弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 弁護人西村美樹の上告趣意第一、二点について。
 しかし、食糧緊急措置令(以下措置令と略称する)一一条には「食糧管理法第三
条第一項ノ規定……ニ基ク命令ニ依ル主要食糧ノ政府ニ対スル売渡ヲ為サザルコト
ヲ煽動シタル者ハ三年以下ノ懲役又ハ一万円以下ノ罰金ニ処ス」と規定しているか
ら、同条の違反たるには、かかる売渡を本質的、全面的に否定することを煽動する
と、その売渡の数量の一部若しくは供出時期迄に売渡さないことを煽動するとを問
わないこと論をまたない。そして、原判決は要するに昭和二一年度産米に関し判示
のごとく適式に決定割当したのに対し被告人等はその割当られた数量の米を政府に
売渡さしめないようにしようと決意し、判示のごとく講演、説明、主張、強調、力
説、発言又は拒絶等をしたというのであつて、所論のごとき自主供出又は調整米に
関する主張を違法としたものではない。されば、原判決が被告人等の判示所為を右
措置令一一条違反としたのは不当に法律を適用したとはいえない。論旨一、二点は
結局原審で認定しない事実を前提とする非難に帰し、上告適法の理由とならない。
 同第三点について。
 生産者が政府に売渡すべき主要食糧の種類数量期日等の定められる根拠規定は食
糧管理法、同法施行令、同法施行規則、食糧管理法の施行に関する件等の法令を指
すものであることはいうまでもない。しかもかかる法令は、供米義務発生の根拠規
定に過ぎず、措置令一一条所定の犯罪の罪となるべき事実を定めたものではないか
ら、これを判示するの必要のないものである。されば、原判決が具体的にどんな命
令かを説明しなくとも、理由不備の違法ありということはできない。
 同第四点乃至第六点について。
 憲法における言論の自由といえども国民の無制約な恣意のままに許されるもので
はなく、公共の福祉によつて調整されなければならぬ場合があるのである。されば
食糧管理法所期の目的の遂行を期するために定められた、同法の規定に基く命令に
よる主要食糧の政府に対する売渡を為さざることを煽動するが如き右被告人等の判
示言動は、国民として負担する法律上の重要な義務の不履行を慫慂し、公共の福祉
を害するものであるから、かかる所為は新憲法の保障する言論の自由の限界を逸脱
するものであつてこれを犯罪として処罰するも、何等憲法二一条に反するものでな
いことは、当裁判所昭和二三年(れ)一、三〇八号同二四年五月一八日大法廷判決
(判例集三巻六号八三九頁参照)の趣旨とするところであるし、所論のごとくボツ
ダム宣言のいう民主的傾向の強化の趣旨にも反するものではない。そして原審の認
定した事実を全体的に見れば措置令一一条にいわゆる煽動に該当するものというこ
とができる。それ故論旨は理由がない。
 弁護人神道寛次同天野末治の上告趣意第一点について。
 原審は検事の陳述した公訴事実の範囲内において事実関係を確定判示し被告人等
の所為を措置令一一条に違反するものとして処断しているのであるから、原判決に
は審判の請求を受けた事件について裁判をしない違法あるものということはできな
い。そして原判決には、原審弁護人天野末治外一名の控訴趣意を摘録し、これに対
する説明において、所論の供出阻害の煽動を禁止し処罰する措置令一一条の規定が
所論憲法の各規定及び所論覚書のいずれにも違反するものではない所以を判示して
いるのである。なお論旨のa町の食糧調整委員会における被告人等の判示行為を原
判決は措置令一一条違反として処断しているのであるし、所論の自主供出生産調整
米の確保等の概念並びにa町の食糧調整委員会の性格、権限等は、いずれも訴訟法
上判断を示さなければならない事実ではないから、これ等の点に対する判断を示さ
なかつたからといつて原判決には所論のような判断遺脱の違法があるとはいえない。
論旨は理由がない。
 同第二点について。
 所論の被告人Aを除く被告人等五名が昭和二一年九月二九日B国民学校に開かれ
たC農民組合三重県連合会秋季大会の決議に参加したとの事実並びに被告人等の判
示の所為が所論のC農民組合大会又は三重県連合会その他C農民組合の会合の席で、
しかもその組合の役員又は組合員たる資格においてなされたものであるとの事実は
原判決の認定判示していないところであることは判文上明らかであるから、原判決
は判示被告人等の所為を以て所論のC農民組合、D農民組合等の農民組合の運動と
は認めない趣旨であることが窺知できる。されば原判決が被告人等の判示所為を措
置令一一条違反に問擬したからといつて所論のように農民組合の運動を非合法化す
るものというのは見当違いである。そして措置令一一条が憲法二一条に違反するも
のでないことは当裁判所昭和二三年(れ)一、三〇八号同二四年五月一八日大法廷
判決(判例集三巻六号八三九頁参照)の示すとおりである。従つて所論は結局原判
示にそわない事実を前提し、独自の見解に立ちて原判決をもつて憲法に違反するも
のと非難するに帰しとるをえない。
 同第三点について。
 所論は結局原審の裁量に属する事実認定を非難するに帰し上告適法の理由となら
ぬ。
 被告人六名弁護人神道寛次の上告趣意第一点について。
 食糧緊急措置令は昭和二一年二月一七日旧憲法八条一項に基いて制定された緊急
勅令であることは所論のとおりである。されば、右措置令は法律に代わるべきもの
であり、その後適法に帝国議会(昭和二一年八月二七日に衆議院同年九月一七日に
貴族院)の承諾を経たものであるから、将来に向つても法律と同一の効力を有する
ものであることは、多言を要しないところである。そして、新憲法施行前において
適式に制定された法規はその内容が新憲法の条規に反しない限り、新憲法施行と同
時にその効力を失うものでないことは当裁判所の判例とするところである(昭和二
二年(れ)二七九号同二三年六月二三日大法廷判決判例集二巻七号七二二頁参照)。
されば措置令は新憲法施行と同時にその効力を失つたものとの論旨はとるをえない。
次に同措置令は法律と同一の効力を有するものであるから昭和二二年法律第七二号
第一条にいわゆる命令にはあたるものでなく、従つて昭和二二年一二月三一日を限
り失効するものではないと解するを相当とする。されば、原審が所論措置令一一条
の規定を適用して被告人を処断したからといつて、原判決には所論のような無効の
法令を適用した違法があるとはいえない。論旨は理由がない。
 同第二点について。
 論旨は措置令一一条は政策の批判を刑罰を以て禁圧しているもので違憲であると
非難しているのであるが、同条は単なる政策の批判を処罰する規定ではなく食糧管
理法令によつて主要食糧の売渡し義務を課せられている生産者に対して、この義務
の履行をしないことを煽動する行為を処罰するものであるから何等憲法に違反する
ものではない。されば論旨は理由がない。
 同第三点について。
 食糧管理法三条の規定は、米麦その他の主要食糧の生産者に対して、その生産し
た米麦等を法定の価格を以て政府に売渡すべきことを定めているのであるから生産
者の財産権を制限するものであることはいうまでもないところである。しかし、か
かる財産権の制限は政府が国民の食糧の確保及び国民経済の安定を図るため食糧を
管理しその需給及び価格の調整並びに配給の統制を行うことを目的としてなされる
ものであるし政府の買受は勅令の定める所により生産費及び物価その他の経済事情
を参酌して定められる価格でなされるものであることは、食糧管理法一条によつて
明らかなところであるから、憲法二九条三項にいわゆる私有財産を正当の補償の下
に買受けこれを公共のために用いるものに外ならぬのである。されば、食糧管理法
令による供出制度を以て、憲法二九条に保障されている私有財産制度を否認するも
のであるとの論旨はあたらない。従つて又所論のように措置令一一条は食糧管理法
令によつて定められた主要食糧の数量を政府に売渡すべき生産者の義務を強化する
趣旨で制定されたものであるとしても、それだからといつて、同条が憲法二九条に
違反するものとなす所論はあたらない。されば措置令一一条を適用して被告人等を
処断した原判決を以て実質的には私有財産制度を否認する違憲の裁判であるとする
論旨はとるをえない。
 よつて旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
 検察官十蔵寺宗雄関与
  昭和二七年一月九日
     最高裁判所大法廷
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    眞   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
 裁判長裁判官塚崎直義は退官、裁判官穂積重遠は死亡につき、いずれも署名押印
することができない。
            裁判官    沢   田   竹 治 郎

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