弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     第一審被告らの本件各控訴および第一審原告らの本件各附帯控訴は、い
ずれもこれを棄却する。
     控訴費用は第一審被告らの負担とし、附帯控訴費用は第一審原告らの負
担とする。
         事    実
 第一審被告ら訴訟代理人は、控訴につき、「原判決中第一審被告ら敗訴の部分を
取消す。第一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告ら
の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、「本件各附帯控訴を棄却す
る。附帯控訴費用は第一審原告らの負担とする。」との判決を求め、なお第一審原
告A両名の附帯控訴につき、仮執行免脱宣言の申立をなした。
 第一審原告ら訴訟代理人は、控訴につき、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は
第一審原告らの負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、第一審原告H、
同B、同J訴訟代理人は、「原判決中右原告ら関係部分を次のとおり変更する。第
一審被告らは各自第一審原告Hに対し、金三、一九六、五三八円及び内金二、四四
五、〇三五円に対する昭和三四年一〇月一日以降、内金七五一、五〇三円に対する
昭和四三年二月一四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第一審被告らは各自第一審原告Bに対し、金三、一〇〇、〇二三円及び内金二、五
〇一、〇八〇円に対する昭和三四年一〇月一日以降、内金五九八、九四三円に対す
る昭和四三年二月一四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払
え。第一審被告らは各自第一審原告Jに対し、金四二二、六二五円及び内金三一
四、五〇〇円に対する昭和三四年一〇月一日以降、内金一〇八、一二五円に対する
昭和四三年二月一四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の
宣言を求め、第一審原告C、同D訴訟代理人は、「原判決中右原告ら関係部分を次
のとおり変更する。第一審被告らは各自第一審原告Cに対し金四〇〇万円、第一審
原告Dに対し金三〇〇万円及び右各金員に対する昭和三五年五月一七日以降各完済
に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被
告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
 当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、次に附加するほかは原判決
の事実摘示と同一であるから、その記載をここに引用する。
 (第一審被告らの主張)
 第一 本件道路の管理には瑕疵がない。
 (一) 原判決はその理由中において、「かかる大規模に道路が崩壊するという
ことは他に特段の事情のない限り本件道路に瑕疵が存したものではないかと推認せ
ざるを得ない。」と判示し、この推認を大前提としてその余の判断を行ない、管理
に瑕疵があつたとしているのである。しかし原判決のかような推認は、次に述べる
とおり当を得たものではない。
 本件事故現場の石垣は空石積であり、右石垣は三角形の石の底部を側面(川寄
り)にして築き、その内側に石片(栗石)や土砂を詰めてあるのである。この構造
では、自動車の転落等によつて石垣の側面の一部が破壊されれば、内部の石片、土
砂が側面の支えを失つて順次崩れ落ちるのである。然るに原判決は外形的に大規模
な崩壊があつたと言う一事から、本件道路の瑕疵の存在を推認しているのである
が、右は本件道路の構造に思いを致さない不合理な推認である。
 また原判決は、本件石垣を空石積のままにしていたこと自体が管理の瑕疵に当る
としているが、右は事故発生と石垣の崩壊と言う結果からする極めて安易な結論づ
けであり、空石積法は、石垣を構成する石のバランスにより、荷重を全体に分散さ
せる精功な工法で、浸透水の多い場所等においては練石積によるより効果的であつ
て、現在もなお建設業界において採用されている工法であり、工法自体には何ら欠
陥がない。
 また、当審証人Eの証言によつて明らかなとおり、本件事故が空石積工法自体の
欠陥による崩壊であるならば、空石積法の構造上、殊に本件石垣の如く根元から上
部にかけて末広形に築かれている場合には、崩壊は必ず根元から生ずるのであつ
て、上部が崩壊するのはその部分にゆるみを生じ石垣の腹が外側へふくれる等の異
常を生じた場合に限るのである。
 ところで本件の場合、根元部分を除き上部について崩壊を生じているのである
が、事故の約一〇日前に道路管理主任Fが、同じく二日前には道路工手Gが、それ
ぞれ現場を巡回しており、その際道路面はもとより石垣についてもふくらみ等何等
の異常もないことを確認しているのであるから、本件石垣の崩壊は空石積なるが故
に発生したものとはすることができない。
 また原判決は、「二本の轍の跡のうち山寄りの轍の跡の部分」にまで崩壊が及ん
でいるとして、あたかも本件自動車が現場に至つた際、その重みで崩壊が生じたか
のように判示しているが、甲第五号証の一及び二の一ないし四によつても、「山寄
りの轍の跡の部分」の存在は明瞭には認め得ない。
 (二) 原判決はその理由中で「結局本件事故は事故現場箇所の道路が軟弱であ
つて本件自動車の運行に堪え得ない状態になつていたと言ら瑕疵に基因して発生し
たものと言わざるを得ない」と判示している。
 しかし道路の管理の瑕疵とは、営造物たる道路が通常備えるべき安全性に欠けて
いる状態を指すことは判例通説の認めるところであり、道路における通常備えるべ
き安全性とは、通行車輔の交通量、附近の地形等を綜合的に勘案し、当該道路が社
会通念上一般に期待される機能を保持しているかどうかによつて決せられるべきで
あつて、事故が発生したと言う結果から帰納すべき問題ではない。
 ところで、
 (イ) 本件現場の桟敷は、昭和三一年八月頃、長さ三、四米のもの三本を針金
で連結した上道路に並行して路面上に敷設されたものであるが、本件事故当日であ
る昭和三四年五月八日まで道路面の一部として何ら交通上の支障もなかつたこと、
 (ロ) 事故現場の道路管理主任Fが、事故発生の前月末頃、事故現場を詳細に
調査したところ、格別の瑕疵も認められず、また道路工手Gが事故の二日前に現場
を巡回した時にも道路及石垣には何らの異常も認められなかつたこと、
 (ハ) 本件事故現場は、大型貨物自動車がかなり頻繁に通行している場所であ
り、事故当日も一台通過し、その前日及び前々日にも大型車数台が無事通行してい
ること、
 (ニ) 第一審原告Hは、本件道路を多い時には月に二〇回以上も往復している
運転手であるが、事故直前現場には亀裂や陥没等、道路の崩壊を予見させるに足る
何らの徴候も存しなかつたこと、
 などの事実からすれば、本件道路は良好の状態にあり、重量制限や特別の危険防
止措置を講じなくとも安全性が確保されていたものと言うべきであり、管理には瑕
疵がなかつたものである。
 また、原判決は、その判文全体を通覧しても、桟敷と自動車交通との関係につい
ては具体的に何らふれてはいないのであるが、本件道路の山側にある「水切り」は
岩壁が迫つているのであるから、本件自動車は、その車体幅と道路の巾員との関係
からして、当然桟敷上に左車輪を乗せて通過せざるを得ない関係にあり、また自動
車運転者としては、当然そうすべき箇所であつた。しかるに原判決が、これらの事
項について何らふれていないのは、その根本的な欠陥であると言わざるを得ない。
 なお原判決は、あたかも桟敷を埋設したのは空石積の欠陥を補充する方法として
暫定的になされたものの如く判断しているが、桟敷を設置したのは、自動車の通行
によつて生じた凹みを修復する際、単に土を入れただけでは永く保たないのでこれ
が修復方法として凹みの部分に桟敷を埋設したもので、空石積の欠陥を補うものと
して設置したものではない。もつとも、桟敷は路肩の保護、ひいては石垣の保護補
強にもなり得るが、本件の場合、これはあくまで副次的な効果にすぎない。
 第二 本件事故は第一審原告Hの運転上の過失に基因するものである。
 (イ) 本件事故現場の山側にある「水切り」は岩壁が迫つていて事故自動車の
車体幅からみても山寄りに右車輪を通過させることは不可能に近いこと、
 (ロ) 事故自動車の左車輪が桟敷の内側を通ることは、桟敷の位置と車輪幅と
道路幅員との関係から不可能と認められること、
 (ハ) 本件事故発生の当日も、大型貨物自動車が無事事故現場を通過している
こと、
 (ニ) 左車輪が桟敷上を通過しておれば崩壊は起らず、また自動車の左後車輪
から転落すると言うことは考えられないこと(桟敷三本は転落後折損もなく針金で
しばられたままであつたが、桟敷を通行中に崩壊が起きたのであるならば桟敷は折
損しているであろう)、
 (ホ) 桟敷の位置に関し、第一審原告Hの検証における指示、その他の供述が
あいまいであること、
 以上の諸事実よりすると、第一審原告Hは、桟敷上を通過せず、軟弱な、しかも
法令上通行を禁止されている路肩上を通過し、運転操作を誤つて本件道路を崩壊せ
しめたものと認定すべきである。
 第三 過失相殺について。
 仮に本件道路の管理に瑕疵があるとしても、本件事故は第一審原告Hの運転上の
過失により発生したものであるから、その損害額につき過失相殺さるべきである。
 すなわち、第一審原告Hは、前記諸事項のほか、トラック運転手として材木運搬
に従事し本件道路を頻繁に通行していたものであつて、事故現場の状況については
知悉していたにも拘らず、その上当日は雨天で危険度が一層増大していたことを無
視して、定員外乗車のまま、積載量を超過し、特別徐行措置をとることなく、漫然
運転を継続したものであつて、運転手としての注意義務懈怠による過失は極めて大
である。
 なお第一審原告Bは本件トラックの助手であつて運転手ではなく、亡Iは同乗者
であり、第一審原告Jは本件自動車の貸主であるが、第一審原告Hの運転上の過失
によつて本件事故が発生したのであるから、被害者、加害者間の公平をはかる見地
からなされる過失相殺においては、これらの被害者については、一団として過失相
殺が認められるべきである。
 第四 改良の期待可能性について。
 原判決はその理由三項(二)において「道路に瑕疵がある場合は道路の管理者に
おいてかかる瑕疵を除去するよう改善するかもしくは他の危険防止の措置を講ずべ
きものであるのにこれを看過しそのような改築もしくは危険防止の措置を講ずるこ
とが不可能でないのにこれを為さずに放置するときは管理者に過失があると否とを
問わず道路の管理に瑕疵があるというべきである。」と判示している。
 なるほど国家賠償法二条一項は管理者の故意過失を要件としていないので、道路
その他の公の営造物がその通常具有すべき安全性を欠くときは、設置又は管理の瑕
疵があるものでありそれによつて直ちに同条所定の責任を生ずるものであると解さ
れている。しかし、そのことは設置、管理上期待不能な安全性の欠如をもつて設
置、管理の瑕疵とみなすことを許容するものではなく、もしそのように設置、管理
上期待不能な安全性の欠如をもつて設置、管理の瑕疵とみなすならば、それはすな
わち公の営造物が通常具有すべき安全性の観念を誤つたものといわなければならな
い。
 そもそも道路が通常具有すべき安全性という場合何が通常であるかを考えるにあ
たつては、抽象的に道路一般を対象として理想的又は平均的道路像を描いてこれを
判断すべきものではなくて、時と場所とによつて規定されている具体的道路を前提
としたうえ、そのおかれている社会環境に照らしてその効用・性能・規格というも
のを考え、その見地からその種類、程度の道路として社会的に通常どの程度のない
し、どのような安全性を具備することが要請され期待されているかということによ
つてこれを判断しなければならない。
 道路には、前近代的な旧来の道路もあれば、最新鋭の高速道路もあり山間狭あい
嶮岨な土地の道路もあれば平野の平坦広大な土地の道路もあり人の交通稀な離村の
道路もあれば、交通錯綜する都会地の道路もあり、それに応じてそのそれぞれに期
待される安全性というものに大幅な相違がある。
 例えば、高速道路は、自動車が相当の速度で進行しても通常の運転上の注意をす
れば事故を生じない程度にカーブや路面を調整整備するように期待され、それに応
じた安全性が実際になければならないが、旧来の地方の道路には到底そのような安
全性を期待すべきものではないのであつて、旧来の地方の道路で高速運転をして事
故を起しても道路の管理に関する瑕疵の問題は生じないというべきである。
 また、時間の推移により従来の道路に自然に諸性能の不備を生じその結果、道路
の規格が低下するような場合に、その道路の性能をいかに維持ないし向上させるか
はその道路だけの問題として措置可能なものではなくて、道路がもともと国家社会
や地域社会全体の利益をはかるためのものである関係上、道路全体の問題としてそ
の優先劣後を考えなければならぬものであり、国家社会又は地域社会の経済能力に
制限がある場合、交通稀な道路の改良よりも交通頻繁な道路の改良を先にするのは
やむを得ないことであつて、そのような場合にその劣後する道路にその間優先する
道路と同様な安全性の期待は成立し得ないのである。
 もつとも、道路の利用上右安全性を考えるについては二つの異なつた部面があ
る。その一は右に触れた道路の規格の程度の問題としての安全性であり、他の一つ
は当該道路の現に常有している安全性の問題である。ある道路が総体として交通上
一定の程度の安全性を現にもち、利用者がその安全性に期待して交通しているとき
に部分的にその安全性が欠けているときはこれは当然その道路が通常具有すべき安
全性を欠いていたものということができようが、本件事案はこれに該当しない。
 本件の場合は道路幅員や空積法による石垣をそのまま存置したことが本件道路に
対する社会的要請や期待に反していたかどうかという点から管理に瑕疵があつたか
どうかを考えなければならない。
 ところで、国道の管理の瑕疵の有無を論ずる場合、改良が期待可能かどうかは個
々の道路、それも事故の発生した特定の一小区間に限定して判断すべきものではな
くて、道路管理者が管理する一般の道路事情を綜合的に勘案し、それとの関連性に
おいて判断すべき事柄である。
 我国は国土の大半が山地であつて親不知、子不知というような危険な道も多く、
近代に至るまでその交通は殆んど徒歩によつて行われたため、諸外国において馬車
の利用のため早くから道路が整備されていたのと異なつて、道路整備は極めて遅れ
たばかりか、近代になつても交通投資は鉄道を中心に行われたため、依然としてそ
の整備は行きとどかず、他方自動車が発達し、近年はその輸送量が鉄道と並ぶまで
に至つたため道路の不備は経済社会の発展のあい路となり、また交通事故頻発の原
因として社会問題化するまでに至つた。
 そのため国及び公共団体は、昭和二九年度以降数次に亘る五ケ年計画を策定して
道路整備を促進し、さらに現在策定中の昭和四二年度を初年度とする五ケ年計画に
おいては、総額六兆六千億円の巨額にのぼる投資を予定しているが、この計画どお
り全国の道路整備が行われてもなお完全な状態にはほど遠く、したがつてその工事
も右の社会的に急務とされるところの輸送量の確保、路面の新設、改良による安全
性の向上等を個々の道路の国家社会的重要度に応じて、重点的に行うほかない状態
にあることは公知の事実といつてよいであろう。
 このように、わが国の道路は全体的に相当改良されつつも個々の道路に着眼すれ
ば、なお当分の間は種々の欠陥が残存することを免れないものであるが、これは我
国のおかれた歴史的、地理的条件による不可避的なものであり、法的責任以前の問
題である。
 ところが、本件国道は昭和一九年頃林道として開設されたものであるが、その大
部分は山を切り崩して設置されたため、その片側は崖であり十数ヶ所に空石積によ
る石垣が設置されており、原判決の要求するような改良をするとすれば崖に面した
部分の総てについてしなければならないこととなるのであるが、これらの改良工事
をするためには極めて巨額の費用を必要とするのである。昭和四二年度において本
件道路の改良費として四億九千九百九十万円の予算が計上され、現在改良工事を行
つているがこれによつても僅か数粁の区間につき改良がなされるに過ぎないのであ
つて、未改良区間四五粁全部につき改良工事を実施する場合は総額八二億円の巨費
と約五ケ年間の歳月を要するのである。
 もとより国又は公共団体が本件道路のみに全力を注ぐことが許されるならばその
改良も不可能ではな、しかしながら国又は公共団体の管理する道路は本件国道のみ
ではないし、いわんや本件崩壊個所だけではない。
 しかも、山地が大部分を占める我国においては危険個所は随所に存在するが、他
方本件のごとき事故の発生することは極めて稀なことである。
 道路改良上限られた費用で国家社会のために最大の効果をあげるには、より重要
度の高い路線、区間から改築して行かなければならない、そうでなければ事故率の
高い諸原因が除去できずして人身事故を著しく増加させ、また、交通渋滞等により
我国の道路交通の機能を麻痺させ、我国の社会経済の円滑な発展を著しく阻害し、
国家国民の利益を害することとなる。
 すなわち道路特に国道の修築等については管理者たる当該都道府県知事のみで決
定し得ることではなく国全体の立場からみた道路の整備状況、道路の重要性等から
決定されるべき事柄であり、かつ、現在の国又は公共団体の財政力からする限り絶
対完全な改良は期待可能の範囲を超えるものであり、不能を強いることになる。
 なお、最高裁昭和四〇年四月一六日の判決は、通常の管理の範囲で対処し得た事
案に関する判決であり、本来そのために予算措置をすることが通常期待できる場合
のことであつて、本件の場合に適切でない。
 かように、本件崩壊事故はわが国力からみて期待できないような予算措置を前提
としなければ改良できないものであり、したがつて本件事故は社会通念上不可抗的
に生じたものとみるべきである。
 もつとも、その場合管理の瑕疵を論ずるについて、これを改良の能否から判断す
るのと別に、いやしくも危険のある道路の通行を認めたことが不当であり、管理の
瑕疵であるとする見解も考えられる。しかし、通行止めをする以外に絶対的安全を
はかることのできない道路といえどもその供用廃止は不可能な場合が多く、また、
その供用継続が当然管理の瑕疵となるべきものではない。
 たしかに、本件道路を通行止めにするか、廃道にすれば事故は防止し得る。
 しかし、わが国においてはこの程度の危険性のある道路は無数にあるが、絶対的
安全をはかる改良ができないからということでこれらをすべて閉鎖するとすれば道
路交通は麻痺し、わが国の経済社会、なかんずく地域社会に与える影響は極めて大
きなものとなる。
 本件道路についていえば、わが国全体の立場からみてその改良の優先度は高いも
のではないが、地域住民にとつては極めて重要な路線であり、これを閉鎖すればそ
の公益に及ぼす影響は大なるものがあり、迂回路のない本件道路にあつては閉鎖は
現実には全く不可能である。かように本件道路は或る程度の危険性を蔵しつつもそ
の供用を廃止することを得なかつたものであり、その事情は本件事案の判断上充分
に考慮されなければならないところであつて、その供用継続をもつて管理の瑕疵と
みるべきではない。
 第五 第一審原告ら主張の弁護士報酬請求に対する時効の抗弁。
 第一審原告C、同Dは、昭和四二年四月二五日付準備書面で、また第一審原告
H、同J、同Bは、昭和四三年二月一三日付訴の拡張並びに附帯控訴状によつて、
新たに弁護士に対する報酬金(手数料並びに成功報酬金)を損害として請求してい
る。仮に弁護士に対する報酬金が本件道路の管理の瑕疵による損害にあたるとして
も、第一審原告らは本件訴訟を提起するにあたり弁護士と報酬契約を締結している
ので、おそくとも第一審原告C、同Dについて訴訟が提起された昭和三五年五月九
日には、右損害及びその加害者を知つていたものと言える。従つて、その損害賠償
請求権は、それから三年を経過した昭和三八年五月九日の経過とともに時効によつ
て消滅している。
 (第一審原告H、同B、同Jらの主張)
 一 第一審原告Bの請求金のうち、逸失利益金二、〇九六、六八〇円が認められ
ないときは、逸失利益を金一、三九六、六八〇円に、慰藉料金三〇万円を金一〇〇
万円として請求する。
 二 第一審原告乾ら三名は、第一審被告らに対し本訴請求金員の損害賠償請求権
を有するところ、第一審被告らが任意にこれを弁済しないので、その請求のため徳
島弁護士会所属弁護士小川秀一に対し、昭和三四年九月訴訟提起を委任し、同会の
弁護士報酬規程による報酬額の標準のうち最低料率による手数料及び謝金を支払う
ことを約し、その支払時期を第一、二審とも各判決言渡の時と約した。
 第一審原告Hは、一審の請求金額二、八〇四、九九九円、同Bは同二、五〇一、
〇八〇円、同Jは同五九〇、〇〇〇円であるところ、徳島弁護士会報酬規程による
と、本件一審の手数料は、第一審原告道一が金一四〇、二四九円、同Bが金一二
五、〇五四円、同Jが金二九、五〇〇円となる。また一審における勝訴額は、第一
審原告道一が金二、四四五、〇三五円、同Bが金九八七、二七六円、同ヒナヲが金
三一四、五〇〇円であるから、本件一審の謝金は、第一審原告道一が金二四四、五
〇〇円、同Bが金九八、七二七円、同Jが金三一、四五〇円である。
 そうすると、本件一審の手数料並びに謝金の合計額は、第一審原告道一が金三八
四、七四九円、同Bが金二二三、七八一円、同Jが金六〇、九五〇円となる。
 次に、控訴審において第一審原告乾らが請求した金額は、第一審原告道一が金
二、四四五、〇三五円、同Bが金二、五〇一、〇八〇円、同Jが金三一四、五〇〇
円であるところ、徳島弁護士会報酬規程によると、本件控訴審の手数料は、第一審
原告道一が金一二二、二五一円、同Bが一二五、〇五四円、同Jが金一五、七二五
円となる。また本件控訴審の謝金は、第一審原告乾らの請求金額が全額認容せられ
るものと確信するので、これにより算出すると、第一審原告道一が金二四四、五〇
三円、同Bが金二五〇、一〇八円、同Jが金三一、四五〇円となる。
 そうすると本件控訴審の手数料並びに謝金の合計額は、第一審原告道一が金三六
六、七五四円、同Bが金三七五、一六二円、同Jが金四七、一七五円となる。
 なお、前記の手数料の計算は、全額につき百分の五として算出したものである。
 第一審原告Bは、代理人弁護士小川秀一に対し本件事件を依頼したとき手数料の
内金として金三万円を支払い、また第一審原告乾ら三名は一審判決後に共同して、
一審の手数料並びに報酬金合計金六六九、四八〇円から金三万円を差引した金六三
九、四八〇円の内金として金五〇万円を支払した。
 三 よつて第一審原告乾ら三名は原判決に対し附帯控訴をなし、次のとおり原判
決の変更を求める。
 (一) 第一審原告道一関係。
 金三、一九六、五三八円
 内金二、四四五、〇三五円(一審認容額)に対する昭和三四年一〇月一日以降、
内金七五一、五〇三円(弁護士費用、当審請求拡張分)に対する昭和四三年二月一
四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金。
 (二) 第一審原告B関係。
 金三、一〇〇、〇二三円
 内金二、五〇一、〇八〇円(一審請求額)に対する昭和三四年一〇月一日以降、
内金五九八、九四三円(弁護士費用、当審請求拡張分)に対する昭和四三年二月一
四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金。
 (三) 第一審原告J関係。
 金四二二、六二五円
 内金三一四、五〇〇円(一審認容額)に対する昭和三四年一〇月一日以降、内金
一〇八、二五円(弁護士費用、当審請求拡張分)に対する昭和四三年二月一四日以
降、各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金。
 (第一審原告C、同Dらの主張)
 一 原判決が、亡Iの就労可能年限を満六〇才までと認定したのは不当である。
同人の余命は七二才までであるところ、同人は生来頑健であり、且つその業務が事
業経営であつて肉体労働ではない点等を考慮すると、六五才までは優に活動できた
筈である。
 また、原判決は亡正の生活費を月所得の半額と認定しているけれども、同人の生
活費は最高三万円位と認めるべきである。亡正の所得を月一〇万円と認定して、同
人の生活費を月五万円とすれば、同居の家族たる第一審原告A両名の生活費はなく
なつてしまうのである。
 更に原判決の慰藉料額の認定も著しく少額である。
 二 そこで、本訴請求金の内訳は、次のとおりとなる。
 亡正の月収最低金一〇万円とし、生活費月金三万円、差引純益所得は一ケ月金七
万円となる。
 そして同人の稼働可能期間は事故当時から少くとも満六三才とすれば一一年九ケ
月(一四三ヶ月)であるから、右期間内の同人の逸失利益は合計金一〇、〇一〇、
〇〇〇円となる。これを、年五分による新ホフマン式計算法によつて中間利息を控
除すると、その現価は金七、七九七、二〇〇円となる。
 右逸失利益金の三分の一である金二、五九九、〇六六円を第一審原告Dが相続
し、同三分の二である金五、一九八、一三二円を第一審原告士朗が相続した。
 ところが、第一審原告士朗は、既に自動車損害保険より金二〇万円の支払を受け
ているので、これを前記金額から控除し、更に同人の慰藉料金五〇万円(金七〇万
円を相当とするが、その内金を請求)を加算すると、同原告の損害賠償請求債権
は、合計金五、四九八、一三二円となる。
 また、第一審原告Dは、既に自動車損害保険より金一〇万円の支払を受けている
ので、これを前記金額から控除し、更に同人の慰藉料金一〇〇万円を加算すると、
同原告の損害賠償請求債権は、合計金三、四九九、〇六六円となる。
 よつて、第一審原告士朗は右債権の内金四〇〇万円、第一審原告Dは右債権の内
金三〇〇万円及びこれらに対する昭和三五年五月一七日以降各完済に至るまで年五
分の割合による遅延損害金の支払を求めるものであり、原判決を右のとおりに変更
すべきことを求めるため本件附帯控訴に及んだ次第である。
 三 仮に、右主張金額が認められないときは、第一審原告A両名は、次のとおり
弁護士費用支出に因る金一〇〇万円の損害賠償請求債権を有するので、予備的に、
右各請求金額に達するまでその支払を求めるものである。
 即ち、第一審原告A両名は、徳島弁護士会所属弁護士原秀雄に対し本件一審及び
控訴審での訴訟代理を委任した。そして、同弁護士に対する報酬は、事件の成功
(勝訴)額に応じて、徳島弁護士会報酬規程(成功額の一割以上)に照らし協定す
る約であつた。そして第一審原告A両名は一審で一部勝訴し、その利益額は遅延損
害金をも含め合計金五〇〇万円を超過するので、昭和四一年一二月に一審の成功報
酬として同弁護士に対し金五〇万円を支払つた。更に控訴審においても勝訴すれ
ば、金五〇万円以上(附帯控訴が成功すればその成功額に応じて報酬を支払う約)
を支払うことを約している。
 右報酬金額は、本件事案の困難性、手数等よりして、日弁連報酬規定並びに徳島
弁護士会報酬規程に照らし相当であり、また本件の如き損害賠償事件においては、
第一審被告らは弁護士費用の支払義務があるのである。
 四 右弁護士報酬は、一審及び控訴審の各判決によつて始めて現実に発生するも
のであり、全面敗訴すれば発生しない。従つて、その消滅時効も、一審報酬につい
ては一審判決時である昭和四一年八月三〇日より、控訴審報酬については控訴審判
決がなされる時より夫々進行すると解すべきであるから、第一審被告らの時効の抗
弁は失当である。
 (証拠)
 第一審原告らは、甲第四〇、四一号証、第四二号証の一、二、第四三号証を提出
し、第一審原告乾ら三名は当審での第一審原告B本人尋問の結果を援用し、第一審
原告Aら両名は当審証人Kの証言を援用した。
 第一審被告らは、当審での証人E、同G、同Lの各証言及び検証の結果を援用
し、前記甲号各証の成立を認めた。
         理    由
 当裁判所の事実の認定、法律判断は、次に附加するほかはすべて原判決の理由説
示と同一(但し、原判決二八枚目表六、七行目に「無資格運転により一回、制限速
度違反により三回」とあるのを「免許証不携帯により一回、積載違反により一回、
制限速度違反により二回」と訂正する)であるから、その記載をここに引用する。
 一 責任原因について。
 (一) 原審証人F(第二回)、当審証人Eの各証言によれば、本件事故現場の
那賀川に面した部分には石垣が構築されていたが、右の石垣は石を単に積み重ねた
だけのいわゆる空石積の工法によつたものであることが認められるところ、第一審
被告らは、右石垣が空石積であることを以て本件道路に瑕疵があるとは言えない旨
主張する。
 なるほど当審証人Eの証言によれば、空石積工法は石垣構築の一方法であり、そ
れ自体には工法上の欠陥があるわけではなく、現在でも場所によつては使用されて
いる工法であることが認められるけれども、一方、原審証人M、同F(第二回)の
各証言によれば、空石積工法による石垣は、石と石との間をセメントで固塗したい
わゆる練石積工法による石垣に比較すると、その構造上脆弱であること、本件事故
現場の石垣は昭和一七、八年頃に空石積工法によつて設置されたまま一度も改修が
加えられていなかつたことが認められる。そして、本件事故現場の石垣が深い谷に
向ら急斜面に構築されたものであること、本件事故当時は、右石垣の構築当時に比
べて車輌が大型化し交通量も増大していることを考えあわせると、地形上明らかに
危険な箇所である本件崖の部分に、空石積による石垣を構築したまま、その後の交
通事情の変化にも拘らず本件事故発生に至るまで右石垣自体に何ら改修工事を施さ
ず、または危険標識を設け、或は重量制限をする等の危険防止の措置を講じなかっ
たことは、本件道路の管理に瑕疵があつたと言わざるを得ない。
 また第一審被告らは、本件石垣が、根元部分を残して上部が崩壊していること
は、空石積工法自体の欠陥による崩壊ではないことを示している旨主張する。そし
て真正に成立したものと認められる甲第五号証の二の四によれば、本件石垣はその
基底部の一部を残してそれより上部全体が崩壊していることが認められるところ、
第一審被告主張の如く右崩壊の形状からみて本件崩壊原因が空石積工法以外に存す
るものとは、当審証人Eの証言その他第一審被告らの全立証を以てしてもこれを認
定することができない。
 (二) 次に第一審被告らは、本件事故現場の道路及び石垣には外観上事故直前
まで何らの異常も認められず、また大型車輌数台が無事通行していたのであるか
ら、本件道路の管理に瑕疵はなかつた旨主張するが、前認定のとおり本件事故は道
路ないし石垣に外観上明らかな瑕疵が逐次増大して発生したものではなく、空石積
工法による石垣が年月の経過や車輌の大型化、交通量の増大等によりその負荷に堪
え切れなくなり、且つ本件道路のうち那賀川寄りの部分が常時幾分軟弱な状態にあ
つたことと前々日来の降雨と相俟つて、たまたま本件自動車が通過しようとした際
その重量により突然石垣が崩壊するに至つたものであるから、事故直前まで外見的
には異常がなく、また他の大型車輌が無事通過していたとしても、そのことを以て
本件道路の管理に瑕疵がなかつたとすることはできない。
 (三) 第一審被告らは、第一審原告Hが本件桟敷上を通過せず、その左側の路
肩上を通過した過失により本件事故が発生したものである旨主張するが、本件事故
自動車の左車輪が桟敷の左側の路肩上を通過したことを認めるに足る証拠はない
(事故後桟敷が折損していなかつたことを以て、事故自動車が桟敷上を通過してい
なかつたものとは軽々に認定できない)から、第一審被告らの右主張も失当であ
る。
 (四) 次に第一審被告らは、本件国道中崖に面した部分をすべて改良するとす
れば、その工事に巨額の費用を要し、予算面からみて到底期待不可能であり、且つ
また本件道路の供用を廃止することは社会経済的にみて不可能であるから、本件事
故は社会通念上不可抗力的に生じたものであると見るべきである旨主張する。当審
証人Lの証言と弁論の全趣旨によれば、本件国道中崖に面した部分の石垣をすべて
練石積にする等の改良工事を施すとすれば相当多額の費用を要することが認めら
れ、第一審被告らにおいてその予算措置に窮するであろうことは推察に難くないと
ころであるけれども、予算の不足を理由にして道路の管理に瑕疵がなかつたものと
は言うことができず、また右瑕疵によつて生じた損害に対する賠償責任が免責され
るいわれもない。また、予算不足のため本件道路の全面的改修が事実上早急にはで
きなかつたとしても、本件道路の管理の方法として、本件道路を通行止めにしない
までも危険標識の設置や重量制限等の措置をとることにより安全保持の方法を講ず
ることができたのであるから、本件道路に対する安全管理が社会通念上全く期待不
可能であつたものとは認めることができない。
 二 損害について。
 (一) 第一審原告Bの逸失利益及び慰藉料額について。
 第一審原告Bが貨物自動車の助手として働くかたわら、農業に従事することによ
つて得べかりし利益の額が幾ばくであるかについては、同人の当審における本人尋
問の結果を以てしてもこれを認定するに足りず、他にこの点を立証すべき何らの資
料もない。
 また本件事故がいわゆる一般の交通事故等とは異なり、第一審被告らの故意、過
失に基づく不法行為に因つて生じたものではないこと、本件道路の瑕疵が外見的に
は容易に覚知し難いものであつて、事故の直前まで自動車の運行に支障がなかつた
ところ、たまたま本件自動車の通行に際し突然道路の崩壊を生じたものであること
等の点を考慮すると、第一審原告Bの慰藉料は金三〇万円を以て相当と認められ
る。
 (二) 亡Iの逸失利益及び第一審原告A両名の慰藉料額について。
 原判決認定のとおり、亡Iは訴外三陽産業株式会社の会長として実質上右会社を
主宰していたところ、昭和三〇年一一月頃以降山林事業に着手してからは、立木売
却代金等の会社の資金を自己の私財と同一視してこれを任意に処分使用し、少くと
も毎月金一〇万円程度の収入を得ていたものと認められるけれども、原審裁判所の
市川市長に対する調査嘱託の結果、証人K(原審第三、四回及び当審)の証言によ
れば、亡正の右収入は正規の会社経理を通じたものではなく、また生前個人として
その収入につき所得税の申告、納付をした形跡もないことが認められるから、右の
ような不安定且つ闇給与的収入を、満六〇才を超えてもなお同様に継続して取得し
得る蓋然性は甚だ低いものとうわねばならない。また原審での第一審原告D本人尋
問の結果(第一、二回)と、これにより成立を認めうる甲第三〇号証の一ないし
三、真正に成立したものと認められる甲第三九号証によれば、亡正は生前立派な邸
宅に住み、かなりぜいたくな生活をしており、交際費や交通費をも含めると、同人
の生活経費として費消していた金額は一ケ月少くとも金五万円を下らなかつたもの
と認められる。
 また前記(一)の後段に記載した事情を考慮すれば、第一審原告A両名の慰藉料
は原判決認定の額を以て相当と認められる。
 (三) 過失相殺の主張について。
 本件事故が第一審原告Hの運転上の過失によつて発生したものとは認められない
こと、その他本件事故の発生につき第一審原告らの過失が認められないことは原判
決説示のとおりであり、当審における証拠調の結果によつても、第一審被告らの過
失相殺の主張を認めるに足りない。
 <要旨>三 弁護士費用の請求について。
 第一審原告らは第一審被告らに対し、本件訴訟の追行に要する弁護士費用の賠償
を求めているので、その当否について判断する。
 元来不法行為に因つて生じた損害の賠償請求に要した弁護士費用は、当該不法行
為の被害者(ないしはその承継人)が加害者に対して有する損害賠償請求権を実現
するために要した経費であつて、当該不法行為に因つて直接生じた損害とは異質の
ものと考えられる。そして右の経費は、加害者が本来の損害賠償義務を任意に履行
しないことによつて生じたものであるから、加害者の右任意履行拒絶行為(抗争行
為)が違法性を帯びる場合には、右不当抗争行為自体が別個の不法行為を構成し、
被害者は加害者に対し右不当抗争行為に因つて生じた損害として前記経費の賠償を
求め得るものと解される。
 換言すると、不法行為に基づく損害賠償請求に要した弁護士費用は、そのすべて
の場合に賠償を求め得るものではなく、加害者の抗争行為が正当な防禦権の行使の
範囲を超えて違法性を帯びるに至つた場合に限つて賠償を求め得るものと言うべき
である。
 尤も右のような考え方に対し、不法行為に基づく損害賠償請求に要した弁護士費
用は、本来の不法行為に因つて直接生じた相当因果関係の範囲内の損害であつて、
相手方の抗争態度の如何に拘らず、すべての場合にその賠償を求め得るとする見解
もある。
 ところが、右のような見解をおし進めると、不法行為に限らず一般の債務不履行
の場合においても、その債権請求に要した弁護士費用は、債務不履行に因つて生じ
た直接の損害として、債務者の抗争態度如何に拘らず常にその賠償を求め得る結果
とならざるを得ない。しかし、何人も裁判を受ける権利を有することは憲法第三二
条の明定するところであり、他からの訴追に対して敢えて応訴し、裁判による黒白
の判定を求める行為は、一般に法律によつてひろく認められた正当な権利であるか
ら、それが濫用にわたらない限り正当な防禦権の行使として当然許容さるべきもの
である。
 しかるに、応訴行為自体には何らの違法性が認められない場合においても、敗訴
と言う結果だけで法定の訴訟費用以外の弁護士費用まで賠償せしめることは、相当
の応訴理由をもつ債務者にとつて甚だ酷に過ぎるものであり、また正当な防禦権の
行使を不当に制肘するものと言わねばならない。
 更に前記の見解によれば、原告が勝訴した場合には被告の応訴行為の違法性の有
無を問わずに弁護士費用の賠償を求め得るのに対し、被告が勝訴した場合には原告
の提訴行為に違法性があつた場合にのみ弁護士費用の賠償を求め得ることになり、
両者の衡平を失するものと言うべきである。
 もし弁護士費用の負担を応訴の相当性の如何に拘らず、すべて敗訴者の結果責任
とするのが政策上妥当であるとするならば、その旨の立法(弁護士費用の訴訟費用
化)をすると共にその数額も妥当な範囲に公定すべきであり、かような立法措置が
とられていない以上、正当に応訴した者に対してまで、常に弁護士費用の賠償を命
ずることは明らかに行き過ぎであると考えられる。かような観点から、前記の見解
には賛成することができない。
 以上の前提に立つたうえで、本来の不法行為に基づく損害賠償請求に対する加害
者(債務者)の抗争行為(応訴行為)が、いかなる場合に違法性ある新たな不法行
為を構成するかについて検討すると、先ずその判定の基準としては、本来の不法行
為の違法性の強弱が問題になるものと考えられる。即ち、本来の不法行為の違法性
が強度であり且つ明瞭な場合、例えば文書偽造、詐欺等明らかに刑事上の処罰を受
けるような場合にあつては、一般に加害者の帰責事由が明白であり、その賠償を怠
ることは社会的にも倫理的にも非難に価する行為であるから、加害者の抗争行為は
特段の事情のない限り違法性を帯び、新たな不法行為を構成するものと言うことが
できる。これに対して本来の不法行為の違法性が微弱であり、またはその成否が不
明瞭である場合、例えば所有権の帰属が不明瞭な場合の不法占拠行為、無過失責任
である民法第七一七条の不法行為等、刑事処分の対象とはならず帰責事由が必ずし
も明白でないような場合にあつては、加害者の抗争行為は特段の事情がない限りむ
しろ正当な防禦権の行使として違法性を帯びないものと言うべきであり、従つて何
ら新たな不法行為を構成するものではないと言わねばならない。
 そこで本件の場合について考えると、本件事故は刑事処分の対象となるべき一般
の交通事故とは異り、道路の管理の瑕疵に基づく事故であつて、第一審被告らの故
意過失を要件とするものではなく、しかも本件道路の瑕疵は外見的には容易に覚知
し難いものであつて、その法律上の帰責事由の存在も一見必ずしも明白ではないこ
とを考えあわせると、第一審被告らが第一審原告らの損害賠償請求に対して敢えて
応訴し、その責任の所在等につき裁判所の確定判断を求める態度に出たことは、違
法性ある不当な抗争行為であるとは遽かに断定し難いものと言うべきである。
 そうすると、第一審被告らの本件応訴行為について違法性が認められない以上、
前叙の理由により第一審原告らは第一審被告らに対し本件訴訟の追行に要する弁護
士費用の賠償を求め得ないものと言わねばならない。
 よつて第一審原告らの弁護士費用の賠償請求(当審での請求拡張部分)は失当と
して棄却すべきである(なお第一審原告らは弁護士費用を本件事故に因つて生じた
損害として請求しているものと解されるから、右請求は当審での新訴の提起には該
当しない。)。
 以上により、第一審被告らの本件各控訴、第一審原告らの本件各附帯控訴は、い
ずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法
第八九条第九三条を適用の上、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 合田得太郎 裁判官 奥村正策 裁判官 林義一)

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