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平成14年(行ケ)第544号 特許取消決定取消請求事件
平成16年2月26日判決言渡,平成16年2月12日口頭弁論終結
     判    決
 原   告     ティーディーケイ株式会社
 訴訟代理人弁護士  熊倉禎男,富岡英次,高石秀樹,弁理士 近藤直樹
 被   告     特許庁長官 今井康夫
 指定代理人     松本邦夫,橋本武,小曳満昭,林栄二,大橋信彦
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
 以下において,「および」は「及び」と統一して表記した。その他,引用箇所に
おいても公用文の表記方式に従った箇所がある。
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が異議2001-72006号事件について平成14年9月5日にした
決定を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は,本件特許第3126244号「高周波LC複合部品」の特許権者であ
る。本件特許は,平成4年12月18日出願(特願平4-338452)で,平成
12年11月2日に特許権の設定の登録がなされた。
 本件特許の請求項1に係る発明(本件発明)につき特許異議の申立てがあり,異
議2001-72006号事件として審理され,原告は,その間の平成14年4月
16日に訂正請求をした。平成14年9月5日,この訂正請求を認めるとともに,
「特許第3126244号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定があり,
その謄本は,同月25日,原告に送達された。
 2 本件発明の要旨
 複数の誘電体シートを積層した多層基板を具備し,
 前記多層基板の一部の誘電体シートに空芯コイルを構成する導体パターンを設定
したコイル部と,別の誘電体シートにコンデンサを構成する導体パターンを設定し
たコンデンサ部とを設けるとともに,前記コイル部とコンデンサ部とを多層基板の
積層方向で向かい合った位置に配置した高周波LC複合部品において,
 前記多層基板の積層方向で,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部
の導体パターンの間に位置する誘電体シートの厚みを,前記コンデンサ部を除く,
他の誘電体シートの厚みよりも薄く設定し,
 かつ,上記コイル部とコンデンサ部との間に,
 該コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設定したことを
特徴とする高周波LC複合部品。
 3 決定の理由の要点
 (1) 引用刊行物
 刊行物1:実願平1-101437号(実開平3-39821号)のマイクロフ
ィルム(甲第4号証)
 刊行物2:特開昭60-47413号公報(甲第5号証)
 刊行物5:特開平4-207806号公報(甲第6号証)
 刊行物6:特開平4-257111号公報(甲第7号証)
 刊行物7:特開平4-257110号公報(甲第8号証)
 刊行物8:実願昭60-190167号(実開昭62-96827号)のマイク
ロフィルム(甲第9号証)
 刊行物9:実願昭60-190166号(実開昭62-96826号)のマイク
ロフィルム(甲第10号証)
 刊行物10:特開平2-137212号公報(甲第11号証)
 刊行物11:特開平2-250409号公報(甲第12号証)
 刊行物12:特開平4-273608号公報(甲第13号証)
 刊行物13:実願昭61-176798号(実開昭63-82922号)のマイ
クロフィルム(甲第14号証)
 刊行物14:特開平2-135715号公報(甲第15号証)
 (2) 本件発明と刊行物記載の発明との対比
 本件発明と刊行物1記載の発明とを対比すると,刊行物1記載の発明の「積層
体」,「印刷塗布した導電ペースト」,「インダクタンス」,「キャパシタン
ス」,「積層型LCフィルタ」は,それぞれ本件発明の「多層基板」,「導体パタ
ーン」,「コイル」,「コンデンサ」,「LC複合部品」に相当するので,両者
は,
【一致点】
「複数のシートを積層した多層基板を具備し,
 前記多層基板の一部のシートにコイルを構成する導体パターンを設定したコイル
部と,別のシートにコンデンサを構成する導体パターンを設定したコンデンサ部と
を設けるとともに,前記コイル部とコンデンサ部とを多層基板の積層方向で向かい
合った位置に配置したLC複合部品。」
である点で一致し,
 【相違点1】 本件発明は,シートがすべて誘電体シートであり,そのため空芯
コイルを構成し,高周波用であるのに対して,刊行物1記載の発明では,そのよう
な限定がない点,
 【相違点2】 本件発明は,「コイル部とコンデンサ部との間に,該コイル部及
びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設定した」のに対して,刊行物
1記載の発明は,「コイル部とコンデンサ部との間に,ダミーシートを設けてい
る」点,
 【相違点3】 本件発明は,「多層基板の積層方向で,コイル部に設定した最上
部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みを,コンデ
ンサ部を除く,他のシートの厚みよりも薄く設定し」ているのに対して,刊行物1
記載の発明では,そのような記載がない点,
において,相違する。
 (3) 相違点についての判断
 (3)-1 【相違点1】
 刊行物1には,「グリーンシート1の材質は,磁性体,誘電体,絶縁体等を使用
して自由に組み合わせることができる。・・・全グリーンシート1を誘電体シート
にした場合には,キャパシタンスC1,C2は大きな値となるが,インダクタンスL
は空芯コイルと同じになって小さな値になる。」と記載されている。
 そして,空芯コイルが高周波用として用いられることは,慣用手段にすぎない
(必要なら,原告出願の特開平4-150011号公報参照)。
 さらに,刊行物5においても,コンデンサとコイルを,電極等を形成しない層を
含めすべて誘電体層で形成している。
 したがって,刊行物1記載の発明において,全グリーンシートを誘電体シートに
して空芯コイルとし,高周波用に用いることに格別の困難性は認められない。
 (3)-2 【相違点2】
 刊行物1では,第7図の従来例のようにコイル部及びコンデンサ部間にダミーシ
ートがないものに比べて,ダミーシート18がコイル部及びコンデンサ部間の間隔
を大きくしていることは明らかであり,相違点2は,実質的に相違していないとい
える。
 また,一般的に,電極,配線等が近接して配置されれば両者間に浮遊容量が生じ
ることは,当業者において技術常識である。この技術常識を考慮すれば,刊行物1
における「ダミーシート18の材質を変えると,インダクタンスLとキャパシタン
スC1,C2の結合度はある程度自由に調整できる。」との記載中のインダクタンス
LとキャパシタンスC1,C2の結合度は,両者間の浮遊容量を示唆するものである
といえる。
 さらに,コイル部とコンデンサ部の間に電極等を形成しない層(本件発明のスペ
ーサ層に相当)を設けることは,刊行物1及び5~13に示されているように周知
であり,刊行物6,7には,コンデンサとインダクタ間の電極等を形成しない層に
より浮遊容量の影響が少なくなる点が示唆されている。
 したがって,本件発明のように,コイル部とコンデンサ部との間に,該コイル部
及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設けた点に格別の困難性は認
められない。
 いずれにしても,相違点2については,実質的な相違点ではないか,あるいは当
業者にとって,格別の困難性を有するものではない。
 (3)-3 【相違点3】
 相違点3は,コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くして単位厚さ当たり
のコイルの巻数を向上するものであるが(本件明細書【0064】参照),コイル
部を構成する層の厚みを上下の保護層等の厚みよりも薄くすることは,刊行物1,
6,7,10,11,14にも示されるように単なる慣用手段にすぎず,当業者が
適宜採用し得るものである。
 なお,シートの厚みを厚くするために,薄い層を複数層積層する代わりに一枚で
厚いシートを用いることは,例えば刊行物2,14にも示されるように慣用手段で
ある。また,複数枚のグリーンシートが圧着及び焼結により一体化して厚い層とな
ることは刊行物11にも示されるように周知であり,厚いシートを1枚用いた場合
でも,薄いシートを複数層積層して用いた場合でも,完成した時点では,どちらも
実質的に同じものであり,どちらも適宜選択し得ることにすぎない。
 また,相違点3は,(イ)スペーサ層,(ロ)コイル部の最上層,(ハ)コイル
部の最下層,(ニ)コンデンサ部の最下層のそれぞれのシートの厚みが,コイル部
に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの
厚みより厚いことを意味している。
 そこで,念のため(イ)~(ニ)の各部について検討する。
(イ)スペーサ層について:
 一般的に,近接して配置された電極,配線等の間の浮遊容量を減らすためには,
両者間の間隔を大きくすればよいことは,当業者において技術常識である。
 また,刊行物6,7には,コンデンサとインダクタ間の電極等を形成しない層に
より浮遊容量の影響が少なくなる点及び電極等を形成しない層を複数枚にしてもよ
い点が示唆されており,刊行物5,8~12では,電極等を形成しない層を複数層
にして厚くしており,刊行物13では,コイル部とコンデンサ部の間に厚い基板を
設けている。
 したがって,スペーサ層の厚みをどの程度にするかは,当業者が必要に応じて適
宜決定し得ることであり,本件発明のようにスペーサ層の厚みを,コイル部に設定
した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みよ
り厚くした点に格別の困難性は認められない。
(ロ)コイル部の最上層について:
 刊行物1では,コイル部の最上層は,3枚のダミーシートが積層され合計の厚み
は,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置
するシートの厚みより厚くなっており,薄い層を複数層積層する代わりに一枚で厚
いシートを用いることは,当業者が適宜採用し得ることである。
(ハ)コイル部の最下層について:
 本件発明では,コイル部の最下部の導体パターンを直ぐ上のシートの裏側に形成
したものも含むので,最下部の導体パターンの下のコイル部の最下層は,必ずしも
存在するとは限らない。したがって,存在しない場合には,最下層のシートの厚さ
について検討する必要はないが,原告は平成14年4月16日付け特許異議意見書
において「誘電体シート1-4は,その真下にくる誘電体シート1-5と共にスペ
ーサ層を形成しており,スペーサ層の距離を作るために機能している。」と明細書
に記載のない効果を主張しているので,念のため検討しておく。
 (イ)で述べたように,一般的に,近接して配置された電極,配線等の間の浮遊
容量を減らすためには,両者間の間隔を大きくすればよいことは,当業者において
技術常識であり,スペーサ層の厚みをどの程度にするかは,当業者が必要に応じて
適宜決定し得ることである。
 そして,コイル部とコンデンサ部の間隔とは,コイル部の最下部の導体パターン
とコンデンサ部の最上部の導体パターンの間隔であるから,スペーサ層の厚みとコ
イル部の最下層の厚みを加算したものになるので,浮遊容量を少なくしたければ,
コイル部の最下層の厚みも厚くすればよいことは,当業者であれば直ぐに分かるこ
とであり,コイル部の最下層の厚みを,コイル部に設定した最上部の導体パターン
と最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みより厚くした点に格別の困難
性は認められない。
 なお,刊行物11にも示されるように複数枚のグリーンシートは圧着及び焼結に
より一体化して厚い層となるので,スペーサ層の厚みを必要に応じてより厚くした
ものと比べ,コイル部の最下層の厚みを厚くしたことに格別の効果は認められな
い。
(ニ)コンデンサ部の最下層について:
 刊行物1では,コンデンサ部の最下層は,コンデンサ電極を形成したシートと3
枚のダミーシートが積層され合計の厚みを有しているので,コイル部に設定した最
上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みより厚く
なっており,薄い層を複数層積層する代わりに一枚で厚いシートを用いることは,
当業者が適宜採用し得ることである。
 なお,本件発明の効果についても,当業者の予想を超えるものとは認められな
い。
 したがって,本件発明は,刊行物1,2,5~14から当業者が容易に発明をす
ることができたものである。
 (4) 決定のむすび
 以上のとおりであるから,本件発明は,特許法29条2項の規定により特許を受
けることができないものである。
第3 原告主張の決定取消事由
 1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)
 (1) 決定は,刊行物1に開示された「積層型LCフィルタ」が,本件発明の「L
C複合部品」に相当すると認定したが,両者は,目的・設計思想を根本的に異にす
る機能部品であって,一致するものではない。
 本件発明及び刊行物1に記載の発明は,いずれもコンデンサ及びコイルを積層基
板内に一体的に形成することによって,一種の電気回路を単一の素子としたもので
ある。現在,このような形態を取った機能部品としては,「高周波フィルタ」及び
「ノイズフィルタ」の2種類の商品ラインナップが一般的に存在しているが,それ
ぞれの技術分野は異なっている。本件発明は「高周波フィルタ」に関するものであ
るのに対し,刊行物1に記載の発明は「ノイズフィルタ」に関するものであるか
ら,既に電気技術が高度に発展を遂げ,技術分野の細分化が進んでいた本件出願当
時においては,両者は技術分野を異にするものであり,相互の関連性は極めて希薄
である。
 (2) 本件発明の特許請求の範囲には,単に「高周波LC複合部品」とのみ記載さ
れており,上記2種類のフィルターのいずれに関するものであるかについては必ず
しも明確には記載されていない。しかしながら,「空芯コイル」を使用する構成が
特許請求の範囲に記載されており(訂正後の明細書),これは高周波LCフィルタ
であることを示唆するものである。
しかも,本件発明の明細書中【発明が解決しようとする課題】部分には,「例え
ば,50MHz~300MHz帯の高周波LCフィルタを設計する場合,コイルの値は数
10nH~200nH程度となり,フェライト材料が使用しづらくなる周波数帯である。
このようなフェライト材料がしづらい周波数帯では,コイルは空芯コイルが使用さ
れる。」(本件特許公報(甲第2号証)2頁右欄17~22行)との記載があり,
本件発明の属する技術分野は,周波数帯が高周波のフィルタであり,それに特有な
問題を解決することを課題とするものであること,及びコイルにフェライトを使用
しないフィルタであることが明らかにされている。
 また,本件明細書には,Q値を高めることが有用な作用であり,本件発明の目的
であることが記載されている。
 これらより,本件発明が「高周波フィルタ」の技術分野に属することは明らかで
ある。
 一方,刊行物1には,「本考案は,インダクタンスとキャパシタンスをπ形に接
続した等価回路を有する積層型LCフィルタに関し,雑音防止用等に用いることが
できるものである。」(2頁2行~5行)との記載があり,そこに記載の発明が
「ノイズフィルタ」に関するものであることを明示的に記載している。また,そこ
には,磁性体シートの使用を肯定的に記載している。磁性体は一般的に高周波領域
で磁気損失が大きくなること,及び,前記のとおり,積層型LCフィルタで使用さ
れる磁性体としてはフェライトが一般的であることを参酌すると,刊行物1に開示
されている発明は,磁性体による高周波領域での磁気損失を許容するものであり,
このことは同発明が「ノイズフィルタ」に関することを裏付けている。
 以上によれば,本件発明は「高周波フィルタ」であるのに対し,刊行物1に開示
された発明は「ノイズフィルタ」であって,両者は,目的及び特性が異なる別種の
フィルタであり,別の技術分野に属するものである。
 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)
 (1) 決定は,刊行物1に「空芯コイル」を使用した実施例が記載されているか,
これが示唆されているものと認定した上で,空芯コイルを高周波用として用いるこ
とは慣用手段にすぎないと判断しているが,誤りである。
 刊行物1では,インダクタに「誘電体シート」を用いると,「インダクタンスL
は空芯コイルと同じになって小さな値になる」という不具合があるために「インダ
クタンス形成用の印刷シート11,12に対して磁性体シートを用い」ることが記
載されているのであって,「空芯コイル」は不適切な例として挙げられているので
ある。
 (2) 刊行物5に開示されている発明について,これが高周波フィルタであるから
といって,空芯コイルの適用を考えることも容易でない。
 刊行物5に記載のデュプレクサ(高周波フィルタ)は,インダクタとしてコイル
ではなく蛇行した導線を使用した,分布定数型のいわゆる蛇行インダクタである
(刊行物5第2図参照)。刊行物5に記載の発明には,空芯コイルとフェライトコ
イルとの種別の違いが現れる特徴的構成である「インダクタの内部に磁性体を配置
する」という観念を適用する余地がない。そのため,刊行物5には磁性体層が記載
されていないということが,直ちに空芯コイルを示すものということもできない。
 このように,ノイズフィルタである刊行物1の発明に,技術分野の異なる高周波
用フィルタである刊行物5を適用し,さらに,刊行物1では明示的に排除されてい
る空芯コイルを適用することには,二重の困難があり,これらの着想が容易である
ともいえない。
 3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)
 (1) 決定は,相違点2について,「刊行物1では,第7図の従来例のようにコイ
ル部及びコンデンサ部間にダミーシートがないものに比べて,ダミーシート18が
コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくしていることは明らかであり,相違点
2は,実質的に相違していないといえる。」と判断したが,誤りである。
 刊行物1に記載の発明はノイズフィルタであり,通過周波数帯は通常100MHzま
でである。他方,本件の高周波フィルタは,100MHzの数倍から数十倍の高周波に
まで使用される。一般に,使用周波数帯の低いノイズフィルタでは,高周波フィル
タと比較して浮遊容量の影響がはるかに小さいため,そもそも浮遊容量を考慮した
設計を行う必要性に乏しいといえる。また,浮遊容量によるインピーダンスの低下
は,素子のQ値の低下を引き起こすが,ノイズフィルタにおいてはQ値を高くする
必要がないため,相当程度の浮遊容量があったとしても,素子に実質的に悪影響を
与えない。
 このことからも,引用文献1に記載のダミーシートは浮遊容量の低減を目的とし
たものではないことが明らかである。
 間隔の大きさについて,本件発明は,Q値を高めるように,スペーサ層の厚さす
なわちコイル部とコンデンサとの間隔を当業者の常識により定めるものであること
は当然である。これに対して,刊行物1記載のダミーシートを挿入する目的がQ値
を高めることではないと考えられるのであるから,その目的が異なる以上,当然に
その適切な間隔の値自体及びその決定方法も異なってくるはずである。
 その作用効果も,本件発明の場合と異なるものとなることは容易に推測すること
ができる。
 したがって,その目的が異なるにもかかわらず,単に刊行物1のダミーシートが
厚さを有するということのみをもって,決定のいうように,本件発明のスペーサ層
と実質的に相違していないというのは誤りである。
 (2) 決定は,「刊行物1における『ダミーシート18の材質を変えると,インダ
クタンスLとキャパシタンスC1,C2の結合度はある程度自由に調整できる。』と
の記載中のインダクタンスLとキャパシタンスC1,C2の結合度は,両者間の浮遊
容量を示唆するものであるといえる。」と認定した。
 しかしながら,「機械用語大辞典」(日刊工業新聞社・平成9年。甲第20号
証),「IEEE電気・電子用語辞典」(丸善・平成元年。甲第21号証)に記載
される結合度の一般的な用語の意義中に,浮遊容量を意味する例はない。
 甲第22号証(「セラミックス」1986(昭和61)年3号192頁),甲第23号証
(「セラミックス基板とその応用」学献社・昭和63年,204~205頁),甲第24
号証(「積層セラミックコンデンサ」学献社・昭和63年発行,57~58頁),甲第
25号証(「エレクトロニクス実装学会誌」平成12年4号286頁)には,刊行物1
発行当時(平成元年)の本件発明,あるいはこれに近似する技術分野では,「積層
体同士の物理的な密着性」が技術的課題であったことが示されているから,本件発
明にいう「結合度」はこれを意味すると解釈するのが自然である。
 また,対向する導体間の静電容量は,「①極板間の距離」,「②極板間の誘電体
の誘電率」,又は「③極板の面積」の3つの要素で決定されるから,コイルとコン
デンサの導体の「面積」が一定の下では,「①それらの間の距離」,又は「②それ
らの間の誘電体の誘電率」の2つの要素を調整することが行われる。しかるに,刊
行物1には,「結合度」調整について「材質」の変更しか記載されておらず,不自
然である。
 一方,結合度が物理的な密着性を意味しているとすると,それは「①距離」には
関連せず,「②材質」にのみ関連するので,刊行物1の記載とよりよく一致する。
 以上によれば,刊行物1の「結合度」という記載が,インダクタンスLとキャパ
シタンスC1,C2との間の浮遊容量を示唆するものであるという決定の認定は,誤
りである。
 (3) 決定は,「コイル部とコンデンサ部の間に電極等を形成しない層(本件発明
のスペーサ層に相当)を設けることは,刊行物1及び5~13に示されているよう
に周知であり,刊行物6,7には,コンデンサとインダクタ間の電極等を形成しな
い層により浮遊容量の影響が少なくなる点が示唆されている。」と認定した上で,
「本件発明のように,コイル部とコンデンサ部との間に,該コイル部及びコンデン
サ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設けた点に格別の困難性は認められな
い。」と判断した。
 しかし,各引用刊行物は,いずれも本件発明のスペーサ層に相当するということ
ができる構成を開示するものではない。
 刊行物1に記載のダミーシートは,本質的に本件発明のスペーサ層と異なるもの
である。
 刊行物5に記載されているインダクタは分布定数型のいわゆる蛇行インダクタで
あるから,刊行物5に記載の誘電体層は,本件発明のスペーサ層と対比すべき構成
ではない。
 刊行物6~11に記載されるものは,ノイズフィルタであって,素子内の浮遊容
量を問題とするものではない。また,各刊行物に記載されるシートは,浮遊容量を
低減する目的が記載されておらず,本件発明のスペーサ層に相当する構成というこ
とはできない。
 刊行物13の第1図に示されたコンデンサ層及びコイル層が表裏に形成された基
板2は,印刷の台となる基板にすぎず,本件発明のスペーサ層に相当するというこ
とは妥当でない。
 また,刊行物6には,4頁左欄17~18行に,「寄生インダクタンスや浮遊容
量による影響が少なくなり」との記載があるが,この記載は,素子自体に関するも
のではなく,同素子を使用した回路の全体としての効果を述べたものにすぎない。
すなわち,小型化が図れることにより,実装密度が向上し,配線間の距離を一定に
保っても対向する配線同士の面積が小さくなるため,回路基板の「浮遊容量」は小
さくなるからである。刊行物7についても同様にいうことができる。
 以上のように,刊行物1及び5~13には,本件発明のスペーサ層のように,浮
遊容量を低減する目的の下に設けられたコイルとコンデンサとの間の層は,開示さ
れておらず,いずれも本件発明のスペーサ層に相当するということのできる構成を
有しないものであって,それらの目的に応じて様々に異なる構成を有するものであ
る。
 したがって,これらの技術を一括して本件発明に周知技術として適用すること
は,妥当なものとはいうことができない。
 4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)
 (1) 決定は,コイル部を構成する層の厚みを上下の保護層等の厚みよりも薄くす
ることは,刊行物1,6,7,10,11,14にも示されるように単なる慣用手
段にすぎず,当業者が適宜採用し得るものであると認定したが,上記刊行物には,
「コイル部を構成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄く
する」という本件発明の技術的思想は,実質的に開示されていない。
 a.刊行物1の第1図に,「1枚のシートからなるインダクタンスとキャパシタン
スの間のダミーシート,3枚のシートからなる上下の保護層」が示されている。し
かし,刊行物1にはそれぞれのシートの厚みについての記載がなく,第1図におい
ては,どのシートも厚みをもって図示されていないため,各シートの厚みが同一で
あるのか,異なるのか不明であり,また,3枚のシートの合計の厚さが,他のシー
トと比べて厚くなっているのか,等しいのかすら不明である。したがって,刊行物
1は,「コイル部を構成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』よ
り薄くする」という本件発明の技術的思想を示しているということはできない。
 b.刊行物6及び7においては,それぞれその第4図及び第3図に示されているよ
うに,上下の保護層は3枚のシートを重ねているが,他のシートの厚さは同じであ
ると考えられる。したがって,刊行物1に関して上述したように,「コイル部を構
成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という本
件発明の技術的思想を示していない。
 c.刊行物10においては,その第2図から分かるように,インダクタ未焼成積層
体6の中のインダクタはコイル形状ではなく,直線状のインダクタである。したが
って,コイル部を構成する層という概念が存在せず,その層の厚みという概念も当
然に存在しない。このため刊行物10は,「コイル部を構成する層の厚みをコンデ
ンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という技術的思想を開示する余地
がない。
 d.刊行物11においては,その第5図から分かるように,「コイル部を構成する
層」であるインダクター部4の上下の層は,磁性体層1であって,「コイル部を構
成する層」と対比すべき構成ということはできない。
 e.刊行物14においては,上下の「磁性体層1」は磁性体であるから,本件発明
の「コイル部を構成する層」と対比できる要素ではない。さらに,刊行物14に
は,他の層との間で厚さを変えるという記載がなく,「コイル部を構成する層の厚
みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という本件発明の技術
的特徴を示していない。
 (2) 本件発明は,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パタ
ーンの間に位置する誘電体シートの厚み(TL)をコンデンサ部を除く他の誘電体
シートの厚み(TO)よりも薄く(TL<TO)したこと,すなわち「コイル部を
構成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」ことが
特徴なのであって,これによって初めて「コイルの巻数を向上する」という効果を
奏するものである。仮に,本件発明において実施例として開示されている構成のコ
ンデンサ部を除くすべての各層について,各別にコイル部の層よりも厚い例を挙げ
ることができたとしても,これに加え,これらの各層のいずれをもコイル部よりも
厚いものとすることが,慣用技術であるといい得る理由がない限り,これを安易に
慣用技術あるいは推考容易ということはできない。
 本件発明において,「コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くすること」
の目的は,インダクタンスを高くし,導線の長さを短くすることによって,高いQ
値を得ることである。しかし,前記各引用刊行物のいずれにも,高いQ値を得ると
いう目的は記載されていない。これは,引用刊行物のほとんどが「高周波フィル
タ」ではなくて「ノイズフィルタ」であるためであるが,そもそもコイル部の層を
薄くすることの動機である高いQ値を得るという技術的思想が示されていない。
 本件出願時においては,甲第26号証(特開平6-45185号公報)の段
落【0009】に示されているように,均一の厚みのシートを使用することが一般的で
あり,層間の厚みを調整する際には複数枚数重ねることによってそれを行ってお
り,シートの厚み自体を他のシートと変えることは一般的には行われていなかっ
た。これは,均一の厚みのシートを用いることが,製造工程の単純化,シートの材
料コストの低減化,及び管理コストの削減などに結びつき,製造コストの低減のた
めに非常に有効であるという技術的意義があったためである。したがって,シート
の厚みを更に薄くすることは,製造コストとの関係で通常行われていたことではな
く,また引用刊行物にも記載されていない。
 5 取消事由5(顕著な効果の看過)
 本件発明は,脱バインダー性及び焼成の容易さの観点からの要求であるLC複合
素子の厚みを薄く保つという条件の下で,フィルタの特性を向上させるための高い
Q値を実現するという,複合的な効果を狙ったものである。
 これを実現するために,本件発明は,コイル部とコンデンサ部との間にスペーサ
層を設けること(相違点2)と,コイル部を構成するシートの厚みを他の層より薄
くすること(相違点3)とを,LC複合素子の厚みをほぼ変えないという条件の下
で組み合わせているものであり,単に,スペーサ層を設けて浮遊容量を小さくする
ということだけでは,そのような複合的な効果を得ることはできない。
 実際,単にスペーサ層を設けただけでは,LC複合素子の厚みは厚くなってしま
い,脱バインダー性及び焼成の容易さは低下してしまうという新たな問題が発生す
る。
 他方,「コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くすること」のみが本件発
明の特徴的構成ではなく,また,それのみによって本件発明の目的が達せられるわ
けでもない。すなわち,本件発明は,相違点2についての取消事由3に関して上述
したように,脱バインダー性及び焼成の容易さの観点からの要求であるLC複合素
子の厚みを薄く保つという条件の下で,フィルタの特性を向上させるための高いQ
値を実現するという,複合的な効果を狙ったものである。
 したがって,単に,コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くして単位厚さ
当たりのコイルの巻数を向上させただけでは,そのような複合的な効果を得ること
はできない。
 コンデンサとコイルの間の距離を変えない条件の下で「コイル部を構成する層の
厚みを他の層より薄くする」と,浮遊容量に関しては,それは逆に増大してしま
う。浮遊容量の増大は,素子のQ値の低下となって現れるため,上述の機構によっ
ても「コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くすること」によるQ値の増大
が,相殺されることになってしまう。
 これに対し,本件発明では,コイル部を薄くしたことによるLC複合素子の厚み
の余裕分をスペーサ層を厚くすることに充当することによって浮遊容量の増加,及
びQ値の減少を効果的に防止し,上記のような問題が新たに発生することを防ぐの
に成功している。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)について
 原告は,本件発明の「LC複合部品」と,刊行物1に記載された「積層型LCフ
ィルタ」とは,前者が高周波フィルタであるのに対して,後者はノイズフィルタで
あり,両者は使用目的及び特性が異なる別種のフィルタであって,異なる技術分野
に属するものであるから,両者が単に「LC複合部品」である点で一致するとし
て,フィルタとしての相違点を看過した決定の認定は,誤りであると主張する。
 しかし,決定は,本件発明の「高周波LC複合部品」と刊行物1に記載された発
明の「積層型LCフィルタ」とから,使用目的や特性が特定されない上位概念とし
ての「LC複合部品」を抽出し,両者が,
「複数のシートを積層した多層基板を具備し,前記多層基板の一部のシートにコイ
ルを構成する導体パターンを設定したコイル部と,別のシートにコンデンサを構成
する導体パターンを設定したコンデンサ部とを設けるとともに,前記コイル部とコ
ンデンサ部とを多層基板の積層方向で向かい合った位置に配置したLC複合部
品。」である点で一致すると認定したものである。本件発明の「高周波LC複合部
品」が高周波フィルタを得るものであり,原告主張のように,刊行物1記載の「積
層型LCフィルタ」の実施例であるノイズフィルタとは異なるフィルタであるとし
ても,決定が一致点として認定したのは,シートを構成する材料についての限定が
ない,複数のシートを積層した多層基板にコイル部とコンデンサ部とを配置した複
合部品としてのものである。決定は,本件発明の「高周波LC複合部品」を高周波
フィルタとするための特定事項である「シートがすべて誘電体シート」である点
を,相違点1として認定している。そして,上記一致点に係る構成は,本件発明の
「高周波LC複合部品」も,刊行物1の「積層型LCフィルタ」も備えている。
 原告は,本件発明の「高周波フィルタ」と刊行物1記載の「ノイズフィルタ」と
は,目的及び特性が異なるとも主張するが,決定が,本件発明の「高周波LC複合
部品」と刊行物1記載の「ノイズフィルタ」の使用目的や特性が一致すると認定し
たのでないことは,決定の認定から明らかである。
 したがって,決定には,原告主張の一致点及び相違点の認定に誤りがあるという
ことはできない。
 2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について
 (1) 刊行物1に記載の発明において,全グリーンシートを誘電体シートにして空
芯コイルとすることについて,原告は,刊行物1では,「空芯コイル」が不適切な
例として記載されており,全グリーンシートを誘電体シートにすることが排除され
ているから,相違点1の判断は誤りであると主張する。
 しかしながら,刊行物1(甲第4号証)に,「グリーンシート1の材質は,磁性
体,誘電体,絶縁体等を使用して自由に組み合わせることができる。・・・全グリ
ーンシート1を誘電体シートにした場合には,キャパシタンスC1,C2は大きな値
となるが,インダクタンスLは空芯コイルと同じになって小さな値になる。」(1
1頁)と記載されており,空芯コイルが高周波用として用いられることが慣用手段
にすぎず(特開平4-150011号公報(乙第1号証)),刊行物5(甲第6号
証)において,コンデンサとコイルを,電極等を形成しない層を含めすべて誘電体
層で形成しているものが開示されていることは明らかである。
 原告主張のように,刊行物1に記載のノイズフィルタにおいて,インダクタンス
Lを形成するグリーンシートを誘電体とすることによりインダクタンスを空芯コイ
ルとすることが採用されていないとしても,上記のように,グリーンシートを誘電
体シートにした場合にはインダクタンスが空芯コイルになることが刊行物1に記載
されている以上,高周波LCフィルタを形成するという目的であれば,刊行物1記
載の発明において,全グリーンシートを誘電体シートにして空芯コイルとすること
に格別の困難性は認められないというべきである。
 原告が主張するように,「高周波フィルタ」と「ノイズフィルタ」が異なるフィ
ルタであるとしても,両者はコイルとコンデンサを組み合わせた「フィルタ」とい
う点で共通するものであり,しかも,多層基板のシートに導体パターンを設定して
コイル部とコンデンサ部を設けたLC複合部品という共通の構成を有するものであ
るから,シートの材質を変えて異なる目的,特性のフィルタとすることは,当業者
が容易に想到することができたというべきである。
 (2) 原告は,刊行物5に開示されている発明は,空芯コイルでなく,「芯」を有
さない「蛇行インダクタ」であるから,刊行物1記載の発明に刊行物5記載の発明
を適用することはできないと主張する。
 しかし,決定は,刊行物5に記載されたコイルが空芯コイルであることを認定し
たのではなく,刊行物5において,コンデンサとコイルを誘電体層で形成すること
を認定したものである。刊行物5に記載されるコイルが分布定数型のいわゆる蛇行
インダクタであるとしても,これを磁性体層上に形成すれば,本件発明と同じよう
に高周波領域では磁気損失が増大するのであり,高周波用として使用するために誘
電体層上に形成してあると認められるのであるから,このような事項を刊行物1に
適用して,全グリーンシートを誘電体シートにすることは容易に想到し得るものと
いうことができる。
 (3) 以上のように,刊行物1の記載事項に,決定が認定した慣用手段あるいは刊
行物5の記載を適用すれば,相違点1に係る本件の構成を得ることは当業者が容易
に想到することができたというべきであるから,相違点1に関する決定の判断に,
原告主張の誤りはない。
 3 取消事由3(相違点2の判断の誤り)について
 (1) 原告は,刊行物1記載の発明のダミーシートは,浮遊容量の低減を目的とし
たものでないことは明らかであって,目的が異なり,その間隔の値や決定方法が異
なるから,相違点2は実質的に相違していないとした決定の認定判断は誤りである
と主張する。
 相違点2として決定が認定したのは,本件発明は,「コイル部とコンデンサ部と
の間に,該コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設定し
た」のに対して,刊行物1記載の発明は,「コイル部とコンデンサ部との間に,ダ
ミーシートを設けている」との点である。相違点2に係る刊行物1記載発明のダミ
ーシートは,これがない場合に比べて,コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大き
くしていることは明らかである。原告が主張する間隔の大きさやその決定方法は相
違点2に係る事項ではないから,間隔の大きさやその決定方法が異なるとの根拠に
よっては,相違点2に関する決定の判断を誤りとすることはできない。
 (2) 原告は,刊行物1記載のダミーシートに関して,「インダクタンスLとキャ
パシタンスC1,C2の結合度は,両者間の浮遊容量を示唆するものであるといえ
る」との決定の判断は誤りであるとも主張し,一般的な用語の意義中に浮遊容量を
意味する例はないと主張する。
 しかし,乙第2号証(「IEEE電気・電子用語辞典」(丸善平成元年発行)抜
粋。甲第21号証として提出されたものとは別の頁のもの)には,「容量結合」の
意味として,「容量結合(妨害に関する用語) 妨害源と信号システムの間の容量
による結合であり,妨害源により作り出される電界により,妨害を信号システムに
与える。」(714頁)と記載され,その付属図には,妨害源と信号システムの間
の浮遊容量による「容量結合(妨害)」が記載されていること,「結合」の意味と
して,「(4)(干渉専門語)(電気回路) あるシステムが他のシステムへ及ぼ
す影響。(1)例えば,伝送システムでの干渉源の影響。」(165頁)と記載さ
れ,さらに,「結合係数」として「結合係数 2つの回路網にある同種の素子のイ
ンピーダンスの積の平方根に対する,両者の結合インピーダンスの比率,注:
(1)抵抗,容量,自己誘導,及び誘導結合の場合にのみ用いる。」(165~1
66頁)と記載されていることが認められる。したがって,一般的な用語の意義中
に浮遊容量を意味する例はないとする原告の主張は,失当である。
 原告は,刊行物1発行当時の本件発明や刊行物1記載の発明に係る技術分野の技
術的課題を考慮すると,「結合度」は「積層体同士の物理的な密着性」を意味する
と解釈するのが自然であると主張する。
 しかし,コイルやコンデンサ等の電気部品が近接して配置された場合に,その間
に浮遊容量が生じるのが,当業者の技術常識であることは自明である。刊行物1に
は,結合度に関して,「インダクタンスLとキャパシタンスC1,C2の結合度」と
記載されているが,「インダクタンス」及び「キャパシタンス」は,一般的には,
回路要素を表す技術用語であるから,刊行物1の記載からは,結合度は印刷シート
間の物理的な密着性をいうのではなく,回路要素間の容量的結合を意味すると解す
べきである。また,刊行物1(甲第4号証)には「結合度をある程度自由に調整す
る」(12頁3~4行)と記載されており,刊行物1において,「物理的な密着
性」を自由に調整する必要性は認められないから,原告主張のように解することは
できない。
 したがって,決定が,「結合度」を容量結合に関するものであり,浮遊容量によ
る結合を示唆するものであると判断した点に誤りはない。
 (3) 原告は,刊行物1,5~13は,いずれも本件発明のスペーサ層に相当する
構成を開示するものではなく,刊行物6,7の寄生容量に関する記載は,素子自体
に関するものでなく,同素子を使用した回路全体の効果を述べたものにすぎないと
主張する。
 しかし,上記刊行物には,いずれにも,コイル部とコンデンサ部との間に層を介
在させる構成が開示されている。また,刊行物6(甲第7号証)の段落【0006】に
おける,「【作用】・・・また,積層チップコンデンサに対向するインダクタの面には
帯状導体線路が形成されていないフェライト層又はバリスタ層が介在していること
等により,層の密着性がよくなり,磁束のもれを減らすことになりインダクタンス
を大きくし,小型化が図れるとともに,実装密度を高くでき,寄生インダクタンス
や浮遊容量による影響が少なくなり,減衰特性のバラツキが少ない周波数特性のよ
い信頼性の高いEMI除去フィルタが得られる。」との記載は,チップコンデンサ
とインダクタ間のフェライト層又はバリスタ層からなる層についての記載であるこ
とは明らかであるから,スペーサ層により浮遊容量による影響が少なくなることが
記載されていると認めることができる。刊行物6と同一人の出願人による同一出願
日に係る公開特許公報である刊行物7(甲第8号証)についても,段落【0006】か
ら同様に認めることができる。
 そうすると,コイル部とコンデンサ部との間に,本件発明のように,スペーサ層
を設定することは周知であり,これらの層が,コイル部とコンデンサ部との間の容
量的結合を減少させることは当業者に自明であるから,相違点2に係る構成を格別
の困難性がないとした決定の判断に,原告主張の誤りはない。
 4 取消事由4(相違点3の判断の誤り)について
 (1) 決定は,相違点3を,「コイルを構成する層の厚みを上下の保護層等の厚み
よりも薄くすることは,刊行物1,6,7,10,11,14にも示されるように
単なる慣用手段にすぎず,当業者が適宜採用し得るものである」と判断したが,原
告は,刊行物1,6,7,10,11,14には,「コイル部を構成する層の厚み
をコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という技術的思想は実質
的に開示されていないと主張する。
 刊行物1に,「複数のグリーンシートを積層した積層体を具備し,前記積層体の
一部のグリーンシートに導電ペーストを印刷塗布したインダクタンスと,別のグリ
ーンシートに導電ペーストを印刷塗布したキャパシタンスとを設けるとともに,前
記インダクタンスとキャパシタンスとを積層体の積層方向で向かい合った位置に配
置した積層型LCフィルタにおいて,インダクタンスとキャパシタンスとの間に,
ダミーシートを設け,かつ,上下にそれぞれ3枚のグリーンシートから構成された
ダミーシートを積層した積層型LCフィルタ」が記載されていることは,決定が認
定したとおりであり,この点は原告も争っていない。
 刊行物1には,インダクタンスを形成するグリーンシートの厚さと,上下のダミ
ーシートを構成するグリーンシートの厚さとの関係についての記載はない。しか
し,特に記載のない限り,各グリーンシートの厚さは同一であると考えるのが自然
であり,LC複合部品の技術分野において,均一の厚さのシートを使用することが
一般的であることは,原告も自ら主張しているところである。また,本件明細書に
も,従来例として,コンデンサ部の層だけを薄くし,他の層はすべて同じ厚みにし
たものが記載されている(段落【0010】,甲第3号証)。
 そうであれば,刊行物1記載の積層型LCフィルタの3枚のグリーンシートから
構成されたダミーシートは,インダクタンスを形成するグリーンシートよりの厚さ
が厚いものとなるから,刊行物1には,「コイル部に設定した最上部の導体パター
ンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みを,上下の保護層のダミー
シートよりも薄く設定する」ことが記載されているといえる。
 (2) 刊行物1(甲第4号証)には,決定認定のとおり,「インダクタンスとキャ
パシタンスとの間に,ダミーシートを設け」た構成が記載されており,これは,上
記3で検討したとおり,本件発明の「コイル部とコンデンサ部との間に,該コイル
部及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設定した」構成と実質的に
相違はない。
 刊行物1には,上記ダミーシートとインダクタンスを形成するグリーンシートと
の厚さの関係について記載はないが,その材質によって,インダクタンスとキャパ
シタンスの間の結合度をある程度自由に調節し,インダクタンスとキャパシタンス
の結合度によっては挿入しなくても差し支えないことが記載されている(11頁1
9行~12頁7行参照)。また,刊行物11(甲第12号証)には,コイル部とコ
ンデンサ部との間に,電極を形成しないグリーンシートを複数枚重ねて配置するこ
とが記載されている(3頁右上欄13~20行及び図5,図6参照)。
 そうすると,高周波LC複合部品を得るためのインダクタンスとキャパシタンス
との間の結合度を減少させて浮遊容量を減少させ,高Q値のインダクタンスを得る
ため,コイル部とコンデンサ部との間のダミーシートの厚みをコイル部に設定した
最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みよりも
厚く設定することは,当業者が容易になし得ることであるというべきである。
 また,上記以外で,コンデンサ部を除くその他のシートの厚みをどのようにする
かは,インダクタンスや浮遊容量に実質的に影響しないものであるから,設計上の
事項にすぎないというべきものである。
 したがって,刊行物1に記載される積層型LCフィルタにおいて,相違点3に係
る本件発明の構成を採用することは,当業者が容易になし得る事項であるから,そ
の判断に誤りがあるとする原告の主張は理由がない。
 (3) 原告は,本件出願時においては,均一の厚みのシートを使用することが一般
的であり,層間の厚みを調整する際には複数枚数重ねることによってそれを行って
おり,シートの厚み自体を他のシートと変えることは一般的には行われていなかっ
たから,コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くすることに困難性があると
主張する。
 しかし,本件明細書(甲第3号証)には,本件発明の従来例として,コンデンサ
部のシートの厚みを他の層より薄くすることが記載されており(段落【0014】),
コンデンサやコイルを形成するシートの厚みをどのようにするかは,必要な特性の
フィルタを設計する際に当業者が適宜設定すべき事項であると認められる。本件明
細書(甲第3号証)にも「スペーサ層の層数は,任意の層数で良い。」(段
落【0063】)と記載されており,本件発明のようにシートの厚み自体を調整する
か,刊行物1等に記載されるように複数枚重ねて使用するかは,当業者が適宜採用
し得る事項であるというべきである。
 5 取消事由5(顕著な効果の看過)について
 上記3及び4で検討したとおり,相違点2は実質的な相違点とはいえず,相違点
3についても,コイルを構成するシートの厚さをスペーサ層を構成するシートの厚
さよりも薄く設定することは,高周波LC複合部品を構成するという目的の下,当
業者が容易に想到することができるものである。
 脱バインダー性及び焼成の容易さから,LC複合部品の全体の厚さを薄く保つと
いうのは,当業者に周知な課題であって,原告主張のような,コイル部のシートの
厚さを薄くしてインダクタンスを大きくするともに,コイル部とコンデンサ部との
間の浮遊容量を減少させるため,スペーサ層の厚さをコイル部より厚くすること
は,当業者が容易に採用し得る事項であり,これにより高いQ値のインダクタンス
を得ることも,当業者が刊行物1等の記載から予測可能なものである。
 したがって,本件発明の顕著な効果を看過したとする取消事由5も,理由がな
い。
第5 結論
 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
    東京高等裁判所第18民事部
        裁判長裁判官塚  原  朋  一
           裁判官塩  月  秀  平
裁判官古  城  春  実

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