弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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(主 文)
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中290日をその刑に算入する。
(判示第1並びに第2の1及び2の各犯行に至る経緯)
 被告人は,青森県内で出生し,同県内の高等学校を中退後,大工見習い,重機運転
手等に従事し,平成8年ころに上京して大工として稼働していた。Aは,B及びC夫婦の
長男として出生し,青森県内の高等学校を卒業後,タイヤ製造業や木材加工業等に従
事し,平成14年12月ころからは仏壇清掃業を営んでいた。Cは,平成7年ころから平成
14年9月ころまで温泉の旅館等で稼働したこともあったが,平成15年ころからは自宅
近くの民宿の手伝いをしていた。
 Cは,温泉の旅館に勤めていた際に客として来た被告人と知り合い,その後,BやAに
仕事を世話してもらおうと被告人を2人に紹介した。被告人は,平成15年8月初旬ころ,
Aに対し,年老いた犬を預かって世話する事業(以下「老犬ハウス事業」という。)を行わ
ないかと架空の儲け話を持ちかけた。Aは,Cの話から被告人のことを元々信頼できる
と思っていた上,被告人の老犬ハウス事業計画の具体性等から,被告人の話が真実で
あると信じると共に,同事業に魅力を感じ,それまで営んでいた仏壇清掃業の売上げが
少なかったこともあり,同月下旬ころには仏壇清掃業をやめ,老犬ハウス事業を業とす
る会社の設立を計画し,被告人との間で会社設立依頼兼受注書を取り交わし,老犬ハ
ウス事業についてのコンサルタントを依頼した。ところが,その後,A及びCは,被告人か
ら,会社設立や老犬ハウス事業に関連して金銭の支払を要求されるようになり,親族や
知人から借金をするなどして何とか支払っていた。にもかかわらず,被告人は,平成16
年1月9日,Aに対し,同人が約束していた電話を被告人にかけなかったことをきっかけ
に,突然,老犬ハウス事業計画の中止を一方的に告げ,以降,A及びCに対し,それま
での立替払金の清算等と称して,1億7300万円の支払を強く求めるようになった。A及
びCは,被告人に言われるがままに,親族,知人及び消費者金融から借金をして少しず
つこれを支払ってきたが,同年6月までには返済が困難になった。Aは,被告人から返
済を強く迫られ,同月初旬ころ,被告人との間で,Bを車に飛び込ませて死亡させ,事故
の相手から自動車損害賠償保険金を得る話になり,B及びCにその旨伝え,承諾させ
た。その後,Aは,Bを青森県内各所に連れて行き,走行中の自動車に飛び込ませよう
としたが,Bが怖じ気づいて実行できなかったため,被告人らの当初の意図は実現され
なかった。
 すると,被告人は,Aに対し,同年7月下旬ころ,Bを生命保険に加入させ,同人を自動
車に飛び込ませて死亡させて保険会社から死亡保険金をだまし取ることを持ちかけ,こ
れをA及び同人を通じてCに承諾させ,少なくともこの時点で,被告人,A及びCの間にB
を殺害することについての共謀が成立した。そして,被告人,A及びCは,同年8月上旬
から9月上旬ころまでの間,Bに,同人と保険会社3社との間で,Bを被保険者,Cを死
亡保険金受取人とする死亡保険金額合計8800万円の生命保険契約を3口締結させ
た。その後,Aは,Bを殺害すべく,同人を青森県内だけでなく秋田県内にも連れ出し,
交通事故死を装って死亡させようとしたが,Bが抵抗したため,同人を殺害できなかっ
た。被告人は,そうしたBに業を煮やし,Bが走行中の自動車に飛び込むことができなか
った都度,同人に対し,殴る蹴るの暴行を加えた。そして,被告人は,同年9月30日にB
が自動車に飛び込むことができなかったことから,Bに暴行を加えた上,翌日必ず死ぬ
ように強く迫った。翌10月1日,被告人は,Bがまたしても自動車に飛び込むことができ
なかったことから,同日午後7時40分ころから午後8時40分ころまでの約1時間にわた
り,青森県南津軽郡甲町abにおいて,Bの四肢を鉄パイプ様のもので多数回殴打した。
これによりBはその四肢から皮下出血し,自力では歩くことができず,Aが運転する車に
かろうじて乗ることができるほどの重傷を負ったため,Bは,Aに連れられて自宅に戻っ
た後,A及びCに対し,救急車を呼ぶよう求めた。Aは,被告人に電話をして相談したとこ
ろ,被告人がそのまま死んでしまうならその方が都合がよいなどと述べたため,Aもこれ
に応じて救急車を呼ぶなどしないこととし,Cにもその旨伝えて同人も了承した。
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 土地売買の手付金名下にAから金員をだまし取ろうと企て,平成15年9月上旬こ
ろ,青森県東津軽郡乙町c番地dB方において,Aに対し,真実は内妻が所有する
神奈川県津久井郡丙町ef番gほか4筆の土地を売却する意思がないのにこれある
ように装い,「会社の社長をやっていくには,いざというときのためにも財産を持っ
た方がいい。神奈川県にあるかみさん名義の土地を4500万円で譲ってあげる。
購入にあたっては,手付金として,その1割の450万円を用意すればいい。」などと
嘘を言って,その旨Aを誤信させ,よって,同人から,同月27日ころ,青森市大字h
番地ij公園駐車場において,現金70万円の,同年10月22日ころ,青森県東津軽
郡kl番地m当時の同人方において,現金380万円の各交付を受け,もって,人を
欺いて財物を交付させた
第2 A及びCと共謀の上
1 前記のとおり,Aの被告人に対する借金返済資金調達のため,Bを殺害し,同人
を被保険者,妻であるCを保険金受取人とする生命保険契約に基づく保険金をだ
まし取ろうと企て,B殺害の機会をうかがっていたものであるが,被告人が平成16
年10月1日午後7時40分ころから同日午後8時40分ころまでの間,青森県南津
軽郡甲町abにおいて,B(当時60歳)の四肢を鉄パイプ様のもので多数回殴打
し,それによって自力で行動することができなくなるほどの瀕死の傷害を負わせ,A
がBをその運転する車に乗せて青森県東津軽郡乙町c番地dのA及びC方に連れ
帰ったところ,Bを直ちに最寄りの病院に搬送して適切な医療措置を講じれば,同
人の死亡の結果を防止することが可能であり,かつ,同人を救護すべき義務があ
ったのに,そのまま放置すれば同人が死亡することを知りながら,同人を死亡させ
て保険金をだまし取るため同人を放置して殺害しようと企て,同月2日午前零時30
分ころ,同人を救護することなく,同所1階の居間に放置し,よって,そのころ,同所
において,同人を四肢多発打撲傷による外傷性ショックにより死亡させて殺害した
2 BがXとの間で同年9月8日に締結した,Bを被保険者,Cを死亡保険金受取人と
する簡易生命保険契約(75歳満期2倍型特別養老保険)に基づく死亡保険金をだ
まし取ろうと企て,真実は,被告人,A及びCがBを殺害していたのに,これを秘し,
あたかも,同人は,第三者に殺害されたかのように装い,同年10月14日午前10
時ころ,同郡乙町n番地oWにおいて,従業員Dに対し,上記保険契約に基づく保
険金の支払を請求する旨の保険金支払請求書等の書類を提出して800万円の死
亡保険金の支払を請求し,その旨同人らを誤信させ,上記死亡保険金の交付を受
けようとしたが,被告人,A及びCがBを殺害した容疑で逮捕されたことから,その
目的を遂げなかった
第3 Eが,亡夫の遺産相続問題に関し,義理の息子との間の話合いが進展しないこと
を悩んでいると聞き及ぶや,その交渉と解決を請け合うなどと持ち掛けて,金員を
だまし取ろうと企て,平成14年6月5日ころ,東京都戊q丁目r番s号E方において,
同人に対し,真実は,遺産相続問題の交渉も解決も行う意思はなく,預り金につい
ても全て自己の用途に費消する意図であり,その返却をする意思も能力もないの
にこれあるように装い,「俺がきちんと話をつけてやる。要望は全部叶うように交渉
して話をつけるよ。でも,財産を持っていると遺産分割では不利で,逆に借金があ
った方がいいくらいなんだ。お金があったら全部俺に預けてよ。話をつけるのに3
か月くらいかかるから,その間,財産は全部俺に預けてくれ。もちろん相手との話
をつけたらそのまま返すから。株は金に換えて,俺に預けてくれ。他にもあったら,
全部俺に預けて,何もない状態にしてくれ。俺を信用して預けてくれ。」などと嘘を
言い,その旨同人を誤信させ,よって,同月14日及び同月20日,同人に,前後4
回にわたり,東京都戊t丁目u番v号株式会社○○銀行××支店から東京都調布
市w丁目x番y号株式会社△△銀行□□支店の被告人名義の普通預金口座に,
合計2000万円を振込入金させるとともに,同月22日,山梨県中巨摩郡α町z番
地a’b’c’号室において,同人から,現金1430万円の交付を受け,もって,人を欺
いて財物を交付させた
第4 会社設立資金名下にFから金員をだまし取ろうと企て,平成15年3月20日ころ,
熊本県球磨郡d’番地e’当時の被告人方において,Fに対し,真実は会社設立の
意思がないのにこれあるように装い,「有限会社を作るには,300万円が必要だ。
それを銀行の口座に入れなければ駄目だ。300万円をどうにかして集めて,3月2
8日までに持ってこい。」などと嘘を言い,その旨同人を誤信させ,よって,同月28
日ころ,同所において,同人から現金300万円の交付を受け,もって,人を欺いて
財物の交付を受けた
ものである。
(事実認定の補足説明)
1 弁護人は,判示第1の事実について,被告人はAから土地売買の手付金の名目で4
50万円を受け取ったことはない,第2の1及び2の事実について,A及びCとの共謀
の事実及び実行行為を争い,第4の事実について,被告人はFから借金返済の名目
で300万円を受け取ったことはあるが,事業設立資金名目で300万円を受け取った
ことはないとして,欺罔行為及び欺罔行為に基づく金員の授受を争い,判示第3の事
実については,2000万円の限度では詐欺罪の成立を認めるが1430万円の授受に
ついては争う旨主張し,被告人もこれに沿う供述をするので,この点について検討す
る。
2 判示第1並びに第2の1及び2の事実について
(1) 関係各証拠によれば,まず次の事実を認定できる。
被告人は,判示のとおり,温泉の旅館に宿泊した際,そこで働いていたCと知り
合い,その後,CからBへの仕事の紹介を依頼されるようになり,CからBを紹介さ
れた。また,平成15年7月ころには,CからAを紹介された。被告人は,Aに対して
老犬ハウス事業の話を持ちかけ,A,B及びCは,最終的には被告人の話に賛成し
た。また,被告人は,Aらに対し,九州での老犬ハウス事業についての話や,犬を
預かる際に1頭につき50万円の入園料を得ること,ペットショップを通じて犬を預
かることなどの話をしたこともあった。また,設備資金として8500万円が必要であ
るという話も出た。被告人は,この老犬ハウス事業に関連して,Aとの間で,事業資
金8500万円の1割である850万円を被告人に支払うこと,着手時にはその半額
の425万円を支払うこと,車を1台被告人に貸すことなどを内容とするアドバイザ
ー契約を締結した。また,被告人は,同じく老犬ハウス事業との関連で,Aとの間
で,被告人の内妻が所有する神奈川県の土地をAに売却するという内容の書類を
作成した。老犬ハウス事業の話は,平成16年1月9日に被告人の一方的な申し出
により中止になった。同年8月上旬から9月上旬にかけて,Bを被保険者,Cを受取
人とする合計8800万円の生命保険契約及び簡易保険契約が締結された。同年9
月30日に被告人はA及びBと会い,Bに対して暴力を振るった。また,被告人は,
翌10月1日の夜にもA及びBとbで会った。被告人と別れる際に,Bは負傷してお
り,Bは,帰宅後の同月2日に死亡した。B死亡の数日後,CはAと簡易保険の請
求をした。
(2)ア A供述
Aは,当公判廷において,概要以下のとおり供述する。
被告人とは,平成15年7月下旬ころ,母親のCの紹介で,仏壇清掃業の客として,
初めて会った。Cからは,被告人について,当時,Cが勤めていた温泉旅館に泊まり
客として来ていたこと,大工関係の社長をしており,Bの仕事の世話をしてくれる面倒
見のいい人で,金回りもよい人と聞いていた。初めて被告人に会ったとき,被告人か
ら,うちの仏壇はたばこのヤニで汚れているから,清掃してもらいたいと頼まれた。そ
のときは仕事を受注するまでには至らず,その後,電話で受注できるかを被告人に確
認したが,被告人から,まだ先になると言われ,仏壇清掃の話はそれ以上進まなかっ
た。同年8月初旬ころ,被告人から突然老犬ハウス事業の話を持ちかけられた。被告
人は,私がしていた仏壇清掃業はもうからないことや将来性もないと言った。私ももっ
ともだと思っていたところ,被告人から,「自分は九州で年老いた犬を預かる老犬ハウ
スをやって成功させてきている。今度は青森でもやろうとしている。1匹あたり入園料
として50万円をもらって,あとは月々の飼育料をもらう。九州では300から400頭を
預かっている。その犬をペットショップを通じて預かる。ペットショップには仲介料として
5万円を支払う。こういう老犬ハウスは,川のある広い土地でやるのが適している。も
う既に乙のスキー場近くに田んぼを買ってある。会社設立資金は8500万円かかる
けれど,このお金はもう既に準備してある。本当は東京の人がやる予定なんだけれど
も,息子さんの方でやるんだったらやってもいいよ。」などという話をされた。被告人の
話を聞いて,仏壇清掃より儲かり,生活も裕福になるし,親孝行もできると思って,老
犬ハウス事業をやりたいと思った。被告人には,妻と相談するため,「少し考えさせて
下さい。」と言った。同月下旬ころ,私は老犬ハウス事業の話を引き受け,仏壇清掃
業はやめることとした。同月29日,会社設立依頼兼受注書を青森市内の喫茶店で被
告人と取り交わした。この会社設立依頼兼受注書は被告人が準備した。その書面に
は,私が被告人に依頼金として850万円を渡す内容が記載されていたが,被告人
は,「850万円は老犬ハウスを経営してから支払ってくれればいい」と言った。また,
この書面を取り交わしたときに初めて,自分が被告人に車を貸すということを知り,老
犬ハウス事業は自分の事業でもあるし,被告人は自分のためにコンサルタントとして
動いてくれることから,書面を取り交わした後すぐに販売店で車1台を360万円で購
入し,被告人に貸した。これに加えて,その後,自分は会社の屋号や役員も考えた。
被告人からは,九州の老犬ハウスの様子をパソコンで見せられたり,乙町などにある
老犬ハウスの建設予定地に案内されたり,パンフレットを作ってもらったりした。老犬
ハウスの会社名は,有限会社「Z」と決めた。被告人からは,会社の規約を作成する
上での参考にするようにと別の会社の規約を渡されたり,「Z」の事業計画書の書式を
渡されたりした。事業計画書中の資産割には,450万円をだまし取られたときに使わ
れた神奈川県の土地と同じ地名の土地が記載されていた。私は,被告人の話などか
ら,老犬ハウス事業が確実に進んでいると思っており,自分自身も,老犬ハウス事業
の経営について,主な収入や支出の見込みを考えるなどしていた。こうした中,同年
8月下旬ころ,私は,被告人がCに売った旧百円札の代金として165万円を被告人に
渡したが,この金は自分では用意できなかったので,弟のGに借りることとし,自分名
義の青森銀行○支店の口座に165万円を振り込んでもらった。老犬ハウス事業を引
き受ける前後ころ,被告人から「会社の社長としてやっていくんだったら財産が必要
だ。財産を持っていれば銀行に信用が付く。財産を持っていれば,会社が傾いて倒産
したときにはその財産を売れば借金しなくて済む。」と言われた。そのときは,自分に
お金もなかったし,土地などを持てるとは思わなかったが,同年9月上旬ころ,被告人
から再度財産を持つといいという話をされ,同時に,「実は,うちのかみさん名義で神
奈川に土地を持っている。」と言われて,その土地の登記簿謄本,権利書及び図面を
見せられた。それらの書類を見ている間に,被告人は,「神奈川に土地を持っている
と言えば,ほかの社長と付き合いをしたときに格好はつくでしょう。保険として持ってい
れば,いざ会社が傾いて倒産したときには,それを売ればいい。」と言った。書類を見
終わったころ,被告人から,「神奈川の土地は,路線価格で1億2000万円するけれ
ども,息子さんになら特別に4500万円で譲ってもいい。もし購入するんだったら,45
00万円の1割,450万円を手付金として集めればいい。」と言われた。私は,路線価
格の意味がよく分からなかったので,被告人に聞いたところ,路線価格とは国が定め
た最低の値段で,これ以上下がることのない値段であると言われた。これらの話を聞
いて,土地が必要であるとの被告人の説明はもっともであると思ったこと,路線価格
の半値以下というのは超破格と思ったこと,450万円なら何とか頑張れば集められる
と思ったことから,当該土地を購入することにした。そして,青森銀行のカードローンと
○×青森支店でお金を借りて,同月27日にj公園の駐車場で70万円を被告人に渡し
た。同月30日ころ,土地売買についての覚書を被告人と取り交わした。残額の380
万円については,弟の雅之から借りて,同年10月22日に当時の自宅で被告人に渡
した。合計450万円を渡した後,被告人から土地の登記をしたと聞いたので,それま
での話のとおり,自分と妻と両親の名前で登記されたと思っていた。同年12月に入っ
てから,この土地売買に関連して,被告人との間で借用書1通と念書1通を取り交わ
した。同月下旬ころ,資材関係など被告人が立て替えたお金を一旦精算してほしいの
で,神奈川の土地を売却しようという話を持ちかけられた。被告人から税金をいくらに
するのか聞かれ,2000万円と答えたところ,司法書士にその金額を前提にして計算
してもらうことになった。平成16年1月9日に土地売買に関する税金の額を決めるた
めに被告人に電話をしなければならなかったが,友人が来ていたことや億単位の話
であったことから,後でゆっくり被告人に電話をしようと思っていたところ,被告人から
同日午後11時ころに電話が来て,「司法書士が怒って帰った。あなたとはもうやって
いけない。」と老犬ハウス事業の話を断られた。翌10日の夕方には,被告人から,今
まで立て替えたお金である1億7300万円を返済するように言われた。自分は,被告
人のことを信用していて,まさか嘘の話をするなどと思っていなかったこと,借りたお
金は返さないといけないと思ったこと,会社設立資金,土地代金残額,土地に関する
司法書士料,造成費等からそのぐらいの金額になるものだと思ったこと,被告人が実
際に立て替えてくれたと思ったことから,1億7300万円は被告人に返さなければなら
ないと思った。そこで,この1億7300万円の借金について,被告人と念書を交わし
た。その後,被告人は,この借金について疑問を持った妻と自分を離婚させたり,B,
Cと自分を家から追い出したりした。1億7300万円の返済期限は,同年3月31日で
あったが,その後,再び念書を書いて5月末日に期限を延ばしてもらった。友人らから
お金を借りて返済しようとしたが,まとまった金額にはならなかったので,被告人から
言われるまま,神奈川の土地を売却して,その代金で返済しようとした。被告人から
は,土地を売却するためには8000万円が必要であると言われた。被告人は,その
お金を,知り合いの社長に頼んで用意すると言っていた。私は,その社長の接待費と
してお金を要求されるなどした。また,被告人の内妻にもお金を立て替えてもらってい
たので,そのお礼ということで,神奈川の土地の売却代金から被告人に借金を返済し
た残額で,五所川原の土地をプレゼントするように被告人から言われ,それを承諾し
た。被告人によれば,神奈川の土地は2億4000万円で売れるとのことだった。神奈
川の土地売却の話は,自分が印紙代36万円を用意できなかったことから,平成16
年5月のゴールデンウィーク明けに駄目になり,1億7300万円の借金返済だけが残
った。私は,被告人のことを信じていたし,借りたお金は返さないといけないと思って
いた上,被告人からどんな手段を使ってでも回収してやるということを言われており,
それまでの経緯から,被告人には逆らえないし自分の方が悪いと思っていたので,被
告人からは逃げられないと思い,借金を返さずに済む方法を誰かに相談することはし
なかった。自分は,被告人への借金返済のために,色々な手段でお金を工面してい
たが,貸金業者からの工面もできず,知り合いやGから借りることもできなくなってしま
った。同年5月終わりころから6月初めころ,被告人が新築した家のお金を自分が準
備できなかったことから,被告人から借金はどう返すのかと聞かれ,死んで返すと答
えた。被告人は,順番を聞いてきたので,「自分から死んで返します。」と答えたとこ
ろ,「じゃ,誰があと責任持って返すの。」と言われた。自分の借金を他の人に押しつ
けたくなかったので,一番最初に死ぬ人を父親のBに決めた。B以降の順番は,母親
のC,弟のH,妹のI,最後に自分とした。被告人から実家に電話をするように言われ
たので,Bに電話をして,「借金,死んで返すことになった。まず,おやじからだ。あと
はみんなに伝えて。」と言った。被告人からは,「ただ死んでも駄目だ。会社の労災を
使うとか,車にぶつかるとか,金になるように死ね。」と言われたので,「おやじに車に
ひかれて死んでもらいます。」と言った。これで交通事故に見せ掛けてBを殺し,車の
保険を手に入れるという計画ができた。Cにもその話をした。この話が決まってから,
Bを交通事故に見せ掛けて殺すため,被告人の指示で信号機のない横断歩道にBを
立たせ,車に飛び込ませようとしたが,Bは飛び込むことができなかった。被告人に,
Bが車に飛び込むことができなかった旨報告したところ,被告人はBに暴力を振るっ
た。被告人は,Bに殴るなどの暴力を振るった他,ナイフで脅したこともあった。それで
もBは飛び込むことができず,車と接触事故を起こして軽い怪我をした程度だったの
で,被告人は,暴力を振るったり脅したりするほか,「父さん,頼むから犠牲になってく
んないか。」などと言って,Bに死ぬことを要求し,嫌がるBを説得し続けた。同年7月
下旬ころ,被告人から「車の保険だといくら見積もっても2500万円にしかならない。
足りない分は生命保険でカバーしろ。息子さんの方で生命保険の人に知り合いいな
いか。」と言われたので,「明日,朝一で保険屋に電話します。」と答えて,被告人への
借金返済のために,Bに生命保険をかけて殺すという計画に乗った。この計画は,自
分がCに伝え,Cもこれを了承した。被告人からは,死亡保険金額1億3000万円を
目処に生命保険に入るように言われた。そこで,5社との間で生命保険契約の交渉を
したところ,同年7月下旬ころから9月上旬ころの間に,○△生命に5000万円,□×
生命に3000万円,Wの簡易保険に800万円の合計8800万円の生命保険契約を
することができた。なお,生命保険契約の交渉の場に被告人がいたこともあったし,
Wの保険については,被告人の指示で加入し,契約できたことを直後に自分から被
告人に伝えた。Bに生命保険をかけた後,被告人から,秋田県に行き,仏壇清掃の
営業を装ってBを事故死に見せかけるように指示された。そこで,被告人の指示どお
りに秋田県に行ったが,Bは車に飛び込むことができず,そのことを被告人に報告し
た。同年9月30日の夜も,Bを交通事故に見せかけて殺すために秋田県に連れて行
ったが,やはりBは車に飛び込むことができなかったので,Bは被告人から暴行を受
けた。翌10月1日も同様にBを秋田県内に連れて行き,Bを信号機のない横断歩道
に立たせ,車に飛び込ませようとしたが成功せず,被告人の指示でjに行った。被告
人は同日午後7時40分ころやってきて,自分には被告人の車の助手席に乗っている
ように指示し,Bは車から降りた。被告人は,車の運転席後ろの座席の足元から鉄パ
イプ様のものを取り出した。被告人が鉄パイプ様のものを取り出したことは,取り出す
ときのシャーッという音と車の車内灯から分かった。その後,ドスッ,ドスッという殴る
音や,Bのうめき声が聞こえたこと,被告人に促されて車から降りたときにBのひじの
辺りのワイシャツが血でにじんでいたことから,被告人がBのことを鉄パイプ様のもの
で多数回,かなり強い力で殴ったことが分かった。被告人のBに対する殴打は,1時
間くらい続いたと思う。その後,Bに近付いて,立てるかと声をかけたが,被告人から
は,Bは死にたくない,家族はどうなってもいいと思っているんだということを言われ,
さらに,Bのことを心配しなくていいし,かわいそうだと思わなくていいと言われた。B
が家族のことをどうなってもいいと思っていると聞いて,むっとしたので,Bが車に乗る
のを助けることはしなかった。Bは,四つんばいではっていって,1人で車に乗り込ん
だが,その様子を見て,立って歩けないほどひどくやられたんだと思った。帰宅途中,
五所川原のコンビニエンスストアに寄ったが,そこで,Bの呼吸が早く,顔色も悪く,脂
汗をかいていたことから,家に運ぶまでの間に死ぬかもしれないと思ったが,病院に
連れて行こうとは思わなかった。家に帰って少しすると,Bは,Cに救急車を呼ぶよう
に頼んだ。Cは,自分に,救急車を呼んでいいか被告人に聞くよう言ってきた。Bに確
かめると,「救急車,救急車」と言っており,被告人に黙って救急車を呼ぶと何をされ
るか分からなかったので,このままBが死んでもいいと思ってはいたし,被告人が救
急車を呼ぶことを了承しないとも思っていたが,Cに頼まれたこともあり,形だけでもと
思って自分の携帯電話から被告人に電話をして,「おやじ,救急車を呼んでほしいと
言っているけど,どうしたらいいですか。」と聞いた。被告人にBの容体を聞かれたの
で答えたところ,被告人から「演技じゃないの,もう1回確認してきて。」と言われたの
で,電話を切って,Bの様子を見に行った。Bは,呼吸も早く,顔も黄色っぽくなってき
ていて,唇が白く乾いていたことから,演技ではなく本当に苦しんでいる,病院に連れ
て行けば助かるが,このままだと死んでしまうと思った。被告人に再び電話をして,B
の様子を伝え,演技じゃないと思うと言ったところ,被告人から,救急車を呼ぶことに
ついて「息子さん的にはどう思うの。」と聞かれたので,「呼んだ方がいいと思いま
す。」と答えたら,「警察に何て説明するの。入院費はどうするの。」と言われ,確かに
警察に説明がつかないし,入院費もなかったので,救急車は呼べないと思った。ま
た,被告人には,救急車を呼ぶ気はないとも思った。続いて,被告人から「どうせ死ぬ
んだったら,今死んだ方がいいんじゃない。」と言われた。その言葉を聞いて,Bをこ
のまま放置して,見殺しにするんだと思い,自分のBを見殺しにする気持ちがより強
固なものとなった。この電話の最中,携帯電話の電波状態が悪かったので,固定電
話から被告人の携帯電話に電話をしたこともあった。また,Cも被告人と電話で話して
おり,そのとき,Cは,被告人に対して,Bの手足が冷たくなってきたと言っていた。被
告人と何回か電話をしたが,その後,Bは,呼吸が段々と弱まっていって止まり,脈も
振れなくなったので,被告人に対してそのことも伝えた。すると,被告人は,今すぐ出
てくるようにと言ったので,外で待ち合わせをし,被告人,C及び自分の3人で,営業
先の秋田の帰りに駐車場で休んでいたら,Bが知らない誰かに殴られて,そのまま家
に連れて帰ったら,次の日に死んでいたことにするという口裏合わせをした。被告人
から,Cには聞かれたことだけに答えるようにと,自分には警察の対応を頑張ってと言
われ,同時に,当分の間電話しなくていいと言われた。Bを殺したのは保険金をだまし
取るためだったので,その計画に従って,CとXから800万円をだまし取ろうとした。B
を殺した後に被告人からそのことを直接指示されたわけではないが,Bの殺害前,秋
田で交通事故に見せ掛けてBを殺すように指示された前ころに,被告人から,時間が
ないから,B殺害後の死亡保険金請求の段取りを考えておくように言われていた。
イ C供述
Cは,当公判廷において,概要以下のとおり供述する。
温泉の旅館に勤めていたときに,客として来た被告人と知り合った。被告人は,B
の仕事の世話をしてくれ,その態度等から社長をしていると思っていた。また,被告人
は,Bの仕事の支度金としてお金をくれたこともあり,被告人のことを,親切で頼りが
いがある人だと思うのと同時に,お金を持っている人だと思い,信用していた。平成1
5年7月ころ,被告人を息子のAに,Aが当時やっていた仏壇清掃業の客として紹介し
た。ところが,被告人はAに仏壇清掃を頼むことはなく,同年8月ころから,老犬ハウ
ス事業の話をするようになった。被告人は,老犬ハウス事業とは,年いった犬を預か
る仕事であることと言っており,土地は準備してあると言っていた。また,被告人は,2
00頭の犬を預かり,1頭あたり40万から50万円のお金が入ってくるので,一生,家
族全員食べていけるようになるからと言っており,生活が苦しかったので,その話を聞
いて,老犬ハウス事業のことをいい話だと思った。会社の経営,資金,準備等につい
ては,すべて被告人がやってくれると思っていた。自分は,被告人に老犬ハウス事業
用の土地を見せてもらったこともあり,その土地をAに案内した。被告人の行動から,
老犬ハウス事業の話は進んでいると思っていた。その間に,被告人から,財産価値
のあるものということで百円札を165万円で買わされた。165万円ものお金は持って
いなかったので,息子の雅之から借りて,Aが被告人に支払った。この百円札は,被
告人が平成16年2月ころに持っていってしまった。また,被告人は,Aに,老犬ハウス
事業をやって倒産した場合,財産を持っていれば,その土地を売って借金を返済でき
るからということで,神奈川の土地の購入を勧めてきた。売買代金は4500万円であ
ったが,手付金として450万円を被告人に渡せばよいと言われ,Aは,Gから借りて4
50万円を被告人に支払った。そのほか,自分も事業で失敗したときのためと財産を
持っていた方がいいとのことから,被告人から土地を購入し,Aが被告人に手付けと
して代金の1割の150万円を支払ってくれ,自分は,同年12月ころに被告人と念書
を交わした。平成16年1月前半ころになると,老犬ハウス事業の話はなくなってしまっ
た。すると,被告人から1億7300万円ものお金を請求されるようになった。1億730
0万円の内訳は,土地代,看板,犬の柵,司法書士代などだと思い,被告人を信用し
ていたので,その借金が虚偽のものであることはあり得ないと思っていた。同年2月
になり,Aが被告人の指示で離婚し,自分も含めて家族が被告人によって一時期家
から追い出されたこともあり,被告人のことをとても怖いと思うようになった。また,被
告人からの1億7300万円の借金の取立ても厳しくなっていった。そして,同年6月こ
ろになると,被告人から,1億7300万円の借金について,Bが車に飛び込むという形
で犠牲になって死んでもらい,車の保険を手に入れて,それを被告人への返済に回
すという話があり,自分も了承した。そこで,Aが,Bを車に飛び込ませるために,いろ
んな場所に連れて行ったが,Bは車に飛び込んで死ぬことができなかったので,被告
人は,そのようなBに対し,釣り竿やバットを使うなどして,暴力を振るい,同時に,「お
まえは生きている価値ない。人間のくずだ。」と言ったりもした。そういう被告人を見
て,ますます怖い人だと思うようになり,被告人に逆らうことができないと思った。ま
た,Bは,被告人からそのような仕打ちを受けてもなお車に飛び込めずにいたので,
死にたくないと思っていたということは分かっていた。同年7月下旬ころになると,被告
人からAに対し,Bに生命保険をかけて殺すという話があり,それをAから聞いた。自
分も,被告人に1億7300万円の借金を返すために,その話を承諾した。そして,7月
下旬ころから9月上旬ころにかけて,○△生命,□×生命及びWの3社と,自分を受
取人として,合計8800万円の生命保険契約を締結した。なお,被告人は,生命保険
の契約に立ち会ったこともあった。その後,被告人の指示で,Aは秋田県の方にBを
連れて行き,死に場所を探すようになった。それでもBは自動車に飛び込めず,その
度に被告人はBに暴力を加えた。同年9月30日にも,AはBを秋田方面に連れて行
き,帰ってきたときにはBの顔の右の辺りが腫れていたり血が出ていたりした。同年1
0月1日にも,BはAと一緒に秋田方面に行ったが,やはり車に飛び込むことができ
ず,同日午後6時半ころ,Aからその旨電話連絡があり,被告人に会って帰るからと
言われたので,Bは被告人から相当ひどく殴られ,もしかしたら殺されてしまうかもし
れないと思ったが,被告人が怖かったことと借金返済のために,被告人のところに行
くことを止めることはしなかった。同日午後9時半ころにAから電話があったので,カッ
プラーメンとビールを買ってくるように頼んだ。同日午後11時ころにAとBは帰宅した
が,Bは自力で車から降りて歩くことができず,声をかけたが答えがなく,息も荒く,ワ
イシャツの肘の辺りが血だらけになっており,このまま放っておいたら死んでしまうと
思った。Bがなぜそんな怪我をしたか誰にも聞かなかったが,Bが車に飛び込めない
と被告人がいつも暴力を振るっていたので,このときもBにこのような怪我をさせたの
は被告人であると思った。救急車を呼べばBは助かると思ったが,被告人に借金を返
していなかったので,万が一Bが助かれば自分たちが何をされるか分からないと思
い,Bを見殺しにすることにした。気休めでもしてあげて,少しでも楽に死なせてあげ
たかったので,Bの傷口に消毒薬を塗ったり,ガーゼで包帯をしたり,足を冷やしたり
した。すると,Bから「救急車」と言われた。でも,Bが助かると自分たちが何をされる
か分からないし,保険金も入ってこないので,被告人に黙って救急車を呼ぶことはで
きなかった。被告人は救急車を呼んでいいとは言わないと思ったが,Aに頼んで,被
告人に救急車を呼んでいいか聞いてもらったところ,被告人と話したAから,「もう少し
様子を見ろ。」と言われたので,被告人は,保険金が入らなくなるので,Aに救急車を
呼ばなくていいと言ったと思った。そこで,自分も,被告人に借金を返すために救急車
を呼ばずにBを見殺しにすることにした。Aは,そのときの被告人との電話で,Bのあ
ばら骨が折れているかを見て被告人に報告をするなどしていたほか,Bの容体につ
いて,「息づかいが荒くなってきて,顔色が少し青くなってきた。」とも言っていた。そし
て,Bは死亡した。その後,Aは,Bの死亡を被告人に電話で伝えた。すると被告人か
ら呼び出され,Aと2人で待ち合わせ場所に向かった。被告人は,自分が起きる朝6
時30分ころに救急車を呼ぶこと,被告人に電話はしないし,当分会わないこと,警察
には秋田に行ってBは誰かに殴られて死亡したと言うことを言われ,被告人の指示ど
おりに行動することになった。被告人への1億7300万円の借金返済のため,Bを殺
した後,生命保険金の請求をするのは当然の予定だったので,自分がWに死亡保険
金800万円の請求をしたが,お金を受け取ることはできなかった。先にWの方から手
続をしたのは,被告人に早くお金を返すためには,生命保険会社よりもWの方が早い
のではないかと思ったからであった。
ウ A供述の信用性
(ア) A供述は,被告人と知り合った経緯,老犬ハウス事業の準備をするようにな
った経緯及びその準備状況,被告人から神奈川の土地を買うことになった
経緯,土地の手付金を含めて被告人に渡すお金の準備状況,B殺害を計画
するに至った経緯,Bが生命保険に加入するにいたった経緯,Bを自動車に
飛び込ませようとしたときの状況,被告人が平成16年10月1日にBを暴行
したときの状況,Bが瀕死の重傷を負って帰宅した後の状況,被告人との架
電状況,B死亡後の口裏合わせの状況,Wに保険金を請求した経緯等,全
体にわたり具体的かつ詳細で,生々しく,不自然,不合理な点はなく,一貫し
ていて,反対尋問でも揺るいだ様子はない。
(イ) A供述とほぼ符合するように録音テープ,覚書,借用書,念書,会社設立依
頼兼受注書などの客観的証拠が存在し,380万円についての銀行取引状
況,Bを被保険者とする保険契約の契約時期及び契約会社について,他の
証拠と概ね合致する。平成16年10月1日から2日にかけての被告人との
電話の架電状況についても,電話の通話履歴と概ね符合する。
(ウ) 老犬ハウス事業の計画書中の「資産割」には,被告人の内妻が所有してい
る神奈川の土地の周辺の土地が会社財産として記載されており,被告人と
Aとの間で被告人の内妻所有の土地について売買契約の話が出ていたこと
を合理的に推認させるものであって,このこととA供述は矛盾しない。
(エ) また,A供述は,同人がお金を借りたとするJの供述と,その内容がほぼ合
致し,本件全体について,C供述とも内容がほぼ合致する。
(オ) さらに,Aにおいて,被告人を引っ張り込むような事情は認められない。
(カ) 以上を総合すれば,A供述の信用性は高いと認められる。
エ C供述の信用性
(ア) C供述は,被告人と知り合った経緯,家族に被告人を紹介した状況,B殺害
に至る経緯,10月1日の夜にB及びAが帰宅した後の状況,B死亡後の口裏
合わせ及びWに生命保険支払を請求した状況等,全体にわたり,具体的かつ
詳細で,不自然,不合理な点も特に見られず,A供述ともほぼ合致している
(イ) さらに,A同様,Cが被告人を引っ張り込むような事情は認められない。
(ウ) 以上を総合すれば,C供述は信用性が高いと認められる。
(3)ア 弁護人は,まず,A供述の信用性について,①路線価格で1億2000万円の価
値があるという土地を4500万円で売却することについての合理的説明がな
く,また,A達のために事業資金として8500万円の金員を準備していたという
被告人が,土地の手付けとして代金の1割の450万円を受け取る必要につい
ての合理的説明もなされていないこと,②1億7300万円の借金の内訳,特に
事業資金8500万円と神奈川の土地売買代金4500万円について明確で合
理的な説明はなく,実際に1億7300万円の借金があったと言えるだけの証拠
はないこと,③Bに生命保険をかけることになった経緯についても,Bの年齢及
び収入状況から交通事故の保険金では被告人への借金返済には足りないこ
とは明らかであり,その保険金取得の話があって2か月も経ってから生命保険
の話が出たこと自体不自然であること,④交通事故の保険の話が出た経緯で
ある2億4000万円の土地売買の話が36万円の準備不足で壊れたということ
についても,合理的説明がされていないこと,⑤Aは,被告人から,平成16年
5月下旬又は6月初旬に初めて死ぬことを言われたと供述するが,これは,被
害者が同年2月18日に,借金返済のために死ぬことを強要されているとの相
談を警察にしたことに照らすと不自然であること,⑥被害者が警察に相談に行
ったことを前提としながら,その時期に立て続けに生命保険に加入させたこと
は不自然であること,⑦平成16年10月1日に,被告人が被害者に対して暴力
を振るい,殺害したことについての合理的説明はできていないこと,⑧Aによれ
ば,その際の暴行後,被告人から被害者を死に追いやる別の方法を考えると
言われたとのことであり,そうであれば暴行の態様として,殺意をもって長時間
にわたり,鉄パイプで殴打していたと考えることはできないこと,⑨⑦の暴行の
際に被害者は大怪我をしたとしながら,帰りにコンビニ等に寄って帰ったという
のは矛盾があること,⑩Aが供述する暴行の態様と被害者の怪我の程度は符
合しないこと,⑪Aは救急車を呼ぶか否かを被告人に相談したとするが,A供
述によれば,被告人は殺意を持って被害者に暴行を行ったのであるから,その
ような被告人が救急車を呼ぶことを承諾するはずがなく,そのような被告人に
救急車を呼ぶか否かを相談したというA供述には矛盾があること,⑫被告人に
は保険金を取得しなければならない理由はなく,被害者殺害の動機がないこ
と,⑬詐欺未遂の件について,共謀の時期,内容等について具体的な供述を
していないこと,⑭Aは,自己の刑責を軽くするために被告人を引っ張り込んだ
といえることから,信用性がないと主張する。
イ しかし,①については,被告人がAに説明すべき事柄であるところ,Aは被告
人からそのような話を持ちかけられた旨供述しているにすぎないのであるか
ら,これらの点についてAが合理的説明ができないからといって,A供述の信用
性に影響はないと言える。
②については,確かに,被告人に対する1億7300万円の借金の内訳につ
いてのAの認識は明確とは言い難いが,Aは被告人に1億7300万円の借金
を負っていると信じ込まされていたこと,内訳はともかく総額としてAが供述する
内容の借用書があることからすれば,借金の内訳がはっきりしないことをもっ
て,Aの供述の信用性が低下するとまでは言えない。
③については,被告人とAらの間で,当初は1億7300万円の借金を返済す
る話になっていたのが,Aが借金を返済できなかったことからBを殺害する話に
なり,Bの殺害方法として初めは自動車事故を考え,その後,Bを生命保険に
加入させることとなったのであり,自動車事故による保険金取得と生命保険加
入との間にある程度の期間があっても,特に不自然とまでは言えない。
④については,土地売買についても,Aは被告人主導の下,被告人を信じて
受け身で動いていたのであり,土地売買の話が壊れた点についてのA供述が
特に不合理であるとまでは言えない。
⑤については,「警察安全相談受理表」と題する書面によると,平成16年2
月18日に警察に相談に行ったのはAと認められる。警察のメモには,「同様の
相談」とあるが,その記載自体からは,Bが殺されることに関するものとも,被
告人から多額の金銭を要求されていることに関するものともどちらとも取れる
上,むしろ,相談要旨に「飼い犬を引き取る事業を巡る借金のトラブルの相談」
と記載されていること及び書面の大半の記載が,ある人から多額の金銭を要
求されて払えずに困っているという内容であることからすれば,「同様の相談」
とは,多額の金銭の要求を受けていることであると解するのが合理的である。
⑥については,警察への相談は,Bが被告人に相談なく勝手に行ったもので
あり,逆に,Bがそのような行動をとり,なかなか自動車にも飛び込まなかった
ことから,生命保険の加入へと話が進んでいったとも考えられ,特に不自然と
までは言えない。
⑦及び⑧については,判示のとおり,被告人がこの時点でBを殺害しようと
して暴行したと認定するものではないから,弁護人の主張は当たらない。
⑨については,Bはかろうじてではあるが自力で車に乗り込んだこと,A自
身,この時点ではBについてどうなってもいいと思っていたことからすれば,帰
宅途中にコンビニエンスストアに寄ったことが矛盾であるとまでは言えない。
⑩については,Bは,10月1日に受けた暴行により四肢多発打撲傷を負っ
ていたのであり,その怪我が原因で死亡するに至っているのであるから,Aが
供述する暴行の態様とBの怪我の態様が符合しないとは言えない。
⑪については,Aは,Cに言われたことや,Bも救急車と言っていたこと,被
告人に黙って救急車を呼ぶと何をされるか分からなかったので,形だけでもと
思い被告人に相談したに過ぎないのであるから,矛盾があるとまでは言えな
い。
⑫については,被告人は,A一家からお金を巻き上げるために1億7300万
円の借金があると信じ込ませ,その返済のために保険金殺人を計画したもの
であるから,被告人は,保険金取得の理由及びB殺害の動機のいずれも有し
ていたと認められる。
⑬については,Aは,被告人がAに平成16年7月下旬ころ,Bに生命保険を
掛けて殺すことを持ちかけ,A及びCがこれを了承し,被告人から1億3000万
円を目処に生命保険に入るように言われ,その後同年7月下旬ころから9月上
旬ころの間に合計8800万円の生命保険を契約したこと,B殺害後,計画に従
ってWで生命保険金をだまし取ろうとした旨供述しているのであって,保険金詐
取についての共謀成立の時期及び内容が曖昧とは言えない。
⑭については,Aらが,自己の刑責を軽くするために被告人に主犯としての
責任を負わせたという事情は,本件全証拠をもってしても認められない。
ウ また,弁護人は,C供述の信用性について,同人が道義的責任を軽くし
たいとの思いから被告人を本件犯行に引っ張り込んだと考えることもでき,Cに
対する判決が宣告されたからといって,そのことから直ちに同人の供述が信用
できることにはならないと主張する。
しかし,Aが被害者となっている詐欺事件については,これを被告人が敢行
したからといって,Cの社会的非難に影響するとは言えず,この詐欺事件も含
めた一連の事件について,同人がその道義的責任を軽くするために関係ない
第三者を巻き込むということは考えにくい。そして,このほかに,Cが被告人を
引っ張り込んだことを認めるに足りる証拠はない。
(4)ア 以上に対し,被告人は,当公判廷において,概要以下のとおり供述する。
平成11年ころに温泉に宿泊客として行ったときに,そこで働いていたCと知
り合った。Bの仕事を紹介してくれと頼まれてCの自宅に行き,Cからお金を貸
してほしいと言われたので,30万円を貸した。平成12年にも浜名温泉に行
き,Cと挨拶程度はしたが,それ以外に,Bの仕事の状況について確認はしな
かった。平成13年か14年には,Bの仕事の話を聞き,職安では年齢的に仕事
を見つけるのが難しいとのことであり,依然としてBは定職に就いていなかった
ので,丸太の皮はぎの仕事をBに紹介して,17日分の給料として34万円をB
に渡した。しかし,結局,Bには17日間は働かずにやめてもらった。平成15年
6月ころ,CからAに仕事を紹介してくれと頼まれ,A宅やC宅の近辺でどこかに
就職するのは難しいと思い,自分で事業をした方がいいと思って老犬ハウスの
話をCとAにした。Aに初めて会ったのはそのときであるが,その際に,Aが仏
壇清掃業をやっているとか,自分がAに仏壇のクリーニングを頼むという話は
出なかった。ただ,Aから仏壇のちらしのようなものは見せてもらった。同年8月
ころには,Aとかなりの回数会ったが,自分が九州で老犬ハウス事業をやろうと
思ったという話をしたものの,その事業が成功しているとか,だから今度青森で
やろうと思っているということは話していない。最初に犬を預かるときに1頭につ
き50万円くらい受け取り,犬はペットショップを通じて預かればいいんじゃない
かという話はした。これらは,九州でやろうと思ったときに考えた内容であった。
Aから設備を造るのにいくらぐらい必要か聞かれたので,6000万円くらいじゃ
ないかと答えた。すると,Aから運転資金として8500万円くらいあれば安心だ
ということを言われた。この段階で,Aとの間では,ある程度どういう施設を造る
のかということについての話があった。この8500万円は,Aが用意するという
話であった。自分は6000万円くらいあればいいと思っていたが,いずれにして
も,Aは兄弟も多いし,ローンを組んでこれらのお金を用意するのかなと思って
いた。この老犬ハウス事業に関して,Aとの間でアドバイザー契約のようなもの
を締結した。その内容は,事業資金8500万円の1割である850万円を開業し
たときに自分がもらうこと,着手するときに850万円の半分の425万円を自分
に渡すこと,1年以内に犬の施設を開業できるようにすること,車を1台自分に
貸すことであった。この425万円から,パソコン等のOA機器を準備することに
なっており,実際にパソコンを3台買った。もっとも,パソコン等が予定より安く
準備できたので,425万円ではなく400万円を,同年10月末ころにAから受け
取った。これ以外に,70万円,380万円というお金をAから受け取ったことは
ない。また,内妻が所有している土地について,Aに売買するという内容の契
約書を作り,手付けとして450万円を受け取ったという内容の覚書は作った。
この覚書は,Aの妻や自分の内妻を説得するために作成したものである。自分
は,内妻を説得するために,Aがお金を用意してからでは遅いので,この覚書
を作ったが,これを内妻に見せると,そこに自分が受領したと記載されている4
50万円はどうしたのかと内妻に聞かれるので,見せなかった。また,Aは,この
覚書を作成する前に会社設立資金と土地代の合計1億円以上を友達に借りに
行ったが,そのことはAの妻も知っていた。「Z」の資産割表に神奈川の土地の
付近の土地が記載されているが,それについては特段注意を払っていなかっ
たので,よく分からない。神奈川の土地の所有権がAに移転したということはな
いし,そのような話もしていない。また,覚書に記載されている450万円のお金
は,実際には受け取っていない。Cに百円札の束を売ったことはないし,そのこ
とでAから165万円を受け取ったこともない。その後,老犬ハウス事業は,話の
中では進んでいった。自分はホームページを作った。しかし,平成16年1月こ
ろ,そのホームページを実際に開設するために,Aに確認をしてもらうために外
で待ち合わせをしたにもかかわらず,3時間待ってもAが来なかったので,ホー
ムページを開設することはやめ,老犬ハウス事業自体についても一緒にやって
いくのを断った。そして,Aに対して,A一家に今まで渡していたお金を全部返し
てほしいと話した。その金額は,Aと2人で話して600万円ということになった。
そして,そのお金は,自分がAの仏壇清掃業を手伝い,手間賃等を払ってもら
うことで話が進んだ。同年2月か3月ころ,Bを働かせるために借金があること
にして,Bに仏壇清掃業をするように話をすることになった。また,同年2月ころ
に,Aが,生活が苦しくて家賃を払えないので実家に入って1人で働いて借金を
返したいと言ったので,自分は,Aの妻に借金を返すまで離婚したらどうかと話
し,2人は離婚した。車内の録音テープに1億7300万円の借金のことを録音
したが,これは,Aの兄弟に聞かせて,説明の手間を省くためだった。1億730
0万円の借用書は,実際にそのような借金がAにあったわけではなく,Bを働か
せるために作成したものである。Aは,1億7300万円の借金が真実は存在し
ないことを知っているので,Aとの間でその返済のために死んで返すなどの話
はしていないし,Bに交通事故で死ぬように話をしたこともない。Aは,Bが車に
ひかれて入った保険金で飯を食っていくかという話をしていたが,自分は,1億
7300万円の借金を返済するためにBに死ねという話はしていない。Bに生命
保険をかけるという話が出たことは知っているが,自分から話をしたものではな
く,自分は,頼まれて医者を紹介したり,保険会社をAに紹介しただけであり,
しかも,その保険会社とは結局のところ,契約できなかった。Aは,Bが思った
ように働いてくれなかったことから,Bと喧嘩をすることがあり,同年9月30日
も,仏壇清掃業の調子を聞いたところ,AがBに焼きを入れたということを話し
たので,夜9時30分過ぎにjで会うことにした。自分が待ち合わせ場所に行った
ときには,AとBはつかみ合いのけんかをしており,自分が止めに入ったものの
Bがなかなかやめなかったので,Bの顔をたたき,膝蹴りもした。10月1日の午
後2時ころにAと電話で連絡をとり,仕事の塩梅を聞いたら,AからBと前日の
ような喧嘩になっていると言われたので,夜8時過ぎにjで待ち合わせをした。
そこでは,Bに前日の暴行を謝り,翌日また秋田の方に仕事に行くのかを聞く
などして,5分か10分くらい話した。自分は車に鉄パイプ様のものを積んでは
いないし,そのときにBに暴力を振るっていない。Bは,ちょっと痛そうにしてA
の車の助手席に乗ったが,深刻には見えなかった。同日午後11時半くらいに
Aから,Bが具合悪そうなんだけどという電話が来たので,救急車を呼んだらと
言った。すると,Aからまた電話が来て,乙まで来てくれないかと言われたの
で,病院に行く足代わりかと思いながら出かけ,途中で何回かAと電話をしてB
の容体を聞かされ,大丈夫そうだったので途中から帰ろうかと思ったが,Aに言
われてaaの駅に行った。そこでBについての口裏合わせはしていない。AとC
がWに保険金の請求をしたことは知らない。
イ(ア) 被告人は,内妻所有の神奈川の土地売買に関する覚書を作成した理由に
ついて,Aの妻及び被告人の内妻を説得するためとしながら,Aの妻は覚書作
成前から売買代金の金策に同行するなどして土地売買の話を了知しており,
また,被告人の内妻に対してAが手付金を準備する前に覚書を見せていない
理由については,内妻に見せれば,覚書に記載されている,被告人がAから受
領したことになっている450万円を追求されるから見せられなかったと供述し
ており,被告人供述は矛盾しており,不自然である。
(イ) 被告人は,1億7300万円の借用書について,借金自体は架空のものであ
って,Bに勤労意欲を出させるために作成したにすぎないと供述しているが,そ
れ自体,不自然,不合理で荒唐無稽と言うほかない。
(ウ) また,被告人は,平成16年10月1日にjでA及びBに会った経緯につい
て,同日午後2時ころにはAとBが険悪な状態にあったから,2人をなだめるた
め,午後8時過ぎに会う約束をしたと供述しているが,不自然である。
ウ 以上を総合すれば,被告人の供述の信用性は低いと言える。
(5) 信用できるA供述及びC供述によれば,被告人は,Aに老犬ハウス事業の話を持
ちかけ,A及びその一家は被告人の話に乗ったこと,被告人は,Aに老犬ハウス
事業の関連で,神奈川の内妻所有の土地を売る話をしたこと,Aがその土地売買
の手付金として,2回に分けて合計450万円を被告人に渡したこと,老犬ハウス
事業の話は平成16年1月9日ころ,被告人の一方的な申し出により中止になり,
その後間もなく,被告人は,A及びその一家に対して1億7300万円の借金の返
済を迫るようになったこと,Aが借金の返済に窮するや,Bを自動車事故に見せか
けて殺害し,自動車保険から保険金をだまし取る話を持ちかけ,Aがこれを了承
し,Cに伝えて了承させたこと,主としてAがBを連れ回し,Bを自動車に飛び込ま
せて自動車事故に見せかけて殺害しようとしたが成功しなかったこと,その間に,
被告人が主導して,自動車保険のみではなく生命保険金も手に入れるべくBに合
計8800万円もの生命保険をかけさせたこと,その後も主としてAがBを連れ回し
てBが自動車に飛び込む場所を探していたが,やはりBは飛び込めなかったこ
と,なかなか自動車に飛び込まないBに業を煮やした被告人は,複数回に渡り,
Bに暴力を振るっていたこと,平成16年10月1日にも,同様の理由から,被告人
が,Bに対して,約1時間にわたり,鉄パイプ様のもので同人の全身を強く殴打し
たこと,被告人,A及びCの3人は,Aと自宅に戻ったBを放置して殺害したこと,
その後,A及びCは,Wに対して被告人との計画どおり,生命保険金を請求したこ
とを認めることができる。
これらの事実に,被告人自身が,Aから平成15年10月末に400万円を受け
取ったと供述しており,その時期がAに対する詐欺が行われた時期とほぼ合致し
ていること,神奈川の土地の所有権登記がAらに移転した事実は存在しないこ
と,Bは医師の治療を受ければほぼ間違いなく命が助かったことを併せ考慮すれ
ば,被告人は,神奈川の内妻所有の土地をAらに売却する意思がなかったにも
かかわらず,あるように装って,その手付金名下にAから合計450万円をだまし
取り,A及びCとBの保険金殺人を共謀し,被告人の暴行によって重傷を負ったB
を放置して殺害した上,Wに対して生命保険金を請求したが未遂に終わったこと
を認めることができ,被告人について,Aに対する詐欺,Bの殺人及び当時の日
本郵政公社への詐欺未遂の犯人性を認めることができる。
3 判示第3の事実について
(1) 関係各証拠によれば,まず次の事実を認定できる。
被告人は,大工仕事を通じて知り合ったKを通じてEと知り合った。被告人は,
Eの別荘に遊びに行ったり,ゴルフを一緒にするなどの付き合いをするようにな
り,互いにお金の貸し借りをしたこともあった。被告人は,平成14年の春に,Eが
夫の相続問題で夫の前妻の息子と話し合いがつかず悩んでいることを知った。そ
こで,被告人がEのために話をつけることになり,話し合いを有利に運ぶべくEの
財産をすべて被告人に預けることにし,Eは,所有していた株式の一部を現金化
して,2日に分けて合計2000万円をE名義の銀行口座から被告人名義の銀行
口座に振り込んだ。そして,同時にE自身が自宅を出て賃貸マンションに行くこと
になっており,被告人は,山梨県α町の賃貸マンションを借りて,Eを連れて行っ
た。
(2)ア E供述
Eに対する当裁判所の尋問調書によれば,Eは概要以下のとおり供述する。
平成14年4月上旬に,被告人に対して,相続問題でもめている話をしたとこ
ろ,前に取立てをしたことがあるので,困っているのなら解決をしてあげると言わ
れた。弁護士に頼んでいたが時間がかかっていたことや,自分の健康に不安が
あったことから,早く解決したいと思っていたので,被告人に依頼することにした。
同月下旬ころ,被告人にどうやって解決するか尋ねたところ,被告人から,「自分
だったら会社を継ぐけれど,ママは女性なのでお金もらった方がいいんじゃない」
と言われた。その後,被告人から,調査の結果,会社に4億円の借金があること
が分かったと言われ,驚きと不安を感じ,被告人に相続問題の解決を依頼した。
その際,自分の希望として,自宅と現金5000万円とマンションの家賃収入が欲
しいと言ったところ,被告人から,希望どおりにしてあげると言われた。また,被告
人は,話をつけるのに3か月くらいかかること,報酬は相手方からもらうこと,弁護
士は断ることを言われ,弁護士は断った。同年6月5日ころ,被告人は,「話を持
っていくのに,ママがある程度お金を持っているとまずいので,何にもない方が,
逆に借金がある方がいいんだけど。何もない方がいいから,僕が預かっておくか
ら。全部終わったら,預かったお金は返すから。株を売って,現金で預けて。話が
終わるまで3か月くらいかかるので,その間,自分の用意するアパートに身を隠し
てほしい。」などと言った。そこで,所有していた株式の一部を売却して約3500万
円の現金に換え,その中から銀行振込で2000万円,手渡しで1430万円を被告
人に渡した。銀行振込の方は,○○銀行××支店から被告人に指定された△△
銀行□□支店の被告人名義の口座に,890万円と1110万円の2回に分けて振
り込んだ。手渡しの方は,被告人が自分に身を隠すために用意してくれた山梨県
α町の賃貸アパートの部屋で,1470万円を渡したが,生活費がかかるだろうか
らと40万円を被告人が返してくれた。手渡しの際に1430万円の領収書が欲しい
と言ったが,「領収書を書く主義ではないので,ママが手帳かなんかに書いとい
て。」と言われたので,被告人が帰った後に手帳に書いた。なお,現金で手渡した
1430万円について,被告人は,交付時に,調査費用などで現金がいると言って
いた。
イ E供述の信用性
(ア) E供述は,被告人に相続問題の解決を依頼することになった経緯,そのこと
に関する被告人との会話内容,被告人にお金を渡すことになった経緯,34
30万円を渡す方法,賃貸アパートでの被告人との会話の内容,そこでの生
活状況,被告人と3430万円の返済について話したときの状況等について,
具体的かつ詳細で,不自然,不合理な点は特に見られない。
(イ) E供述は,銀行振込をした2000万円について,その時期,振込回数など,
銀行の取引履歴と合致する。
また,現金で手渡した1430万円について,手帳の記載内容と合致する。
(ウ) Eには,被告人を引っ張り込むような事情は,本件全証拠をもってしても認
めることができない。
(エ) 以上を総合すれば,E供述は信用性が高いと認められる。
(3)ア この点,弁護人は,E供述の信用性について,①Eの手帳の1470万円に関す
る記載は後から書き加えた疑いがあること,②2500万円のうち,1110万円
のみ送金を指示され,残りを現金で持ってくるように言われたかについて供述
が明確でないこと,③Kを庇うために被告人を引っ張り込んだ可能性があるこ
とから信用できないと主張する。
イ(ア) しかし,①については,1470万円を交付したとする内容が日付欄外に書
いてあることが認められるが,そのこと自体は特に不自然ではなく,その
ことから直ちに当該部分をEが後から書き加えたということにはならない。
仮に,弁護人の主張するように,Eが後から書いたとしても,そのことをも
って,Eが虚偽の事実を記載したとまで言うことはできない。
(イ) ②については,Eは,2000万円を超える分について,被告人に現金で交
付することの理由についても,被告人に1430万円を交付した際に聞い
ており,1430万円の交付に関する供述が明確ではないとまでは言えな
い。
(ウ) ③については,Kを庇うとしても,被告人とKのどちらが主犯かという程度
であり,被告人がその場に在席してEへの詐言を聞いていたこと,それに
基づいてEから現金を受け取ったことには変わりない。そして,被告人は,
2000万円についてはEから詐取したことを認めているのであり,Eが残
額の1430万円についてのみKを庇って被告人の責任にするということも
考えにくい。
(4)ア 以上に対し,被告人は,当公判廷において,概要以下のとおり供述する。
Eは,平成12年の秋ころに,大工の関係者であるKという人から紹介され
た。平成14年3月ころ,Kは,Eが相続問題で困っている,今度Eと会ったとき
は,Eに対して被告人にお金を預けろと言うから,話を合わせておけという話を
自分にした。KはEに対して,自分が大工の他に取立てみたいなことをやってい
るという話をしたので,自分はそれに話を合わせた。その後,Eから,お金も欲
しいし会社も欲しいと言われて,それは困ると言った。Kを含めて3人で会った
ときには,KからEに対して,相続の問題は弁護士に頼んでいてもしようがない
ので被告人に任せておけと言い,自分はそれに話を合わせた。自分から弁護
士を断るように言ったことはない。結局,Eとの間では,具体的な金額等ではな
く,できる範囲内で相続問題を解決するという話になった。Kは,Eに対して,財
産があると遺産分割で不利なので,財産がないようにするために,株も売却し
て現金に換え,相続解決まで財産を被告人に預けるように言い,自分は預か
ることを承諾した。また,Kは,Eに対しては,同人の弟がお金をせびりに来る
ので身を隠した方がいいと話し,被告人に対しては,Eの身を隠す場所を準備
するように言った。自分は,Eに対して,お金を預かる口座として△△銀行□□
支店の自分名義の口座を教えた。自分の方からEに対して振り込む金額を指
定したり,現金で持ってくるように指示したりしたことはない。Eからは,2回に分
けて,上記口座に合計2000万円が振り込まれた。この2000万円について
は,自分でもEを騙そうという気持ちがあり,騙しているという認識もあった。同
年6月20日,Eの隠れ場所として,βで,空いていた山梨県α町のアパートの
賃貸借を契約した。γ店で契約したことはない。Eをα町の賃貸アパートに連
れて行ったのは,同日の夜遅くだった。そのときにEから1470万円を受け取っ
てそのうち40万円をEに返したことはない。なお,公判廷において,当初2000
万円について振込で受領し,1430万円については送金してきたとしていたと
ころ,その後,1430万円については送金されてもいないと供述を変えたが,こ
れは,当初は全額について認めていいと思っていたので,そのように話した
が,その後,Eが何と言っているのか分からないのに全部認めることはできな
いと思って供述を変えたものである。捜査段階では,自分がEに財産を全部預
けろと言ったなどと供述していたが,これは,警察官も検察官も一生懸命捜査
してくれて感謝していたので,捜査官に合わせて供述したにすぎない。
イ 被告人は,第1回公判において,2000万円の受領について認めつつ欺罔の
意思を否認してEから費消してよいと言われたと弁解し,1430万円についても
受領したことを認めていたのに対し,第2回公判において,1430万円の交付,
送金の事実を否認し,第14回公判の被告人質問の際には,2000万円につ
いて詐欺罪の成立を認め,1430万円については受領を否認するに至ってい
る。このように,被告人の認否自体変遷しているところ,当初1430万円につい
ても受領を認めつつ後にこれを否認した理由について,被告人は,「当初は捜
査をしてくれた警察官,検察官に恩を感じ,認めていいと思っていたが,Eさん
が何て言っているかも分からないのに認めることはできないと思い直した。」と
述べているところ,この供述自体,不自然,不合理である。
また,被告人供述は,賃貸アパートの契約場所について,甲府であるという
客観的事実と合致しない。
したがって,被告人供述は全体として信用性が低いと認められる。
(5) 信用できるE供述によれば,被告人は,相続問題に困っていたEに対し,当該問
題を解決してあげるから,持っている財産をすべて自分に預けるようになどと嘘
の話をしたこと,Eは被告人の言葉を信じて2000万円を被告人名義の銀行口座
に振込送金したほか,1430万円を平成14年6月22日に山梨県α町のレオパ
レスで被告人に交付したことを認めることができる。
そうであれば,被告人は,Eを欺罔して3430万円をだまし取ったと認められ
る。
4 判示第4の事実について
(1) 関係各証拠によれば,まず次の事実を認定できる。
被告人は,平成12年の秋ころに建築現場でFと知り合い,大工をやっていた被
告人に平成13年1月からFが弟子入りした。Fは,同年6月ころに九州の実家に
帰ったが,その後もFが上京した機会に被告人と会うなどしており,両者の交友は
続いていた。平成14年11月,被告人は,家族と共に九州に引っ越し,Fが管理
をしていたキャンプ場に寝泊まりするなどしていたが,その後,Fの家の近くに家
を借りた。Fは,それ以前から,被告人に対して会社を設立したいと言っていたと
ころ,被告人からFの会社設立を手伝うために必要であると言われ,自分名義で
携帯電話2台と車1台を購入した。被告人は,上記借家の一室をFの会社の事務
所にすると言った。被告人とFとの間では,会社の業務内容として,イベント関係
の話が出ていたほか,老犬ハウス事業の話もあった。Fは,会社設立に向けて,
事業計画書を作成した。そのほか,定款も作成された。しかし,それ以外には会
社設立の準備は進展しなかった。Fは,平成15年3月28日,Lから300万円を借
りて,被告人に渡した。その後,被告人は,同年6月ころに九州からいなくなった。
(2)ア F供述
Fに対する当裁判所の尋問調書によれば,Fは,概要以下のとおり供述す
る。
被告人とは平成12年9月か10月ころに知り合い,平成13年1月中ごろか
ら大工をやっていた被告人の弟子になった。同年6月に九州に被告人からもら
った車で帰った。その後,被告人から車代として64万円を請求されたので支払
った。その後,東京で被告人と会ったときに,2台目の車をもらった。そのとき自
分が乗っていたオーパを被告人に売って欲しいと頼み,車を友人に持っていっ
てもらった。平成14年11月に被告人が家族で宮崎の方に引っ越してきた。同
年11月半ば過ぎころに,自分の車を中古販売業者に売却し,110万円が手
に入ったので,オーパのローン残額を返済してくれた被告人に渡した。同年12
月10日ころに被告人が家を借り,その家の一部を自分が作りたいと言ってい
た会社の事務所にすると言われた。自分は,被告人がそこまで自分のことを考
えてくれているのかと思った。ところが,その後約3か月の間,会社について具
体的な話は進んでいなかったので,被告人に「会社,どうなっているんですか」
と聞いた。被告人から,どういう仕事をしたいのか,大工関係の会社かと聞か
れ,それは無理だと思うと答え,被告人に,どういう仕事がいいと思うか尋ねた
ところ,被告人は,当時消費者金融会社のコマーシャルに出ていたチワワとい
う犬が流行っていたので,その流行が終わったときに老犬として出るから,それ
を取り扱うような会社をしたら,これから先伸びていくと言い,会社形態でやる
老犬ハウスの話をした。老犬ハウスというのは初めて聞いた言葉だった。老犬
ハウス以外には,自分から野外コンサートをするイベント関係の仕事を友達と
やりたいと言ったことはあった。平成15年3月初旬ころ,被告人から,関東と東
北地域のペットショップを取りまとめている社長が知り合いなので,その人と契
約すれば間違いないと言われた。そして,被告人から犬1頭当たりの金額,全
体の頭数などを言われて,それを基に事業計画を立てるように言われたので,
被告人の指示を仰ぎながら事業計画書を作っていった。定款については,屋
号,社員の口数等が空欄になっていて,そこを埋めただけであって,空欄にな
っていた一部の部分を除いては被告人がすべて作成したものであるから,定
款を作ったのは自分ではない。同月20日ころ,被告人から,有限会社を作る
ために300万円の出資金が必要なので,同月28日までに用意してこいと言わ
れた。自分は,その300万円を,当時付き合っていたLに借りて,同月28日に
被告人に渡した。このときは,Lと2人で被告人の借家に赴き,Lが被告人に30
0万円を渡した。被告人は,Lから自分が事業設備資金として300万円を借り
るという内容の書類を作成していた。同年6月の中ごろに被告人が九州から逃
げたときに,300万円をだまし取られたことに気付いた。
イ F供述の信用性
(ア) F供述は,被告人と知り合った経緯,九州で被告人と再会したときの状
況,被告人が部屋を借りたときの状況,会社を作ることについての被告
人とのやりとり,会社設立の準備状況,300万円を用意した時の状況,
300万円を被告人に交付した時の様子等,本件全体について,その供
述内容は具体的であり,特に不自然,不合理な点も見られない。
(イ) F供述は,借用証の「事業設備資金として」という文言と符合するほか,
300万円をFがLから借りることになったときの状況,その300万円を被
告人に渡したときの状況についてLの供述と内容が概ね合致しており,L
の銀行取引状況とも符合する。
(ウ) 以上を総合すれば,F供述の信用性は高いと認めることができる。
(3)ア この点について,弁護人は,①ある時期にFは被告人に対して少なくとも約22
4万円の債務を負っていたことは争いなく,それを被告人に返済したことについ
てF供述以外に客観的証拠はないから,この点についてのF供述は信用でき
ず,Fは,300万円を交付した時にも被告人に対して上記債務を負っていたと
考えるべきであること,②L供述及び借用書の「事業資金」との関係について
は,結局のところは事業資金として300万円を被告人から借りる予定であった
ことから合理的に説明できること,③Fは,被告人の行為によりLと別れること
になったため,被告人に恨みがあることから,F供述は信用できないと主張す
る。
イ(ア) ①については,被告人からの借金の返済に関する客観的裏付けがないこ
とをもって,直ちにF供述の信用性が失われるとまでは言えないが,仮に
Fが被告人に対して未返済の借金を負っていたとしても,本件は,被告人
が架空の事業資金名目で300万円をFからだまし取ったものであるから,
これが詐欺罪を構成することは明らかである。
(イ) ②については,当該借用書は,LとFとの間で交わされたものであるのだ
から,仮にFが被告人に借金を返済するための資金をLから借りたのであ
れば,そのように記載するのが自然であって,「事業資金」と記載すること
は,Lとの関係でやはり不合理である。Fが結局のところ被告人から事業
資金として300万円を借りる予定であったとしても,FがLから金銭を借り
た理由が被告人への借金返済のためであれば,事業資金のためとは異
なるのであるから,Fからの指摘やそのことについての会話があって然る
べきであるところ,そのようなことがあったと認めるに足りる証拠はない。
(ウ) ③については,前述のとおり,Fの供述は,その内容自体信用性が高いと
言うべきであり,Lと別れることになったため被告人を恨んでいる等,被告
人を引っ張り込んだことを窺わせる事情は本件全証拠をもってしても認め
られない。
(4)ア 以上に対し,被告人は,当公判廷において,概要以下のとおり供述する。
Fに初めて会ったのは,平成12年の秋ころだった。その後,Fは,給料は支
払わないという条件で住み込みの弟子になった。Fは,実際には半年もいなか
った。Fには,大工道具と車を買い与えた。Fに車代を請求したことはない。平
成14年7月か8月ころ,Fは,別の車を50万か60万円で購入したが,自分が
代金を立て替えた。Fは,当時やっていた仕事で収入があったときに支払うと言
っていた。Fは,その車を九州に運転して帰り,当時Fが九州で乗っていた車の
売却を依頼され,Fの友人が九州から東京に車を持ってきたが,その車は東京
では売れなかった。なお,この車については,自分が九州に持っていき,ローン
の一部を立て替えた。同年11月15日ころに九州に行き,平成15年6月まで
住んでいた。九州に着いて1週間経たないころに,Fから,会社をやりたいの
で,事業を手伝ってくれと言われた。そこで,手伝うなら携帯電話と車が必要な
ので,携帯電話2台と車をF名義で購入し,そのころから宮崎での住居を探し,
借家に住むことになった。その家には,Fも一緒に住むということで,実際に月
の半分くらいは一緒に住んでいた。Fは,ただ会社がほしいというだけで,何の
ためとか,どういう会社をやるという考えはなかった。借家の一室を事務室とし
て使うことにして,Fとの間で,事業計画の話し合いをした。事業計画としては,
ニワトリの糞処理,イノシシ,カラオケ,音楽イベント,老犬ハウスがあった。老
犬ハウス事業については,「Y老犬ホーム」のホームページの基をFと2人で作
った。定款を作ったり,有限会社という形態を選択したのはFであった。Fが作
成した定款は,老犬ハウス事業の定款というわけではないし,自分が指示して
作らせたものでもない。Fは大工関連の事業は考えていなかったが,定款にク
レーム処理という住宅のアフターケアの業務内容を記載したのはFである。定
款のFの氏名の字が実際と異なっているが,これを打ち込んだのもFである。な
お,自分は,捜査段階で警察官に聞くまで,Fの氏名の漢字は定款の字である
と思っていた。資本金の300万円は,言われれば貸す準備はしていたが,そ
れをFに貸す前の平成15年3月28日ころに,自分がFに貸していた300万円
を返してもらった。300万円の内訳は,2台目の車及びそのタイヤやホイール
の代金,パソコンの代金,Mへの給料,車代のローン等である。自分は,その3
00万円を,借家内の事務所で受け取った。そのときはFは1人だった。Fは,自
分に返してくれた300万円を,Lから借りたが,同年3月28日ころに2人で自分
の所に来て,Lからそのことを聞いたし,事前にFに言われて借用書も作った。
ただ,2人で来たときに300万円を受け取ったわけではない。借用書の内容と
して,事業資金という名目にしたが,それは,Fから言われたことであり,自分と
しても,Fが自分に300万円を返すことで,Fは自分から会社の資本金300万
円を借りられるので,結局のところ同じことだと思った。もっとも,Fは事業をや
る気がないと思ったので,300万円を貸すこともなく九州から立ち去った。な
お,Fから300万円を返してもらった後,同年5月ころまでの間に,音楽イベント
に関連して,Mに対する給料ということで,3回か4回にわたり,Fに対して合計
70万か80万円を貸し,自分が宮崎を出る当日に返してもらった。
イ 被告人は,Fから交付を受けた300万円について,Fの自分に対する借金の
返済であると供述し,借用書の「事業設備資金」の記載についても縷々弁解す
るが,被告人のように解釈することは前述のとおり不自然である。
また,被告人は,定款はFが作成したと供述するが,Fが自分自身の氏名の
漢字を間違えたとするのは不自然であり,また,被告人自身,Fの氏名の字に
ついて,定款のとおりであると思っていたと供述しており,この供述はむしろ被
告人自身が定款を作成したことを推測させる。
以上からすれば,被告人供述は信用性が低い。
(5) 信用できるF供述によれば,被告人が,Fに対し,会社設立のために300万円が
必要であるなどと欺罔したこと,Fが,事業設備資金として被告人に渡すためにL
から300万円を借りたこと,被告人がFから事業資金名目で300万円を受領した
ことを認めることができる。
そうであれば,被告人は,Fから事業資金名下に300万円をだまし取ったと認
められる。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,以前から知り合いであったA一家に老犬ハウス事業を持ち掛け,
それに関連してAから土地売買の手付金名下に450万円を詐取し(判示第1),その
後,同事業の清算金としてA一家に1億7300万円もの借金があると信じ込ませ,その
返済のためにBの妻C及び長男Aと共にBの保険金殺人を共謀し,被告人がBに暴行を
加えて同人に瀕死の重傷を負わせた後,保険金詐取の目的で,殺意をもって必要な救
護をせずに放置して殺害し(判示第2の1),その後,CがXに対して生命保険金を請求し
たが,自己及びA,Cが逮捕されたために未遂に終わった事案(判示第2の2)及び東京
で相続問題解決のためと称して3430万円を(判示第3),九州で老犬ハウス事業の事
業設備資金名下に300万円を(判示第4),それぞれだまし取った事案である。
本件各犯行は,被告人が,自己の生活費等を得るために敢行されたものであり,そ
の動機は自己中心的であって,酌量の余地はない。A事件については,被告人が言葉
巧みにCを通じてA一家に入り込み,Aらに老犬ハウス事業の話を持ち掛け,同事業に
関連して様々な名目でA一家に金銭の支払いを要求し,その一環としてAから,真実は
売却する意思がないにもかかわらず土地売買の手付金名下に450万円をだまし取り,
その後,老犬ハウス事業の話を一方的に中止してAに1億7300万円もの借金があると
信じ込ませてその返済を迫り,A一家を精神的に追い詰めて崩壊させ,Aらからの金銭
支払いが困難になるや主導的立場でA及びCと共にBの保険金殺人を計画し,その後,
Bを約3か月にわたり,死に追いやるべく走行中の自動車に飛び込むよう繰り返し迫り,
恐怖から実行できないBに対して冷たい言葉をかけるのみならず繰り返し暴力を振る
い,Bに対して執拗に働きかけて死の恐怖を味あわせたものであり,さらに,判示第2の
1の殺人事件の直前には,被告人がBを鉄パイプ様のもので約1時間にわたり殴打して
重篤な傷害を負わせ,その後,Aらからの救急車を呼んでいいかとの問いかけにもその
場で冷たく断って,瀕死の状態で苦しんでいるBを見殺しにしており,その犯行態様も冷
酷で,まさに非人間的所業である。Bには,このような仕打ちを受けるについて落ち度は
全くなく,救急車を望みながら,被告人の指示の下,最も信頼する家族に放置され,人
生半ばで命を奪われたBの絶望感,無念さは察するに余りある。さらに,被告人は,B殺
害後直ちにA及びCと口裏合わせをしてBが第三者に殺害されたかのように装い,保険
金詐取という当初の目的を達成するべくA及びCに保険金請求を行わせており,B殺害
後の保険金詐取に向けた犯行態様も非常に悪質である。また,判示第1,第3及び第4
の詐欺についても,その被害額はそれぞれ450万円,3430万円,300万円と多額で
ある。
以上によれば,被告人の刑事責任は誠に重大であって,判示第2の2の犯行は未遂
に終わっていること,判示第3の犯行については2000万円の限度で反省の言葉を述
べていること,これまで前科前歴がないことなど,被告人に有利な事情を最大限考慮し
ても,主文掲記のとおり無期懲役をもって臨むのが相当であると判断した。
(求刑 無期懲役)
平成18年2月17日
青森地方裁判所刑事部
裁判長裁判官  髙 原   章
  裁判官  室 橋 雅 仁
裁判官  香 川 礼 子

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