弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を九〇日と定める。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
 控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。本件を東京地方裁判所に差戻す。」と
の判決を求め、被控訴人指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。
第二 当事者の主張
 当審における当事者双方の主張および証拠は、次の事項を付加するほかは、原判
決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 控訴人の陳述
(一)原判決には、憲法の解釈を誤り、かつ、取消訴訟の本質の解釈を誤つた違法
がある。
1 原判決は、本件通知行為が被控訴人が法に基づきその権限の行使としてした処
分ではなく、単なる事実行為としての失効通知をしたにすぎないもので、控訴人の
権利義務(本件優先権主張の効力)についてなんらの変動を及ぼさないものである
ことを理由に、本件通知行為は、取消訴訟の対象となる行政処分ではないとし、そ
の根拠を、行政法規としてのパリ同盟条約、特許法等の解釈に求めているものであ
る。したがって、原判決は、取消訴訟の対象となる行政処分を、行政庁の行為の公
権力性と不可分なものとして把握し、取消訴訟は、行政庁の公権力性ある行為を排
除するための手段にすぎなく、また、これを排除すれば、国民の不利益を救済する
に十分であるとする理論的前提に立つたうえ、取消訴訟が提起された場合に、ま
ず、該取消訴訟の対象と主張されている行政庁の行為が、公権力性を有しているか
どうかを箇別的行政実定法規の解釈によつて確定し、もし、この要件を欠いている
と判断すれば、その行為が違法であり、国民が現実に如何ような不利益を被つてい
ても、これを顧慮することなく、取消訴訟を不適法として却下すべきものとするに
あるものということができる。
2 しかし、取消訴訟の対象となる行政処分を、行政庁の行為の公権力性の有無に
よつて確定することおよびその確定を個個の行政実定法規の解釈に求めることは、
日本国憲法の建前および取消訴訟の本質に反すること、以下に述べるとおりであ
る。
 日本国憲法施行後における、わが国の行政訴訟制度は、憲法上の要請として、い
わゆる列記主義を排し、一切の法律上の争訟につき司法審査のみちを開くなど、い
わゆる概括主義のたて前が確立されたのであるから、法律をもつてしても、列記主
義をとることは、憲法のたて前に違反するものとして許されない。この意味におい
て、行政事件訴訟法においても、当然に、列記主義を棄て、概括主義の立場が採用
されている。しかるに、原判決の前記のような見解によれば、取消訴訟により司法
救済の対象となる事項は、違法な行政庁の行為に基づく国民の不利益に関する一切
の法律上の争訟ではなく、行政法規の解釈によつて公権力性を認められた行為だけ
に限定されるのである。したがつて、この意味では、旧行政裁判法(明治二三年法
律第四八号)第一五条にいわゆる列記主義の要件の代りに、行政法規によつて公権
力性を認められている行政庁の行為という要件に単にいいかえたにひとしく、これ
によつて取消訴訟の対象が若干拡大されても、個々の行政法規の解釈による公権力
性という要件によつて制限する以上、取消訴訟の可否に関するかぎり、列記主義の
補充、拡大にとどまり、本質的には、旧憲法時代の列記主義と何ら変るところはな
い。
 しかしながら、取消訴訟の対象としての行政処分を考えるに当つて、公権力性と
いう概念をもちこまなければならない現実の必要性は全くないのみならず、むしろ
憲法の建前に矛盾するものとして積極的に排除すべきである。
 また、公権力性を取消訴訟の訴訟要件とするときは、裁判所が実定法規の解釈で
公権力性がないと判断すれば、訴を却下するため、国民が行政庁による公権力性の
ない違法な行為によつて現実にどんな不利益を受けていても、何ら不利益を受けて
いないものとされる。しかし、国民は、行政庁による公権力に基づく行為がなされ
てはじめて、その権利、利益に直接影響を受けるわけではなく、そのような行政庁
の行為が行なわれる過程において、あるいは、行政庁の行為であること自体の多面
的総合的性格によつて、すでに多くの不利益を受ける立場にあるものであるから、
裁判所が公権力性を取消訴訟の訴訟要件とする結果、行政庁の行為の違法性はその
まま放置され、事実上適法化することを容認する不合理を免れない。
 しかも、現代における取消訴訟制度が、国民の権利、利益の保障、救済を目的と
し、伴せて行政の適法性を確保しようとするにある以上、前記の不合理な結果を容
認することは、取消訴訟の目的に反するものである。したがつて、この点において
も、公権力性を取消訴訟の訴訟要件とすることは、一般法理に反するのみならず、
取消訴訟の目的および司法国家のたて前にも反するものであつて許されない。
3 また、裁判制度の利用の許否を決める訴訟要件の有無は、実体法規が関与すべ
き筋合の問題ではなく、裁判制度それ自体の目的、本質に照らして決定すべきもの
である。そして、わが国の裁判制度の目的、本質は司法権の独立、優位の下に、法
律上の争訟を解決するにあるから、裁判制度の運用は、実体法規から独立してなさ
るべきである。したがつて、訴訟提起の許否は、裁判制度独自の立場から専ら裁判
制度を利用させるに値いする法律上の争訟を主張しているかどうかによつて判断す
るのが正しいといわなければならない。
 ゆえに、取消訴訟の訴訟要件としての行政庁の行為の公権力性を行政法規の解釈
に依存することは、裁判制度の目的、本質にも反する。
 以上のとおりとすれば、取消訴訟は、行政庁の違法な行為によつて国民がうけも
しくはうけることの確実な不利益を救済するために、行政庁の違法な行為を排除す
る制度であると解し、取消訴訟の対象を決定するに当つては、まず、国民がうけて
いる実害の有無およびこれが行政庁の行為に由来しているかどうかを基準として判
断し、この基準に該当する以上は、公権力性の有無にかかわらず、行政庁の行為に
ついて取消訴訟を許すことが、日本国憲法に確立された司法国家体制にふさわし
く、また、国民の権利、利益の救済を全うすることのできる取消訴訟の正しい姿と
考えられる。
 したがつて、行政庁の行為が、々個の行政法規の解釈によつて公権力性が認めら
れたときにはじめて、取消訴訟の対象となるという原判決の解釈は、旧憲法時代の
列記主義を採用するものであり、取消訴訟の本質を見誤り、憲法第三二条、第七六
条の解釈を誤つた違法がある。
(二) 原判決は、優先権の主張を一種の形成行為と解しているが、これは、優先
権の本質の解釈を誤るものである。
1 原判決は優先権の主張を第一国出願により発生した優先権を第二国出願の際援
用して現実にその効力を生ぜしめ、もつて直接前記利益を享受することを目的とす
る手続上の単独行為であるとし、優先権の主張を一種の形成行為とみている。
 しかし、優先権の主張を形成行為と解すべき根拠は明らかでない。
 しかも、優先権の主張に一種の形成的効力があるとしても、結局、行政庁として
は、出願とは別個の手続で、主張の適否について、その形式的要件および実体的要
件にわたつて審査、判断しなければならないうえ、その結果によつて有効、無効が
決定されること、原判決の認めるとおりとすれば、それは単なる形成権の行使にと
どまるのではなく、新たに別個の手続を開始する行為である。そうすると、優先権
主張は、むしろ、一種の公法上の申立権と解すべきであり、この申立によつて出願
人は、具体的現実的優先権の確認もしくは公証を求めているものと解すべきである
から、これを形成行為とみることは、優先権主張の一部の機能のみに把はれた解釈
というべきである。
2 優先権の主張を形成行為と解すると、手続行為はなるべく有効に解し、特別の
公益的事情による制限のある場合を除き、補正を認めるという手続法の一般原則に
反することになり、その結果補正を認める余地がなくなり、また、撤回を認めるわ
けにもいかなくなつて不合理である。
3 優先権の主張を形成行為と解すると、いかなる内容の形成的効力がいつ発生す
るかが不明確であるのみならず、理論的にも特許法第四三条第四項の規定と矛盾す
ることとなる。
 すなわち、特許法第四三条第四項により優先権主張が失効するというのは、有効
な優先権主張の存在を前提とする。したがつて、形成的効力は、優先権を主張する
際に記載した国名もしくは日付等のとおりに発生すると考えざるをえないが、この
立場をとると、その国名もしくは日付が正しくないときには、優先権主張が本来無
効であることは、原判決のいうとおりであるから、この場合には失効する余地はな
いことになるし、また、国名、日付等が正しいかどうかは、優先権証明書をみなけ
れば判明しないから、形成的効力を発生させようがなく、したがつて、特許法第四
三条第四項により優先権主張が失効するということは法律上全くありえないことに
なる。さらに、原判決のように、優先権証明書の提出を優先権主張の方式の一部と
するならば、形成的効力は、優先権証明書提出の時に発生することになるわけであ
るが、この場合にも、優先権主張が失効するということは法律上ありえないこと右
に述べたとおりである。そうすると、優先権主張を形成行為と解することは、特許
法第四三条第四項と直接矛盾する不合理を免れない。
以上のとおりであるから、優先権主張の本質を形成行為の一種とする原判決は、優
先権主張の本質の解釈を誤るものである。
(三) 原判決は、優先権主張について特許庁は何ら応答する必要も義務もないと
する点において、法律の解釈を誤るものである。
 優先権主張は、特許庁の手続を開始させる手続であり、これは出願人の権利とし
てなしうるものであることは明らかであるから、行政庁である特許庁は、優先権主
張の内容である意思表示もしくは事実の通知を受領すべき義務があり、これによつ
て、特許庁は手続の主宰者となつて、審査をなし、これを終結させるための手続を
とる義務があることは当然である。それは、出願人がつぎの段階の行為をなしうる
ようにするためにも当然必要である。したがつて、特許庁は、優先権主張の法的効
果の発生の有無についての判断の結果を手続上明らかにして当該手続を完結させ、
つぎの手続(出願の審査)をとることができるようにする義務があり、判断の結果
を手続上明らかにせず、出願人に何ら不服申立の機会も与えず、うやむやのまま出
願人に不利益を課することは許されない(この意味で特許公報に優先権主張を掲載
することは応答処分である)。このことは、手続を開始させる権利を有する出願人
は、自己のなした手続行為の結果を手続上知る権利があることおよびそれが手続の
公正を保持するゆえんであることからもいえることであり、とくに、行政庁が、法
的効果が発生しないと判断するとき、即ち、当時者に不利益な判断をし、しかも当
事者の権利を否定するようなときには、その判断の当否につき、法律上不服申立の
途を開くために、何らかの処分をなすべきことは、国民の権利保護の方法として近
代法において確立されている法的手続制度の原則でもあることからもいえることで
ある。ゆえに、原判決が、優先権主張が適式である場合は勿論、不適式な場合に
も、それについて何ら応答すべき必要も義務も存しないとしているのは、この点に
おいて法的手続に関する法律の解釈を誤るものである。
(四) 原判決は、本件通知の行政処分性についての法律の解釈に誤りがある。
 原判決は、本件通知行為を、控訴人の優先権の主張が法律上当然に失効したとい
う被控訴人の意見を、被控訴人が独自の立場から、出願人に対する行政上のサービ
スとして注意的に通知したものである旨判断している。しかし、審査についての特
許庁長官と審査官との原則的関係は、審査の決定に基づいて特許庁長官が手続的行
為をすることになつている(特許法第五一条第一項、第二項、第六三条等、また原
判決の如く、方式の審査も審査の一種とすれば、同法第一七条第二項等)。したが
つて、審査について、特許庁長官の手続的行為がなされたときは、特許庁長官が審
査官の決定に基づいてその決定を通知したものとみるのが普通であり、まして、原
判決のいうように、優先権の主張が失効したかどうか、すなわち、優先権主張に基
づく権利関係について判断する権限は専ら審査官にありとすれば、原判決の認定
は、何ら権限のない特許庁長官が、審査官の専権に属する事項についての法律上の
意見を、審査官の判断とは別に、特許庁長官独自の立場からしかも公的に通知した
ことになるのであるから、このような越権行為が単なる行政上のサービスであり、
注意的通知であり、しかも、そのようなことをするのが慣例であるとは到底考えら
れない。さらに、本件通知書には原判決のいうような注意的通知であることなど一
切記載されていないし、そのような趣旨を推測できる記載もなく、むしろ、その記
載の表現からすれば、出願人に対する公権力の行使としての通知であるとの認識を
与えるのに充分である。
 また、本件通知がなされたのは昭和四一年八月二四日付であるが、本件出願がな
されたのは同三九年二月二六日であり、この間に拒絶理由通知(昭和四〇年七月五
日付)、意見書の提出(同年一一月四日付)、補正通知(同四一年四月二〇日付、
同年五月二四日発送)、補正書の提出(同年七月四日付)の手続がなされているの
であるから、この手続の経緯にかんがみれば、本件通知が被控訴人において優先権
主張が出願の審査の段階で認められないおそれがあることも前もつて注意するため
になされたものと解することはできない。したがつて、このような段階にある出願
について、優先権の主張に関する審査の問題が生じた場合に、原判決のいうように
もともと審査官の専権事項であると考えるならば、審査官が自ら通知をなすかもし
くは通知に必要な決定をなすべきものと解するのが当然であり、合理的であるの
に、原判決の判断によれば、審査に関係のない被控訴人が何らの権限に基づかない
通知をしているという異例かつ不合理なこととなる。むしろ、本件通知は、被控訴
人が審査官の決定に基づき出願手続に準じてなしたものと解するか、または、被控
訴人が審査官の補佐のもとに、固有の権限に基づいてなしたものと解すべきである
から、本件通知は、いずれにしても、特許庁が本件優先権主張を却下もしくは否認
した確認的、公証的法律判断を表示したものとみるべきものである。
(五) 以上のとおり、本件通知は、取消訴訟の対象となるべき行政処分と解すべ
きであるから、これを否定して本件訴を却下した原判決は違法なものとして取消を
免れないものである。
二 被控訴人の陳述
(一) 本件特許出願については、昭和四五年一二月二一日出題公告、同四六年一
一月一八日設定登録されているが、いずれにも優先権の主張は登載されていない。
(二) 特許庁においては、
本件失効通知の効力が問題となつた後は、優先権主張に対する失効通知を出願人に
対して行なうことをとりやめ、現に行なつていない。
       理   由
一 当裁判所も、原審と同様に、控訴人の本件訴は、本位的請求および予備的請求
ともいずれも不適法として却下を免れないものと判断する。その理由は、左記のと
おり付加、訂正するほかは、原判決の理由に記載するとおりであるから、これを引
用する。
二 原判決三七枚目裏六行目「したがつて、」から三八枚目表七行目末尾までを、
次のとおり改める。
 「したがつて、出願と同時に、優先権を主張する特許法第四三条第一項所定の書
面が特許庁長官に提出されることにより、特許庁の何らの応答行為を要せず、直ち
に、第二国の出願日が、先後願関係および新規性等の判断の場合には、第一国出願
の日になされたと同様の取扱を受けるという効果を生ずる。そして、優先権主張
は、同条第四項によつてその効力を失わないかぎり、この効果の発生によつて目的
を達し、じ後は第二国出願手続に吸収され、その一部となる。それゆえ、特許庁
は、その後においては、該出願について、先後願関係および新規性等の判断の場合
には、その出願が第一国出願の日になされたものとして審査し、いわゆる特許査定
または拒絶査定をすれば足り、優先権の効力の有無について独立した応答をする義
務はない。」
三 原判決四三枚目裏一〇行目に「そして、本件弁論の全趣旨によれば、」とある
のを「以上説示してきたところに本件弁論の全趣旨を総合すれば、」と改め、同四
四枚目表末行に「できるようにしてあること」とある次に、「そして現在はこの通
知は行なつていないこと」を付加する。
四 原判決四六枚目表八行目「当該出願に」から同一〇行目「すなわち」までを削
る。
五 原判決四九枚目表三行目の次に次のとおり付加する。
「三、わが国の行政事件訴訟制度が新憲法のもとにおいて、従来のいわゆる列記主
義から概括主義にあらたまつたことは控訴人主張のとおりであるが、それだからと
いつて、行政庁の一切の違法行為についてその行為の取消を求めるための出訴を認
める必要があるということにはならない。ただし、行政事件訴訟に関する裁判が司
法権の作用である以上、訴提起の許否は、原告が裁判制度を利用するに値いする法
律上の争訟を主張しているかどうかによつて決すべきものだからである。行政庁の
当該行為によつて国民の権利義務に影響を及ぼさない場合、その当否を争つて当該
行為の取消を求めることは、裁判制度を利用するに値いする法律上の争訟を主張す
るものとはいえず、このようなものについては裁判制度を利用させる必要はないも
のというべきである。
 叙上の見地に立つてみれば、前叙のごとく、本件通知行為は、被控訴人が控訴人
に対し、その優先権の主張が法律上当然に失効したものであるという意見を注意的
に通知したものにすぎず、この通知によつて、何らの法律上の効果も生ぜず、控訴
人の権利義務すなわち本件優先権の効力に何らの変動を及ぼすものでもなく、ま
た、継続的に控訴人の権利、自由の制限される可能性も無いから、このような行為
に対して行政事件訴訟法による取消の訴の提起を許容しないことが憲法の解釈を誤
り、取消訴訟の本質にもとるものということはできない。
四 控訴人は、優先権の主張をもつて、具体的現実的な優先権の確認もしくは公証
を求める申立である旨主張するが、特許庁が控訴人の主張するような確認行為もし
くは公証行為をなすべき旨を定めた規定は見当らない。ただ、審査手続の過程にお
いて、審査官が出願公告をすべき旨の決定をした場合には、特許庁長官は、この決
定の謄本を出願人に送達した後、出願公告をすべきものとされ、この公告すべき事
項中には、必要な事項として出願人の主張した優先権の効力が認められる場合には
その旨を掲載すべきこととされている。しかし、この場合の公告は、優先権の効力
を伴つた特定の出願がなされた事実を不特定多数の公衆に知らせるためのいわゆる
観念の通知にすぎないものと解すべきであつて、これをもつて控訴人主張のごとく
応答処分であるとかあるいはまた確認行為、公証行為であるとすることはできな
い。
五 優先権が、第二国において出願する際にこれを主張することによつて現実的な
効力を生ずるものであることはすでに述べたとおりであるが、この効力は、優先権
を主張する者によつて特許法第四三条第一項所定の書面が特許庁長官に提出された
ときに生ずるものと解すべきである。そして、優先権の主張は要式行為であるか
ら、この書面に同項所定の事項が記載されていない場合には、不適式なものとして
優先権の主張は無効であり、したがつて、優先権の効力は発生しない。しかしなが
ら、優先権を主張する際に提出された特許法第四三条第一項所定の書面の記載に明
らかな誤記がある場合には、この誤記の訂正が許されることは勿論であつて、この
場合優先権の主張は、当初より訂正にかかる内容どおりの主張がなされていたもの
として、その効力を認めるべきである。優先権の主張について誤記の訂正が許され
ない筈がないし、必要があれば補正を許して然るべきである。
 また、優先権の主張について、その撤回を許容することができるか否かは問題で
あるが、かりにその撤回が許されないものとしても、これが手続経済の原則に反す
ることを理由に前記解釈を否定することはできない。
六 優先権の効力の有無は、出願を審査する段階において審査官によつて審査判断
され、その判断は、いわゆる拒絶査定あるいは特許査定において明らかにされる。
そして、優先権の効力がないことが理由となつて出願が拒絶された場合には、出願
人は、拒絶査定の判断を争つて審判による不服の申立さらには、その審決に対する
取消の訴を提起することにより訴訟による救済の途が存するものである。また、優
先権の効力が認められないままで特許査定がなされ、権利の設定登録がなされた場
合に、後に優先権の効力が認められないために無効審決がなされたときには、この
無効審決に対して取消の訴を提起することにより、また、第三者の権利の侵害に対
しては、その侵害の排除を求める訴訟において、優先権の効力を主張することによ
り、訴訟による救済の途が存するものである。ところで、優先権主張の手続は、出
願手続と別個の手続ではあるが、これに付随し、出願手続の一環としての手続であ
るから、優先権の効力の有無が争いとなる場合に、如何なる手続によつてこれを解
決し、その法律関係を確定するかは、ひとえに立法政策の問題であるということが
できる。現行法のもとにおいては、優先権の効力の有無に関して独立して確認、公
証を求め、その判断に対して不服を申立てる方途は存しないが、前述したように優
先権の効力を否定した判断に対しては、終局的には法律上不服申立をする途が設け
られているのである。したがつて、優先権主張の効力について特許庁の判断の当否
について独立して法律上不服申立の途が設けられていなくとも、当事者の権利が著
るしく害されるということはできないし、ましてや本件通知が控訴人の優先権主張
の申立に対する応答行為であつて法律上の処分に当たると解する余地はない。
七 控訴人は、本件通知は、被控訴人が審査官の決定に基づき出願手続に準じてな
したものか、あるいは被控訴人が審査官の補佐のもとに、固有の権限に基づいてな
したものと解すべきである旨主張するが、前述のとおり、法令上、被控訴人に対し
出願人にあて本件のような優先権主張の失効通知をなすべき旨を命じている規定は
ないのであるから、本件出願から失効通知がなされるまでに可成の年月が経過して
いる事実を考慮にいれると、いささか奇異の感じを免れ難いけれども、だからとい
つて、控訴人の主張するような解釈する余地はないものといわざるを得ない。
六 してみれば、控訴人の本訴は、本位的請求および予備的請求ともいずれも不適
法として却下を免れないから、これを却下した原判決は相当であつて、本件控訴は
理由がない。
 よつて本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項を
適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 古関敏正 石沢健 宇野栄一郎)

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