弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意及びこれに対する答弁は、弁護人赤沢敬之作成の控訴趣意書及び
検察官辻本修作成の答弁書各記載のとおりであるから、夫々これを引用する。
 控訴趣意第一点、事実誤認の主張について。
 論旨は、被告人は昭和二八年五月頃本件土地に隣接する家屋に居住することとな
つて約三カ月後には、本件土地に建築資材を置き、従来あつた腐つた板塀を自ら修
理するなどして自らのため本件土地を使用し、更に昭和三〇年か三一年には台風の
ため右板塀が完全に破壊したため自ら新しいトタン塀を築造したのである。右トタ
ン囲いは、東側公道に面する側にはトタン板に木の枠をつけた扉を付け、ここを出
入口として被告人の自動車や建築資材を出し入れできるようになつており、その扉
は被告人が開閉し、またこの扉は内部から施錠されて被告人やその使用人以外は立
入ることができない状態であつた。そして、内部の土地には自動車や建築資材を置
いたり、雨天の場合の仕事場にしたり物干場として使用し、隣接する被告人の家屋
からの出入口もあり、被告人は内部から自由に出入りしていた。かようにして本件
土地は被告人が占有し、被害者Aには侵奪さるべき占有はなかつたのである。昭和
三六年九月中旬の第二室戸台風により前述のトタン塀が破損し使用に耐えない状態
となつたが、この時点においても被告人の本件土地に対する占有は失われていな
い。使用目的についても特に従来と異るところがなく、ただトタンに替えてブロッ
クを材料として塀を作つた点に差異があるだけであつて、土地に対する占有状況に
ついては特別な変化はない。従つて、材質の変更のみで土地に対する事実上の支配
に質的な差をつけるのは不当である。故意についても、被告人はブロック塀築造を
開始した際、本件土地は自己の家屋敷と一体となつて賃借しているものと信じてい
たのであり、また自己の占有下にあるものにつき、他人の占有を排除するという侵
奪の意思はなかつた。というのである。
 よつて記録及び当審における事実調べの結果を精査し案ずるに、原判決挙示の証
拠によれば次の事実を認めることができる。即ち、本件土地はAの所有するもので
あるが、被告人は昭和二八年四月頃本件土地の西隣りの家屋をBなる者より買受
け、そこに居住して建築業を営むに至つた。その頃、本件土地はAにより被告人方
家屋に面する西側を除き三方板塀で囲われ、公道に面した東側に入口が設けられ、
天井をトタン板で蔽つて小屋のようになつていたが、使用されずに放置されてお
り、右買受けの際、Bから「少々の物を置く位はかまわない」といわれたので、被
告人はその後自転車や建築資材などを置いて本件土地を使用していた。その後、昭
和三四年九月の台風で小屋のトタン屋根は飛び、板塀は倒壊したので、被告人は自
己の費用で前同様、自宅に面する西側を除き他の三方をトタン塀で囲い、公道に面
した東側に入口を設け、天井をトタン板で蔽つて本件土地を引続き自動車や建築資
材の置場として使用していた。しかるに、昭和三六年九月の第二室戸台風で再び右
トタン塀が倒壊したので、被告人はこの際本件土地をコンクリートブロック塀で囲
み、建築資材や自動車などを置く倉庫を造ろうと思い立ち、同月下旬頃から本件土
地の周囲にコンクリートで基礎を造り、ブロック塀の築造に取りかかつた。そし
て、Aが東成警察署を通じて工事中止方を強硬に申入れたにもかかわらず、この際
本件土地所有者たるAと話し合うよりはいつそのこと右工事を完成し、しかる後話
し合つた方が、借りるにしても買取るにしても有利にことを運べるものと考え、暫
時工事を中止した後、昭和三七年一月に入つてから工事を再開し、同年二月初旬頃
本件土地の西側を除き高さ二、七五米のコンクリートブロック塀(公道に面した東
側及び露路に面した南側に夫々出入口を設けた)を完成し、天井をトタン板で蔽つ
て建築資材などを置く倉庫として使用するに至つた。以上の事実が認められる。被
告人は原審公判廷で、本件土地の西隣りの家屋をBから買受ける際、本件土地の使
用権も含まれているものと信じて買受けた旨供述しているけれども、右供述は原判
決挙示の、Cの司法警察員及び検察官に対する各供述調書、証人Cの原審公判廷に
おける供述ならびに被告人の司法巡査及び検察官に対する各供述調書と対比して到
底信用することができない。前掲証拠によれば、被告人は当初より本件土地が他人
の所有に属すること(コンクリートブロック塀の築造に取りかかつてからは被害者
Aの所有に属すること)及び被告人が本件土地を占有する正当な権原を有しないこ
とを知悉していたものと認められる。
 ところで、刑法第二三五条ノ二にいう不動産の侵奪とは、不法領得の意思をもつ
て不動産に対する他人の占有を排除し、これを自己の支配下に移すことをいい、右
不法領得の意思は刑法第二三五条の動産窃盗におけると同様、権利者を排除し他人
の不動産を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用または処分する意思と
解せられる。即ち、不動産についていえば、他人の不動産を自己の所有物としよう
とする迄の意思は必要でなく、正当な権限なしに権利者を排除して不動産の占有を
奪い、これを利用しようとする意思があれば足りるのである。しかし、不動産につ
いては、一時使用との関係で、或程度継続的に占有を奪う意思がなければ不法<要
旨>領得の意思があるとはいえない点に注意を要する。さて、本件についてこれをみ
るに、前認定のとおり被告人は本件土地に隣接する家屋を買受けた際、右家
屋の前主より「少々の物を置く位はかまわない」といわれたので、他人の空地を一
時使わしてもらう意思で建築資材などの置場として本件土地の占有を始めたのであ
るから、もとより積極的に本件土地所有者の占有を排除し、継続的に占有を奪うと
いつた強い意思迄有していたとは認められない。即ち、被告人は一時使用の意思を
有していたにすぎず、不法領得の意思迄有していたとは認められないのである。そ
の後、昭和三四年九月の台風でAの設置した板塀が倒壊した際、被告人は自己の費
用で本件土地の周囲にトタン塀を設置した上、従前同様に本件土地を利用したので
あるが、右トタン塀の設置は被告人の本件土地利用の便宜のため所有者の設置した
板塀の代わりに設置したにすぎず、また右トタン塀は容易に除去しうる仮設的な工
作物の域を出ないから、これによつて被告人の本件土地占有の態様が質的に変化し
たとは認め難い。しかし、被告人が昭和三六年九月下旬頃から築造に取りかかり翌
年二月初旬頃完成したコンクリートブロック塀は、被告人が本件土地所有者たるA
と本件土地の借受け又は買取りの話合いを有利に展開てきるように既成事実を作つ
ておこうとの意図のもとに警察の警告をも無視して強引に築造したものであつて、
右コンクリートブロック塀が容易に除去しえない半永久的な工作物であることをも
考慮すると、被告人は積極的に所有者たるAの本件土地に対する占有を排除しその
占有を継続的に奪う意思をもつて本件土地を自己の占有に取込んだものと認めざる
をえない。即ち、被告人の本件土地に対する占有は右コンクリート塀の築造を境と
して従前の一時使用の態様から侵奪へと質的に変化を遂げたものということができ
る。されば原判決が、右コンクリートブロック塀を完成した昭和三七年二月初旬頃
(原判決に「同年二月初旬頃」とあるのは「翌年二月初旬頃」の誤記であることは
原判決挙示の証拠に徴し明らかである)に被告人が本件土地を侵奪したものと認め
たことに事実の誤認はない。なお、原判決は、本件宅地上にその周囲の北側を高さ
約九尺のコンクリートブロック塀に、天井をトタン張りにした工作物を築造したと
認定し、当裁判所の前認定とやや相違するのであるが、侵奪の事実そのものの認定
については誤りはないから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の
誤認はなく、論旨は理由がない。
 控訴趣意第二点、法令適用の誤りの主張、ならびに同第三点、憲法違反の主張に
ついて。
 論旨は、先ず原判決は不動産侵奪罪における占有の解釈を誤り、被告人が本件土
地上にトタン囲いを設置して土地を使用していたことを認めながら、この事実を占
有と解釈せず、一時使用と解した結果、右法条を誤り適用したというのであるが、
前段説示のとおり、同じく他人の不動産を占有する場合でも不法領得の意思の有無
により一は不動産侵奪となり、他は単に一時使用たるに止まるのであつて、原判決
が、被告人が本件土地をトタン塀で囲つて使用していたのを単なる一時使用と認め
たことは正当であるから、原判決には不動産侵奪罪の法条を誤り適用したかしはな
い。次に弁護人は、少くとも不動産侵奪罪の施行された昭和三五年六月五日以前か
ら本件土地を占有していたのであるから、本件所為が犯罪を構成するか否かを検討
する迄もなく直ちに憲法第三九条により被告人に無罪を宣告すべきであるのに、原
判決がこれをなさなかつたのは憲法違反であるというのである。しかし、不動産侵
奪罪の施行された昭和三五年六月五日以前における被告人の本件土地に対する占有
は前段説示のとおり単なる一時使用に止まり不動産侵奪罪を構成せず、同罪施行後
の昭和三七年二月初旬頃、被告人が本件土地にコンクリートブロック塀を完成した
時に同罪が成立したのであるから、これを処罰することが憲法第三九条の遡及処罰
の禁止に触れるものでないことは明らかである。論旨は何れも理由がない。
 よつて刑事訴訟法第三九六条、第一八一条第一項本文により主文のとおり判決す
る。
 (裁判長裁判官 江上芳雄 裁判官 木本繁 裁判官 山田忠治)

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