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平成17年(行ケ)第10290号 審決取消請求事件
平成17年7月7日判決言渡,平成17年6月9日口頭弁論終結
     判    決
原 告 川万水産株式会社
 原 告株式会社エフネット
 原告ら訴訟代理人弁護士 坂口英一,小野明,弁理士 永田豊,増子尚道  
 被 告 株式会社アルス   
訴訟代理人弁理士 鎌田文二,東尾正博,鳥居和久,田川孝由,北川政徳
     主    文
 特許庁が無効2003-35257号事件について平成15年12月16日にし
た審決を取り消す。
 訴訟費用は,被告の負担とする。
     事実及び理由
 本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って
表記を変えた部分がある。
第1 原告らの求めた裁判
 主文同旨の判決。
第2 事案の概要
 本件は,原告らが,被告の有する本件実用新案の登録について無効審判請求をし
たところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求め
た事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本件実用新案(甲2,4の2)
 実用新案権者:株式会社アルス(被告)
 考案の名称:「食品蒸機」
 出願日:平成3年2月8日(実願平3-4873号)
 設定登録日:平成7年9月18日
 実用新案登録番号:第2078885号
 (2) 本件手続
 審判請求日:平成15年6月25日(無効2003-35257号)
 訂正請求日:平成15年9月24日(以下「本件訂正」という。)
 審決日:平成15年12月16日
 審決の結論:「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」
 審決謄本送達日:平成15年12月24日(原告らに対し)
 2 本件考案の要旨(下線部が訂正部分。)
【請求項1】 トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを水平
方向に走行自在に設け,上記コンベアの往路の途中に煮沸槽を設け,この煮沸槽に
は処理液の供給部及び液を加熱する加熱器を備え,前記往路が煮沸槽内液中を通過
するようにコンベアを案内するガイドを設け,前記トンネル式蒸し釜内の出口付近
に前記煮沸槽の出口を設けてなる蛸蒸機。
 3 審決の理由の要点
 審決は,本件訂正を認めた上で,本件考案は,当業者が本訴甲5~8に記載され
た考案に基づいてきわめて容易に考案をすることができたとはいえないので,本件
考案の実用新案登録を無効とすることはできないとした。
 (1) 審判手続における甲号証
 (ア) 甲2(特公昭31-2093号公報,本訴甲5)
 (イ) 甲3(実公昭64-195号公報,本訴甲6)
 (ウ) 甲4(実公昭55-41025号公報,本訴甲7)
 (エ) 甲5(実公昭55-42711号公報,本訴甲8)
 (オ) 甲6(「TohokuJournalofAgriculturalResearch6(2)1955」(1995
年発行)の147~158頁,本訴甲9) 
 (カ) 甲7(土屋靖彦著,水産学全集第17巻「水産化学」,改訂1版(昭和40
年9月10日発行)の284~285頁,本訴甲10)
 (キ) 甲8(特開昭52-51063号公報,本訴甲11)
 (ク) 甲9(特開昭59-169467号公報,本訴乙1)
 (ケ) 甲10(特開昭59-227273号公報,本訴甲12)
(以下,審決引用部分も含め,証拠番号は本訴の証拠番号に置き換えることとす
る。)
 (2) 引用刊行物に記載された考案
 審決は,甲5には,以下の考案が記載されているとした(以下「甲5考案」とい
う。)。
 「本体4内入口,出口間に無端帯コンベヤー2を水平方向に走行自在に設け,上
記コンベヤー2の往路の途中に煮熱室10を設け,この煮熱室10には予熱温水入
口13及び蒸気パイプ12,12´を備え,前記往路が煮熱室10内液中を通過す
るようにコンベヤーを案内するテークアップ11,11´を設け,前記本体4内を
仕切板6により区分し,入口側に1次蒸強室7,中間に煮熱室10,出口側に2次
蒸強室15を設けてなる炊飯機」(判決注:「蒸強室」の「強」の文字は,「強
飯」を意味し,正しくは「食へんに強」と表記するものであるが,表記し得ないの
で,便宜上「強」と表記する。以下同様。)
 (3) 本件考案と甲5考案の対比
 審決は,本件考案と甲5考案の一致点及び相違点を,以下のとおり認定した。
 ア 一致点 
 「入口,出口間にエンドレスのコンベアを水平方向に走行自在に設け,上記コン
ベアの往路の途中に煮沸槽を設け,この煮沸槽には処理液の供給部及び液を加熱す
る加熱器を備え,前記往路が煮沸槽内液中を通過するようにコンベアを案内するガ
イドを設けてなる装置。」
 イ 相違点 
 「本件考案は,「トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設
け,前記トンネル式蒸し釜内の往路の途中に煮沸槽を設け,前記トンネル式蒸し釜
内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる蛸蒸機」であるのに対して,甲5考
案は,「本体4内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設け,前記本体4内を仕
切板6により区分し,入口側に1次蒸強室7,中間に煮熱室10,出口側に2次蒸
強室15を設けてなる炊飯機」である点。」
 (4) 相違点についての判断 
 審決は,本件請求項1の「往路の途中に煮沸槽を設け」の「往路の途中」の意味
について,被告が口頭審理において「蒸した後」という意味であると陳述したこと
を摘示した上で,相違点について,以下のとおり判断した。
 「甲6には,「トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設け
てなる蛸蒸機」は記載されているが,トンネル式蒸し釜内に煮沸槽を設けること,
更に,「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けてなる」点は記載さ
れていない。
 同様に,甲7及び8には,トンネル式蒸し釜に茹槽を設けた点は記載されている
が,この茹槽はトンネル式蒸し釜の入口付近に設けられており,「トンネル式蒸し
釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けてなる」ものではない。しかも甲7及び8に
記載されたものは,蛸蒸機ではなく,はんぺん等の蒸装置である。
 そして,本件考案は,上記の構成を採用することにより,本件明細書の段落【0
009】に記載されるように「蒸し釜入口に投入された海産物を蒸し釜内を通過さ
せ,搬送往路の最終付近に設けられた煮沸槽内を通過させると,蛸はさらに煮沸さ
れて色つやが一層鮮やかに処理される」との作用を奏し,また,蛸蒸機において,
段落【0027】に記載されるように,「煮沸槽を蒸し釜内に設けることによって
装置全体をコンパクトに構成でき,かつ煮沸槽内の加熱器への蒸気消費量も煮沸槽
を外部に設けた場合に比べると少なくできるから,装置として経済的でランニング
コストを最小限に抑えることができる」との効果を奏するものである。
 したがって,本件考案は,甲5ないし8に記載された考案から当業者がきわめて
容易に想到し得たものとはいえない。
 なお,審判請求人は,「例えば蛸については,蒸し工程の後にアルカリ等の処理
液を使用して茹で工程を施し,色つやを鮮やかにすることは,本件考案の実用新案
登録出願日以前から,当該技術分野において周知慣用されている技術である。」
(審判請求書(甲3)8頁20~22行)と主張するが,周知慣用技術であること
を証明するために口頭審理陳述要領書で提示した甲号証(甲9~12,乙1)に
は,蛸を茹でる又は蒸すの単独の処理について記載されているのみであり,蛸を蒸
した後に茹でることについては何も記載されていない。したがって,この主張は採
用できない。」
 (5) 記載不備について 
 「審判請求人が提出した口頭審理陳述要領書には,「訂正後明細書においては,
審判請求書において指摘した登録時の明細書に関する記載不備は解消していると認
める。」(12頁26~末行)と記載され,設定登録時の明細書に関する記載不備
の主張は解消されている。」
 (6) 結論 
 「以上のとおりであるから,審判請求人の主張及び証拠方法によっては,本件考
案の実用新案登録を無効とすることはできない。」
第3 原告らの主張の要点
 審決は,本件明細書の実用新案登録請求の範囲等の記載要件違反を看過し(取消
事由1),本件考案の進歩性の判断を誤り(取消事由2),その結果,本件実用新
案登録を無効とすることができないとしたものであり,これらの誤りが審決の結論
に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきであ
る。
1 取消事由1(明細書の実用新案登録請求の範囲等の記載要件違反)
 (1) 本件明細書(甲4)の考案の詳細な説明には,「処理液は蒸し蛸の色つやを
鮮やかにするためにアルカリ性薬液を水に適当量混合したものが使用される」と記
載されているが(段落【0017】),「処理液」として示されているのは「アル
カリ性薬液」のみである。これに対し,本件実用新案登録請求の範囲には「処理
液」と記載されている。
 実用新案登録出願では,請求の範囲に記載された考案は,考案の詳細な説明に記
載した範囲を超えるものであってはならないところ,本件明細書の考案の詳細な説
明の「アルカリ性薬液」と実用新案登録請求の範囲の「処理液」とは,その対応関
係が明らかではなく,考案の詳細な説明によって実用新案登録請求の範囲の記載が
支持されているとはいえない。したがって,本件実用新案登録請求の範囲の記載
は,平成5年法律第26号附則第4条第1項の規定によりなおその効力を有するも
のとされる,同法による改正前の実用新案法5条5項1号(以下「旧実用新案法」
という。)に違反する。
 (2) 「処理液」を煮沸処理のみによる蛸の色づけに使用するものと機能的に解釈
すると,出願時の当業者の技術常識からして「処理液」は,「アルカリ性薬液」で
あると想定できる余地はある(甲11参照)。
 しかし,「蒸し後に所定の処理液での煮沸を行うと蛸の色つやがより鮮やかにな
る」という本件考案特有の作用は,出願時において当業者が認識することはできな
いものであるから,この「処理液」の範囲にいかなるものが含まれるかは,出願時
の当業者の技術常識を考慮しても具体的なものが想定できない。
 したがって,実用新案登録請求の範囲に記載した考案は不明確であり,旧実用新
案法5条5項2号の規定に違反する。
(3) 本件実用新案登録請求の範囲に記載された「処理液」は,「蒸しただけのも
のよりも色つや鮮やか」(本件明細書の段落【0027】)な色付け作用を生じさ
せるために必須の構成要素であり,本質的部分であるから,蒸し工程後の煮沸工程
でいかなる処理液を用いた場合に所定の作用効果があるのか明確にされなければ考
案を実施することができない。このように,「処理液」がいかなるものを指すのか
は,作用効果の実証と切り離せない問題である。アルカリ性薬液で茹でれば蛸が色
つや鮮やかになることは裏づけられているものの,蒸し工程後の煮沸工程でいかな
る処理液を用いた場合に,蒸しただけのものよりも色つや鮮やかになるのか不明と
いうほかないのであるから,本件明細書の記載は旧実用新案法5条4項の実施可能
要件を満たしていない。
(4) 被告は,処理液の記載要件の充足性は,審判段階で主張していないのである
から,本件審決取消訴訟の対象外であると主張する。確かに,処理液についての記
載不備の点は,もともと審判請求において無効事由として直接掲げていない。しか
し,審決取消訴訟の審理範囲は事案の特殊性に応じて柔軟に検討されるべきとこ
ろ,本件では「処理液」について特許庁が実質的な審理を行い,第1次的な判断を
しているのであるから,処理液に関する記載不備の点は本訴訟で主張することがで
きるというべきである。
 (5) 以上のとおり,本件実用新案登録請求の範囲及び明細書の記載は,旧実用新
案法5条5項1号,2号及び4項に違反するものであるから,この点を看過した審
決は違法であり,取り消されるべきである。
 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)
 (1) 審決は,本件考案の「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設け
てなる」構成を,甲5考案との相違点として認定した上で,蒸し釜内に投入された
海産物を蒸し釜内を通過させ,搬送往路の最終付近に設けられた煮沸槽内を通過さ
せると,蛸がさらに煮沸されて色つやが一層鮮やかに処理されるとの作用が奏され
ると認定した。すなわち,審決は,本件考案に係る蛸蒸機が,蛸の色付けに有用な
蒸し処理と煮沸処理を連続的に実施し得る構造であることに着目して本件考案の進
歩性を肯定している。
 ところで,本件考案において,煮沸処理は処理液を用いてなされるところ,その
処理液の実施例として示されているアルカリ性薬液で蛸を煮沸すれば,水で煮沸し
た場合よりもさらに赤くなることは周知である(甲11の表1の1欄及び6欄,甲
10の284頁下から2行~285頁2行)。本件考案は,いきなりアルカリ性薬
液で煮沸するのではなく,最初に蒸し処理をした後にアルカリ性薬液で煮沸すると
いう構造にしたものであり,審決は,この点において,本件考案と上記周知技術と
の間には作用上の差異があると認めたものと考えられる。
 しかしながら,本件明細書には蒸し処理と煮沸処理を結合することにより特有の
色づけ作用が生じることを裏付けるような記載は存在せず,蒸し処理と煮沸処理を
結合させると従来の色づけ処理に比べて有効である旨の証明や,当業者がその作用
を予測できるような実験結果は示されていないのであるから,審決がかかる根拠の
ない作用効果に基づいて本件考案の進歩性を認めたことは誤りである。
 (2) 蒸し処理と煮沸処理の結合による色付け効果が本件考案の作用効果ではない
とすると,色付け効果はアルカリ性薬液による煮沸処理により生じるにすぎないこ
とになるが,これは周知の技術である。そうすると,本件考案の作用効果は,
「「煮沸槽を蒸し釜内に設けることによって装置全体をコンパクトに構成でき,か
つ煮沸槽内の加熱器への蒸気消費量も煮沸槽を外部に設けた場合に比べると少なく
できるから,装置として経済的でランニングコストを最小限に抑えることができ
る」との効果」(審決書11頁12~16行)に尽きることになる。
 しかしながら,蒸し釜内に煮沸槽を設置した構造をもつ食品蒸機は公知である。
すなわち,甲5には,エンドレスのコンベアを水平方向に走行自在に設け,コンベ
アの往路の途中に煮沸槽を設け,この煮沸槽には処理液の供給部及び液を加熱する
加熱部を備え,前記往路が煮沸槽内液中を通過するようにコンベアを案内するガイ
ドを設けてなる装置が,甲7及び8には,トンネル式蒸し釜内にエンドレスのコン
ベアを水平方向に走行自在に設け,上記コンベアの往路に煮沸槽(茹槽)を設け,
この煮沸槽には処理液を加熱する加熱器を備え,前記往路が煮沸槽内液中を通過す
るようにコンベアを案内するガイドを設けた茹蒸装置(蒸装置)が開示されてい
る。そして,甲6には,トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベア
を設けてなる蛸蒸機が開示されている。
 上記甲5~8記載の蒸機の構成と本件考案の構成とを対比すると,甲5~8記載
の装置はすべて食品蒸機であり,本件考案と技術分野が同一である。また,甲5,
7,8は,いずれも煮沸槽を蒸し釜内に設ける構造を採用しており,装置全体をコ
ンパクトに構成できて経済的である点で,本件考案とは課題及び作用効果の同一性
が認められ,とりわけ,甲5には,「熱量の損失も極めて僅少である」(2頁右欄
9~10行)と具体的に記載され,本件考案と作用効果が同一ということができ
る。したがって,当業者が日常の創作活動において,これら甲5~8考案の組合せ
を試みることには,十分な動機付けが存在する。
(3) 甲5~8記載の考案を組み合わせた場合,本件考案との相違点は,トンネル
式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けた点のみとなる。しかし,蒸し釜内に
おける煮沸槽の設置位置は,例えば,甲5では,蒸し処理後に連続して煮沸処理が
行えるように煮沸槽が蒸し釜の中程に設置されているように,食品の処理手順に応
じて当業者が容易に設定し得るものであり,本件考案では,蒸した後に煮沸処理を
行う構成となっているために蒸し釜内の出口に煮沸槽が設置されているにすぎな
い。また,装置全体をコンパクトに構成するという作用効果については,煮沸槽を
トンネル式蒸し釜内の前部,中程,後部のいずれの位置に設けても差異はない。煮
沸槽の位置の決定は単なる設計事項に属し,蒸機の使用目的等に応じて,当業者が
日常の企業活動において自由に選択することのできる事項にすぎない。
 (4) 以上のとおり,本件考案は,甲5~8に基づいて当業者がきわめて容易に考
案できたものであるから,本件考案の進歩性を肯定した審決の判断は誤っており,
審決は取り消されるべきである。
第4 被告の主張の要点
 審決の認定判断は正当であり,原告らの主張する取消事由はいずれも理由がな
い。
 1 取消事由1(明細書の実用新案登録請求の範囲等の記載要件違反)に対して
 原告らは,審判において,本件訂正前の明細書は,明細書及び図面に開示されて
いない事項を包含し,「前記往路」という言葉に対応する先行語が存在しないため
不明瞭であるから,旧実用新案法5条5項1号,2号及び6項に違反すると主張し
ていた。しかし,これらの記載不備が,本件訂正により解消したことは,原告ら自
身が,口頭審理陳述要領書(乙2)で認めるとおりである。
 原告らは,本件明細書に記載された「処理液」の意味が不明瞭であるなどと主張
するが,この登録無効理由は,本訴訟において新たに追加されたものであり,審判
段階での審理,判断を経ていないものであるから,本訴訟で主張することは許され
るべきではない。
 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)に対して
 原告らは,本件考案の作用についての審決の認定は誤りであると主張する。しか
し,本件明細書の段落【0009】に記載されているとおり,本件考案は,「蒸し
釜入口に投入された海産物を蒸し釜内を通過させ,搬送往路の最終付近に設けられ
て煮沸槽内を通過させると,蛸はさらに煮沸された色つやが一層鮮やかに処理され
る」との作用を奏するものであるから,上記記載に基づく審決の認定に誤りはな
い。
 本件考案は,トンネル式蒸し釜内にコンベアを設け,その往路の途中に煮沸槽を
設けた蛸蒸機であるから,この蛸蒸機内を往行する蛸が蒸し釜で蒸された後,煮沸
槽で煮沸されることは当業者にとって容易に理解することができる。被告は,本件
明細書に記載されているとおり「トンネル式蒸し釜内で蒸された食品はその搬送往
路途中で煮沸槽に通されて煮沸され,蒸しただけのものよりもさらに色つや鮮やか
に処理されたものが得られる。」(段落【0027】)と主張しているのであっ
て,蒸し処理と煮沸処理が結合すると,より鮮やかな色付け作用が生じるとまでは
主張していない(答弁書4頁19~22行)。したがって,本件考案の作用につい
て,原告らが主張するような裏付けが必要であるとはいえない。
 なお,原告らは,蒸し処理自体は蛸の色つやを鮮やかにすることに直接寄与する
ものではないと主張し,これを裏付けるものとして実験報告書(甲13)を提出し
ている。しかし,この実験は,蛸の加工品を量産する場合とは全く懸け離れた非現
実的な条件の下で行われたものであり,その結果は実際的ではない。被告の試験に
よれば(乙3実験報告書),蛸を蒸した後に,さらに処理液で煮沸した場合には,
吸盤の部分は染め上がらずに,蛸全体としては十分な染色ができ,蒸しただけのも
のよりもさらに色つや鮮やかに処理されたものが得られる。
 原告らは,本件考案は,甲5~8に記載された考案から当業者がきわめて容易に
想到し得たものとはいえないとした審決の判断を誤りであると主張する。しかし,
本件考案と甲5考案との相違点(「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口
を設けてなる」構成)については,甲5~8に記載されていない。すなわち,甲6
記載の考案は,トンネル式蒸し釜内に煮沸槽10そのものを有していない。また,
甲5,7,8記載の考案は,いずれも,煮沸槽10の後に蒸室を設けることが必要
不可欠である。したがって,甲5~8のいずれにも,本件考案の構成要件中,「前
記トンネル式蒸し釜内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる」ことに相当す
る構成は開示されていない。
 原告らは,甲5~8記載の考案は,本件考案と課題及び作用効果において同一性
が認められ,当業者がその組合せを試みることに十分な動機付けが存在し,煮沸槽
の位置を決定することは単なる設計事項である旨を主張する。しかし,甲5~8記
載の考案は,炊飯器,蛸蒸機,あるいははんぺん等の蒸装置であり,本件考案のよ
うに色つやが鮮やかに処理されたものが得られるとの作用効果を奏するものではな
く,また,そのような作用効果を奏することを課題とするものでもない。また,仮
に,甲5~8の技術分野が同一であり,また,甲5,6,8に,蒸し釜内に煮沸槽
を設けた構成が記載されているとしても,蛸を蒸しただけのものよりもさらに色つ
や鮮やかに処理されることを目的として,「前記トンネル式蒸し釜内の出口付近に
前記煮沸槽の出口を設けてなる」構成を想到する動機付けとはならないというべき
である。したがって,煮沸槽の位置の決定は単なる設計事項にすぎないとの原告ら
の主張は誤りである。
 さらに,審決は,甲9~12,乙1について,蛸を茹でる又は蒸すという単独処
理が記載されているにすぎず,蛸を蒸した後に茹でることについては何ら記載がな
いとしているが,この認定判断も正当である。
 以上のとおり,本件考案は,甲5~8記載の考案,あるいは甲9~12,乙1記
載の考案がいずれも有しておらず,また示唆もしていない「前記トンネル式蒸し釜
内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる」という構成要件を備えたものであ
り,本件明細書記載の優れた作用効果を奏するものであるから,当業者がきわめて
容易に想到し得るものではない。したがって,本件考案は進歩性を有するから,本
件実用新案登録は無効とすることはできないとした審決は正当である。
 
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(明細書の実用新案登録請求の範囲等の記載要件違反)について
 原告らは,前記取消事由1(1)ないし(3)記載のとおり,処理液に関する本件明細
書の記載は,旧実用新案法5条5項1号,2号及び4項に違反すると主張する。し
かしながら,処理液に関する上記主張は,審判段階では現実に審理されず,本訴に
おいて初めて主張されたものであるから,取消事由として主張することは許されな
いというべきである(なお,原告らは,審判請求書(甲3)において,①煮沸処理
を行ってから蒸し処理を行う旨の本件実用新案登録請求の範囲の記載は明細書及び
図面に記載されていない事項を包含する,②本件考案の請求項1の「前記往路」と
いう言葉に対応する先行語が存在しないため本件訂正前の明細書の記載は不明瞭で
あるなどと主張したが,口頭審理陳述要領書(乙2)において,明細書の記載要件
違反は本件訂正により解消したと認めている。そのため,審決は,原告らの上記主
張についても判断をしていない。)。
 しかしながら,本件実用新案登録請求の範囲の「処理液」の意義は,本件考案の
進歩性の判断の前提となる事項でもあることから,念のため,取消事由1(1)ない
し(3)について,以下,判断する。
 (1) 本件明細書の実用新案登録請求の範囲には,「トンネル式蒸し釜内入口,出
口間にエンドレスのコンベアを水平方向に走行自在に設け,上記コンベアの往路の
途中に煮沸槽を設け,この煮沸槽には処理液の供給部及び液を加熱する加熱器を備
え,前記往路が煮沸槽内液中を通過するようにコンベアを案内するガイドを設け,
前記トンネル式蒸し釜内の出口付近に前記煮沸槽の出口を設けてなる蛸蒸機。」と
記載されている。この記載によれば,本件考案に係る蛸蒸機においては,トンネル
式蒸し釜内のコンベア往路の途中に煮沸槽が設けられており,コンベアは,往路に
おいて,トンネル式蒸し釜の入口から蒸し釜内に入り,煮沸槽内液中を通過した
後,トンネル式蒸し釜の出口付近に設けた煮沸槽の出口を通って,復路へと走行す
るよう作動するものと認められ,このコンベアの走行作動からすると,本件考案に
係る蛸蒸機においては,蛸を蒸した後,処理液中で煮沸するという加工処理が実現
されるものと認められる。
 本件請求項1にいう「処理液」がいかなるものであるかは,同請求項の記載から
は必ずしも明らかではない。しかしながら,本件明細書の考案の詳細な説明には,
実施例についてではあるが,「処理液は蒸し蛸の色つやを鮮やかにするためアルカ
リ性薬液を水に適当量混合したものが使用される。」(段落【0017】),「処
理液に含まれる薬液の作用で蒸したままの蛸よりも色つやが鮮やかになる。」(段
落【0022】),「かかる煮沸作用を行なうため,煮沸槽10内には予め蒸し蛸
のつや出し作用に有効な処理液が満たされ,」(段落【0023】)と記載されて
いる。そして,甲9の2には「蛸が水で茹でられたとき,窒素を含む塩基性化合物
の溶解の結果として,煮液のpHがアルカリ側に変化する…。そして,これは,黒
紫色素胞からの葡萄酒色の色素(オンモクローム)の流出をより容易にする。」
(本文7~9行),甲10には「タコをゆでると赤くなるがそれは煮熟によって肉
組織から塩基性物質が煮汁へ溶出し,液がアルカリ性となり,黒紫色素胞から葡萄
酒色のオンモクロームが溶出してそれが組織蛋白と強く結合する。」(284頁下
から2行~285頁2行)との記載がある。これらの記載に照らすと,
蛸を煮沸する際に色つやをよくするためにアルカリ性薬液を使用するとよいことは
本件考案の出願当時周知の事項であったものと認められ,本件明細書の上記記載に
加えて,上記周知技術の存在を考慮するならば,当業者は,本件請求項1にいう
「処理液」が蛸の色つやを鮮やかにする作用を有するアルカリ性薬液を意味すると
理解し得るというべきである。
 そうすると,実用新案登録請求の範囲の「処理液」が考案の詳細な説明に記載さ
れたものではないとの原告らの主張(取消事由1(1))は理由がなく,また,「処理
液」の範囲にいかなるものが含まれるかが具体的に想定できないので実用新案登録
請求の範囲の記載は不明確であるとの原告らの主張(取消事由1(2))も理由がな
い。
 (2) 次に,原告らは,本件明細書に記載された作用効果を,蒸し処理と煮沸処理
を結合することにより特有の色づけ作用が生じること,すなわち,蒸し処理と煮沸
処理を併用することにより煮沸処理をしただけの場合より優れた色づけ効果が生じ
ることと理解し,これを前提として,そのような効果を奏する処理液の具体的な意
義が明らかではなく,裏付けとなる記載も本件明細書にはないと主張する。
 しかしながら,本件明細書には,「このように構成した食品蒸機では,蒸し釜入
口に投入された海産物を蒸し釜内を通過させ,搬送往路の最終付近に設けられた煮
沸槽内を通過させると,蛸はさらに煮沸されて色つやが一層鮮やかに処理され
る。」(段落【0009】),「蛸が蒸し釜1内に移動する間に出口3の手前の煮
沸槽10内を通過すると蒸し蛸はさらに煮沸され,処理液に含まれる薬液の作用で
蒸したままの蛸よりも色つやが鮮やかになる」(段落【0022】),「トンネル
式蒸し釜内で蒸された食品はその搬送往路途中で煮沸槽に通されて煮沸され,蒸し
ただけのものよりもさらに色つや鮮やかに処理されたものが得られる」(段落【0
027】)との記載がある。これらの記載によれば,本件考案の作用効果は,蛸を
煮沸することにより蒸しただけの場合よりも色つやが一層鮮やかになるということ
にとどまると理解すべきであり,被告自身も,蒸し処理と煮沸処理を結合させるこ
とによって一層鮮やかな色付け作用が生じる場合があり得るとしても,そのような
作用効果は本件考案の作用効果には含まれないとしている。
 そうすると,本件明細書の考案の詳細な説明の記載が不明確であるとの原告らの
主張(取消事由1(3))は,その前提において採用できず,理由がないというべきで
ある。
 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について
 次に,本件考案の進歩性について,検討する。
 (1) 審決は,前記のとおり,本件考案と甲5考案の相違点として,「本件考案
は,「トンネル式蒸し釜内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設け,前記トン
ネル式蒸し釜内の往路の途中に煮沸槽を設け,前記トンネル式蒸し釜内の出口付近
に前記煮沸槽の出口を設けてなる蛸蒸機」であるのに対して,甲5考案は,「本体
4内入口,出口間にエンドレスのコンベアを設け,前記本体4内を仕切板6により
区分し,入口側に1次蒸強室7,中間に煮熱室10,出口側に2次蒸強室15を設
けてなる炊飯機」である点。」と認定している。審決の上記認定を敷衍すれば,本
件考案と甲5考案の相違点の要諦は,本件考案は,蒸し釜内の出口付近に煮沸槽を
設けた蛸蒸機であるのに対し,甲5考案は,蒸し釜内の中間部分に煮沸槽を設けた
炊飯機である点にあるということができる。
 (2) まず,審決も指摘するとおり,甲6には「トンネル式蒸し釜内入口,出口間
にエンドレスのコンベアを設けてなる蛸蒸機」が記載されており,甲7及び8に
は,トンネル式蒸し釜内に茹槽を設け,一つの装置内において蒸し処理と煮沸処理
とを行う食品茹蒸装置が開示されている。これらの公知技術に基づき,甲6の蛸蒸
機のトンネル蒸し釜内に,甲7及び8記載のような煮沸槽を設けることは,当業者
であればきわめて容易に想到し得るということができる。審決は,本件考案につい
て,「煮沸槽を蒸し釜内に設けることによって装置全体をコンパクトに構成でき,
かつ煮沸槽内の加熱器への蒸気消費量も煮沸槽を外部に設けた場合に比べると少な
くできる」としているが,かかる作用効果は,蒸し釜内に煮沸槽を設けるという当
業者であればきわめて容易に想到し得る構成から生じるものにすぎず,本件考案の
進歩性を肯定するに足る格段の作用効果であるとは認められない。
 (3) そうすると,本件考案について進歩性を肯定できるかどうかは,本件考案の
煮沸槽を蒸し釜内の出口付近に設置したとの構成について,当業者が甲5~8に基
づききわめて容易に想到し得るかにかかることになる。
 審決は,「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽の出口を設けてなる」という
構成は,甲5~8のいずれにも開示されていない上,本件考案は上記段落【002
7】記載の効果を奏するものであるから,当業者がきわめて容易に想到し得たとは
いえないと判断している。
 しかしながら,前記判示のとおり,蛸蒸機のトンネル蒸し釜内に煮沸槽を設ける
ことは当業者であればきわめて容易に想到し得ると認められるところ,本件考案に
係る蛸蒸機は,蒸し処理と煮沸処理を結合させることにより一段と鮮やかな色付け
作用が生じることをその作用効果とするものではなく,アルカリ薬液による煮沸処
理により「蒸したままの蛸よりも色つやが鮮やかになる」という従来周知の効果を
奏するにすぎないのであるから,煮沸槽を蒸し釜内の入口付近,中間付近,出口付
近のいずれに設置して煮沸処理を行うかは,蛸の処理手順に応じて当業者が自由に
設計し得る事項であるというべきである。したがって,甲5~8に,煮沸槽が蒸し
釜の出口付近に設置されている蛸蒸機が開示されていないとしても,それをもって
本件考案の進歩性を肯定することはできないというほかない。また,本件明細書の
段落【0027】記載の効果も,蛸をアルカリ性薬液中で煮沸すると色つやがよく
なるという周知の技術の作用効果を超えるものではなく,本件考案の進歩性を肯定
するに足る格段の作用効果ということはできない。したがって,相違点に係る上記
構成は,当業者がきわめて容易に想到し得たものであるというべきで
ある。
 (4) 前記のとおり,本件考案に係る蛸蒸機は,蒸し処理と煮沸処理を結合させる
ことにより一段と鮮やかな色付け作用が生じることをその作用効果とするものでは
なく,明細書にその旨の記載もないというべきであるが,仮に,蛸を蒸した後に煮
沸することにより特別の発色効果が得られるとした場合に,本件考案に進歩性を認
めることができるかどうかについても,念のため検討しておく。
 蛸の加熱処理について,甲12には「蛸は熱湯内で煮沸されるため,どうしても
皮剥けが生じ易いだけでなく,白くでき上がるべき蛸足のイボ部分までが小豆色に
染色され」(1頁右下欄14~16行),「蛸を蒸気により蒸煮する…場合には,
茹でた場合に比し皮剥けもなく,またイボ等の変色もない色調鮮明なものが得られ
るものの,…不整置の状態にあって蒸煮処理されるため,蒸煮された蛸の仕上がり
形状がまちまちになってしまうだけでなく,完全に煮上ったところと生煮えのとこ
ろが生ずることがあり」(2頁左上欄1~9行)との記載がある。これらの記載に
よれば,煮沸により蛸を加熱すると,皮剥けが生じたりイボ部分までが染色される
などの不都合がある一方で,蒸煮により加熱すると,加熱が不十分で生煮えの部分
が生じ,アルカリ性薬液で処理した場合のような発色効果は生じないなどの不都合
があることは,本件考案の出願時に周知であったと認められる。
 ところで,乙1に「タコを加熱する前,加熱時,冷却時の任意の時期にあるいは
これらの2回以上の時期において,…水溶液に浸漬する」(2頁右下18行~3頁
左上3行)と記載されているように,蛸を加熱するに当たり,相互補完的な処理を
行うことは,当業者が通常行う試行錯誤の範囲内にあるということができる。上記
のとおり,蛸を加熱する手段としての蒸し処理と煮沸処理にはそれぞれ長所と短所
が存在するのであるから,両処理を相互補完的に組み合わせ,まず,皮剥けが生じ
たりイボ部分まで染色されるなどの不都合を避けるために蒸して加熱処理した後
に,補完的に,発色のためアルカリ薬液による煮沸処理を行う構成とすることは,
当業者であればきわめて容易に想到し得るというべきである。したがって,仮に,
本件考案に係る蛸蒸機が蛸を蒸した後に煮沸することにより特別の作用効果を奏す
るとしても,その構成は,甲5~8,甲12,乙1に基づき,当業者であればきわ
めて容易に想到し得たものというほかない。
 (5) 以上によれば,本件考案における「トンネル式蒸し釜内の出口付近に煮沸槽
の出口を設けてなる」構成は,当業者がきわめて容易に想到し得たものであるとい
うべきであり,審決は誤って本件考案の進歩性を肯定したものである。したがっ
て,原告らの主張する取消事由2には理由がある。
 3 結論
 以上のとおり,原告らの主張する取消事由2は理由があるので,審決は違法とし
て取消しを免れない。
  知的財産高等裁判所第4部
        裁判長裁判官
                   塚   原   朋   一
           裁判官
                   田   中   昌   利
           裁判官
                   佐   藤   達   文

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