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平成15年(ネ)第2732号 損害賠償等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所
平成14年(ワ)第14010号)(平成16年2月18日口頭弁論終結)
          判          決
       控訴人       東海ゴム工業株式会社
訴訟代理人弁護士 鳥 海 哲 郎
同 山 岸 和 彦
同 金 子 憲 康
補佐人弁理士  西 藤 征 彦
被控訴人      飛島建設株式会社
訴訟代理人弁護士  石 谷   勉
補佐人弁理士    原 田 信 市
       同         原 田 敬 志
被控訴人   株式会社カテックス
訴訟代理人弁護士 大 場 常 夫
補佐人弁理士    原 田 信 市
       同         原 田 敬 志
          主          文
      本件控訴を棄却する。
      控訴費用は控訴人の負担とする。
          事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,1億3738万7115円及びう
ち4137万円に対する平成13年10月1日から,うち9601万7115円に
対する平成8年8月30日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
 3 被控訴人飛島建設株式会社は,原判決別紙工法目録記載の方法をもって地山
固結工事をしてはならない。
 4 被控訴人株式会社カテックスは,原判決別紙物件目録(1)及び同(2)記載の各
製品を販売してはならない。
5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
 控訴人は,名称を「地山固結工法」とする特許第2056106号発明(平
成元年2月22日特許出願,平成8年5月23日設定登録,以下,請求項1記載の
発明を「本件特許発明」といい,その特許を「本件特許」,これに基づく特許権を
「本件特許権」という。)の特許権者である。本件は,控訴人が,被控訴人飛島建
設株式会社(以下「被控訴人飛島」という。)が行っている原判決別紙工法目録記
載の方法をもって特定される工法(以下「被控訴人工法」という。)が本件特許発
明の技術的範囲に属し,被控訴人工法による地山固結工事の施工が本件特許権を侵
害すると主張して,同被控訴人に対し,被控訴人工法による地山固結工事の施工の
差止め及び損害賠償を求めるとともに,原判決別紙物件目録(1)及び同(2)記載の各
製品(以下,それぞれ「被控訴人製品1」,「被控訴人製品2」という。)を製
造,販売する被控訴人株式会社カテックス(以下「被控訴人カテックス」とい
う。)の行為が,控訴人の本件特許権の間接侵害に該当し,また,被控訴人カテッ
クスは,被控訴人飛島の被控訴人工法による地山固結工事の施工に加担し,被控訴
人飛島と共同して本件特許権を侵害したと主張して,同被控訴人に対し,上記各製
品の販売の差止め及び損害賠償を求めている事案である。
 原審は,被控訴人工法は,本件特許発明の技術的範囲に属さず,また,本件
特許は,特開昭61-186613号公報(乙7,以下「本件公知文献」とい
う。)記載の発明と公知技術を組み合わせることによって当業者が容易に想到し得
たものであるから,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法1
23条1項2号に該当するから,無効であることが明らかであり,本件特許権に基
づく権利行使は権利濫用に当たるとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
 当事者の主張は,次のとおり訂正,付加するほか,原判決「事実及び理由」
欄の「第2 事案の概要」の1ないし3及び「第3 争点に関する当事者の主張」
のとおりであるから,これを引用する。
 1 原判決の訂正
(1)原判決3頁1行目と2行目の間に,「(なお,被控訴人らは平成14年5
月21日に,第一工業製薬株式会社は同年6月5日に,それぞれ本件特許を無効に
することについて審判の請求をし,無効2002-35198号事件及び無効20
02-35238号事件として特許庁に係属したところ,控訴人は,平成15年2
月6日付け訂正請求書により,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等を
訂正する旨の訂正請求をした。特許庁は,上記各事件について審理した上,同年5
月23日にそれぞれ「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審
決をし,その謄本は,同年6月4日,各事件の請求人らに送達されたが,被控訴人
ら及び第一工業製薬株式会社は,それぞれ上記審決の取消しを求める訴えを提起
し,当庁平成15年(行ケ)第278号,同第294号,各審決取消請求事件とし
て係属中〔当裁判所に顕著〕であり,上記訂正の効果は生じていない。)」を加え
る。
(2)同14頁20行目の「特許法101条2号」を「損害賠償請求につき平成
14年法律第24号による改正前の特許法101条2号,差止請求につき同改正後
の特許法101条(平成15年1月1日施行)3号」に改める。
(3)同15頁17行目,19頁19行目及び20行目,21頁18行目及び1
9行目,22頁1行目の「被告飛島」をいずれも「被控訴人ら」に改める。
(4)同22頁11行目と12行目の間に,「被控訴人カテックスは,被控訴人
飛島に対し,摩訶耶トンネル工事及び木崎トンネル工事について被控訴人製品1,
2を販売し,上記各工事の施工計画書の原案を作成し,施工方法を指示,指導する
等して,被控訴人飛島による上記各工事の実施に積極的に加担し,被控訴人飛島と
共同して本件特許権を侵害した。」を加える。
 2 控訴人の当審における主張
(1)被控訴人工法の構成要件Cの充足性
 被控訴人工法における布筒パッカーは,その膨張前においても,既に本件
特許発明の構成要件Cの「隔壁」に該当する。乙14(被控訴人ら作成の注入確認
試験ビデオ)によれば,中空の内装管Dに装着された布筒パッカーc-1,c-2
は,膨張前の段階で既にその直径が鋼管Cの内径と略同寸法で,その内周面に強く
接触(圧接)しており,同パッカーにより鋼管Cの内部が複数の空間に区切られて
いることが分かる。これにより,布筒パッカーc-1,c-2に区切られた環状隙
間に注入した地山固結用薬液は,互いの環状隙間の間を行き来することがなくな
り,かつ,それ自体でも鋼管の外周の地山の所どころに固結領域を形成するのを効
果的に行うための作用をもたらすものであって,同パッカーは,薬液により固結す
る前の段階においても,既に本件特許発明の隔壁の機能を具有している。
(2)均等侵害
 被控訴人工法は,本件特許発明の構成要件Eの「固結用薬液を吐出して上
記各空間内に充満させる」を充足しないとしても,以下のとおり,本件特許発明と
均等なものとして,本件特許発明の技術的範囲に属するというべきである。
ア 本件特許発明の構成と被控訴人工法との差異
 本件特許発明の構成と被控訴人工法とが異なる部分は,本件特許発明の
構成要件Eの上記部分のみである。
イ 本件特許発明の本質的部分
 本件特許発明は,その発明の経緯から,鋼管外の地山を固結するために
鋼管内に隔壁を設ける等の方法を採用した点が本質的な部分であって,長尺管内に
薬液を一杯に充満させることは,本件特許発明の技術的思想からして本質的部分で
はないことが明らかである。
ウ 置換可能性と作用効果の同一
 被控訴人工法は,「固結用薬液を吐出して,上記各空間のうちインサー
ト管内部を除く部分に充満させる」ものとして,本件特許発明の構成要件Eの一部
を置換したものであるが,上記置換によっても,本件特許発明の効果を達成するこ
とができるのであって,被控訴人工法は,本件特許発明と同一の作用効果を奏す
る。
エ 置換容易性
 上記置換は,具体的には,内部に中空部を有するインサート管を長尺管
たる鋼管内に挿嵌し,これを固結用薬液の吐出時においても設置していることによ
るが,このような置換は,当業者が容易に想到することができたものである。
オ 公知技術・準公知技術の非該当
 被控訴人工法は,本件特許発明の特許出願当時,公知技術と同一ではな
く,当業者が公知技術から容易に推考できたものではない。
カ 特段の事情
 被控訴人工法における「固結用薬液を吐出して,上記各空間のうちイン
サート管内部を除く部分に充満させる」構成は,本件特許発明の特許出願手続にお
いて特許請求の範囲から意識的に除外されたものではなく,その他,均等を否定す
べき特段の事情はない。
(3)本件特許発明の進歩性
ア 本件公知文献(乙7)記載の発明では,長手方向にゾーンごとに区画し
て注入口が形成された外管と,この外管内をその軸芯方向に移動自在とされた内管
部材とを備えた注入装置を,地盤に建て込まれスリーブグラウトが注入されたケー
シング内に挿入し,次いで,ケーシングを引き抜く前施工後,内管部材からグラウ
トを注出室内に注出し,外管の注入口からスリーブグラウトを破りながら周辺地盤
へと注入することを,内管部材を外管の軸芯方向に移動させてゾーンごとにステッ
プアップしながら行うものであり,注入後,内管部材は引き抜かれ,外管内には残
置されない。これに対し,本件特許発明は,地山に穿設した長孔内に周壁孔空き長
尺管を挿嵌固定し,吐出管の先端から,長尺管内の隔壁で区切られた各空間内に固
結用薬液を吐出することにより,各空間に対する薬液充満と長尺管外周の地山に対
する薬液の浸透とを行わせ,長尺管内及び長尺管外周の地山に固結領域を形成する
ものであり,吐出管は,吐出の過程で引き抜かれるものではなく,長尺管内に残置
される。このように,本件特許発明では,吐出管の先端から各空間内に固結用薬液
を吐出させるという一工程により,各空間内に固結用薬液を充満させ,さらに,長
尺管外周の地山に浸透硬化させ,長尺管内及び長尺管外周の地山に固結領域を形成
するものであるところ,上記公知文献記載の発明では,内管部材が引き抜かれた後
の外管は空の状態で地盤中に残って,そこには固結領域は形成されないのである。
この点に関し,原判決は,乙17の回答書を根拠に,長尺管内に固結領域を形成す
ることは本件特許発明の出願前に公然実施されているから,これを公知文献発明と
組み合せれば,本件特許発明に進歩性はないと判断しているが,上記回答書は,ソ
レタンシュ工法の施工により周辺地盤への注入が終了した後,内管部材を引き抜い
た後の空の外管内に,後からセメントベントナイト等の中詰め材を中詰めして固結
領域を形成することを示しているにすぎない。
イ また,本件特許発明は,長尺管内を隔壁で区切ることにより長尺管内を
狭く区分し,その各空間に固結用薬液を,長尺管内に残置される吐出管から吐出さ
せるため,従来,長尺管では使用できなかった速硬性の薬液の使用が可能となり,
それによって作業時間の短縮等の効果を奏するものである。他方,本件公知文献記
載の発明においては,内管部材を外管内の軸方向に移動させてゾーンごとにステッ
プアップしながら周辺地山へ固結用薬液を注入することから,速硬性の薬液を使用
すると,ゾーンごとに注入し,次いでステップアップすることを繰り返す過程で,
内管部材内で薬液が固結してしまうため,速硬性の薬液を使用することができず,
作業時間の短縮等の効果を奏することができなかった。このように,本件特許発明
は,公知文献発明が奏し得ない顕著な作用効果を有するものであり,進歩性を有す
ることが明らかである。
 3 控訴人の当審における主張に対する被控訴人らの反論
(1)被控訴人工法の構成要件Cの充足性について
 被控訴人工法において,薬液注入セットAが鋼管Cへ装着されたままの状
態では,布筒パッカーc-1,c-2は,内装管Dに嵌挿しただけのいまだ膨張前
のすぼんだ状態にあり,かつ,その状態の布筒パッカーc-1とc-2との間等に
地山用薬液注入チューブb-1~b-3の開口先端を位置させている。そして,こ
れら布筒パッカーc-1,c-2は,次工程,すなわちパッカー用薬液注入で,薬
液の圧送注入により膨張して初めて鋼管Cの内壁面に圧接する仕切壁d-1,d-
2を形成するものである。仮に,控訴人が主張するように,布筒パッカーc-1,
c-2が,膨張前の段階で鋼管Cの内周面に強く接触(圧接)したものであれば,
現実には,その鋼管への装着自体が不可能か,少なくとも著しく困難で到底実用的
ではなく,そもそも布筒パッカーを採用する意味がない。
(2)均等侵害について
ア 本件特許発明の本質的部分について
 本件特許発明の構成要件Eの「固結用薬液を吐出して上記各空間内に充
満させる」部分は,本件特許発明特有の作用効果を生じさせるための構成であり,
「作業が容易で,かつ速硬性の固結用薬液を使用することのできる地山固結工法」
(本件公報〔甲2〕の3欄39行目~41行目)を提供するという発明の目的を達
成するために必要不可欠の構成であって,本件特許発明の本質的部分といわなけれ
ばならない。
イ 置換可能性と作用効果の同一について
 本件特許発明においては,固結用薬液は「上記各空間」に充満し,か
つ,長尺管内に中空部を残すことなく,その全部及び長尺管の周囲の地山に固結領
域を形成し,本件特許発明特有の作用効果を生じさせるものであるのに対し,被控
訴人工法においては,薬液は鋼管Cと内装管D(インサート管)との間の環状隙間
1-1~1-3と地山に固結領域を形成するだけで,鋼管Cの内部,更に具体的に
は内装管Dの内部に中空部をそのまま残存させるものであることにおいて,本件特
許発明と同一の作用効果を奏するとはいえない。
ウ 置換容易性について
 控訴人は,上記置換は,具体的には,内部に中空部を有するインサート
管を長尺管たる鋼管内に挿嵌し,これを固結用薬液の吐出時においても設置してい
ることによると主張するが,同主張によっては,置換の対象部分が不明である。本
件特許発明と被控訴人工法とは,本質的部分を異にすることが上記のとおりである
以上,その置換が容易ということはできない。
エ 特段の事情について
 被控訴人工法の「膨張する布筒パッカー及びそれが固結用薬液を注入す
る空間を分け隔てる壁として用いられること」及び本件特許発明の「上記複数の吐
出管の先端開口から固結用薬液を吐出して上記各空間に充満させ」は,いずれも本
件特許発明の特許出願当時の周知技術であり,本件特許発明の特許出願人である控
訴人が,後者の構成を選択した以上,前者の構成は特許請求の範囲から意識的に除
外したものというべきである。
(3)本件特許発明の進歩性について
ア 本件特許発明と本件公知文献記載の発明との控訴人主張の相違点は,原
判決摘示の昭和53年5月1日山海堂発行「土木施工」19巻6号43頁~49頁
(乙18),同年6月1日発行同19巻7号27頁~31頁(乙19),昭和57
年11月20日理工図書発行「トンネルにおけるパイプルーフ工法・地盤」17頁
~21頁,38頁~42頁,104頁~105頁(乙10-2添付),昭和61年
11月5日土木学会同年改訂版発行「トンネル標準示方書(山岳編)・同解説」1
85頁~190頁(同),特公昭63-63688号公報(同)及び実開昭58-
194299号のマイクロフィルム(同,乙8)に記載の公知技術を組み合せるこ
とによって容易に想到し得たものである。
イ 控訴人主張に係る「速硬性の固結用薬液」は,いかなる固結用薬液であ
るのか本件明細書によって明らかではない上,「速硬性の固結用薬液」を用いる地
山固結工法は,本件特許発明の特許出願前から公知の技術であるから,控訴人主張
の本件特許発明の作用効果によって進歩性が肯定されることはない。
第3 当裁判所の判断
 1 争点5(本件特許に無効理由があり,控訴人が本件特許権に基づく権利行使
をすることが権利濫用に当たるか)について
(1)被控訴人らは,特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,そ
の特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されないと
ころ,本件特許発明は,本件公知文献(乙7)記載の発明に基づいて,あるいはこ
れに公知技術を組み合わせて,当業者が容易に発明をすることができたものであ
り,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであって,本
件特許には,明白な無効理由があるから,本件特許権に基づく本訴請求は権利濫用
に当たり許されないと主張するので検討する。
(2)本件公知文献(乙7)には次の記載がある。
ア 「長手方向にゾーンごと区画して注入口が形成された外管と,この外管
内をその軸心方向に移動自在とされた内管部材とを備えた注入装置において;前記
内管部材は,複数の独立した流路を有する内管と,その長手方向に間隔を置いて外
管の内面にそれぞれ内接してグラウトの液密を図るべく設けられた3以上のパッカ
ー部とを有し;前記パッカー部間における外管と内管との間隙たる相互に異なる注
出室に,前記内管の各流路が1対1で独立的に連通していることを特徴とするグラ
ウト注入装置」(1頁左下欄,特許請求の範囲(1))
イ 「〔従来の技術〕この種のグラウト注入工法として,いわゆるソレタン
シュ注入工法は,注入位置を適確に定めることができるなどの利点から,汎く用い
られている。同工法に使用する注入装置は,外管にはたとえば33cmごと注入口が
形成され,そこをゴムスリーブで覆うとともに,内管の先端には注出口が形成さ
れ,その先端および基端側にパッカー部が設けられたもので,注入位置の選定には
内管を外管内において移動させることにより行うものである。注入装置の流路は1
つである。また,同工法に使用されるグラウトは1種のみで,もし異種グラウトを
注入するのであれば,先行注入グラウトを注入した後,他の種のグラウトで流路を
置換する必要がある」(1頁左下欄末行~右下欄第3段落)
ウ 「〔発明が解決しようとする問題点〕・・・本発明は,注入の確実性を
損うことなく施工能率を向上させることができ,異種グラウトの同時注入を行うこ
とができるグラウト注入装置を提供することを主たる目的としている」(1頁右下
欄最終段落~2頁左上欄第2段落)
エ 「〔作用〕本発明は,内管に複数の流路を独立的に構成していること,
パッカー部を3以上設けていること,前記各流路の注出口がパッカー部間において
開口しており,各流路と相互に異なる注出室とが1対1で対応していることを主要
点としている。したがって,内管の第1流路に第1グラウトを供給し,注出口から
注出室に注出させ,さらに注入口から直接に,またはスリーブを撓せながら周辺地
盤へ注入しているときに,内管の他の第2流路に第2グラウトを供給し,同様にし
て別の注入口から周辺地盤に注入できる。したがって,同時にゾーンごと区画され
た注入口から各グラウトを注入できる。その結果,各注入口からの注入量が従来例
と同じであっても,時間当りの注入量は2倍となり,施工手間は1/2となる。そ
して,第1グラウトと第2グラウトとの種別を異らせておくと,異種グラウトを同
時注入できる」(2頁右上欄第2段落~左下欄第2段落)
オ 「(基本例の作用)かかる装置においては,まずボーリング機を用いて
ケーシングを建込み,そこにいわゆるスリーブグラウトを注入し,その後ケーシン
グ内に本装置を挿入し,次いでケーシングを引き抜く。この前施工後,本体内管部
材50の内側管にAグラウト(A液)を供給する。その結果,A液は,ソケット6
0,接手61および第2内側管22Bを通り,第2パッカー部32を抜け第1内側
管22A内に入り,その注出口22aから注出室71内に注出され,さらにそれ自
体の圧力で,注入口11Aからスリーブ12を撓せながらその両端部から注入さ
れ,続いてスリーブグラウトを破りながら周辺地盤へと注入される。これに対し
て,本体内管部材50の外側管51と内側管との間にBグラウト(B液)を圧送す
ると,B液はソケット60の貫通孔60cを抜け,継手33Cおよび33Eと接手
61との間隙を通り,第1外側管21Aと第2内側管22Bとの間に入った後,注
出口21a,注出室72および注入口11Bを通り,スリーブ12を撓せながら,
周辺地盤へと注入される。前述の説明からも明らかなように,A液およびB液の流
路(A液路,B液路)は,内管部材20内において独立しており,また注出口21
a,22a,換言すれば注入口11B,11Aが装置の長手方向において間隔を置
いて区分されている。(施工例)したがって,A,B両流路に異種のA,B両液を
同時に供給して,注入することができる。またA,B両流路を通して同種グラウト
を長手方向に異なる注入口11A,11Bから同時に注入することができる。その
結果,改造ゾーン当りの施工時間は実質的に1/2となる。勿論,注入口12A,
12Bからの注入タイミングを適宜ずらすことも可能である。同種グラウトを同時
注入する場合,第3図のように,注入口11A,11Bの間隔長の2倍のステップ
ごとステップアップしながら注入することができる」(3頁右上欄最終段落~右下
欄最終段落)
カ 「上記例は2重内管例であるが,第7図のような3重管以上の流路構成
にて3個所以上からの同時注入を行うこともできる。なお,第7図の左方には第4
パッカーが設けられるが,図示されていない」(4頁左上欄第3段落)
(3)また,昭和57年3月20日鹿島出版会改訂版発行,坪井直道著「薬液注
入工法の実際」236頁~238頁(甲14)には,ソレタンシュ工法,すなわ
ち,①削孔機(掘削機)を用いて直径100mm前後の孔を設けケーシングを建て
込み,②この孔の中に約30cm間隔に注入孔が開けられ,バルブとして作用する
短いゴムスリーブで覆われた内径40mmのマンシェットチューブを建て込み,③
マンシェットチューブとケーシングとの間に,スリーブグラウトと呼ばれる特殊注
入を行い,その後にケーシングを引き抜き,④注入予定箇所の上下にダブルパッカ
ーを設置できる仕組みの注入パイプをマンシェットチューブの中にセットして注入
する,という工程の薬液注入工法が記載されている。
(4)本件公知文献(乙7)の上記(2)の記載によれば,本件公知文献には,ソレ
タンシュ工法の改良工法が開示されていると認められるが,そのほかに,内管に複
数の流路を独立的に構成していること,パッカー部を3以上設けていること,前記
各流路の注出口がパッカー部間において開口し,各流路と相互に異なる注出室とが
1対1で対応していることを主要点としており,「3重管以上の流路構成にて3個
所以上からの同時注入を行うこともできる」(上記(2)カ)との記載から,内管の独
立的に構成した複数の流路の数を,周辺地盤へグラウトを注入させるべき外管の注
入口の数と同数とし,当該流路の注出口に対応する注出室をパッカー部間により形
成し,各注出口から同時に注出室に注出させ,さらにスリーブをたわませながら周
辺地盤へグラウトを注入する工法が開示されているものと認めることができ,この
工法によれば,内管部材を移動させる必要がないから,ソレタンシュ工法ではない
工法,すなわち「地盤にボーリングしたケーシング内に,長手方向にゾーンごと区
画してその壁を貫く注入口が形成された外管を挿入して固定し,この外管内に,前
記注入口の数と同じ独立した流路を有する内管と,長手方向に間隔を置いて外管の
内面にそれぞれ内接してグラウトの液密を図るべく設けられた3以上のパッカー部
とを有する内管部材を挿入して,前記パッカー部間における外管と内管との間隙た
る相互に異なる注出室に,前記内管の各流路が1対1で独立的に連通するように
し,複数の独立した流路を有する内管の注出口からグラウトを,同時に相互に異な
る注出室内に注出し,外管の注入口からスリーブグラウトを破りながら周辺地盤へ
注入する地盤へのグラウト注入工法」の発明(以下「引用発明」という。)も開示
されていると認められる。そして,本件公知文献の上記記載によれば,引用発明の
工法は,内管を移動させる必要がなく,また,「内管(本件発明の吐出管に相当す
る。以下,同様に相当する構成を記載する。)から吐出されたグラウト(固結用薬
液)を各注出室(空間)内に注出させ,さらに,スリーブをたわませながら(充満
させたのち),外管(長尺管)の注入口(周壁孔)から外管(長尺管)外周の地盤
(地山)内に浸透硬化させ,上記外管(長尺管)内及び外管(長尺管)外周の地盤
(地山)に固結領域を形成する」ものであることが明らかである。
(5)本件特許発明と引用発明とを対比すると,引用発明の「ケーシング内」,
「外管の壁を貫く注入口」,「外管」,「挿入して固定し」,「内管」,「パッカ
ー部」,「注出室」,「グラウト」及び「グラウト注入工法」は,それぞれ本件特
許発明の「長孔内」,「周壁孔」,「長尺管」,「挿嵌固定し」,「吐出管」,
「隔壁」,「空間」,「固結用薬液」及び「固結工法」に相当し,また,引用発明
の「外管内に,前記注入口の数と同じ独立した流路を有する内管と,長手方向に間
隔を置いて外管の内面にそれぞれ内接してグラウトの液密を図るべく設けられた3
以上のパッカー部とを有する内管部材を挿入して,前記パッカー部間における外管
と内管との間隙たる相互に異なる注出室に,前記内管の各流路が1対1で独立的に
連通する」ことは,本件特許発明と同様に,「長尺管の内部を,長手方向に所定間
隔に設けた隔壁により複数の空間に区切るとともに複数の吐出管を上記長尺管内に
配設して複数の吐出管をそれぞれ上記複数の空間に開口させた状態にし」ていると
いえる。さらに,引用発明の「グラウトを,同時に相互に異なる注出室内に注出
し,外管の注入口からスリーブグラウトを破りながら周辺地盤へ注入する」とは,
グラウトが注出室内に充満してその圧力でスリーブグラウトを破って周辺地盤へ注
入される(浸透される)ことを意味し,グラウトは時間の経過とともに硬化するか
ら,注出室内及び周辺地盤に固結領域ができることは上記のとおりである。したが
って,両者は,「地盤に穿設した長孔内に,周壁孔開き長尺管を挿嵌固定し,上記
長尺管の内部を,長手方向に所定間隔に設けた隔壁により複数の空間に区切るとと
もに複数の吐出管を上記長尺管内に配設して複数の吐出管をそれぞれ上記複数の空
間に開口させた状態にし,上記複数の吐出管の開口から固結用薬液を吐出して上記
各空間内に充満させたのち,さらに上記長尺管の周壁孔から長尺管外周の地盤内に
浸透硬化させ,上記長尺管内及び長尺管外周の地盤に固結領域を形成することを特
徴とする地盤固結工法」の発明である点で一致しており,他方,①固結工法の対象
である「地盤」が,本件特許発明では「地山」であるのに対し,引用発明ではどの
ような地盤であるのか不明である点(以下「相違点①」という。),②長尺管内の
各空間に開口しているのが,引用発明では吐出管の周壁に形成された注出口である
のに対し,本件特許発明では吐出管の先端である点(以下「相違点②」という。)
において一応相違していると認められる。
  控訴人は,本件公知文献(乙7)記載の発明では,内管部材を外管の軸芯
方向に移動させてゾーンごとにステップアップしながら行うものであり,注入後,
内管部材は引き抜かれ,外管内には残置されないのに対し,本件特許発明は,ステ
ップアップして吐出作業を行うものではなく,また,後に吐出管は引き抜かれるも
のではなく,長尺管内に残置されるものであるから,本件特許発明では,吐出管の
先端から各空間内に固結用薬液を吐出させるという一工程により,各空間内に固結
用薬液を充満させ,さらに,長尺管外周の地山に浸透硬化させ,長尺管内及び長尺
管外周の地山に固結領域を形成するものであるところ,上記公知文献記載の発明で
は,内管部材が引き抜かれた後の外管は空の状態で地盤中に残って,そこには固結
領域は形成されない点も相違点として主張する。しかしながら,本件公知文献には
ソレタンシュ工法のほかに,引用発明の工法が開示されており,引用発明の工法に
おいては,吐出管は吐出の過程で引き抜かれるものではなく長尺管内に残置される
ものであり,吐出管から各空間内に固結用薬液を吐出させるという一工程により長
尺管内及び長尺管外周の地山に固結領域を形成するものであることは上記のとおり
であるから,控訴人主張の点を相違点ということはできない。
(6)まず,上記相違点①について検討する。「地盤」は,「①地の表面。地
殻。②工作物その他を据え置く基礎となる土地。土台」(広辞苑第5版)を,「地
山」は,「①陸地の山。・・・②(盛土などに対して)自然の丘陵。その土地本来
の山」(同)を意味するところ,引用発明は「地盤」を対象としているものである
が,「地盤」は,第一次的には,水平な地面を一応想定しているものとしても,水
平でない「地山」を除外しているものとまでは解されず,この点は大きな差異とい
うことはできない。そして,本件特許発明の特許出願前に公知文献である昭和53
年5月1日山海堂発行「土木施工」19巻6号43頁~49頁(乙18),同年6
月1日発行同19巻7号27頁~31頁(乙19)には,トンネル工事の地山に,
ソレタンシュ工法を適用することが記載され,また,昭和57年11月20日理工
図書発行「トンネルにおけるパイプルーフ工法・地盤」17頁~21頁,38頁~
42頁,104頁~105頁(乙10-2添付),昭和61年11月5日土木学会
同年改訂版発行「トンネル標準示方書(山岳編)・同解説」185頁~190頁
(同),特公昭63-63688号公報(同)及び実開昭58-194299号の
マイクロフィルム(同,乙8)には,水平な地盤に限らない「地山」に削孔を穿設
し,パイプを挿嵌固定してそのパイプからモルタル等の固結用薬液を注入して地山
をトンネル地盤を強化する技術が開示されており,これらの記載によれば,固結用
薬液を注入して地盤を強化する工法を地山に用いることは,本件特許発明の特許出
願前に公知の技術であったと認められる。したがって,上記相違点①に係る構成
は,当業者が,公知技術を参酌することにより容易に想到し得ることが明らかであ
る。
  次に,上記相違点②について検討すると,引用発明においては,各注出室
に対応して内管の注出口が開口していることが重要であって,この点は本件特許発
明と同様というべきである。その開口の設け方については,本件公知文献にも「な
お,内管部材の流路は同芯であることに限定されない」(4頁左上欄第4段落)と
記載されているように,例えば,上記実開昭58-194299号のマイクロフィ
ルムにおける膨出用パイプ17や2次凝結材用パイプ18と同様,各内管の各先端
から吐出されるようにすることは,当業者が適宜採用し得る事項というべきであ
る。
(7)控訴人は,本件公知文献記載の発明においては,内管部材を外管内の軸方
向に移動させてゾーンごとにステップアップしながら周辺地山へ固結用薬液を注入
することから,速硬性の薬液を使用すると,ゾーンごとに注入し,次いでステップ
アップすることを繰り返す過程で,内管部材内で薬液が固結してしまうため,速硬
性の薬液を使用することができないのに対し,本件特許発明は,長尺管内を隔壁で
区切ることにより長尺管内を狭く区分し,その各空間に固結用薬液を,長尺管内に
残置される吐出管から吐出させるため,従来,長尺管では使用できなかった速硬性
の薬液の使用が可能となり,それによって作業時間の短縮等の顕著な作用効果を奏
すると主張する。控訴人の上記主張は,本件公知文献記載の発明がソレタンシュ工
法又はその改良工法であることを前提とした主張であるが,上記のとおり,本件公
知文献にはソレタンシュ工法ではない引用発明の工法が開示されており,引用発明
の工法においては,吐出管は吐出の過程で引き抜かれるものではなく長尺管内に残
置されるものであり,吐出管から各空間内に固結用薬液を吐出させるという一工程
により長尺管内及び長尺管外周の地山に固結領域を形成するものであること,長尺
管内を隔壁で区切ることにより長尺管内を狭く区分し,その各空間に固結用薬液
を,長尺管内に残置させる吐出管から吐出させるため,従来,長尺管では使用でき
なかった速硬性の薬液の使用が可能となり,それによって作業時間の短縮等,控訴
人が本件特許発明の作用効果として主張するのと同様の効果を奏することができる
ことは明らかである。したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(8)以上のとおり,本件特許発明は,本件公知文献に開示されている引用発明
及び公知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであって,本件特許は,
特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該
当するから,無効であることは明らかである。
 2 結論
   以上のとおり,本件特許に無効理由が存在することは明らかであり,本件特
許権に基づく権利行使は権利濫用に当たり許されないから,控訴人の請求は,その
余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。
   よって,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴
は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
            裁判官   岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴

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