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平成22年7月16日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(ワ)第19774号商標権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成22年4月21日
判決
東京都練馬区〈以下略〉
原告株式会社さんわ
同訴訟代理人弁護士牧恵美子
同訴訟代理人弁理士牧哲郎
同補佐人弁理士牧レイ子
兵庫県たつの市〈以下略〉
被告医療法人古橋会
同訴訟代理人弁護士前田知克
同幣原廣
同小川原優之
同緑川由香
同佐熊真紀子
同野村修一
同浅野史生
同横路春彦
同訴訟代理人弁理士田中昭雄
主文
1被告は,介護保険に係る役務を提供するに当たり,その営業上の施設又は活
動に「シルバーヴィラ揖保川」又は「シルバーヴィラ」と当該施設若しくは活
動の種別を示す名称とを組み合わせた標章を付してはならない。
2被告は,原告に対し,金576万7557円及びこれに対する平成20年8
月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担
とする。
5この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,老人の養護の役務を提供するに当たり,その営業上の施設又は活動
に「シルバーヴィラ」という標章を付し,又は同標章を付した施設により同役
務を提供してはならない。
2被告は,原告に対し,金1160万3280円及びこれに対する平成20年
8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,登録商標を「シルバーヴィラ」とする商標権を有し,かつ,「シル
バーヴィラ向山」との名称の老人ホームを運営する原告が,「シルバーヴィラ
揖保川」及び「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」(以下,これらを併せて
「被告各標章」という。)の名称で介護保険に係る施設を開設・運営する被告
に対し,①被告各標章の使用は,原告の商標権を侵害し,又は侵害するとみな
される(商標法37条1号)として,商標法36条に基づく「シルバーヴィ
ラ」の標章の使用の差止め並びに民法709条及び商標法38条3項に基づく
損害賠償金1160万3280円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である
平成20年8月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損
害金の支払,②被告各標章の使用は,不正競争防止法(以下「不競法」とい
う。)2条1項1号に該当するとして,不競法3条に基づく「シルバーヴィ
ラ」の標章の使用差止め(商標権に基づく「シルバーヴィラ」の標章の使用差
止めと選択的併合)を求める事案である。
1争いのない事実等(争いのない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
⑴当事者
ア原告は,有料老人ホームの経営等を目的とする株式会社である(弁論の
全趣旨)。
イ被告は,病院,介護老人保健施設,老人訪問介護ステーション及び居宅
介護支援事業所等を開設し,これらを経営する医療法人である。
(2)原告の商標等
ア原告は,次の商標権(以下「原告商標権」といい,その登録商標を「原
告登録商標」という。)を有している。
(ア)登録番号商標登録第4921381号
(イ)出願日平成12年11月1日
(ウ)登録日平成18年1月13日
(エ)商品及び役務の区分第42類
(オ)指定役務老人の養護,宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の
媒介又は取次ぎ,飲食物の提供,美容,理容,入浴施設の
提供,あん摩・マッサージ及び指圧,きゅう,はり,医療
情報の提供,健康診断,栄養の指導,衣服の貸与,カーテ
ンの貸与,家具の貸与,タオルの貸与,布団の貸与
(カ)登録商標シルバーヴィラ(標準文字)
イ原告は,昭和56年4月から,東京都練馬区〈以下略〉において,「シ
ルバーヴィラ向山」(以下「原告標章」という。)との名称の有料老人ホ
ーム(以下「原告施設」という。)を営業している(甲3,5,弁論の全
趣旨)。
⑶被告各標章の使用
被告は,兵庫県たつの市〈以下略〉において,「シルバーヴィラ揖保川」
との名称の介護老人保健施設を平成9年4月に,「シルバーヴィラ居宅介護
支援事業所」との名称の居宅介護支援事業所を平成12年4月にそれぞれ開
設し,これらを運営している(乙6,弁論の全趣旨。以下,これらの被告の
各施設を「被告各施設」と,被告各施設の名称を「被告各標章」と総称す
る。)。被告は,シルバーヴィラ揖保川の開設時から,「シルバーヴィラ揖
保川」の標章を介護老人保健施設の名称として使用するとともに,その看板,
広告,ホームページ及び入所パンフレットに当該標章を表示し,介護老人保
健施設の役務に関する広告に「シルバーヴィラ揖保川」を使用している(甲
8,97ないし101,105ないし107,乙7ないし9,12ないし1
4(枝番を含む。),27の1ないし5,28,弁論の全趣旨)。また,被
告は,「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」を商標として使用しているこ
とを明示的に争っておらず,同事業所等の紹介文書(乙23,24)の記載
に照らしても,被告は,同事業所の開設時から,同事業所の役務に関する広
告に「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」を使用しているものと認められ
る。
2争点
⑴商標権侵害に基づく請求について
ア原告登録商標と被告各標章の類否
イ指定役務と被告が提供する役務との類似性
ウ被告の過失
エ先使用(商標法32条)の成否
オ原告登録商標が慣用商標といえるか否か
カ損害の有無及び額
(2)不競法違反に基づく請求について
ア原告標章の周知性
イ原告標章と被告各標章との類否
ウ誤認混同のおそれの有無
エ営業上の利益の侵害の有無
オ先使用(不競法19条1項3号)の成否
カ原告標章が慣用商標といえるか否か
⑶原告の請求が権利の濫用に当たるか否か(商標権侵害及び不競法違反の主
張に共通する抗弁)
第3争点についての当事者の主張
1争点(1)ア(商標権侵害:原告登録商標と被告各標章の類否)について
(原告の主張)
(1)被告各標章の要部
ア被告の介護老人保健施設の名称「シルバーヴィラ揖保川」中,「揖保
川」は,被告施設の所在地の地名であり,識別力がなく,識別力があるの
は「シルバーヴィラ」の部分である。そして,「シルバーヴィラ揖保川」
は,11音から成る長い称呼であることや,片仮名と漢字が分断した外観
を有することから,分断して称呼されやすい。また,介護業界では,ハウ
スマークに地名や氏を付けて表示する慣行がある(甲16ないし20)。
したがって,「シルバーヴィラ」の部分が要部である。
イまた,被告の居宅介護支援事業所の名称は,「シルバーヴィラ」である。
(2)原告登録商標と被告各標章の類否
被告各標章又はその要部である「シルバーヴィラ」は,原告登録商標と,
外観,称呼及び観念が同一である。したがって,被告各標章は,いずれも
「シルバーヴィラ」を含むもので,原告登録商標と同一又は類似である。
(3)被告の主張について
ア被告は「揖保川」は地名として認識されないと主張するが,それが有名
であるかどうかはともかく,地名であることに変わりはないから,その点
に識別力はない。
仮に,被告が主張するように,地名を付記した標章が登録商標と非類似
になるとすれば,登録商標の保護範囲が狭小に過ぎることになり,商標権
の存在意義が失われることになる。
イハウスマークかどうかは施設の数で決まるわけではなく,営業標識とし
て使われる社標で,営業の同一性を表すものは,ハウスマークである。
ウシルバーヴィラが希釈化されているような事実はなく,「シルバーヴィ
ラ揖保川」が「揖保川」という地名により識別機能を発揮しているわけで
もない。
(被告の主張)
(1)被告各標章の要部
「揖保川」が被告施設の所在地の地名であることは認めるが,識別力がな
い旨の主張は争う。
ア取引者・需用者が「シルバーヴィラ揖保川」に接した場合,「シルバー
ヴィラ」の部分のみでは何の意味も想起させず,「揖保川」の部分は直ち
に施設所在地の地名として認識され得るほど知られているものではないか
ら,「シルバーヴィラ」の部分が自他識別力を発揮するわけではではなく,
「シルバーヴィラ揖保川」の各文字が一体不可分のものとして,被告の運
営する介護老人保健施設を示している。
イ原告は,「シルバーヴィラ」がハウスマークであると主張する。
確かに,同一企業が,共通の施設名の下に地名を付けて,全国的に多数
の老人ホームを経営している場合には,その共通の施設名をハウスマーク
ということができる。しかしながら,原告は,本件訴訟提起時において,
原告施設しか営業していないから,「シルバーヴィラ」が原告のハウスマ
ークであるとはいえず,また,取引者・需要者間においても,これが原告
のハウスマークと認識されるには,ほど遠い状況にある。
これに加えて,全国で「シルバーヴィラ」を使用した施設が7件あり,
このことは,過去に原告以外の多数の企業で「シルバーヴィラ」を付けた
営業標識が使用されていることを示しており,「シルバーヴィラ」の自他
役務識別標識としての機能が希釈化されているといわざるを得ない。
このような標章である「シルバーヴィラ」に「地名」を付加することは,
自他役務識別力を発揮させる上で極めて需要なことであり,取引者・需要
者は,これを頼りに自他役務の識別を行うのであり,ハウスマークに地名
を付加することとは,意味合いを異にする。
したがって,「シルバーヴィラ揖保川」は,全体で一体不可分のものと
して把握されるべきである。
ウ原告は,地名には役務識別力はないと主張するが,商標法3条1項3号
は,地名のみからなる商標は役務識別力がないと述べているのであって,
地名に他の標識が付加されることにより,自他役務の識別機能を発揮する
ことを示唆していることから,原告の主張は失当である。
(2)原告登録商標と被告各標章との類否
前記のとおり,シルバーヴィラ揖保川はシルバーヴィラのみで意味をなす
ものではなく,両者が主従の別なく一体として結合したものとして,被告の
介護老人保健施設を表している。
そして,原告登録商標とシルバーヴィラ揖保川の外観は,「揖保川」の文
字の有無の違いにより,明確に区別される。
その称呼も,「いぼがわ」の音の有無に差異があるから区別される。
観念については,「シルバーヴィラ」に特定の意味合い,語義は生じない
から,両者を比較することはできない。
したがって,原告登録商標とシルバーヴィラ揖保川とは,外観,称呼及び
観念のいずれの点においても混同のおそれはなく,同一性又は類似性がない。
2争点(1)イ(商標権侵害:指定役務との類似性)について
(原告の主張)
(1)指定役務との類似性
アシルバーヴィラ揖保川について
原告商標権の指定役務である「老人の養護」は,原告商標権の出願後,
商標法施行規則の改正により,44類の「介護」と43類の「高齢者用入
所施設の提供(介護を伴うものを除く。)」に分けられていることからす
れば,「老人の養護」には,「介護」と「高齢者用入所施設の提供」の双
方が含まれ,医学的管理下における介護も含有する。また,特許庁の類似
商品・役務審査基準においては,類似群コードが同じであれば,類似役務
と推定されるところ,旧42類の「老人の養護」,現44類の「介護」及
び現43類の「高齢者用入所施設の提供(介護を伴うものを除く。)」に
は,同じ類似群コードが付されており,類似した役務であるといえる。ま
た,原告商標権の指定役務である「医療情報の提供」と被告が提供する役
務である「医業」についても,同一の類似群コードが付されており(甲1
08ないし110),類似した役務ということができる。
そして,被告がシルバーヴィラ揖保川において提供する役務は,①機能
訓練,②リハビリテーション,③食事,入浴,清掃等の看護,介護,④介
護者への介護指導,相談指導及び食事指導であり(甲97,98),いず
れも44類の介護の範疇に含まれる。このことは,シルバーヴィラ揖保川
が介護保険法上の介護老人保健施設(自宅復帰を目的とし,3か月程度の
入所によりリハビリを行う施設)に該当し,これに沿った介護サービスを
提供しているであろうことからも,裏付けられる。
したがって,被告が現実に行っている役務は「介護」であって,指定役
務である「老人の養護」と同一又は類似の関係にある。
また,被告が提供する役務である「医業」と指定役務である「医療情報
の提供」についても,同一又は類似の関係にある。
イシルバーヴィラ居宅介護支援事業所について
居宅介護支援事業所とは,要介護者が適切な在宅サービスを受けられる
ように居宅サービス計画の作成等を行う事業所である。老人の養護には,
要介護者がそれぞれの介護の必要性に応じて,適切なサービスを受けられ
るよう居宅サービス計画の作成等を行う業務が不可欠である。また,居宅
看護支援事業所において提供するサービスも44類の介護である。
したがって,このような居宅介護支援事業所の業務は,原告商標権の指
定役務である「老人の養護」と同一又は類似の役務に相当する。
(2)被告の主張について
「老人の養護」は,医学的管理下にないものに限られない。
なお,被告は,被告が提供する役務と原告が提供する役務との対比を行っ
ているが,被告が提供する役務と原告商標権の指定役務とを対比すべきであ
る。
(被告の主張)
(1)被告各施設が提供する役務
アシルバーヴィラ揖保川は,介護保険施設である介護老人保健施設(介護
保険法8条25項)であり,介護保険法に詳細な設置基準等が規定されて
おり,「要介護者に対し,施設サービス計画に基づいて行われる看護,医
学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療並びに日常生活
上の世話」を行うものである。したがって,これらの要素を有しない有料
老人ホームとは役務の内容が異なっている。
実際,シルバーヴィラ揖保川への入所者は,被告が運営する医療法人古
橋会揖保川病院(以下「揖保川病院」という。)の外来又は入院治療を経
た者がほとんどであり,また,大部分が兵庫県播磨地区の居住者であるか
ら,民間の有料老人ホームと同質のサービスを得る施設と誤解して入所を
希望する者は皆無である。また,シルバーヴィラ揖保川には,要介護の認
定を受けた者だけが入所することができるので,有料老人ホームとは全く
種類が異なる。
イシルバーヴィラ居宅介護支援事業所は,居宅介護支援事業を行う事業所
である。そして,居宅介護支援事業は,介護保険法に基づくものであって,
居宅要介護者が,介護保険法上の指定居宅サービス等の適切な利用等をす
ることができるよう,居宅要介護者の依頼を受けて,居宅サービス計画を
作成し,同サービスの提供が確保されるよう,指定居宅サービス事業者等
との連絡調整その他の便宜の提供を行い,並びに当該居宅要介護者が介護
保険施設等へ入所を要する場合には,施設紹介その他の便宜の提供を行う
事業であって(介護保険法8条21項),「老人の養護」そのものを役務
内容とするものではない。
(2)指定役務との対比
原告商標権の指定役務である「養護」とは,「危険がないように保護し育
てること」を意味する(広辞苑第4版)ところ,そこには看護,医学的管理
下における介護,機能訓練その他必要な「医療」を行うという意味は含まれ
ていない。また,当該指定役務中の「医療情報の提供」についても,あくま
で情報の提供にとどまり,医療行為そのもの又は医学的管理下における介護
や機能訓練を行うことを含有しない。
したがって,原告商標権の指定役務と被告が提供する役務とは,同一又は
類似ではない。
3争点(1)ウ(商標権侵害:被告の過失)について
(原告の主張)
被告の過失は,推定される(商標39条,特許103条)。
また,被告による被告各標章の使用は,原告が原告登録商標と同一の標章の
使用を開始した後約15年が経過し,原告施設の記事が多数の新聞雑誌に掲載
された後に開始されたものであり,被告が原告標章を知らなかったことはあり
得ない。
(被告の主張)
被告は,原告から平成18年3月に被告各標章の使用禁止を求める通知書の
送付を受けるまで,原告登録商標の存在を知らなかった。また,被告各施設の
名称は,兵庫県播磨地域に開設されていた「介護老人保健施設マリア・ヴィ
ラ」の名称と一般に60歳以上の高齢者をシルバーと呼んでいたことを参考に
して被告の前理事長が独自に考案したものであって,被告各施設が営利を目的
とした民間企業によって経営される施設ではなく,広告も制限されている医療
・介護施設である等の事情に鑑みれば,被告に故意・過失がなかったことは明
らかである。
4争点(1)エ(商標権侵害:先使用(商標法32条)の成否)について
(被告の主張)
(1)先使用していること。
被告は,標章「シルバーヴィラ揖保川」については原告商標権の出願日前
である平成8年7月から,標章「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」につ
いては原告商標権の出願日前である平成12年4月5日から,これらを継続
して使用している。
なお,被告がシルバーヴィラ揖保川を開設したのは平成9年4月であるが,
被告は,平成8年7月23日に開催された被告社員総会において,「シルバ
ーヴィラ揖保川」の名称で老人保健施設を開設することを決議し(乙1),
この決議に基づき,老人保健法に基づく承認申請等をしていることから,平
成8年7月から,標章「シルバーヴィラ揖保川」を使用しているということ
ができる。
(2)不正競争の目的はないこと。
ア原告標章の周知性を示すものとして原告が提出した証拠のうち,被告が
被告各標章の使用を開始した平成8年7月以前のものは,原告が近隣に配
布したチラシを除くと,29にすぎない。
イ「シルバーヴィラ揖保川」の名称は,被告の前理事長が独自に考案した
ものである。また,シルバーヴィラ揖保川は,医療的観点からの機能訓練
や医療を提供する施設であり,揖保川病院の患者の受入れの役割を担う目
的で設立されたものであり,法律上,広告も制限されているから,入所者
を大々的に募るために民間老人ホームの名称を参考にする必要はなかった。
ウしたがって,被告に不正競争の目的はない。
(3)被告各標章の周知性
商標法32条1項で要求される周知性は,同法4条1項10号で要求され
るものよりも地域的範囲において狭小でもよいと解される(東京高裁平成5
年7月22日判決・判例時報1491号131頁参照)。
そして,シルバーヴィラ揖保川は,平成13年以降,ほぼ定員を満たす患
者が入所しており,その大部分は,揖保川病院に入院又は通院していた患者
である。また,シルバーヴィラ揖保川は,介護保険法上の規制により営業広
告は行っていないが,タウンページ,同窓会名簿,新聞等に被告が運営する
揖保川病院の関連施設として掲載され,揖保川町発行の「広報いぼがわ」や
揖保川町社会福祉協議会発行の「社協いぼがわ」に活動が報告される(乙1
5ないし18)等,兵庫県内においては,揖保川病院の関連施設である介護
老人保健施設として,需要者である要介護者やその家族,介護関連事業を行
う者等に広く認識されていた。
シルバーヴィラ居宅介護支援事業所についても,シルバーヴィラ揖保川と
同様,兵庫県内において,需要者に広く認識されている。
(4)小括
以上のとおりであるから,被告には,被告各標章につき,商標法32条に
よる先使用権が認められる。
(原告の主張)
(1)役務商標の「使用」といえるためには,役務が提供されることが前提であ
り,その使用開始時期は,被告がシルバーヴィラ揖保川の運営を開始した平
成9年4月である。それ以前は,「使用の準備」にすぎず,商標法2条3項
でいう「使用」に当たらない。
(2)また,被告各標章が,原告商標権出願時に周知であったということはでき
ない。
被告は,法律上,広告制限がされていると主張するが,施設の名称等はそ
の対象から除外されており,被告の広告が少ないことを正当化するものでは
ない。
5争点(1)オ(商標権侵害:原告登録商標が慣用商標といえるか否か)について
(被告の主張)
過去にも原告以外の多数の企業で「シルバーヴィラ」を付した営業標識が使
用されていることからすれば,「シルバーヴィラ」の自他役務識別標識として
の機能は希釈化されているといわざるを得ず,「シルバーヴィラ」は,本件訴
訟提起時には慣用商標化している。そして,「シルバーヴィラ」を使用する施
設が全国で7件あれば,希釈化されたというのに十分な件数である。
したがって,慣用商標化された「シルバーヴィラ」には,原告商標権の効力
は及ばない(商標法26条1項4号)。
(原告の主張)
(1)普通名称とは,取引界においてその商品又はサービスの一般的な名称であ
ると認められている名称であるところ,原告登録商標は,常識的な意味のサ
ービス自体の名称ではない。また,原告登録商標は,原告施設の創設者であ
る岩城祐子が創作したもので,商標としてオリジナリティーがあるものであ
る。
したがって,原告登録商標は,普通名称とはいえない。
(2)慣用商標とは,同種類の商品又は役務について同業者間において普通に使
用されるに至った結果,自己の商品又は役務と他人の商品又は役務とを識別
することができなくなった商標をいうところ,原告登録商標は,介護に関し,
同業者間において普通に使用されるに至った結果,自他役務識別力がなくな
ったというものではない。原告は,商標「シルバーヴィラ」が登録になった
後,直ちに7件の使用者に警告を行い,警告を無視した者に対しては,訴訟
を提起する等して,商標を管理し,自他役務識別機能の希釈化を防いでいる。
被告は,全国で7件の施設が標章「シルバーヴィラ」を使用していたとい
うことをもって,自他役務識別機能が希釈化されたというのに十分であると
主張する。しかしながら,数件の使用者があれば慣用商標であるとの被告の
主張は,単に自己の侵害行為を正当化するためのものにすぎず,これらの使
用をもって,同業者間において普通に使用されるに至ったということはでき
ない。
6争点(1)カ(商標権侵害:損害の有無及び額)について
(原告の主張)
(1)被告の介護関係の売上高は,次のとおりである(乙36)。
①平成18年1月13日∼同年3月31日9791万6666円
(計算式)4億7000万円(平成19年以降の平均額で計算)×2.5
か月/12か月
②平成18年4月1日∼同19年3月31日4億6850万6197円
③平成19年4月1日∼同20年3月31日4億6776万8767円
④平成20年4月1日∼同年7月30日1億5887万4065円
(計算式)4億7662万2195円×4か月/12か月
⑤以上合計11億9306万5695円
⑵使用料相当額は,売上額の1%が相当であるから,その額は,1193万
0656円となる(商標法38条3項)。
(3)原告は,内金1160万3280円を請求する。
(4)被告の主張について
ア被告が,その主張の根拠として挙げる最高裁平成6年(オ)第1102
号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁(以下
「最高裁平成9年判決」という。)は,当該事件の被告標章が原告商標よ
りも圧倒的に著名であり,さらに被告標章の使用態様が極めて限定的であ
る等の事情がある例外的な事案について判断したものである。これに対し,
本件では,被告各標章が著名であり,その使用態様が極めて限定的である
等の事情はなく,むしろ,原告登録商標が,被告各標章の使用開始前に周
知又は著名になっており,最高裁平成9年判決とは,事案を異にする。
イまた,被告がその主張の根拠とするアンケートも,被告各施設の入所者
・利用者に対するものであり,被告側の意向に沿った回答がされるおそれ
があることや,意向に沿わない回答内容がされた場合には,被告の担当者
が回答者に電話で問い合わせたり,面談したりしていること等から,その
信頼性は,極めて低い。
ウそして,後記7(原告標章の周知性)のとおり,原告登録商標が全国的
に顧客吸引力を有していることは明らかである。現に,原告施設には,全
国から入所者が来ており,兵庫県に住む親を東京の親族が呼び寄せること
もあるから,被告各施設と原告施設は,地域的にも競合するといえる。
エさらに,原告施設を舞台にした映画「母のいる場所」が大阪府や兵庫県
で度々上映されており(甲121),当該映画の評判から,実家の両親を
東京に呼び寄せて原告施設に入所することを希望する際,実家の近所に同
じ系列(名前)の介護老人保健施設シルバーヴィラがあるなら,近くの方
がいいということも起こり得る。
したがって,原告の損害の発生は,明らかである。
(被告の主張)
(1)原告の請求は,商標法38条3項に基づくものであるところ,登録商標に
顧客吸引力が認められず,類似標章を使用することが被告の売上げに全く寄
与していないことが明らかなときは,実施料相当額の損害は生じないと解さ
れる(最高裁平成9年判決参照)。
⑵そして,原告が原告登録商標を使用しているのは,東京都練馬区に所在す
る原告施設のみであり,被告各施設が所在する兵庫県播磨地区や,兵庫県に
おいては,全く使用していない。したがって,原告登録商標は,一般需要者
の間に知名度がなく,有料老人ホームとしても,介護老人保健施設としても,
業務上の信用は化体されておらず,顧客吸引力は全くない。
また,被告各施設の利用者又はその家族に対するアンケート結果によれば,
当該利用者等は,被告各施設が揖保川病院の関連施設であることや,福祉関
係機関又はケアマネージャーから紹介されたことによって被告各施設を利用
しており,その利用者等において,原告登録商標を知っていた者は皆無であ
り,同商標に業務上の信用が化体されていないこと,顧客吸引力が全くない
ことは明らかである。
さらに,営利を目的とし,自由に経営を行うことができる原告施設とは異
なり,被告は,揖保川病院の関連施設として,また,行政の指導監督のもと,
医師による病状の安定に加え,作業療法士によるリハビリを行うことのでき
る介護老人保健施設及び居宅介護支援事業所を開設・運営しているものであ
って,その利用者も,前記のとおり揖保川病院及び近隣地域の医療福祉関連
機関からの紹介によるものであるから,被告が,その入所者や利用者を募る
に当たって,「シルバーヴィラ」という標章に依存している事情は全くない。
(3)以上のことからすれば,原告登録商標に顧客吸引力が全く存在せず,被告
の施設の運営に全く寄与していないことは明らかであるから,原告には,得
べかりし利益としての実施料相当額の損害は生じていない。
7争点(2)ア(不競法違反:原告標章の周知性)について
(原告の主張)
(1)原告施設は,ホテル並みの個室介護を標榜する老人ホームとして注目され,
昭和56年9月14日にはNHKテレビの昼のニュースで放送され,昭和5
6年から同59年にかけて,全国紙の新聞の首都圏版のみならず,その全国
版や地方新聞にも,広告ではなく新聞社の取材記事として数多く掲載され
(甲21ないし38),また,各種雑誌等にも,原告施設を紹介する記事が
掲載される(甲39ないし49)等した。さらに,A(原告前代表者)が原
告施設の入居者の日常生活の様子について執筆した記事が,平成10年9月
から52週にわたって,週刊誌「週刊女性」に連載され(甲51の1ないし
52),その他にも原告施設の取材記事が雑誌に掲載された(甲52の1な
いし10,53,54)。加えて,原告施設を題材にした久田恵著「母のい
る場所/シルバーヴィラ向山物語」(平成13年10月15日出版)がベス
トセラーになり,文庫本化された(甲73,75)。また,同書籍は,映画
(平成15年公開)化もされ,全国を巡回して上映され,同書籍や同映画は
新聞等で取り上げられた(甲76ないし94)。さらに,平成21年2月2
日の参議院本会議における広中和歌子議員の代表質問においても,原告施設
が取り上げられている。
(2)以上のことからすれば,原告標章は,遅くとも昭和56年暮れころには周
知であった。
なお,株式会社太平洋シルバーサービスが登録を受けた「シルバーヴィ
ラ」の商標(登録番号4765923号)についての無効審判請求事件の審
決においても,「シルバーヴィラ」は原告の業務に係る老人ホームの名称と
して広く認識されていたとされている。
(被告の主張)
原告が引用する雑誌・新聞等の記事の存在は認めるが,その余は否認又は不
知。
原告が提出する原告標章の周知性に関する書証には,原告発行のチラシや機
関誌が含まれており,原告標章が周知性を有するとはいえない。原告が指摘す
る週刊誌「週刊女性」も,読者層や出版部数が限られている。また,「母のい
る場所/シルバーヴィラ向山物語」についても,文庫本と併せて3万2000
部が発行されたにすぎない。これを映画化した映画も,23施設での上映会に
おいて上映されたにすぎず,そのほとんどは映画館ではない公共施設での上映
であって,商業的成功を収めたとはいえない。
また,国会における代表質問についても,長文の代表質問において一度だけ
取り上げられただけであり,国会質問の存在そのものがどれだけ国民に認知さ
れているか自体疑問であり,一度だけ取り上げられたからといって,需要者の
間に広く認識されるに至るとは,到底考えられない。
なお,原告が主張する無効審判の審決においては,「シルバーヴィラ向山」
が周知と認定されたのであって,「シルバーヴィラ」が周知・著名商標と認定
されたものではない。
8争点(2)イ(不競法違反:原告標章と被告各標章との類否)について
(原告の主張)
被告の使用する標章「シルバーヴィラ揖保川」の「揖保川」の部分は地名で
あるから識別力がなく,識別力があるのは「シルバーヴィラ」の部分である。
「シルバーヴィラ」は,原告がハウスマークとして使用する原告の営業表示と
同一である。
また,地名は省略されて単に「シルバーヴィラ」と称呼されることがあるか
ら,少なくとも両者は称呼が類似する。
したがって,原告標章と被告各標章とは,外観,称呼及び観念において,類
似している。
(被告の主張)
(1)原告標章である「シルバーヴィラ向山」は,「シルバーヴィラ」と「向
山」が結合して構成されているのに対し,被告の標章は「シルバーヴィラ」
と「揖保川」が結合して構成され,外観が相違している。
また,原告標章は「しるばーう゛ぃらこうやま」の称呼が生じるのに対し,
被告の標章は「しるばーう゛ぃらいぼがわ」の称呼を生じ,称呼も相違して
いる。
(2)また,最高裁昭和57年(オ)第658号同58年10月7日第二小法廷
判決・民集37巻8号1082頁は,「取引の実情のもとにおいて,取引者,
需要者が,両者の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者
を全体的に類似するものとして受け取るおそれがあるかどうかを基準として
判断する」としているところ,医療・介護の現場において,「シルバーヴィ
ラ揖保川」は,揖保川病院の関連施設として設置運営される介護老人保健施
設であると観念されるのであり,長期滞在用ホテルを標榜する民間の有料老
人ホームである「シルバーヴィラ向山」との間で同一性又は類似性はない。
(3)したがって,原告標章と被告各標章とは類似していない。
9争点(2)ウ(不競法違反:誤認混同のおそれの有無)について
(原告の主張)
(1)原告施設と被告各施設は,その標章が類似し,提供する役務も共通するか
ら,出所の混同が生じ,営業主体が原告であるとの誤認混同を生じるか,少
なくとも被告が原告の系列関係(関連施設又は提携施設)にあるかのような
誤認(広義の混同)を一般需要者に与える。
また,被告各標章の使用により,原告のハウスマークである「シルバーヴ
ィラ」の標章が希釈化されるおそれがある。
(2)被告各標章が「揖保川病院」の関連施設として広く知られていることを裏
付ける証拠はない。
また,原告施設と被告各施設とで介護保険法の適用の有無に差があっても,
「老人の介護」を役務とする点は同じであるから,一般需要者に出所の混同
を生じるおそれがある。現に,原告施設における要介護認定を受けている入
居者の割合は,全体の92%であって(甲112),原告施設の実態は,介
護老人保健施設と変わりはない。
(被告の主張)
(1)原告は,「シルバーヴィラ」というハウスマークを冠した有料老人ホーム
を,東京都練馬区〈以下略〉において一施設のみ営業しているにすぎず,こ
れを全国展開していない。他方で,被告各施設は,兵庫県たつの市に所在す
る揖保川病院の関連施設である介護老人保健施設及び居宅介護支援事業所と
して,広く地域住民に認知されている。
(2)介護保険法の規定に基づき運営されるシルバーヴィラ揖保川と,このよう
な規制の対象とはならず,医学的管理下における介護又は医療提供の役務を
内容としない民間の有料老人ホームである原告施設とは,その規制法(老人
福祉法上の有料老人ホームか,介護保険法上の介護老人保健施設か),設置
基準,役務内容(身体はもとより,精神的な疾病に対する治療とリハビリを
目的とするかどうか),入所対象者(契約すれば誰でも入所できるか,市町
村主体の認定審査会による要介護認定が必要か)等において全く異なり,そ
の違いは,介護保険施設や老人ホームへの入所等を検討している者において
明白に認知されている。したがって,需要者において,原告施設と被告各施
設を同一の事業主体が行っていると誤認することはないことはもちろん,事
業主体が営利を目的としているか否かの点で差異があること等にかんがみれ
ば,系列関係等の営業上の関係が存するものと誤信させることもない。
シルバーヴィラ居宅介護支援事業所についても,居宅要介護者が介護保険
法上の適切なサービスを受けられるように,居宅サービス計画を作成したり,
居宅サービス事業者等との連絡調整その他の便宜供与を行ったり,施設紹介
等を行う事業であり,原告施設の役務内容とは全く異なっている。
(3)以上のとおり,施設の所在地及び周知されている地域が異なり,かつ,提
供するサービスの内容も異なっているので,取引者・需要者において,出所
を混同するおそれはない。
10争点(2)エ(不競法違反:営業上の利益の侵害の有無)について
(原告の主張)
(1)原告施設には,全国から入居者が来ており,地方に住む老親を東京の親族
が呼び寄せることもあるから,原告施設と被告各施設とは,地域的に競合す
るということができる。
したがって,原告の営業上の利益を侵害するおそれがある。
(2)被告の主張について
被告は業務内容の違いを主張するが,老人介護の施設を選択する際,有料
老人ホームや介護老人保健施設及び特別養護老人ホーム等の介護施設を比較
検討することは,現実にたくさんある。
地域性の違いに関する主張についても,原告施設は映画や小説で有名であ
って,全国から入所の依頼があるから,営業上の利益を侵害するおそれがあ
る。
(被告の主張)
(1)原告施設とシルバーヴィラ揖保川とは,その地域性及び業務内容が異なる。
すなわち,シルバーヴィラ揖保川への入居者の大部分は揖保川病院に入院又
は通院して治療を受けた者であり,同入居者の大部分が兵庫県内に居住する
者である。また,入居者は要介護認定を受けており,医学的管理下における
医療行為の提供を受ける。これに対し,原告施設は東京都練馬区に所在し,
ホテル型サービスを提供する有料老人ホームである。このように両者の地域
性,業務内容は異なるから,シルバーヴィラ揖保川の運営は,原告の営業上
の利益を侵害することはない。
原告は,地方からの入居者がいると主張するが,東京の親族が呼び寄せる
ということであれば,現実の営業範囲は東京都及びその近県である上,誰で
も入所できる有料老人ホームと入所条件等の定めがある介護老人保健施設を
混同することは,通常考えられないから,営業上の利益を侵害するおそれは
ない。
(2)シルバーヴィラ居宅介護支援事業所についても,地域性やサービス内容が
全く異なるから,営業上の利益を侵害しないことは明白である。
11争点(2)オ(不競法違反:先使用(不競法19条1項3号)の成否)について
(被告の主張)
(1)原告標章の周知性を示すものとして原告が提出する証拠のうち,被告各標
章の使用を開始した平成8年7月以前のものは,原告が近隣に配布したチラ
シを除くと,29にすぎず,いまだ周知性を有するとは認められないという
べきである。
そして,その後に発行されたものには,チラシや原告の機関誌が含まれて
おり,原告標章が周知性を有するとはいえない。週刊誌「週刊女性」も読者
層や出版部数が限られており,「母のいる場所/シルバーヴィラ向山物語」
についても文庫本と併せて3万2000部が発行されたにすぎず,これを映
画化した映画も,23施設で上映会が行われたにすぎす,そのほとんどは映
画館ではない公共施設での上映であって,商業的成功を収めたとはいえない。
また,被告各施設の所在地と原告施設の所在地は大きく隔たっており,そ
れぞれその周辺を生活環境とする者らには,お互いの施設を知る術はなかっ
た。
(2)被告は,不正の目的なく,「シルバーヴィラ揖保川」については平成8年
7月から,「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」については平成12年4
月から,被告各標章を使用しているから,不競法19条1項3号の先使用権
が成立する。
(原告の主張)
被告による「シルバーヴィラ揖保川」の使用開始時期は,平成9年4月であ
ること,原告標章が周知となったのは昭和56年暮れであることは,前記のと
おりである。
したがって,原告標章は,被告各施設が開設され被告各標章が使用されるよ
り前に周知となっていたから,被告に,不競法上の先使用権は成立しない。
12争点(2)カ(不競法違反:原告標章が慣用商標といえるか否か)について
(被告の主張)
過去にも原告以外の多数の企業で「シルバーヴィラ」を付した営業標識が使
用されていることからすれば,「シルバーヴィラ」の自他役務識別標識として
の機能は希釈化されているといわざるを得ず,「シルバーヴィラ」は,本件訴
訟提起時には慣用商標化している。そして,「シルバーヴィラ」を使用する施
設が7件あれば,希釈化されたというのに十分な件数である。
したがって,不競法19条1項1号により,不競法の適用が除外される。
(原告の主張)
前記5に同じ。
13争点(3)(原告の請求が権利の濫用に当たるか否か)について
(被告の主張)
(1)原告施設と被告が運営する介護老人保健施設であるシルバーヴィラ揖保川
は,入所対象者,規制内容,提供されるサービス内容等が本質的に異なるも
のであり,被告が兵庫県たつの市揖保川において主に兵庫県という地域に密
着して介護老人保健施設を運営していることが,原告が東京都練馬区で経営
する有料老人ホームの営業に全く影響を与えることなどないことは明らかで
ある。被告が民間の営利企業ではなく,医療法人として医療及び介護事業を
行っていること,被告の当該事業によって何ら原告の営業に影響を与えるこ
となどないことを十分に認識している原告が,被告に対して,被告各標章の
使用の差止め及び損害賠償を請求することは,権利の濫用というべきである。
(2)また,原告は,営業表示として「シルバーヴィラ向山」を使用しているが,
これをもって登録商標である「シルバーヴィラ」を使用したことにはならな
い。したがって,原告は,原告登録商標を継続して3年以上使用しておらず,
このような不使用の登録商標により商標権の行使を行うことは,権利の濫用
である。
(原告の主張)
(1)原告は,本件訴訟提起に至るまで,被告に対し,何度も「シルバーヴィ
ラ」の使用の中止を要請したにもかかわらず,被告がこれを黙殺したことか
ら,やむなく訴訟提起に至ったものであり,原告の本件請求は,権利の濫用
には当たらない。
(2)原告は,原告登録商標を現に使用しており,その不使用を前提とした被告
の主張は,失当である。
第4争点に対する判断
1争点(1)ア(商標権侵害:原告登録商標と被告各標章の類否)について
(1)商標と標章の類否は,対比される標章が同一又は類似の商品・役務に使用
された場合に,商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否
かによって決すべきであるが,それには,そのような商品・役務に使用され
た標章がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記
憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品・役務の取引の
実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきも
のである。そして,商標と標章の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を
使用した商品・役務につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準
にすぎず,したがって,これら3点のうち類似する点があるとしても,他の
点において著しく相違することその他取引の実情等によって,何ら商品・役
務の出所の誤認混同をきたすおそれの認め難いものについては,これを類似
の標章と解することはできないというべきである(最高裁昭和39年(行
ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399
頁,最高裁平成9年判決参照)。
また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについては,
商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標
そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方で,商標の
構成部分の一部が,取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識とし
て強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から
出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合等においては,
商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判
断することも,許されるものである(最高裁昭和37年(オ)第953号同
38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平
成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7
号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二
小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
そこで,以下,このような観点から検討を加える。
⑵原告登録商標について
ア原告登録商標の外観,称呼及び観念
原告登録商標は,片仮名の標準文字で「シルバーヴィラ」と表記するも
のであり,「しるばーう゛ぃら」の称呼が生じる。そして,「シルバーヴ
ィラ」自体は,銀色を意味する「シルバー」と,邸宅・別荘を意味する英
語「ヴィラ」又は町を意味するフランス語である「ヴィル」を変形させて
「ヴィラ」としたものを組み合わせた造語であると認められ,「シルバ
ー」が銀色のほかに老人を意味することがあることからすれば,全体で
「銀の邸宅・別荘・町」,「老人の邸宅・別荘・町」等の観念が生じるも
のと認められる(甲5,弁論の全趣旨)。
イ原告登録商標に関する取引の実情
原告は,東京都練馬区において,「シルバーヴィラ向山」の名称で有料
老人ホームを運営しており,その開設当初から全国紙を含む新聞や雑誌等
に原告施設が取り上げられ(甲21,25,28,29,32ないし3
8),また,原告施設を舞台とした久田恵著「母のいる場所/シルバーヴ
ィラ向山物語」(株式会社文藝春秋発行)が出版され(甲73,75),
それが映画化され,全国で上映される(甲76ないし78,121)等,
原告登録商標をその中に含む原告標章は,全国的に周知であると認められ
る(詳細は,後記7のとおり。)。
(3)被告各標章について
ア「シルバーヴィラ揖保川」について
(ア)証拠(甲8,97ないし101(枝番を含む。),105ないし1
07,乙7ないし9,12ないし14(枝番を含む。),27の1ない
し5,28)及び弁論の全趣旨によれば,「シルバーヴィラ揖保川」は,
当該施設及び駅における看板,被告のホームページや揖保川病院及びシ
ルバーヴィラ揖保川のパンフレット等においてゴシック体様又は明朝体
様等の書体で横書きに記載されており,「シルバーヴィラ」部分は片仮
名,「揖保川」部分は漢字によってそれぞれ表記され,片仮名部分と漢
字部分とで,文字の大きさ,書体,色等についての差異はないものと認
められる。
(イ)前記の態様で表示された「シルバーヴィラ揖保川」の標章を見た取
引者・需用者は,「シルバーヴィラ」の部分が外国語に由来する造語で
あって印象的であることから同部分に着目し,「揖保川」の部分は地名
であることから同部分に着目することはないものと認められる。
そして,被告が運営する介護老人保健施設であるシルバーヴィラ揖保
川は,兵庫県たつの市〈以下略〉に所在しており(争いのない事実等
(3)),同施設の利用者は,主として兵庫県たつの市及びその近郊に居住
する者であること(乙10,21の1ないし3),介護付き有料老人ホ
ーム等においては,例えば,「ベストライフ昭島」,「ベストライフ小
岩」等のように,その施設(又は関連施設)固有の名称に,施設の所在
地の地名を付加することも稀ではないこと(甲6,16ないし19)か
らも,「揖保川」の部分に着目することがないことが裏付けられる。
(ウ)加えて,前記のとおり,「シルバーヴィラ揖保川」は,片仮名部分
と漢字部分とから構成され,各構成部分がそれを分離して観察すること
が取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとまでい
うことはできないし,「シルバーヴィラ」と「揖保川」との間に観念上
の結び付きがあるとも認められない。また,「シルバーヴィラ揖保川」
の称呼が「しるばーう゛ぃらいぼがわ」と長いことからすれば,その利
用者の間では,「しるばーう゛ぃら」との称呼も生じ得るものと推認さ
れる。
(エ)したがって,「シルバーヴィラ揖保川」の要部は,「シルバーヴィ
ラ」の部分であると認められる。
イ「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」について
(ア)「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」は,「シルバーヴィラ」の
部分は片仮名,「居宅介護支援事業所」の部分は漢字によってそれぞれ
表記され,片仮名部分と漢字部分が,文字の大きさ,書体,色等におい
て異なって表示されていることは証拠上認められない。
(イ)前記の態様で表示された「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」の
標章を見た取引者・需用者は,「シルバーヴィラ」の部分が外国語に由
来する造語であって印象的であることから同部分に着目し,「居宅介護
支援事業所」の部分は単に事業所とその業務の内容を表すにすぎず,そ
れ自体出所識別標識としての機能を有するものではないことから,同部
分に着目することはないものと認められる。
(ウ)加えて,「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」は,片仮名部分と
漢字部分とから構成され,各構成部分がそれを分離して観察することが
取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとまでいう
ことはできないし,「シルバーヴィラ」と「居宅介護支援事業所」との
間に観念上の結び付きがあるとも認められない。また,「シルバーヴィ
ラ居宅介護支援事業所」の称呼は,「しるばーう゛ぃらきょたくかいご
しえんじぎょうしょ」と長いものであることからすれば,「しるばーう
゛ぃら」との称呼も生じるものと推認される。
(エ)したがって,「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」の要部は,
「シルバーヴィラ」の部分であると認められる。
ウ被告の主張について
(ア)被告は,「シルバーヴィラ揖保川」の各文字は一体不可分のもので
あって,「シルバーヴィラ」の部分を要部とすることはできないと主張
する。
しかしながら,前記アで述べたところに照らして,「シルバーヴィラ
揖保川」の各文字を不可分一体のものとみることはできないから,被告
の主張は採用することができない。
(イ)また,被告は,原告登録商標の自他役務識別標識としての機能は希
釈化しており,これに地名を付加することは,自他識別力を発揮させる
上で重要なことであるから,「シルバーヴィラ揖保川」と一体不可分の
ものとして把握すべきであると主張する。
しかしながら,被告の主張によっても,「シルバーヴィラ」が使用さ
れた例は,わずかに7件にすぎず,他方で,原告は,「シルバーヴィ
ラ」の標章を用いている介護老人保健施設等に対して,その使用の中止
を求める等していること(甲13,弁論の全趣旨)からすれば,原告登
録商標の自他役務識別標識としての機能が希釈化していると認めること
はできない。
したがって,被告の主張は,採用することができない。
(4)原告登録商標と被告各標章との対比
前記(3)のとおり,被告各標章の要部は,いずれも「シルバーヴィラ」であ
って,原告登録商標とは外観,称呼及び観念において一致しているものと認
められることからすれば,被告各施設の利用者が,主として兵庫県たつの市
及びその近郊に居住する者であること(乙10,21の1ないし3)を考慮
してもなお,役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあると認められ,
原告登録商標と被告各標章とは,全体として類似していると認められる。
2争点(1)イ(商標権侵害:指定役務との類似性)について
(1)原告商標権の指定役務の意義
原告商標権の指定役務には,「老人の養護」,「医療情報の提供」が含ま
れている(前記争いのない事実等⑵ア参照)。
このうち,「養護」とは,①危険がないように保護し育てること,②学校
教育で,児童・生徒の健康の保持・増進に努めること,③心身障害又は社会
的な理由で,特に手当を必要とする者を保護し助けることをいうものと認め
られる(新村出編「広辞苑第6版」)。
したがって,「老人の養護」とは,老齢又はこれに伴う心身障害により,
特に手当を必要とする者を保護し,助けることを意味すると認められる。
⑵被告が被告各施設において提供する役務及びその指定役務との類否
アシルバーヴィラ揖保川は,介護保険法上の介護老人保健施設であるとこ
ろ(前記争いのない事実等(3)参照),介護保険法上,「介護老人保健施
設」とは,「要介護者…に対し,施設サービス計画に基づいて,看護,医
学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療並びに日常生活
上の世話を行うことを目的とする施設として,…都道府県知事の許可を受
けたもの」をいうと定義されている(同法8条25項)。そして,同法上,
この定義中の「要介護者」といえるためには,要介護状態にあることが必
要であり(同法7条3項),「要介護状態」とは,「身体上又は精神上の
障害があるために,入浴,排せつ,食事等の日常生活における基本的な動
作の全部又は一部について,厚生労働省令で定める期間にわたり継続して,
常時介護を要すると見込まれる状態であって,その介護の必要の程度に応
じて厚生労働省令で定める区分(以下「要介護状態区分」という。)のい
ずれかに該当するもの(要支援状態に該当するものを除く。)をいう。」
と定義されている(同法7条1項)。また,「介護」とは,高齢者・病人
等を介抱し,日常生活を助けることをいうものと認められる(前掲広辞苑
第6版)。
そして,シルバーヴィラ揖保川のパンフレット(乙7ないし9)におい
ても,その入所対象者は,「要介護認定で要介護1∼5と判定された
方。」とされ,更に「慢性疾患はあるが病状が安定期にある,入院治療の
必要のない方。」及び「看護・介護・リハビリテーションをすすめていく
必要のある方。」と記載され,また,入所サービスの内容として,①日常
動作を可能にするための機能訓練,②理学療法,作業療法のリハビリテー
ション,③健康状態に応じた食事,入浴,清拭等の看護,介護,④介護者
への介護指導,相談指導及び食事指導などが記載されていることからすれ
ば,シルバーヴィラ揖保川においては,パンフレット記載のような者を対
象として,同記載のような役務を提供しているものと認められる。
以上のような介護保険法の規定及び介護の意義に照らして,被告がシル
バーヴィラ揖保川において提供する役務は,前記(1)の「老人の養護」の意
義(老齢又はこれに伴う心身障害により,特に手当を必要とする者を保護
し助けること)に該当し,少なくともこれに類似するものと認められる。
イシルバーヴィラ居宅介護支援事業所は,介護保険法上の居宅介護支援を
行う事業所であるところ(前記争いのない事実等(3)参照),介護保険法上,
「居宅介護支援」とは,居宅要介護者が介護保険法上の指定居宅サービス
等の適切な利用等をすることができるよう,当該居宅要介護者の依頼を受
けて,居宅サービス計画を作成し,当該計画に基づく指定居宅サービス等
の提供が確保されるよう,指定居宅サービス事業者等との連絡調整その他
の便宜の提供を行い,並びに当該居宅要介護者が介護保険施設等に入所を
要する場合には,施設への紹介その他の便宜の提供を行うことをいい,
「居宅介護支援事業」とは,居宅介護支援を行う事業をいうと定義されて
いる(同法8条21項)。そして,同法上,「居宅要介護者」とは,要介
護者であって,居宅において介護を受けるものをいい(同条2項),「居
宅サービス」とは,訪問介護,訪問入浴介護,訪問看護,訪問リハビリテ
ーション,居宅療養管理指導,通所介護,通所リハビリテーション,短期
入所生活介護,短期入所療養介護,特定施設入居者生活介護,福祉用具貸
与及び特定福祉用具販売をいう(同法8条1項)と定義されている。
したがって,居宅介護支援事業所は,介護そのものを役務として提供す
るものではないが,介護を要する者に対し,適切な介護サービスの提供が
確保されるための役務を提供するものであることから,前記(1)の「老人の
養護」の意義(老齢又はこれに伴う心身障害により,特に手当を必要とす
る者を保護し助けること)に含まれ,少なくともこれに類似する役務とい
うことができる。
ウしたがって,被告が,被告各施設において提供する役務は,原告商標権
の指定役務に含まれ,又はこれに類似するものと認められる。
(3)被告の主張について
被告は,原告商標権の指定役務である「養護」には,医学的管理下におけ
る介護,機能訓練その他必要な「医療」を行うという意味は含まれていない
と主張する。
しかしながら,そのように解すべき根拠はなく,「養護」に含まれ,又は
これに類似すると認められる「介護」に「医学的管理下」という要件を付加
したからといって,それが「介護」に含まれることに変わりはなく,なお
「養護」に含まれ,又はこれに類似すると認められるから,被告の前記主張
を採用することはできない。そして,このことは,特定非営利活動法人全国
介護者支援協会が発行する「介護サービスガイド帳」(乙29)において,
高齢者施設として,介護老人保健施設,高齢者グループホーム,有料老人ホ
ーム等が併記されて紹介されていることからも,裏付けられる。
3争点(1)エ(商標権侵害:先使用(商標法32条)の成否)について
商標権侵害に基づく損害賠償に関する争点である被告の過失の有無及び損害
の額について判断する前に,被告の抗弁である先使用の成否及び原告登録商標
が慣用商標といえるか否かについて,検討する。
(1)被告各標章の使用の開始時期について
前記争いのない事実等(3)のとおり,被告が,シルバーヴィラ揖保川を開設
し,役務に関する広告を開始した時期は,平成9年4月であり,シルバーヴ
ィラ居宅介護支援事業所を開設し,役務に関する広告を開始した時期は,平
成12年4月である。
この点について,被告は,「シルバーヴィラ揖保川」の使用開始時期は,
被告が社員総会において「シルバーヴィラ揖保川」の名称で老人保健施設を
開設することを決定した時である平成8年7月であると主張する。しかしな
がら,そもそも商標法上,「使用」といえるためには,「役務の提供に当た
り」又は「役務の提供のために」標章を用いたり,「役務に関する広告,価
格表若しくは取引書類に標章を付」すことが必要である(商標法2条3項)
ところ,被告が,シルバーヴィラ揖保川を開設するより前に,このような意
味で,当該標章を「使用」していたと認めるに足る証拠はない。
したがって,被告の主張は理由がない。
⑵周知性
不正競争の目的の有無の検討に先立ち,原告商標権の出願時である平成1
2年11月1日より前に,「シルバーヴィラ揖保川」が「需要者の間に広く
認識されてい」たといえるか否かについて,検討する。
ア商標法32条1項は,先使用が認められた者に「その商品又は役務につ
いてその商標を使用する権利」を認めるにすぎず,無限定にその商標を使
用することができるわけではないこと,同条2項の規定により,商標権者
は,誤認混同防止措置を付すことを請求することができること,同条1項
の周知性が同法4条1項10号における周知性と同じ意味であれば,当該
商標権は無効とされるべきものとなり,そもそも商標権者は商標権を行使
することができず(同法39条,特許法104条の3),先使用権を認め
る必要はないことからすれば,商標法32条1項にいう「需要者の間に広
く認識されている」地理的な範囲は,同法4条1項10号より狭いもので
あってもよいと解すべきである。
そして,本件においては,兵庫県老人保健施設協会機関誌である「老健
ひょうご」(乙22),介護保険制度研究会が発行する「病院・療養型介
護保険事業所要覧(姫路・西播磨)」(乙23),西播磨県民局・龍野健
康福祉事務所が発行する「介護サービスマップ」(乙24)等においては,
被告各施設が所在する地域である兵庫県西播磨圏域に所在する老人保健施
設等がまとめて紹介されていることからすれば,被告各施設の需要者は,
主として当該圏域に居住する者と認められるから,当該圏域の需要者の間
に広く認識されていれば足りるとするのが相当である。
イ証拠(乙12ないし18,22ないし29(枝番を含む。))及び弁論
の全趣旨によれば,①被告は,兵庫県西播磨地区のタウンページや揖保川
町及び龍野市の電話帳に,多くは「医療法人古橋会」の施設として「揖保
川病院」とともに「シルバーヴィラ揖保川」を掲載していること,②被告
は,兵庫県立龍野高等学校同窓会名簿(1件)や神戸新聞の西播磨地区版
における広告(2件),駅(6駅)及びバスの営業所(1か所)等の看板
広告において,いずれも「医療法人古橋会」の施設として「揖保川病院」
と併記して「シルバーヴィラ揖保川」を記載していること,③被告は,
「シルバーヴィラ揖保川」の名称のみを記載した看板を,道路脇の電柱
(3箇所)に掲げていること,④揖保川町や揖保川町社会福祉協議会の広
報誌(合計4件),前記「老健ひょうご」,「病院・療養型介護保険事業
所要覧(姫路・西播磨)」,「介護サービスマップ」及び「介護サービス
ガイド帳」に「シルバーヴィラ揖保川」の名称が記載されていることが認
められる。
しかしながら,揖保川町や揖保川町社会福祉協議会の広報誌,「老健ひ
ょうご」(掲載施設数は70を超える。),「病院・療養型介護保険事業
所要覧(姫路・西播磨)」(掲載施設数の全体は不明であるが,シルバー
ヴィラ揖保川は95頁に掲載されている。),「介護サービスマップ」
(掲載施設数の全体は不明であるが,シルバーヴィラ揖保川は12頁に掲
載されている。)及び「介護サービスガイド帳」(掲載施設数は500を
超える。)の記載は,揖保川町社会福祉協議会の広報誌中の2件(乙17
及び18)を除き,多数の介護施設の紹介又は多数の施設名等の記載がさ
れている中の1つとして掲載されているにすぎず,これをもって,「シル
バーヴィラ揖保川」の名称が周知であったということはできない。
また,電話帳の記載や広告・看板も,その件数や広告・看板の態様に照
らして,これをもって,兵庫県西播磨地区の需要者に,「シルバーヴィラ
揖保川」の名称が広く認識されていると認めることはできない。
さらに,標章「シルバーヴィラ居宅介護支援事業所」については,前記
「病院・療養型介護保険事業所要覧(姫路・西播磨)」(乙23)及び
「介護サービスマップ」(乙24)にその名称が記載されているほか,広
告,看板等がされたことを示す具体的な証拠は提出されていない。
したがって,被告各標章が,原告商標権の出願より前に,需要者の間に
広く認識されていたと認めることはできない。
(4)小括
したがって,被告各標章につき,先使用権は成立しない。
4争点(1)オ(商標権侵害:原告登録商標が慣用商標といえるか否か)について
被告は,「シルバーヴィラ」の自他役務識別標識としての機能は希釈化され,
慣用商標化しており,商標法26条1項4号により原告商標権の効力は及ばな
いと主張する。
しかしながら,被告の主張によっても,「シルバーヴィラ」が使用された例
は,全国でわずかに7件にすぎず,他方で,原告は,「シルバーヴィラ」の標
章を用いている介護老人保健施設等に対して,その使用の中止を求める等して
いること(甲13,弁論の全趣旨)からすれば,「シルバーヴィラ」の自他役
務識別標識としての機能が希釈化して,慣用商標化していると認めることはで
きない。そして,他に,「シルバーヴィラ」が慣用商標化していると認めるに
足る証拠もない。
よって,被告の主張は,理由がない。
5争点(1)ウ(商標権侵害:被告の過失)について
(1)前記1ないし4のとおり,被告は,原告商標権の指定役務又はこれに類似
する役務について,原告登録商標に類似する商標を使用したと認められるか
ら,原告商標権を侵害したものとみなされる(商標法37条1号)。
そして,商標権を侵害した者については,侵害行為につき過失があったも
のと推定される(商標法39条,特許法103条)。
被告は,被告各標章の命名の経緯を主張するが,命名の経緯は,被告各標
章の使用開始当初の事情をいうにすぎず,被告による被告各標章使用開始後
に原告商標権の登録がされた本件においては,このような事情が,過失の推
定を覆す事情となるとは認められない。また,被告は,営利目的ではなく,
広告も制限されていることが,過失がないことを基礎付ける事情であるとも
主張するが,これらの事情は,過失の有無とは無関係な事情であると認めら
れる。そして,本件各証拠に照らしても,他に過失の推定を覆すに足る事情
があるとは認められない。
したがって,被告は,原告商標権の侵害につき,過失があると認められる。
⑵もっとも,侵害者の過失が推定される趣旨は,商標公報や商標登録原簿に
よって商標権が公示され,かつ,商標の使用者は,業としてこれを使用する
者である(商標法2条1項参照)ことから,商標の使用者に商標権を調査す
る義務があるものとして,過失についての証明責任を転換したものであると
解される。このような過失が推定される趣旨からすれば,商標公報が発行さ
れるまでは,侵害者の過失を推定する基礎を欠き,侵害者の過失は推定され
ないと解するのが相当である(大阪高裁平成17年7月14日判決・最高裁
ホームページ参照)。
したがって,本件において被告の過失が推定され,過失があると認められ
るのは,原告商権権に係る商標公報発行日である平成18年2月14日(甲
2)以降であると認められる。
6争点(2)ア(不競法違反:原告標章の周知性)について
(1)原告は,東京都練馬区において,原告施設を運営しており,他に「シルバ
ーヴィラ」との標章を付した施設は運営していない(前記争いのない事実等
⑵イ,弁論の全趣旨)。
⑵証拠(甲21ないし23,25ないし38,40ないし44,46ないし
49,51ないし53,55,57ないし61,66,70,73ないし8
2,84ないし94,121(いずれも枝番を含む。))及び弁論の全趣旨
によれば,原告施設を紹介する記事等が新聞,雑誌等に掲載されたものであ
って,このうち原告標章が記載されているもの(原告施設名が掲載されてい
るだけで,その紹介はされていないものや,原告施設の需要者である高齢者
及びその家族が目にする機会が少ないと推測される,ある特定の業界向けの
ものは,原則として,除外する。)は,次のとおりであると認められる。
ア「シルバーヴィラ揖保川」が開設された平成9年4月より前に原告施設
が掲載された記事等で,原告標章等が記載されているもの
①昭和56年2月4日付け日本経済新聞・首都圏経済欄(甲21)
原告施設が開設される前に,「ホテル並み?新型老人ホーム」と題し
て,専ら原告施設が開設されることを紹介する記事が掲載され,原告施
設の名称として原告標章が記載されている。
②昭和56年9月13日付け毎日新聞・東京欄(甲23)
「手作りおもちゃを子供たちに」との表題で,原告施設が行うバザー
を紹介する記事が掲載されている。当該記事中,バザーを行う施設とし
て,原告施設の名称として原告標章が記載されている。
③昭和56年12月23日付け読売新聞夕刊(甲25)
「熟年日本・序幕」と題する記事において,日本初の老人専用ホテル
として,専ら原告施設が紹介されており,原告施設の名称として原告標
章が記載されている。
④昭和57年4月26日付けサンケイ新聞及び同日付け朝日新聞(甲2
6,27)
歌手としてデビューした郵便局員を紹介する記事の中で,原告施設を
慰問したことや,慰問の経緯が記載されており,原告施設の名称として
原告標章が記載されている。
⑤昭和57年8月9日付け日経流通新聞(甲28)
「ホテル気分老人専用マンション」と題する記事において,専ら原
告施設が紹介されており,原告施設の名称として原告標章が記載されて
いる。
⑥昭和57年11月19日付け日本経済新聞・首都圏経済欄(甲29)
「老人ホテル"満員御礼〟」と題する記事において,専ら原告施設が紹
介されており,原告施設の名称として原告標章が記載されている。
⑦昭和58年1月22日付け日本経済新聞(甲30)
「職業と奉仕の間」と題する記事において,原告施設におけるヘルパ
ーが紹介されており,原告施設の名称として原告標章が記載されている。
⑧昭和58年2月14日付け東京タイムズ新聞(甲31)
「街の片隅から」と題するエッセイ風の記事の中で,原告施設及び原
告施設内での出来事が紹介されており,原告施設の名称として原告標章
が記載されている。
⑨昭和58年5月20日付け東京新聞(甲32)
老人滞在ホテルとして,専ら原告施設を紹介する記事が掲載されてお
り,原告施設の名称として原告登録商標と同一の「シルバーヴィラ」が
縦書きで記載されている。
⑩昭和58年6月18日付け週刊時事(甲40)
「老人専用の長期滞在ホテル料金は高いが,家庭的雰囲気と医療体
制備える」と題する記事において,専ら原告施設が紹介されており,原
告施設の名称として原告標章が記載されている。
⑪昭和58年9月2日付け朝日新聞(甲33)
「老人滞在ホテル満員盛況」と題する記事において,専ら原告施設が
紹介されており,原告施設の名称として原告標章が記事の見出し等に記
載されている。
⑫昭和58年8月6日付け秋田さきがけ新聞,同月7日付け神奈川新聞,
同月9日付け南日本新聞及び同月12日付けゆうかんえひめ(甲34な
いし37)
「老人専用ホテル大盛況」等と題する記事(いずれも内容は同一であ
る。)において,全国初の老人専用ホテルである原告施設が人気を呼ん
でいることが紹介されており,原告施設の名称として原告標章が記載さ
れている。
⑬昭和59年1月9日付け東京新聞(甲38)
「老人専用ホテル正月も満室になる事情」と題する記事において,
専ら原告施設が紹介されており,原告施設の名称として原告標章が記事
の見出しに記載されている。
⑭昭和59年3月9日付け週刊宝石(甲41)
「東京・大阪の隙間産業20例」の一つとして,原告施設が挙げられ
ており,原告施設の名称として原告標章が記載されている。
⑮昭和62年2月20日付け朝日新聞(甲46)
「夢を与えた犬」と題する記事において,原告施設での出来事が紹介
されており,原告施設の名称として原告標章が記載されている。
⑯「群居」平成4年1月号(甲42)
「時が経ても変わらない「穴の空いた風船」」と題する記事において,
原告施設が取り上げられており,原告施設の名称として原告標章が記載
されている。
⑰平成4年3月20日発行「これで安心!老後の暮らし老人ホーム,
老人病院,在宅介護全ガイド」(甲43)及び平成8年7月10日発行
「こんなにふえた安くはいれる有料老人ホーム」(甲44)
多数の老人向け施設を紹介する書籍中に,その一つとして原告施設が
掲載されており,原告施設の名称として原告標章が記載されている。
⑱平成4年6月16日付け日経産業新聞(甲47)
「挑戦成長への道」と題する記事において原告を取り上げる中で,
原告施設が紹介されている。同記事において,「老人ホーム事業に参入
するにあたって,さんわ(本社東京)の事業を〝教科書〟とした会社も
多い。」,原告は「都市型有料老人ホームを早くから手がけた草分け的
な存在」,「『都市型有料老人ホーム』の先駆け」等と記載されている。
⑲平成7年4月10日発売「文藝春秋平成7年5月号」(甲48)
「居心地のいい老人ホーム」との題名のエッセイ風の文章において,
「シルバーヴィラ・長期滞在高齢者向けホテル」との名称で原告施設が
紹介されている。
イ平成9年3月までに原告施設の創業者(当時の原告代表取締役)である
Aが,原告の社長としてマスコミに取り上げられたもので,原告標章が記
載されているもの
①昭和56年6月22日付け日経流通新聞(甲22)
「ホテル並みの施設を誇る新型老人ホームを開設」したことについて
のインタビュー記事が掲載されており,記事の冒頭に,「シルバーヴィ
ラ向山社長A氏」として,原告標章が記載されている。
②平成6年9月7日付け日本経済新聞(甲49)
「この人」と題する記事において,東京都内とカナダ・ケベック州の
老人ホームとの入居者の派遣交流事業を推進する者として,Aが紹介さ
れており,同人が原告施設を経営していることが記載されている。
ウ平成9年4月以後のもの
①平成10年1月10日付け東京新聞(甲59)
「こころの小径」と題する記事において,A及び原告施設のことが取
り上げられており,原告施設名として原告標章が記載されている。
②「週刊女性」平成10年9月15日号ないし平成11年9月21日号
(甲51の1ないし52)
Aが,「シルバーヴィラ向山代表」の肩書を付して,「だから老人ホ
ームはおもしろい!」との題名で女性週刊誌「週刊女性」に連載を行い,
その中で,原告施設や原告施設における出来事等を紹介している。
③平成11年5月1日株式会社主婦の友社発行「介護でへこたれない」
(甲70)
原告施設の訪問記事が掲載されており,原告施設名として原告標章が
記載されている。
④「FRIDAY」平成11年5月28日号(甲60)
写真週刊誌「FRIDAY」において,原告施設及びその入居者を取
り上げた記事が掲載されており,原告施設名として原告標章が記載され
ている。
⑤平成11年10月10日付け朝日新聞(甲58),平成11年10月
31日発行週刊読売(甲61)
原告施設が行った催し「平均年齢85歳の学芸会」に関する記事が掲
載されており,原告施設名として原告標章が記載されている。
⑥「シルバーウェルビジネス」平成12年1月号ないし10月号(甲5
2の1ないし10)
シルバービジネスの経営情報誌「シルバーウェルビジネス」に,「ビ
ッグママの花エプロン」との題名で,Aを紹介する連載がされ,同人が
「シルバーヴィラ向山」の経営者であることが記載されている。
⑦平成12年3月28日発行関東通商産業局監修「伸びるサービスもう
かるサービス」(甲57)
民間初の有料老人ホームを開設した会社として原告が紹介されており,
原告施設の名称として原告標章が記載されている。
⑧「財界」平成12年3月30日号(甲55)
「自立心のすすめ」と題する記事の中で,原告施設が紹介されており,
原告施設名として原告標章が記載されている。
⑨「エピックワールド」平成12年夏号(甲53)
「『シルバーヴィラ向山』のロマンほんわか」という表題のAの原稿
が掲載されており,原告施設名として原告標章が記載されている。
⑩平成13年10月15日発行「母のいる場所シルバーヴィラ向山物
語」(甲73)
原告施設を舞台にしたノンフィクション「母のいる場所シルバーヴ
ィラ向山物語」が発行され,同年12月ころ,同書についての書評が,
読売新聞,文藝春秋,毎日新聞に掲載される等した(甲79ないし81,
94)。また,同書は,平成16年9月10日,文庫本化された(甲7
5)。
さらに,同作品を原作とした映画「母のいる場所」が製作され,平成
15年11月以降,日本国内各地で上映されるとともに,同映画が読売
新聞や朝日新聞といった全国紙でも取り上げられた(甲76ないし78,
82,84ないし93,121)。なお,同映画は,近時においても上
映されているとともに,平成20年12月5日には,NHK−BS2に
おいてテレビ放映された(甲121)。
⑪平成15年6月24日発行「経済界」(甲66)
「介護ビジネス最前線」と題する記事において,原告が取り上げられ
ており,原告施設が紹介されている。
(3)以上のとおり,原告施設は,開設当初から継続的に全国紙を含む新聞,雑
誌等に取り上げられ,都市型老人ホームの草分け的存在等として紹介されて
いること等の記事の内容及びその回数等に照らして,原告標章は,被告が,
「シルバーヴィラ揖保川」を開設して同標章の使用を開始した平成9年4月
(前記3参照)より前のみならず,被告がシルバーヴィラ揖保川の名称で老
人保健施設を開設することを決定した平成8年7月(乙1)よりも前に,全
国の需要者の間に広く認識されていたと認められる。
そして,平成9年4月以降も,原告施設を舞台とした書籍「母のいる場所
シルバーヴィラ向山物語」が発行され,これが映画化もされ,日本国内各
地で上映されていること等に照らして,その状態が現在も継続していると認
められる。
7争点(2)イ(不競法違反:原告標章と被告標章との類否)について
(1)ある商品等表示が不競法2条1項1号にいう他人の商品等表示と類似する
か否かについては,取引の実情のもとにおいて,取引者又は需要者が両表示
の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両表示を全体的に類
似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当
である(最高裁昭和57年(オ)第658号同58年10月7日第二小法廷
判決・民集37巻8号1082頁参照)。
⑵原告標章について
ア原告標章「シルバーヴィラ向山」は,「シルバーヴィラ」部分は片仮名
で,「向山」部分は漢字で表記されているところ,「シルバーヴィラ」の
部分は外国語に由来する造語であって印象的であることから同部分に着目
し,「向山」の部分は原告施設の所在地を表示しており,その地名自体が
全国的に周知であるとは認められず,強い識別力があるとは認められない。
イ加えて,原告標章は,外観上も片仮名である「シルバーヴィラ」と漢字
である「向山」とで構成され,各構成部分を分離して観察することが取引
上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているということはでき
ないし,「シルバーヴィラ」と「向山」との間に,観念上の結び付きがあ
るとも認められない。また,「シルバーヴィラ向山」の称呼は「しるばー
う゛ぃらこうやま」と長いことからすれば,その需要者において「しるば
ーう゛ぃら」との称呼も生じ得る。
ウしたがって,「シルバーヴィラ向山」の要部は,「シルバーヴィラ」の
部分であると認められる。
(3)被告各標章及び原告標章との対比
前記1(3)のとおり,被告各標章の要部は,いずれも「シルバーヴィラ」で
あると認められるから,原告標章の要部とは,外観,称呼及び観念において
一致しており,原告標章と被告各標章とは,全体として類似していると認め
られる。
(4)被告の主張について
被告は,医療・介護の現場において,「シルバーヴィラ揖保川」は,揖保
川病院の関連施設として設置運営される介護老人保健施設であると観念され,
長期滞在用ホテルを標榜する民間の老人ホームである「シルバーヴィラ向
山」との間で同一性又は類似性はないと主張する。
しかしながら,医療・介護の現場において,「シルバーヴィラ揖保川」に
被告が主張するような観念が生じると認めるに足る証拠はない。また,原告
施設が提供する役務と被告各施設が提供する役務が類似していることは,後
記8のとおりであるから,被告の主張は,理由がない。
(5)小括
以上のとおりであるから,原告標章と被告各標章とは,類似していると認
められる。
8争点(2)ウ(不競法違反:誤認混同のおそれの有無)について
(1)不競法2条1項1号の「他人の…営業と混同を生じさせる」とは,自己と
他人とを同一の営業主体と誤信させる行為のみならず,両者の間に親会社・
子会社の関係や,系列関係等の密接な営業上の関係が存するものと誤信させ
る行為をも包含すると解される(前記最高裁昭和58年10月7日判決)。
(2)本件においては,原告標章は,老人の身の回りの世話や食事の世話,リハ
ビリテーション,看護等の役務を提供する有料老人ホーム(甲3)の名称と
して使用されている。そして,これらの原告施設において提供される役務は,
前記2の原告商標権の指定役務である「老人の養護」の意義に照らして,
「老人の養護」に含まれるものと認められる。
他方で,被告各標章は,介護老人保健施設及び居宅介護支援事業所の名称
として使用されており,被告各施設が提供する役務は,前記2のとおり,
「老人の養護」に含まれ,又はこれに類似していると認められるから,同じ
く「老人の養護」に含まれる原告施設が提供する役務と類似していると認め
られる。さらに,原告施設とシルバーヴィラ揖保川については,老人が入所
して生活する施設であるという点で共通すると認められる。
以上のことからすれば,被告が医療法人であって,かつ,被告各施設が被
告が運営する揖保川病院と併記して広告等がされることが多いこと(前記3
参照)を考慮してもなお,被告が原告標章と類似する被告各標章を使用して
被告各施設を運営すれば,少なくとも被告各施設が原告施設の関連施設であ
って,両施設の運営主体に営業上の関係が存するものと誤信させるものと認
められる。
(3)被告の主張について
被告は,原告施設と被告各施設の所在地の違いや,被告各施設が介護保険
法上の施設であって,有料老人ホームである原告施設とは,規制法,設置基
準,役務内容,入所対象者等において異なることから,その需要者において,
混同のおそれはなく,また,事業主体が営利を目的としているか否かの点で
差異があるから,営業上の関係があると誤信させることもないと主張する。
しかしながら,前記6のとおり,原告標章は,全国的に周知であると認め
られることからすれば,原告施設と被告各施設の所在地が異なるからといっ
て,混同を生じさせないということはできない。また,前記(2)のとおり,原
告施設と被告各施設が提供する役務は類似していること,原告施設において
も要介護認定を受けている者が入居しており(甲112),被告各施設とそ
の需要者を共通にしていることから,原告施設と被告各施設の役務内容や入
所対象者にも大きな差異はないと認められる。さらに,規制法や設置基準の
違いは,一般の需要者に十分に認識されているものとは認められないことか
ら,その差異によって,需要者に混同を生じさせないこととなるとは認めら
れない。加えて,事業主体が営利を目的としているか否かの差異についても,
被告が医療法人として経済的対価を得て事業を行っていると認められる(乙
36)以上,被告の運営する各事業は不競法2条1項1号の「営業」に該当
するし(なお,医療法40条の2参照),一般の需要者が,運営主体が医療
法人であるか,株式会社であるかという差異を認識したとしても,そのこと
によって原告施設と被告各施設との間に何らの関連性がなく,両施設の運営
主体に営業上の関係がないとまで認識するものとは認められない。
したがって,被告の主張は,いずれも理由がない。
(4)小括
以上のとおり,被告が被告各施設の名称として被告各標章を使用すること
は,原告の営業と混同を生じさせるものと認められる。
したがって,被告が被告各施設の名称として被告各商標を使用する行為は,
不競法2条1項1号に該当するものと認められる。
9争点(2)エ(不競法違反:営業上の利益の侵害の有無)について
(1)不競法に基づき差止請求をする場合には,不正競争によって営業上の利益
が侵害され,又は侵害されるおそれがあることが必要である(不競法3条1
項)ところ,他人の営業と混同を生じさせる行為を行った場合には,特段の
事情がない限り,営業上の利益を侵害するおそれがあるものと認められる
(最高裁昭和54年(オ)第145号同56年10月13日第三小法廷判決
・民集35巻7号1129頁参照)。
(2)被告は,原告の営業上の利益を侵害しない理由として,原告施設と被告各
施設の地域性及び業務内容の違い,「シルバーヴィラ揖保川」の入所者の大
部分は,揖保川病院に入院又は通院して治療を受けた者であり,また,その
入所者は,要介護認定を受けた者に限られること,入所者の居住地域の違い
を挙げる。
しかしながら,原告施設と被告各施設がそれぞれ提供する役務の内容が類
似していると認められることは,前記8のとおりである。
そして,シルバーヴィラ揖保川の入所者が,揖保川病院に入院又は通院し
て治療を受けた者が大部分であって,かつ,要介護認定を受けた者に限られ
ることについては,原告施設においても,要介護認定を受けた者が入居する
ことは可能であり,現に入居していること(甲112),揖保川病院に入院
又は通院した者以外の者がシルバーヴィラ揖保川に入所を申し込むこともあ
り得ることから,このようなシルバーヴィラ揖保川の入所者に関する事情が,
原告の営業上の利益を侵害しないことになるものとは認められない。
また,原告施設と被告各施設との地域性の違いや入所者の居住区域の差異
についても,原告施設は全国的に周知と認められ(前記6参照),かつ,老
人の子供その他の親族等が自己の居住地の近くの施設に入所させることもあ
り得ることからすれば,原告施設の入居者が東京都近郊に居住する者に限ら
れるということはできないから,これらの事情によって原告の営業上の利益
を侵害しないことになるものとは認められない。
したがって,被告の主張は,いずれも理由がなく,被告の行為は,原告の
営業上の利益を侵害するものと認められる。もっとも,被告が主張するこれ
らの事情が,原告の損害額を認定するに当たっての考慮要素となることは,
後記14のとおりである。
(3)小括
以上のことから,被告の不正競争行為によって,原告の営業上の利益を侵
害され,少なくともそのおそれがあるものと認められる。
10争点(2)オ(不競法違反:先使用(不競法19条1項3号)の成否)について
(1)原告標章が周知となる前からの使用について
ア被告各標章の使用開始時期について
不競法19条1項3号が,他人の商品等表示が周知となる前からその商
品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用する者等による当該商品等表
示の使用につき,不競法3条等を適用しないこととしたのは,他人の商品
等表示が周知表示となる前からこれと同一又は類似の商品等表示を使用し
てきた者を保護する趣旨に基づくものと解されることからすれば,先使用
を主張する者は,現実にその商品等表示を営業等において使用しているこ
とが必要であると解される。そして,このことは,現実にその商品等表示
を使用して初めて,当該商品等表示を付した商品又は営業の混同が生じ得
ることからも,裏付けられる。
したがって,内部的に当該商品等表示を使用することを意思決定したり,
行政機関に対する許認可手続の書類にこれを記載するのみでは,商品等表
示を「使用」したことにはならないと認められる。
そして,本件において,被告が,被告各標章を営業等において「使用」
したのは,被告が被告各施設を開設した時(シルバーヴィラ揖保川にあっ
ては平成9年4月,シルバーヴィラ居宅介護支援事業所にあっては平成1
2年4月)以降であると認められ(乙6ないし9,22),それ以前に,
被告が,被告各標章をその営業等において使用したと認めるに足る証拠は
ない。
イ原告標章が周知となった時期
前記6のとおり,原告標章は,被告が最初に「シルバーヴィラ」を含む
標章の使用を開始した時期である平成9年4月より前に周知であり,また,
仮に,被告が「シルバーヴィラ揖保川」の名称で老人保健施設を開設する
ことを決定した平成8年7月をもって不競法19条1項3号の「使用」に
該当するとしたとしても,それより前に原告標章が周知であったと認めら
れる。
(2)したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告による被告各
標章の使用が不競法19条1項3号の先使用に該当するとは認められないか
ら,被告の主張は,理由がない。
11争点(2)カ(不競法違反:原告標章が慣用商標といえるか否か)について
標章「シルバーヴィラ」が慣用商標と認められないことは,前記4のとおり
である。
したがって,被告の主張は,理由がない。
12争点(3)(商標権侵害及び不競法違反:原告の請求が権利の濫用に当たるか否
か)について
(1)被告は,被告が民間の営利企業ではなく,医療法人として医療及び介護事
業を行っていること,被告の当該事業によって何ら原告の営業に影響を与え
ることはないことを十分に認識している原告が,被告に対して,被告各標章
の使用の差止め及び損害賠償を請求する行為は,権利の濫用というべきであ
ると主張する。
このような被告の主張は,要するに,商標権侵害及び不競法違反ではない
として被告が縷々主張することと同一の主張を権利濫用として構成するにす
ぎないと認められるところ,被告による被告各標章の使用が,原告商標権を
侵害し,また,不競法2条1項1号に該当することは,1ないし11で述べ
たとおりであるから,被告の主張は,失当である。また,本件においては,
被告が民間の営利企業ではなく,医療法人として医療及び介護事業を行って
いることは,何ら,権利の濫用を基礎付ける事情とはなり得ないことは明ら
かであって,被告の独自の見解にすぎない。
したがって,被告の前記主張は,理由がない。
(2)また,被告は,原告が商品等表示として「シルバーヴィラ向山」を使用し,
「シルバーヴィラ」を使用していないから,このような不使用の登録商標に
より商標権の行使を行うことは,権利の濫用であると主張する。
しかしながら,商標法51条にいう登録商標の使用とは,社会通念上同一
と認められる商標の使用を含むところ,前記7のとおり,原告標章である
「シルバーヴィラ向山」の要部は「シルバーヴィラ」の部分であって,「向
山」の部分は地名であり,介護付き有料老人ホーム等においては,当該施設
固有の名称に施設所在地の地名を付加することも稀ではないと認められるこ
と(甲6,16ないし19)からすれば,原告が使用する標章「シルバーヴ
ィラ向山」(原告がこれを使用していることは,被告も認めている。)は,
原告登録商標である「シルバーヴィラ」と社会通念上同一の商標であると認
められる。
したがって,原告は,原告登録商標を使用していると認められるから,そ
の余の点について判断するまでもなく,原告の主張は理由がない。
13差止請求について
(1)以上のとおり,被告が被告各施設に係る役務に関する広告に被告各標章を
使用することは,原告商標権を侵害し,また,被告が被告各施設の営業表示
として,また,その役務に係る広告等の営業活動に被告各標章を使用するこ
とは,不競法2条1項1号に該当するものであって,原告の営業上の利益を
侵害するものと認められる。
したがって,原告は,被告に対し,商標法36条1項に基づき,被告各標
章の使用(被告各施設の看板,被告各施設の入所パンフレット,電話帳その
他の広告媒体に被告各標章を付して展示し,若しくは頒布し,又は,被告の
ホームページに被告各標章を付して提供する行為)の差止めを求めることが
できるとともに,不競法3条1項に基づき,被告各施設(介護老人保健施設
又は居宅介護支援事業所)に係る役務を提供するに当たり,その営業上の施
設又は活動に被告各標章を付すことの差止めを求めることができる。
また,被告は,いぼがわ訪問看護ステーションをシルバーヴィラ揖保川に
併設して,在宅療養中の者の看護,療養指導,介護サービス等を提供してお
り(乙5,7ないし9,30),その役務は,介護保険法8条1項に規定す
る「居宅サービス」に含まれるものであって,これも「老人の養護」に係る
役務を提供する施設と認められる。
そして,本件における被告各施設における標章の使用態様並びに被告の業
務内容及び目的(乙30)に照らせば,被告は,介護保険に係る役務につい
て,「シルバーヴィラ」と施設又は事業の種別を示す名称とを組み合わせた
標章を,その提供する役務に関する広告や,その営業上の施設又は活動に付
して,これを使用するおそれがあるものと認められる。
そして,前記の使用されるおそれのある標章は,前記判断に照らせば,原
告登録商標及び原告標章と類似するものであって,それらが使用されれば,
原告標章と誤認混同するおそれがあり,原告の営業上の利益を侵害するもの
と認められる。
したがって,原告は,商標法36条1項に基づいて,被告各施設以外の,
介護保険に係る役務に関する広告に「シルバーヴィラ」と施設又は事業の種
別を示す名称とを組み合わせた標章を付すことの差止め,及び,不競法3条
1項に基づいて,当該役務を提供するに当たり,その営業上の施設又は活動
について,当該標章を付すことの差止めも求めることができる。
(2)ア原告は,より広く,老人の養護一般の役務を提供するに当たって「シル
バーヴィラ」という標章を付すことの差止めを請求する。
しかしながら,被告が被告各施設に現在使用している標章は被告各標章
であり,また,被告が被告各施設のほかに開設する施設は,訪問看護ステ
ーションであって,その提供する役務は,介護保険に係るものに限定され
ていることからすれば,その役務の範囲を超えて,被告が「シルバーヴィ
ラ」を含む標章を使用するおそれがあるとは認められない。
イまた,原告は,標章「シルバーヴィラ」を付した施設による役務の提供
の差止めを請求する。この「施設」の意味は,必ずしも明らかではないが,
役務を提供する場である建物又は部屋自体を意味するものと解される。
しかしながら,建物又は部屋自体は,役務を提供する場であって,「役
務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物」(商標法2条4
号参照)ではないことから,商標権に基づき,登録商標と同一又はこれに
類似する標章を付した施設の使用自体を差し止めることはできない。また,
当該標章を付した施設を使用することは,不競法2条1項1号が不正競争
行為とするいずれの行為にも該当せず,また,被告各標章の使用の差止め
のほかに,被告各標章を付した施設の使用の差止めを求める必要性もない。
したがって,原告の請求中,標章「シルバーヴィラ」を付した施設によ
る役務の提供の差止めを求める部分は,理由がないと認められる。
(3)そして,原告の請求内容及び本件においては,商標36条1項に基づいて
認められる差止めの範囲が,不競法3条1項に基づく差止めの範囲に包含さ
れると解されること(前記(1)参照)に照らして,原告の標章「シルバーヴィ
ラ」の使用の差止めに係る請求は,不競法3条1項に基づき,被告各施設
(介護老人保健施設,居宅介護支援事業所)に係る役務を含む介護保険に係
る役務を提供するに当たり,その営業上の施設又は活動に前記(1)で述べた各
標章を付すことの差止めを求める範囲で,これを認めるのが相当である。
14損害賠償請求(争点(1)カ(商標権侵害:損害の有無及び額))について
(1)前記13のとおり,被告各標章の使用は,原告商標権を侵害し,また,不
競法2条1項1号に該当するものと認められるところ,原告は,商標権侵害
に限って,商標法38条3項の規定による使用料相当額についての損害賠償
を請求することから,以下,これについて,検討する。
(2)原告の損害の発生について
ア商標法38条3項は,商標権者は,故意又は過失により自己の商標権を
侵害した者に対し,その登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当
する額の金銭を,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することが
できる旨を規定するところ,同規定によれば,商標権者は,損害の発生に
ついて主張立証する必要はなく,侵害者は,損害の発生があり得ないこと
を抗弁として主張立証して,損害賠償の責めを免れることができるものと
解するのが相当である(最高裁平成9年判決参照)。
イ被告は,この最高裁平成9年判決に基づき,原告登録商標には,顧客吸
引力がなく,被告各標章を使用することは被告の売上げに寄与しておらず,
原告に使用料相当額の損害は生じていないと主張し,その根拠として,原
告登録商標が一般の需要者の間に知名度がないこと,被告による被告各施
設の利用者及びその家族へのアンケート結果によれば,原告登録商標を知
っていた者は皆無であること,被告各施設は,介護保険に係る施設であっ
て,その利用者も揖保川病院や医療福祉関連機関からの紹介によるもので
あり,入所者や利用者を募るに当たって,標章「シルバーヴィラ」に依存
している事情はないことを挙げる。
しかしながら,原告登録商標を要部とする原告標章(前記7参照)が全
国的に周知であることは前記認定のとおりであり(前記6参照),原告登
録商標には,全国的に相当程度の顧客誘引力があると認められる。また,
原告は,「シルバーヴィラ」の標章を用いている介護老人保健施設等に対
して,その使用の中止を求める等して(甲13,弁論の全趣旨),その希
釈化の防止等に努めていることも考慮すれば,被告が,原告の許諾を得ず
に原告登録商標に類似する被告各標章を被告各施設の広告に使用している
以上,原告に損害が生じなかったということはできない。
そして,被告が,周知表示である原告登録商標に類似する被告各標章を
使用している以上,被告によるアンケート結果や,被告各施設の現実の利
用者が揖保川病院や医療福祉関連機関からの紹介による者であるか否かに
かかわらず,原告登録商標に類似する被告各標章の使用が,被告各施設に
おける売上げに全く寄与しなかったということもできない。
また,被告が行ったアンケートにおいては,被告各施設を利用した理由
という質問項目に対し,「揖保川病院の関連施設であるから」等の回答と
併記して,「シルバーヴィラと言う名前にひかれて」という回答が設けら
れているところ,アンケートの回答中には,いったんは,これに「○」を
付けておきながら,後で訂正しているものも散見されること(乙33の5
8及び59,35の16),「当施設以外の「シルバーヴィラ」と言う名
称の施設をご存知ですか?」という質問項目に対し,いったんは「はい」
と回答した者が複数あり(乙33の12,46,47,57及び58,乙
34の1及び47,乙35の33及び38),「はい」と回答した者に対
しては,被告担当者が個別に連絡した上で,その趣旨を確認し,「いい
え」と訂正されたものもあること(乙33の46,47,34の1,35
の33)からすれば,被告各施設を利用した理由として「シルバーヴィラ
と言う名前にひかれて」という項目に回答した者や被告各施設以外に「シ
ルバーヴィラ」という名称の施設を知っていると回答した者はいなかった
とするアンケートの結果自体,直ちに信用することはできない。また,
「最近テレビで,同じ名前の老人施設を,耳にした記憶が有ります。」と
回答している者もいること(乙34の50)からすれば,当該アンケート
の結果をもって,原告登録商標と類似する被告各標章の使用が,実際の被
告各施設の利用者に対して,顧客吸引力を有していなかったということは
できない。
また,被告各施設の利用者は揖保川病院や医療福祉関連機関からの紹介
による者がほとんどであるからといって,直ちに標章「シルバーヴィラ」
が被告各施設の売上げに寄与していないということはできず,揖保川病院
や医療福祉関連機関からの紹介による者以外の利用希望者もあり得ること
からすれば,このことをもって,被告各標章の使用が,被告各施設の売上
げに全く寄与しなかったと認めることはできない。
ウ以上のことから,被告が被告各標章を使用したことにより,原告の損害
の発生があり得ないと認めることはできず,被告の前記主張は,採用する
ことができない。
(3)被告各施設の売上額
前記5のとおり,本件において被告に過失があると認められるのは,原告
商標権に係る商標公報発行日である平成18年2月14日以降であると認め
られるところ,同日から原告が請求の対象期間とする平成20年7月30日
までの間の被告各施設の売上額は,証拠(乙36)及び弁論の全趣旨によれ
ば,次のとおり,合計11億5351万1363円であると認められる。
ア平成18年2月14日∼同年3月31日5923万2877円
被告各施設における平成17年度(「年度」とは,4月1日から翌年3
月31日までをいう。以下同じ。)の売上額は,後記イないしエの平成1
8年度から同20年度までの3年間の売上額に照らして,少なくとも4億
7000万円を下回らないと認められる(下記計算式①参照)。
そして,平成18年2月14日から同年3月31日までの期間(46日
間)に相当する売上額を日割り計算によって算定すれば,5923万28
77円となる(下記計算式②参照)。
(計算式)
①(4億6850万6197円(平成18年度分)+4億6776万8767円(平成19年
度分)+4億7662万2195円(平成20年度分))÷3=4億7096万5720
円(1円未満四捨五入。以下同じ。)
②4億7000万円×46日/365日=5923万2877円
イ平成18年度4億6850万6197円
(計算式)施設療養費3億6289万7484円+入所利用料1億0560万8713円
=4億6850万6197円
ウ平成19年度4億6776万8767円
(計算式)施設療養費3億5488万1160円+入所利用料1億1288万7607円
=4億6776億8767円
エ平成20年4月1日∼同年7月30日1億5800万3522円
平成20年度の被告各施設の売上額4億7662万2195円(下記計
算式①参照)に基づき,被告の請求期間である平成20年4月1日から同
年7月30日までの期間(121日)に相当する売上額を日割り計算(平
成20年度には閏月である2月を含まないため1年を365日として計算
する。)で算定すれば,1億5800万3522円となる(下記計算式②
参照)。
なお,原告は,月割り計算を行っているが,原告の請求期間の末日は7
月30日であって同月末日(31日)ではないから,4月から7月までの
4か月の期間の月割り計算を行うのは相当ではない。
(計算式)
①施設療養費3億4670億4892円+入所利用料1億2191万2978円+居宅介
護収益800万4325円=4億7662万2195円
②4億7662万2195円×121日/365日=1億5800万3522円
オ以上合計額11億5351万1363円
(4)使用料相当額について
ア前記6及び7のとおり,原告登録商標を要部とする原告標章が全国的に
周知であること,他方で,①原告施設の所在地は東京都練馬区であるのに
対し,被告各施設の所在地は兵庫県たつの市であること,②原告施設への
入所者は,東京都及びその近郊に居住していた者が多い(甲4)のに対し,
被告各施設の主な利用者は,兵庫県たつの市及びその近郊に居住する者で
あって(乙10,21の1ないし3),また,揖保川病院に入院又は通院
していた者や近隣の福祉関係機関の紹介による者が多いこと(乙33ない
し35(枝番を含む。),弁論の全趣旨),③シルバーヴィラ揖保川は,
介護老人保健施設であって,要介護認定を受けていることが入所の要件で
ある(乙8,9)のに対し,原告施設は,有料老人ホームであって,その
ような入所の要件はないこと,④被告は,医療法39条に定める医療法人
であって(乙1ないし5,30),「国民の健康の保持に寄与することを
目的とする」(同法1条)という同法の目的に沿った活動をすることが期
待され,かつ,その運営する被告各施設はいずれも介護保険法に基づく施
設であって,「国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図る」(同法1
条)という同法の目的に沿った施設であることが期待されているのに対し,
原告は株式会社ではあるものの,原告登録商標を含む原告標章を付した原
告施設は老人福祉法29条に定める有料老人ホームであって(甲116),
「老人の福祉を図る」(同法1条)という同法の目的に従った活動をする
ことが期待されており,被告,被告各施設及び原告施設は,いずれも,営
利を主目的とするものではないこと等を考慮すれば,原告登録商標の使用
料相当額は,被告各施設の売上額の0.5%とするのが相当である。
イしたがって,前記(3)の被告各施設の売上額11億5351万1363円
に対する使用料相当額は,576万7557円となる。
(計算式)11億5351万1363円×0.5%=576万7557円
(5)小括
したがって,原告の損害額は,576万7557円と認められる。
15結論
よって,原告の請求は,被告が,介護保険に係る役務を提供するに当たり,
その営業上の施設又は活動に「シルバーヴィラ揖保川」又は「シルバーヴィ
ラ」と当該施設又は活動の種別を示す名称とを組み合わせた標章を付すること
の差止め並びに損害賠償金576万7557円及びこれに対する訴状送達の日
の翌日である平成20年8月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから,その限度でこれを認
容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主
文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官大須賀滋
裁判官坂本三郎
裁判官岩崎慎

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