弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を八幡浜簡易裁判所に差戻す。
         理    由
 本件控訴の趣意は、記録に編綴してある高松高等検察庁検察官島岡寛三提出にか
かる八幡浜区検察庁検察官事務取扱検事岡田照志作成名義の控訴趣意書に記載のと
おりであり、これに対する答弁は、記録に編綴してある弁護人清家栄作成名義の答
弁書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
 検察官の所論は要するに、原判決が告訴人Aの告訴権を否定して本件公訴を棄却
したことは、不法に公訴を棄却したものであるから、破棄を免れないというのであ
る。
 そこで記録を調査すると、原判決は、「被告人が昭和四三年五月一四日と同年七
月一五日の二回にわたりA所有のブロツク塀を損壊した」との公訴事実について、
証拠調の結果、右損壊されたブロツク塀はAの所有ではなくB外二名の共有に属す
るものと認定した上、器物損壊罪の告訴権者は当該物件の所有者と解すべきである
からAには告訴権がなく、本件については所有者たるB外二名の告訴がないので、
公訴提起の手続が不適法であるとし、公訴棄却の言渡をしたことが明らかである。
 よつて先ず右判断の基礎となつた事実関係について検討するに、本件記録によれ
ば、被告人は愛媛県西宇和郡a町大字bc番地の畑を所有し、B、C、Dの三名は
右畑に隣接して同所d番地の宅地と地上家屋を共有(亡父Eの遺産を共同相続によ
つて取得)しているものであるところ、かねて右両地の境界につき紛争が絶えなか
つたこと、右d番地上の家屋には亡Eの長男であるBがその妻Aと共に居住し農薬
を営んでいたのであるが、Bが昭和四二年八月から米国へ出稼に赴いたので、その
後はAが子供らと共に右家屋に居住し、その敷地である右宅地を占有管理し、従前
どおり農業を営んで留守宅を守つていたこと、Aは昭和四二年一二月初旬頃、夫の
弟であり土地共有者の一人であるCと相談の上、隣地との境界を明らかにして住居
の平穏を守るため、右d番地の宅地上に隣地に接して本件プロツク塀を築造したこ
と、右築造費用は夫からの送金と自己の農業収入金から支弁したこと、ところが被
告人は、右ブロツク塀が自己所有の畑地上に築造ざれたとして憤慨し、前記公訴事
実のとおりこれを損壊したこと、本件公訴はAの告訴に基いて提起されたものであ
ること、以上の事実が認められる。そして以上認定の事実によれば、Aが築造した
本件ブロツク塀は、民法二四二条の附合の規定によりその敷地共有者たるB外二名
の所有に帰したものといわねばならない。
 そこで以上の事実関係のもとにおいて、Aが本件ブロツク塀の損壊につき告訴権
を有するか否かについて判断する。
 <要旨>元来器物損壊罪の保護法益は、財物の交換価値及び利用価値に存するので
あるから、当該物件の所有者が同罪の被害者として告訴権を有することは勿
論であるけれども、同罪の被害者、即ち告訴権者を所有者だけに限定して解するこ
とは必ずしも当を得たものではない。けだし、所有者以外の者であつても、たとえ
ば賃借人等の如く適法な占有権原に基づいて当該物件を占有使用している者は、こ
れを使用収益することによつて、当該物件の利用価値、即ち効用を享受しているの
であるから、右のような用益権者が適法に享受する利益もまた所有権者のそれとは
別個に保護されて然るべきであり、刑法上ことさらこれを保護の対象から除外すべ
き根拠はない。このことは、刑法二六二条が物の賃借人等の利益を独立して保護の
対象としていることからみても明らかである。
 そして本件の場合、Aは本件土地家屋やブロツク塀の所有者の妻として、正当な
権原に基き右物件を占有使用し、本件ブロツク塀によつて他人の侵入を防止し、境
界を明白にし、平穏な家庭生活を維持するという効用を適法に享受している者であ
り、殊にその占有使用は、単なる契約による賃貸借や恩恵的な使用貸借に基くもの
ではなく、妻が所有者たる夫に代つてその留守宅を管理するという高度の占有権原
に基くものであり、社会通念上所有権者自体の占有使用と等質の内容を有するもの
である。従つて、同人の享受する使用利益は、所有権者のそれに比肩すべきもので
あるから、単なる契約による賃借人等の使用利益に比し、刑法上より厚い保護に価
するものといわねばならない。
 そうだとすると、Aは本件ブロツク塀を損壊されたことにより、その物の効用を
適法に享受する利益を害された者として同罪の被害者に該当し、同罪につき告訴権
を有する者というべきである。
 してみると、本件公訴については被害者Aの適法な告訴が存するにもかかわら
ず、同人には告訴権がないと判断して本件公訴を棄却した原判決は、不法に公訴を
棄却した違法が存するものといわねばならず、到底破棄を免れない。論旨は理由が
ある。
 よつて刑訴法三九七条一項、三七八条二項により原判決を破棄し、同法三九八条
により本件を八幡浜簡易裁判所に差戻すこととして、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 呉屋愛永 裁判官 三木光一 裁判官 奥村正策)

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