弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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(主 文)
被告人を懲役16年に処する。
未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
(犯行に至る経緯)
 被告人は,青森県弘前市内で出生し,同市内の簿記専門学校を卒業後,複数の税理
士事務所に事務員として勤務し,甲事務所では乙有限会社の経理事務を担当していた
が,平成2年ころ,乙有限会社の取締役をしていたAの紹介で,有限会社丙で事務員を
していたBと知り合った。平成7年11月,被告人は,経理関係事務代行業を目的とする
丁有限会社を設立し,有限会社丙から,経理関係事務の代行を依頼されていたところ,
平成8年秋ころから平成9年にかけて,被告人は,Bから勤めている会社の社長などに
対する愚痴を聞いたり,Bが有限会社丙に貸し付けていた金銭の回収について間を取り
持つなどしたことから,Bとの仲は親密になった。平成9年初めころ,Bが丁有限会社の
事務所に同じような愚痴をこぼしに頻繁に来るようになったことから,被告人はうんざり
していたが,有限会社丙が丁有限会社の顧客であったことから,Bとの関係をうまく保っ
ていた方が都合が良いと考え,Bとの付き合いを続けていた。被告人は,平成9年12月
ころから,自分が消費者金融等に負っている借金を返済するための資金及び生活費等
に充てる目的で,Bに対し,架空の融資話を持ちかけ,Bから金銭をだまし取るようにな
った。Bは,被告人を信頼していたため,被告人の話を信じて,被告人から言われるまま
100万円以上の現金を何度も被告人に渡したことから,被告人は,Bを便利な財布と考
えるようになった。被告人は,平成11年4月9日ころにも,Bに架空の融資話を持ちかけ
て250万円をだまし取ったほか,同月28日には100万円を借り受けた。こうして,被告
人は,Bから2000万円以上の金をだまし取っていたところ,同年5月には,被告人は,
Bに対し,これまで融資を受けた分の返戻金として950万円から1250万円くらいの金
を渡さなければならない状態になっていたが,被告人は,返済するだけの十分な金を用
意できなかった。そこで,被告人は,同年4月29日午後4時か5時ころ,Bが丁有限会社
の事務所に被告人を訪ね,被告人にいつもの愚痴をこぼしている時に,平成10年12
月18日に架空の融資話によってBからだまし取った500万円について,返済期日を延
ばしてくれないかと持ちかけた。しかし,Bが被告人の話を直ちには信じなかったため,
被告人は,Bの疑問や不安を解消しようと,融資先が延ばした期日までに返済しなけれ
ば被告人の夫が立て替えて支払う旨Bに話したところ,Bは,さらに疑問を持ち,被告人
の夫に直接事情を聞いて確認したいと言い出した。被告人は,Bが夫のところに行け
ば,これまでBをだましていたことが夫にもBにも分かってしまうなどと考え,Bに対して,
夫のところに行かないように頼んだが,Bは,被告人の夫に電話をしようと座っていたソ
ファーから立ち上がった。そこで,被告人がBを後ろから引っ張ると,ソファーに倒れたB
が大声を出したため,被告人は,その声を抑えようと,仰向けになったBに覆い被さり,
その鼻口部を左手で押さえつけた。そして,被告人は,今押さえつけることをやめてもB
は必ず夫のところへ行くであろう,そうなれば,これまで自分がしてきたことのすべてが
夫にもBにも分かってしまう,口を塞ぐようなことをした以上,Bはもう自分のことを信用し
てくれないだろう,そうであれば,Bを殺すしかないと思うに至った。
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 前記のように,ソファーの上に仰向けに引き倒したBに覆い被さり,同人の鼻口部
を左手で押さえ付けていたものであるが,平成11年4月29日午後10時30分こ
ろ,青森県弘前市a丁目b番地cの当時の丁有限会社事務所内応接室において,
B(当時49歳)に対し,殺意をもって,同人の鼻口部を押さえつけていた左手の上
に右手を重ねて両手で力一杯押さえつけ,よって,間もなく,同所において,同人を
窒息死させて殺害した
第2 融資金名下にAから金員を詐取しようと企て,真実は株式会社Z及び株式会社Y
代表取締役Cから融資又はその斡旋を依頼された事実はないのにあるように装
い,かつ,交付された金員は自己の用途に充てる意図であるのにその事情を隠
し,
1 平成16年6月28日ころ,青森県弘前市d丁目e番地のf丁有限会社事務所におい
て,自己の携帯電話で,同市g丁目h番地i甲事務所にいたAに電話をかけ,同人
に対し,「株式会社Zから1000万円の融資を頼まれた。私が500万円出すから5
00万円出さないか。株式会社Zは利息を100万円付けると言っているから,返し
てもらうときに半分ずつもらうことにしよう。」旨嘘を言い,その旨Aを誤信させ,よっ
て,同月29日午前11時15分ころ,同市大字j丁目k番地l○○本店駐車場に駐車
中のA使用の普通乗用自動車内において,同人から現金500万円の交付を受
け,もって,人を欺いて財物を交付させた
2 同年8月1日ころ,丁有限会社事務所内において,自己の携帯電話で,同市m番
地A方にいたAに電話をかけ,同人に対し,「株式会社YのCさんが90万円融資し
てほしいと言っているけれども融資しないか。利息を10万円付けると言っている。」
旨嘘を言い,その旨Aを誤信させ,よって,同月2日午前11時30分ころ,同市n番
地o株式会社××銀行□□支店駐車場に駐車中のA使用の普通乗用自動車内に
おいて,同人から現金90万円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させ

3 同年10月25日ころ,丁有限会社事務所において,自己の携帯電話で,甲にいた
Aに電話をかけ,同人に対し,「株式会社YのCさんが140万円融資してほしいと言
っているけれども融資しないか。利息を10万円付けると言っている。」旨嘘を言
い,その旨Aを誤信させ,よって,同月26日午前11時02分ころ,××銀行□□支
店駐車場に駐車中のA使用の普通乗用自動車内において,同人から現金140万
円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させた
4 同年11月8日ころ,丁有限会社事務所において,自己の携帯電話から乙有限会
社にいたAの携帯電話に,「株式会社Zが,100万円を融資してくれれば,これに,
先に融資した500万円及びその利息と合わせ,合計700万円を平成17年1月10
日に返済すると言っている。」旨嘘の内容の電子メールを送信し,そのころ,Aにこ
れらを閲読させ,その旨同人を誤信させ,よって,同月9日午前11時55分ころ,×
×銀行□□支店駐車場に駐車中のA使用の車両内において,同人から現金100
万円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させた
5 平成17年1月8日から同月9日までの間,丁有限会社事務所において,自己の
携帯電話からA方にいたAの携帯電話に,「株式会社Zでは,決算期の3月までに
1500万円以上の剰余金が出るので使わなければならない。合計1005万円の返
済期日が1月中に到来するが,株式会社Zにあと95万円を融資し,合計1100万
円とすると,3月18日には利息が付いて1300万円が返済される。」「私の手持ち
資金として45万円あるから,貸してあげる。50万円出してくれればいい。」旨嘘の
内容の電子メールを送信し,そのころ,Aにこれらを閲読させ,その旨同人を誤信さ
せ,よって,同月11日午後12時20分ころ,同市p番地△△喫茶店において,同人
から現金50万円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させた
ものである。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,消費者金融への借金を返済するための資金を調達することなど
を目的として,知人の被害者に架空の融資話を持ちかけて金銭をだまし取っていたとこ
ろ,同人がこれに疑問を抱いたことから,同人及び自分の夫に真実を知られないように
するなどのため,殺意をもって同人の鼻口部を両手で押さえつけて同人を窒息死させ
(判示第1),別の知人にも架空の融資話を持ちかけ,5回にわたり合計880万円をだま
し取った(判示第2の1ないし5)事案である。
判示第1の殺人についてみるに,被告人は,消費者金融から次々に借金を重ね,一
度は夫に清算してもらったもののその借金癖は治らず,生活を切りつめることもしなかっ
たため,再び消費者金融などから借金を続け,その返済資金を調達するなどのため,知
人の被害者に名の知れた優良会社への架空の融資話を持ちかけ,同人が被告人を信
頼しているのをいいことに次々と金員をだまし取り,被害者が融資話に疑問を持つや,
自己の悪事の発覚を恐れ,自己の保身のために安易に殺害を決意して躊躇なく実行し
たものであって,その動機は自己中心的で,酌量の余地は全くない。被告人は,ソファー
に仰向けに倒れた被害者に覆い被さり,全身の力をこめて同人の鼻口部を両手で塞ぎ
続け,同人が動かなくなってからもなお鼻口部を押さえ続けており,最後には同人が呼
吸しているかどうか確認するなど,犯行態様は執拗で冷酷である。被害者は,信頼して
いた被告人から,大金をだまし取られた挙げ句,鼻口部を塞がれ殺害されたものであ
り,苦しみながら人生半ばで命を奪われた被害者の無念さは察するに余りある。被告人
は,本件犯行後,事件の発覚を恐れ,被害者の着衣を廃棄したり,指紋が付かないよう
に軍手をはめた上で被害者をゴミ袋で覆い,死体を隠すなどした他,手帳等に虚偽の事
項を記載するなどの隠蔽工作を行ったのみならず,他の友人らと被害者を捜したり,自
ら失踪した被害者を心配しているかのように装うなどしており,そこには同人の死に対す
る悔悟の情はひとかけらも感じられない。これに加え,遺族から被害者が育てていた植
物を預かるなどして同人の安全を祈っているかのような素振りを示していたこともあっ
て,遺族の被告人に対する処罰感情が大きいのも当然である。にもかかわらず,被告人
は,遺族らに対して何ら慰謝の措置を講じていない。
判示第2の各詐欺についてみるに,判示第1の被害者を殺害した後であるにもかか
わらず,後悔したり自己の生活を省みることなく消費者金融などへの借金を返済する資
金を調達するため,またもや架空の融資話を持ちかけて被害者から金員をだまし取った
ものであって,自己の欲求の赴くまま行なわれた自己中心的な犯行である。被告人は,
被害者に疑問を持たれないように,一度は貸借関係を清算し,再度同じ手口で複数回
にわたって金員をだまし取っており,金員を受け取る都度,裏に返済期日,返済額を記
載した被告人の名刺を渡し,利息分だけ支払うなどして,被害者を信用させ,同人から
合計880万円もの交付を受けたものであって,常習的かつ巧妙な犯行である。被害額
も合計880万円と多額であり,被害者の被害感情が大きいことも十分に理解できるとこ
ろである。にもかかわらず,被告人は,何ら被害弁償の措置を講じていない。
以上によれば,被告人の責任は重大である。
他方で,判示第1の殺人は計画的なものとは言えず,突発的に行われたものであるこ
と,被告人は,遅きに失したとはいえ,当公判廷において,本件各犯行について反省の
言葉を述べていること,これまで前科前歴がないことなど,被告人に有利な事情も認め
られる。
そこで,これらの諸事情を総合考慮し,主文掲記のとおりの刑を科すのが相当である
と判断した。
(求刑 懲役20年)
平成18年2月24日
  青森地方裁判所刑事部
裁判長裁判官  髙 原   章
裁判官  室 橋 雅 仁
裁判官  香 川 礼 子

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