弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 上告人B弁護人長尾肇次郎の上告趣意について。
 原審第一回公判において長尾弁護人は上告人の為めに精神鑑定を申請し、原審が
これを却下したことは該公判調書の記載により明らかである。又原審は同弁護人の
心神耗弱の主張に対し、審理の結果により上告人が本件犯行当時心神耗弱の精神異
常状態にはなかつたものと判断し、その主張を排斥しているのである。そして論旨
は(イ)乃至(ホ)の事実を挙げて原審の右判断の不当を論難しているのである。
論旨に挙げている事実の中(二)に掲記してある上告人の近親者から相当の精神異
常者を出していると云う点につき記録を調査すると、第一審証人Cは上告人家の系
図の書面(記録添付)について上告人の血縁関係者の中に相当多数の精神異常者が
あつたことを証言しているのである。被告人の近親者に相当多数の精神異常者があ
るような場合には裁判官は被告人の精神状態については特に慎重な注意と考慮を払
ひ、その良識により合理的な判断を下さなければならないことは云う迄もないとこ
ろである。そして苟くも被告人本人に精神の異常を疑はしめるものがあるならば、
鑑定人をして鑑定せしめた上これを参酌してその判断を下すべきである。しかし裁
判所が事件を審理した結果、被告人の供述行動、態度その他一切の資料によつて被
告人本人についてその疑がないと判断し、その判断が経験則に反しない以上、その
判断をもつて違法であると云うことはできないのであつて、被告人の近親者に相当
多数の精神異常者があると云う一事によつて直ちにその判断が経験則に反すると論
断することはできないのである。
 本件において原審は前記C証人の訊問調書について証拠調をしているのであるか
ら、上告人の近親者に相当多数の精神異常者があることは上告人の精神状態を判断
するにつき、十分に考慮に入れていると認むべきである。又論旨に挙げている他の
事実も、すべて原審の審理に顕はれた事実であるから、これも考慮に入れていると
認むべきである。そして原審は審理の結果により上告人を精神異常者にあらずと判
断したもので、その判断が経験則に反するものと認むべき資料はない。又鑑定の申
請を却下してかかる判断をしたからといつて、経験則に反するものと云うこともで
きない。又鑑定の申請を却下したことは原審の専権に属することであるから、それ
を違法と云うことはできない。然らば原判決には何等所論の如き違法なく論旨は理
由がない。
 上告人D弁護人山口好一、同河上市平の上告趣意第一点について。
 よつて原審が上告人の犯罪事実を認定する資料として採用した各証拠について審
按するに
 (イ)原審第一回公判調書によれば原審相被告人Eが山口弁護人の問に対して論
旨記載のような供述をしたことは所論のとおりである。しかし一方裁判長は右被告
人に対し、第一審判決の理由冒頭の部分及びその第一の事実並びに同被告人に対す
る司法警察官聴取書第九項第一〇項を読み聞けたところ、いづれもその通り相違な
い旨を答えておるのであつて。第一審判決の理由冒頭の部分及びその第一の事実は
第二審判決の理由冒頭の部分及びその第一の事実と同趣旨であり、前記司法警察官
の聴取書第九項、第一〇項は同被告人が右第一の事実を認めている趣旨の供述が記
載されているのである。従つて被告人Eの原審公判廷における供述中裁判長の訊問
に対する部分を採用すれば十分に上告人の犯罪事実を肯定することができるのであ
つて、原判決の趣旨も茲にあると認められるのである。然らば原判決が右供述を証
拠として採用したのは正当である。
 (ロ)原判決の証拠説明に「被告人Dに対する司法警察官の聽取書中同人の陳述
として判示第四事実について云々」と記載してあるが、その「判示第四の事実」と
あるのは「判示第一の事実」の明瞭な誤記であると認められる。それは本件記録中
被告人Dに対する司法警察官の聽取書は、昭和二二年六月一二日附Dに対する司法
警察官の聽取書のみであつて右聴取書の内容は被告人の家族関係経歴等の事実の他
は原判示第一の事実に関する供述のみであつて、第四の事実については何も陳述し
ていない点から明らかなところである。所論は原判決の明瞭な誤記を捉えてこれを
論難するものであつて採るに足らない。
 (ハ)Aに対する司法警察官の聽取書を証拠とすることができることは論旨第二
点について説明するとおりである。
 (ニ)Fに対する司法警察官聴取書及び同人作成の犯罪届書はこれを原審の採用
した他の証拠と総合して判示第一の事実を認定し得ることは明らかである。
 これを要するに上告人の犯罪事実即ち原判示第一の事実の認定は原判決の挙示す
る証拠から肯認できるのであるから、原判決には所論の如き違法なく論旨は理由が
ない。
 同第二点について。
 原判決は上告人の判示第一の犯罪事実を認定する証拠として第一審相被告人Aに
対する司法警察官の聴取書を採用している。そして原審第一回の公判廷において山
口弁護人は上告人の為めにAの証人訊問を申請したが、原審がこれを却下したこと
は、公判調書の記載により明らかである。従つて原審は右却下決定の結果として、
その審理の程度においては一応刑訴応急措置法第一二条第一項の規定に依り、Aに
対する司法警察官の聴取書は、これを証拠とすることができない訳である。ところ
が記録によると右公判手続はその後原審第二回公判において、判事の更迭があり構
成を異にする別個の裁判所において弁論の更新を為し、裁判長は被告人に対し右A
に対する聴取書を読み聞け、特に被告人はその供述者の訊問を請求し得る旨を告げ
たに拘わらず、被告人からも弁護人からもその請求が無かつたことがわかる。右の
如く裁判所の構成が変つて別個の裁判所となり更新された弁論において特に裁判長
から注意があつたに拘わらず、訊問の請求がなかつたのであるから、前記応急措置
法第一二条第一項にいわゆる「請求」がなかつた場合と見るべきである。然らば原
審は右聴取書を証拠とすることができるのであるから、原判決がこれを証拠として
採用したのは正当である。論旨は理由がない。
 同第三点について。
 論旨は原判決がAに対する司法警察官の聴取書を証拠に採用したのは、刑訴応急
措置法第一二条第一項但書の規定によつたものであるならば、右但書の規定は憲法
第三七条第二項に違反するものであり、従つて原判決は憲法違反の法律を適用した
違法があると云う趣旨である。しかし、前論旨について説明したように、原審が右
聴取書に証拠力を認めたのは前記但書の規定によつたものでないのであるから、所
論は原審の適用しなかつた法律の違憲を主張するに帰着し、論旨は理由がない。
 よつて本件上告は理由がないから、刑事訴訟法第四四六条により主文の如く判決
する。
 この判決は裁判官全員一致の意見である。
 裁判官庄野理一は退官につき合議に関与しない。
 検察官 十蔵寺宗雄関与。
  昭和二三年一一月一七日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介

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