弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、記録に編綴してある徳島地方検察庁検察官検事正木良信作成
名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
 控訴趣意第一点について
 所論は、原判決が本件の各犯罪についてそれぞれ刑法三九条二項を適用したの
は、法令の解釈適用を誤つたものであると主張する。即ち所論は、道路交通法一一
七条の二にいう酒酔い運転の罪及び同法一二二条により酒気帯び加重の対象となる
同法一一八条一項一号、六四条の無免許運転の罪については、その罪質の特異性に
鑑み、飲酒銘酊による心神耗弱を理由に刑法三九条二項を適用する余地はない。ま
た酒酔い運転の結果業務上過失致死傷の交通事故を発生せしめた場合、その酒酔い
運転自体が過失の内容となつているときも同様であると主張するのである。
 よつて按ずるに、
 <要旨第一>一、 刑法の総則規定は他の法令において刑を定めたものについても
原則として適用され(刑法八条本文)、その適用を排除するにはその旨
の特別規定を必要とする(同条但書)のであつて、この理は総則規定たる刑法三九
条についても変わるところがない。ただ右にいう「特別の規定」とは、必らずしも
明文の規定たることを要せず、当該法令の趣旨、目的等からみて解釈上総則規定の
適用を排除し得る正当理由が認められる場合をも包含すると解せられるので、明文
の特別規定が存しない本件について解釈上刑法三九条二項の適用を排除し得るかど
うかが問題となる訳である。
 そこで進んでこの点を考えてみるのに、先ず道路交通法一一七条の二にいう酒酔
い運転の罪は、なるほど飲酒酩酊により正常な運転ができないおそれのある状態で
自動車を運転することによつて成立する犯罪であつて、所謂酒酔い状態をその構成
要件要素とし、行為者の行為能力も酩酊により正常な運転ができないおそれのある
程度に減退していることを属性とする特異な犯罪類型である。そしてこのような犯
罪類型が設定されるに至つたのは、所論も指摘するように、酒酔い運転が交通事故
に直結する高度の危険性をもつた反社会的行為であつて、交通の安全確保のために
は厳にこれを取締らねばならない必要があるためにほかならない。従つてこの犯罪
においては、酩酊の度合が高くなればなるほど違法性の程度も高度となり、これに
即応して可罰評価も増大する筋合であつて、もしこの罪に刑法三九条の適用を認め
ると、所論も指摘するように、比較的軽度の酒酔い運転はその度合に応じて順次重
く処罰されるのに反し、酩酊の程度が心神耗弱乃至喪失に達する重い酒酔い運転は
却つてその刑責を軽減され、さらには罪責さえも免れるという一見奇異な結果を招
来することを避けることができない。
 然しながら、酒酔い運転の罪は、なるほど酒酔い状態を犯罪構成上の要素とする
ものではあるが、ここにいう「酒酔い」とは、正常な自動車運転ができないおそれ
のある程度(もつとも政令で定める程度以上のアルコールを身体に保有することを
要する)に達すれば足りるのであつて、もとより完全責任能力のある場合を包含す
るものである。ところで刑法にいう心神耗弱とは是非善悪の弁識能力を著しく欠く
精神状態をいい、心神喪失とはその能力を全く失つている状態をいうのであるが、
このような状態は酒酔いの極限又はそれに近い状態にほかならないものと解され、
通常一般の酒酔い運転の多くはこの埓外にあるものと考えられるのであつて、酒酔
い運転を処罰する道路交通法一一七条の二の規定が、飲酒酩酊により心神耗弱乃至
喪失の状態に陥つた者の運転行為を特に処罰するために設けられたとは解されな
い。
 また酒酔い運転の罪について刑法三九条の適用を認めると、さきにも述べたよう
な一見奇異な結果を招来することを否定し得ないが、その反面、この罪について同
法条の適用を排除すると、飲酒時には全く自動車の運転を予想しなかつた者が、そ
の後酩酊して心神耗弱乃至喪失の状態に陥り、このような限定責任能力乃至責任無
能力の段階で始めて自動車の運転を思い立つてその実行に及んだ場合にも無条件に
全面的な罪責が追求されるという一種の結果責任を肯認せざるを得ないこととな
る。然しおよそ犯罪が成立し、刑事責任が生じ得るためには、その者が行為時にそ
の負荷にふさわしい責任能力を具備していることが必要であつて、その所謂「行為
と責任の同時存在」の原則は近代刑法における基本原理である。飲酒者が飲酒開始
の時点において既に後刻自ら自動車を運転することを決意し又は予見しているよう
な場合には、たとえその者が後刻心神耗弱乃至喪失に陥つて自動車を運転しても、
所謂原因において自由なる行為の理論によつて完全な罪責を問うことが可能であり
(なお、この理論は刑法三九条の不適用を前提とするものではなく、むしろ同条が
適用されることによつて生ずる実際上の不都合を補正しようとする機能を有するも
のと解される)、それによつて行為と責任の同時存在の原則が侵されたことにはな
らないであろうが、心神耗弱乃至喪失の状態に陥つたのち始めて自動車運転の決意
を生じてその実行に及んだ場合に刑法三九条の適用を排除することは、右の責任原
理を放棄し、さらにはまた飲酒による酩酊それ自体を有責視することに帰するもの
といわざるを得ない。刑法八条にいう「特別の規定」が必らずしも明文の規定たる
ことを要しないとはいえ、ただ単に法令の趣旨とか取締の目的とかいう漠然とした
理由から解釈上たやすくこのような責任原理に反する結論を導くことは、罪刑法定
主義の趣旨にもそぐわないおそれがあり、俄かに賛同することができない。そして
この理は刑法二一一条(業務上過失致死傷罪)についても同様であつて、以上を要
するに、酒酔い運転の罪及び業務上過失致死傷罪については解釈上刑法三九条の適
用を排除し得べき十分な理由を肯認し難いものといわなければならない。
 <要旨第二>二、 次に道路交通法一一八条一項、六四条の無免許運転の罪につい
て考えてみるのに、同法一二二条は、車輌等の運転者が無免許運転等の
交通違反を犯した場合に酒気を帯びていたときは、右無免許運転罪等について定め
る刑の長期又は多額の二倍までの刑をもつて処断することができる旨を規定してい
る。それは、広義の酒気帯び運転のうち、所謂酒酔い運転のみが現行法上処罰の対
象とされ、それに至らない軽度の酒気帯び運転は処罰されないたてまえとなつてい
るところから、このような軽度の所謂酒気帯び運転に際して犯される一定の交通違
反の危険性に着目して設けられた規定である。即ちこの所謂酒気帯び運転は、本来
法の禁止するところであり(同法六五条)、道路交通の安全性を阻害するおそれも
あるので、このような状態において所定の交通違反を犯した場合には、裁判官の裁
量により本来の所定刑の二倍まで刑を加重し得ることとして酒気帯び運転による道
路交通上の危険を防止しようという趣旨のものである。従つてこの所謂倍加規定
は、所謂酒酔い運転に至らない、より軽度の所謂酒気帯び運転がなされた場合に関
するものであつて、運転者が所謂酒酔い状態に達している場合には最早やその適用
はないものと解せられるのである(そのように解しないと、所謂酒酔い状態で無免
許運転をした場合、一方では道路交通法一一七条の二の酒酔い運転の罪が成立し、
他方では同一二二条により無免許運転罪((同法一一八条一項、六四条))の刑の
倍加措置がなされ得ることとなつて、一個の酒酔い運転が二重に処罰される事態が
生ずることにもなる)。それ故この倍加規定が、所謂酒気帯び運転の場合のみなら
ず、進んで所謂酒酔い運転全般の場合にまで適用があると解し、これを前提にして
本件無免許運転の罪につき刑法三九条二項の不適用を云為する所論の主張は既にこ
の点において失当たるを免れないものといわなければならない。
 三、 そこで以上の判断を前提にして本件を按ずるに、記録によれば、被告人
は、原判決も認定しているように、本件当夜友人と共に徳島市内の洋酒喫茶店等で
多量のビールや清酒を飲んだため、したたか酩酊して心神耗弱の状態に陥り、眠気
を催したので、たまたま実弟が運転して来た普通貨物自動車が飲酒先附近の路上に
駐車してあるのを奇貨とし、これに乗りこみ一休みしているうち、酔余俄かにこの
自動車の運転を思い立ち、よつて本件の各犯行に及んだものであることが明らかで
ある。即ち被告人は、飲酒開始の時点においては自動車の運転を全く予期しておら
ず、その後酩酊して心神耗弱の状態に陥つた段階で始めてその意思を生じ、これを
実行するに至つたものであつて、本件については、所謂原因において自由なる行為
の理論を適用すべき余地はなく、さきに判示したところに照らし刑法三九条二項を
適用してその刑責を減軽せざるを得ないものである。これと同趣旨の結論に出た原
判決は正当であつて、論旨は採用することができない。
 控訴趣意第二点について
 所論は、原判決の被告人に対する刑の量定が軽きに失して不当であると主張する
のであるが、記録に現われた、被告人の交通違反歴、本件事犯の経緯、態様、犯行
時における被告人の精神状態等諸般の事情に鑑みると、原判決が被告人を禁錮三月
に処したのは、その量刑些か軽きに失する嫌いがない訳ではないけれども、当裁判
所において特にこれを変更しなければならないほど不当であるとは認められない。
従つてこの点の論旨も採用し難い。
 よつて、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 小川豪 裁判官 越智伝 裁判官 小林宣雄)

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