弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一〇五万五、二
六〇円及びこれに対する昭和三五年二月二七日から支払ずみまで年五分の割合によ
る金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と
仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の関係は、左記に附加するほか、原判決
事実摘示と同一であるから、ここに引用する。
 控訴代理人の陳述
 (一) 本件事故現場は車道幅が一〇米で、見透しはよく、交通量も頻繁な丁字
路交差点である。この道路を自動三輪車大○ぬ○○△□号(以下前車という)の運
転者Aが北から南に進行し、右交差点を右折しようとしたのである。車道幅が一〇
米で当然他の自動車が並列して進行してくることは予想されるのであるから、自動
車運転者としては右交差点を右折するに際しては当然後方の安全を確認すべき注意
義務がある。道路交通の実際においても、右注意義務は当然のこととして遵守され
ているのである。もし、原判決のいうように「自動車運転手は、追越禁止の場所で
ある交差点において、右折するに際して特別の事情のない限り後方からの追越車の
有無等後方の安全を確認すべき注意義務があるわけではない」とし、方向指示器を
点滅するだけでたるとするならば(本件において、はたして方向指示器を点滅した
かどうかは疑問であるが)、現在の交通過密都市では交通事故が増大することは必
須である。
 (二) 原判決は、訴外Aの運転する前車と、訴外Bの運転する自動三輪車大○
ぬ○△×□号(以下後車という)との衝突は、もつぱら後車の運転者Bの過失によ
るものであるとし、右衝突の結果、前車とCの接触事故が招来されたというわけの
ものでなく、さらに後車の運転者Bが衝突後の運転を誤るという過失が加わつて、
Cの死亡事故が発生したとする。しかし、自動車の衝突によつて正常な意識を失つ
ている者に運転の誤りないし過失を云々することはできない、本件Cの死亡事故
は、後車の運転者Bと前者の運転者Aの過失による両者の衝突によつて発生したも
のである。
 被控訴人の陳述
 控訴人の右(一)(二)の各主張事実中被控訴人の主張に反する部分はすべて否
認する。
         理    由
 昭和三五年二月二六日午前一〇時頃、大阪市a区b町c丁目d番地先の東北から
西南への道路に西北方より道路が交わる十字路交差点において、南進する訴外A運
転の前車が右折しようとし、訴外B運転の後車が前者を追い越して南進しようとし
た際、両車が衝突し、後車は同交差点の西角の歩道に乗り上げ、同所でC(明治三
七年三月三一日生)をはね、頭蓋骨々折により即死させた。訴外Aは運送業を営む
被控訴人に雇われた運転者であつて、本件事故当時、被控訴人の営業のため、同被
控訴人がその営業用に供する同被控訴人所有の前車を運転中、本件事故が発生し
た。以上の事実は当事者間に争いがない。
 本件事故現場附近の事故発生当時の状況、訴外A運転の前車及び訴外B運転の後
車の進行状況その他本件C死亡事故発生に至るまでの経過に関する当裁判所の判断
は、原判決理由二冒頭四行目から同三枚目裏一〇行目までと同一であるから、ここ
に引用する(但し、(一)同三枚目表五行目に「左側部分」とあるを「右側部分」
と訂正し、(二)同三枚目表一一行目に「前車が右内小回りを始め」とあるを「前
車が右折のため交差点の中心の直近の内側を回ろうとして」と訂正する。)
 右認定事実によれば、訴外Aは、事故現場である交差点から東北方約五〇米の東
海道本線高架下から通称福町十三線道路を右交差点に向い、道路の中央から左側部
分の中央近くを南進してきたが、交差点を右折するため、その手前三〇米の地点か
ら右側の方向指示器を点滅して右折の合図をし、時速約一〇粁に減速して道路の中
央によつて進行し、交差点に入り、右折を開始したものと認められるから、右折を
開始するまでは訴外Aは自動車運転者として通常守るべき注意義務を尽したものと
いうべく、同人に過失があつたとすることはできない。控訴人は、訴外Aが右折に
際し後方の安全を確認する義務を怠つた旨主張する。しかしながら訴外Aは、交差
点の手前約三〇米の地点において、既に道路の中央に寄つて進行し、その進行速度
を時速約一〇粁に減速したのであり、訴外Bは訴外A運転の前車の後方から制限速
度三五粁を越えるおよそ四〇粁の速度で進行し、交差点の手前約二〇米の地点にお
いて、前車を追い越そうとして道路の中央より右側部分に出たのであるから、両車
の進行速度から推定すると、前車が交差点の手前三〇米の地点を進行していたとき
は後車はその後方九〇米から一〇〇米の地点を進行していたことになり、前車が交
差点の手前二〇米の地点を進行していたときは後車はその後方六〇米ないし七〇米
の道路中央右側部分を進行していたことになるので、本件事故当時の現場附近の道
路状況も参照して検討すれば、訴外Aが右折開始後はじめて後方三、<要旨>四米に
後車を発見したとしても、この場合同人に後方確認義務を怠つた過失があつたとす
ることはできない。
 けだし、通常自動車運転者が交差点を右折するに当つて、本件のように交差点の
手前三〇米の地点から右側の方向指示器を点滅して右折の合図をして道路の中央線
一ぱいに寄つて進行するときは、後続車輌としては、右折車輌との衝突を避けるに
必要な車間距離を保持するのは当然の義務であり、かつ追越禁止の場所である交差
点において右折の合図をしている右折車輌を追い越してその進路を妨害することは
法規上も許されないところであるから(道路交通取締法施行令(昭和二八年八月三
一日政令第二六一号)第二三条一項、第二四条二項、第二七条)、右折車輌として
は、後続車輌が右のような注意義務を遵守するであろうことを信頼して、安全に交
差点を右折するため、もつぱら対向車や横断歩行者等に対する前方の安全を確認す
べき注意義務が要求されているのであつて、特別の事情のないかぎり、訴外B運転
の後車のように、道路の中央線から右側部分に出て、あえて交通法規に違反し、交
差点において右折の合図をしている右折車輌を追い越そうとする車輌のありうるこ
とまでも予想して、後方の安全までも確認すべき注意義務はないものと解すべきで
ある。
 ところで、本件事故発生当時施行されていた道路交通取締法(昭和二二年法律第
一三〇号)第一四条一項、二項の規定によれば、自動車の右折は公安委員会が特に
必要があると認めて指定した場所以外においては、交差点の直近の外側を回つてし
なければならない旨規定しているところ、訴外Aか本件交差点を右折するに際し、
交差点の中心の直近の内側を徐行して回ろうとしたことは前記認定のとおりである
けれども、本件事故発生当時における大阪府交通取締規則(昭和三〇年六月二五日
大阪府公安委員会規則第三号、昭和三〇年八月二五日大阪府公安委員会規則第一五
号)第七条の規定によれば、自動車は別に告示する場所以外の交差点において右折
しようとするときは、あらかじめその前の方からできる限り道路の中央によつて交
差点の中心の直近の内側を徐行して回らなければならない旨規定し、法の原則とは
反対の規定をしていたのであつて、本件交差点が別に告示する場所に含まれていな
かつたことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、訴外Aが本件交差点の中心
の直近の内側を徐行して回ろうとしたことは正に右規則に従つた正当な行為であつ
て、何らの過失はなかつたといわなければならない。
 他方、訴外Bについてみると、訴外Bは、(1)法定速度を遵守せず、(2)追
越禁止の場所である交差点(道路交通取締施行令(昭和二八年八月三一日政令第二
六一号)第二三条一項)において、(3)追越を禁止されている右折の合図をして
いる前車(同令二七条)を、追い越そうとしたものであり、(4)追越の方法とし
て、前車の速度進路等に応じて、できる限り安全な速度と方法で進行しなければな
らないとされているのに(同令二四条二項)、このような措置もしなかつたのであ
つて、本件における前車と後車との衝突は、もつぱら訴外Bの過失によるというべ
きである。そして、前車と後車が衝突した際、訴外Bは運転を誤つて加速したた
め、車道から約一五糎高い歩道にまで乗り上げ、歩道上にいたCをはね、本件Cの
死亡事故が発生したのである。
 してみると、本件における前車と後車との衝突ひいては本件Cの死亡事故は、す
べて訴外Bの過失によるというべきである。そして、成立に争いのない甲第三号証
の五、六、原審における被控訴人本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、前車の
保有者である被控訴人に運行上の過失がなかつたこと、前車に構造上の欠陥及び機
能の障害のなかつたことが認められ、この認定を左右する証拠がないから、被控訴
人は、本件Cの死亡事故について、自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償責
任を免れるものといわなければならない。
 よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから、民訴法三八四条、同
法八九条、九五条を各適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 中島一郎 裁判官 阪井昱朗)

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