弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成17年(行ケ)第10109号 審決取消(特許)請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第457号)
口頭弁論終結日 平成17年7月5日
            判        決
 
    原告        富士ゼロックス株式会社
    訴訟代理人弁理士  吉田研二
    同         石田 純
    同         志賀明夫
    被告        特許庁長官 小川 洋
    指定代理人     秋月美紀子
    同         山口由木
    同         高木 彰
    同         高橋泰史
    同         宮下正之
            主        文
     1 特許庁が不服2001-696号事件について平成16年8月31日にした審決
を取り消す。
     2 訴訟費用は被告の負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
 主文と同旨
第2 事案の概要
 本件は,後記本願発明の出願人である原告が,特許庁から拒絶査定を受けた
ので,これを不服として審判請求をしたところ,特許庁が審判請求不成立の審決を
したため,原告が同審決の取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
 原告は,名称を「静電荷像現像用トナー,静電荷像現像剤及び画像形成方
法」とする発明につき,平成11年3月1日に特許出願(特願平11-52537号,以下
「本件出願」という。甲2)をしたところ,特許庁は,平成12年12月19日,拒絶査
定をした。
 そこで原告は,平成13年1月18日に拒絶査定不服審判の請求をし,同請求は不服
2001-696号事件として特許庁に係属したが,その係属中の平成16年5月31日に特許
請求の範囲の変更等を内容とする手続補正をした。
 特許庁は,同事件について審理した上,平成16年8月31日,「本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年
9月14日,原告に送達された。
(2) 発明の内容
 平成16年5月31日付け手続補正書により補正された明細書(甲3。以下
「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された請求項は3項から成る
が,うち請求項1(以下「本願請求項1」という。)の内容は,下記のとおりであ
る。
               記
「定着基材上に加熱定着するための静電荷像現像用トナーにおいて,定着画
像表面の光沢度Gmが20%以上であり,かつ加熱定着手段としての定着部材の表面温
度が140~170℃の範囲における前記表面温度の差1℃当たりの前記光沢度の変化率
Gsの最大値が1.8%/℃以下であり,前記定着画像表面の粗さを示す局部山頂の平均
間隔Sが0.30mm以下であることを特徴とする静電荷像現像用トナー」
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決謄本のとおりである。その理由の要旨は,本願
請求項1に係る発明は,その出願前に頒布された下記刊行物1~6に記載された発
明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条
2項により特許を受けることができない,としたものである。

刊行物1:特開平8-314300号公報(甲4)
刊行物2:特開平10-282822号公報(甲5)
刊行物3:特開平9-34163号公報(甲6)
刊行物4:特開平8-194331号公報(甲7)
刊行物5:特開平10-123863号公報(甲8)
刊行物6:特開平8-334930号公報(甲9,公報番号は誤記訂正後のも
の)
イ 上記判断をするに当たり,審決は,刊行物2を主たる引用例とし,これ
に記載された発明(以下「刊行物2発明」という。)の要旨を下記のとおり認定し
た。
               記
「加熱加圧定着手段により,記録材上に形成されたトナー画像を加熱加圧
定着,記録材に定着画像を形成する画像形成方法に用いる非磁性トナーにおいて,
定着温度である180℃付近の155~190℃における温度差1℃当たりの光沢度の変化の
最大値は,0.8%/℃以下であり,定着ローラの周速が20乃至50mm/secの場合に光沢
度(75度グロス)が20~30の定着画像を形成するトナー。」
ウ 審決は,刊行物2発明についての前記認定を前提として,これと本願請
求項1の発明との一致点及び相違点を,次のとおりとした。
(一致点)
 定着基材上に加熱定着するための静電荷像現像用トナーにおいて,
定着画像表面の光沢度が高く,加熱定着手段としての定着部材の定着温度範囲にお
ける,表面温度の差1℃当たりの定着画像表面の光沢度の変化率の最大値が1.8%
/℃以下である静電荷像現像用トナーである点。
(相違点1)
 本願請求項1に係る発明では,定着画像の光沢度Gmが20%以上であ
るのに対して,刊行物2記載の発明では,定着ローラの周速が20乃至50mm/secの場
合に光沢度(75度グロス)が20~30である点。
(相違点2)
 本願請求項1に係る発明の定着部材の表面温度が140~170℃の範囲
で光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下であるのに対して,刊行物2記載の発
明では,定着温度180℃付近の155~190℃の範囲で光沢度の変化率の最大値が1.8%
/℃以下である点。
(判決注:審決に「刊行物1」とあるのは「刊行物2」の誤記と認める。)
(相違点3)
 本願請求項1に係る発明では,定着画像表面の粗さを示す局部山頂
の平均間隔Sが0.30mm以下であるのに対して,刊行物2には,定着画像表面の表面
粗さについて記載されていない点。
(4) 審決の取消事由
 しかしながら,審決は,以下に述べるとおり,刊行物2発明の技術内容の
認定を誤った結果,本願請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)との一
致点・相違点の認定を誤り,ひいては進歩性の判断を誤った違法があり,取消しを
免れない。
ア(取消事由1:相違点1に係る判断の誤り)
 審決は,定着画像の光沢度という構成要件について,相違点1の判断に
おいて,本願発明では入射角45度での光沢度が20%以上であるのに対して,刊行物
2発明においても,トナーの特性や定着の条件等を調節することによって,本願発
明と同様の光沢度を得ることは当業者が容易になし得たものである,と認定判断し
たが,誤りである。
(ア) すなわち,刊行物2発明のトナーは,従来の黒色トナーと同様の設
計思想の下に,光沢度を低くして,記録紙の先端と後端あるいは表面と裏面の光沢
度の差を減少させるものであり,甲12(説明図)に示す従来の黒色トナーと同様の
挙動を示すトナーである。そして,このようなトナーを使用して定着ローラの周速
を変えることにより,形成する画像の種類に応じて光沢度を変化させ,カラー画像
にも対応するものである。
 これは,本件明細書(甲3)の段落【0008】に「この方法は極端に光沢度を低下
させて光沢度の差を減少させる方法である。しかし,カラートナーを透明フィルム
等に定着する場合は,透明性を得ることができない。また,定着部材と定着基材と
の接触時間を増加させることにより,定着温度差を減少させ,光沢度差を低下させ
る方法があるが,この方法は複写機の高速化に対応できないなどの問題がある。」
と記載されているとおり,従来技術そのものである。
(イ) ところで,審決は,「入射角45度で測定した光沢度は,75度で測定
した場合より小さくなるので,刊行物2記載の発明は,本願発明より定着画像の光
沢度は小さめといえる。」(5頁21行~23行)と認定した。この認定のうち,入射
角45度で測定した光沢度が,入射角75度で測定した場合より小さくなるとの点は正
しいが,問題は,その差の程度である。両者の差は著しいものであって,審決の認
定のように「小さめ」という程度のものではない。
 甲14(原告作成の実験報告書)に示すとおり,入射角45度で測定した光沢度は,
入射角75度で測定した光沢度に比べ,1~3割程度となる。したがって,刊行物2
発明のトナーでは光沢度(入射角75度)が20~30であるが,入射角45度で測定した
場合に光沢度は2~3となる。さらに,本願発明では,定着温度140℃であるのに対
して,刊行物2では,定着温度は180℃である。甲12(説明図)に示したように,定
着温度が下がると光沢度は低下するため,刊行物2発明のトナーによる定着画像の
140℃における入射角45度の光沢度は2~3よりもさらに小さい値になる。
 このように,刊行物2発明のトナーは,定着部材の表面温度140℃において定着画
像の光沢度Gm(入射角45度)が20%以上という本願発明の要件を全く満たさない。
入射角45度で比較すれば,刊行物2発明のトナーの光沢度は,著しく低いものなの
である。
 審決が認定するように「フルカラー画像においては,入射角75度の光沢度が50を
越える高光沢度の画像を形成することは周知技術」(5頁25行~27行)であったと
しても,刊行物2発明のトナーは,定着温度180℃における定着によっても入射角
45度に換算すれば2~3という低い光沢度しか得られておらず,このように著しい
差がある以上,単に定着条件を調整する等のことによって入射角45度で20%以上の
光沢度を得ることは不可能である。
 したがって,審決が,刊行物2発明においてトナーの特性や定着の条件を調節す
ることによって「入射角45度での光沢度が20%以上となるようにすることは当業者
が容易になし得た」(5頁下から4行~3行)と判断したことは,誤りである。
イ(取消事由2:光沢度変化の最大値についての刊行物2発明の認定誤りに
起因する,一致点及び相違点2の認定誤り並びに相違点2に係る判断の誤り)
(ア) 審決は,刊行物2発明について,「定着温度である180℃付近の
155~190℃における温度差1℃当たりの光沢度変化の最大値は,0.8%/℃以下」
(3頁下から10行~9行)であると認定した。
 しかし,審決はかかる認定をするに当たり,刊行物2に記載された各実施例にお
ける光沢度の上昇が,155℃から190℃の間の特定の5℃の定着温度の上昇のときに
起こったと仮定して,実施例に記載された光沢度の上昇を5で除して「温度差1℃
当たりの光沢度変化の最大値」を求めているが,そのような仮定をする根拠は全く
ない。したがって,根拠のない仮定に基づく上記認定は,明らかに誤りである。
(イ) そして,光沢度の変化率の最大値という構成要件について,審決
の,一致点及び相違点2の認定並びに相違点2に係る本願発明の構成の容易想到性
の判断は,刊行物2発明についての上記の誤った認定を前提としたものであるか
ら,いずれも誤りである。
(ウ) 被告は,審決に上記(ア)のとおりの誤りがあることを認めながら,
刊行物2発明と本願発明との間には,光沢度の変化率が小さいという点で実質的な
差異はなく,本願発明が光沢度の変化率Gsの最大値を1.8%/℃と限定したことにも
臨界的意義はなく,本願発明は従来からカラートナーに要望されていた特性を数値
で規定したものにすぎないから,相違点2に係る審決の判断は結論において誤りは
ない,と主張するが,失当である。
 すなわち,本願発明のトナーは,従来実現されなかった「光沢度(入射角
45度)20%以上」(高い光沢度)と「光沢度変化率の最大値1.8%/℃以下」(小さ
い光沢度変化率)を同時に達成するものである。
 これに対し,刊行物2発明のトナーは,光沢度変化率が小さいという点で本願発
明と一致するとしても,光沢度が格段に低いものである。また,審決が周知技術と
して例示する他の刊行物においても,刊行物1,3に記載されたトナーは,刊行物
2と同じく低い光沢度のトナーであって,定着速度及び定着温度等の定着条件を変
化させても,光沢度(入射角45度)は20%以上とはならない。他方,刊行物4~6
に記載されたような光沢度の高いトナー(入射角45度の光沢度20%以上)では,光
沢度変化率は大きいもの(最大値1.8%/℃以上)になる,というのが技術常識であ
った。
 本願発明は,トナーに使用する樹脂の分子量や不溶分について従来のトナーと設
計思想を変えることにより,従来実現されなかった,「光沢度(入射角45度)20%
以上」(高い光沢度)と「光沢度変化率の最大値1.8%/℃以下」(小さい光沢度変
化率)との両立を達成したものであり,そのための手段についても本件明細書に開
示されている。本件明細書記載の実施例と比較例とにより,光沢度変化率の最大値
1.8%/℃以下という数値の臨界的意義も示されている。
 したがって,高い光沢度と小さい光沢度変化率は,技術的思想はそれぞれ周知の
事項であっても,それを同時に達成する具体的手段を明示した本願発明は,従来か
らカラートナーに要望されていた特性を数値で規定したものにすぎないということ
はできず,当業者が容易に想到し得るものではない。審決の「刊行物2記載の発明
において,定着温度の範囲の140~170℃とし,この温度範囲で光沢度の変化率の最
大値を1.8%/℃以下となるようにすることは当業者が容易になし得たものといえ
る。」(6頁2行~5行)との判断は,誤りである。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)(2)(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論
 原告が,本願発明の進歩性についての審決の認定判断が誤りであるとして主張す
るところは,次のとおりいずれも失当である。
(1) 取消事由1について
ア 刊行物2発明が前提とする技術は,フルカラー画像を得るためのトナー
であり,上記目的を達成するためにこれを改良したものであって,カラートナーを
黒色トナーと同様に設計しようとしたものではない。
 そして,刊行物2発明は,定着画像の光沢度差を減少させるために光沢度を低く
するとはしていないし,記録紙の先端と後端の光沢度の差を減少させることのみを
目的とするものでもない。
 また,刊行物2発明のトナーは,定着ローラの周速が120mm/秒の場合及び30mm/
秒の場合に対応できるものであり,接触時間を増加させることにより,定着温度差
を減少させようとするものでもなく,刊行物2には光沢度を高くするために定着ロ
ーラの周速を遅くする旨の記載(段落【0054】)はあるが,光沢度差を減少させる
ために定着ローラ周速を遅くするとはしていない。
 したがって,刊行物2に記載されたトナーが,従来技術そのものであるというこ
とはできない。
イ 刊行物2発明のトナーが,入射角45度の光沢度20%以上という本願発明
の構成要件を有していないことは審決も認めるとおりであるが,刊行物2発明のト
ナーが従来の黒色トナーと同様の挙動を示すトナーとはいえないことは,上記アの
とおりであり,刊行物2発明のトナーが従来の黒色トナーの性状と同等のものであ
ることを前提として,従来のカラートナーのような高光沢度を達成することは不可
能であるとする原告の主張は前提において誤っている。
 そして,刊行物2には,メルトインデックスやローラの調整により光沢度を高く
できることが示されている(段落【0045】,【0048】,【0054】)のであるから,
光沢度を高くすることが技術的に不可能であるとすることはできない。
 刊行物2の段落【0029】に記載されるように,従来,カラーの光沢度は高い方が
好ましいとされていたものであるし,画像は,その目的,用途,好み等により,必
要とされる光沢度が異なってくるものといえる。また,入射角75度の光沢度が50を
超える高光沢の定着画像を得ることは刊行物4~6及び審決における周知例(甲7
~甲11)にも記載されるように周知であるし,入射角45度で光沢度28という高光沢
度のものは,特開平6-175455号公報(乙1)に記載されているように従来から知
られている程度のものである。
 そもそも,本願発明はトナーに関する発明であるが,画像の光沢度は,刊行物2
に記載されているように,定着機器や転写材料の表面特性によっても変わるもので
あり,トナー自体の設計のみで決められるものではない。
 したがって,刊行物2記載の発明において,トナー特性,定着機器の構成,定着
条件等の諸条件を調節して,定着画像の入射角45度の光沢度が20%以上となるよう
にすることは当業者にとって容易になし得たといえるのである。
(2) 取消事由2について
ア「刊行物2発明の認定誤りに起因する一致点及び相違点2の認定の誤り」
に対し
(ア) 審決が,刊行物2発明について,「定着温度である180℃付近の
155~190℃における温度差1℃当たりの光沢度変化の最大値は,0.8%/℃以下」で
あると認定したことが誤りであることは,認める。
 しかしながら,以下に述べるとおり,「定着温度である180℃付近の155~190℃に
おける温度差1℃あたりの光沢度の変化の最大値が1.8%/℃以下である」点におい
て刊行物2発明は本願発明と一致しているという審決の認定は,結論において実質
的に誤りはない。
 刊行物2には,温度を変化させた際の貯蔵弾性率の変化が小さいほどグロス値
(光沢度)の変化率も小さくなること,定着温度155℃と190℃における貯蔵弾性率
の比(G'155/190)の値は180℃付近の定着温度の違いによる定着画像のグロス値の
変化の度合いを判断する上で有効な指標となること,この値を0.95~5,好ましく
は1~5にすることが,定着温度が変動しても定着画像のグロス値の変化を少なく
する上で好ましいことが記載されており(段落【0040】,【0041】),具体的には
トナーNo.2としてG'155/190が1.3のものが記載されている(【表2】)。このよ
うに,刊行物2には,定着温度である180℃付近の155~190℃の温度範囲で定着した
場合の定着画像の光沢度の変化が小さいトナーが記載されているといえる。
 そして,「光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という値は,例えば,こ
の変化率Gsが1.8%/℃の場合,5℃上昇する間に光沢度は9%上昇したことにな
り,格別に小さい値というものでもなく,刊行物2記載のトナーもこの程度の値は
有しているものである。
 したがって,「温度差1℃あたりの光沢度の変化の最大値が1.8%/℃以下」とい
う点において,本願発明と刊行物2記載の発明との間に実質的な差異はなく,審決
の認定に誤りはない。
(イ) 上記のとおり,刊行物2には,「定着温度である180℃付近の155~
190℃における温度差1℃あたりの光沢度の変化の最大値が1.8%/℃以下である」ト
ナーが記載されていると認定した点に実質的に誤りはないから,この認定に基づ
く,一致点,相違点2の認定にも誤りはなく,相違点2の認定が誤りであるからそ
の判断は誤りであるとする原告の主張は,根拠がない。
イ「相違点2についての判断の誤り」について
 仮に,「光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という点が相違点
であるとしても,そもそも,カラー定着画像を形成する場合,定着温度差による定
着画像の光沢度の変化を少なくしようという技術的思想は,刊行物2のみならず,
刊行物1及び3にも記載されているように,本願出願前に周知であったといえるか
ら,定着温度範囲を周知の範囲である140~170℃とし,光沢度が周知である20%
(入射角45度)以上となるような条件で画像形成を行う場合にも,定着温度差によ
る光沢度の変化を少なくしようとすることは当業者が当然に行うことである。そし
て,本件明細書をみても,光沢度の変化率Gsの最大値として採用された1.8%/℃と
いう数値の臨界的意義はないから,定着温度差により光沢度の変化を少なくする
際,視感で許容し得る光沢度むらを考慮して,その変化率を最大値が1.8%/℃以下
となるようにすることは,当業者が適宜に決定する設計的事項であるといえる。
第4 当裁判所の判断
1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)
(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 審決は,前記のとおり刊行物2発明と本願発明との一致点及び相違点1~3を認
定した上,各相違点について,刊行物1,3ないし6に記載された周知技術を知っ
ている当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にと
って,刊行物2発明において各相違点に係る本願発明の構成となるようにすること
は容易であるから,本願発明には進歩性がない,としたものである。
 そこで,以下,原告主張の取消事由に沿って審決の適否について判断するが,事
案にかんがみ,まず取消事由2から検討する。
2 取消事由2について
(1)「刊行物2発明の認定誤りに起因する一致点及び相違点2の認定の誤り」の
有無
ア 審決は,刊行物2発明について,「定着温度である180℃付近の155~
190℃における温度差1℃当たりの光沢度変化の最大値は,0.8%/℃以下」であると
認定したが,かかる認定は以下のとおり誤りであり,このことは,被告も認めてい
るところである。
 すなわち,刊行物2(甲5)の表4(27頁)には,「A3紙先端と後端のグロス
差」の値が各実施例について示されている。審決は,この表4に示されたグロス差
(光沢度差)に基づき,「光沢度の上昇が………特定の5℃の上昇のときに起こっ
たと仮定する」として,「そのときの光沢度の変化は光沢度の変化の最大値とな
り,実施例1,2では2%/5℃であるから温度差1℃当たりでは0.4%/℃,実施
例3~7,10では3%/5℃であるから0.6%/℃,実施例8,9では4%/5℃で
あるから0.8%/℃となり,光沢度の変化の最大値は0.8%/℃となる。」(5頁18行
~23行)と認定した。
 審決は,上記のとおり,光沢度の上昇が特定の5℃の上昇のときに起こったと仮
定したが,刊行物2には,実施例の定着温度として「定着温度は180℃でリップル±
3℃以内」(段落【0232】)と記載され,リップルとは,特開平10-186933号公報
(乙2)に示すように,設定した定着温度からの上下のズレの幅であるから,リッ
プルが「±3℃以内」の場合に生じ得る定着温度差は0~6℃程度であり,この点
において既に審決の上記仮定は誤っている。また,表4は「A3紙先端と後端のグロ
ス差」を示したものであるが,紙の先端と後端との間での定着温度差が,0~6℃
の範囲内の何℃であったかも不明である。したがって,審決の上記認定は,証拠に
基づかないものであって,誤りである。
イ 被告は,刊行物2発明における光沢度の変化の最大値を「0.8%/℃以
下」であると認定したことの誤りを認めつつも,これが「1.8%/℃以下である」点
において本願発明と一致しているという審決の認定は,結論において実質的に誤り
はないと主張する。そして,その理由として,刊行物2の【表2】(24頁)には,
トナーNo.2として「G'155/190」の値が「1.3」のものが記載されているように,
刊行物2には,定着温度である180℃付近の155~190℃の温度範囲で定着した場合の
定着画像の光沢度の変化が小さいトナーが記載されていること,一方,本願発明の
「光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という値は,例えば,この変化率
Gsが上限の1.8%/℃の場合,5℃上昇する間に光沢度は9%上昇したことになり,
格別に小さい値というものでもなく,刊行物2記載のトナーもこの程度の値は有し
ていると解されること,を主張する。
 しかし,被告の上記主張は採用できない。その理由は以下のとおりであ
る。
(ア) 刊行物2(甲5)には,下記の記載がある。

【0040】一般に,トナー画像の定着温度における貯蔵弾性率と定着画
像のグロス値とは対応関係が見られる。例えば,貯蔵弾性率の値が大きいほど定着
画像のグロス値は小さくなり,温度を変化させた際の貯蔵弾性率の変化率が小さい
ほどグロス値の変化率も小さくなる。従って,比(G'155/G'190)の値は180℃付近
の定着温度の違いによる定着画像のグロス値の変化の度合いを判断する上で有効な
指標となる。
【0041】本発明において,この(G'155/G'190)の値を0.95乃至5,
好ましくは1乃至5にすることが,定着温度が変動しても定着画像のグロス値の変
化を少なくする上で好ましい。………
 刊行物2の上記記載によれば,「G'155/190」の値は,グロス値(光
沢度)の変化の度合いを判断する「有効な指標」であるとされているにすぎず,刊
行物2が【表2】(24頁)において開示する「トナーNo.2」の「G'155/190」の値
が「1.3」であることが,本願発明が光沢度の変化の度合いの指標として採用した
「光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃」とどの程度重なり合っているのかは,何
ら検証されていない。結局のところ,被告の上記主張は,刊行物2発明と本願発明
とは,光沢度変化率が「小さい」という点で定性的に一致していることを指摘して
いるにとどまる。本願発明が光沢度変化率の最大値を「1.8%/℃以下」として数値
限定したことの容易想到性を論ずるに当たっての一致点の認定としては,このよう
な定性的な一致を認定しただけでは不十分であるといわざるを得ない。
(イ) 本願発明の構成要件のうち「定着部材の表面温度が140~170℃の範
囲で1℃当たりの光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」であるとの点は,
「光沢度Gmが20%以上」という構成要件の条件下でのものである。そして,本件明
細書の特許請求の範囲の記載では,本願発明の光沢度Gmが入射角を何度として測定
したものであるかについて明記されていないが,発明の詳細な説明中の実施例に関
する記載(段落【0082】)によればこれが入射角を45度として測定されたものであ
ると解され,このことについて当事者間に争いがない。すなわち,本願発明におい
て,光沢度の変化率が1.8%/℃以下であるとの要件は,光沢度(入射角45度)が
20%以上という条件下でのものである。
 一方,刊行物2の【表4】(27頁)によれば,「トナーNo.2」を用いた実施例3
の光沢度は,「180℃定着画像のグロス」の「30mm/秒」の欄に示されているとお
り,「23」である。そして,刊行物2の段落【0279】の「本発明に使用した光沢度
測定器は,………製のPG-3D(入射角θ=75°)を使用し,………」との記載によれ
ば,【表4】におけるグロス値は入射角75度で測定されたものである。原告作成の
実験報告書(甲14)の表2によれば,入射角75度で20~30の光沢度を有する定着画
像は,入射角45度で測定すれば光沢度2~3程度にすぎないと認められるから,刊
行物2に,定着画像の光沢度の変化が小さいトナーが「トナーNo.2」として開示さ
れているといえるとしても,それは,光沢度(入射角45度)Gmが20%以上である本
願発明のものよりも,格段に低い光沢度の条件においてのものであると認められ
る。
 このように,光沢度の絶対値において,刊行物2記載のものは本願発明よりも格
段に小さなものであるから,刊行物2記載の「トナーNo.2」を用いた実施例3にお
ける光沢度の変化の程度と,本願発明における光沢度の変化の程度とを単純に同等
視することはできないのであって,「光沢度の変化の最大値が1.8%/℃以下」とい
う点において本願発明と刊行物2記載の発明との間に実質的な差異はない,とする
被告の主張を採用することはできない。
ウ したがって,審決が,刊行物2に記載された発明として「定着温度であ
る180℃付近の155~190℃における温度差1℃当たりの光沢度の変化の最大値
は,0.8%/℃以下である」ことを認定し,この認定に基づいて,「加熱定着手段と
しての定着部材の定着温度範囲における,表面温度の差1℃当たりの定着画像表面
の光沢度の変化率の最大値が1.8%/℃以下である点」を一致点として,また,「本
願請求項1に係る発明の定着部材の表面温度が140~170℃の範囲で光沢度の変化率
Gsの最大値が1.8%/℃以下であるのに対して,刊行物1記載の発明では,定着温度
180℃付近の155~190℃の範囲で光沢度の変化率の最大値が1.8%/℃以下である点」
を相違点2として認定した点は,誤りといわざるを得ない。
(2)「相違点2についての判断の誤り」について
 上記(1)で検討したとおり,本願発明において特定される「定着部材の表面
温度が140~170℃の範囲で1℃当たりの光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以
下」という要件は,光沢度(入射角45度)Gmが20%以上という前提条件下において
のものであると認められるから,本願発明を想到することが当業者によって容易で
あるか否かを判断するためには,刊行物2発明のものよりも格段に高い光沢度であ
る,「定着画像表面の光沢度(入射角45度)Gmが20%以上」であるトナーにおい
て,「定着部材の表面温度が140~170℃の範囲で1℃当たりの光沢度の変化率Gsの
最大値が1.8%/℃以下」という要件を満たすようにすることが当業者にとって容易
であるか否かが検討されるべきである。
 しかるに,審決は,定着画像表面の光沢度(入射角45度)Gmが20%以上であるよ
うな高い光沢度のトナーにおいて,定着温度の範囲140~170℃における光沢度の変
化率の最大値を1.8%/℃以下となるようにすることが容易であるか否かを検討して
いないことが明らかである。したがって,審決が,「定着温度として,140~170℃
付近の温度は通常用いられているから,刊行物2記載の発明において,定着温度の
範囲を140~170℃とし,この温度範囲で光沢度の変化率の最大値を1.8%/℃以下と
なるようにすることは当業者が容易になし得た」(審決6頁1行~5行)と判断し
たことは,根拠を欠き,誤りというべきである。
(3) 被告は,刊行物1~3にみられるように,カラー定着画像を形成する場
合,定着温度差による定着画像の光沢度の変化を少なくしようという技術的思想は
従来周知であり,定着温度範囲を周知の範囲である140~170℃とし,定着画像の光
沢度を周知である20%(入射角45度)以上となるような条件で画像形成を行う場合
にも,定着温度差による光沢度の変化を少なくしようとすることは当業者が当然に
行うことである,と主張する。
 しかしながら,本件各証拠を通じてみても,本願発明と同視し得る程度の高い光
沢度の定着画像が得られ,かつ,定着温度差による光沢度の変化が少ないトナーが
従来知られていることを示すところはない。定着温度差による定着画像の光沢度の
変化を少なくすることが従来周知の技術課題であるとしても,定着画像の光沢度が
高い場合においてかかる課題を解決する手段が示されていないのであるから,「定
着画像表面の光沢度(入射角45度)Gmが20%以上」であるトナーにおいて,「1℃
当たりの光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という要件を満たすようにす
ることが当業者にとって容易であるとすることはできない。
 よって,被告の主張は採用の限りでない。
3 結論
 以上のとおりであるから,原告が主張する取消事由2には理由があり,この点に
関する審決の認定判断の誤りはその結論に影響を及ぼすことは明らかである。よっ
て,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由がある
からこれを認容することとして,主文のとおり判決する。
  知的財産高等裁判所第2部
  裁判長裁判官 中野哲弘
     裁判官 岡本 岳
       裁判官上田卓哉

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛