弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役6月に処する。
この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は,平成24年7月27日午前0時28分頃,名古屋市a区bc丁目d番
e号先道路において,普通乗用自動車を運転中,進路前方で転倒していたA(当時
69歳)に自車前部を衝突させた上,同人を自車左前後輪でれき過して,同人に胸
部外傷等の傷害を負わせる交通事故を起こし,もって自己の運転に起因して人に傷
害を負わせたのに,直ちに車両の運転を停止して,同人を救護する等必要な措置を
講じず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄り
の警察署の警察官に報告しなかった。
【争点に対する判断】
第1公訴権の濫用
本件につき,被告人は,平成24年12月6日,平成25年3月29日,平
成26年1月7日に3度の不起訴処分を受けているところ,弁護人は,実質的
な新証拠もないにもかかわらず本件起訴に至っているなどとして,公訴権の濫
用であると主張する。
しかしながら,公訴提起について検察官に広範な裁量が与えられている刑訴
法の規定の趣旨及び公訴権を消滅させるわけではないという不起訴処分の性質
に鑑みれば,不起訴処分とされた事件を検察官がどのような場合に再起して公
訴提起するのかという点も含めて検察官の裁量に委ねられているというべきで
ある。不起訴処分とした事件を再起して公訴提起したからといって違法がある
とはいえないし,不起訴処分が複数回にわたったとしても同様である。
本件においては,不起訴処分が複数回となった経緯には検察審査会への審査
申立て等の手続が介在しており,最終的には一定の補充捜査を経て公訴提起に
至っているから,検察官の個人的な恣意によって不起訴処分及び公訴提起がさ
れたというような場合でないことは明らかであり,公訴提起を無効とするよう
な裁量権の逸脱があったとはいえない。弁護人の公訴権濫用の主張には理由が
ない。
第2交通事故による人の死傷の認識
1争点
被告人が判示の交通事故(以下「本件事故」という。)を起こして被害者に傷
害を負わせたことには争いがない。この交通事故によって被害者を死亡させた
自動車運転過失致死罪につき,被告人に対しては略式命令による罰金30万円
の刑が確定している。
本件の争点は,交通事故により人を死傷させたことの認識があったと認めら
れるか,本件事故状況に則していえば,人と衝突し,人をれき過したことの認
識があったと認められるかである。なお,上記認識が認められず,不救護罪が
成立しない場合,不報告罪については公訴時効が完成している。
2認定事実
本件事故の事故現場は,名古屋市内の市街地に設けられた片側1車線の直
線道路である。被告人が運転していた自動車(以下「本件車両」という。)は,
乗車定員5人,排気量1.29リットルの普通乗用自動車である。
本件車両は事故現場付近を少なくとも時速40キロメートル程度の速度で
走行していたと認められる(制限速度40キロメートル毎時の道路を円滑に
走行していたのであり,後続車の車載カメラからもこの程度の速度が出てい
たことが見てとれる。)。
被害者は,身長168センチメートルのやせ形の当時69歳の男性であり,
胸板の厚さは62歳時点で概ね22センチメートルであった(成人男性の平
均的数値に近い。)。本件事故により,遺体は,左右の肋骨が広範囲に骨折し
ており(被害者はこの胸部外傷が直接死因となり間もなく事故現場で死亡し
た。),右足に下腿骨折及び複数の擦過創等があった。
本件車両には,フロントバンパーのやや左側に凹みがあるほか,車両底面
の左側に血痕様のものが複数付着し,何らかの物体が車両底面に当たったこ
とを示す払拭痕もみられた。
本件車両は,路上に転倒した姿勢であった被害者に
対し,その頭部にフロントバンパー等を衝突させ,仰向け状態の被害者の胸
部付近を左前輪でれき過し,身体が路上で回転する中,左後輪で右足をれき
過したものと認められる(証人B,証人C。この点についての証人Bの供述
は,被告人車両及び被害者の人体衣服の複数の痕跡を合理的に説明するもの
であり,物理学等の専門に基づく交通事故解析の知識経験のある証人Cにも
承認されており,信用することができる。)。
本件車両には,本件事故により,次の損傷が生じている。
アフロントバンパーのやや左側に凹みがあった。フロントバンパーが下が
っており,ボンネットとの間に約2センチメートルの幅の隙間が生じてい
た。
イボンネット内では,車台とフロントバンパーとの結合部が外れており,
プッシュクリップが外れて破損していた(プッシュクリップの欠片の一部
が現場道路に落下しており,本件事故によって生じたものであることに疑
いはない。)。
ウ車両底面のフロントエプロンにも凹みがあり,バンパーとの接合部が断
裂していた。
本件事故は,平成24年7月27日午前0時28分頃のことである。
本件車両は,事故現場付近において,一瞬,ブレーキランプを点灯させた。
被告人は,本件事故後,そのまま走行を続け,次の信号の赤色表示に従っ
て停車するなどした後,本件事故現場から約8.5キロメートルの距離を走
行して帰宅し,自宅の隣の駐車場に本件車両を駐車させた。ほどなく,本件
事故現場に戻ることにして,約7.9キロメートルの距離を走行し,本件事
故現場付近に戻った。
そこには通報を受けて臨場した警察官らがおり,被告人が被害者をれき過
したことが明らかとなり,被告人は,同日午前5時20分に愛知県a警察署
において緊急逮捕された。
3争点についての判断
はじめに走行実験について検討する。
警察が実施した再現実験は,警察官の手製のダミー人形及び呼吸蘇生訓練
用のレサシアン人形を自動車でれき過したものであるが,これらの人形の胸
部付近の硬度,剛性等については,人体の構造に関し専門的知見を有する者
による検証,評価を経ておらず,実際の人体との異同が明らかでない。
証人Dが実施したれき過実験も,レスキューマネキンを用いている点で同
様の問題があるほか,実況見分調書上の衝突地点と停止地点を所与の前提条
件とした上(停止地点には道路上に血痕が残されていたが,衝突地点は目撃
者Eの指示説明によるものと思われ,どの程度の精確さをもって指示説明し
たものか疑問がある。),ソフトウェアを用いた,その計算過程の明らかでな
いシミュレーションにより,走行速度を時速65キロメートル以上と断定し
ている点でも再現の正確性の根拠に欠ける。
したがって,これらの走行実験は,本件事故時の衝撃や音の大きさを実証
するものではなく,実験結果から当時の被告人の具体的認識を推知すること
はできない。
なお,本件事故時に発生したであろう衝撃音に関しても,大きな音が聞こ
えたという近隣住宅に居住する証人Fの供述は,事故から間もない時点から
一貫したものであるとうかがわれ,相応の信用性があるが,これが本件事故
により生じた音であったと断定できるには至らず,証人Gの供述については,
当初の供述までに相当の期間が経過しており,供述の信用性に疑問が残る。
被告人が本件事故時に人体と衝突し,これをれき
過した可能性を認識したと推認できるか,前記2の認定事実に基づき証人C
らによって明らかにされた自動車の構造や物理的な知見も踏まえて検討する。
まず,フロントバンパーの凹みは,被害者の頭部が当たったことによって
生じたものと認められ,バンパーとボンネットとのずれ及びプッシュクリッ
プの破損も,これと同一の原因によって生じたものと認められる(自動車に
ついての工学的知識を有する証人C,証人Hともこの点では一致している。)。
フロントバンパーの凹みが相当な力により物体が衝突した場合に生じるも
のであることは明らかであるし,プッシュクリップの破損は,通常の凹凸が
ある程度の道路の走行で生じるような事象ではなく,フロントバンパーへの
人体の衝突が車体に相当の衝撃を生じさせたということを物語っている。
また,本件車両左前輪が被害者の胸部をれき過する際,タイヤが地面から
浮いた状態で走行することになるのであって,それに対応して右前輪側(運
転席側)が沈み込むはずであるし,タイヤにも左右の動きが生じ,この動き
はハンドルにも伝わるはずである。前輪が再び地面に接する際にはそれと逆
の動きが生じる。
人体の胸部付近は,素人的な実感としては硬くできているとはいえ,車両
重量の載ったタイヤの下敷きとなった場合の硬度や剛性の程度は本件証拠上
明らかでなく,現に被害者の遺体には広範囲の肋骨骨折が生じているのであ
るから,タイヤでれき過する際には,一定の沈み込みが生じたものと思われ
る。単純に高さ20センチメートル以上の十分に硬い物体にタイヤが乗り上
げた状態を想定するのは正確でない。しかしながら,被害者の遺体は骨折の
点を除けば概ねその形状を保っており,れき過時にタイヤの下に一定量の人
体組織があったことは間違いない。例えば道路の維持管理上の基準において
は段差を3センチメートル以内に抑えるべきとされているとのことであるが,
本件において,普通乗用自動車の走行にとって厚さを無視できる水準までタ
イヤが沈み込んだとは考え難く,上記に述べたような運転席及びハンドルへ
の影響が生じたことには疑いがない。
以上によれば,本件事故の際,本件車両には,フロントバンパーに被害者の
頭部が衝突したことによって相当の衝撃が生じた上,左前輪が被害者の胸部
を乗り越える際に運転席の上下の動きやハンドルの左右の動きが生じたもの
と認められる。
このほか,フロントバンパーに引き続いて被害者の人体が接触したことに
より自動車底面部のフロントエプロンの凹みが生じ,左前輪に引き続いて左
後輪が被害者の右足をれき過しており,これらの際には,本件車両の動きに
一定の影響があったはずである。
被告人は,本件事故現場で何かの物体をタイヤで踏んだと体感したことは
認める趣旨の供述をしているし,本件事故現場付近を走行中に本件車両のブ
レーキランプを点灯させており,一瞬,ブレーキペダルを踏んだことが推認
される。
これらの点を総合すると,本件車両を運転していた被告人は,道路上で相
当な大きさを持つ物体に衝突し,これをれき過したということを体感したこ
とが推認できる。路上に人体が転倒しているという事態は通常の自動車運転
者にとって稀な事態であるとはいえ,市街地内の本件道路において,人体以
外の特定の種類の,それと同程度の大きさの物体が置かれている蓋然性が高
いわけでもない。上記物体が人体である可能性は,通常の自動車運転者にお
いて容易に想起するはずである。
被告人は,「瓶か石か袋に入ったゴミのようなもの」をタイヤで踏んだ感覚
であった旨供述するが,その場で当該物体を確認したわけでもないのに,そ
れが人体である可能性を考えず,人体以外の物であると断定したという趣旨
であるとみるならば,この供述は不自然であって信用できない。
本件事故後,一度帰宅した被告人が翌朝に遠方への出張を控えながらあえ
て事故現場に戻ってきたことも,単なるゴミ等を踏んだと確信していたので
あればそのような必要はないわけで,被告人がれき過した物体が人体である
可能性を認識していたことと整合的である。被告人が帰宅後に本件車両の状
況を確認した際に考えを改めた可能性があるとしても,被告人が事故現場を
正確に記憶しており,自動車の損傷が上記現場におけるものであると速やか
に理解できたことが上記認識と整合的であることに変わりはない。
一方,被告人が本件事故現場の先で赤信号を守って走行を継続したことは,
例えば,被告人が上記認識を抱きつつ,それが人体であってほしくないと希
望的に考えながら走行を続けていたとみれば不自然はなく,上記認識を有し
ていたことと矛盾しない。
以上によれば,被告人は,本件事故現場において,人と衝突し,これをれき
過した可能性があると認識したものと推認され,その推認に疑いを生じさせ
る証拠は見当たらない。
被告人は,そのような可能性を認識しつつ,その事態を認容し,本件車両の
走行を継続したのであるから,交通事故により人に傷害を負わせたことにつ
いての認識認容が認められ,未必的な故意をもって不救護及び不報告の罪を
犯したことが認められる。
【法令の適用】
・罰条不救護につき道路交通法117条2項,1項,72条1
項前段,不報告につき同法119条1項10号,72条
1項後段
・科刑上一罪の処理刑法54条1項前段,10条(1個の行為が2個の罪名
に触れるから1罪として重い不救護罪の刑で処断)
・刑の種類懲役刑を選択
・刑の執行猶予刑法25条1項
・訴訟費用の負担刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
【量刑の理由】
1本件は,被告人が普通乗用自動車を運転中,被害者をれき過するなどして負傷
させたにもかかわらず,救護,報告等の義務を怠ったという不救護,不報告の事
案である。
夜間の車道上での対人事故であり,被害者その他の者の生命・身体に危害が生
じる可能性が高い状況であったことからすると,客観的にみて,救護,危険防止
等の応急の措置をとるべき必要性が特に高い状況にあったのであり,それを怠っ
て現場を離れたという本件犯行の違法性を軽くみることはできない。
もっとも,人をれき過したことについての被告人の認識は未必的なものにとど
まり,通常の速度で直進走行中の事故であったということからすると,法律に沿
った救護等の措置を講じることができるか否かは自動車運転中のごく短時間の判
断にかかっており,正しい判断ができなかった被告人を殊更に強く非難するのは
相当でない。被告人は,帰宅後に思い直して事故現場を訪れ,警察官に自らが事
故を発生させたことを申告しており,事故の存在や悪質な運転行為の発覚を防ぐ
といった確たる目的があったわけではない。そのような目的の存在がうかがわれ
る悪質なひき逃げ事案とは基本的な量刑事情を異にしている。
2被害者は,事故現場において間もなく死亡したものと認められる。
しかしながら,道路交通法が不救護罪を設けた上,運転者の運転に起因して人
を死傷させた場合に刑を加重しているのは,事故で負傷した者の生命・身体の安
全を保護するためであると解されるものの(その意味でその者らも刑訴法292
条の2等の「被害者等」に該当するものと解される。),根本には,交通事故に基
づく被害の拡大を一般的に防止しようという法の趣旨があり,被害者の死傷結果
の間に因果関係等がなくとも不救護罪が成立する。そうであるからこそ過失運転
致死傷罪とは併合罪の関係に立つと解されるのであって,不救護罪・不報告罪の
みの事案の量刑判断にあたって被害者の死傷の結果を考慮するには疑問がある。
本件では,確定した自動車運転過失致死罪の刑において被害者の死の結果は考慮
されているとみるべきであるし,本件犯行が救命可能性に影響を与えたという事
情もうかがわれない。被害者の死の結果やそのことに起因する遺族の心情等を量
刑事情として考慮することはできない。
3以上によれば,本件の犯情を軽くみることはできないが,犯行の悪質さを過度
に強調するのは妥当ではない。
被告人は,3度の不起訴処分を受けていながら本件事故から3年半以上が経過
してから起訴されており,特別の社会生活上の負担が生じたという面は否定でき
ない。証拠の具体的な収集過程をみても,被告人においてそれを当然に甘受すべ
きであったというのは難しい。この点は刑期及び執行猶予期間を定める上で被告
人に酌むべき事情といえる。
以上の諸事情を踏まえ,主文の刑が相当である。
(求刑懲役2年6月)
平成30年1月19日
名古屋地方裁判所刑事第6部
裁判官三芳純平

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