は有ったものの,実質的な移転が無かったことは
明白な状況であります。」,「本件土地の持分20%部分については,「信
託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者」で
あり,かつ,「受託者から当該受益者(当該信託の効力が生じた時から引き
続き委託者である者に限る。)に信託財産を移す場合における不動産の取
得」に該当するものと思料いたします。」,「当社が実質的に継続保有して
いた持分20%部分については賦課税額が過大に計算されているものと考え
られるため,この点について,是正(減額)することについて,本件審査請
求を提出する次第であります。」との記載がされている。
以上からすると,本件審査請求において,原告は,本件賦課処分のうち本
件不動産の共有持分100分の80の取得に係る不動産取得税の税額を超え
る部分の取消しのみを求めていたというべきである。
(2)地方税法19条の12及び19条1号が,地方税の賦課処分について不
服申立前置を要求した趣旨は,審査庁に当該処分の当否について再検討する
機会を与えるとともに,所定の期間内に不服申立てがされない限り,当該処
分の効果が確定したことを前提として,その後の徴収事務等を行うことを可
能とし,もって,税務行政の早期の安定を図ることにあると解される。この
趣旨からすると,地方税の賦課処分について一定額を超える部分の取消しの
みを求めることを明示して不服申立てをしたときは,その後提起される取消
しの訴えにおいて当該金額を超えない部分の適法性を争うことは地方税法1
9条の12に反し許されないというべきである。
(3)下記のとおり,本件不動産の共有持分100分の80の取得に係る不動
産取得税の税額は1334万6800円(なお,この金額は本件賦課処分に
係る税額の80パーセントとも一致する。)となるから,本件訴えのうち上
記金額を超えない部分の取消しを求める部分は,不適法である。

ア本件不動産の固定資産課税台帳登録価格の合計
11億1223万9000円
イ本件不動産の固定資産課税台帳登録価格の合計の80パーセント(地
方税法20条の4の2第1項)
8億8979万1000円
ウ課税標準額(地方税法附則11条の5第1項,同法20条の4の2第
1項)
5億5611万9000円
エ税額(地方税法附則11条の2第1項,同法20条の4の2第3項)
1334万6800円
2争点(2)(本件賦課処分の適法性)について
(1)地方税73条の7第4号の趣旨と適用範囲
ア地方税法は,73条の2において,不動産の取得に対しては原則として
不動産取得税を賦課する旨定めた上で,73条の7において,形式的な所
有権の移転等に該当する不動産の取得の類型を掲げ,これらに対する不動
産取得税を例外的に非課税とすることを定めており,このうち同条3号か
ら5号までに,信託財産の取得に関する規定を設けている。
イまず,信託行為によって委託者から受託者に不動産の所有権が移転した
場合については,受託者の権利行使は信託契約等において定められた信託
目的に拘束されることから,受託者の所有権の取得は,形式的なものにす
ぎないとみることができる。このため,地方税法73条の7第3号は,委
託者から受託者に信託財産を移す場合における不動産の取得を原則として
非課税としたものと考えられる。
ウ次に,受託者から受益者に信託財産である不動産の所有権が移転した場
合については,上記イの場合と異なり,受益者の権利行使が信託目的に拘
束されることはないから,当然には受益者の所有権の取得が形式的なもの
にすぎないとみることはできない。
しかし,委託者のみが受益者となるいわゆる自益信託の場合については,
信託行為によって委託者から受託者に形式的に移転した所有権が,信託の
終了に伴い委託者兼受益者に復帰するだけのことであるから,このような
場合には,形式的な所有権移転が行われたにすぎないとみるべきである。
一方,自益信託が設定された場合であっても,その設定後,元本の受益権
が第三者に譲渡されており,信託の終了に伴い当該第三者に信託財産であ
る不動産の所有権が移転する場合については,当初の委託者兼受益者に所
有権が復帰するものではないから,これを形式的な所有権移転とみること
はできない。そこで,地方税法73条の7第4号は,自益信託が設定され
た場合のうち,当該信託の効力が生じ,信託財産である不動産の所有権が
委託者より受託者へ移転した時から,信託の終了に伴い当該不動産の所有
権が受託者より受益者へ移転する時までの間を通じ,信託財産の元本に係
る受益権の帰属に変動がない場合に限って,後者の所有権の移転を形式的
なものとみて不動産取得税の課税対象から除外したものと考えられる。
エもっとも,自益信託が設定された場合において,信託財産の元本の受益
権の準共有持分の一部が第三者に譲渡された場合についてみると,当該準
共有持分の割合に対応した信託財産である不動産の共有持分を観念するこ
とができるところ,委託者が譲渡の対象としなかった受益権の準共有持分
を引き続き保有し,信託の終了時に,これに対応する不動産の共有持分が
受託者から当該委託者へ移転したときは,当該共有持分の取得に係る限度
では,信託行為によって委託者から受託者に形式的に移転した当該共有持
分が,信託の終了に伴い委託者に復帰するだけのことであることに変わり
はない。したがって,この場合においては,委託者が保有を続けていた受
益権の準共有持分に対応する不動産の共有持分の取得は,地方税法73条
の7第4号に該当し,不動産取得税を課すことはできないというべきであ
る。
(2)被告の主張について
ア被告は,地方税法73条の7第4号にいう「信託の効力が生じた時から
引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である信託」とは,「信託
の効力が生じた時から,信託財産が受託者より受益者に移転する時までの
間を通じて,委託者のみが受益者である信託」と解すべきであるところ,
本件信託契約においては,信託財産が受益者に移転するまでの間に,委託
者である原告以外の者(C)が受益者となっているから,同号の適用はな
い旨主張する。
イしかし,同号が,自益信託の終了時に受託者から受益者に対して行われ
る信託財産である不動産の所有権の移転のうち,委託者兼受益者に当該所
有権が復帰する場合を形式的な権利の移転とみて,不動産取得税の課税対
象から除外する趣旨の規定であることは上記(1)で判断したとおりである。
こうした上記規定の趣旨,さらには,地方税法が不動産取得税の課税対象
として不動産の単独所有権の取得と共有持分の取得とを区別して扱ってい
ないことにかんがみれば,信託財産の元本の受益権の準共有持分を信託設
定時から保有し続けている委託者に対して,当該準共有持分に対応する不
動産の共有持分が復帰する場合と,当該受益権を単独で保有し続けている
委託者に当該不動産の単独所有権が復帰する場合とを区別して扱う理由に
乏しいというべきである。
ウ被告は,同号の「引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である
信託」との文言について,委託者が単独で受益権を保有し続けている場合
を指すと主張するが,信託財産である不動産の権利移転が形式的なもので
あるかどうかを判断するに当たり,受益権を単独で保有しているか,準共
有に属するかの違いによって結論を分けるべき根拠は見当たらない。むし
ろ,同号に「信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが」とあるよ
うに,同号は特定の受益権(単独の権利であるか,準共有持分であるかを
問わない。)につき時点の先後を通じて「委託者のみ」が保有を続けてい
る場合を規定したものと解するのが文理にも即した合理的解釈というべき
である。
また,旧地方税法73条の7第4号(前記第2の4(2)(被告の主張)
イ)の下では,委託者と受益者の一致がいつの時点で要求されるのかが明
確でなく,その結果として,信託の終了に伴う所有権の移転のうち,形式
的な所有権の移転とはいえない場合についてまで,同号により非課税とさ
れる余地があったところ,平成19年改正は,そうした疑義を解消するた
めに,「信託の効力が生じた時から引き続き」等の文言を同号に付加した
ものと解される。上で述べた地方税法73条の7第4号の解釈は,以上の
ような平成19年改正の経緯とも整合するところであって,被告の主張は
採用できないというべきである。
(3)小括
したがって,本件不動産取得に対して賦課される不動産取得税は,原告か
らCに対して譲渡され,後に買い戻された受益権に対応する,本件不動産の
共有持分100分の80の取得に対して賦課される不動産取得税額,すなわ
ち1334万6800円を超えることはない(前記1(3)参照,なお,原告
は,本件不動産取得に地方税法73条の7第4号が適用されることによりす
べて非課税になると解される旨主張するが,本件訴えのうち1334万68
00円を超えない部分の取消しを求める部分が不適法であることは,前記1
のとおりである。)。
3結論
以上のとおり,本件訴えのうち本件賦課処分のうち税額1334万6000
円を超えない部分の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下し,上
記税額を超える部分は違法であるから,これをその限度で取り消すこととし,
訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文
を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部
裁判長裁判官吉田徹
裁判官小林康彦
裁判官五十部隆

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