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平成17年(ヨ)第20080号 株式分割差止仮処分命令申立事件
決        定
主        文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
理        由
第1 申立ての趣旨
   債務者が平成17年7月18日の取締役会決議に基づいて現に手続中の株式分割を仮
に差し止める。
第2 事案の概要
 1 本件は,債務者の株主である債権者が,債務者が平成17年7月18日の取締役会決
議に基づいて現に手続中の株式分割について,①当該株式分割が商法218条1項,証券
取引法157条及び民法90条等の法令に違反し,又は著しく不公正な方法によるものである
ことを理由とする商法280条ノ10の適用又は類推適用による差止請求権,②当該取締役
会決議が商法218条1項等の法令に違反することを理由とする取締役会決議無効確認請
求権,③当該株式分割が債権者の営業権を侵害するものであることを理由とする差止請求
権をそれぞれ本案の請求権として,当該株式分割を仮に差し止めることを求めた事案であ
る。
 2 前提事実
   後掲の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が一応認められる。
  (1) 債務者
    債務者は,昭和29年7月13日に設立され,「都市及び地域の計画・設計」,「道路・
交通・橋梁及びトンネルの計画・設計」及び「河川・農業土木・上下水道及び廃棄物処理の
計画・設計」を主な業務とする建設コンサルタント業を営む株式会社である。平成17年7月
20日現在,債務者は,資本金15億5460万円,発行する株式の総数1200万株,発行済
株式総数744万7440株であり,その発行する普通株式を株式会社ジャスダック証券取引
所に上場している。債務者においては,単元株制度が採用されており,1単元の株式の数
は1000株である。
    債務者の定款には,債務者は,原則として,毎決算期最終の株主名簿に記載又は
記録された議決権を行使し得る株主(実質株主を含む。)をもって,その期の定時株主総会
において議決権を行使することができる株主とすること,定時株主総会は,毎決算期の翌
日から3か月以内に招集すること,営業年度は,毎年7月1日から翌年6月30日までとし,そ
の末日をもって決算期としていることの記載がある。
(甲1,2)
  (2) 債権者
    債権者は,有価証券の保有,売買,投資及び運用業務などを目的とする株式会社
であり,施工図作図や施工管理業務の請負事業及び環境プラントの運転維持管理業務を
主たる業務としている夢真グループの純粋持株会社である。平成17年7月20日現在,債
権者は,資本金8億0514万7000円,発行する株式の総数1億6000万株,発行済株式総
数7457万3440株であり,その発行する普通株式を株式会社大阪証券取引所ヘラクレス
に上場している。
    債権者は,平成17年7月21日現在,債務者株式50万9000株(発行済株式総数の
約6.83パーセント)を保有する債務者の筆頭株主である。
(甲3,4の1,2,甲6)
  (3) 債権者による債務者との接触
    日興コーディアル証券株式会社の担当者は,債権者から依頼を受けて,平成17年5
月10日,債務者を訪ね,債務者株式の51%を取得する意向のある企業があることを伝え
た。また,同証券株式会社の担当者は,再度債権者の依頼を受けて,同月26日,債務者を
訪ね,債務者株式を51%取得する意思がある企業は債権者であることを伝えた。
(甲46,乙2)
  (4) 債権者による債務者株式の取得状況
    債権者は,次の日において,次の数量の債務者株式を取得した。
① 平成17年6月15日 32万9000株
② 同月16日       3万株
③ 同月17日       4万株
④ 同月20日       1万5000株
⑤ 同月21日       1万6000株
⑥ 同月22日       1万株
⑦ 同月23日       1万8000株
⑧ 同月24日       2万株
    債権者は,関東財務局長に対し,平成17年6月24日,上記のとおり,同月17日時
点で,債務者株式39万9000株(発行済株式総数の約5.36パーセント)を保有したため,
その旨の大量保有報告書を提出し,同月28日,上記のとおり,同月24日時点で,債務者
株式47万8000株(発行済株式総数の約6.42パーセント)を保有するに至ったことから,
大量保有報告書の変更報告書を提出した。
    その後,債権者は,債務者株式を更に取得し,(2)のとおり,平成17年7月21日時点
では,50万9000株(発行済株式総数の約6.83パーセント)を保有するに至っていた。
(甲5の1,2,甲6)
  (5) 債務者と債権者との会談
    債務者が債権者に債務者株式を大量に取得した目的等を聴くために面会したい旨
を申し出たことにより,債権者と債務者とは,平成17年7月7日,会談を行った。
    その際,債権者は,債務者を良い会社と認識していること,債権者としては類似の業
種の会社とグループを形成することによりシナジー効果を生み出し利益を上げるという戦略
を考えていること,債務者は高い技術を有しているので将来は債権者グループの中核とな
ってもらいたいと考えて業務提携を申し入れているものであること,債務者の業務内容を把
握させてもらい,できれば債務者と一緒になって協力してやっていきたいこと及び今後も債
務者株式を買い増していきたいことを話した上,債務者として会社を発展させるためにどの
ような考え方を有しているか,債務者が債権者と一緒にやっていく意思があるか否かを尋ね
た。これに対し,債務者は,今回は債権者の話を聞いて債務者としての考え方を整理した
り,色々検討したい旨話した。そ
こで,債権者は,業務提携の協議に応じるか否か,協議に応じる場合における業務提携の
条件などについて債務者の考えをまとめて同年7月11日ころまでに提示してもらいたい旨
要望し,細かい条件など各論については協議を開始した後で話し合えばよいことや協議の
結果互いの利益に資さないのであれば考え直せばよいことなどを話した。これに対し,債務
者は,協議の上,書面ででも質問をさせてもらいたい旨述べるとともに,同月15日まで待て
ないかと要望した。これを受けて,債権者は,希望は同月11日であるが同月15日までに債
務者の意見をまとめてもらえば結構である旨回答した。
(甲35,46,64,乙2,3)
  (6) 債務者による本件大規模買付ルールの導入
    債務者は,平成17年7月8日,「大規模買付行為への対応方針に関するお知らせ」
という文書を公表し,その中で,「特定株主グループの議決権割合が20パーセント以上とす
る債務者株券等の買付行為,又は結果として特定株主グループの議決権割合が20パー
セント以上となる債務者株券等の買付行為に対する対応方針をとりまとめ,平成17年7月8
日に開催された債務者取締役会において,以下のとおり決定した。」旨の前文に続き,大規
模買付ルールの必要性として「債務者取締役会は,公開会社として債務者株式の自由な
売買を認める以上,特定の者の大規模買付行為に応じて債務者株式の売却を行うか否か
は,最終的には債務者株式を保有する株主の判断に委ねられるべきものであると考えてい
る。したがって,債務者取締役会として
は,株主の判断のために,大規模買付行為に関する情報が大規模買付者から提供された
後,これを評価・検討し,取締役会としての意見をとりまとめて開示する。また,必要に応じ
て,大規模買付者と交渉したり,株主へ代替案を提示することもある。」旨明らかにし,また,
債務者において「事前の情報提供に関する一定のルール」(以下「本件大規模買付ルー
ル」という。)を導入し,本件大規模買付ルールの内容として,「①事前に大規模買付者が債
務者取締役会に対し十分な情報を提供し,②債務者取締役会による一定の評価期間が経
過した後に大規模買付行為を開始する。」ものとした。さらに,大規模買付行為がされた場
合の対応方針のうち,大規模買付者が本件大規模買付ルールを遵守しない場合のものと
して,「大規模買付者により,大規模買
付ルールが遵守されなかった場合には,具体的な買付方法の如何にかかわらず,債務者
取締役会は,債務者及び債務者株主全体の利益を守ることを目的として,株式分割,新株
予約権の発行等,商法その他の法律及び債務者定款が認めるものを行使し,大規模買付
行為に対抗する場合がある。具体的にいかなる手段を講じるかについては,その時点で最
も適切と債務者取締役会が判断したものを選択することとする。ただし,債務者取締役会が
具体的対抗策として一定の基準日現在の株主に対し株式分割を行うことを選択した場合に
は,株式分割1回につき債務者株式1株を最大5株に分割する範囲内において分割比率を
決定するものとする。」旨明らかにした。同月9日の日刊新聞紙では,同月8日に本件大規
模買付ルールを発表したこと及び債務者取締役の
説明として「債権者から現時点で取得目的を聞いていない。債権者の取得以前から対応策
の導入は検討していた。」と報道された。
(甲7,8)
  (7) 債権者取締役会における公開買付けの決定
    債権者は,平成17年7月11日早朝,取締役会において,次のような内容の決議をし
た。
ア 次の条件で,債務者株式を公開買付けにより取得すること。
① 買付けを行う株券等の種類 普通株式
② 公開買付期間 平成17年7月20日から同年8月9日までの21日間
③ 買付価格 一株につき550円
 (注) 公開買付期間中に債務者が対象株式について株式分割を行う場合,債権者は分
割比率に応じて買付価格を調整する。
④ 買付価格の算定の基礎 債務者株式の株式会社ジャスダック証券取引所における平
成17年7月13日に先立つ3か月の株価終値の平均に約68%のプレミアムを加えた金額
⑤ 買付予定株式総数 349万1000株
  買付予定株式数   98万1000株
  超過予定株式数  251万株
(注1) 公開買付期間中に債務者が対象株式について株式分割を行う場合,債権者は分
割比率に応じて買付予定株式総数,買付予定株式数,超過予定株式数を調整する。
(注2) 応募株券の総数が買付予定株式数98万1000株に満たない場合は,応募株券の
全部の買付けを行わない。
(注3) 応募株券の数の合計が買付予定数及び超過予定数の合計株数349万1000株を
超えるときは,その超える部分の全部又は一部の買付けは行わないものとし,証券取引法2
7条の13第5項に規定する按分比例の方式により,株券の買付け等に係る受渡し,その他
の決済を行う。
⑥ 公開買付けによる所有株式数の異動
  買付前所有株式数  50万9000株(所有比率6.83%)
  買付後所有株式数 400万株(所有比率53.71%)
⑦ 公開買付けに要する資金 19億2005万円
(注)買付予定株式総数349万1000株を買い付けた場合の見積額。買付予定株式総数
は,債務者が公開買付期間中に株式分割を行った場合,分割比率に応じて調整する。 
⑧ 公開買付開始公告日 平成17年7月20日
⑨ 公開買付代理人 KOBE証券株式会社
イ 債務者が債権者による買付けに対する対抗策として公開買付期間の完了の前の一定
の日を基準日とする株式分割を行う可能性があることから,これに適切に対応するためには
買付条件としてあらかじめ希釈化防止条項を定め,かつ,かかる株式分割が行われることを
公開買付けの撤回の条件として指定することが必要であること,しかし,そのような買付条件
を付することが証券取引上認められるかについて解釈上不明確な点があることにつき,法
律顧問である三井法律事務所の弁護士から助言を受けていること,したがって,希釈化防
止条項等が金融庁等監督当局により認められず株式分割への対抗策が容認されなかった
場合には,公開買付けの条件を訂正するか,又は公開買付けを行わないこととすること。
ウ 本件公開買付けを行うことを公表すること。
(甲10の1,2)
  (8) 債権者による公開買付けの公表
    債権者は,平成17年7月11日午前8時40分,「公開買付けに関する取締役会決議
についてのお知らせ」を大阪証券取引所における適時開示制度を通じて公表し,債権者が
債務者株式を公開買付けにより取得する場合における条件等について決議したこと及びそ
の内容を明らかにした。
(甲13)
  (9) 債務者の債権者による公開買付けに対する対応の公表
    債務者は,平成17年7月11日,「当社株式の公開買付けに係る当社の対応に関す
るお知らせ」を公表し,その中で,「平成17年7月11日付け公表の『公開買付けに関する取
締役会決議についてのお知らせ』は債権者独自の判断によるもので,債務者は全く関与し
ていない。本公開買付けに関する債務者の今後の方針については,現在検討中であり,確
定次第お知らせする。」旨明らかにした。
    そして,債務者は,同日,「当社株式に対する公開買付決議への対応について」を公
表し,その中で,「債務者は,平成17年7月8日付けで,大規模買付行為を行う場合には事
前に債務者取締役会に対して十分な情報を提供すること及び一定の評価期間が経過した
後に大規模買付行為を開始すること等を定めた大規模買付ルールを導入し,かかるルー
ルを『大規模買付行為への対応方針に関するお知らせ』で公表した。本件公開買付けは大
規模買付行為に該当するが,債権者は,債務者取締役会に対し十分な情報を提供するこ
となく本件公開買付けに関する公表を行いました。」旨及び「債権者からは,債務者取締役
会に対し具体的な提携の申入れはされていない。本件公開買付けの実施は,債務者取締
役会に十分な情報が提供されておらず,また,
十分な評価期間も置いていない点で,大規模買付ルールに反するものである。債務者とし
ては,債務者株主全体の利益に鑑み,債権者に対し,大規模買付ルールにのっとり,十分
な情報の提供を求め,また,かかる情報の提供から一定の評価期間が経過するまで公開買
付けの開始を延期するよう強く求める。債権者が大規模買付ルールを遵守せずに大規模
公開買付行為を開始する場合には,債務者は『大規模買付行為への対応方針に関するお
知らせ』で公表した対応方針に従って,対抗措置を講じる場合がある。」旨明らかにした。
(甲14,15)
  (10) 債権者の反論の公表
    これに対し,債権者は,平成17年7月12日,「日本技研開発株式会社のプレスリリー
スに関するお知らせ」を公表し,その中で,「実際は,債権者の代表取締役会長及び代表
取締役社長が平成17年7月7日に債務者の代表取締役会長及び代表取締役社長との間
で面談を行い,具体的な提携協議に関する申入れを行っている。」旨及び「債権者は,今
後とも引き続き,債務者に対し既に行っている具体的な提携協議の提案に対する回答を求
めるとともに,債務者及び債権者グループの企業価値の拡大を目指すためのパートナーシ
ップについて申入れを継続していく予定である。」旨明らかにした。
(甲16)
  (11) 債務者の債権者への要請
    債務者は,債権者に対し,平成17年7月12日,債権者が同月11日付けで公表した
「公開買付けに関する取締役会決議についてのお知らせ」についての通知書を送付し,そ
の中で,次のような内容の要請をした。
   ア 債務者代表取締役宛てに大規模買付ルールに従う旨の意向表明書を提出するこ
と。
   イ 以下の情報の提供を提供すること。
① 債権者及び夢真グループの概要
② 公開買付けの目的及び内容
③ 債務者株式の取得対価の算定根拠及び取得資金の裏付け
④ 債務者の経営に参画した後,向こう5年間に想定している経営方針,事業計画,財務
計画,資本政策,配当政策,資産活用策等を含めた,大規模買付ルールに従い株主の判
断のために必要かつ十分な大規模買付行為に関する情報
   ウ イの情報の提供から一定の評価期間が経過するまで公開買付けの開始を延期す
ること。
   エ 同月15日午後5時までに公開買付けの開始を延期することを債務者に通知すると
ともに,公表すること。
(甲17)
  (12) 債権者の方針の公表
    債権者は,平成17年7月14日,「買収防衛策への当社方針に関するお知らせ」を公
表し,その中で,「『債権者は,下記の方針に従い,債務者株式に対する公開買付けを実施
することを予定して』おり,その『方針』として,いわゆる『平時』に導入された買収防衛策であ
って,かつ,その内容が合理的なものである場合は,債権者は,これを尊重すること,買収
防衛策の合理性については,株式分割や新株予約権等,商法上の制度を,法が予定する
本来の目的とは異なる買収防衛目的のために『転用』する場合には,買収防衛策が,『転
用』を正当化するだけの理由を備えていることが必要であり,例えば,『買付者に対し,対象
会社の個社事情に鑑み不当に過大な情報の提供を強要する防衛策』,『防衛策の発動に
ついて,現経営陣の恣意的な
判断を排除する仕組みのない防衛策』,『買収者に対し,不当に長期にわたる検討プロセス
を強要する防衛策』,『一定の検討プロセスの終了後,買付者が公開買付けを実施すること
を阻害するような防衛策』及び『その他証券取引法の目的に反しており,健全な市場を破壊
するような防衛策』は,企業価値及び株主共同の利益の確保又は向上に資するものとはい
えず,認められない。」旨の見解を明らかにした。
(甲18)
  (13) 債権者による関東財務局への上申書の提出
    債権者は,関東財務局に対し,平成17年7月15日,上申書を提出し,その上申の趣
旨として「1 公開買付けを行う者が,公開買付期間中に株券の発行者が商法218条に定
める株式分割に関する取締役会決議を行い,かつ,かかる決議において公開買付期間中
の一定の日を同法219条1項に定める『会社ノ定ムル一定ノ日』として定めた場合に備え
て,公開買付届出書に記載する買付け等の価格に関して,予め希釈化防止規定を設けて
おき,実際に株式分割がなされた場合は希釈化防止規定に従って株式分割の分割比率に
応じて,買付予定の株券等の数を増加させるとともに,買付価格の修正を行うことは,認め
られると考える。2 買付者が,公開買付開始及び公開買付届出書において,予め,公開買
付けを撤回する条件として対象者が公開
買付期間中に株式分割の基準日を設定することを指定し,実際に公開買付期間中に株式
分割の基準日が設定された場合に公開買付けを撤回することは,認められると考える。」と
述べた。債権者は,同月15日,関東財務局宛ての同上申書を債権者のホームページ及び
大阪証券取引所適時開示制度を通じて公表した。
(甲19の1)
 (14) 債権者による債務者要請の拒絶
    債権者は,平成17年7月15日,債務者の(11)の通知書に係る要望に応じないことを
決定し,債務者の要請に応じない旨を公表した。その中で,債務者の要求に応じない理由
として,「債務者による情報提供の要請は不合理である」,「防衛策の発動が,現経営陣の
恣意的な判断に委ねられている」,「公開買付けの開始を延期する理由が存在しない」など
を明らかにした。
    さらに,債権者は,同日,債務者株式を取得する目的などを説明する「企業価値向
上へ向けた提携の検討資料」と題する資料を債権者のホームページに掲載した。
(甲19の2,20,38,39)
 (15) 債務者の対応方針の公表等
    債務者は,平成17年7月15日,「大規模買付ルールに基づく今後の対応方針につ
いて」を公表し,その中で「債権者が大規模買付ルールに従わず本件公開買付けを進める
ことを選択する場合には,債務者取締役会は,本件公開買付けについて十分な情報を得
た上で検討の結果を株主に伝えることができず,本件公開買付けの条件の見直し等につい
て債権者と交渉することも困難となる。その結果,株主は,代替案の提案を受ける機会もな
く,限られた情報に基づき短期間に本件公開買付けに応ずるか否かの決定を強いられるこ
ととなり,この事態は,株主全体の利益に反するものと考えられる。仮に債権者が大規模買
付ルールに従わず本件公開買付けを開始される場合には,債務者は対抗措置を講ずる。」
旨を明らかにした上,具体的な対抗措置と
してこの時点で想定しているものの一つとして,「株式分割を実施する場合には,本件公開
買付けの完了前の日を基準日とする1対5の株式分割を行い,基準日と分割の効力発生日
との間には現行の実務に従い50日以上空ける予定である。」旨を明らかにした。
    また,債務者は,債権者に対し,同日,警告書を発送し,その中で,同月12日付け
の(11)の通知書で要請した同月15日午後5時までを期限とする通知を受けていないこと,
大規模買付ルールに従わず開始された本件公開買付けに対しては,対抗措置を講じざる
を得ないこと及び大規模買付ルールの運用に関し要望があれば協議することを明らかにし
た。
(甲24,乙8)
  (16) 債権者による債務者等への警告書の発送
    これらに対し,債権者は,債務者及び債務者代表取締役に対し,平成17年7月16
日,警告書を発送し,その中で,「公開買付けにおける買付け等の価格について予め希釈
化防止条項を設ける。この希釈化防止条項の有効性は明らかであるので,債務者及び債
務者代表取締役らの対抗措置は奏功しないが,万が一,債務者及び債務者代表取締役ら
の対抗措置が奏功した場合には,債務者及び債務者代表取締役らは悪意により債権者の
財産権を侵害したことは明らかであるから,債務者は民法44条に基づいて,債務者代表取
締役らは民法709条及び商法266条ノ3に基づいてそれぞれ責任を負うこととなる。」旨警
告した。
    債権者は,同日,「日本技術開発が主張する対抗措置としての株式分割に関する当
社の方針について」と題するプレスリリースを公表し,その中で,債務者等に警告書を発送
したことなどを明らかにした。
(甲25,26)
 (17) 本件取締役会決議
    債務者は,取締役会において,平成17年7月18日,大規模買付ルールに従ったも
のとして,次のとおりの内容の株式分割(以下「本件株式分割」という。)及びこれに伴う債務
者が発行する株式の総数を増加させる定款変更の決議(以下「本件取締役会決議」とい
う。)を行った。
    ① 分割の方法 同年8月8日最終の株主名簿及び実質株主名簿に記載された株
主の所有普通株式1株につき5株の割合をもって分割する。
    ② 株式分割により増加する発行済株式総数
      株式分割前の債務者発行済株式総数     744万7440株
      株式分割により増加する株式数      2978万9760株
      株式分割後の債務者発行済株式総数    3723万7200株
    ③ 増加する債務者が発行する株式の総数
      株式分割前の債務者が発行する株式の総数 1200万株
      増加する債務者が発行する株式の総数   4800万株
      株式分割後の債務者が発行する株式の総数 6000万株
    ④ 配当起算日 同年7月1日
    ⑤ 効力発生日 同年10月3日
    債務者は,さらに,同年7月18日,「株式分割に関するお知らせ」を公表し,その中
で,①本件取締役会決議をしたこと,②株式分割の目的は,「債権者が法的に可能かどうか
議論がある価格調整条項や株式分割を撤回自由とする撤回条項付きで公開買付けを行っ
た場合に惹起される市場の混乱をできる限り回避する試みとして,債権者が公開買付けを
開始する前に本件取締役会決議を行うことが最も適切と判断した。」点にあること,③債権
者が「平成17年8月1日午前零時までに,公開買付けを含む債務者株式の大規模買付行
為を同年9月末に予定されている債務者定時株主総会満了まで開始しない旨を決定し,そ
の旨をプレスリリースした場合には,債務者は本件取締役会決議を撤回し,その旨を株主
に速やかに公表すること,④債権者によ
るかかる決定・プレスリリースが同年8月1日午前零時までにされない場合又はされない可
能性が高いとなったと債務者が判断した場合には,本件取締役会決議に加え,又は本件
取締役会決議を撤回した上で,別途対抗措置(例えば,同年7月15日付け「大規模買付ル
ールに基づく今後の対応方針について」で公表した新株予約権の株主割当による発行等)
の発動があり得ることなどを明らかにした。
    債務者は,同年7月21日,「株式の分割に関する取締役会決議公告」として本件取
締役会決議をしたことを公告した。
(甲27,41)
  (18) 債権者による公開買付けの公表
    債権者は,平成17年7月19日,取締役会において,次のとおりの条件等での公開
買付けを行うことを決議し,これを公表した。
    ① 買付け等の価格 1株につき110円
    ② 買付予定株式数 349万1000株
    ③ 取得する株式数の下限 なし
      なお,買付予定株式総数は,同月11日に開示した数から変更はしないが,債務
者が本件取締役会決議を撤回しないことが明らかになった時点で,買付予定株式総数を5
を乗じた数に変更することを予定している。
(甲32)
  (19) 債務者による債権者公開買付けへの反対に関する公表
    債務者は,平成17年7月20日,「公開買付けの反対に関するお知らせ」を公表し,
その中で,同日の債務者取締役会において,債権者に債務者株式の公開買付けについて
反対の意を表明することを決議したことを明らかにした。
(甲33)
  (20) 債権者による公開買付けの開始
    債権者は,平成17年7月20日,次のような内容の公開買付開始公告を日刊新聞紙
上においてするとともに,関東財務局に対し,公開買付届出書を提出し,債務者株式の公
開買付けを開始した(以下「本件公開買付け」という。)。
① 対象者の名称 債務者
② 買付け等を行う株券等の種類 普通株式
③ 買付け等の期間 平成17年7月20日から平成17年8月12日まで
④ 買付け等の価格 1株につき110円
⑤ 買付け予定の株券の数 349万1000株
 (注)債権者は,応募株券の総数が買付予定数に満たないときでも,応募株券の全部の
買付けを行う。
⑥ 公開買付けの撤回等の条件等及びその内容
  証券取引法施行令14条に係る事項 債権者は,同令14条1項1号イからリまで及び2号
イからリまで並びに同条2項3号から6号までに定める事由のいずれかが生じた場合は,公
開買付けの撤回を行うことがある。また,同条1項ヲに係る事項として,公開買付期間中に
債務者が新たに債務者株式について商法218条に定める株式分割に関する取締役会決
議を行い,かつ,かかる決議において公開買付期間の末日までの一定の日が同法219条
1項に定める「会社ノ定ムル一定ノ日」として定められた場合には,公開買付けの撤回を行う
ことがある。
(甲36,40)
 3 当事者の主張
  (1) 債権者の主張
    債権者の主張は,別紙「債権者の主張」のとおりである。
  (2) 債務者の主張
    債務者の主張は,別紙「債務者の主張」のとおりである。
 4 争点
  (1) 株式分割について商法280条ノ10の適用又は類推適用があるか。
    株式分割について商法280条ノ10の適用又は類推適用があるとした場合,本件株
式分割に法令違反があり,又は本件株式分割が著しく不公正な方法によるものであるか。
  (2) 本件取締役会決議は,無効であるか。
    本件取締役会決議が無効であるとした場合,本件株式分割を仮に差し止めることが
できるか。
  (3) 本件株式分割が債権者の営業権を侵害するものであるか。
    営業権を侵害すると認められる場合,本件株式分割を仮に差し止めることができる
か。
  (4) 本件申立てに保全の必要性があるか。
第3 当裁判所の判断
 1 本件株式分割の目的等について
  (1) 本件株式分割の目的について
    前記認定事実によれば,①債権者は平成17年6月15日から短期間の間に債務者
株式を多数取得し,発行済株式総数の約6.83パーセントを保有する筆頭株主となったこ
と,②債務者は,債権者との間で,同年7月7日に債権者が債務者株式を大量に取得した
経緯を聴くために会談を行い,債権者が業務提携の協議を申し入れ,協議に応じるか否か
同年7月11日までに回答を求めたのに対し,債務者は同月15日まで返答の猶予を求めた
こと,③債務者は,翌8日に独自に定めた本件大規模買付ルールを公表し,大量買付けを
行おうとする者に,債務者取締役会に対し事前に十分な情報を提供するとともに,債務者
取締役会による一定の評価期間が経過した後に大規模買付行為を開始すべきことを求め
たこと,④これに対し,債権者取締役会は,
同月11日に債務者株式を公開買付けにより取得することを決議したこと,⑤債務者は債権
者に対し本件大規模買付ルールに従い,事業計画を提出するとともに,公開買付けを債務
者の定時株主総会が開催されるまで実施しないよう求めたけれども,債権者がこれを拒否し
たこと,⑥そのため,債務者は,同月18日,取締役会において本件株式分割を行う本件取
締役会決議を行ったこと,⑦債務者の定時株主総会が同年9月末までに開催されることとな
っているところ,本件株式分割の効力は同年10月3日に生ずることの各事実が認められ,こ
うした経過からすれば,本件株式分割の目的は,債権者が本件公開買付けをする前に本
件取締役会決議をすることにより,債務者の定時株主総会が開催されるまで債権者が公開
買付けを行うことを阻止することにあ
るということができる。
    なお,債務者代表者の陳述(乙3)によれば,本件株式分割の効力の発生を定時株
主総会以降と設定することにより,定時株主総会までの間に債権者と異なる業務提携先の
選定をも考慮したものであることを窺うことができ,結果として現経営陣の経営支配権の維
持につながる場合もあるものの,本件株式分割が取締役の保身を図ったものとまでいうこと
はできない。
  (2) 本件株式分割が本件公開買付けに及ぼす効果について
    前記認定事実のとおり,本件株式分割は,本件公開買付けの買付期間が平成17年
7月20日から同年8月12日までであるところ,同期間内の同月8日(以下「基準日」という。)
に最終の株主名簿及び実質株主名簿に記載された株主の所有の普通株式1株につき5株
の割合をもって分割するものであり,その効力発生日は,同年10月3日となっている。
    そこで,本件株式分割が本件公開買付けに及ぼす効果を検討すると,本件公開買
付けは,本件株式分割による権利落ちを前提として,買付けの価格を当初予定していた55
0円から110円と変更して行われているから,証券取引法が公開買付けにおける「買付け等
の価格の引き下げ」は行うことができず(同法27条の6第3項),また,公開買付者において
は公開買付けに係る申込みの撤回及び契約の解除も原則として行うことができず,その例
外も限定なものとして規定している(同法27条の11第1項,証券取引法施行令14条参照)
にもかかわらず,株式分割後の希釈された株式を株式分割前の価格で買い付けることを余
儀なくされるような債権者に著しい財産上の損害が生ずるおそれはない。また,本件株式分
割は,本件公開買付け期間
中に基準日が設けられているところ,公開買付けの買付期間後に効力が生ずる株式分割
によって付与される株式についても公開買付けの対象となり得ると解することができ,債権
者は,本件株式分割による権利落ちを反映した価格により,買付期間内に株主が現に保有
する株式のほか,本件株式分割の効力発生日に基準日の株主が受けることとなる債務者
株式も取得する意向であることから,応募する株主がいる限り,本件株式分割にかかわら
ず,債権者は,予定の資金の範囲内で債務者株式の過半数を買い付けるという本件公開
買付けの目的を達することが法的には可能である。もっとも,通常,公開買付けにおいて
は,買付期間終了後5営業日前後で株式の売却の決済が行われるところ,本件株式分割
が行われると,その効力が生ずるのが基準日の56日後
となり,本件株式分割の効力発生日に基準日の株主が受けることになる債務者株式の売買
に係る決済は実際上その後とならざるを得ないことから,本件公開買付けの結果として買付
予定株式総数を超える応募を得たとしても,債権者が債務者の過半数の株式を有する株
主となる時期を10月3日以降まで引き延ばす効果を有するということができる。
    これに対し,債権者は,本件株式分割の結果,本件公開買付けでは通常の公開買
付けより決済まで相当の長期間を要することになってしまうため,既存株主が本件公開買付
けに応募することを嫌忌する効果を及ぼすおそれがあること,本件株式分割により本件公
開買付けの取次ぎが困難となるとする証券会社の指摘(乙15)もあり,本件株式分割により
本件公開買付けの実施上困難が生ずるおそれがあること,本件株式分割の効力発生日ま
での間,流通市場において需給の不均衡が生じて株価が不安定化する結果,債務者の既
存株主にとって,本件公開買付けに応募するか否かの判断に困難が生ずることなどから,
事実上本件公開買付けの実施が困難となることを指摘するところ,そうしたおそれがあること
は考えられないものではないが,本件にお
いては,本件株式分割の結果,本件公開買付けが目的を達し得ないこととなる事実を認め
るに足りる疎明はない。
    以上によれば,本件株式分割は,本件公開買付けが成功した場合にその効果の発
生を同年10月3日以降まで引き延ばす効果を有するものの,法的には本件公開買付けの
目的の達成を妨げるものではない。また,本件株式分割は,通常の株式分割と異なるもの
ではないから,既存株主の権利の実質的変動をもたらすものではないというほかない。
 2 株式分割についての商法280条ノ10の適用又は類推適用の有無について
   まず,商法280条ノ10は,同法第2編第4章の「株式会社」の章中の第3節ノ2の「新株
ノ発行」の節中に置かれており,同条の「株式ヲ発行」することとは,同法280条ノ2の「株式
ヲ発行スル」と同義であると解されるから,同法218条1項の「株式ノ分割」は,同法280条ノ
10所定の「株式ヲ発行」することとは異なるので,株式分割について同法280条ノ10の規
定を直接適用することはできないのは明らかである。
   次に,株式分割についての同法280条ノ10の類推適用の可否につき,検討する。
   商法は,会社が法令若しくは定款に違反して又は著しく不公正な方法により株式を発
行し,これによって株主が不利益を受けるおそれがある場合には,その株主に会社に対す
る当該新株発行の差止請求権を認めている(同法280条ノ10)。その趣旨は,新株発行に
ついては,新株発行により,新株引受権が無視されたり,第三者への新株発行により議決
権割合が低下したり,又は,第三者に有利な価額で新株を発行することにより株価の減少
に伴う損害を受けたりするなど株主が不利益を受けるおそれがあるため,法令・定款違反又
は不公正な方法による発行により不利益を受けた株主を事前に救済するというところにあ
る。一方,株式分割は,株式を単に細分化して従来よりも多数の株式とするにすぎず,二以
上の種類の株式を発行している場合を
除けば,株主にとっては,持株数が増えても,分割に係る株式を合計すれば,議決権割合
や株式の総体的価値に変更はないから,通常は,株主の議決権割合が低下するとか,株
主が株価の減少に伴う損害を受けるとかいう不利益を受けるおそれを想定することができな
い。そのため,株式分割については,新株発行と同様の差止請求権が規定されなかったも
のである。
   これに対し,債権者は,「本件株式分割によって債権者は本件公開買付けにより債務
者株式を大量に取得することができない損害を被る。」旨を主張する。しかしながら,本件株
式分割が法的に本件公開買付けの目的の達成を妨げるものということはできないことは1(2)
のとおりであり,仮に本件公開買付けを実施する上で事実上の支障が生ずるとしても,これ
により債権者が被る不利益は,公開買付けの実施によって新たに株主となろうとする期待が
阻害されるというにすぎず,既存株主としての地位に実質的変動が生ずるものとはいえな
い。しかも,仮に債権者が本件株式分割により何らかの損害を被るとしても,それは,本件
取締役会決議を行った取締役に善管注意義務等の違反が認められる場合に,これを理由
とする損害賠償請求権(同法266
条ノ3)によっててん補すべき性質のものであると解される。
   したがって,本件株式分割については,株主の地位に実質的変動を及ぼすものとは
認められず,同法280条ノ10の規定を類推適用することはできない。
 3 本件取締役会決議の効力について
  (1) 本件株式分割の当否について 
   ア 公開買付けに対する対抗策が許容される基準について
     企業の経営支配権の争いがある場合に,現経営陣と敵対的買収者(以下「会社の
現経営者が反対している買収者」の意味で用いる。)のいずれに経営を委ねるべきかの判
断は,株主によってされるべきであるところ,取締役会は,株主が適切にこの判断を行うこと
ができるよう,必要な情報を提供し,かつ,相当な考慮期間を確保するためにその権限を行
使することが許されるといえる。したがって,経営支配権を争う敵対的買収者が現れた場合
において,取締役会において,当該敵対的買収者に対し事業計画の提案と検討期間の設
定を求め,当該買収者と協議してその事業計画の検討を行い,取締役会としての意見を表
明するとともに,株主に対し代替案を提示することは,提出を求める資料の内容と検討期間
が合理的なものである限り,取締役会
にとってその権限を濫用するものとはいえない。
     なるほど,証券取引法で定める公開買付けの制度は,公開買付けを行う者に対し,
買付けの目的等法定の事項の公告(同法27条の3第1項)と,関東財務局長に対する公開
買付届出書の提出を義務付ける(同法27条の3第2項,194条の6第1項,2項,5項,証券
取引法施行令40条1項)ほか,20日以上60日以内の買付期間を定め(同法27条の2第2
項,証券取引法施行令8条1項),買付期間内は,対象者の意見表明の結果等を踏まえ,
応募した株主に自由な撤回を認める(同法27条の12第1項)などにより,投資者である既存
株主に対して所要の情報提供と考慮期間を保障し,平等な売却機会の確保を図るという観
点から合理的なルールを定めるものといえる。しかしながら,公開買付けの制度は投資者の
保護の観点から必
要な規制を行うものであるから,取締役会が,株主に対して必要な情報提供と相当な考慮
期間の確保を図り,株主の適切な判断を可能とすることを目的として,公開買付けの定める
情報に追加した情報提供を求めることや,検討期間の設定を求めることが直ちに証券取引
法の趣旨に反するとまでいうことはできない(なお,公開買付け制度については,自由民主
党総合経済調査会企業統治に関する委員会の提言に基づき,現在,金融審議会において
見直しの検討が進められているところであるが,投資者である株主利益の保護を基本としつ
つ,買付者の利益にも配慮する観点から公正で合理的なルールの見直しがされた場合に
おいては,取締役会が証券取引法の公開買付けの定めに加えて情報提供や検討期間の
設定を求めることの是非について改めて検討する必
要があろう。)。
     そうであれば,取締役会としては,株主に対して適切な情報提供を行い,その適切
な判断を可能とするという目的で,敵対的買収者に対して事業計画の提案と相当な検討期
間の設定を任意で要求することができるのみならず,合理的な要求に応じない買収者に対
しては,証券取引法の趣旨や商法の定める機関権限の分配の法意に反しない限りにおい
て,必要な情報提供と相当な検討期間を得られないことを理由に株主全体の利益保護の
観点から相当な手段をとることが許容される場合も存するというべきである。この観点からみ
ると,敵対的買収者が真摯に合理的な経営を目指すものではなく,敵対的買収者による支
配権取得が会社に回復し難い損害をもたらす事情が認められないにもかかわらず,取締役
会が公開買付けに対する対抗手段として,公
開買付けを事実上不可能ならしめる手段を用いることは証券取引法の趣旨に反し,また,
直ちに新株発行や新株予約権の発行を行うことは,商法の定める機関権限の分配の法意
に反し,相当性を欠くおそれが高いということができるものの,他方,取締役会としてとり得る
対抗手段が当該買収者の買収が適切でない旨の意見を表明する方法などにとどまるべき
ものであるということも適当ではない。したがって,取締役会が採った対抗手段の相当性に
ついては,取締役会が当該対抗手段を採った意図,当該対抗手段をとるに至った経緯,当
該対抗手段が既存株主に与える不利益の有無及び程度,当該対抗手段が当該買収に及
ぼす阻害効果等を総合的に考慮して判断するべきである。
   イ 本件株式分割の相当性について
    (ア) 取締役会が本件株式分割を決議した意図について
      本件株式分割は,債権者が本件公開買付けをする前に,債務者の定時株主総
会が開催されるまで債権者が公開買付けを行うことを阻止することを目的として実行される
ものであるが,それが取締役の保身を図ったものとは認めることができず,株主に対して必
要な情報提供と相当な考慮期間の確保を図る意図に基づくものであったというべきである。
    (イ) 本件株式分割に至る経緯について
      債務者は,従来から,マスコミにおいて「TOB」で値上がり期待できる上場企業第
一位にランクアップされるなど買収を受けやすい企業として指摘を受けていた(乙4)のであ
るから,債務者の経営陣としては,収益性の改善を図る事業計画を策定するとともに,必要
であれば業務提携等の検討を進めることが求められていたということができること,債権者
は,平成17年7月7日に債務者に対して業務提携の協議を申し入れ,同月11日までに協
議の開始に応じるか否かの返事を求めたこと,これに対し,債務者は,同月15日までの返
答の猶予を要望していたにもかかわらず,その翌日の同月8日に突如として本件大規模買
付ルールを導入し,その後,債権者に対し,本件大規模買付ルールに従い,同年9月末ま
でに開催される定時株主総
会まで公開買付けを行うことを延期するよう求め,報道機関に債権者から買収の申入れを
受けたことを公表したこと,そこで債権者は取締役会において本件公開買付けの決議を行
ったことは第2の2(5)から(7)までのとおりである。これを,株主に対する情報提供の観点から
みると,債務者としては,債権者からの業務提携の協議の申入れに真摯に応じることによっ
て,より十分な情報を入手することもでき,場合によっては会社ひいては株主全体利益の向
上に資する業務提携の協議が進展した可能性があったことは否定できず,債権者からの協
議の申入れに対する債務者の対応については疑問の余地がないとはいえない。また,債
務者が,債権者に対し,定時株主総会の開催まで約2か月半の間公開買付けの延期を求
めたことについても,債権者の公開買付けの
方法(現金での買付け)及び債務者の規模や業態からみて合理的なものといえるかにつき
疑義がないとまではいえない。
    (ウ) 本件株式分割が既存株主に与える不利益の有無及び程度について
      本件株式分割は,既存株主の議決権割合に影響を生じさせるものではない上,
1(2)で判示したとおり,株主の権利の実質的変動をもたらすものではなく,公開買付けに応
じようとする株主にとっても,その決済時期が遅延することは否定できないもの,公開買付け
への応募そのものが妨げられるものではないから,公開買付けに応じて買付価格での売却
する機会を喪失させるものではない。
      その一方で,債務者の全取締役の任期は9月末までに開催する必要がある定時
株主総会終結時で終了することから,株主としては,現経営陣と敵対的買収者のいずれに
経営を委ねるべきかの判断を行う機会が設けられており,債務者及び債権者の双方の事業
計画に関する情報提供を受けることにより,その判断を適切に行うことが可能となるというこ
とができる。
    (エ) 本件株式分割が本件公開買付けに及ぼす効果について
      本件株式分割は,1(2)で判示したとおり,本件公開買付けの効力が生じさせること
を10月3日以降まで引き延ばす効果を有するにすぎない。また,債権者としては,本件株
式分割が効力を生じることを前提として買付け価格を設定しているから,本件株式分割によ
り著しい経済的損失を被ることはない。さらに,本件株式分割が効力を生じた場合において
も,基準日の株主が株式分割によって効力発生日に受けることとなる株式をも公開買付け
により取得することができると解されるから,本件公開買付けの目的を達することは法的には
妨げられない。これらの事情によれば,本件株式分割は,本件公開買付けに事実上一定の
支障を生じさせることとなることは否定できないが,これを不可能とするものではなく,そうで
あれば,本件株式分割が
,証券取引法の定める公開買付け制度を否定するものということはできず,また,商法が定
めた機関権限の分配の法意に反するとまでいうことはできない。
  (オ) 小括
      以上の事情を総合すれば,本件株式分割を行った本件取締役会決議は,その経
緯において批判の余地がないではないものの,取締役会が本件株式分割を決議した意図
(取締役会の保身を図るものとは認められず,経営権の帰属に関する株主の適切な判断を
可能とするものであること),既存株主に与える不利益の有無及び程度(株主の権利の実質
的変動をもたらすものではないこと)並びに本件公開買付けに対して及ぼす効果(本件株
式分割が本件公開買付けの効力の発生を定時株主総会以降まで引き延ばすものにすぎ
ず,その目的の達成を法的に妨げる効果を有するものとは認められないこと)の観点からみ
て,本件株式分割が,証券取引法の趣旨や権限分配の法意に反するものとして,直ちに相
当性を欠き,取締役会がその権限を濫用したもの
とまでいうことはできない。
      なお,債権者は,本件株式分割により,事実上本件公開買付けの実施が困難と
なると指摘するところ,これを認めるに足りる疎明がないことは1(2)に判示のとおりであるが,
仮に,本件株式分割の結果,本件公開買付けに事実上著しい支障を来したと認められる場
合には,対抗手段としての相当性を欠くと解する余地もないではない。
  (2) 商法218条1項・機関権限分配秩序違反の有無について
    商法218条1項は,会社は,取締役の決議により株式の分割をすることができる旨規
定しているところ,株式分割を決議する権限は,定款で特に株主総会で決議をする事項と
定めない限り(同法230条ノ10),取締役会にある。債務者においては,株式分割について
定款で特に株主総会で決議をする事項とは定めていない(甲2)から,本件取締役会決議
が取締役会において法律上決議することができない事項を決議したものとは認められな
い。したがって,本件取締役会決議は,商法218条1項に違反するとはいえないことは明ら
かである。
    また,株式会社における機関権限の分配秩序維持を根拠とする取締役会の権限の
制約は,商法の株式会社に関する規定全体の趣旨から導き出されるものであって,具体的
な法令の規定によるものではないから,これに違反していることを理由に取締役会の決議が
無効となると解することはできない。また,本件取締役会決議は,(1)のとおり,商法が定めた
権限分配の法意に反するともいえない。
 (3) 証券取引法157条違反の有無について
  証券取引法157条1号は,何人も,有価証券の売買その他の取引等について,不正の
手段,計画又は技巧をすることを禁止している。ここでいう「不正の手段」は,売買その他の
取引等を行う際に用いるものを想定しているといえるから,売買その他の取引等に直接の
関係がない公開買付けを阻止しようとする対象会社が行うものまで含まれるとは解されな
い。したがって,本件取締役会決議が証券取引法157条1号に違反しているとみることはで
きない。
(4) 民法90条違反の有無について
  証券取引法で定める公開買付けの制度は,3(1)アのとおり,投資者保護と証券市場の
秩序維持の観点から定められたものである。そのため,公開買付制度に関する証券取引法
の規定は,あくまで株式等の大量買付けを行うことに関する取締法規にすぎず,未だ公開
買付制度そのものが民法90条にいう「公の秩序」を構成しているとはいえない。しかも,(1)
のとおり,本件株式分割は,本件公開買付けを不可能とするものということはできないから,
本件取締役会決議が民法90条に違反しているとはいうことはできない。
(5) まとめ
  本件取締役会決議には,債権者主張の法令違反は認められず,本件取締役会決議は
無効とはいえない。
 4 営業権侵害の有無について
   債権者は,「証券取引法が定める公開買付制度を利用して株式を取得し営業を行う権
利を有している。」と主張するけれども,かかる営業権が有しているとの実体法上の権利が
あるとはいえない上,仮にこのような営業権が認められるとしても,これを侵害した場合に,こ
の営業権に基づき本件株式分割の差止めを請求する権利があるとの実体法上の根拠も見
い出せないから,債権者のこの主張は採用することができない。
 5 結論
   以上から,債権者の本件申立ては,被保全権利の存在についての疎明がないので,
保全の必要性について判断するまでもなく,理由がないから,申立費用につき民事保全法
7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり決定する。
   平成17年7月29日
    東京地方裁判所民事第8部
 
          裁判長裁判官   鹿 子 木       康
 
             裁判官   河   合   芳   光
 
             裁判官   大   寄       久
(別紙)
   債権者の主張
 
第1 本件株式分割により債権者が被る損害は大きい一方で,仮処分命令申立が認容され
ることにより債務者が被る損害は皆無である
 1 本件株式分割により,債権者は著しい損害を被る。
 債務者現経営陣は,当初,公開買付け期間中に株式分割を行うことにより,「5分割後の1
10円を分割前の買付価格550円で買わせる」という詐欺的な手段で,債権者に莫大な積
極損害を被らせようとした。しかし,株式分割がされた場合の撤回が認められたことにより,こ
のような漫画的ともいうべき積極損害を債権者が被る危険性はなくなった。
 しかし,これは,単に債権者が公開買付けを利用したことにより積極損害を被らないという
だけの話であって,なお,本件株式分割は,債権者に証券取引法が規定した公開買付け
を利用させない(制度の利用の阻害)という多大な逸失利益の損害を被らせる行為といえ
る。
(1)過大な決済リスク負担を強いられることにより,公開買付制度の利用を阻害されるという
不利益
  すなわち,債権者は,株式分割の効力発生日に発行する株式をも含めて公開買付けの
対象とする。したがって,債権者は,理論上は,本件株式分割の影響を受けることなく,公
開買付けを行うことが可能であるとも思える。
  しかし,かかる債権者の手法が司法判断を経た確定的解釈に基づくものでないことを暫
く措くとしても,安全かつ効率的な証券決済システムの実現が日本の証券市場における喫
緊の重要課題と認識されていることは論を待たないのであって,今日,取引日から3日後の
決済が一般的であったものを,各種制度の見直しにより,取引日当日又はその翌日の決済
にまで決済期間を短縮していこうという提言がされ,コンセンサスが形成されていることは,
公知の事実である。債権者も,当然に,かかる迅速な証券決済を前提とした証券取引法が
定める公開買付制度を利用する利益を有するものであるところ,本件株式分割により新たに
発行される株券自体は,分割の効力発生日(10月3日)に基準日(8月8日)の株主である応
募株主の下へ発行されるため,株
式と現金を同時に決済するためには,取引日から52日以上という異常ともいうべき長い決
済期間を強いられることになり,債権者は深刻な決済リスクを負担することになる。したがっ
て,債権者は,本件株式分割により,公開買付制度の利用を阻害されるという不利益を被
る。
(2)株価の不安定化により,公開買付制度の利用を阻害されるという不利益
  公開買付けが価格変動要因になるのは確かであるが,これは,市場メカニズム(公開買
付けが支配権市場という意味で)が働いた結果,適正な価格形成がなされたものということ
ができる。
  しかるに,株式分割も株価の変動要因となるが,これは,新株と旧株とが別の銘柄として
市場に存在してしまうため,旧株式の需給状況の変化から,旧株式の価格が新株式の価格
を大きく上回ってしまうケースが見受けられ,ここに短期売買を重ねて投機的利益(鞘取り)
を得ようとする投機資金が流入するためである。特に,債務者株式はボラティリティが高いた
め,債務者が,公開買付け期間中を基準日とする株式分割決議を行った(しかも,撤回に
ついて不明瞭な留保をつけた上で)ことにより,株価は異例ともいえる不安定な値動きをし
ている。
  このように,本来,公開買付けは,買収者が設定した買付価格が,企業価値に即した適
正なものであるか否かのみで,その成否が決定されるべきであるのに,債務者現経営陣が
株式分割という,経済実態(企業価値)とは無関係な価格変動要因を意図的に紛れ込ませ
ることにより,価格形成を歪め,公開買付けの成立を困難にしようと企てている。これにより,
債権者は,公開買付制度の利用を阻害されるという不利益を被る。
(3)小括
 以上のとおりであるから,債権者は,本件株式分割により,「証券取引法が用意した公開
買付制度の利用を阻害され,公開買付けによる支配権の取得が困難になるという不利益」
(逸失利益)を被ることになる。
2 本件仮処分命令申立が認容されても,債務者が被る損害は,皆無である
(1)仮処分が認められても債務者は損害を被らない。
 他方で,差止めが認められる場合は,仮処分債務者に損害が発生するのが通例である
が,本件では,仮処分が認められても,債権者は公開買付け価格を550円に引き上げるこ
とが予定されているし,債権者が濫用的企業買収者であることを伺わせる事実は,何ら認め
られないので,債務者ひいてはその株主に損害は発生しない。
(2)本件で直接問題となるのは,大規模買付ルールでなく,本件株式分割である。
  なお,債務者は,本件大規模買付ルールの合理性について縷々主張をし,肝心の本件
株式分割の目的の正当性についてほとんど論じておらず,わずかに,不公正発行の準用と
の関係で,大規模買付ルールの違反が例外的正当化事由(債権者が濫用的企業買収者
である)を推認させると抽象論を述べるだけである。
  しかし,本件で直接問題になっているのは,本件株式分割の適法性・公正性であって,
大規模買付ルールの適法性ではない。したがって,債務者の主張は的はずれである。
  また,債務者は,本件公開買付けに買付株式の上限が設定されていることから直ちに強
圧的企業買収だと主張するが,かかる主張も,立法論を述べているだけで理由はない。問
題になり得るとすれば,事案に即して,債権者が二段階買収を行う濫用的企業買収者かが
主張立証されなければならないところ,かかる事実を伺わせる事情もない。
(3)本件大規模買付ルールの不合理性
  念のため,本件大規模買付ルールの不合理性についても,付言しておく。債務者は,債
権者に求めるような事業計画を市場に対して公表しておらず,過去8年間PBR1倍割れを
放置してきたが,このような債務者現経営陣が,提携協議の申入れをする前提として,詳細
かつ長期の事業計画等の提出を求めることは,全くもって不合理である。
  さらに,6月28日現在債務者に社外取締役は1名も存在せず,取締役の恣意的判断を
防止する仕組みもないばかりか,具体的な判断の基準すら一切示されていないことから,本
件大規模買付ルールでは現経営陣の自己保身が容易に達成されてしまい,真に企業価値
及び株主共同の利益の向上が図られず,極めて不当かつ不公平である。また,ルールの
中に「社外監査役2名」の関与を規定しておきながら,現在,債務者には社外監査役は1名
しか存しない。
  タイミングとスピードが重要な企業の買収,提携の場面において,60日又は90日もの長
期間にわたり取締役自身の自己評価を行わせるようなこととなれば,企業の買収,提携の実
効性及びメリットが著しく失われてしまうことにもなる。
  そもそも,このようなルールを企業が勝手に作ることを放置し,買収者がこれに拘束され
なければならないとすれば,証券取引法に基づく公開買付けルールは相手企業によって
全く異なるものとなるばかりか,事実上全く機能しない制度となり,公開買付けルールを定め
た意義自体が喪失する。
  したがって,本件大規模買付ルールは不合理である。
  加えて,債務者現経営陣は,債権者が具体的に資本・事業提携を考えていることがわか
った途端,債権者を敵対的買収者と位置付けて本件大規模買付ルールを発表したことか
ら,いわゆる「有事」といえる状況で,「後出しじゃんけん」で本件大規模買付ルールを導入
したものにすぎない。
  以上のとおりであるから,債権者が,本件大規模買付ルールに従わなくても,「真摯に合
理的な経営を目指すものではないことを推認」させるとは言えない。
  そこで,本件株式分割は企業価値維持に資さないので,本件仮処分を認めても,債務
者は,何らの損害も被らない。
3 まとめ
 このように,本件では,株式分割の差止仮処分を認める必要性が高い。
 しかし,株式分割については,差止請求権を認める直接の規定がない。そこで,一部実務
家の中には,司法審査を免れるので「株式分割こそ,最強の防衛手段」と嘯くものもいるが,
以下のとおり,被保全権利を構成することにより,本件でも差止仮処分が認められるべきで
ある。
第2 商法280条ノ10の規定の適用又は類推適用(被保全権利-その1)
1 商法280条ノ10は,株式分割の場合に(類推)適用される。
  (1)特殊の新株発行である株式分割にも,商法280条ノ10は適用される。
(2)仮に適用されないとしても,商法280条ノ10が株式分割の場合に類推適用されることは
明らかである。
  すなわち,商法280条ノ10の差止めの規定が「新株発行」に関して設けられたのは,米
国での経験から新株発行に関して商法の予定する権限分配秩序に反する行為が生じやす
いと予想されたからにすぎない。
  したがって,株主総会で選任された取締役が,選任者である株主の構成の変動を阻止
することを専ら又は主たる目的として商法上取締役に付与された権限を行使するという権限
分配秩序違反の行為がなされている場合であって,かつ,それについて商法280条ノ10を
類推する基礎があれば,商法280条ノ10を類推して差止めを認めるべきである。株式分割
には,通常の新株発行との共通性から,商法280条ノ10を類推する基礎がある。
  なお,商法280条ノ10が株式分割に類推適用されることは,元最高裁判所判事の見解
をはじめとする学説の常識となっている。
 2 本件株式分割は「法令」に「違反」するか,「著シク不公正ナル方法」によりなされたもの
である。
(1)本件株式分割は,第3の1のとおり,「法令」である商法,証券取引法及び民法に「違反」
するものであることは明らかである。
(2)本件株式分割は,「著シク不公正ナル方法」によるものである。
  本件株式分割には,決済妨害及び株価の不安定化による種々のリスクを生じさせ,債権
者株主の利益を害する悪性の強いものであって,企業価値=株主価値を害するものであ
る。このような本件株式分割の目的は,本件公開買付けを失敗させて,債務者現経営陣が
保身を図るものであるから,商法の予定する権限分配秩序違反の行為である。
  なお,本件株式分割は,敵対的買収防衛策としてみても,正当化の余地はなく,「著シク
不公正ナル方法」によるものである。
 3 本件株式分割により,「株主ガ不利益ヲ受クル虞」がある
 本件公開買付けを通じて債権者が債務者株式を取得しようとすることを妨害されるおそれ
があるところ,一般に希釈効果のある新株等の発行がなされた場合に,かかる防衛策の発
動が仮処分債権者の株式取得の前後で,商法280条ノ10の適用に差異が生じる理由はな
いから,さらに株式を取得して持株比率を引き上げることを妨げられるという不利益も,商法
280条ノ10にいう「不利益」に含まれる。
 4 まとめ
 したがって,商法280条ノ10の規定の適用又は類推適用により,債権者に差止請求権が
認められる。
第3 取締役会決議無効確認を本案とする主張について(被保全権利-その2)
 本件株式分割は,①証券取引法157条違反,②商法218条・機関権限の分配秩序違
反,③民法90条違反であることから,かかる法令違反の本件株式分割を決定した取締役会
決議は,無効である。そこで,債権者は,かかる無効な本件株式分割により,第1の不利益
を被るので,本件株式分割取締役会無効確認訴訟を提起することができる。
 1 証券取引法157条違反
 本件取締役会決議は,公開買付けの応募株主等への心理的圧迫,決済に関する不確定
要素の誘引,人為的な株価変動等の極めて不当な手段によって公開買付けの前提となる
市場の競争的価格形成の仕組みを歪めることにより公開買付けの妨害を図るものであり,
「有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめ,且つ,有価証券の流通を円滑な
らしめる」(証券取引法1条)という証券取引法の目的を害するものである。他方で,本件で
は,第1の2(3)のとおり,これを正当化する要素は一切,認められない。
 したがって,本件取締役会決議は,有価証券取引に関して社会通念上不正と認められる
一切の手段である「不正な手段」に該当することは明らかであり,証券取引法157条に著し
く違反する。
2 商法218条・機関権限の分配秩序違反
 本件取締役会決議は,株式分割を本来の目的とは異なる目的へ転用するものであり,転
用を正当化する理由も存しない。
 すなわち,商法が株式分割を取締役会決議のみでできるとした趣旨は,株式分割が何ら
株主や投資家その他の者に不利益を課するものではないと考えられたからであり,公開買
付けを阻止又は妨害するために株式分割が利用されることはおよそ想定されていない。
 また,株主総会で選任された取締役が,選任者である株主の構成の変動を阻止すること
を専ら又は主たる目的として商法上取締役に付与された権限を行使することは,商法が予
定する権限分配秩序に反するものであり商法上許されない。
 しかるに,本件株式分割は,上記のとおり公開買付けを妨害する目的でなされるものであ
り,上記のとおり,本件では,これを正当化する理由は一切ないのであるから,商法が取締
役会に権限を付与するに当たり許容した株式分割の用法ではないというべきである。
 以上から,本件株式分割は,取締役会のみで株式分割を行うことを認める商法218条又
は(及び)機関権限の分配秩序に違反する。
3 民法90条違反
 公序良俗は,法を支配する根本理念であるから,仮に商法や証券取引法の直接の規定
に形式的に違反していない場合であったとしても,それらの基礎にある私法上の公序に反
していると評価されるのであれば,民法90条違反となる。
 かかる私法上の公序の一内容である経済的公序は,市場的公序と保護的公序に分類す
ることができる。そして,公開買付制度は,まさに公正な競争の秩序としての市場的公序を
構成するものと評価することができる。
 これを本件についてみるに,本件株式分割は,上記のとおり公開買付けを妨害し,その成
否を個々の株主ではなく,対象会社の取締役会が決しようとするものであることから,市場
的公序を構成する公開買付制度を無意味にするものであり,まさに市場的公序に反する行
為である。また,証券市場外で証券を取得する場合には,公開買付けによることを強いられ
ているため,事実上,公開買付けを行うことを余儀なくされている債権者に対して,上記のよ
うな不利益を課することをちらつかせて,公開買付けを断念せざるをえない状況に追い込
むことは,債権者の財産権や証券取引の自由に対する重大な侵害といえ,保護的公序にも
反する。
 よって,本件取締役会決議は,市場的公序及び保護的公序という経済的公序に反し民法
90条に違反する。
 4 小括
 以上から,本件取締役会決議は内容が法令に違反するものとして無効である。そして,債
権者は,本件取締役会決議により第1記載の不利益を被る以上,本件取締役会決議の無
効確認訴訟において,訴えの利益が認められるのは当然である。したがって,被保全権利
(「争いのある権利関係」)の存在が認められる。
第4 営業権侵害に基づく差止請求権(被保全権利-その3)
 1 差止請求権に関する要件について
 名誉毀損等を理由とする出版等の差止め,業務妨害を理由とするピケッティングやビラ配
布の差止め等,物権以外の法的利益の侵害であっても,実体法上の差止請求を本案とし,
その暫定的実現のために行われる仮処分が認められている。
 また,法人の名誉毀損を理由とする出版等の差止め等,究極的には財産的権利・利益と
いうことができる権利・利益が侵害される場合にも,事前救済の必要性がある場合が認めら
れている。
 これらの裁判例が,どのような基準により判断しているかは必ずしも判然とはしないが,①
社会的妥当性を欠く違法な行為により,②法的保護の対象となる権利・利益につき,③社
会生活上受忍すべき限度を超える侵害を受け,④金銭賠償の方法によりその被害を救済
できない場合には,差止請求権が認めるとの判断を下しているものと考えることができる。
 2 本件へのあてはめ
(1) 本件株式分割が,社会的妥当性を欠く違法な行為であり(①),これにより,債権者が
社会生活上受忍すべき限度を超える侵害を受けること(③)については既に述べた。金銭
賠償の方法によりその被害を救済できないという点(④)については,第5で述べたとおりで
ある。
(2) 債権者の「公開買付けを利用して株式を取得する権利ないし取得して公開買付け対象
会社の支配権を獲得する権利」は,法的保護の対象となる権利・利益である(②)。
  すなわち,「株式を取引する権利ないし株取引を通じて会社の支配権を獲得する権利」
は,経済的自由(憲法22条,29条)として法的保護の対象となる権利・利益である。かかる
法的保護の対象となる権利・利益が,取引所有価証券市場外で大量の株取引を行う場合
には,証券取引法により一定の制限を受け,公開買付制度の枠内でのみ認められることと
なるのである。つまり,当該権利が法的保護の対象となる権利・利益であることを前提として
いる。
 3 結論
 以上のとおり,上記のすべての要件を満たすので,債権者は,債務者に対する「公開買
付けを利用して株式を取得する権利ないし取得して公開買付け対象会社の支配権を獲得
する権利」に基づく差止請求権という被保全権利を有する。
第5 保全の必要性について
 被保全権利(=「争いのある権利関係」)が認められ,かつ,その権利の保全のため侵害
行為の差止めを認めないと「著しい損害又は急迫の危険」が発生するおそれがあるときに
は,実定法上個別的な差止め請求権を認める規定がなくとも,「仮の地位を定める仮処分」
が許容されることは,民事保全法23条2項の規定の解釈上明らかである。
 この理は,本件においても妥当すると解される。すなわち,本件取締役会決議に基づいて
基準日の数日前に権利落ち日が到来してしまうと,市場では分割を前提とした価格で相場
が立ってしまうため,株式分割無効確認をすることは,市場の更なる混乱を招くおそれが高
い。さらに,債権者は,第1記載の不利益を被るところ,かかる不利益は支配権の取得をも
問題とするものであるので,金銭で換算することは不可能であり,事後的な損害賠償請求に
より救済することはできない。
 他方,本件差止めが認められたとしても,債務者に何らの損害も発生しない。
 したがって,債権者には,「著しい損害又は急迫の危険」(民事保全法23条)を避ける必
要があり,保全の必要性が認められる。
第6 結語
 以上の次第であるから,本件株式分割仮処分命令申立は認められなければならない。
(別紙)
   債務者の主張
 
第1 被保全権利の不存在
 1 取締役会決議は無瑕疵であり,かつ,確認の利益がないことから,債権者は取締役会
決議無効確認の訴えを提起することができず,また,そもそも無効確認の訴えを本案とする
差止仮処分は許されない。
   債権者は,本件株式分割を決議した本件取締役会決議につき無効確認の訴えを提
起する資格があるとの主張に基づき,本件仮処分の被保全権利を基礎付けようとする。
   しかし,①取締役会決議無効確認の訴えを本案とする差止請求仮処分は許されず,
②そもそも本件取締役会決議には何ら瑕疵がなく,③確認の利益が自らにあると債権者が
主張する前提事実に誤りがあるため,本件仮処分の被保全権利とはなり得ない。
 (1)取締役会決議無効確認の訴え
    原則として,商法等の個別的規定に基づく差止請求権が存する場合にのみ,差止め
の仮処分を行うことができるはずである。この点,債権者からは,本件において,無効確認
の訴えを本案として差止仮処分を行うことができると主張する論拠が明らかにされていな
い。
  (2)取締役会決議の瑕疵
    債権者は,本件株式分割が違法性を帯びているとの主張に基づき,これを決議した
本件取締役会決議に瑕疵があり無効であると主張する。しかし,本件株式分割は本件大規
模買付ルールに基づいて行われた正当な株式分割であり,違法との主張は何ら根拠がな
い。
  (3)確認の利益
    債権者は,「公開買付け制度が利用されなくなることにより日本技術開発株式を取得
する機会を失ってしまうという損害」が自己に発生するとの理由により,取締役会決議無効
確認の訴えにつき,自らに確認の利益が存するものと主張する。しかし,債権者は分割新
株をも公開買付けの対象とする旨を表明しており,かかる損害が発生するとの主張と矛盾
する。また,債務者の本件株式分割決定後に債権者は公開買付けの時期・条件を自らの
選択で決定したのであり,仮に本件公開買付けが順調に進まないとしても,その責めは債
権者が負うべきである。また,今後も債権者は債務者の株式を取得する機会がある。よっ
て,債務者の主張は誤りである。
 2 商法280条ノ10を株式分割について類推適用することには問題点がある上に,「著し
く不公正な」株式分割は行われておらず,かつ,株主の不利益が存在しないため,商法28
0条ノ10の類推適用を被保全権利とする差止仮処分は許されない。
   債権者は,新株発行の差止めに関する商法280条ノ10が株式分割に類推適用される
との主張に基づき,本件株式分割が差止仮処分の対象となる旨を主張する。しかし,そもそ
も商法280条ノ10が株式分割に類推適用されるかどうかという問題点がある上に,仮にこれ
が類推適用されるとしても,本件株式分割は違法でなく,また,著しく不公正なものでもない
上に,本件株式分割により株主に不利益が生じることもないので,本件仮処分の被保全権
利とはなり得ない。
  (1)株式分割への類推適用
    この点の判断は裁判所に委ねるが,商法280条ノ10を株式分割について類推適用
することについては,債権者が提出した意見書においてすら否定的な見解が述べられてお
り,また,①原則として取締役の行為の差止めに関しては会社の損害を要件とする商法27
2条の規定によるという商法の構造に照らして,商法280条ノ10の類推適用には疑問があ
り,②株式分割はそもそも株主の利益を害することはないものと一般的に解釈されているた
め,商法全体の整合的な解釈という観点からは,株主の不利益を要件とする商法280条ノ1
0の類推適用には疑問がある。
  (2)株式分割の正当性
    本件株式分割は大規模買付ルールに基づいて行われた正当な株式分割であり,合
法かつ正当な株式分割である。債権者による違法性の主張及び著しく不公正である旨の主
張はいずれも根拠がない。
  (3)株主の不利益の不存在
    債権者は,本件株式分割により「株式の流動性が低くなり投資対象としての魅力が減
ずるという損害」及び「公開買付け制度が利用されなくなることにより投資機会を失ってしまう
という損害」が生じるものと主張する。このうち,前者については株式分割に関する一般的な
理解と大きく異なっており,また,現実の株価の推移に照らしても誤った主張である。後者に
ついては,債権者の主張を前提にしても,そもそも債権者が株主としての立場ではなく投資
家としての立場において被る「不利益」にすぎないために株主の不利益と考えることはでき
ない上,上記のとおり,そもそも債権者が主張するような「損害」は生じ得ない。
 3 営業権に基づく差止請求権を被保全権利とする仮処分は許されない。
   債権者は,自らが「他人から妨害されることなく,証券取引法が認める公開買付け制度
を利用して株式を取得し営業を行う権利」なる「営業権」を有するものと称した上で,かかる
「営業権」に基づき差止請求権を有するとして,これを被保全権利と主張する。
   しかし,「他人から妨害されることなく,証券取引法が認める公開買付け制度を利用し
て株式を取得し営業を行う権利」なるものは営業権とは観念できず,また,営業権から差止
請求権を導くことはできず,荒唐無稽な主張としか言いようがない。
第2 保全の必要性の不存在
  債権者は,自らに,「公開買付け制度が利用されなくなることにより日本技術開発株式を
取得する機会を失ってしまうという損害」が生じるものとして,保全の必要性を基礎付けようと
試みている。しかし,上記のとおり,債権者は分割新株をも公開買付けの対象とする旨を表
明しており,かかる損害が発生するとの主張と矛盾する。また,債権者は公開買付けの時
期・条件を自らの選択で決定したのであり,仮に公開買付けが順調に進まないとしても,そ
の責めは債権者自らが負うべきである。また,今後も債権者は債務者の株式を取得する機
会がある。そこで,債務者の主張は誤りである。本件において保全の必要性はない。
第3 大規模買付ルールと株式分割の正当性
 1 株式分割の目的の正当性と手段としての妥当性
  (1)取締役会の権限と職責
   ア 公開買付けの提案がある場合に,情報を収集し,提案を検討し,必要に応じて買
収者と交渉し,代替策の有無を検討することは取締役会の権限である。
     上場会社の株式の大規模買付けの場合,支配株式を有するような大株主がいる場
合を除き,多数の小株主が存在するのみであり,個々の株主が,買付条件の妥当性につい
て詳細に検討し,買付者との間で交渉を行い,よりよい条件を引き出すといったことは事実
上不可能である。また,他の買付けや経営統合等,株主により多くの利益をもたらす選択肢
がないか検討する機会があることは,株主全体の利益保護の観点からきわめて重要であ
る。そして,かかる役割を実際に果たすことができるのは取締役会のみであり,取締役は,
会社の所有者たる株主と信認関係にあり,株主全体の利益のためその権限を行使すること
ができ,かつ株主全体の利益のためその権限を行使する責務を負うものであるから,大規
模な買付行為が想定される場合に,他の選
択肢を探し,その内容を検討し,それが株主の利益により資すると判断される場合にはその
判断を株主に伝え,最終的には株主の意思に委ねる目的で必要な措置を講じることは,取
締役の権限でありその職責である。
   イ 証券取引法は,刑事罰の制裁をもって買収者に遵守させるべき最低限の行為規
範を定めたにすぎない。
     証券取引法の公開買付規制は,多数の株主を相手に買付行為が行なわれる場合
に,刑事罰の制裁をもって買収者に遵守させるべき最低限の行為規範にすぎない。さら
に,現行公開買付ルールは最低限の行為規範としても不十分であることが認識され,その
改正が立法プロセスにのせられつつある。各上場会社の取締役会がそれぞれ,株主全体
の利益の保護を目的として公開買付ルールの改正前に法の不備を補うために独自の方策
を講じることは何ら問題ではないし,その内容が適切である限り,むしろ望ましい。
   ウ 濫用的買収に対しては,取締役会は防衛策を講じることができる。
     近時のニッポン放送事件やニレコ事件の各決定は,いずれも,現経営陣の支配権
維持効果が認められる新株予約権の発行であっても,株主全体の利益保護の観点から必
要と認められる特段の事情がある場合には,適法とされ得ることを認めている。このことは,
取締役会に,濫用的な買収に対し必要があれば防衛策を講じて,買収自体を排除する権
限があることを前提とするものと解される。また,株主総会と取締役の権限分配の法理を侵
さない防衛策や,あるいはそもそも買収提案の実行を排除するまでの効果を持たない対応
策については,厳格な意味での濫用的な買収に限らずより広い局面で認められるべきであ
る。
     取締役会は,アで述べた権限行使のためや提案されている買収が濫用的な買収
でないかどうかを検証するために必要な対応策を用意することができるし,また,買収提案
者がかかる権限行使や検証を困難にするような形で買収を実施しようとする場合には,相当
と認められる対抗措置を講じることができる。
   エ 対応策を講じるに当たっては経営判断の原則が適用され取締役会の判断が尊重
されるべきである。
     アからウまでで述べた権限の行使は,現取締役の支配権維持効果を有しない範囲
においては,会社の内容と選択肢を最も知る立場にある取締役の判断に委ねることが適切
である。支配権維持効果を持たない防衛策の採用であれば,その判断過程に一応の合理
性があり,そのことの主張・立証(本件では疎明)がある限り,その判断は尊重されるべきで
ある。
  (2)本件における取締役会の権限行使の必要性と相当性
   ア 債務者の大規模買付ルールの採用は株主全体の利益を守るために必要であり,
取締役会の適切な権限行使である。
     債務者の株式は多くの法人及び個人株主に分散して所有され,支配株主は存在
しない。大規模な株式買付けが開始される可能性があると判断される状況においては,そ
の権限を行使し,適切な措置を講じる必要がある。そして,取締役会が,株主の判断に供
することを目的として,情報の提供と検討期間の猶予を主たる内容とする合理的ルールを
予め設定し,その遵守を求めることは,株主全体の利益を守りつつ株主の最終判断権を侵
さない対応策として,取締役会の適正な権限の行使である。
   イ 大規模買付ルールに基づき債務者が要請する情報・検討期間は合理的である。
     本件において,債務者が具体的に提供を求めた情報の範囲は,大規模買付ルー
ルに記載されたものから更に限定されたものであり,本件公開買付けについて取締役会が
適切な意見を述べる上で必要な情報である。これらの情報は,債権者として買収前に検討
を終えているはずの事項に関する情報であるから,債権者に提供を要請しても過度の負担
を生じるということはないはずである。仮に新たな負担を要するということであれば,柔軟な
対応をとる用意があることを債務者は明らかにしている。
     また,M&Aの通常検討期間と比較して,大規模買付ルールの90日の検討期間
は,むしろ控えめな要請である。しかも,本件では,さらに検討期間を短縮し,9月末に開催
予定の債務者の定時株主総会の終結のときまでの本件公開買付けの延期を求めているに
すぎない。
   ウ 大規模買付ルールに関する債権者の主張はいずれも失当である。
    ① 債権者は,大規模買付ルールの公表を受けて,公開買付けの開始を検討し,7
月11日の公開買付け開始の公表を決定したのだから,債権者には,大規模買付ルールを
検討した上で自己の行動を決定する十分な機会(予見可能性)があり,大規模買付ルール
の事前の行為規範としての性格は担保されている。
      また,取締役会の権限や職責は有事であるか平時であるかによって変わるわけで
はない。防衛策は,その性質上当然に,有事における効果を主眼とするものであり,いかに
平時に導入されようと,有事においては,その時点での状況に応じいかなる効果を生じるの
かによりその適法・違法が判断される。平時に導入されているのか有事に導入されているの
かはおよそ防衛策の本質に関係する問題ではない。
    ② 大規模買付ルールのもとでは,買収者は,情報の提供を行い期間の経過を待つ
ことにより,取締役会が反対であったとしても,買収提案を実行に移すことが可能となってお
り,取締役会限りの判断で買収提案を退けることを意図していないのであるから,株主総会
の授権や判断の恣意性の防止措置といったことを問題にする必要性は乏しい。しかも,本
件においては,債務者は,定時株主総会で示される株主意思を尊重し,取締役会限りの判
断で債権者の買収提案を退けないことを明確にしている。
   エ 本件公開買付けにおける大規模買付ルール遵守の必要性は高い。
    ① 本件公開買付けは,3,491,000株を上限とする部分買付けであり,債務者の
株式の全てを買付けることを目的としていない。したがって,本件公開買付け終了後も債務
者の他の株主は債務者の事業リスクを分担することになる。他方,上限まで買付けられた場
合には債権者が債務者の経営権をほぼ完全に掌握することになる。これらの事情に鑑みれ
ば,本件公開買付け後の債務者の経営方針等について,十分な情報を得た上で慎重な検
討が必要である。
    ② 債務者の業態は建設・土木関係の設計やコンサルティングが主力であり,その企
業価値は,技術士資格等を有する従業員の専門能力と当該従業員と顧客との個人ベース
の信頼関係に依存することが大きい。債権者の買収によって優秀な従業員が大量に退職
するような事態になれば,債務者の企業価値は相当程度毀損され,本件が全株式の買収
提案でないことからすれば,そのリスクは買収者たる債権者のみならず,債務者の他の株主
も負担することになる。他方,債権者は,オーナー企業であり,労働集約性が高く低コストの
事業運営を目指した,債務者とは対極にあるビジネスモデルを採用している。このように業
態を異にし接点のない企業の傘下に入るに当たっては,従業員の流出により企業価値が毀
損するリスクを評価しコントロールするこ
とが不可欠であるし,その前提として,債権者から情報の提供を求め,検討期間を確保しよ
うとするのは,株主全体の利益を擁護すべき取締役会として当然のことである。
    ③ 濫用的な買収を意図する買収者は,買収を行うに当たり,自らがそのような意図
を有していることを予め明らかにしたり自発的に説明したりするはずがない。したがって,実
際に,事前に濫用的な買収が意図されているかどうかを確認するには,大規模買付ルール
を採用して,買付けの意図や買収後の経営方針について情報の提供を求め,検証する機
会が必要である。そして,もし,買収者が真摯に合理的な経営を意図しているのであれば,
大規模買付ルールに従って情報を提供し,真摯に合理的な経営を行う意図を有していると
いうことを進んで明らかにするであろう。しかるに,債権者は大規模買付ルールに従わず本
件公開買付けを進めようとしているのであるから,果たして真摯に合理的な経営を目指すも
のなのか懸念される。したがって,
債務者には,債権者に情報の提供を求め,買収目的を確認すべき強い必要性が存在す
る。
    ④ 債務者においては,債権者による本件公開買付け以外にも,他社との経営統
合,提携等の複数の選択肢の可能性が考えられる状況であり,本年9月末開催予定の定
時株主総会までに,選択肢を検討し,債権者による本件公開買付けよりも株主全体の利益
に資すると思われるプランがある場合には,定時株主総会に上程するなどして,株主の意
思を問うことが適切であると債務者の取締役会は判断しており,そのためには,定時株主総
会前に債務者による公開買付けが行われることを回避する必要がある。
    ⑤ 部分買付けにおいては,買収者との間の取引によって被買収会社が搾取される
おそれがある等の理由により,買収失敗時の株価が買付価格より高いであろうとの見通しを
持っているにも拘わらず,買収成功時の少数株主の株式の価値が買付価格よりも低くなる
だろうという予想を持っている場合には,株主は公開買付けに応募せざるを得ない状況に
追い込まれる等の点で,部分買付けには強圧性があり,株主は必ずしも公開買付けに賛成
していないにも拘わらず,応募せざるを得ない状況を生じるおそれがある。かかる事態を避
ける方策として,株主総会の決議で株主の意思を問うか,その他の方法により株主の選択
の自由が歪められることがないような措置を講じることは取締役会の責務である。
   オ 本件株式分割は対抗措置として相当である。
    ① 本件株式分割を行えば,本件公開買付けが開始されても分割新株の買付けを
行うことが実務上困難なのであれば,債務者の株主構成は公開買付けの結果による影響を
それほど大きく受けない。債権者はその目的を達しようとすれば,あらためて公開買付け等
を行う必要が生じるので,債権者の株主は定時株主総会において代替策も含めてその賛
否を明らかにした上で,再度の公開買付け等に応募するかどうかを選択する機会が与えら
れることになる。
    ② 本件株式分割は割当基準日現在の株主に平等に分割新株を割り当てるのであ
り,効力発生日までの期間の点を含め,他の多くの上場会社が行なっている株式分割と異
なる点はなく,一般株主の利益を何ら害さない。
    ③ また,本件株式分割は,本件公開買付けに先だって決議されているから,株式
分割の取締役会決議が公開買付期間中に行われる場合と異なり,債権者は,本件株式分
割による希釈化の影響を受けることはない。債権者が蒙る本件株式分割の影響は,結局の
ところ,本件公開買付けを定時株主総会までの間成功させることができないおそれが強いこ
とにすぎないが,債権者には定時株主総会後まで本件公開買付けの開始を待つことにより
特段の不利益があるとは思われない。
 2 本件株式分割は不公正発行には当たらないことについて
  (1)本件株式分割は支配権維持目的ではない。
    本件株式分割が経営者の保身目的でないことはいうまでもない。本件株式分割は,
①情報の提供と検討期間の確保を目的とする大規模買付ルールの実効性の確保,②定時
株主総会までの検討期間の確保,③定時株主総会における株主による代替策を含めた選
択の機会の確保を目的とし,特定の株主の持株比率の低下の効果を有さず,本件公開買
付けの機会を排除するものではない(開始の延期を求めるにすぎない。)上,債務者の全取
締役の任期は9月末に予定されている定時総会終結時をもって終了するから,現取締役の
支配権維持の効果もなくそれを目的とするものでもない。なお,本件株式分割の結果,本
件公開買付けが不首尾に終わる可能性が高くなることは事実だが,その効果は定時株主
総会までの一時的なものであり,株主構成自体を積極
的に変更するものではないし,既存の株主構成を長期間固定するものでもない。本件株式
分割は,取締役会の判断ではなく株主総会での決議を通じて表明される株主の意思により
帰趨を決することを目的とするものであり,取締役会の権限は会社所有者たる株主の意思
に由来するという機関権限の分配秩序の趣旨にまさに適う措置である。
  (2)株主利益のための措置として認められる特段の事情が存在する。
    大規模買付ルールを遵守せず,本件公開買付けを開始した債権者は真摯に合理的
な経営を目指すものでないことが推認される。そうであれば,債務者は様々な対抗措置を
取り得るわけであるが,少なくとも,本件株式分割という株主構成の変動を伴わず単に定時
株主総会までの検討期間の確保のみについての限定的効果しかない温和な対抗措置をと
ることには何ら問題がない。

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