弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実及び理由
第一 原告らの請求
被告が平成元年一〇月一二日付けで原告らに対してしたAの昭和六二年度の所得税
についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 Aほか五名は、株式会社五大(以下「五大」という。)に対し、昭和六〇年一
一月二三日、その共有に係る北九州市<地名略>ほか一四筆の土地(以下「本件土
地」という。)を代金一三億円で売り渡したが、右売買代金(このうちAの共有持
分に対応する金額は一一億七五八五万九七一〇円)のうち、実際に五大からAほか
五名に対し支払われたのは、Aが本件土地の賃借人である東映株式会社(以下「東
映」という。)から受け取った敷金(以下「本件敷金」という。) 一億四四三〇
万円を控除した一一億五五七〇万円であり、このうちAの取得分は一〇億三一五五
万九七一〇円であった。
2 Aは、昭和六二年度の所得税確定申告において、その法定申告期限内に、本件
土地の売却に係る分離長期譲渡所得金額につき、売買代金額から本件敷金分を控除
して、次のとおり申告した。
総所得金額          一一〇万一二九七円
分離長期譲渡所得金額  八億一五二七万〇二八九円
税額          二億三七七一万二八〇〇円
さらに、Aは、右所得税について、昭和六三年六月八日、次のとおりの修正申告を
した。
総所得金額         一三〇〇万五三七七円
分離長期譲渡所得金額  八億一三五三万〇五二四円
税額          二億三九三四万三六〇〇円
3 これに対し、被告は、原告らに対し、平成元年一〇月一二日付けで次のとおり
更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
総所得金額         一三〇〇万五三七七円
分離長期譲渡所得金額  九億三九七六万四一七〇円
税額          二億七七二一万三八〇〇円
過少申告加算税額       三七八万七〇〇〇円
4 Aは、昭和六三年九月一五日死亡し、原告らは、Aの相続人である。
二 争点
1 (一)本件敷金相当額は、右譲渡に係る分離長期譲渡所得金額の計算上、譲渡
収入金額(所得税法三三条三項)から控除されるべきか。
(二) 本件敷金相当額は、右譲渡所得の計算上、譲渡費用(同法同条同項)に当
たるか。
原告らは、賃貸不動産の所有権移転に伴い賃貸人の地位が承継された場合には、旧
賃貸人に差し入れられた敷金は、未払賃料に充当された残金についてその権利義務
関係が当然に新賃貸人に承継されるとするのが確立した判例理論であり、賃借権の
負担のついた不動産の譲渡においては、当事者は、敷金返還債務が旧賃貸人から新
賃貸人に承継されることを考慮して、不動産の時価から返還すべき敷金相当額を控
除して売買代金額を定めるのが通例であるから、このような賃借権の負担のついた
不動産の譲渡に係る分離長期譲渡所得金額の計算においては、右敷金相当額は、譲
渡収入金額から控除すべきであり、仮に右控除が認められないとしても、右敷金相
当額を譲渡費用として認めるべきところ、たまたま、本件においては、売買契約締
結当時、返還すべき敷金の額に争いがあったため、売買代金の決済の際、売買代金
額から後に合意をみた敷金相当額を控除するという処理をしたにすぎないから、本
件不動産の譲渡についても、分離長期所得金額の計算において敷金相当額を譲渡収
入金額から控除すべきであり、また、仮にこれが認められないとしても、右敷金相
当額を譲渡費用として認めるべきである旨主張する。
これに対して、被告は、本件の場合、Aは、賃借人の東映から預かった敷金の返還
債務を五大が承継したことに伴い、返還すべき敷金相当額を五大に交付すべきとこ
ろ、本件土地の譲渡代金債権をもって右敷金相当額とその対等額において相殺する
ことにより、右敷金相当額についての現実の金銭交付を省略したにすぎないから、
本件土地譲渡総収入金額から右敷金相当額を控除するのは失当である旨主張し、ま
た、譲渡所得の金額の計算上控除することができる譲渡費用とは、当該譲渡を実現
するために直接必要な支出を意味するものと解すべきところ、返還すべき預かり金
にすぎない敷金は、右費用とは何ら関係ないものであるから、右敷金相当額は譲渡
費用に当たらない旨主張する。
2 本件敷金相当額を控除せずに譲渡所得金額を認定した本件課税は、二重課税を
行なうものとして違法か。
原告らは、本件敷金は、昭和三五年一〇月一八日にそのうちの三二三〇万円が保証
金の名目で、四〇〇〇万円が敷金の名目でそれぞれ支払われ、また、その残額の七
二〇〇万円が昭和四五年五月以降一〇年間にわたり毎月の賃料に加算する形で分割
して支払われたものであるところ、右昭和三五年一〇月一八日の金員の授受につい
ては、その金額の大きさ等にかんがみ、賃借権設定の対価すなわち譲渡所得として
課税されたはずであり、また、昭和四五年五月以降に支払われた右七二〇〇万円に
ついても、Aがこれを毎月の不動産所得として申告納税済みであるから、本件不動
産の売買に係る分離長期譲渡所得金額の計算において、本件敷金相当額を譲渡収入
金額からも控除せず、かつ譲渡費用としても控除しないのは、本件敷金相当額に対
して二重課税を行うものであって、違法であると主張する。
これに対し、被告は、原告主張の課税の事実はない旨主張する。
第三 争点に対する判断
一 争点1(本件敷金相当額は譲渡収入金額から控除されるべきか、及び本件敷金
相当額は譲渡費用に当たるか。)について
1 乙第一、第四号証及び原告B本人尋問の結果によれば、Aほか五名と五大との
間で昭和六〇年一一月二三日に締結された本件土地についての売買契約において
は、売買代金額は一三億円と定められ、その支払方法について、そのうち手附金一
億円を契約締結日に支払い、内金一億円を同年一二月一〇日までに支払い、残金に
ついては昭和六二年二月二八日までに本件土地の所有権移転登記手続をすることを
前提に、右登記手続書類の作成終了後直ちに支払うものと定められていたこと、ま
た、右売買契約においては、本件土地は東映の賃借権が付された状態で売買される
ものと定められていたこと、その後、東映に対して返還すべき敷金の額についてA
らと五大との間で協議した結果、昭和六二年三月三日、五大は、Aらに対し、本件
土地の売買代金から東映が差し入れた敷金、保証金一億四四三〇万円を差し引いた
残額を支払うとともに、Aらとの間で、五大がAらの東映に対する右敷金、保証金
一億四四三〇万円の返還債務を引き継ぎ、Aらは、五大に対して、本件土地につい
ての敷金、保証金が一億四四三〇万円であることを保証し、これを超える金額につ
いてはAらが責任を負担することを合意し、その旨の確認書(乙第一号証)が作成
されたこと、以上の事実が認められる。
2 ところで、不動産の賃貸借契約において、賃貸借終了前に当該不動産の所有権
の移転に伴い賃貸人たる地位に承継があった場合には、旧賃貸人に差し入れられた
敷金は、未払い賃料があればこれに当然充当され、残金についての権利義務関係が
当然に新賃貸人に承継されるものと解すべきであるが、売買により買主が新賃貸人
として賃借人に対し敷金返還債務を負担することになるのは、あくまでも旧賃貸人
と賃借人との間で敷金の授受が行われたことによるものであって、右敷金返還債務
の承継と譲渡対象不動産の資産価値とは本来的に無関係なものというべきであり、
この理は、不動産の時価から返還すべき敷金相当額を控除して売買代金額が定めら
れる場合であろうと、本件のように承継すべき敷金の額を控除せずに売買代金額が
定められる場合であろうと、異なるものではない。そして、そもそも譲渡所得に対
する課税が、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得とし
て、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課
税する趣旨のもので、いわば譲渡対象の資産価値に着目したものであることにかん
がみれば、賃借権の負担のついた不動産の譲渡の場合に、当該不動産の資産価値と
は本来的に無関係な敷金関係をその譲渡所得の計算上考慮に入れるべきであるとす
る解釈は、右に述べた譲渡所得に対する課税の趣旨と相いれないものというべきで
ある。
そうであるとすれば、賃借権の負担のついた不動産の譲渡においては、敷金返還債
務が旧賃貸人から新賃貸人に承継されることを考慮して、不動産の時価から返還す
べき敷金相当額を控除して売買代金額を定めるのが通例であることを理由に、本件
不動産の譲渡についても、分離長期譲渡所得金額の計算において敷金相当額を譲渡
収入金額から控除すべきであるとする原告らの主張は、その前提において失当とい
うべきである。
3 次に、原告らは、本件の場合、仮に分離長期譲渡所得金額の計算において敷金
相当額を譲渡収入金額から控除することが認められないとしても、右敷金相当額は
譲渡費用として認められるべきである旨主張するので、右主張について検討する
に、譲渡所得の計算上収入金額から控除すべき「資産の譲渡に要した費用」とは、
譲渡を実現するために直接必要な経費をいうものと解すべきところ、いわゆる敷金
契約は、賃貸借に従たる契約であって、売買に従たる契約ではなく、いわば敷金は
賃貸借終了後は返還しなければならない単なる預り金にすぎないものというべきで
あるから、一般的に売買に当たって売主から買主へ承継される敷金相当額は、当該
不動産の譲渡を実現するために直接必要な経費には当たらないものというべきであ
り、また、本件敷金相当額が、本件土地譲渡を実現するため、特に不可避的に必要
な費用であったことを認めるに足りる証拠もない。
以上のとおり、本件敷金相当額は譲渡費用には当たらないものというべきであるか
ら、これを譲渡費用として譲渡所得金額を算定すべきである旨の原告らの主張は理
由がない。
三 争点2(本件敷金相当額を控除せずに譲渡所得金額を認定してした本件課税は
二重課税を行うものとして違法か。)について
1 甲第一ないし第四号証、同第六号証の一ないし三及び原告B本人尋問の結果に
よれば、C(Aの夫で昭和四四年四月二〇日死亡。以下「C」という。)と東映と
の間で、昭和三五年八月三一日、右当事者の協力により新たに株式会社小倉東映会
館(以下「小倉東映」という。)を設立し、本件土地に同社のための地上権を設定
し、同社は、地上権代金として土地所有者に一億四四三〇万円、賃料として月額六
〇万円を支払う旨合意し、その旨の覚書(甲第一号証)を作成したこと、その後、
右覚書の趣旨に沿って、同年一〇月二九日、A及びCと小倉東映との間で、本件土
地を堅固建物所有目的、期間三〇年、賃料月額六〇万円の約定で賃貸する旨の賃貸
借契約を締結するとともに、小倉東映は、Aらに対し、保証金として三二〇〇万
円、敷金として四〇〇〇万円を差し入れたこと、さらに、右同日、A、C及び原告
Bと東映との間において、東映がAらに対し小倉東映株式払込資金として合計七二
〇〇万円を、その返還時期については別途協議の上定めることとして、貸し付ける
旨の金銭消費貸借契約書(甲第三号証)が作成されたこと、その後、昭和四五年四
月二五日、東映は小倉東映から本件土地についての賃借権を譲り受け、同年五月一
日、Aと東映との間において、東映からAに差し入れるべき敷金の総額は一億四四
三〇万円であることを確認し、Aらに交付済みの敷金七二三〇万円との差額七二〇
〇万円を一〇年間の月賦により毎月の賃料に加算して便宜上地代増額の名目で支払
うことを合意し、その旨の覚書(甲第四号証)を作或したこと、東映は、右覚書に
従って、右敷金の差額七二〇〇万円を支払ったこと、以上の事実が認められる。
2 そこで、まず、昭和三五年一〇月二九日の賃貸借契約締結に際してAらに交付
された保証金、敷金等の金員に対して、これを譲渡所得として課税された事実の有
無につき検討すると、昭和三四年法律第七九号による所得税法の改正及び同年政令
第八五号による所得税法施行規則の改正に伴って定められた取扱通達(昭和三五年
二月二日付け直所一-一一外「昭和三四年三月改正所得税法(源泉所得税関係を除
く。)の取扱について」)によれば、借地権の設定に当たり、敷金、保証金、貸付
金などの名義により受けるものであっても、通常行われているものと著しくことな
っているものについては、その額、返済条件その他を念査し、契約上の文言にとら
われることなく、その実質に従って同規則七条の一〇第三項に規定する特別の経済
的な利益の金額を判定するとともに、それらの敷金などが権利金でないかどうかも
あわせて判定し、借地権設定の対価として譲渡所得に当たるか否かを判断すること
とされている(甲第五号証参照)。
ところで、右昭和三五年一〇月二九日の賃貸借契約の締結に際し小倉東映がAらに
差し入れた保証金三二三〇万円及び敷金四〇〇〇万円は、当時としてはかなり高額
のものであったとみられることに加えて、右1において判示したところによれば、
右契約締結と同時に、小倉東映株式払込資金の名目で合計七二〇〇万円がAらに支
払われた事実が推認され、結局、Aらは、右契約締結に際して合計金一億四四三〇
万円の交付を受けたものというべきところ、右1に判示したところによれば、右売
買契約の直前に作成された昭和三五年八月三一日付け覚書(甲第一号証)において
は、右同額の金一億四四三〇万円が土地所有者に支払うべき本件土地の地上権代金
として記載されていたことに照らすと、右取扱通達の趣旨にかんがみ、原告らが主
張するとおり、右契約締結時に授受された金員が、その実質が借地権設定の対価で
あるとして、譲渡所得と認定された可能性も否定できなくはない。
しかしながら、原告B本人尋問の結果によっても、右契約締結当時右保証金、敷金
等の名目でAらに交付された金員に対して譲渡所得としての課税が現実にされた事
実はうかがわれないことに加えて、右保証金名目で支払われた三二三〇万円及び敷
金名目で支払われた四〇〇〇万円については、昭和三五年一〇月二九日の賃貸借契
約の契約書(甲第二号証)上、契約が終了したときはその全額を返還すべき旨明記
されているところでもあるから、他に右課税の事実を裏付けるに足りる証拠がない
限り、右保証金、敷金等の金額が当時としてはかなり高額のものであったことなど
右利示事実のみから直ちに右課税の事実を推認することもできないものというべき
である。
3 次に、昭和四五年から一〇年間にわたって毎月の賃料に加算して支払われた敷
金差額分七二〇〇万円について不動産所得として課税された事実の有無につき検討
すると、右1において判示したところによれば、右七二〇〇万円については、Aと
賃借人である東映との間の昭和四五年五月一日付け覚書(甲第四号証)において、
便宜上地代増額の名目で毎月の賃料に加算して支払う旨合意され、東映は、右覚書
に従って、右敷金の差額七二〇〇万円を支払ったものと認められるところ、原告B
は、その本人尋問において、Aは、東映から毎月の賃料とともにその支払を受けた
右敷金差額の分割支払分についても、これを地代収入すなわち不動産所得として申
告していた趣旨の供述をしている。
しかしながら、原告Bの供述自体、右敷金差額の分割支払分を不動産所得として申
告していた旨原告Dから聞いているといった趣旨のものであって、確かな裏付けを
欠くものである上、右敷金差額の支払期間に対応する確定申告書の控えをはじめA
が右敷金差額分を不動産所得として申告していた事実を裏付けるに足りる客観的証
拠は全く提出されていないことにかんがみると、右Aが右敷金差額の分割支払分を
不動産所得として申告していた旨の供述自体、信用性に乏しいものといわざるを得
ない。また、原告は、東映が本来の賃料額を大幅に上回る金額が記載された不動産
の使用料等の支払調書(甲第六号証の一ないし三)を税務署長に提出していたこと
をもって、右敷金差額分が不動産所得として課税の対象とされたことの裏付けとす
るかのようであるが、右調書からは、東映が税務対策上敷金差額分を必要経費とし
て処理するために本来の賃料額に右敷金差額の分割支払分を加算した金額を地代と
して申告した事実がうかがわれるものの、右事実のみから直ちに賃貸人であるAに
対しても右敷金差額分が不動産所得として課税の対象とされたものであると推認す
ることはできないものというべきである。
なお、仮に原告ら主張のとおりAが右敷金差額分をも不動産所得として申告してい
た結果、右敷金差額分に対する課税がされていたとしても、そもそも右課税は納税
者であるAの申告に基づいてされたものであるところ、Aとしては右敷金差額分を
本来の賃料とは区別されたものとして申告せず、また、課税庁から右敷金差額分に
ついて課税処分を受けた場合にも右の旨主張してこれを争う余地が存したのである
から、租税法律関係においては租税法律主義の原則が厳格に貫かれるべきであるこ
とにもかんがみれば、本来敷金相当額を本件土地の譲渡収入金額に含めて課税する
ことが結果的にみて右敷金相当額に対する二重課税になるとしても、他に相当の事
情がない限り、そのことのみをもってしては、いまだ本件更正処分を違法ならしめ
るものとは到底いえないものというべきである。
4 以上判示したとおり、本件敷金相当額を控除せずに譲渡所得金額を認定してし
た本件課税が、右敷金相当額に対して二重課税を行うものとして違法である旨の原
告らの主張は、その前提において、失当というべきである。
三 本件更正処分についてのまとめ
以上のとおり、本件更正処分が違法であるとする原告らの主張はいずれも採用する
ことができず、本件更正処分は、適法なものと認められる。
四 本件過少申告加算税賦課決定処分について
前記のとおり、本件更正処分は適法であるから、国税通則法六五条一項に基づき算
出された本件過少申告加算税賦課決定処分も適法である。
五 以上のとおり、被告のした本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分はい
ずれも適法であり、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、
訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文
を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 湯地紘一郎 西川知一郎 野本淑子)

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