弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中上告人A1同A2を除くその余の上告人らに対する損害金請求
に関する部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
     原判決中前項の部分を除くその余の部分に関する上告人らの上告を棄却
する。
     上告人A1同A2の上告費用は同上告人らの負担とする。
         理    由
 上告人二三名代理人梶村謙吾の上告理由第一点について。
 原判決は、株式会社Dが昭和四年四月九日本件宅地につき取得した期間一五年の
地上権は、当時の地主Eの代理人宮田国太郎から新たに設定を受けたものであり、
右会社が株式会社F銀行から譲り受けた借地権とは異なる別個の権利であることを
認定したのである。そして引用の各証拠とその説明によればこの認定は相当であつ
て誤りとはいえない。所論は原判示を正解しないか、または原審の認定と異なる事
実に立脚し、原審の判断を非難するのであつて、理由がない。
 同第二点について。
 原判決は、被上告会社の譲り受けた前示株式会社Dの設定にかかる期間一五年の
地上権は、借地法一一条に違反し無効であり、そして右地上権の目的は借地法三条
により堅固の建物以外の建物の所有のためとみなされるから、その存続期間は同法
二条一項本文の規定により設定契約成立の日から向う三〇年であると判断したので
あつて、この判断は正当である。所論は、期間一五年の登記及びその譲受の登記に
よつて被上告会社は右期間を承認したものであり、また借地法一一条及び二条はこ
の承認によつて効力を左右されるとの独自の見解を主張するに過ぎず、採用するこ
とはできない。
 同第三点について。
 原判決は、判示の理由により、上告人A1同A2を除く各上告人らは被上告会社
に対し本件店舖を収去し又は本件店舖の各占有部分から退去して本件宅地を明渡す
べき義務あることを認めるとともに、右上告人らはいずれも共同して被上告会社の
本件地上権を侵害するものであるから、一審判決主文掲記のように、連帯して損害
を賠償すベき責任があると判断した。しかしながら原判決の認定する事実によれば、
上告人株式会社A3は、その不法行為によつて被上告会社の本件土地に対する使用
収益を妨げたこととなるから、これによつて被上告会社の被つた損害を賠償する責
務あること明らかであるけれども、その他の上告人二〇名(以下、その他の上告人
らと略称する)は、本件建物の所有者たる上告人株式会社A3との契約により、各
判示部分を賃借しこれを占有使用しているに過ぎないのであつて、直接被上告会社
の土地に対する使用収益を妨げているとはいえない。けだし被上告会社が本件土地
を使用収益できないのは、本件建物が存在するからであつて、右その他の上告人ら
が建物の前示各部分を占有使用していることと被上告会社が本件土地を使用収益で
きないこととの間には、特段の事情(例えば上告会社が本件建物の収去土地の明渡
をしょうとする場合にその他の上告人が故らに退去せずこれを妨害する等)のない
かぎり相当因果関係がないと認めるを相当とするからである。さらに仮りに特段の
事情があつてその他の上告人らもまた被上告会社の本件土地の使用収益を妨げたも
のと解すべきものとしても、その他の上告人らは本件建物の各判示部分を占有使用
するに過ぎないこと前記の如くである以上、本件土地の占有も原則としてその全部
には及ばないと解せられるにかかわらず(原判決は、右上告人らが共同して本件宅
地を占有していることは当事者間争がない旨判示したが、記録によれば、右上告人
らは本件建物中判示各部分を占有する事実を認めたに過ぎず、共同して本件宅地の
全部を占有する事実を認めた形跡はうかがわれないから、右判示は誤りである)、
原判決が右上告人らに対し上告人株式会社A3と連帯して本件土地全部についての
賃料相当額の損害金を支払うべき旨を命じたのは、損害賠償の責任の範囲を定める
について法律の解釈を誤つたものといわなければならない。されば原判決は以上の
点において違法があることに帰し、同旨の所論は理由あることとなるから、原判決
中右上告人らに対し損害金の支払を命じた部分は破棄を免れない。
 右同上告代理人前野順一の上告理由第一点について。
 所論は、原審の証拠判断及び事実認定を非難し、条理に反すると主張するが、原
審の引用する証拠と判示説明とを合せ考えると、その判断は相当であつて誤りとは
認められない。
 同第二点について。
 所論は、結局罹災都市借地借家臨時処理法一〇条(以下処理法という)に関する
原審の解釈を争うにすぎず、しかも原審の解釈は正当であるから、採用に値しない
(回復登記に関する所論については谷川代理人上告理由第一点に対する判断参照)。
 同第三点について。
 所論の前提とする、被上告会社が株式会社F銀行から同Dを経て承継した地上権
が、昭和一九年に消滅したという事実は、原審の全く認定していないところであり、
また原判決の判示説明においてもそのような結論を生ずる余地はない。被上告会社
の地上権が処理法一〇条により上告人A2に対抗し得る以上、右地上権と相容れな
い右上告人の地上権設定登記の抹消を求め得べきことは論をまたない。所論は採用
のかぎりでない。
 同第四点について。
 原判決は、一審における証人Gの証言により判示損害額を認定した。そして記録
を調べてみても、右損害額の認定資料は一審裁判所の訊問による右証言をおいて他
に一つも存しないのである。しかも右G証人は被上告会社の被傭者(小売開発部長)
であつて、その証言中原審認定の直接の証拠となつた部分は、調書第五項の記載で
あると認められるところ、その結論である「月売上金が参百万円仕入と売値の差が
月九拾万円店の経費が六拾万円純益は月参拾万円を下らぬ見当です」という数額の
根拠は、「戦前a、bでは相当額の売上げでした」という補捉し難い前提によつて
「戦前の実績と戦後のa方面の状態からbに売店を作れば」と仮定し一個の推測を
述べたに過ぎないことが認められる。そして戦前の実績とはいかなるものか明らか
でなく、その他記録によつては客観的又は具体的な判断の基礎となるベき資料は全
く認められない。してみると被上告会社の判示b売店における複雑多様な営業の月
額純益を算定するに当り、被上告会社の被傭者である証人のきわめて粗大な推測で
ある単に「月参拾万円は下らぬ見当」という証言に基いて上告人らの損害賠償義務
の範囲を直ちに原判決のように認定するのは、客観的基礎を欠く独断のそしりを免
れず、採証法則の限界を越え結局理由不備審理不尽の違法あるものといわなければ
ならない。所論は右の点において理由あることとなるから、原判決中上告人A1同
A2を除くその余の上告人らに対し損害金の支払を命じた部分は、この点において
も破棄を免れないものである。
 上告人A1、A2代理人谷川哲也の上告理由第一点について。
 不動産登記法上、登記簿の全部又は一部が滅失した場合において、旧登記簿上の
権利者が司法大臣(現法務大臣)の定める回復登記申請期間内にその手続をしない
で徒過すれば、その権利者はもはや回復登記をする途を失い、旧登記簿の順位を保
全し得ないことは所論のとおりである。しかしながらこのことは登記簿上の効力の
消滅を来すに止まり、権利者の実質上の関係になんら影響を及ぼすものではない。
従つて権利者が登記をなし得る実質上の権利を失わないかぎりそれに基いて新たな
登記をすることを妨げるものではないのである。そして被上告会社の地上権はこれ
を上告人A2にも対抗し得るものと認められる以上、被上告会社は右地上権と相容
れない上告人A2の地上権登記の抹消を請求し得るものと解すべきこと前示(前野
代理人第三点)のとおりであつて、所論は採用できない。
 同第二点について。
 本件訴訟において、被上告会社が確認及び登記手続を求めた地上権と、原判決が
確認し登記手続を命じた地上権とが同一であることは判文上全く明らかであつて、
民訴一八六条違反などという余地はない。従つてまた原判決が所論のように、単に
借地権の一部のみを認容したということのあり得ないことも明らかであつて、民訴
一九五条違反の主張もなんら根拠はない。
 同第三点について。
 所論は、上告人A2は換地予定地の指定を受けたから、地上権を取得したもので
あると主張し、また被上告会社は換地予定地の指定を受けなかつたから、本件地上
権を失つたと主張するが、かかる主張は、上告人らが原審においてなんら主張しな
かつたところであり、従つて原審の判断しなかつたところである。本件訴訟は、は
じめから本件土地における地上権の存否を争うものであつて、換地における地上権
の存否が争いとなつているものではない。従つて所論判例違反の主張はその前提た
る事実関係を異にし全く当らない。結局所論は適法な上告理由として採用すること
はできない(なお記録によれば、被上告会社は昭和二一年一〇月一日東京都告示五
〇六号による地上権者としての届出をしなかつた事実を認めたが、上告人らは、右
事実を、被上告会社が上告人A2の地上権譲渡の申出を暗黙に承諾したものと認め
るべき事情として主張したにすぎないことが認められる。)
 同第四点について。
 所論権利濫用の主張の認められないことは、原判決の判示するとおりであつて、
その判断は正当であり、所論は採用できない。
 同第五点について。
 所論は、株式会社Dが承継した借地権がすでに五年を経過していることを前提と
して、原判決が本件地上権の期間を三〇年と認定したことを経験則違反であると主
張するが、原判決は、株式会社Dは昭和四年四月九日新たに地上権の設定を受けた
事実を認定しているのであつて、すでに五年を経過した借地権を承継した事実を認
定したのではない。所論は独自の事実を前提とする主張であつて採用することはで
きない。
 よつて民訴四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員
の一致で主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    島           保
            裁判官    垂   水   克   己

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