弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決を次のとおり変更する。
     控訴人の被控訴人に対する静岡地方法務局所属公証人A作成昭和二九年
第○○△号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基く強制執行は、元金の
うち二五万五四五一円及び元金全額五八万円に対する昭和二八年一〇月一日以降昭
和二九年一二月九日までの利息、損害金全額については、これを許さない。
     被控訴人のその余の請求を棄却する。
     訴訟費用はこれを二分し、その一を控訴人、その一を被控訴人の負担と
する。
     本件につき静岡地方裁判所掛川支部が昭和三〇年四月四日なした強制執
行停止決定は、第一項記載の部分についてはこれを認可し、その余の部分について
はこれを取り消す。
     前項に限り仮りに執行することができる。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第
一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却
の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において、
 一、 原判決事実摘示中、被控訴人の陳述として、「被告の抗弁として述べる事
実はこれを認める」とあるも、被控訴人は、原審において、乙第二号証の一ないし
四の成立を認めたに止まり、同号証の作成に関しBが控訴人に対しその主張の如き
代理人選任の委託をなした事実は不知なる旨述べたのであるから、かように訂正す
る。
 二、 本件公正証書によれば、控訴人は昭和二八年一〇月一日Bに対し金五八万
円を貸し渡し、被控訴人は同日控訴人に対し右Bのため右債務につき連帯保証を約
した旨記載されているが、右公正証書中右Bに関する部分は、この部分が同人の死
亡後に無権代理人(右死亡によつて無権代理人となつた者)の嘱託によつて作成せ
られている関係上無効である。そして主たる債務者について生じた事項は悉く保証
人にも効力を及ぼすという保証債務の附従性は連帯保証債務についても変りはない
から、本件公正証書が主債務者Bについて無効であつて執行力がない以上、それは
連帯保証人たる被控訴人に関する部分についても附従性によつて無効となる。
 三、 本件公正証書記載のBの控訴人に対する消費貸借上の債務につき被控訴人
が連帯保証をした事実は相違ないが、右消費貸借は金銭の授受がなかつたので不成
立であり、これによつてはBの主債務は発生せず、従つて被控訴人の連帯保証債務
も発生しなかつたことになる。
 四、 亡Bは商人ではなく、また控訴人の後記二、(1)の主張のうち、控訴人
が相互銀行法による銀行業を営む株式会社であることは認めるがその余は否認す
る。Bの本件委任にかかる行為は商行為ではないから商法の適用はない。
 と述べ、控訴代理人において、
 一、 原審においてなした、Bの公正証書作成の委任に関連しての、民法第一一
二条による表見代理の主張は徹回する。
 二、 (1)昭和二八年一二月六日右Bが死亡した事実は認めるが、同人か本件
公正証書作成の委任をしたその委任の対象たる準消費貸借契約は後記の如く商行為
に属するから、Bの委任による公正証書作成の代理権は同人の死亡により消滅する
ものではない。詳述すれば、控訴人は相互銀行法による銀行業務を営む株式会社に
して、右準消費貸借契約は商法第五〇二条第八号に該当する営業的商行為に属する
から、商法第三条第一項によりその相手方たる本件の主債務者Bの債務負担行為も
また商法の適用を受け、従つて商法第五〇六条の適用により右Bの代理権はその死
亡によつては消滅しないのである。
 (2) 仮りに右主張が理由がないとするも、控訴人は本件公正証書作成当時右
Bの死亡の事実を知らず、生存するものと信じて公正証書の作成について代理人を
選任したものであるから、(代理人ももとより右死亡の事実を知らなかつた。)か
ような場合においては代理人において本人の死亡の事実を知るに至るまで代理権は
依然存続するものというべきであり、従つて本件公正証書作成当時右代理人の代理
権は存続した。
 三、 仮りに以上の主張が理由なく、Bの死亡によりその代理人Cの本件公正証
書作成の代理権は消滅し、従つて本件公正証書の主債務者Bに対する公正証書作成
の効力はないものとするも、本件準消費貸借契約は右公正証書第一条に示す如く控
訴人と右B間に昭和二八年一〇月一日に成立したのであり、被控訴人は控訴人に対
し主債務者たるBのため連帯保証をしたものであるから、債権関係そのものには影
響はなく、そして被控訴人が連帯保証人としてその契約に基きその公正証書の作成
を委任した後において証書作成前に主債務者たるBが死亡し、これがため同人の公
正証書作成の代理権が消滅したとするも、連帯保証人たる被控訴人の公正証書作成
の代理権がこれに従つて消滅すべき理はないから、被控訴人に対する本件公正証書
の効力には影響はないものというべく、従つて被控訴人の主張は失当である。
 四、 本件公正証書に表示のBの債務は乙第二号証の一ないし四の公正証書表示
の掛返金債務を基本債務として準消費貸借契約をしたのによるものであつて、右債
務につき被控訴人が連帯保証をしたものである。
 五、 被控訴人主張の三七万円の弁済を受けた事実は認めるが、右金員は本件債
務の弁済として受領したものではなく、Bの控訴人に対する別口九二万円余の債務
の内入として充当したものである。
 と述べ、なお双方各代理人において、原判決事実摘示中「C」とあるのは「C」
の誤記であるからかように訂正する。と述べたほか、原判決の事実摘示のとおりで
あるからこれを引用する。
 証拠として、被控訴代理人は、甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二を提出
し、原審証人DことD、E、F、当審証人Dの各証言、被控訴本人の当審における
尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立は知らない、乙第二号証の一ないし四の原
本の存在と成立並びに乙第三号証、乙第四号証の二ないし五の成立は認める。乙第
四号証の一のうち被控訴人に関する部分の成立は認めるが同証のその他の部分及び
乙第四号証の六の成立は不知である、と述べ、控訴代理人は、乙第一号証、第二号
証の一ないし四、第三号証、第四号証の一ないし六を提出し、当審証人G、Hの各
証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。
         理    由
 控訴人の被控訴人に対する本件債務名義たる静岡地方法務局所属公証人A作成昭
和二九年第○○△号金銭消費貸借契約公正証書に、控訴人が昭和二八年一〇月一日
Bに対し金五八万円を貸し渡し、被控訴人がBの右債務につき連帯保証をした旨記
載されており、B及び被控訴人の右各債務につきそれぞれいわゆる執行認諾約款か
附せられていることは当事者間に争がない。
 ところで、成立に争なき甲第一号証、原本の存在と成立に争なき乙第二号証の一
ないし四、被控訴人関係部分の成立につき争なく、B関係の部分につき(但し、こ
の関係における被附の点を除く。)当審証人Gの証言によつて成立を認める乙第四
号証の一、成立に争なき乙第四号証の二、四に当審証人Gの証言及び被控訴本人の
当審における供述を綜合すれば、本件公正証書に記載されたBの債務、右公正証書
作成の経過は次の如くであることが認められる。
 Bは昭和二四年一月から昭和二七年一月までの間控訴会社藤枝支店に外務員とし
て勤務していたのであるが、その間控訴会社の無尽に加入して乙第二号証の一ない
し四に記載の如く昭和二五年六月から昭和二六年五月までに四口を落札して給付を
受け(乙第二号証の一ないし四記載「太洋無尽株式会社」が控訴会社の旧商号なる
ことは弁論の全趣旨(記録第一四三丁の登記簿抄本参照)によつて明らかであ
る。)これによつて負担した掛返金債務が未払のままとなつており、かつBには後
記九二万円余の費消金のほかにも二、三万円の費消金のあることが発覚し、その退
職後に控訴会社から右未払掛返金債務及び二、三万円の費消金返還債務を整理すべ
く要請され、Bはこれに応じ昭和二八年一〇月一日附でその頃控訴会社とBとの間
に右の合計額五八万円を目的とする準消費貸借契約が成立し、弁済期等に関して、
(一)元金は昭和二八年一〇月以降各月末毎に金一万円宛分割支払うべく、(二)
利息は年一割とし元利金弁済の都度その時までの分を支払うべく、(三)元金を期
日に支払わないときは日歩五銭の割合による予定損害金を支払うべく、なお(四)
元金の支払を三回以上怠つたときは当然期限の利益を失い直ちに債務を完済すべき
ものとする等の約定がなされたのであるが、控訴会社からBに対し右準消費貸借債
務につき連帯保証人を附すること、B並びに連帯保証人の債務につき公正証書を作
成して執行認諾約款を附すべき旨の要請があり、Bはこれに応じて自己の債務につ
いて右約款を附した公正証書の作成を承諾すると共に、兄である被控訴人に右の旨
を懇請したところ、被控訴人もこれを承諾し、この被控訴人の承諾はBを通じて昭
和二八年一〇月中旬頃控訴会社に到達した。(なお被控訴人がBの前記債務につき
連帯保証したことはその認めるところである。)その後右B、被控訴人共にそれぞ
れ以上の如く内容の確定した事項について自らのため控訴会社において代理人を選
任した上公正証書を作るべきことを控訴会社に委託した。おそくも昭和二八年一〇
月一二、三日のことである。かくて、これに基いて控訴会社はB及び被控訴人のた
め公正証書作成のための代理人としてCを選任し、その嘱託によつて昭和二九年一
月二六日前記のとおりの実体関係及び執行認諾約款の記載された本件公正証書が作
成された。
 以上のように認定されるところ、被控訴人は、Bは公正証書作成前なる昭和二八
年一二月六日死亡していたのであるから(この死亡の事実は控訴人の認めるところ
である。)本件公正証書は主債務者につき代理権なき者の嘱託によつて作成された
ことになり無効であつて、右公正証書の作成によつては、(1)主債務は生じない
ことになるから被控訴人の連帯保証債務も生ぜず。(2)それに記載してある主債
務者の執行認諾約款は効力を生じないから連帯保証人たる被控訴人のそれもこれに
附従して当然無効である、と主張する。然しながら、右Bの死亡により本件公正証
書中同人に関する個有の部分の効力がいかに判定せらるべきかはしばら<要旨>くお
き、被控訴人に関する部分について考えるに、被控訴人の保証したBの準消費貸借
契約上の債務なるものはさきに認定した如く本件公正証書作成前Bの生存中
同人と控訴会社との間に実体的に成立、確定していたので、本件公正証書の作成に
よつて創設されたものではないのである。一たん実体的に成立したBの債務がその
後における公正証書の作成手続にかしがあつたからとて消滅に帰するいわれはな
く、すでにBの主債務にして実体的に存する以上連帯保証人たる被控訴人の保証債
務が不発生になつたり、まして本件における如くすでに実体的に発生している保証
債務が消滅したりするいわれもない。またBの死亡によつて本件公正証書に記載さ
れた同人に関する執行認諾約款にかしを生ずるとしても、自らの連帯保証債務につ
いてさきに見た如く適式になされた被控訴人の執行認諾約款に消長を及ぼすいわれ
はさらになく、このことは本件連帯保証債務につき被控訴人のみ本件の如き公正証
書を作成した場合を想定すれば容易に理解がゆくであろう。
 ひつ竟被控訴人の所論は、附従性の理論を不当に拡張したかまたは執行認諾約款
の性質を正解しないものであつて、もとより採用の限りでない。結局公正証書作成
前における主債務者の死亡の故に本件公正証書が連帯保証人たる被控訴人に対して
も執行力を有しないものであるとする被控訴人の主張はその理由なきものといわね
ばならぬ。
 次に被控訴人は本件公正証書には昭和二八年一〇月一日控訴人はBに対し金五八
万円を貸し渡し、Bはこれを借り受けて該金員の授受がなされた旨記載しであり
が、同日Bは右金額を受領した事実は存しないから消費貸借契約の要物性に反し、
右記載の契約は無効である旨主張し、前記甲第一号証によれば本件公正証書に被控
訴人主張の如く記載されていることは事実であるが、さきに認定した如くBと控訴
会社との間に昭和二八年一〇月一日附で成立したのは既存債務を目的とする準消費
貸借契約であるから金銭の授受なくとも実体的に有効に成立したものというべく、
このような場合、金銭消費貸借の公正証書を作成するも、その証書は有効なる債務
名義たることを妨げないものであるから、(大審院昭和七年(オ)第二四〇三号同
八年三年二四日言渡判決参照)この点の被控訴人の主張もまた理由がない。
 次にBの債務につきその妻DがBの死後昭和二九年一二月九日金三七万円を控訴
会社に支払つたことは当事者間に争のないところであるが、被控訴人は、右弁済は
本件債務についてなされたものであり、なお右弁済によつて本件債務の残額につき
免除を受けた旨、主張するに対し、控訴人は、右弁済はBが控訴会社に対して負担
していた別口九二万円余の債務についてなされたものであつて、本件債務はそのま
ま依然存続している旨主張するので、まず右弁済がどの債務に対するものであるか
を判断する。当審証人Gの証言とこれによつて成立を認める乙第一号証によれば、
Bが控訴会社に勤務中控訴会社の金を費消した額九二万円余に及び昭和二七年一一
月二四日附を以て右金額を目的とし貸主を控訴人、借主をBとする準消費貸借契約
が成立しており、Bが右金額のいわゆる別口債務を負担していたことが認められ、
そして当審証人Hは、「DはBが乙一号証(右九二万円余の債務を記載したもの)
及び甲第一号証の二口の債務を負つていたことを知つていたと思うが、三七万円の
弁済についてはいずれの債務の弁済に充当してくれとの申出をしなかつたのて、控
訴会社としては自らの考に従つて充当してもよいと思い乙第一号証の債務の弁済に
充当する考でいた」旨供述する。然しながら、右G、H両証人の証言によれば、昭
和二九年二月頃から控訴会社はDに対し亡Bの債務につき弁済を求め、以来Dにお
いて控訴会社と折衝して弁済のための努力を続けて来たことが認められるが、右両
証人ともDは乙第一号証の債務についても承知していた筈でありとか、知つていた
と思うとか供述する程度で、これら証言によつても控訴会社が明確に右乙第一号証
のいわゆる別口債務について弁済を求めた事実はこれを認めるに由なく、しかも、
右H証人の証言によれば、控訴会社の本店管理課長として不良債権の整理を主たる
職責としていたHにおいても乙第一号証はこれを知らず、同人はBの控訴会社に対
する債務について本件弁済の直前なる昭和二九年一一月頃になつて漸く聞知したの
であるが、それがいかなる債務であるかについては当時はまだ確知していなかつた
という状態にあつたことが認められ、そして原審並びに当審証人Dの証言によれ
ば、Dは、Bの本件甲第一号証記載の債務についてはその生前同人から直接聞いて
確知していたが、乙第一号証の債務についてはBから直接聞いたこともなく、控訴
会社との折衝中控訴会社の者の話によつてBに他にも費消による債務のあることだ
けは耳にしたものの未だ当時金額その他について詳細を覚知したものでなかつたこ
とが認められ、(同証人は当審で右債務の存在は本件弁済後になつてはじめて知つ
た旨供述しているが右の程度にはその前から知つていたと認められる。)以上要す
るに控訴会社のDに対する弁済の請求の過程において乙第一号証の債務は格別明ら
かにその対象とされていなかつたというのが真相と認められる。さらにまた、成立
に争なき甲第四号証の一、二に原審並びに当審証人D、原審証人E、当審証人G、
Hの各証言を綜合すれば、Bは昭和二六年三月一六日附を以て控訴会社に対し所有
不動産上に元本極度額二五万円の根抵当権を設定していたのであり、Bの死後控訴
会社からその債務の弁済を求められたDは、控訴会社に右抵当権の解除を求め、抵
当物件を任意処分した上その売却代金を以て弁済したき旨を申し入れ、控訴会社の
承諾するところとなつたので、この趣旨に従つて抵当物件の処分をなし、その代金
の中から控訴会社が抵当権を解除するについての要求額として最後に納得してくれ
た金額である三七万円を控訴会社に支払つた、というのが本件弁済であることが認
められるのであり、この関係は実質的には抵当権の実行を以て目すべきものといえ
るのであるが、右抵当権はその設定契約書面上(甲第四号証の一)は「無尽給付金
掛返金債務並に無尽業法第十条第一項第二号乃至第四号に基き生じたる債務其他貴
会社に対する一切の債務」を被担保債権とすることになつており、従つて理論上は
不法行為債務をも担保することになるにしても、かかる根抵当権設定契約をなすに
当り当事者の主眼とするところは給付金掛返金その他の金融債務にあることはこの
種契約のなされる動機、目的に徴し多くいうをまたないところであつて、従つて通
常の場合当面当事者の念頭には掛返金債務その他の金融債務を担保するものとして
意識されていると見るべきところ、確認すべき反証のない本件において(当審証人
Hは、Dから根抵当権の解除を求められた当初において―当審証人G、Dの各証言
からすればその時期は昭和二九年二月頃と見られる。―控訴会社が右解除をなすに
ついて要求した額は根担当権の元本額二五万円と損害金一八万円の合計額であり、
結局これを三七万円に減額したのであるが、右一八万円の損害金の計算内容は知ら
ぬがこの額はBに対する全債権についての損害金と思う旨、あたかも控訴会社が乙
第一号証の債務をも根抵当権の被担保債権として現実に考え、行動していたかの如
く解される供述をするけれども、その証言自体計算内容も明らかでない単なる憶測
に過ぎず、かつ、さきに認めた本件債務の内容と乙第一号証の記載とによつてこれ
ら債務の右昭和二九年二月当時における損害金が一八万円に達することは算数上明
確でないから、右証言部分はたやすく採用することはできない。却つて、当審証人
Gが右根抵当権につき「掛返金債務の担保として設定したものであるが、控訴会社
としてはそれは九二万円余の債務を担保するものと解釈している」と供述している
その言葉は控訴会社が前記のような意識に立つていたことを表わすものとして受け
取れるのである。)当事者は右の意識を有し、行為したものと認むべきであつて、
要するに、本件弁済はその実質においてあたかも抵当権の実行なのであり、そして
その抵当権の被担保債権として当事者に当面まず意識されていたと見るべきは甲第
一号証に含まれる乙第二号証の一ないし四の掛返金債務なのである。以上認定の如
き諸事情に原審並びに当審証人D、原審証人Eの各証言と弁論の全趣旨を合せ考え
ると、本件弁済は当事者間において当然甲第一号証記載の本件債務についての弁済
であるとしてなされたものと見るのが相当であつて、少くとも弁済者の意思に符合
するものというべく、前記Hの証言は以上の事情、証拠と対比するとき右認定を動
かす資料となし難く、仮に同人のいうように控訴人側としては別口債務の弁済に充
当するつもりであつたとしても、弁済者は弁済当時別口債務の存在を知らず、また
弁済の充当は弁済者に対する意思表示によつてなされたのではないから、これを以
て有効なる弁済受領者による弁済の充当となすことはむつかしいであろう。その他
控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるも、前記認定を覆し、右弁済が別口
債務に対してなされたことを認めることができない。
 右の如く三七万円の弁済は甲第一号証記載の本件債務についてなされたものとな
すべきところ、被控訴人は、控訴会社が右弁済の受領によつて残額を免除した旨主
張し、原審並びに当審証人D原審証人E、F、当審における被控訴本人の供述中に
はこの主張にそう部分があるけれども、これらの部分は当審証人Hの証言と対比し
て信用し難く、次に成立に争なき甲第三号証はその「不動産売却代内入」の文字の
抹消がその抹消のしかたから見て、また成立に争なき乙第三号証と対比し、かつ当
審証人Hの証言によつて、作成、発行後になされたものと推認されるのみならず、
(原審並びに当審証人D、原審証人Eの各証言中反対趣旨を供述する部分は措信で
きない。)仮りにそうでなく当初から現在どおりの記載であつたとしても同証の記
載だけから残額免除の事実は確認されず、また前記甲第四号証の二はさきに認定し
た如くいわば被担保債権(協定による被揖保債権額ともいうべきもの)を弁済した
が故に根抵当権の解除を受けたことの証拠となり得るに止まり、被担保債権を越え
る部分について免除を受けたことの証拠とはならないこと勿論である。 他に被控
訴人主張の如き残額免除の事実を確認すべき資料は存しない。
 ところで本件当時におけるさきに認定したBの本件準消費貸借債務(甲第一号証
に記載してありもの)につき考えるに、右弁済当時まで何らかの支払がなされたこ
とば被控万人の主張、立証しないところであるから、結局本件公正証書記載の約旨
に従い元金五八万円、右五八万円に対する年一割の割合による昭和二八年一〇月一
日以降同月末日までの利息、内金五七万円に対する右同一割合による同年一一月一
日以降同月末日までの利息、内金五六万円に対する右同一割合による同年一二月一
日以降同年末日までの利息、内金各一万円に対する昭和二八年一一月一日以降、同
年十二月一日以降、昭和二九年一月一日以降それぞれ弁済の日である昭和二九年一
二月九日まで日歩五銭の割合による予定損害金、内金五五万円に対する昭和二九年
一月一日以降右の弁済の日まで右同一割合による予定損害金というのが弁済当時に
おける債務内容ということになる。これを計算すれば元金五八万円、利息計一万四
六一九円、(円未満切捨)損害金計九万九九三〇円、合計六九万四五四九円となる
ところ、弁済額はこれに足らずそして右弁済にあたり弁済の方法につき特別の合意
のなされたことは被控訴人の主張、立証しないところであるから民法第四九一条に
従い弁済の充当をするときは、右利息、損害金計一一万四五四九円及び元金のうち
二五万五四五一円が弁済された勘定となり、従つてBの本件債務は昭和二九年一二
月九日までの利息、損害金全部及び元金のうち二五万五四五一円が弁済されたこと
になるから被控訴人の債務も右限度において消滅したものとなすべく、従つて本件
債務名義の執行力の排除を求める被控訴人の本訴請求は右消滅額の限度において正
当として認容すべきであるが、その余(残元金三二万四五四九円及びこれに対する
昭和二九年一二月一〇日以降完済まで日歩五銭の割合による予定損害金の部分)に
ついては失当として棄却すべきである。
 以上の如くであるから被控訴人の請求全部を棄却した原判決はその一部において
は結局正当たるに帰するも残余の部分においては失当たるを免れず、よつて原判決
を右の趣旨に変更すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、
第九二条、強制執行停止決定の認可、取消及びその仮執行の宣言につき同法第五六
〇条第五四八条を適用して主文の如く判決する。
 (裁判長判事 大江保直 判事 猪俣幸一 判事 古原勇雄)

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