弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
本訴原告が大阪市<以下略>でなすホテル営業に「大阪第一ホテル」なる表示を用
いることにつき、本訴被告が使用差止請求権を有しないことを確認する。
反訴原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は本訴・反訴を通じ本訴被告(反訴原告)の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
(本訴)
 本訴原告(反訴被告)訴訟代理人は主文第一項同旨および「訴訟費用は本訴被告
の負担とする。」との判決ならびに右第一項の請求が認められない場合には予備的
に「本訴原告が大阪市<以下略>でなすホテル営業に「第一ホテル」なる表示を用
いることにつき、本訴被告が使用差止請求権を有しないことを確認する。」との判
決を求め、本訴被告(反訴原告)訴訟代理人は「本訴原告の請求を棄却する。訴訟
費用は本訴原告の負担とする。」との判決を求めた。
(反訴)
 反訴原告(本訴被告)訴訟代理人は「反訴被告は大阪市<以下略>でなすホテル
営業につき「大阪第一ホテル」および「第一ホテル」なる表示を用いてはならな
い。訴訟費用は反訴被告の負担とする。」との判決を求め、反訴被告(本訴原告)
訴訟代理人は「反訴原告の請求を棄却する。訴訟費用は反訴原告の負担とする。」
との判決を求めた。
第二 本訴原告(反訴被告)の主張
(本訴請求の原因)
一、本訴原告(反訴被告、以下単に原告という。)はホテルの経営等を業とする会
社であるが、昭和一二年一月九日、肩書地に発起人【A】、【B】、【C】、
【D】および【E】等により資本金一三〇万円をもつて設立され、開業当時より近
代的設備を有する画期的なビジネスホテルとして世上の評価を得、戦前において既
に全国的に周知著名な会社となつていた。原告およびその系列会社の営む第一ホテ
ルチエーンの投宿人員数は我国の業界第一級に位し、原告の株式は東証第二部に昭
和三六年一〇月より上場されており、「第一ホテル」の名は全国的に著名である。
なお、現在資本金は一、二五七、七五〇、〇〇〇円である。
 本訴被告(反訴原告、以下単に被告という。
)はホテルおよび旅館経営を業とする会社であるが、昭和一一年三月一五日に設立
されて以来同四六年三月一八日商号変更登記までは株式会社大一ホテルという商号
であつた。また、被告の営業施設は日本観光旅館連盟の加盟分類では、ホテルでは
なく旅館の部に属している。なお、現在資本金は九、〇〇〇、〇〇〇円である。
二、原告は大阪市<以下略>(以下大阪駅前という)において「大阪第一ホテル」
なる営業表示を用いてホテル業を営むことを計画しているが、右計画が昭和四六年
初め頃新聞紙上で報道された。すると、同年三月二七日被告代表取締役より原告に
対し右計画にかかるホテル営業につき「大阪第一ホテル」なる表示を用いないよう
にとの申入れがなされた。そこで、原告は被告に対し同年六月九日右ホテル営業に
つき「大阪第一ホテル」の表示を用いる予定であること、第二次的には被告との紛
争を避けるため「第一ホテル」の表示にすることも考えている旨通知したところ、
被告は原告に対し同月一八日右両表示とも使用しないようにと申入れて来た。
 しかし、被告は原告が右ホテル営業につき「大阪第一ホテル」なる表示または
「第一ホテル」なる表示を用いることにつき差止請求権を有しない。
三、原告は右ホテル営業計画の実行に既に着手しているが、ホテル営業開始に先立
ちパンフレツトその他を作成配付したり、その他種々の宣伝活動をする現実の必要
に迫られている。そのためには原告は何よりもまず右ホテル営業についての営業上
の表示を決定しなければならないのであるが、原告が予定している前記両表示の使
用に対し被告は法律上の理由なくその差止を請求しているので、被告にかかる差止
請求権のないことの確認を求める。
(反訴請求原因に対する答弁および抗弁)
一、反訴請求原因一の事実中、被告が昭和一一年三月一五日株式会社として設立さ
れ、同年以降肩書地で営業を行つて来たことは認めるが、被告ホテルの営業表示と
して「大一ホテル」および「大阪大一ホテル」が日本国内において広く認識されて
いる(周知である)事実は否認する。その余の事実は不知。
 原告の「第一ホテル」は、本訴請求原因において詳記したとおり、その設立経
過、設立者、規模等より、その設立時より既に全国的に周知となつている。これに
反し被告の「大一ホテル」は周知ではない。仮にそれが現在限られた範囲の者の間
において周知となつているとしても、それらの者は既に原告の「第一ホテル」を知
つているのであつて、称呼の「ダイイチホテル」としては何人にとつても原告の
「第一ホテル」が念頭に浮んでくるのであるから、被告の「ダイイチホテル」は漢
字の「大一」ホテルとして制限された者の範囲で周知となつているに過ぎない。
「ダイイチホテル」の称呼としては、原告の「第一ホテル」が既に周知となつてい
たのであるから、被告の「大一ホテル」が「ダイイチホテル」の称呼の点で周知と
なる余地はないのである。
二、反訴請求原因二の事実は否認する。「大一ホテル」「大阪大一ホテル」と「第
一ホテル」「大阪第一ホテル」とは、文字の外観および観念が相違し、かつ右各表
示が具体的営業施設に付された状態を全体的に観察すれば明白に相違するから、結
局類似しないというべきである。
三、反訴請求原因三の事実は否認する。被告が現在経営している宿泊施設と原告が
開業準備している宿泊施設とは、営業の規模・性格が著しく異なるうえ、被告の営
業表示と原告のそれとは文字の外観および観念が相違するから、右両宿泊施設が相
互に誤認混同されることはない。現実具体的に顧客が宿泊施設を決定するに際して
は営業表示の称呼のみによつてその営業施設を混同することはないから、たとえ両
営業表示の称呼が同一であつても誤認混同は生じない。以下、その理由を詳述す
る。
1 (第一ホテルの著名)原告の「第一ホテル」は極めて著名であるから、「ダイ
イチホテル」という称呼を聞いたとき、一般に人は原告の「第一ホテル」を想起
し、被告の「大一ホテル」を想定しない。被告の「大一ホテル」を知つている者が
「ダイイチホテル」という称呼を聞いたときには、その者は原告の「第一ホテル」
をも知つているから、原告ホテルのことか被告ホテルのことかを考え、文字が「第
一」か「大一」かによつて両者を判別する。したがつて、両者が誤認混同されるこ
とはない。
2 (規模の差)原告が大阪駅前において建設計画しているホテルの施設は、地上
約二五階、地下約四階の大ホテルであつて、客室総数その他の設備において被告ホ
テルと比較にならないくらいの隔差があるから、ホテルの規模という点からみても
両者の営業上の施設・活動が誤認・混同されることはない。
3 (施設様式の差)原告が開業準備中の宿泊施設はいわゆる純粋のホテルである
が、被告の経営する宿泊施設は、いわゆる登録旅館である事実からもわかるよう
に、純粋のホテルとは差があり、門構えにおいても瓦葺きの日本風の門から入ると
いう建築物である。また原告の右宿泊施設のロビーは典型的なホテルのロビーであ
るが、被告ホテルではホテルとはいうものの靴を脱いで上るという日本旅館式スタ
イルのものである等、宿泊施設の様式に著しい差があるから、両者が誤認・混同さ
れることはない。
4 (原告の大阪案内所について)現在原告は営業上の宿泊施設こそ大阪に有しな
いが、日本各地の第一ホテルチエーンのホテル営業のため既に昭和四六年一〇月以
降大阪市北区において「第一ホテル大阪案内所」を設置し、予約セールス・予約登
録・パンフレツト配布などのホテル営業活動をしており(原告ホテルの宿泊者は東
京よりもむしろ大阪その他の地の居住者である)、その営業実績は年間予約客約二
万数千名にも上るが、現実に被告ホテルとの間に誤認混同は生じていない。
四、反訴請求原因四の事実は否認する。
五、(違法性の欠如)原告がなす「大阪第一ホテル」または「第一ホテル」なる営
業表示の使用には違法性がないから不正競争防止法一条一項二号に該当せず、した
がつて被告の右法条に基づく差止請求は許されない。
 原告は東京に本店を有するが、その名称は全国的に著名であり、かつホテル業を
営んでいるという特質―すなわち、大阪在住の人が東京で宿泊するということ―か
ら、その名称について民法上の氏名権による差止請求権ないし不正競争防止法によ
る差止請求権は、一般的、抽象的には本来大阪にも及んでいたものである。しか
し、被告に不正競争の目的がなければ違法性がないことになるから、原告の被告に
対する氏名権に基づく差止請求は権利の濫用となり、被告の行為は不正競争防止法
一条一項二号に該当しないことになる。同様に、被告もまた原告に対して差止請求
権を有しない。けだし、本件は両名称の同時併存の許される場合であつて、それの
調整は不正競争目的をもつて名称を使用するか否かすなわち実質的違法性の有無に
かかつているところ、原告には右の如き目的はないからである。両者のうちの一方
が不正競争の目的をもつて名称の使用を始めると、右のバランスはくずれ、他方は
その一方に対し氏名権または不正競争防止法によつて差止請求をなしうるという関
係に立つているのである。
 不正競争防止法は、差止請求権の行使において相手方に「不正ノ競争ノ目的」の
あることを主張立証する必要がないものと改正されたが、これは右の目的が無関係
とされたものでも、違法性の阻却される場合を認めない趣旨でもない。本件の場合
はまさに違法性がない場合であつて、このような場合にまで不正競争防止法一条一
項二号を適用することは、同法本来の不正競争防止の理念に反する。
六、(不正競争防止法二条一項四号による使用権)以上の主張が認められないとし
ても、不正競争防止法二条一項四号の適用により原告は「大阪第一ホテル」および
「第一ホテル」なる営業表示を適法に使用し得る。
 被告の「大一ホテル」なる営業表示が周知になる以前から、原告は「第一ホテ
ル」という表示を善意で使用して来ている。もちろん、不正競争の目的などはな
い。そして「大阪第一ホテル」という表示は、原告第一ホテルがその経営するホテ
ルの営業表示として従来「宝塚」第一ホテル、「銀座」第一ホテルなどというよう
にそのホテルの所在する地名を冠して用いたのと同じ用法であつて、その要部は
「第一ホテル」の部分に存するのであるから、同号の法意に鑑みると、「大阪第一
ホテル」なる表示についても同号が類推適用されると解すべきである。仮に然らず
とも、少くとも「第一ホテル」なる表示については同号の直接適用があり、原告は
同号の使用権を有する。
七 (氏名権の行使)「大阪第一ホテル」、「第一ホテル」なる営業表示の使用
は、原告の氏名権の行使であつて適法である。すなわち、「第一ホテル」は原告の
名称(営業表示)であつて氏名ではないが、民法の判例法上認められたいわゆる氏
名権ないし氏名上の利益は企業の名称についてもまた妥当するから、原告は、正当
な氏名権の行使として、「大阪第一ホテル」少くとも「第一ホテル」なる表示を使
用できるというべきである。もつとも、氏名権の行使には一定の制約があり、不正
競争の目的をもつてする使用、混同を生じないような手段を講じない使用は許され
ないが、原告は不正競争の目的をもつてこれを使用する者でもないし、またホテル
マーク、営業上の諸パンフレツトにおいて混同を生じないような手段を講ずるもの
であるから、正当な氏名権の行使であつて違法ではない。少なくとも、「第一ホテ
ル」なる表示の使用は、原告の商号権のホテル営業における適法な行使であつて、
その使用を差止められるいわれはない。「第一ホテル」は原告の商号であり、かつ
その著名な名称(営業表示)であり、原告はこれを善意に使用するものであるか
ら、不正競争防止法二条第一項三号の類推適用により、原告は適法に「大阪第一ホ
テル」少くとも「第一ホテル」なる営業表示の使用をなし得る。原告の名称使用の
用法如何によつては、被告が同法二条二項所定の混同防止附加表示請求権を有する
場合が生ずるとしても、本件の如き事案において差止請求権まで有するものではな
い。
八、(権利の濫用)被告が従来の商号株式会社大一ホテルを株式会社大阪大一ホテ
ルに商号変更までして、左記(1)ないし(10)の状況下において、原告の開業
準備中のホテルの営業表示を不正競争防止法によつて差止めることは権利の濫用で
ある。
(1) 原告には不正競争目的がない。
(2) 原告の「第一ホテル」なる商号および名称は昭和一二年、すなわち三六年
前より全国的に著名である。
(3) 大阪においても、昭和一二年より現在に至るまで、原告の「ダイイチホテ
ル」の方が被告の「ダイイチホテル」より著名である。
(4) ホテル業の顧客は遠隔地より来集するものであるが、遠隔地においては原
告の名称のみが周知である。
(5) 原告の営業形態はいわゆるホテル業であり、被告の営業形態は旅館に近い
ものである。
(6) 建物の規模も原告ホテルは地上約二五階、地下約四階という大ホテルであ
るから、被告ホテルとの混同の危険性はない。
(7) 「大阪第一ホテル」「第一ホテル」と「大一ホテル」とは文字において相
違するから、営業利益を侵すべき混同の危険はない。
(8) 原告は従前より善意で大阪において「第一ホテル」の広告をなし、パンフ
レツトを多数配布しており、他方被告も善意で東京において顧客を求めている。
(9) 原告は大阪市内に「第一ホテル」の案内所を開設し予約客も多数に上るが
被告ホテルとの間に混同の事実がない。
(10) 大阪市内には他に「第一ホテル」が存在しているが、営業の性格、規模
等からみて、これと被告ホテルとの混同の危険はない。
 以上の諸点を総合して考えると、原告表示と被告表示とが仮に呼び名の点におい
て混同が生じたとしても、多年良質のホテルを経営して来た原告が、被告ホテルの
信用を害する危険はないし、また大阪駅前の原告ホテルが被告ホテルと何らかの関
係のあるホテルであると考えられる可能性もないから、右混同の点は混同防止附加
表示請求またはその都度の処理によつて容易に除去されるものであつて、差止請求
を認めなければならない程重要なものではないというべきである。原告に不正競争
の目的がなく、他方被告の名称(営業表示)についてダイリユートされる危険を主
張し得べき程の営業上の利益の侵害もない本件において、被告の差止請求は権利の
濫用である。
第三 本訴被告(反訴原告)の主張
(本訴請求原因に対する答弁)
一、本訴請求原因一の事実中、被告に関する主張事実は認めるが、その余の事実は
不知。
二、本訴請求原因二および三の事実中、被告が使用差止請求権を有しないとの点を
除き、その余の事実は認める。被告が原告主張の両表示につき使用差止請求権を有
する理由は、後記反訴請求原因に記載のとおりである。
(反訴請求の原因)
一、被告の周知表示
 被告は昭和一一年三月一五日株式会社として設立され、同年四月一日肩書地にお
いて「大一ホテル」なる営業表示を用いてホテル業を開始した。被告経営の宿泊施
設は、創業時には地下一階地上三階鉄筋コンクリート建二七三坪余の建物で客室は
三〇室であつた。第二次大戦末期、右建物は戦災により一部焼失したけれども間も
なく復旧し、その後も着実に営業を続け、昭和三二年には別館旅館部を増設する等
着実に業務を拡張し現在に至つている。被告の経営する宿泊施設の現状は、大阪駅
から東へ三〇〇米余、徒歩一〇分以内の至近距離に位置し、ホテル部・旅館部とも
に四階建(外にホテル部地下一階)、耐震耐火鉄筋構造で、完全冷暖房、優れた衛
生設備等、宿泊施設として必要な設備を完備し、和洋室五〇有余、旅館部四階には
結婚式場・大広間があり、顧客の間に絶大の好評を博している。
 被告経営にかかる宿泊施設の営業表示は正式には「大一ホテル」であつたが、大
阪のホテルであり大阪駅に近いところから顧客の間でいつの間にか戦前から「大阪
大一ホテル」と通称せられるようになり、被告も積極的に「大阪大一ホテル」とい
う営業表示を用いて宣伝広告を続けてきた。その結果、「大一ホテル」および「大
阪大一ホテル」という名称は、被告経営の右ホテルを示す営業表示として、昭和一
一年創業以来今日に至るまで引続き大阪市内の顧客は勿論、日本全国の旅客の間で
広く認識されている。
 また、被告ホテルは国際観光旅館に指定せられており、古くから「大一ホテル」
または「大阪大一ホテル」という名称で宿泊の予約または予約の斡旋を受けてい
る。今でこそ大阪市内には戦後新設された大ホテルが続々開業しているが、戦前に
おいてはホテルらしいホテルは極めて少数しか存在せず、その中で被告ホテルは大
阪市<以下略>所在の新大阪ホテルに次ぐホテルとして広く知られ、新大阪ホテル
が満員のときには同ホテル宿泊希望者の多数は被告ホテルに宿泊する例になつてい
た。
 以上で明らかなとおり、被告の営業を表示する「大一ホテル」および「大阪大一
ホテル」なる名称は古くから現在に至るまで極めて著名であり、殊に関西地方に見
るべきホテルの極めて少なかつた戦前ではこれらの表示で呼ばれるホテルが第一流
のホテルであることは広く認識されていたのである。
二、類似の営業表示
 原告は大阪駅前においてホテルを開業し、このホテル営業につき「大阪第一ホテ
ル」または「第一ホテル」なる表示を用いることを表明している。右「大阪第一ホ
テル」なる営業表示は被告の周知表示である「大阪大一ホテル」と称呼において全
く同一であり、外観および観念において極めて類似している。また「第一ホテル」
なる営業表示は被告の周知表示である「大一ホテル」と称呼において全く同一であ
り、外観および観念において極めて類似している。
三、混同のおそれ
 原告が「第一ホテル」または「大阪第一ホテル」なる表示を用いようとする営業
はホテル業であり、被告が「大一ホテル」および「大阪大一ホテル」なる表示を用
いて営んでいる営業もまたホテルおよび旅館業である。そのうえ、原告が右営業表
示を用いて開業を準備しているホテルは大阪駅前であつて、地理的に被告の営業場
所と極めて近接している。
 このように、地理的に極めて近接している場所で、被告と同一のホテル営業につ
いて、原告が被告の営業表示と称呼において全く同一であり、かつ外観および観念
において類似する「第一ホテル」または「大阪第一ホテル」なる表示を用いて営業
をすれば、被告の営業上の施設および活動と混同が生ずることは必至である。
 現に、大阪駅から遠く離れてはいるが、約一〇年前大阪市<以下略>に訴外大阪
観光事業株式会社が小さいホテルを開業し、これに「第一ホテル」および「OSA
KA DAIICHI HOTEL」という営業表示を用いたため、一般には右ホ
テルが「南の第一ホテル」または「八幡筋の第一ホテル」と呼ばれたにもかかわら
ず、これが被告の営業上の施設、活動と誤認混同を来し、被告は甚大な迷惑を被つ
たのである。例えば、電話の間違い、郵便物の誤配が少なくなく、またタクシー運
転手や日通の取扱者の感違いのために被告の顧客やその荷物が誤つて「南の第一ホ
テル」に送り込まれたことやその逆の場合もあり、被告・顧客ともに大変迷惑した
ことも稀ではない。ことにクーポン客の場合、クーポンの発行者が被告の「大一ホ
テル」の名称・所在地を訴外大阪観光事業経営の右「南の第一ホテル」のそれと誤
認・混同または誤記したため非常な混乱を惹起したこともある。「南の第一ホテ
ル」は規模も比較的小さく、被告ホテルと距離的にも相当離れているにもかかわら
ず、両者間に営業上の誤認・混同が生じているのである。
 原告が大阪駅前において開業しようとしているホテルは規模も大きく、かつ距離
的にも被告ホテルと近接しているから、原告がそのホテル営業につき「第一ホテ
ル」または「大阪第一ホテル」という営業表示を用いるときは、被告ホテルとの間
に誤認・混同が生じることは明らかである。
 原告は、現在大阪市北区に「第一ホテル大阪案内所」を設置し、予約セールス、
パンフレツト配布などのホテル営業活動をしているが、被告ホテルとの混同は生じ
ていない旨主張する。被告はその事実を知らない。しかし、仮にそれが事実である
としても、宿泊施設はその所在場所と密接不可離の関係に立つものであつて、新橋
第一ホテル、秋田第一ホテル等他都府県に所在する原告経営のホテルと大阪市北区
に所在する被告ホテルと混同が生じないということは、原告の大阪案内所が東京や
秋田で宿泊を希望する顧客を誤つて大阪市北区所在の被告「大一ホテル」に案内す
るというミスを犯さないというだけのことであつて、原告の右主張は全く意味がな
い。
四、営業上の利益を害せられるおそれ
 被告は、昭和一三年以来三十有余年にわたつて、肩書地において「大一ホテル」
または「大阪大一ホテル」の営業表示で宿泊施設を営み、最も良心的かつ誠実なサ
ービスによつて全国から集る旅客および大阪市内の得意先の間に確固たる信用と名
声を築き上げて今日に至つている。現在大阪市内、なかんずく北地区において「ダ
イイチホテル」または「オオサカダイイチホテル」と指名する宿泊客は、すべて被
告の顧客である。これに反し、原告は現在大阪市において「ダイイチホテル」また
は「オオサカダイイチホテル」と指名する旅客を一名も顧客として有していない。
 したがつて、原告が被告の周知営業表示と称呼において同一、外観および観念に
おいて酷似の「第一ホテル」または「大阪第一ホテル」という営業表示を用いてホ
テルを開業した場合、前記のとおり両者間に営業上の施設および活動の混同を生ず
ることは不可避であるから、その場合混同によつて原告の失うところは皆無である
のに反し被告の失うところは甚大であり、しかも被告の失うところのものはすべて
原告の不当利得となるのである。
 例えば、上司が部下に大阪市内のホテルの手配を命ずることは極めて多いが、口
頭で「ダイイチホテル」または「オオサカダイイチホテル」と指示した場合、今日
ならば部下は間違いなく被告の「大一ホテル」に手配するであろうし、電話を受け
た交通公社その他の旅行斡旋業者も間違いなく被告の「大一ホテル」を予約手配す
るであろう。しかし、もし原告が大阪駅前において「第一ホテル」または「大阪第
一ホテル」という営業表示を用いてホテルを開業したならば、上司から被告の「大
一ホテル」の予約を指示された部下が感違いして原告ホテルを予約したり、電話注
文を受けた交通公社その他の旅客斡旋業者が間違つて原告ホテルに予約したりする
場合が生じる。また、被告ホテルの所在を尋ねられた人が感違いして原告ホテルの
所在を教えたり、タクシー運転手が被告ホテルに宿泊予定の顧客を原告ホテルに送
り届ける場合が生じるが、その場合未予約の宿泊者のうちの何割かは間違いに気付
いても面倒くさがつてそのまま原告ホテルに宿泊してしまうであろう。このよう
に、世人の誤認混同によつて被告は顧客を次から次へと奪取され、営業上の利益を
大いに害せられることになる。
 以上は、顧客を奪取されるおそれという面のみから見た損害であるが、サービス
面から見た有形、無形、直接的、間接的損害も無視できない。電話の混乱、誤配郵
便物や荷物の返送・回送等の手数、誤認に基づく問合せや苦情等に対する返事・弁
解などの物質的精神的直接の損害はもとより、顧客が受けるであろう迷惑等の間接
的損害も無視できない。このような有形無形の損害が発生することは「南の第一ホ
テル」との関係からみて疑いを容れない。
 原告の主張するところによれば、原告は一二億円余の資本金を擁する大会社であ
る。これに反し、被告は僅か資本金九〇〇万円の小さな会社であつて、その有する
有形資産の大部分は肩書地所在のホテルおよび旅館と、三十数年にわたつて営々と
築き上げて来た「大一ホテル」および「大阪大一ホテル」という周知表示に化体さ
れた信用・名声・のれんだけである。被告のこの何物にも代えがたい貴重な周知表
示が、原告によつて近所に開設される同種のしかも巨大な営業に用いられる識別し
がたい程類似した表示の出現によつて希釈化され、押し潰されて、営業の混同によ
り粒々として確保して来た得意先が続々と第三者の感違いのために失われていくと
いうことは、被告にとつて堪えがたい苦痛である。
五、よつて、被告は原告に対し不正競争防止法一条一項二号に基づき「大阪第一ホ
テル」および「第一ホテル」なる営業表示の使用差止を求める。
(原告主張に対する反論)
一 (違法性欠如の主張について)原告は不行競争の目的がないから違法性を欠如
し、その結果不正競争防止法一条一項二号に該当しない旨主張する。しかし不正競
争目的の存在は不正競争行為差止の要件ではないから右主張は主張自体失当であ
る。
 それはさておき、原告が被告の営業場所と近接の地に被告の営業と同一の営業で
あるホテル業を営み、これに被告の周知表示と同一または酷似の表示を用いるとき
は、原告の営業上の施設および活動と被告のそれとの間に混同を生じ、これによつ
て被告の営業上の利益を著しく害するであろうこと、およびその反射的利益として
原告が旅客または斡旋業者の善意の錯誤を媒介として被告の顧客を多数継続的に奪
取することを期待し得ることは、常識上原告の当然認識しているところである。し
かるに、被告の再三の懇請や異議にもかかわらず、原告がこれを無視し強硬に大阪
市北区に建設開業を企画中の宿泊施設に「第一ホテル」または「大阪第一ホテル」
なる表示を用いることに固執するのは、被告のしにせに便乗する不正競争の目的に
出たものといわざるを得ない。
 原告は「第一ホテル」が極めて著名である旨主張するが、東京においてならばい
ざ知らず、大阪市北区所在の宿泊施設の名称としては未知であつて、決して著名で
はない。株式会社第一ホテルの株式が東証第一部市場に上場されているとすれば、
「株式会社第一ホテル」という商号は東京に本社のある会社としては一応知られて
いるといえるかも知れない。しかしそれはあくまでもある会社の表示としてであつ
て、そのことから直ちに「第一ホテル」という名称の宿泊施設が原告の経営にかか
る宿泊施設として周知であることにはならないことはいうまでもない。
 しかも、本件で重要なことは、「株式会社第一ホテル」という会社の名前(商
号)が周知であるか否かということではなく、大阪市北区に所在するホテルの名称
として「第一ホテル」が周知か否かということである。大阪市北区には未だ原告経
営にかかるホテルは存在しないし、また原告が将来経営する予定のホテルの表示と
して「第一ホテル」という名称を用いることを一般に宣伝広告したという事実もな
い。原告が大阪市北区に開設を計画しているというホテルについては、どのような
名称をつけるかということすら未決定の現在、そのホテルの表示として「第一ホテ
ル」なる表示が著名はもちろん周知であり得るはずがない。
二 (法二条一項四号の主張について)原告には不正競争防止法二条一項四号の使
用権はない。
 被告はホテル経営等を目的として設立された株式会社であつて、設立以前から
(設立中の会社として)「大一ホテル」の宣伝広告を大々的に行つていたから、大
阪市北区所在の被告ホテルの表示として「大一ホテル」「大阪大一ホテル」なる名
称が周知になつたのは、遅くとも昭和一一年四月一日開業と同時である。宿泊施設
の営業表示が日本国内において周知になっていなければ、ホテルを開業しても宿泊
客がほとんど来ないであろうし、少くとも営業として成り立つはずがない。
 他方、被告ホテルの営業表示としての「大一ホテル」「大阪大一ホテル」が日本
国内に広く認識されるに至つた昭和一一年四月当時、原告は未だ存在すらしていな
かつたのである。恐らく設立の企画さえ具体化されていなかつたであろう。原告が
この世に現われたのは、原告の主張によつても昭和一二年一月になつてからである
が、当時は原告の営業にかかる表示として「第一ホテル」という名称はもちろん、
これを一部に用いた表示すら存在しなかつた。原告がその経営にかかるホテルに
「第一ホテル」を含む表示を初めて用いたのは、ようやく設立後三年を経過した昭
和一五年になつてからのことである(甲第六号証の一)。しかもその表示は東京市
(現在は東京都港区)の新橋に新設したホテルの表示として「新橋第一ホテル」と
いう名称である。「第一ホテル」という名称を含んだ表示が原告の独占的営業表示
であり得るはずがない。
 以上で明らかなとおり、原告の用いようと企画している「第一ホテル」または
「大阪第一ホテル」なる表示が、大阪市北区に開設を企画しているホテル営業の表
示として、被告ホテルの表示である「大一ホテル」「大阪大一ホテル」が日本国内
において広く認識される以前から使用されていたという事実は絶対になく、したが
つて不正競争防止法二条一項四号の要件を欠いている。
三 (氏名権行使の主張について)「第一ホテル」なる名称が原告の氏名ではない
ことは、原告の自認するとおりである。被告は、原告が「株式会社第一ホテル」と
いう商号を使用すること自体の差止めを求める権利もなければその意思もない。被
告が原告に対して差止めを求めているのは、原告が大阪市北区に開設を企画してい
るホテルに「第一ホテル」または「大阪第一ホテル」という表示を用いることだけ
であるから、原告のなす氏名権行使の主張は理由がない。
 不正競争防止法二条一項三号の適用は「自己ノ氏名」に限られ、会社の商号には
及ばないことは条文の明記するとおりである。いわんや東京都に本店を有する「株
式会社第一ホテル」(原告)が、「第一ホテル」または「大阪第一ホテル」という
略称を、他人の営業上の施設または活動と混同を生ぜしめるように使用することに
ついて、同号が適用されないことはいうまでもない。のみならず、原告が大阪市北
区において経営するホテルに「第一ホテル」または「大阪第一ホテル」なる表示を
用いるときは、
同地区において同種営業を営んでいる被告ホテルとの間に誤認混同をもたらし、こ
れによつて被告および被告の顧客が多大の迷惑を被るのみならず、被告はその顧客
を多数かつ継続的に原告に奪取され、その反面原告が不当に利益を得るであろうこ
とが確実に予測され、原告はこれを十分認識しながらこれを強行しようとしている
のであるから、明らかに悪意であり、したがつて同号にいわゆる「善意ニ使用ス
ル」という要件をも欠いている。
四 (権利濫用の主張について)原告が大阪駅前において開設を予定しているホテ
ルの名称は、原告の主張によれば未だ決定されているわけではない。今からどんな
立派な名称でも自由に選択できるはずである。原告の資本力と人材をもつてすれ
ば、被告のような弱小のホテルや旅館にこのような不安と打撃を与え、営業の混同
と第三者の感違いによる(被告にとつては甚大であるが原告にとつては小さな)旅
客の不当な獲得と利益を期待しなくても、十分採算のとれる営業が可能なはずであ
る。被告の請求が権利濫用に該当するといわれはない。
第四 証拠関係(省略)
       理   由
第一 本訴請求について
一 (訴の利益)
 原告が大阪駅前(大阪市<以下略>)において「大阪第一ホテル」なる営業表示
を用いてホテル業を営むことを計画していること、右原告の計画が昭和四六年初め
頃新聞紙上で報道されたところ、同年三月二七日被告代表取締役より原告に対し右
計画にかかるホテル営業につき「大阪第一ホテル」なる表示を用いないようにとの
申入れがなされたこと、そこで原告が被告に対し同年六月九日右ホテル営業につき
「大阪第一ホテル」の表示を用いる予定であるが、第二次的には被告との紛争を避
けるため「第一ホテル」の表示を用いることも考えている旨通知したところ、被告
は原告に対し同月一八日右両表示とも使用しないようにと申入れたこと、原告は右
ホテル営業計画の実行に着手しているが、ホテル営業開始に先立ちパンフレツトそ
の他の作成配付等種々の宣伝活動をする現実の必要に迫られていること、および右
宣伝活動をするためには何よりもまず右ホテル営業についての営業上の表示を決定
する必要があること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
 したがつて、原告の第一次的請求および予備的請求はいずれも訴の利益があると
認められる。
 被告は右各営業表示につき不正競争防止法一条一項二号に基づく差止請求権を有
する旨主張するので、以下右差止請求権の有無について判断する。
二 (大阪大一ホテルの周知表示)
 成立に争いのない乙第一号証の二、同第二号証、同第三号証の一、四、六、同第
四ないし第九号証、同第一一号証、同第一三号証、同第一五号証、同第一六号証、
同第一八号証、同第一九号証、同第二〇ないし第二九号証、証人【F】および同
【G】の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合して考えると、つぎの事実が認められ
る。
 被告は昭和一一年三月一五日株式会社として設立され、その頃大阪駅から東へ約
三〇〇米余の距離に位置する肩書地において「大一ホテル」なる営業表示でホテル
を開業し、創業時の施設は地下一階地上三階鉄筋コンクリート建物で客室は三〇室
であったところ、第二次大戦末期戦災により一部焼失したので間もなく復旧し、昭
和三三年八月には旅館部を増設する等着実に営業を拡張し、現在の宿泊施設は国際
観光旅館に指定されており、ホテル部・旅館部ともに四階建(外にホテル部地下一
階)、耐震耐火鉄筋構造で完全冷暖房、客室は和洋室あわせて五〇余を有してい
る。今でこそ大阪市内には戦後新設された大ホテルが続々開業したため次第に被告
ホテルの地位が低下してきているが、戦前にはホテルらしいホテルが極めて少数し
か存在しなかったため、関西地方において被告ホテルは一流ホテルと一般に認識さ
れていた。被告はその経営にかかる右宿泊施設(以下単に「被告ホテル」という)
の営業表示として、当初は「大一ホテル」なる表示のみを用いていたが、被告ホテ
ルが大阪市に所在するところから大一ホテルに大阪を冠した「大阪大一ホテル」な
る表示を漸次併用し、遅くとも昭和三五年には営業表示として「大一ホテル」「大
阪大一ホテル」を完全に併用して現在に至つているものであつて、少なくとも被告
が原告に対し「大阪第一ホテル」「第一ホテル」なる営業表示使用差止を請求した
昭和四六年三月当時においては「大一ホテル」および「大阪大一ホテル」なる表示
は被告ホテルの営業表示として大阪市を中心とした関西地方において広く認識せら
れるに至っていた。資本金は現在九、〇〇〇、〇〇〇円である。
 以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、被
告の「大一ホテル」および「大阪大一ホテル」なる営業表示はいずれも不正競争防
止法一条一項二号のいわゆる周知営業表示であると認めることができる。
三(第一ホテルの著名性ならびに大阪第一ホテルとの関係)
 証人【H】の証言により真正に成立したと認められる甲第三号証、成立に争いの
ない甲第四号証の一、二、同第五号証の一ないし三、同第六号証の一ないし五、同
第七ないし第一一号証、同第一三ないし第一八号証、第二〇ないし同第二三号証な
らびに証人【H】、同【I】(第一、二回)および同【F】の各証言を総合して考
えると、つぎの事実が認められる。
 原告はホテルの経営等を業とする会社で昭和一二年一月九日発起人【A】、
【B】等により資本金一三〇万円をもつて設立され、同一三年四月頃東京新橋にお
いて客室六五〇を有するホテルを開業したが、右ホテルは開業当時より近代的設備
を有する大ビジネスホテルとして有名となり、原告経営にかかる右ホテルは「第一
ホテル」という営業表示で戦前において既に全国的に周知著名になつていた。原告
はその後も着実に発展を続け、原告およびその系列会社の営む第一ホテルチエーン
のホテル投宿人員数は我国ホテル業界の第一級に位し、原告の株式は昭和三六年よ
り東証第二部に、現在は同第一部に上場されており、現在の資本金は一、二五七、
五七〇、〇〇〇円である。原告ホテルの営業表示である「第一ホテル」は全国的に
周知著名であつて、著名度においては被告の「大阪大一ホテル」「大一ホテル」と
は比較にならない程に大である(なお、被告は新橋所在の右原告ホテルの営業表示
は「新橋第一ホテル」であつて「第一ホテル」ではない旨主張するが、右ホテルの
営業表示としては「新橋第一ホテル」「第一ホテル」が併列的に使用されており、
一般には新橋(所在)の「第一ホテル」として周知著名であると認められるから、
被告の右主張は採用できない)。
 そして、原告は大阪駅前にホテルを新設するにつき開業前より数千万円の費用を
投じてテレビ・ラジオ・新聞・雑誌広告をなし、開業にあたつては旅行はエイジエ
ントを中心とする約二千人の招待レセプシヨンを行う計画が決定されている。原告
の「第一ホテル」が周知著名であるため、これらの宣伝広告およびマスコミの報道
等によつて右新設ホテルが開業と共に原告「第一ホテル」のチエーン店として開設
された事実ならびにその営業表示が大衆に周知となるであろうことが容易に推認さ
れる。
四(大阪第一ホテルの営業表示と被告の営業上の施設又は活動との混同のおそれ)
 「大阪第一ホテル」と「大阪大一ホテル」とはいずれも、「オオサカダイイチホ
テル」と発音され、三字目の「第」と「大」を除けば文字も全く同一である。した
がつて、全体観察においては大阪第一ホテルの営業表示は大阪大一ホテルの営業表
示に類似していることは否定できないというべきである。
 そこで、進んで原告が大阪駅前に新設するホテルに大阪第一ホテルとの営業表示
を用いることが、被告の大阪大一ホテルの営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめ
るものであるかどうかにつき検討する。
(営業規模の差) 原告が「大阪第一ホテル」ないし「第一ホテル」という営業表
示を用いて大阪駅前において開業せんとしているホテルの規模は、地上二四、五
階、地下四階、客室数七〇〇の大ホテルである。他方、被告ホテルは既に認定した
とおり地上四階地下一階の建物であつて、旅館部とホテル部を合計しても客室数五
〇余を有するに過ぎず、戦前ならばともかく、現在においては中規模の宿泊施設で
あつて、両者の営業規模の差は著しい。
(宿泊施設様式の差) 原告が開業予定の右ホテルはいわゆる純粋のホテルである
が、被告ホテルは旅館部とホテル部とが連結している建物で、宿泊者は和風旅館で
も洋風ホテルでも自由に選択できることになつており、ホテル部といつても宿泊者
は玄関で靴を脱ぎスリツパに履き替えて中に入るという日本旅館式スタイルである
等宿泊施設の様式にも著しい差がある。
 このように、原告が大阪駅前に新設開業せんとするホテルは、現に存する被告の
ホテルとは比較にならない程営業規模が大きく、その間に著しい格差があり、また
宿泊施設の様式においても質的な相違があるのに加え、「大阪第一ホテル」の営業
表示は現在我国ホテル業界の第一級に位する程著名な原告のホテルの名称に「大
阪」の二字を冠しただけであるから、この二字を除くと原告の営業表示と全く同一
であり、そのうち「第一」の文字は序数として極めて広く用いられる語であるのに
対し、被告ホテルの営業表示中の「大一」は普通用語としては一般には用いられな
い造語であつて、文字において前者と全く異るから、原告が大阪駅前に新設する前
記ホテルに「大阪第一ホテル」の営業表示を用いても、大衆において、そのホテル
が被告の大阪大一ホテルの系列に属するのではないか等、右二つのホテル間に経営
上何らかの関係が存するものとの誤解を招くおそれは先ずないものと認めるべく、
却つて、右の事情によれば原告が大阪に進出した第一ホテルチエーン店の一つであ
ると一般に認識されることが必至であろうと推測されるのである。
 つぎに、原告の「大阪第一ホテル」が新設された暁、その施設と被告の「大阪大
一ホテル」の施設との間に施設の上で具体的混同を生じるものであるかどうかにつ
き考えるに、経験則によれば、二つの同一に発音される営業表示が何れも周知であ
るときは、例えば、その所在地、営業表示の文字その他について特別の注意が払わ
れ、これら施設の特定に役立つそれぞれの特徴を簡潔に表現する語を附加して用い
るところにより両者を区別するのが一般に行われているところであるということが
できる。そうだとすれば、大衆は「大阪第一ホテル」と「大阪大一ホテル」の各施
設を、それぞれの所在地の通称、略称又は営業表示中の差異にあたる文字その他適
当な言葉を適宜附加することにより容易かつ確実に区別するものと考えられる。こ
れは大衆にとり煩わしい一面であるが、この程度のことは同一発音の固有名詞の場
合通常行われていることであつて、本件の場合堪えられない苦痛であるということ
はできない。
 そうすると、原告が大阪駅前に新設せんとするホテルに「大阪第一ホテル」なる
営業表示を使用する行為は、被告ホテルの営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめ
る不公正な競業行為ではないと認めるのが相当である。
 被告は、現に大阪市<以下略>に訴外大阪観光事業株式会社が小さいホテルを開
設し、これに「第一ホテル」および「OSAKA DAIICHI HOTEL」
という営業表示を用いたため、一般には右ホテルを「南の第一ホテル」または「八
幡筋の第一ホテル」と呼ばれたにかかわらず、これが被告の営業上の施設、活動と
誤認混同を来し、被告は主張の如く甚大な迷惑を蒙つた旨主張し証人【F】(第一
回)は被告の主張に副う供述をしている。しかし、文字その他明確に区別し得る場
合でも被告主張の如くタクシー運転手や日通の取扱者の感違いによる間違い、電話
の間違い、郵便物の誤配等が生じるのは相当の注意力を欠いている人の場合であつ
て、このような不注意な人が間違える事例があるからと言つて、これを不正競争防
止法一条一項二号にいわゆる混同が生じるということはできない。
 被告は、原告が大阪駅前に新設するホテルに「大阪第一ホテル」の営業表示を用
いると、被告が永年にわたり営々として築き上げて来た被告ホテルに化体された信
用名声や、のれん等が希釈化され押し潰されて、粒々として確保して来た得意先が
原告の新設ホテルを被告のホテルと混同して利用されることにより失われ、営業上
の利益を害される旨主張する。しかし、既に認定したところによれば、原告の「第
一ホテル」は被告ホテルより一〇ケ月許り遅れ昭和一二年一月九日設立したのであ
るが、開業当初から近代的な設備を有する大ビジネスホテルとして世上の評価を
得、たちまち周知となつたものであり、被告ホテルが原告ホテルより先に周知とな
つたと認めるべき証拠はない。「大一ホテル」と「第一ホテル」は共にダイイチホ
テルと発音され併存して来たのであつて、被告ホテルが今迄ある程度信用名声を築
き上げて来たとしても、世人が「ダイイチホテル」と聞けば、それが話されている
場所のいかんを問わず、先ず被告ホテルが念頭に浮ぶ程右の称呼が被告を意味する
ものとして全国的に著名な営業表示であると認めるべき証拠はない。被告は昭和四
六年三月一八日現在の商号に改めたのであるが、旧称が「株式会社大一ホテル」で
あつた当時、被告経営のホテルにつき「大一ホテル」のほか「大阪大一ホテル」の
営業表示を用いていた事実に照らすと、それが単に大阪所在のホテルであることを
示すだけではなく、被告は大衆が東京における同一発音の原告ホテルの存在を意識
することに想到し、それと区別あるいは誤解をさけるために、大一ホテルの正規の
営業表示に大阪の二字を冠して併用していたものと推測されるのである。そして、
被告ホテルは資本金九、〇〇〇、〇〇〇円であるが、原告ホテルは資本金一、二五
七、五七〇、〇〇〇円の我国ホテル業界において第一級に位するものであることに
鑑みると、原告が大阪駅前に進出し、ホテルを新設開業するにつき、被告ホテルの
名声信用に「ただ乗り」し、そのグツドウイルを盗用するため被告ホテルと同一称
呼の営業表示を選んで使用するものであるとは到底認められず、これを肯認すべき
事情並に証拠は全くない。
 このような事情のもとに、原告の新設ホテルが開業した暁、かりに開設前ならば
被告ホテルを利用したであろうと思われる顧客が原告の新設ホテルに宿泊し、被告
がそのため不利益を蒙ることがあるとしても、それを被告主張のように原告の新設
ホテルを被告のホテルと誤認混同の結果がもたらしたものであると推断することは
できないであろう。また、かりに被告の従来の顧客が原告の新設ホテルを利用する
事実が生じ、原告がこれにより何らかの利益を得るとしても、この原告の利益は法
律上の原因なくして被告の財産又は労務により受けるものではないから、被告との
間で、原告が不当に利得するという不公正な関係にあるものではない。したがつ
て、原告の新設ホテルの開業により、被告と同一称呼のホテルが現われ、被告の営
業表示の表示力がその限りにおいて事実上希釈化するとしても、既に判示したとお
り、被告の営業表示の中核をなす「ダイイチホテル」との称呼が他に存在すること
なく被告ホテルを意味するものとして全国的に著名であつたとは認めることができ
ず、原告の大阪駅前の新設ホテルに「大阪第一ホテル」の営業表示を使用する行為
が違法又は不公正な競業行為であると認めることができない以上、己むを得ない結
果であつて、被告において右希釈化の防止のためには適当な自衛の方法を講ずるの
外なきものといわざるを得ない。
 また、被告は被告ホテルの所在を尋ねられた人が感違いして原告ホテルの所在を
教えたり、タクシー運転手が被告ホテルに宿泊予定の顧客を原告ホテルに送り届け
る場合が生じる旨主張する。原告ホテルと被告ホテルの両者の存在を知つている人
であればかかる間違いは通常生じない。問題は被告ホテルの存在を知らず原告ホテ
ルのみを知つている人の場合には右の如き場合が生じると考えられるが、これはむ
しろ被告「大阪大一ホテル」の周知度が低いことに起因する結果であるというべき
であるから、仮にこのような結果が生じるとしてもこのことの故をもつて周知表示
そのものを基礎とする差止請求権発生の理由とすることはできない。
五 以上で明らかなとおり、原告が大阪市<以下略>でなすホテル営業に「大阪第
一ホテル」なる表示を用いても、その表示は被告ホテルとの間に混同を生ぜしめる
ものではないと認められるから、その余の点について判断するまでもなく、被告は
原告の右営業表示使用に対し差止請求権を有していないといわざるをえない。した
がつて原告の被告に対する本訴第一次的請求は理由がある。
第二 反訴請求について
一、被告の周知営業表示「大阪大一ホテル」に基づく原告の「大阪第一ホテル」な
る営業表示使用差止請求が認められないことは、本訴第一次的請求について判断し
たとおりである。
二、被告の営業表示「大一ホテル」がいわゆる周知と認められることは前記第一、
二において認定したとおりである。
 そして、前記第一、三における説示と同様の理由により、「大一ホテル」と「第
一ホテル」とは外観および観念上相違するが、称呼において同一であるから、総合
的に判断すると結局両者は類似すると認めざるを得ない。
 しかし、原告が新設ホテルに「第一ホテル」という営業表示を使用したとして
も、前記第一、四における認定ないし説示と同様(「第一」と「大一」との区別が
より鮮明化されるうえ、原告の著名表示「第一ホテル」そのままを使用することに
なるから、「大阪第一ホテル」の場合よりも両者の区別が強化される)、原告新設
ホテルと被告ホテル間において不正競争防止法一条一項二号にいわゆる営業上の施
設または活動の混同を生じるおそれはないと認められる。
 したがつて、被告の周知営業表示「大一ホテル」に基づく反訴請求も理由がな
い。
三、結局、被告の原告に対する反訴請求はすべて理由がない。
第三 結語
 よつて、原告の被告に対する本訴第一次的請求は理由があるからこれを認容し、
被告の原告に対する反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の
負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大江健次郎 楠賢二 庵前重和)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛