弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
申請人が被申請人に対し、アナウンサーとしての業務に従事する労働契約上の地位
にあることを仮に定める。
申請人のその余の申請を却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 被申請人が申請人に対して昭和五四年四月二〇日付で行つた編成業務部への配
置転換命令の効力を仮に停止する。
2 申請人が会社業務本部制作局制作部に所属し、アナウンス業務に従事する地位
を仮に定める。
3 申請費用は被申請人の負担とする。
二 申請の趣旨に対する答弁
1 本件申請をいずれも却下する。
2 申請費用は申請人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 申請の理由
1(一)被申請人株式会社ラジオ関東(以下、単に会社という。)は、放送免許事
業を主たる業務とする資本金三億円、従業員約一六〇名を擁する株式会社である。
(二)申請人は、右会社の従業員であり、かつ、会社構内で働く労働者によつて組
織された民放労連ラジオ関東労働組合(組織人員約五〇名、以下、組合という。)
の組合員である。
2 申請人は、会社業務本部制作局放送部(以下、放送部という。)にアナウンサ
ーとして勤務するものであるところ、会社は、昭和五四年四月二〇日付で、申請人
に対し、業務局編成業務部(以下、編成業務部という。)へ配置換えする旨の命令
(以下、本件配転命令という。)をなした。
3 しかし、本件配転命令は、次の理由により無効である。
(一) 労働契約違反
(1) 会社のアナウンサー入社試験は、一般社員の入社試験とは別個に行なわれ
た。その内容は、1第一次から第三次にわたる音声試験、2筆記試験、3役員面
接、4身体検査である。1の音声試験は極めて厳格な試験であつたが、これはアナ
ウンサー志願者のみに課せられ、一般社員の入社試験にはふくまれていなかつた。
 申請人が昭和三五年夏に受験した会社のアナウンサー入社試験の内容は次のよう
であつた。
① 第一次音声試験
(ⅰ) 応募者数 約一二五〇名(男女含む)
(ⅱ) 試験場 本社
(ⅲ) 試験内容 受験番号、氏名などを名乗らせ、あるいはごく簡単な文章を三
〇秒程度朗読すること。
(ⅳ) 合否の決定 試験当日その場で判明。応募者数の大半を振るい落とす。
② 第二次音声試験
(ⅰ) 試験内容 多少長い文章(例えば天気予報、コマーシヤル、早口言葉な
ど)を一分三〇秒程度朗読すること。
(ⅱ) 合否の決定 試験当日その場で判明。
③ 筆記試験
 この筆記試験は一般社員と同時に同試験場で行なわれた。
(ⅰ) 試験内容 英語・国語・一般常識・作文
(ⅱ) 合否の決定 約一週間後に通知された。
④ 第三次音声試験
(ⅰ) 応募者数 筆記試験合格者男性約一〇名、女性約二〇名
(ⅱ) 試験内容 男女別に行なわれた。
 女性の場合
(イ) 「道」というテーマで三分間のフリートーキング
(ロ) フイルムを見て情景描写
(ハ) インタビユー(社員が時の人になり応試者がインタビユーする)
(ニ) 二つのグループに分け、一グループ約一〇名で五分程度のグループデイス
カツシヨン
(ホ) 英語による口頭試問(質問内容は出身校、趣味)
(ⅲ) 合否の決定 数日後通知された。
⑤ 役員面接
(ⅰ) 応試者数 女性約一〇名、男性約五名
(ⅱ) 面接内容 一〇分弱、学生時代の生活、会社を選択した理由等
⑥ 身体検査
 役員面接の後本社近くの大滝病院で受けた
⑦ 右⑤⑥の合否の決定
 以上の受験後、試験当日電話で合格の通知を受けた。最終合格者は一二五〇名の
うち僅か五名(男性二名、女性三名)であつた。
(2) 最終合格者は申請人の他、申請外a、同b、同c、同dであつた。
 申請人は、右四名の合格者と一緒に、最終合格通知を受けたその年の一〇月一日
から翌年三月半ばまで約六ケ月間、会社のアナウンサー養成の講習を受けた。
 右講習は、アナウンサー試験合格者を翌年本採用までに専門的、特殊技能を高く
要請されるアナウンサーとして使用できるようにするためのものであつた。従つて
一般社員として採用される採用内定者に対しては行なわれなかつた。
 講習の概要は以下のとおりであつた。
(ⅰ) 期間 昭和三五年一〇月一日から同三六年三月中旬ごろまで
(ⅱ) 講習時間 週六日間、午前一〇時から午後六時まで
 出勤簿に押印をして出欠状況を確認
(ⅲ) 手当 日給約三五〇円
(ⅳ) 身分 講習生
 また、そこでの講習内容は、以下のとおりきわめて高度なものであつた。
(ⅰ) 発音練習
・ 発音要領 アナウンサー教育教材を使用し、先輩ベテランアナウンサーの指導
の下に、声帯の振動、舌唇、顎の機能を分析し、科学的訓練が極めて厳しく行なわ
れた。
・ アクセント アクセントの型、変化の理解のもとに綜合練習がなされた。
・ イントネーシヨン イントネーシヨンの意義を充分に理解したうえでの型につ
いての分析、それに伴う訓練がなされた。
(ⅱ) 原稿読みの練習
 右発音練習の上、原稿読みの訓練が行なわれた。原稿内容は、ニユース、天気予
報、コマーシヤル、スポーツニユース、番組告知、子供向け番組、寄席、軽音楽、
クラシツク、農業気象と多種多様であつた。そしてそれぞれの趣にあつた雰囲気を
出せるよう、たとえば間の取り方、流れるように、語尾に余韻を持たせる、思い切
りよく、明るく、速く読んでも音を崩さず、起伏、配役調、軽く、やさしく等の表
現訓練がなされた。
(ⅲ) アドリブの練習
 横浜本社の屋上から見える横浜港の情景描写を三分間、番組進行表をみて番組紹
介二〇秒など。
(ⅳ) 放送業務全体の理解のための講義
 アナウンス業務以外のラジオ局の業務ー報道、制作、スポーツ、技術、営業など
各セクシヨンの業務内容およびアナウンサーとのかかわりについての講義
(ⅴ) 外部講師による講義
 当時ラジオ関東に出演していたタレント等ーe、f、g氏などによる講義
(ⅵ) 文化放送との合同研修
 同時期に採用された文化放送のアナウンサー講習生と合同で講習を受けた。
 言語学者h氏の音声学についての講習。
 その内容は、①発音と言語音、②言語音の特色、③言語音声の物理的性格、④言
語音の心理分析、⑤音声器官と単音の種類、⑥音素と音節、⑦日本語の音節の標準
的な音価など極めて専門的、高度なものであつた。
 他にもi氏、咽喉科の医師などの講義もあつた。
(ⅶ) さらには、放送と関りの深い諸機関、諸施設として横浜港、横浜地方裁判
所、羽田空港などの見学もなされた。
 以上の特殊専門技術的特訓は、まさに五名の採用者にアナウンサーとしての高度
の専門技術を身につけさせるためのものであつた。
(3) 右のとおり申請人は、昭和三六年四月一日、会社にアナウンサーとして採
用されたものであり、したがつて、会社との間では申請人の職種をアナウンサーと
特定する旨の労働契約が結ばれていたものである。
(4) しかるに、申請人が配転された編成業務部は、番組予算の立案・管理・調
整、番組の編成・企画・宣伝、CM製作などの外に自動スポット編集装置(通称一
〇〇R、以下単に一〇〇Rと略称する)の運用等を所掌事務とし、申請人が新しく
従事する職種は、一〇〇Rのキーパンチヤーである。
(5) よつて、本件配転命令は、職種の変更を伴つており、したがつて申請人と
の労働契約に違反し、無効である。
(二) 権利の濫用
(1) 申請人は、かねてから、女性として、特殊技能を必要とする専門職である
アナウンサーを生涯の仕事とすることを希望して、会社に入つたものであるが、本
件配転は、入社後一八年間にわたり一貫してアナウンサーの職務に従事し、この専
門職を全うすることに人生の価値を見い出してきた申請人に対し、苛酷な犠牲を強
いるものである。
(2) 会社において、一〇〇Rの所管を編成業務部へ移管しなければならない絶
対的理由はなく、また、一〇〇Rの操作は単純労働の範囲に属し、誰にでもできる
業務であるから、この要員は全社的範囲で人選することが可能であつて、制作局内
から選ばなければならない必然性はなく、さらに、本件配転によつて婦人アナウン
サーは人員不足の状態になる。
(3) 会社の就業規則には配置転換に関する規定がなく、これに関する労働協約
も存在しない。さらに、会社は、本件配転につき、申請人の了解を得るべく誠実な
努力をしていない。
(4) 以上の事実を総合すれば、本件配転命令は、合理的理由を欠き、申請人に
一方的かつ苛酷な犠牲を強いるものであつて、手続的にも誠実性を欠くものとし
て、権利の濫用にあたり、無効である。
(三) 不当労働行為
(1) 申請人は、入社後試用期間を終了した昭和三六年一〇月組合に加入し、同
五一年八月組合婦人部長、拡大中央闘争委員、同五二年八月関東地連婦人協議会副
議長を歴任、本件配転当時は同協議会常任委員の地位にあつた。
(2) 申請人と同期に入社した者は現在五名残つているが、組合員である申請人
が平社員、同じく申請外bが主任に留めおかれているのを除くと、他はいずれも組
合を脱退し、課長に昇格している。
(3) 申請人の夫j(以下単にjともいう)は、同じく会社の従業員であるが、
最も有力な組合活動家の一人である。右jは、その組合活動を理由として、これま
で会社から刑事告訴や解雇処分を受け、勤続二一年の大学卒業者にもかかわらず平
社員のまま留めおかれるなど常に不当な差別を受けてきた。そのうえ会社は、同五
二年四月、右jを、制作部(プロデユーサー)から一般事務職であるレコード管理
室への配転を強行し、これは現在、東京都地方労働委員会で不当労働行為事件とし
て争われている。
(4) 本件配転により、申請人は、専門職であるアナウンサーの職務を奪われ、
職務上重大な不利益を被り、かつ、その精神的苦痛も大きい。
(5) 以上の事実を総合すれば、本件配転は、申請人自身、もしくはその夫jの
組合所属ないし活動を嫌悪し、それに対する攻撃を真の理由として行つたものであ
り、申請人に重大な職務上、精神上の不利益を与えるものであつて、不当労働行為
に該当し、違法無効である。
4 保全の必要性
(一) アナウンサーとしての業務は、漫然としていて勤まるものではなく、絶え
ず訓練を続けることが必要な熟練労働である。しかも、アナウンス技能を維持する
ためには、単に平素の発音、発声の訓練だけでなく、同時に緊張感も含んだ個性豊
かな場面場面でのアナウンス業務そのものが、最良の訓練場となるのである。した
がつて、申請人をこのまま放置しておけば、熟練を要する職種の性質上、技能の低
下を招くことにもなり、一刻も早く申請人をアナウンスの職場に復帰させねば、例
え本案訴訟で勝訴しても、そのアナウンス技能の低下に影響を与える恐れがでてく
る。
(二) また、本件配転命令は違法であるから、申請人は何ら本件配転命令に従う
義務を負わないものであるが、しかし、そのことが本案判決によつて確定されるま
では、申請人は、事実上、会社からアナウンス業務に従事することを拒否されると
ともに、法律上何ら従事する義務のない編成業務部の業務に従事することを余儀な
くされることとなる。そうだとすれば、申請人がそのことによつて本案判決の確定
するまでの間に被る精神的ないし身体的苦痛は甚大なものである。
 したがつて、申請の趣旨記載のとおり地位保全の仮処分を求める必要がある。
二 申請の理由に対する認否
1 申請の理由―および2の事実は認める。
2(一)(1) 申請の理由3(一)(1)(2)の各事実は、いずれも認める。
(2) 同3(一)(3)の事実中、申請人が、同三六年四月一日に会社に採用さ
れた点は認め、その余の事実は否認する。
(3) 同3(一)(4)の事実中、編成業務部の所掌事業の内容及び申請人が同
部でDN―一〇〇R型自動スポツト編集装置関係業務に従事していることは認める
が、その余は争う。スポツトテープのアドレス番号を運行表にもとづき磁気テープ
に記録する作業は、キーパンチ業務と目すべきものではないのみならず、右の事業
は一〇〇R関係業務の一部分をなすにすぎない。
(4) 同3(一)(5)の事実は争う。
(二) (1)同3(二)(1)の事実中、申請人の入社の動機は不知、その余の
事実は、否認する。
(2) 同3(二)(2)の事実は否認する。
(3) 同3(二)(3)の事実中、会社の就業規則には配置転換に関する規定が
なく、これに関する労働協約も存在しないことを認め、その余の事実は否認する。
(4) 同3(二)(4)の主張は争う。
(三)(1) 同3(三)(1)の事実中、申請人が昭和三六年一一月頃組合に加
入したこと、組合婦人部長(拡大中央闘争委員)であつたことは認め、その余の事
実は不知。
(2) 同3(三)(2)の事実は認める。
(3) 同3(三)(3)の事実中、申請人の夫jが会社の従業員であること、同
人が業務上保管中の出張旅費仮払金の一部を着服費消するという行為があつたの
で、会社が同人を刑事告訴し、制裁解雇(昭和四四年一二月二四日付)したこと
(しかし、右の件は、東京都地方労働委員会において和解が成立し、同人は同四六
年七月二一日復職した。)、同人が現在も社員の資格であること、同五三年四月
(五二年ではない)会社が同人を制作部から資料部に配転したこと、組合および同
人がこれを争つて東京都地方労働委員会に救済申立を行い、係争中であることは認
め、その余の事実は争う。
(4) 同3(三)(4)の事実は否認する。
(5) 同3(三)(5)の主張は争う。
 本件配転直前における女子アナウンサーは申請人を含めて六名であつたが、kが
非組合員(課長)である外、五名はいずれも組合の組合員である。これら組合員ア
ナウンサーの間で組合経歴に特に大きな差があることは考えられないし、lを除く
他のアナウンサーは、いずれも既婚者であるが、例えば、mの夫nも申請人の夫と
同じく、会社の従業員であり組合執行委員を歴任している。このように、申請人に
対する本件配転は、同人の組合活動歴とか、その夫の組合所属ないし活動が理由で
ある、などというものでは全くない。
3 同4(一)(二)の事実は、すべて争う。
 女子アナウンサーが産前産後休暇等のため長期間仕事を休んだ場合であつても、
出勤すると直ちにアナウンス業務についているのが実情制あるので、仮処分をもつ
て同復し難い損害を被るとして保全しなければならない緊急性は存しない。
三 被申請人の主張
1 会社と申請人間の雇用契約は、アナウンサー業務にその職種を特定したもので
はない。会社は、昭和三六年四月一日付をもつて申請人を採用したが、その採用辞
令が「社員試用として採用し編成局アナウンサー室勤務とする」というものである
ことからも明らかなように、社員(但し、六か月間の試用期間を除く)として採用
したものであつてアナウンサーとして採用したというものではないし、また、勤務
部署として「編成局アナウンサー室」を指示しているが、これも雇用契約存続期間
中、編成局アナウンサー室ないしこれに相当する部署にのみ所属せしめる、という
趣旨ではない。
2 仮に、会社が同三六年四月一日付で申請人と締結した雇用契約において、職種
をアナウンサーの業務に特定する旨の合意が存していたと解されるとしても、当時
会社に採用され、アナウンサー業務についた他の社員におけると同様、その合意
は、その後、情勢の変化に伴い黙示的に変更されたものである。すなわち、かつて
は、アナウンサーの業務とは即アナウンスメントであり、如何にして正しく美しく
アナウンスするかがアナウンサーたる者の責務とされていたのであるが、その後、
個性を前面に押し出し、これを売物とするいわゆるタレントが聴取者の共感と支持
を受けてアナウンサーの職場に進出するようになつてからは(スポーツ中継などは
まだそのようなことはない)、アナウンサーも旧来の枠にとらわれていたのでは、
その存在価値すら乏しくなるので、単なるアナウンス業務のみではなく、一つの番
組の企画から制作までをも担当しうるように努めるべく要求されるようになつて来
た。会社においては、同四二年頃から、アナウンサーの自己修練にるパーソナリテ
イ(個性)の発揮及びアナデユーサー(アナウンサー・プラス・プロデユーサーの
仕事を兼ねる職種についての造語である。)化という方針を立て、単なるアナウン
サーから脱皮して幅広く番組制作面に活動すべきことを求めており、会社内のアナ
ウンサーもこれを了解し、能力のない者は未だ実績を上げ得ないであるが、能力の
ある者はプロデユーサーの手を借りず自分一人で取材先との連絡をとり携帯用録音
機をかついで取材し編集もする、ということをしている。このように会社内におい
て、アナウンサーとしての「職種の特定」は崩壊したのである。
 そして昭和四〇年代半ば以降においては、特別の訓練を受けたアナウンサー以外
の、いわゆるタレントや学識経験者等のアナウンサーとしては素人ともいうべき人
達の大量進出を見るようになり、「日本語を正しく美しく読み、話す」技能はアナ
ウンサーの基礎的な技能としての評価に留まり、この基礎的な技能の上に高度な技
術を積んだスポーツ中継放送等が行えるとか、豊富な知識やパーソナリテイを発揮
し、その持味をもつて担当番組の特色となしうる域に達してはじめて専門職性を認
められるというように、会社内においてもアナウンサー業務の専門性に対する認識
が変化してきた。いいかえれば、アナウンサー業務に従事する者を専門性の認めら
れる者と然らざる者とに二分する認識が一般的になつてきた。そして、会社のアナ
ウンサー社員の間には、右にいう専門家と認められるアナウンサーとしての適性の
ない者は、アナウンサー業務の枠にとらわれず、それ以外の業務にも従事しなけれ
ばならないとの認識が定着し、他の業務に従事するようになつた。
3 仮に、右1の主張が認められないとしても、申請人は、同五〇年四月から同五
一年四月までの間、横浜報道制作部から報道部に異動して勤務しており、報道部へ
の配転発令に従つた時点で、明示的に、雇用契約の内容をアナウンサーの職務に特
定するとの合意は変更されたものである。
4 申請人の配転の合理性
(一) 編成業務部における人員補充の必要性
 従来一〇〇R関係業務は、技術部が所管していたが、スポンサーの要請に応えて
番組の多様化が進むにつれて同部の業務量が増大していたところ、昭和五四年度か
ら会社がプロ野球の巨人戦の中継放送を東京放送他数社に送ることになり、そのた
め、技術部員二名がとられることとなつた。そのため、プロ野球が開幕した後は一
〇〇R関係業務を同部で担当することは不可能となつた。そこで、本来、スポツト
およびCMの制作や放送を完全に間違いなく送り出す責任を負つている編成業務部
が、一〇〇R関係業務を引き取ることになつた。ただそうなれば、同部の業務量が
増え、それまでの同部の陣容のままでは消化し切れないので、一名補充する必要が
生じた。
(二) 申請人が選出されるに至つた経緯
(1) 前記のような事情により、一〇〇R業務を制作局技術部から業務局編成業
務部に移管する旨を告げられたo編成業務部長は、p制作局長に対して一名の補充
を要請した。
 同制作局長は、右要請を受けて、まず制作局内のセクションから、一名の転出の
可能性を検討したが同局技術部には到底一名転出させうる余裕がなく、他の制作
部、報道部、運動部、資料部にも全く人員の余裕がないと判断した。しかし、同局
放送部の女子アナウンサーは、当時の現有人員六名に対しその業務量が少なく、戦
力としての活かされ方も他のセクシヨンに比べ甚だ不満足な実情にあつたので、人
員の余裕のあるセクシヨンとしては放送部の女子アナウンサーであり、その中から
異動の対象者を選ぶのが合理的であると考えた。しかも、女子アナウンサーならば
キヤリアとしてCM制作にも関与しており、一〇〇R業務のうちの一つであるC
M、スポツトのチエツクも十分こなせる能力もあり、さらには、ゆくゆくCM制作
においてキヤリアを活かしうることにもなろう、と判断した。そこで、同制作局長
は、同五四年三月二〇日頃、q放送部長に対し、女子アナウンサーのうちから一名
を編成業務部に転出させたい旨を伝え、更に転出させるとしたら誰が適当か、につ
いての検討を命じた。
(2) 同放送部長は、r課長らの意見をも徴して検討した結果、女子アナウンサ
ー六名のうちから一名転出させても放送業務には何らの支障は生じないこと、転出
させるべきアナウンサーとしては申請人が最も適当であること(さらにいえば、申
請人を放送部から転出させることによつて、その後の放送部における人間関係はか
えつてしつくりしたものになるであろうと期待された)の結論を得た。そこで、指
示を受けた数日後、同制作局長に右の旨を伝えた。
 同放送部長の右の判断は、次のような事情によるものである。(イ)当時の放送
部の女子アナウンサー六名のうち三名は四〇才以上であり、最も若いアナウンサー
でも三二才で、平均年令が三七・八才という高令化の状態にある。(ロ)テレビの
普及により、ラジオは一家団らんの具から個人によつて楽しまれるものという傾向
が強く出てきており、スポンサーも個人対象、就中、若者(いわゆるヤング層)に
狙いをつけたCM効果を重視するようになつている。(ハ)ところが、高令化した
女子アナウンサーのアナウンスは、ヤング層の共感を得るような生き生き、溌刺と
した魅力に乏しい。それにもかかわらず、女子アナウンサーの大半が、年令による
衰えをカバーする個性的魅力を身につけるなどの努力をしていない。(ニ)したが
つて、司会、インタビユー等々アナウンサーが活躍すべき場をどんどんタレントそ
の他スポンサーや聴取者ニーズ(要求)に応えられる特性の持主に侵触され、わず
かの女子アナウンサーのみが、二、三特定の番組を持つているだけで、その余はシ
フト勤務による午前一〇時のニユース読みやシー・エム(CM)アナの録音と春秋
のキャンペーン番組の取材に参加すること位というのが実情である。(ホ)これら
の女子アナウンサーの業務量は、総体でも六人分などはおろか、五人分ともいえな
い位で、一人を転出させても何らの支障も生じない。(ヘ)そして、六人の女子ア
ナウンサーの中では、①申請人が番組を担当することが一番少ないというところに
も表われているように、その仕事ぶりや能力について部内外で極めて評判が悪く、
他に人がいない等のよんどころない場合以外には、制作担当者が申請人を使おうと
しない。②申請人には仕事に対して、全く改善努力の姿勢が見受けられない。③申
請人は極めて独善的で、同僚やスタツフ等との協調性が全く欠如している、等の点
から見て、申請人が最も編成業務部へ転出するのに適している。
5 以上のとおりで、本件配転命令は申請人との労働契約の範囲内のものであり、
かつ、会社の業務上の必要性に基づいてなされたものであるから有効であつて、違
法、不当なものではない。
四 被申請人の主張に対する申請人の認否及び反論
1 被申請人の主張1のうち、会社が同三六年四月一日付をもつて申請人を採用し
たこと、その採用辞令が「社員試用として採用し編成局アナウンサー室勤務とす
る」というものであること、会社は申請人を社員として採用したものであることは
認めるが、その余は争う。会社のアナウンサーは会社の社員であるから、社員とし
ての採用とアナウンサーとしての採用は矛盾しない。
2 同2は、すべて争う。
 会社はアナウンサーが番組制作面でも活動していることを根拠に「職種の特定」
観念の崩壊を主張しているが、論理に飛躍がある。会社の主張は、要するに、アナ
ウンサーが従来のアナウンスメントだけでなく、その周辺の番組制作面での活動
(企画、取材、原稿書き、編集、選曲等)も行つているというにすぎない。しか
し、あくまでもアナウンスメントが中心であり、より深いアナウンスメントをする
ために、企画段階から関与するなどしているわけで、アナウンスメントと全く関係
なく右のような番組制作面での仕事をしているというわけではないのだから、会社
の主張は意味がない。
3 同3のうち、申請人が、同五〇年四月から同五一年四月までの間、報道部に勤
務したことは認め、その余は争う。
 申請人は、横浜報道制作部から報道部への配転命令に異議を唱えて指名ストで闘
つたが、s制作局長の「申請人を次回異動の対象として考慮する。」との趣旨の言
明を受けて指名ストを解除し、報道部への配転に応じたのである。そして、申請人
は報道部に所属してもアナウンス業務を継続し、一年後には放送部に復帰して専ら
アナウンス業務に従事してきたわけであるから、本件配転当時、申請人の職種がア
ナウンス業務に特定されたままであることは明らかである。
4(一) 同4(一)のうち、従来一〇〇R関係業務は技術部が所管していたこ
と、同部の業務量が増大していたこと、編成業務部が一〇〇R関係業務を引き取る
ことになつたこと、昭和五四年度から会社が巨人戦の中継放送を東京放送他数社に
送ることになつたことは認め、その余は争う。
 一〇〇Rの担当替えの理由とされた「昭和五四年度から他社へプロ野球の中継を
送るため技術部員を取られる」という事情も、実際には、技術部員を送り出す必要
がなくなつて解消されている。
(二)(1) 同4(二)(1)のうち、女子アナウンサーはキヤリアとしてシ
イ・エム(CM)制作に関与していること、女子アナウンサーは一〇〇R業務のう
ちの一つであるCM、スポツトのチエツクを十分こなせることは認め、技術部には
到底一名を転出させうる余裕がなく、他の制作部、報道部、運動部、資料部にも全
く人員の余裕がないこと、女子アナウンサーは現有人員六名に対しその業務量が少
なく、戦力としての活かされ方も他のセクションに比べ甚だ不満足な実情にあるの
で、人員の余裕のあるセクションとしては放送部の女子アナウンサーをおいてない
こと、CM制作においてキヤリアを活かしうることは否認し、その余は不知。
(2) 同4(二)(2)のうち、女子アナウンサー六名のうち三名は四〇才以上
であり、最も若いアナウンサーでも三二才で、平均年令が三七・八才という状態に
あることは認め、q放送部長がr課長らの意見をも徴して女子アナウンサーの転出
について検討したこと、q放送部長は、指示を受けた数日後、p制作局長に対し、
検討の結果を伝えたことは不知、その余は争う。
第三 疎明関係(省略)
       理   由
一 申請の理由第1、2項の事実は当事者間に争いがない。
二 申請人は、本件配転命令が申請人と会社間の労働契約に違反する旨主張するの
で、以下検討する。
1 申請人と会社との間の昭和三六年四月一日付労働契約の内容について
 成立に争いのない疎甲第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし九、第一二号
証、第六六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと一応認められる疎甲第四七
号証、証人mの証言により真正に成立したと一応認められる疎甲第四六号証、申請
人本人尋問の結果により真正に成立したと一応認められる疎甲第一一〇号証、証人
mの証言、申請人本人尋問の結果を総合すると、次の事実を一応認めることができ
る。
(一) 申請人は、昭和三六年三月、日本大学短期大学部放送科を卒業したもので
あるが、早くから自己の職業としてアナウンサーを志し、すでに右短大在学中より
クラブ活動として同大学アナウンス研究会に所属したり、東京アナウンスアカデミ
ーに通学したりして、アナウンサーに必要な知識、技術、能力等の修得に努めてい
たものであること。
(二) 申請人は、会社が同三五年夏に行つた男女のアナウンサー採用のための公
募に応じ、その採用試験(試験の内容が申請の理由3(一)(1)のとおりであつ
たことは、被申請人会社の認めるところである。)に合格して編成局アナウンサー
室の従業員に採用されることになつたものであるが、右採用試験は、アナウンサー
としての能力、適性の選別に重点を置いて実施されたものであり、第一次音声試
験、第二次音声試験、筆記試験、第三次音声試験、役員面接、身体検査の順序で厳
格に行われたこと、そして、右の試験の応募者が約一二五〇名であつたのに対し、
最終合格者は申請人を含めわずか五名にすぎなかつたこと。
(三) 申請人らアナウンサー採用試験の最終合格者は、いまだ採用内定の段階に
すぎなかつた同三五年一〇月一日から採用決定までの翌同三六年三月中旬ころまで
の約五か月半の間、アナウンサー講習生として会社からアナウンサーに必要な特別
の教育、訓練を受けた(右講習の内容が申請の理由3(一)(2)のとおりであつ
たことは被申請人会社の認めるところである。)うえ、同三六年四月一日に、編成
局アナウンサー室の社員(但し、六か月間の試用期間を置く。)として採用された
ものであること。
(四) 会社は、同三五年夏、アナウンサー採用試験のほかに、技術部門を除く一
般社員の採用試験をほぼ同時に実施したが、この採用試験はアナウンサー採用試験
とは別個の目的および内容を有するものであつたこと。
(五) そして、申請人は、右のとおり同三六年四月一日に編成局アナウンサー室
の社員に採用されてから本件配転命令を受けるまでの約一八年間、途中、編成局ア
ナウンサー室ないし放送部ではなく、同四七年二月から同五〇年二月まで横浜報道
制作部、同五〇年四月から同五一年四月まで東京支社制作局報道部にそれぞれ所属
したことはあるものの、ほぼ一貫して、ラジオ放送のアナウンス業務を中心に従事
してきたものであること。
(六) 会社の就業規則には、社員の配置転換に関する規定はなく、また、これに
関する労働協約も存在しないこと。
(七) 以上の各事実が認められ、右認定に反する疎明は、措信しない。
2 そこで、前認定の各事実を総合して検討する。
 一般に労働契約の締結において、労働者は企業運営に寄与するため、使用者に対
して労働力を提供し、その使用を包括的に使用者に委ねるのに対し、使用者はその
労働力の処分権を取得し、その裁量に従い、提供された労働力を按配して使用する
ことができるものである。このことは、すなわち、当該労働契約において特に労働
の種類・態様・場所についての合意がなされていない限り、これらの内容を個別的
に決定し、抽象的な雇用関係を具体化する権限は使用者に委ねられており、使用者
は右権限に基づいて、労務の指揮として、自由に具体的個別的に、その内容を決定
することができる。配置転換等の人事異動は使用者の有する右のような権限に基づ
く命令であり、それは、使用者が先に自らが決定していた労働契約の具体的個別的
内容を一方的に変更する行為ということができ、その意味において、一種の形成行
為と解するのが相当である。従つて、当初の労働契約において、労働の種類・態
様・場所についての合意がなされている場合は使用者たる会社のなす配置転換の命
令は、労働者に対して、当初の契約変更の申入れであり、当該労働者の同意がなけ
れば、その効力を生じないものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、申請人が会社に雇用される際に会社の課した採用試
験が、会社のアナウンサー採用のための試験であり、その試験に合格し、本採用の
決定に至るまでの申請人に対する講習等の実態を併せ考えると、申請人が会社に雇
用される際の労働契約締結にあたつて、会社に対し、アナウンサーとしての業務以
外の業務にも従事してよい旨の明示または黙示の承諾を与えているなどの特段の事
情が認められないかぎり、申請人は、会社との間で、アナウンサーとしての業務に
従事するという職種を限定した労働契約を締結したものと認めるのが相当である。
そして、本件の全疎明資料を検討しても、申請人が右労働契約締結の際に会社に対
し、アナウンサーとしての業務以外の業務にも従事してよい旨の明示または黙示の
承諾を与えているなどの特段の事情は認められない。そうすると、申請人がその後
個別に承諾しないかぎり、申請人は、会社に対し、アナウンサーとしての業務以外
の業務に従事することを命ぜられたとしても、申請人において右命令に同意しない
かぎりその命令に従うべき労働契約上の義務を有しないものといわなければならな
い。
三 次に、会社は、昭和三六年四月一日付で申請人と締結した雇用契約において、
職種をアナウンサーとしての業務に特定する旨の合意が存していたとしても、当時
会社に採用されアナウンサーとしての業務についた他の社員におけると同様、右合
意は、その後、会社内の情勢の変化に伴い、その職種は、黙示的に変更され、アナ
ウンサーとしての業務に従事する者についてもいわゆる専門性の認められる者とそ
うでない者に分けられ、後者に該当する者は、アナウンサーとしての業務の枠にと
らわれず、それ以外の業務にも従事しなければならない旨の契約内容に変わり、申
請人は専門性の認められないアナウンサーであるから、本件配転命令は労働契約に
違反しない旨主張するので、その当否を検討する。
1 成立につき争いのない疎乙第二九号証、証人qの証言により真正に成立したと
一応認められる疎乙第五号証、第二七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと
一応認められる疎甲第一〇〇号証、疎乙第九ないし第一一号証、第一四ないし第二
〇号証、証人qの証言を総合すれば、確かに昭和四〇年代半ば以降においては、ア
ナウンサーに要求される資質として、日本語を正しく美しく読み、話す技能だけで
は足りない情勢にあることが一応認められるが、だからといつて、アナウンサーと
しての業務に従事していた社員が、本人の意思に反しても会社の命令によつて一方
的にアナウンス業務から離れなければならない旨の契約内容に変更されたことを認
めるにたりる疎明はない。
2 また、申請人が入社した当時のアナウンサーとしての業務とは主として原稿を
読むということが中心であつたのに対し、昭和四〇年代半ば以降においてはアナウ
ンサーとしての業務自体の巾が広がり、単に原稿を正しく、美しく読むだけから変
化しつつあることが一応認められるが、だからといつて、アナウンサーとしての業
務からアナウンスメントを除けば、それはアナウンス業務とは言うことはできない
し、そのような労働の態様の変更は、申請人と会社間の労働契約から逸脱するもの
と言うべきである。
3 さらに、弁論の全趣旨により真正に成立したものと一応認められる疎甲第一一
一号証、第一一三号証、疎治第一〇号証、第二六号証によれば、本件配転までにア
ナウンサー試験を受けて採用された社員が全くアナウンス業務に従事しない配転を
命ぜられた例は八人に達している事実を認めることができるが、その内の五名は配
転に同意ないし結果的に同意した形で配転に応じた者であり、残りの三名は配転に
異議を唱えたまま配転に応じたものと認められる。右の事実によれば、アナウンサ
ーとしての業務に従事していた社員が本人の意思に反しても会社の命令によつて一
方的にアナウンサーとしての業務から離脱しなければならない旨の契約に変更され
たとは到底認めることができない。
四 さらに、会社は、申請人は昭和五〇年四月から同五一年四月まで報道部に勤務
しており、報道部への配転命令に従つた時点で、明示的に、雇用契約の内容をアナ
ウンサーの職務に特定するとの合意は変更された旨主張するので、以下、検討す
る。
1 申請人は、同五〇年四月から同五一年四月まで報道部に勤務し、同五〇年二月
の会社の申請人に対する横浜報道制作部から報道部への配転命令に従い報道部でそ
この業務に従事したことは当事者間に争いがない。
2 しかし、成立に争いのない疎甲第二四号証の四、五、証人qの証言、申請人本
人尋問の結果によれば、申請人は、当時右報道部への配転に反対して、指名ストラ
イキを行つた事実が認められる。また、成立に争いのない疎甲第二四号証の二、
五、申請人本人尋問の結果により真正に成立したと一応認められる疎甲第一一〇号
証、弁論の全趣旨により真正に成立したと一応認められる疎乙第二三号証、申請人
本人尋問の結果を総合すれば、申請人が右指名ストライキを解除して報道部に着任
した理由は、報道部に所属してもアナウンサーとしての業務自体も続けてもらうこ
とを会社が表明したこと、また、s制作局長が次回の異動の対象として申請人の立
場を考慮する旨発言したこと等にあることが認められる。そして、成立に争いのな
い疎甲第二五号証、第二六号証、申請人本人尋問によれば、報道部に在籍中も申請
人は毎週木曜日及び隔週土曜日にはニユース、コマーシヤルどり等のアナウンサー
としての業務に従事した事実が認められる。さらに、同五一年四月には、放送部に
再配転された事実は、当事者間に争いがない。
3 右の事実を総合して考慮すれば、申請人が報道部への配転命令に従つたことを
もつて、申請人と会社間の雇用契約の内容をアナウンサーとしての業務に特定する
との合意が変更されたと認めることはできない。
五 ところで、本件配転命令により申請人が勤務を命じられた編成業務部の業務の
内容について検討するに、同部は番組予算の立案・管理・調整・番組の編成・企
画・宣伝・CM制作、自動スポット編集装置(通称一〇〇R)の運用等を所掌事務
とすること、申請人が一〇〇R関係業務に従事していることは、当事者間に争いが
なく、そして、成立に争いのない疎甲第三一号証、第三二号証の一、二、第九一な
いし第九五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと一応認められる疎乙第二〇
号証、第二一号証によれば、申請人が編成業務部で具体的に従事している一〇〇R
関係業務とは、①コマーシヤルの「スポツト進行表」に基づいて一〇〇Rのプツシ
ユボタンを用いてアドレス番号を順次磁気テープ記憶装置に記憶させる。②そし
て、記憶したアドレス番号が「スポツト進行表」に合致しているかどうかをチエツ
クし、間違いがあれば正しく打ち直す。③コマーシヤル担当者から予め用意されて
いる「一〇〇R用SPOT・CM連絡表」及び当該コマーシヤルテープを受けと
り、記入されたアドレス番号に従つて一〇〇Rの録音機にフアイルする。この場
合、連絡票に指定されたアドレス番号、コマーシヤル内容やテープの音質・音量等
に注意する。④一〇〇Rコントロール・パネルの押しボタンを押して、放送用テー
プに一日分のコマーシヤルを放送順に録音する。⑤一本化されたテープを「スポツ
ト進行表」と照合しながら試聴し、スポツトがシリーズ番号通り区切られて録音さ
れているかどうか、放送日、スポンサー名、コマーシヤル内容、音質、音量をチエ
ツクし、不良を発見した場合、直ちに手直しをし、試聴完了後、一本化テープを放
送室に届ける、というものである。そうだとすると、この業務にはアナウンサーと
しての業務の核ともいうべきアナウンスメントが全く要求されておらず、アナウン
サーとしての業務とは全く異種の業務に属するものというべきである。
六 そうすると、申請人の個別の承諾がないかぎり、申請人は、会社に対し、右の
ような編成業務部の業務に従事しなければならない労働契約上の義務を有しないも
のというべきである。そして、本件の全疎明資料を検討しても、申請人が本件配転
命令の発せられる前または後において、会社に対し、会社の機構上アナウンサーと
しての業務が要求されない編成業務部への配転を暗黙のうちにでも承諾したとする
事実はこれを認めることはできない。却つて、成立に争いのない疎甲第六号証によ
れば、申請人は、本件配転命令に異議を留めて編成業務部に着任し、現在に至つて
いる事実が認められる。
七1 以上判断したところによれば、本件配転命令は、申請人と会社間の労働契約
内における配転命令ということはできず、むしろ、右契約に違反してなされたもの
であるから無効であるという申請人の主張は、その理由があり、したがつて、申請
人は本件配転命令に従う労働契約上の義務を負わないものというべきである。
2 なお、弁論の全趣旨によれば、申請人、会社間の労働契約の内容は、申請人を
アナウンサーとしての業務に従事させるというものであつて、どこの部局に所属し
たうえでアナウンサーとしての業務に従事するのかというところまでは固定したも
のではないことが認められる。
 そうすると、その余の申請については、成立に争いのない疎甲第一一四号証の
一、二によると会社が申請人の本件仮処分事件の申請後である昭和五五年四月一日
から会社の職制規程、職務分掌規程を改正し、従来申請人が従事していたようなア
ナウンサー業務を業務本部制作局制作部に所属せしめていることが一応認めること
ができるが、そのことから申請人が直ちに右の部局においてそこでの業務に従事す
ることを求める労働契約上の権利はないというべきであるから、右の主張は結局理
由のないことに帰し、却下を免れないというべきである。
3 更に、被申請人は、申請人がアナウンサーとしての業務に従事する能力を欠く
に至り、本来申請人を解雇すべき状態にあるところ、解雇に代えて本件配転命令を
発したものであるから、右配転命令は有効である旨主張しているかのようにも窺わ
れるので、一応検討する。
 証人qの証言により真正に成立したと一応認められる疎乙第五号証、第二七号
証、弁論の全趣旨により真正に成立したと一応認められる疎乙第六ないし第一〇号
証、第一二号証、第一七号証、第二三号証、第二四号証、及び証人qの証言中には
申請人のアナウンサーとしての業務に従事する能力に関し、被申請人の主張に沿う
が如き記載及び証言部分が存在するけれども、他方、成立に争いのない疎甲第一〇
九号証、申請人本人尋問の結果により真正に成立したと一応認められる疎甲第一一
〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと一応認められる疎甲第五三ないし第
五五号証、第六五号証、第六七号証、第六九号証、第七〇号証、第七一号証、第七
三号証、第八七号証、第八九号証、第九〇号証、第九六号証、第九七号証、第一〇
三号証、第一〇四号証、証人mの証言、申請人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を
総合して検討すると、申請人はアナウンサーとしての業務に従事する適格性を有し
ないものと認めるには足りないというべきである。したがつて、いずれにしても被
申請人の右主張は理由がないというべきである。
八 そこで、次に、本件仮処分の必要性について判断するに、右に述べたとおり、
申請人は何ら本件配転命令に従う義務を負わないものであるが、しかし、そのこと
が本案判決によつて確定されるまでは、当事者間には本件配転命令の効力が不確定
の状態となるために、申請人は、事実上、会社からアナウンサーとしての業務に従
事することを拒否されるとともに、労働契約上何ら従事する義務のない編成業務部
の一〇〇R業務に従事することを余儀なくされる蓋然性が大であるといわなければ
ならない。そうだとすれば、申請人がそのことによつて本案判決の確定するまでの
間に被る精神的ないし身体的苦痛は否定できないというべきである。
 また、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと一応認められる疎甲第五一号証、
第八六号証、申証人本人尋問の結果により真正に成立したと一応認められる疎甲第
一一〇号証並びに弁論の全趣旨によれば、申請人が本案判決の確定するまでの長期
間アナウンス業務に全く従事することができないとすると、申請人がこれまで長年
の努力、訓練等によつて蓄積してきたアナウンサーとしての業務に関する知識、技
術、能力等が、容易に回復しがたい程度まで低下する恐れも大きいことが認められ
る。なお、会社は、女子アナウンサーが産前産後休暇等のため長期間仕事を休んで
いても、出産後出勤すると直ちにアナウンサーとしての業務についているので、仮
処分をもつて保全されなければならない緊急性は存しない旨主張するが、右の事情
は、申請人に対する本件配転命令によるアナウンサーとしての業務からの離脱の場
合とは、期間、事情等が異なり、両者を同一視することはできないというべきであ
る。
 以上の事情を総合すれば、本件仮処分はその必要性があるものというべきであ
る。
九 よつて、その余の点につき判断をするまでもなく、申請人の本件仮処分申請
は、前記の限度で理由があり、事案の性質上、申請人に保証を立てさせないで申請
人の申請を認容することとし、その余は失当であるから却下することとし、申請費
用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決す
る。

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