弁護士法人ITJ法律事務所

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○ 主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実及び理由
第一 請求
被告は、原告Aに対し、金三、五八八万九、〇〇〇円、原告Bに対し、金一、七九
四万四、五〇〇円、原告Cに対し、金一、七九四万四、五〇〇円、及びそれぞれ右
各金員に対する平成二年一〇月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員
を支払え。
第二 事案の概要
一 請求の類型(訴訟物)
原告らの被相続人のした相続税の修正申告に対し、伏見税務署長は重加算税の賦課
決定をした。
原告らは、右重加算税の賦課決定には課税要件に関する重大な瑕疵があり、無効で
あるとして、不当利得に基づき、納付済みの重加算税に相当する金額の返還を求め
る。
これが本件訴訟である。
二 前提事実(争いがない)
1 亡Dの父Eは、昭和六〇年四月一一日に死亡し、相続(以下、本件相続とい
う)が開始した。
相続人は、妻のF、二男のD、長女のG及び二女のHの四名であったが、法定申告
期限内には本件相続に係る相続税の申告はされなかった。
2 同年八月二日ころ、Dは、本件相続に係る相続税の申告手続を、司法書士のI
に依頼した。
Iは、右申告手続をするに当たって、全国同和対策促進協議会京都府連合会本部の
会長Jと共謀して、次のとおり相続税の申告書及びこれに添付するための遺産分割
協議書を作成した。
3 右相続税の申告書は、Dら四名の相続人の署名がなされたうえ、I、Jを経由
して、同年一〇月二二日、別表1(1)欄のとおり、本件相続に係る期限後申告書
(以下、本件期限後申告書という)として伏見税務署長に提出された。
4 本件期限後申告書には、遺産分割協議書が添付されていた。その第7項には
「被相続人Eが全国同和対策促進協議会より金七億円の借入金がある」旨の架空の
債務(以下、本件架空債務という)の記載がある。本件期限後申告書では、右本件
架空債務があるとして税額が計算されているため、正規の税額に比較して著しく過
少な税額が申告された。
また、Dは、亡E名義の預金中、別表2記載の総額四、六九六万七、三四六円の預
金(以下、本件預金という)の名義を自己及び家族名義に切り換えた。そのうえ
で、
本件期限後申告書では相続財産からこれを除外している。
5 伏見税務署長は、D、G及びHに対し、昭和六〇年一〇月二八日付けで、別表
1(2)欄記載のとおり、無申告加算税の賦課決定処分をした。その理由は、本件
期限後申告書の提出が、昭和六二年法律第九六号による改正前の国税通則法(以
下、旧法という)六六条一項に該当する、というものである。
6 昭和六一年二月一二日、Dら亡Eの相続人四名は、別表1(3)欄記載のとお
り、伏見税務署長に対し、本件相続に係る相続税の修正申告書(以下、本件修正申
告書という)を提出した。
7 伏見税務署長は、D、G及びHに対し、昭和六一年三月七日付けで、別表1
(4)欄記載のとおり、加算税の賦課決定処分(このうち、重加算税の賦課決定処
分を、以下、本件重加算税の賦課決定処分という)をした。その理由は、本件修正
申告書の提出が、旧法六八条二項、六六条一項に該当する、というものである。
8 Dは、平成元年五月一四日に死亡し、原告らが相続し、法定相続分に従い、原
告Aが二分の一、その余の原告らが各四分の一の権利、義務を承継した。
三 争点
1 本件重加算税の賦課決定処分に重大な瑕疵があるか。
(一) 納税者から納税申告手続の依頼を受けた第三者が、架空債務を計上して、
国税の課税標準又は税額等(以下、税額等という)の計算の基礎となるべき事実を
仮装して申告をしたとする。この場合、その認識を欠き、それに止むを得ない事情
があるときも、納税者に重加算税を賦課することができるか。この賦課処分に重大
な瑕疵があるか。
(二) 本件預金の名義変更は、税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいした
といえるか。
この場合、特に、隠ぺいの意図のないのに重加算税を賦課する処分に重大な瑕疵が
あるか。
2 右瑕疵が重大であれば、本件重加算税の賦課決定処分は無効か。
四 争点に関する原告の主張
1 納税者以外の者が税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい、仮装した場合
に、納税者に重加算税を賦課するには、納税者がその事実の隠ぺい、仮装について
少なくとも認識を有していたことが必要である。
本件の場合、申告書及びこれに添付する遺産分割協議書への架空債務の計上は、I
がJと共謀して、自己の利益を得る為に勝手に行ったもので、Dは全くその認識を
欠いていたのである。
このような場合に、Iの行為をDの行為と同視して、Dに重加算税を賦課する処分
は、課税要件について重大な瑕疵がある。
2 被告は、第三者の仮装行為に基づく申告書が提出された場合にも、原則とし
て、納税者に重加算税を賦課しうるという。しかし、仮に、これが認められるとし
ても、特段の事情があるときは、重加算税を賦課できない。即ち、納税者と第三者
の関係、仮装行為についての納税者の認識の決缺とその止むを得ない事情、第三者
に対する納税者の注意の程度、第三者へ交付された金員の有無、第三者側の意図等
に照らして、第三者の行為を納税者本人の行為と同視できないような特段の事情の
ある場合には、重加算税の賦課決定は許されない。
本件では、DとIらは同一利害集団に属さず、仮装行為を知らないことに止むを得
ない事情があり、正当税額に相当する金員をIに交付しており、IらがDを騙した
ものである。したがって、右にいう特段の事情があることが明らかであり、Dに重
加算税を賦課したことは、課税要件を欠いたものである。
3 本件預金の名義変更は、Dが死亡すれば、預金が引き出しにくくなることや、
葬式代等に当てるために行ったもので、隠ぺいの意図はなかった。
にもかかわらず、Dに重加算税を賦課したことは、課税要件を欠いたものである。
4 以上のとおり、仮装、隠ぺいに認識のないあるいは、第三者の行為を納税者本
人の行為と同視できないような特段の事情の認められるDに対し、重加算税を賦課
した処分は、課税要件の根幹に関する内容上の重大な瑕疵があるというべきであ
る。
そして、瑕疵が重大であって、その処分を納税者に甘受させるのが著しく不当と認
められる本件のような場合には、瑕疵の明白性の要件を備えない場合でも、処分は
無効というべきである。
五 争点に関する被告の主張
1 重加算税は、申告納税制度の秩序と信頼を担保するため、行政上の制裁措置と
して設けられたものである。その課税要件は、税額等を偽るような隠ぺい、仮装の
行為が客観的に存在し、それに基づき過少な申告がなされていれば足りる。
申告納税制度の下でも、その手続を第三者に依頼し、代理人ないし履行補助者とし
て申告をさせることは許される。しかし、その効果は納税者の認識の有無にかかわ
らず、当該納税者に帰属する。
本件では、Dから申告手続の依頼を受けたIが、代理人ないし履行補助者として、
遺産分割協議書に本件架空債務を計上し、それに基づき虚偽の本件期限後申告書を
作成、提出したのである。とすれば、その効果はDに帰属し、Dが架空債務を計上
して期限後申告書を提出したものとして取り扱われる。
したがって、重加算税の賦課決定処分は適法である。
2 仮に、重加算税を賦課すべきでない例外的な場合があるとしても、重加算税制
度の趣旨目的に照らせば、納税者が当然なすべき監督義務を尽くすことができなか
ったことに止むを得ない事由がある場合に限られるべきである。しかし、本件で
は、かかる事由は認められず、架空債務の計上について認識しなかったことに重大
な過失があるというべきである。
3 Dは、自ら亡E名義の預金を、自己及び家族名義に変更したうえ、相続財産か
ら除外して、遺産分割協議書にも記載せず、これに基づいて本件期限後申告書も作
成提出している。
したがって、D自ら税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいしたもので、重加
算税の賦課決走処分は適法である。なお、これに脱税の意図は要しないのである。
4 課税処分が当然無効となるのは、処分に重大かつ明白な瑕疵が存在する場合に
限られる。
瑕疵の明白性は、処分の当初から処分要件の認定が誤認に基づくものであること
が、外形上客観的に明白な場合をいう。
本件の場合、原告ら主張の瑕疵が、処分時に客観的に明白であったとはいえない
し、右瑕疵自体、課税要件の根幹をなす重大なものではない。
したがって、本件重加算税の賦課決定処分は無効ではない。
第三 争点の判断
一 事実の認定
前記前提事実1ないし4及び証拠(甲七ないし一〇、乙一ないし三、四の1ないし
10、五の1ないし8、六の1ないし7七ないし九)、弁論の全趣旨によれば、次
の事実が認められる。
1 Dの父Eは、昭和六〇年三月二〇日ころ、病状が悪化して入院し、同年四月一
一日に死亡した。Dは、別表2記載のとおり、入院直後の三月二五日と同年四月八
日に、E名義の本件預金を解約し、これを同年三月二五日から五月一日にかけ、自
己及び家族名義の預金に切り換えた。
2 Dは、同年七月三一日、伏見税務署において本件相続に係る相続税の相談を
し、相続財産が一〇億円の場合には相続税の額は約二億四、〇〇〇万円と知らされ
た。その際、Dが提出した預金残高証明書には、
本件預金の記載はなかった。
3 同年八月二日ころ、Dは、本件相続に係る遺産分割協議書の作成とともに相続
税の申告手続をIに依頼した。
4 Iは、同年九月末ころ、Jに対し、Kの相続税の申告手続を二億円で請け負っ
てもらいたい旨依頼し、Jはこれを承諾した。そして、Jは、知り合いの税理士か
ら相続税額を七、〇〇〇万円とするには七億円の債務(Fの債務額三億三、七〇〇
万円、Dの債務額三億六、三〇〇万円)が必要と聞き、これをIに知らせた。な
お、Iは、以前にもJと共謀のうえ、架空債務を計上して不正な相続税の過少申告
を行い、納税資金の一部を共に利得したことがある。
5 同年一〇月五日、Dら相続人間で、最終的に遺産分割協議が成立した。その
際、本件預金は、相続財産から除外されていた。Dは、その結果をIに連絡し、I
は、遺産分割協議書を作成した。
6 Iは、同月六日、知り合いの税理士に、右遺産分割の結果に基づく正規の計算
による相続税の申告書(相続税額二億九、二九三万一、〇〇〇円)と、Jから教え
られた七億円の架空債務を計上した相続税の申告書(相続税額七、〇〇七万七、三
〇〇円)を作成してもらった。
7 同月九日、Iの事務所にDら相続人が集まり、遺産分割協議書と相続税の申告
書が作成された。
遺産分割協議書には各人が署名(Fについては他の者が代筆)し、押印はIが代わ
って行った。
相続税の申告書は、前記のとおり、遺産分割の結果に副うものと架空債務を計上し
たものとの二種類があるが、両者とも、Iが印鑑を預かって代わりに押印した。
8 その後、Iは、同月中旬ころ、義弟に指示して、右遺産分割協議書の空白部分
に、次の第7項を追記させた。
即ち、「被相続人Eの借入金(全国同和対策促進協議会より金七億円也)を次のと
おり承継する。F金三億三千七百万円也、D金三億六千三百万円也」との記載を加
えさせている。
9 同月二二日、Dは、Iに、相続税分として、額面二億円の保証小切手と現金
四、〇〇〇万円を渡した。
Iは、右二億円の小切手と架空債務を計上した相続税申告書をJに渡した。Jはこ
れに全国同和対策促進協議会京都府連合会本部と記名し、伏見税務署に提出した。
これが、本件期限後申告書である。
翌日、Jは、右保証小切手を換金し、相続税総額として七、〇〇七万七、〇〇〇
円、無申告加算税等として七一六万円を伏見税務署に振り込みし、Iには謝礼とし
て二、〇〇〇万円を渡した。
10 昭和六一年一月一七日、Dは、右期限後申告に関して相続税法違反として逮
捕された。その取調べの過程で、右申告が架空債務を計上して過少申告になってい
ることなどを知り、同年二月一二日、本件修正申告書を提出した。
二 争点1(一)について
1 旧法六八条は、重加算税の要件として、「納税者が、その税額等の計算の基礎
となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装
したところに基づき納税申告書を提出したとき」と定めている。
右にいう「納税者が・・・・・・納税申告書を提出したとき」とは、当該納税者本
人が直接提出した場合に限られない。その他、納税者から依頼を受けて申告手続を
納税者に代わって行う第三者、即ち、履行補助助者(履行代行者)が申告書を提出
する場合も含むものと解するのが相当である。
けだし、公法上の行為である納税申告も、納税者自らの判断と責任において、その
手続を第三者に委ね、納税者に代わって行わせることは許される。
しかも、重加算税は、違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性を問題とする刑
罰ではない。一定態様の納税義務違反につき、義務違反者に不利益を負わせること
により、違反の発生を防止し、徴税の実を挙げようとする趣旨の行政上の措置であ
る(最判昭四五・九・一一刑集二四巻一〇号一三三三頁参照)。だから、客観的に
みて隠ぺい、仮装がなされ、それに基づいて過少申告という納税違反の状態が生じ
ていたことが重要であって、隠ぺい、仮装行為を納税者自身が行ったか、その代行
者が行ったかということは、刑罰におけるほど重要な意味を持たない。
もとより、自己の公法上の義務である納税申告義務を履行補助者(履行代行者)に
代行させたことの一事によって、納税者自身申告義務を免れる訳ではなく、その補
助者のした申告の効果、態様は、そのまま、納税者自身の申告となり、その行為、
態様と同視される。
即ち、納税者が、自らの責任において、納税義務者たる身分のない者に申告を一任
し、これをいわば納税申告の道具ないし補助者として使用した以上、その者の申告
行為は納税者がしたものと取り扱うべきだからである。
この場合、納税者は、その申告義務を果たすため、信頼できる者を選任し、申告書
提出前にこれを点検し、自ら署名押印するなどして、適法に申告するように監視、
監督して、自己の申告義務に遺憾のないようにすべきである。これを怠って、補助
者が不正な申告をした場合には、納税者自身の不正な申告として、重加算税の賦課
を受ける。
履行補助者が税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいし、又は仮装し、これに
基づいて過少な申告を行った場合、納税者自身が、その隠ぺい、仮装について認識
を欠いていたとしても、その履行補助者の申告の有無、態様は、そのまま納税者が
行ったものとなり、その責任を負う。
2 本件の場合、前記定一3のように、Iは、Dから、本件相続に係る相続税の申
告手続一切を代わって行うことを依頼されたものであって、右にいう履行補助者
(履行代行者)に該当すると認められる。
そして、Iが、Jと共謀のうえ、本件架空債務を計上して、税額等の計算の基礎と
なるべき事実について仮装行為を行い、これに基づいて過少な申告をしたことは、
前認定一の各事実に照らし明らかである。
したがって、このようなIの行為は、そのまま納税者であるDの行為と同視され
る。
とすれば、Dに対する本件重加算税の賦課決定処分は適法であって、何らの瑕疵も
なく、これが無効でないことは明らかである。
3 原告らは、重加算税を賦課しうるのは、納税者が税額等の計算の基礎となるべ
き事実の隠ぺい、仮装を認識していたことが必要であり、また、第三者の行為を納
税者本人の行為と同視しえないような特段の事情のある本件の場合には、重加算税
の賦課決定は許されないと主張する。しかし、前示のとおり、納税者が自己の納税
申告を補助者に委ねたものである限り、履行補助者の申告の態様等については、そ
のまま、納税者の行為となり、その責任を負うべきものである。
よって、右主張は採用できない。
三 争点1(二)について
1 旧法六八条にいう「隠ぺい」とは、故意に税額等の計算の基礎となるべき事実
を隠匿し又は脱漏することをいう。
前認定一の事実、特に1、2の事実によれば、Dは、E死亡の前に、E名義の本件
預金を解約し、これを自己及び家族名義の預金に切り換えている(一部はE死亡後
である)。そして、伏見税務署において本件相続税の事前相談をした際にも、本件
預金の存在を明らかにせず、遺産分割協議の対象にも掲げず、遺産分割協議書にも
本件期限後申告書にも、本件預金は相続財産として記載されていなかったことが認
められる。
これらの事実に照らすと、Dにおいて、本件預金の名義を変更して、相続財産から
除外したのは隠ぺいに当たり、これが隠ぺいの意図に基づくものと推認することが
できる。
2 原告らは、葬式代等に当てるため、名義を変えたにすぎない旨主張する。しか
し、本件預金の金額高や、Dら家族が、E死亡前においてかなり多額の預金を有し
ていたこと(乙一四ないし一七)に照らし、右主張は採用できない。
3 したがって、本件預金の名義変更は、税額等の計算の基礎となるべき事実を隠
ぺいしたものというべきである。
よって、Dに対し、本件重加算税の賦課決定処分がなされたことは適法であり、何
らの瑕疵もなく、右処分が無効でないことが明らかである。
第四 結論
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、右処分の無効
を前提とする原告らの本訴不当利得金返還請求は理由がない。
(裁判官 吉川義春 中村隆次 佐藤洋幸)
別表1、2(省略)

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