弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取り消す。
     被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ、一〇〇万円及びこれに対する昭
和四六年五月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
     控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
     訴訟費用は、第一、二審を通じて六分し、その五を控訴人らの負担と
し、その余を被控訴人の負担とする。
         事    実
 一、 控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人らに対し、そ
れぞれ、六二〇万円及びこれに対する昭和四六年五月一三日から支払済みに至るま
で年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担と
する。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 二、 当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これ
を引用する。
 (証拠関係は省略する。)
         理    由
 一、 控訴人ら間の男子であるA(昭和四二年三月一九日生)が、昭和四六年五
月一三日午後五時四〇分ころ、千葉県富津市(当時、君津郡a町)b地内の飯野神
社付近農道を通行中に犬に襲われ、頸動脈に達する左頸部咬創及び前胸部から両側
大腿背部にかけて無数の咬創を受け、これにより同日午後七時二五分ころ死亡した
こと、控訴人らはAの父母として同人の権利義務を二分の一ずつ承継したことは、
当事者間に争いがない。
 そして、原審証人Bの証言とこれにより真正に成立したことが認められる乙第一
号証、原審証人C、同D、同Eの各証言及び原審における控訴人F本人尋問の結果
を総合すると、Aを襲つた加害犬は、体長約一メートルの成犬三頭(一頭は白と茶
のぶち、一頭は白、一頭は茶)で、いずれも首輪をつけていなかつたこと、そし
て、当時、事故現場付近をうろついている犬として住民らが見かけたことのある犬
でもなく、又、事故後に行つた調査においても、付近の者の飼い犬のうちには該当
するものが発見されるに至らなかつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証
拠はない。
 右事実によれば、加害犬は、狂犬病予防法六条にいう「鑑札を着けず又は注射済
票を着けていない犬」及び後記千葉県犬取締条例二条にいう「野犬等」のいずれに
も該当する犬であつたことが明らかである。
 二、 控訴人らは、本件事故は、千葉県知事、木更津保健所長、狂犬病予防員及
び指定職員らが、前記「鑑札を着けず又は注射済票を着けていない犬」ないし「野
犬等」を捕獲、抑留し若しくは掃蕩すべき義務を怠り、何らの措置をも講じなかつ
たことにより生じたもので、被控訴人はこれら公務員の作為義務違反による不法行
為責任を免れることができないと主張する。
 そこで、千葉県知事を含む右公務員らの作為義務の有無したがつて右作為義務違
反による不法行為の成否について検討する。
 1 成立に争いがない乙第六号証、前掲証人Bの証言によると、千葉県における
犬の取締に関する法令には、狂犬病予防法と千葉県犬取締条例(昭和四三年一〇月
三一日千葉県条例第三三号)とがあり、狂犬病予防法は「狂犬病の発生を予防し、
そのまん延を防止し、及びこれを撲滅することにより、公衆衛生の向上及び公共の
福祉の増進を図ることを目的とする。」(同法一条)もので、地方公共団体たる被
控訴人が国の機関委任を受けてその義務を行つているものであること、千葉県犬取
締条例は「人の身体又は財産に対する犬の危害を防止し、もつて社会生活の安全を
確保するとともに、公衆衛生の向上を図ることを目的とする。」(同条例一条)も
ので、それまでの千葉県飼い犬取締条例(昭和三六年千葉県条例第一二号)に代つ
て昭和四四年一月一日から施行されているものであること(同条例附則一項二項)
が認められる。
 これらの法令が犬の捕獲、抑留ないし掃蕩について定めているところをみると、
狂犬病予防法六条は「狂犬病予防員(同法三条により、知事が県職員で獣医師であ
るもののうちから任命する。)は、登録を受けず若しくは鑑札を着けず、又は、予
防注射を受けず若しくは注射済票を着けていない犬があると認めたときは、これを
抑留しなければならない。予防員は、前項の抑留を行うため、あらかじめ知事が指
定した捕獲人(同法施行規則一四条により狂犬病予防技術員と称する。)を使用し
てその犬を捕獲することができる。」旨定め、千葉県犬取締条例八条は「知事は、
あらかじめ指定した職員(指定職員という。)をして野犬等(同条例二条により
「管理者のない犬及び同条例三条のけい留義務又は抑留義務に違反してけい留され
ず又は抑留されていない飼い犬」をいう。)を捕獲し、又は抑留させることができ
る。」、九条は「知事は、野犬等が人畜その他に危害を加えることを防止するため
緊急の必要があり、かつ、通常の方法によつては野犬等を捕獲することが著しく困
難であると認めたときは、区域及び期間を定め、薬物を使用して野犬等を掃とうす
ることができる。」旨定める。すなわち、狂犬病予防法は、狂犬病予防員が登録を
受けず若しくは鑑札を着けず、又は、予防注射を受けず若しくは注射済票を着けて
いない犬があると認めたときはこれを抑留すること、したがつて抑留のためにその
犬を捕獲することを義務づけているが(捕獲については、前記のとおり、狂犬病予
防員に対して権限を与える規定があるのみであるが、抑留が義務づけられている関
係上その手段をなす捕獲もまた義務づけられているものと解される。)千葉県犬取
締条例は、指定職員による野犬等の捕獲、抑留だけでなく、緊急の必要がある場合
に薬物を使用して行う掃蕩をも知事の一般的な権限として規定するにとどめる。
 このように、犬の捕獲、抑留ないし掃蕩に関する規定は、狂犬病予防法と千葉県
犬取締条例とではその内容を異にするが、本件事故当時、狂犬病予防員がその現場
付近に狂犬病予防法六条により捕獲、抑留すべき義務のある犬があることを確認し
ていたことを認めるに足る証拠はないから、以下では、千葉県犬取締条例八条及び
九条が知事に対して認めている野犬等の捕獲、抑留ないし掃蕩の権限について、右
権限行使の義務すなわち作為義務があつたかどうかを検討することとする。
 2 ところで、ある事項につき行政庁が法令により一定の権限を与えられている
場合に、その権限を行使するか否か、又、どのような方法でこれを行使するかは、
当該行政庁の裁量に委ねられているのを原則とする。したがつて、行政庁が右権限
を行使しない場合でもその不行使については行政上の責任が問題となることがある
は格別、それ以外の責任は生じないのが本則である。しかし、同じく権限の不行使
といつても、それが問題となる場合に応じて不行使に対する評価の基準やその方法
にも差異が生じてくるのは当然であつて、とくに行政庁の権限行使そのものの合
法、違法ではなく、その不行使によつて生じた損害の賠償責任の有無が問題となつ
ている本件では、損害賠償制度の理念に適合した独自の評価が要求されることはい
うまでもない。しかるときは、本件のように、法令上は知事が捕獲、抑留ないし掃
蕩の権限を有しているにすぎない場合でも、損害賠償義務の前提となる作為義務と
の関係では、(イ)損害という結果発生の危険があり、かつ、現実にその結果が発
生したときは、(ロ)知事がその権限を行使することによつて結果の発生を防止す
ることができ、(ハ)具体的事情のもとで右権限を行使することが可能であり、こ
れを期待することが可能であつたという場合には、その権限を行使するか否かの裁
量権は後退して、知事は結果の発生を防止するために右権限を行使すべき義務があ
つたものとして、これを行使しないことは作為義務違反に当ると解するのが相当で
ある。
 このように解することは、不作為を含む行政庁の権限行使そのものの合法、違法
という行政法固有の問題ではなく、損害の公平な分担を理念とする現代の損害賠償
制度のもとで右責任の有無が問題となつている本件の場合にもつともよく適合する
ものというべきである。とくに本件事故は、被控訴人が撲滅の必要を認めて種々の
対策をたてていた野犬等によつて惹起されたものてあつて、何らそのような対策が
たてられておらず、又、社会的な需要も認められないその他の動物によつて惹起さ
れた場合とは異なることに留意すべきである。それゆえ、Aの死亡による損害を控
訴人らのみの負担に帰せしめることは妥当を欠くのであつて、前記(イ)ないし
(ハ)の要件のもとで、被控訴人による損害分担の可否を論ずることは、実質的に
も理由があるものと解される。
 3 そこで、進んで前記(イ)ないし(ハ)の要件を具備しているか否かについ
て検討する。
 (一) まず、千葉県においては野犬等の咬傷によつて死亡等の結果が生ずる危
険性は従来から存在しており、しかも、このような危険性は知事においても十分に
認識していたものと認められる。すなわち、成立に争いがない甲第六号証、前掲証
人Bの証言とこれによつて真正に成立したことが認められる乙第五号証、乙第七号
証の一、二によると、千葉県においては近年犬による人畜の被害が多発し、生活環
境上の公害として大きな社会問題ともなり、県民の日常生活を不安に陥れるといつ
た状況であつて、千葉県犬取締条例は、昭和三六年に制定施行されたそれまでの飼
い犬取締条例では多発する犬の危害を防止することができなかつたことから、放し
飼いの犬や野犬を捕獲、抑留し、又は、薬物による掃蕩ができるようにし、危害防
止に万全を期そうとして昭和四三年に制定されたことが認められるが、とくに被害
者が乳幼児であるようなときには犬の危害によつて死亡その他の重大な結果が生ず
る場合のあることは見易いところであるから、千葉県犬取締条例そのものが、この
ような死亡等の事故が発生することを予測しこれを未然に防止することを目的とし
た制度であるということができる。死亡等の事故発生の防止が単に反射的ないし副
次的な目的をもつにすぎないというものではないのである。
 そして、このような目的をもつ犬取締条例制定施行の背景となる社会的現実とし
て、次のような野犬等の咬傷による死亡等の事故が発生していることが認められ
る。昭和四三年度から昭和四五年度までの犬による被害状況が届出のあつたものだ
けで原判決添付別表(一)のとおりであること(そのうち、人の咬傷被害を千葉県
全体と本件事故発生地を管轄する木更津保健所管内とに分けてみると、昭和四三年
度―八四五件:四一件、昭和四四年度―六七九件:三七件、昭和四五年度―七八五
件:二九件の割合となる。)は当事者間に争いがないが、成立に争いがない乙第一
四号証の二、三、前掲証人Bの証言とこれにより真正に成立したことが認められる
乙第二、第三号証、第四号証の一ないし三、原審証人Mの証言によれば、本件発生
前これと近接して発生した主な咬致死傷事故には、(1)昭和四五年七月二七日に
千葉県館山市cd番地G方屋内に侵入した野犬が、就寝中のH(生後二〇日)に咬
みつきこれを持ち去り約一時間後に右Hが死体となつて発見されたもの、(2)昭
和四六年四月九日に同県夷隅郡e町f地内で帰校途中のI(当時一〇才)がJ所有
の放し飼いの犬三頭に襲われ頸動脈咬傷による出血多量で死亡し、同日同所付近で
K(当時七才)が同じ犬に襲われ前頭部、腰部に咬傷を受けたもの、(3)昭和四
六年五月一二日に同県君津市(当時、君津郡g町)人見地内の人見公園付近でL
(当時五才)が山口鉄工所の飼い犬とみられる犬に顔面を咬まれたものなどがあつ
たことが認められる。本件事故は、右(3)の事故の翌日に同じ木更津保健所管内
で発生したものである。
 もつとも、前掲乙第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証、前掲証人Bの証
言によると、右に見たところにもあらわれているように、これらの咬致死傷事故に
は飼い犬が加害犬となつたものも含まれているが、事故状況が必ずしも明らかでな
い(3)の事故を除きすべてが野犬等によつて惹起されたものであり、しかも、前
掲証人B、同M、原審証人C、同Nの各証言によると、本件事故当時における野犬
等の推定数は、千葉県全体で約四万頭、木更津保健所管内で二、〇〇〇ないし三、
〇〇〇頭に達していたというのであるから、大量的にみると、本件と同じような野
犬等による咬致死傷事故は必然的に発生する可能性があつたものというべきであ
る。
 (二) ところで、これらの咬致死傷事故の防止の方法についてみると、野犬等
のうち管理者のある非繋留犬については、管理者の繋留義務を強調することによつ
てもある程度までは事故防止の目的を達成することができるであろう。その意味
で、千葉県犬取締条例三条が管理者に対し飼い犬の繋留義務を定めてその遵守を図
つているのは、事故の発生を防止する一つの方法ということができる。しかし、野
犬等のうち管理者のない犬(管理者があるか否か明らかでない犬を含む。)及び管
理者はあつてもその管理に適正さを欠いている犬については、知事が捕獲、抑留な
いし掃蕩の権限を行使する以外に事故の発生を防止する方法がなく、これがその唯
一の方法であることに注意しなければならない。条例が知事に対し野犬等の捕獲、
抑留ないし掃蕩の権限を与えていることの意義はまさにこの点にあるのであつて、
条例は、これによつて犬の危害防止というその制定の目的を完からしめようとした
ものにほかならないのである。それゆえ、知事は、捕獲、抑留ないし掃蕩の権限を
このような条例の目的にそうように適切に行使すべき責務があることはいうまでも
なく、しかも、これを適切に行使しさえずれば、野犬等の撲滅を図ることができ、
これにより咬致死傷事故の発生も容易に防止することが可能であると解されるので
ある。
 (三) そして、本件の場合、野犬等の捕獲、抑留ないし掃蕩を行うことは可能
てあつて、これを妨げるべき何らかの事情があつたとはとうてい認められない。前
掲乙第一号証、乙第四号証の三、前掲証人Bの証言とこれによつて真正に成立した
ことが認められる乙第一二号証の二、原審証人Oの証言によると、本件事故の発生
後にその現場であるh地区を中心にして薬殺を含めた野犬等の捕獲、掃蕩を行い、
捕獲一三頭、銃殺七頭、薬殺九頭、以上合計二九頭(そのうち加害犬と推定される
もの一頭)を収容する成果をあげ、附近の野犬等を一掃したことが認められるが、
このことは、その気にさえなれば、事故の発生前においても、このような捕獲、掃
蕩を行うことが可能であつたことを示すものである。しかるに、前掲証人C、同
N、同O、原審証人Pの各証言によると、h地区は、田園地帯であるとはいえ、約
三〇〇世帯が居住する地域で、捕獲、掃蕩を困難ならしめるような事情があつたと
も認められないにもかかわらず、右地区については、事故直前ころ野犬等が横行し
人身事故はなかつたものの鶏などの被害は見られる状況であつたのに、過去に何回
か木更津保健所の捕獲車が通過したことがあるのみで、実際に捕獲を行つた事実は
なかつたことが認められる。
 のみならず、本件事故が発生した昭和四六年ころの野犬等の捕獲、抑留の実情を
みると、前掲乙第五号証、前掲証人B、同Cの各証言、前掲証人Nの証言とこれに
よつて真正に成立したことが認められる乙第一三号証によれば、実際に捕獲、抑留
を担当する捕獲人は、千葉県全体では二二名、木更津保健所では二名がいるのみで
あつて、これらの捕獲人が捕獲車で巡回を行い或いは地元市町村の協力を得るなど
して野犬等の捕獲、抑留に努め、一年間に県全体で四万ないし五万頭、木更津保健
所管内で二、〇〇〇ないし三、〇〇〇頭にのぼる成果をあげていたものの、野犬等
の繁殖や飼い犬の新たな野犬化による増加があるため、右捕獲、抑留も犬数の増加
を抑えるのが精一杯であり、県全体で約四万頭、木更津保健所管内で二、〇〇〇な
いし三、〇〇〇頭と推定される前記野犬等の数を積極的に減少させる効果はあがつ
ていなかつたことが認められる。被控訴人は、犬の危害から県民の身体等を守るた
め、野犬を一掃するほか、正しい犬の飼い方の普及のために、所要の人員を確保し
捕獲車その他の設備の整備に努めるなど種々の施策を講じてきたと主張するが、被
控訴人の指摘する施策は、どちらかというと飼い主対策に重点が置かれていたこと
は否定しえないところであつて、(例えば、前掲青木証人の事故直前木更津保健所
課長であつた同証人として捕獲人の数の多少よりも飼い主の責任が問題であると考
えていた旨の証言はこのことの一端を示している。)飼い主の手を離れて野犬化し
た犬の対策に十分でないところがあつたことは、右にみた実情に照らして明らかで
ある。
 このように、本件では、県がその気にさえなれば野犬等の捕獲、抑留ないし掃蕩
を行うことができたにもかかわらず、それが十分に行われていなかつたことが認め
られるが、もともと、野犬等の捕獲、抑留ないし掃蕩は、野犬等の特性をみるまで
もなく、組織的かつ計画的に行わなければならないものであるうえに、その実施の
過程では他人の所有地への立入りなどの利害の交錯をも生ずることがあるから、個
々の住民が行うには自ずからなる限界があり、したがつて、どうしても、捕獲、抑
留ないし掃蕩の権限を有する知事に期待する以外に方法がなく、このことは、本件
事故が発生した当時においても同様であつたものというべきである。とくに、前記
(一)でみた咬致死傷事故の例からも明らかなように、野犬等によつて被害を受け
る可能性は大人よりも乳幼児の場合が多いことを考えると、その健全な生育環境を
確保する責務をもつ行政したがつてその主宰者である知事の捕獲、抑留ないし掃蕩
に期待する度合は一層大きいものがあつたといわなければならない。
 <要旨>(四) 以上認定の事実によれば、本件事故は、野犬等の咬傷により死亡
等の事故が発生する場合のあることを予測し、これを未然に防止することを
目的として制定された千葉県犬取締条例のもとで、多発する咬致死傷事故の一つと
して発生したもので、これらの事故の発生を防止するためにとられてきた各種の施
策とくに野犬等の捕獲、抑留ないし掃蕩がその増加を抑えるのが精一杯で積極的に
これを減少撲滅させるだけの効果がなかつたことから、いわば必然的に発生したと
いつてよいものである。しかし、このような事故は、知事が条例によつて認められ
た野犬等の捕獲、抑留ないし掃蕩の権限を適切に行使し、条例の定める目的を実現
するのに遺漏がないようにさえすれば容易に防止することが可能なのであつて、と
くに本件の場合、事故後に行つたと同じような野犬等の捕獲、掃蕩を前もつて行つ
てさえいれば、事故の発生は確実に防止することができたとみられるのであり、し
かも、このような捕獲、掃蕩を不可能ならしめる障害があつたとか、捕獲、掃蕩に
もかかわらず本件事故が発生したであろうと認められるような事情もみいだすこと
はできないのである。そして、これらの捕獲、掃蕩は、その権限を有する知事に対
して期待する以外にないことを考えると、知事は、結局、条例によつて認められた
野犬等の捕獲、抑留ないし掃蕩の権限を適切に行使しなかつたといわざるをえない
のであつて、ここに作為義務違反があつたものというべく、上記認定の事実によれ
ば少なくとも過失は免れないと認められ、このことは当該加害犬に管理者があり、
その者が加害につき責任を負うべき場合であると否とによつても差異はないと解さ
れるから、いずれにせよ被控訴人は、前記野犬等によりなされた本件事故によつて
生じた後記損害を賠償すべき義務があると解するのが相当である。
 4 次に損害額について検討する。
 (一) Aの逸失利益Aが昭和四二年三月一九日生れの男子で、本件事故当時満
四才であつたことは、冒頭に述べたとおりであるところ、昭和四三年度簡易生命表
によると、四才の男子の余命が六六・五五年であることは当事者間に争いがないか
ら、Aは少なくとも一八才から六〇才までは就労可能であつて、全労働者の各年令
別の平均収入に相当する収入を得ることができたものと認められる。そこで、当裁
判所に職務上顕著な昭和四四年度賃金センサスに基づき、かつ、収入の二分の一の
生活費を要するものとして、Aの得べかりし利益の現価をホフマン式計算法により
計算すると、控訴人ら主張のとおり、六四七万二、〇八五円となることが認められ
る。
 そして、控訴人らがAの父母として同人の権利義務を二分の一ずつ承継したこと
は、前述のとおりであるから、控訴人らは、右損害の二分の一である三二三万六、
〇四二円ずつを取得したことになる。
 (二) 控訴人らの慰籍料前掲控訴人F本人尋問の結果、原審における控訴人Q
本人尋問の結果によると、控訴人らには、Aのほかに長女R(当時七才)、次女S
(当時二才)の子があつたが、男の子はAのみであるため同人の将来に期待をかけ
ていたところ、同人は野犬等により頸部、胸部、大腿部などに無数の咬創を受ける
という悲惨な事故によつて死亡したため、精神的に著しい苦痛を被つたことが認め
られるから、その慰籍料としては控訴人らにつきそれぞれ三〇〇万円をもつて相当
と認める。
 (三) 過失相殺前掲控訴人F尋問の結果によれば、Aの母であるFは、本件事
故の発生前に付近をうろついている犬をみかけたことがあり、そのため、Aらに対
しても咬みつかれることがないよう常々注意を与えていたこと、しかるに、たまた
まFが長女Rに買物を頼んだ際にAをこれと一緒に外出させたことから本件事故が
発生したもので、RはAが犬に襲われているのを目撃しながら自力では救うことが
できなかつたため、Aは死亡の原因となる重傷を受けるに至つたことが認められ、
この認定に反する証拠はない。右認定の事実によれば、Fは野犬等の危険性を認識
しながら監護能力の十分でないRと二人だけでAを外出させたことになるのであつ
て、Aを監護すべき義務を負う親権者として大きな落度があつたものといわざるを
えず、したがつて、右事情を斟酌して賠償額を相当程度減額すべく、右の減額はF
の夫でありAの父である控訴人Qについても同様と解すべきである。
 (四) 右(一)ないし(三)によれば、控訴人らが賠償を受くべき賠償額は、
それぞれ、一〇〇万円とするのが相当である。
 三 以上のとおりであつて、控訴人らの本訴請求は、それぞれ、一〇〇万円とこ
れに対する不法行為時である昭和四六年五月一三日から支払済みに至るまで年五分
の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があることになるから、本訴
請求を全部棄却した原判決を民訴法三八六条に従い取り消し、右部分を正当として
認容しその余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六
条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 園部秀信 裁判官 太田豊)

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