弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
被告は、別紙添付写真表示の意匠に係る噴霧器噴口を業として製造し、販売しては
ならない。
被告は、その保管中の別紙添付写真表示の意匠に係る噴霧器噴口を廃棄せよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決の第一、二項及び第四項は、仮に執行することができる。
       事   実
 原告訴訟代理人は、
「被告は、別紙添付写真表示の意匠に係る噴霧器噴口を業として製造、販売し、か
つ、右噴霧器噴口を有する噴霧器を販売してはならない。
 被告は、その保管中の別紙添付写真表示の意匠に係る噴霧器噴口を廃棄せよ。
 訴訟費用は、被告の負担とする。」
 との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べ
た。
「一 原告は、左記登録意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。
(一)登録番号 第二四五七六三号
(二)意匠に係る物品 スプレーガン
(三)出願年月日 昭和三七年五月二日
(四)登録年月日 昭和四〇年二月二七日
二 本件意匠は、願書の記載及び願書に添付した図面(別添意匠公報参照)に示さ
れているとおりのものであるが、右記載及び図面により現わされた意匠に基づいて
本件意匠の範囲について考察すると次のとおりである。
(一) 本件意匠の対象とする物品は、願書の示すとおり、噴霧器であり、図面の
記載から明らかなように、噴霧器のうち容器から液体を噴射させる機構を内蔵した
部分、すなわち、噴口部分ともいわれているものに関する意匠が直接の対象となつ
ている。
(二) 本件意匠は、意匠公報の図面からも明らかなように、物品の形状に関する
もので、その外観につき美観を呈する新規なものとして登録されたものである。
(三) 本件意匠の形状を構成上から概説すると、次のとおりである。
(1) 分厚い弾頭状本体を基本部分とし、この本体を垂直方向を基準として、そ
の一端(噴出口部)を他端よりやや上方に向くように位置させてある。
 この本体の形状の特色は、ゆるやかな曲線からなる一方がやや上方に向いた弾頭
状にある。
(2) 本体の上方端面には、本体の傾斜方向に添つて短円柱状のノズルを突設さ
せてある。
 なお、この部分が噴出口を構成し、かつ、ノズルの外周面には広狭の凹凸状が形
成されている。
(3) 本体上方突設ノズル寄り内側下面に「ノ」字状のレバーを垂下させてあ
り、その基部に、本体につながるピストン軸がわずかにのぞいている。
(4) 本体尖端部寄り下面に短円筒状キヤツプを突設し、その中央に細長いパイ
プ様吸込筒を垂下させてある。したがつて右に示した(1)の形状を基本的中核と
してこれに(2)、(3)及び(4)の形状を付加させたものが、本件意匠の基本
的形態をなしているということができ、特に、(1)(2)及び(3)の合体され
た形状が、視覚上最も強く印象づけられるものであり、類否判断の基準となるもの
である。
 意匠権の効力として、類似する意匠についても、その実施をする権利を専有する
ものであることを考えれば、意匠における類否の判断は、登録意匠における基本的
形態の比較で行うべきことが必然的に導かれる。
三 被告は、業として別紙添付の写真に示されているとおりの形状の噴霧器の噴口
部分(以下「本件物件」という。)を製造販売している。
 本件物件の形状につき構成上から概説すると、次のとおりである。
(一) 分厚い弾頭状本体を基本部分として、この本体を垂直方向に対して、その
一端を他端よりやや上方に向くように位置されている。
(二) 上方寄りの端面には、短円柱状のノズルを突設させている。
(三) 本体上方突設ノズル寄り内側下面に「ノ」字状のレバーが垂下させてあ
る。
(四) 本体尖端部寄り下面に短円筒状キヤツプを突設し、その中央に細長いパイ
プ様吸込筒を垂下させてある。
 以上のように(一)を基本部分としてこれに(二)ないし(四)を付加した形状
が、本件物件の基本的形態である。
四 よつて、本件意匠と本件物件の形状とを比較すると、部分的には形状上わずか
な差は認められるが、前記のように視覚上最も強く印象づけられる基本的形態にお
いて、両者は全く共通しており、意匠全体としてみるとき、明らかに両者は酷似し
ているものである。
それ故、被告の本件物件の形状は、本件意匠と類似の意匠であることが明らかであ
り、もちろん、対象たる物品を等しくするから、被告が別紙添付写真表示の形状を
設えた噴霧器を業として製造、販売する行為は、本件意匠権を侵害するものであ
る。
五 よつて、請求の趣旨記載の判決を求めるため、本訴を提起した次第である。」
被告訴訟代理人は、
「原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。」
との判決を求め、答弁および主張として、次のとおり述べた。
「一(一) 請求原因一の事実は認める。
(二) 同二の主張は争う。
 原告は、その構成要件の基本として分厚い弾頭状本体と説明しているが、本件意
匠は、分厚いというよりむしろ薄くきやしやな感覚を与えるものであり、また弾頭
というには余りに基本形が欠除しすぎており、この表現方法は不適切である。
(三) 請求原因三の事実のうち、被告が本件物件を業として製造販売しているこ
と、本件物件の形状が別紙添付の写真に示されているとおりのものであることは認
めるが、原告の主張は争う。
 本件物件について、原告は、弾頭状本体と主張しているが、弾頭は本来錐体であ
つて、平面的なものではないしかも、本件物件の本体下面の曲面の曲率は、上面に
比しきわめて少なく、また、全体として細長い流線形状をしている。
(四) 請求原因四の主張は争う。
二 本件意匠の要部を認定するにあたつては、該意匠登録出願時において既に公に
されている形状、模様等の意匠を勘酌して、これを認定すべきものである。
 けだし、意匠権は、特許権、実用新案権と類し、いまだ公にされていない新しく
創作された意匠的創作に対し独占権を与えて、これを保護するものであるから、す
でに公になつた意匠は、意匠権としては、その保護の価値はなくなるのである。
 意匠法第三条第一項は、「意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知ら
れた意匠」でないことを、意匠登録の要件の一としている(第一号)。すなわち、
意匠が意匠権として登録を認められ、第三者に対する排他権の主張がされるために
は、日本国内のみならず、外国において公然知られた意匠であつてはならないので
ある。そして、このような意匠について、誤まつて登録がされたときは、当該意匠
は、登録無効とされることになるのである(同法第四八条第一項第一号)。
 ちなみに、特許法、実用新案法においては、登録要件としての外国における公知
資料の不存在は、頒布された刊行物の不存在に限つているのであるが、意匠法にお
いては、外国における公知資料をも広く認めていることに注意すべきである。な
お、ここにいう公知の意義について、文献の場合には、一般公衆に対する閲覧可能
性があれば足りる。
 ところで、本件意匠の登録出願人は、アメリカ合衆国のAであるが(原告は、昭
和四三年一〇月二八日、同人から本件意匠権の譲渡を受け、昭和四四年六月一八
日、その旨の登録を経由したものである。)、同人は、一九六一年(昭和三六年)
一二月二九日ベルギー国に「手動液体噴射装置」に関する特許出願をし、その特許
明細書は、一九六二年(昭和三七年)四月一六日の後は、同国商工業所有権局図書
館において、公衆の閲覧に供せられるようになつた。しかして、右特許明細書(乙
第一号証参照)には、本件意匠とほぼ同一の形状の噴口の記載があり、右噴口の意
匠は、右特許明細書が公衆の閲覧に供せられた一九六二年(昭和三七年)四月一六
日に外国において公然知られたものになつたのである。そして、本件意匠の登録出
願は、その後である昭和三七年五月二日である。
 したがつて、本件意匠の要部を設定するにあたつては、該意匠の登録出願時にお
いて公知であつた前記乙第一号証記載の意匠を斟酌すべきものである。また、乙第
一号証の特許明細書は、出願人自らが公知にした資料というべきであるが、出願人
自らが公知にした資料であればなおのこと本件意匠の要部認定をするに当つては、
右公知資料が考慮されるべきものである。けだし、出願人としては、公知資料を参
酌した上での狭い範囲の意匠権を取得したものと解せざるをえないからである。
三 以上述べた観点から本件意匠をみると、本件意匠及び本件物件の意匠は、次の
とおりのものであるというべきである。
すなわち、本件意匠は、
(1) 基本的形態は、座した姿勢の蛙形であり、これを前後方向に薄切りのもの
にしてある。
(2) 蛙形の両側の後肢部に相当する部分に、膨出部を設ける。
(3) 蛙形の頭部に相当する部分に、凹形のくぼみのある輪を中間に設けた短円
筒状ノズルを突出させる。
(4) 膨出部直下に、置物の台に相当するように、周辺に刻みをもつた鍔部を下
部に設けた短円筒キヤツプを突設させる。
(5) 前肢部に相当する部分に、胴部より一本の「メ」字状レバーを垂下させ
る。
(6) 「メ」字状レバーより、腹部に物がささつた形で、ピストン筒を裸出し、
レバーとピストン筒とをピンを表出させて連設した。
以上の各構成要件からなるものである。
一方、本件物件の意匠は、
(1) 基本的形態は、前面の高さの約三倍の長さの尾部をもつた曲率の少ない流
線形状自動車匡体(ボデー)形の前面を切断し、これを端面とした形態で、この本
体は、分厚く二段に分けて、下部に移るに従い幅広部を形成している。
(2) 本体側面に膨出するものはない。
(3) 端面上部に、外周にテーパー溝を切つた短円筒ノズルを突出させる。
(4) 尾部寄りの本体下面に、本体より幅狭の截頭した円錐体の下部を逆テーパ
ー状にして、その外周に縦溝を設けたキヤツプを突設してある。
(5) 本体端面に沿つて突出する「ノ」字状レバーを垂下させる。
(6) 「ノ」字状レバーと本体との連絡体は、本体に埋没されほとんど外観的に
見ることができない。
 本件物件は、以上の(1)及び(3)・(4)・(5)の構成要件からなるもの
である。
 以上のとおりであるから、本件意匠と本件物件の意匠とは類似しない。」
原告訴訟代理人は、被告訴訟代理人の主張に対して、次のとおり反論した。
「一 本件意匠の範囲は、乙第一号証が存在することで制約を受けることはない。
すなわち、
(一) 登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添付した図面に記載された意匠
に基づいて定められるべきことは、意匠法第二四条の明示するところである。しか
して、この登録意匠の範囲につき、新規性ある意匠が登録されるという立前から、
登録意匠の対象となつている物品について他に出願前先行意匠が存在し公知となつ
ていれば、この先行意匠を考慮して登録意匠の範囲の認定をすべきものであるとす
る考えもあるが、本件意匠については、そもそも先行意匠となるものはない。なぜ
なら、物品スプレーガンに関する意匠は、本件登録意匠が最初であつて、それ以前
にはないからである。
(二) さらに、登録意匠の認定に当り考慮されることもありうる出願前公知の先
行意匠というのは、当該物品の分野における通常の知識を有する者が、広く知り又
は知りうる充分な可能性のある意匠でなければならないところ、乙第一号証は、手
動液体噴務装置と題する噴務機構及び構造を開示した特許発明であり、その図面
は、右特許発明の内容を説明するためのものであつて、物品スプレーガンの形状に
おける美的創作すなわち意匠を示すものではないから、これをもつて本件意匠と比
較することはできないのみならず、乙第一号証の特許証は、本件意匠登録出願日の
十数日前にすぎない昭和三七年四月一六日以降ベルギー国においてその内容を閲覧
しうる状態にあつたというだけで、当業者がこれを閲覧し、内容を知るということ
は正に稀有なことであり、したがつて、右内容をもつて、本件意匠の出願時におけ
るスプレーガンに関する意匠の水準を示すものとし、本件意匠の範囲の認定に際し
考慮すべきものであるとするのは明らかに誤つている。
二 本件意匠は、昭和三七年五月二日に登録出願されたものであるが、その出願に
際し、同一物品に関する液体噴射装置の特許明細書がベルギー商工業所有権局図書
館において昭和三七年四月一六日以降公衆の閲覧に供せられたことなど、出願人の
全く知る由もないことであつた。
したがつて、右特許明細書に記載された図面に物品の意匠が表示されているとすれ
ば、それは、本件意匠と同一の意匠であり、かつ本件意匠権利者の意に反してその
意匠登録出願前ベルギーで公知となつていたということになるが、意匠法第四条第
一項の規定により、本件登録意匠の新規性は認められているのである。なお、本件
登録意匠が審査過程で、外国において公然知られた意匠であるとして、拒絶理由通
知を受けたこともない。
 いずれにせよ、本件意匠は、当該物品の形状に関する意匠として前例のない全く
新規なものであることは、疑問の余地がない。
三 仮に、乙第一号証記載内容が考慮されることがあつたとしても、右記載によつ
て、本件意匠の要部の認定に影響を与えることはない。すなわち、乙第一号証の図
示に、スプレーガンの形状を示す部分があるとしても、そもそも、手動液体噴霧装
置を内蔵する物品と、本件意匠の対象とする物品とは同一物であり、かつ同一出願
人により出願され登録されたものであるから、乙第一号証の図示あることにより本
件意匠の新規性が否定されるというなら格別、本件意匠の範囲が減縮されたり、そ
の要部が極めて些細な部分に変動するといつたことはありえないからである。もし
も乙第一号証の記載が公知であることから、本件意匠の範囲が影響されるというの
であれば、意匠法第四九条の示す登録無効審判の除斥期間を経過した意匠権の登録
意匠の範囲をどのように認定するというのであろうか。
 結局、本件意匠は、乙第一号証の存在によつて、なんらの影響も受けないもので
ある。」
立証(省略)
       理   由
一 原告が本件意匠の意匠権者であること、被告が本件物件を業として製造販売し
ていること、本件物件の形状が別紙添付の写真に示されているとおりのものである
ことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 成立について争いのない甲第二号証(本件意匠公報)によれば、本件意匠を現
わしたスプレーガンにおいては、
(一) 分厚いほぼ弾頭状本体が、その垂直方向を基準とし、側面からみて一端
(噴出口部)を他端(下端部分)よりやや上方に向け、斜に大きく配されている。
(二) 本体は、側面からみて中央部の幅のほぼ二倍の長さをもち、同中央部より
やや前記下端部分寄りにおいて両側方に膨出している。
(三) 本体の前記噴出口部側の端面には、外周に数条の凹溝を軸方向に刻設した
輪を中間に設けた短円筒状のノズルを突出させてある。
 本体上方突出ノズル寄り前端下面に、側面からみて、外方へ向いた突出部分を有
するほぼ本体の長さに近い長さの太い「ノ」字状レバーが斜め外方に向け垂下させ
てある。
(五) 前記(二)の本体膨出部下面に、周辺に刻みをもつた鍔部を下部に設け
た。側面からみて本件中央部の軸にほぼ等しい径をもつ短円筒状キヤツプを連設
し、その中央下部に細長いパイプ様吸込筒を垂下させてある。
(六) 右「ノ」字状レバーの基部附近の内側から本件側面中央部附近にピストン
軸が顕われている。
 本件意匠は、以上のとおりの構成から成るものと認められる。
三 別紙添付の写真によれば、本件物件の意匠は、次の構成から成ると認められ
る。
(一) 分厚いほぼ弾頭状の本体が、その垂直方向を基準とし、側面からみて、一
端(噴出口部)を他端(下端部分)よりやや上方に向け、斜めに大きく配されてい
る。
(二) 本体は、側面からみると段違い線条を表わし長手方向に区切られた段状突
部があり、正面からみると、上下二段のほぼ台形の積重ね状になっている。
(三) 本件の噴出口部側の端面には、外周に数条の凹溝を軸方向に刻設した短円
筒状のノズルを突出させてある。
(四) 本体上方突出ノズル寄り前端下面に、側面からみて、本体の長さよりやや
短い長さの太い「ノ」字状レバーが斜め外方に向け垂下させてある。
(五) 本体の前記(一)の下端部分寄りに、側面よりみて、その上部が本体側面
の中央部の幅よりはやや幅狭で、下部近くで本件の中央部の幅とほぼ同長となり、
最下部においてわずかの幅にわたり再び幅狭となり、同部の外周に突条を軸方向に
表わした、短円筒状キヤツプを連設し、その中央下部に細長いパイプ様吸込筒を垂
下させてある。
四 そこで、本件意匠と本件物件の意匠とを比較すると、本件意匠は、側面からみ
て、一端(噴出口部)が他端よりやや上方を向くよう斜めに分厚いほぼ弾頭状本体
を大きく配することを基本的中核として、さらに、その噴射口部側の端面に、短円
筒状のノズルが突出し、本体上方突出ノズル寄り前端下面に、側面からみて、本体
の長さに近い長さの太い「ノ」字状レバーが斜め外方に向け垂下し、本件側面中央
部よりやや本体下端部寄り下面に、本体側面の中央部の幅にほぼ等しい径をもつ短
円筒状キヤツプが連設され、その中央下部に細長いパイプ様吸込筒が垂下してい
る、形状を有する点が、視覚上最も強く人に印象づけるものであるところ、本件物
件の意匠も、前記のとおり、視覚上最も強く人に印象づける本件意匠の基本形態の
すべてを具えているから、形状のうえで、部分的には本件意匠とのわずかな差は認
められるが、結局、全体として、本件物件は本件意匠に類似するものといわなけれ
ばならない。
五 被告は、本件意匠の登録出願人は、一九六一年(昭和三六年)一二月二九日ベ
ルギー国に「手動液体噴射装置」に関する特許出願をし、その特許明細書は一九六
二年(昭和三七年)四月一六日以後同国商工業所有権局図書館において公衆の閲覧
に供せられたところ、右特許明細書には本件意匠とほぼ同一の形状の噴口の記載が
あり、右噴口の意匠は、右特許明細書が公衆の閲覧に供せられた一九六二年(昭和
三七年)四月一六日に、外国において公然知られたものになつたものであり、本件
意匠の登録出願日は、その後である昭和三七年五月二日であるから、本件意匠は、
もともと意匠法第三条第一項第一号により意匠登録が受けられなかつたものであ
り、右事実を勘案すると、本件意匠と本件物件の意匠とは被告の主張するような点
において相違し、本件物件は本件意匠の範囲に属さない旨の主張をする。
 なるほど、成立について争いのない乙第一、第二号証によれば、本件意匠の登録
出願人は、被告主張の日にベルギー国に被告主張の特許出願をし、その特許明細書
は被告主張の日以後被告主張の場所で公衆の閲覧に供せられるようになつたこと、
右特許明細書には本件意匠とほぼ同一の形状の噴口の記載があることを認めること
ができる。しかしながら、右特許明細書が被告主張の場所で公衆の閲覧に供せられ
るようになつたからといつて、そのことから直ちに、右特許明細書に記載された本
件意匠とほぼ同一の意匠が、意匠法第三条第一項第一号にいう「外国において公然
知られた意匠」になつたものということはできない。
被告は「公然知られた」という意味は、文献の場合には一般公衆の閲覧可能性があ
れば足りるという。しかしながら、「公然知られた」という意味を、文献の場合に
ついて、被告の右主張のように解すると、意匠第三条第一項第二号の存在意義が全
然なくなつてしまう。なぜならば、第二号でいう「日本国内又は外国において領布
された刊行物に記載された意匠」は、常に一般公衆の閲覧可能性があるものである
から、第一号を右のように解する以上、第二号を第一号とは別に規定する意味はな
いからである。そうすると、第一号の「公然知られた」の意味は、単に公然と知ら
れうべき状態になつただけでは足りず、公公然知られたことを要するものと解すべ
きである。もつとも、証拠上、公然と知られうべき状態になつたことが立証されれ
ば、特に反証のないかぎり通常は公然知られたという事実を推認することができる
であろうが、それはあくまでも立証上の問題であつて、公然知られたという意味の
解釈問題ではない。
 以上のとおりであるところ、被告主張の特許明細書がベルギー国商工業所有権局
図書館において公衆が閲覧しうるようになつたというだけでは、その閲覧しうるよ
うになつた日からわずか一七日後にベルギー国に特許出願した者と同一の者によつ
てわが国に本件意匠の登録出願がされた本件の場合において、その事実のみによつ
ては、いまだ本件意匠が意匠登録出願前に外国において公然知られていたものであ
るとすることはできない。そして他に、本件意匠またはそれぞれに類似する意匠が
本件意匠登録出願前に日本国内または外国において公然知られたものであるとのこ
とは被告の主張立証しないところであるから、本件意匠がその登録出願前にベルギ
ー国において公然知られたものであることを前提とする被告の主張は理由がない。
六 よつて、原告の被告に対し、本件物件を業として製造、販売することの禁止、
並びに被告の保管中の本件物件の廃棄を求める請求部分は理由がある。
 原告は、なお、被告に対し、本件物件(噴霧器噴口)を有する噴霧器を販売して
はならない趣旨の判決をすべきことを求めているが、原告が意匠権者としてその実
施をする権利を専有しているのは本件意匠及びこれに類似する意匠についてだけで
あつて(意匠法第二三条、第二条第三項)、本件意匠は前認定のとおり噴霧器噴口
に関するものであり、噴霧器噴口を有する噴霧器に関するものではないから、原告
は本件意匠権に基づいて噴霧器の販売まで禁止することはできない。
七 よつて、原告の被告に対し、本件物件を業として製造、販売することの禁止、
並びに被告の保管中の本件物件の廃棄を求める請求部分を正当として認容し、その
余の請求部分は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事
訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し、
主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 高林克己 野澤明)
(別紙)
正面図
<11794-001>
右側面図
<11794-002>
左側面図
<11794-003>
背面図
<11794-004>
平面図
<11794-005>
底面図
<11794-006>
傾斜全景図
<11794-007>
<11794-008>

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