弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
      前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人北山六郎,同土井憲三,同林晃史,同池田和世,同高橋正樹の上告受
理申立て理由第二の一について
 1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,宝石,貴金属の販売を業とする会社である。被上告人は,ホテ
ル経営を業とする会社であり,神戸市内においてDホテル(以下「本件ホテル」と
いう。)を経営している。
 (2) 上告人の代表取締役であるE(以下「E」という。)は,上告人がF国際
展示場で開催される宝飾展に商品展示をする予定であったことから,平成9年6月
13日午後5時30分ころ,バッグ2個及び段ボール箱1個を持参して宿泊のため
本件ホテルに赴いた。上記バッグ2個には,上告人所有のペンダント,イヤリング
,ネックレス等の宝飾品が入っていたところ,これらの宝飾品の価額は2846万
8181円を下らない。Eは,フロントにおいて宿泊手続を済ませた後,本件ホテ
ルのベルボーイであるG(以下「G」という。)に対し,在中品の内容を告げるこ
となく上記バッグ2個を客室まで運搬すること及び段ボール箱を宅配便で東京へ発
送することなどを依頼した上,客室へ向かった。Gが,その後間もなく,Eから預
かった段ボール箱を宅配便で発送する手続をしていたところ,上記バッグ2個が何
者かにより盗まれた(以下,この盗難事故のことを「本件盗難」という。)。
 (3) 本件盗難当時の本件ホテルの宿泊約款には,「宿泊客が当ホテル内にお持
込みになった物品又は現金並びに貴重品であって,フロントにお預けにならなかっ
たものについて,当ホテルの故意又は過失により滅失,毀損等の損害が生じたとき
は,当ホテルは,その損害を賠償します。ただし,宿泊客からあらかじめ種類及び
価額の明告のなかったものについては,15万円を限度として当ホテルはその損害
を賠償します。」という規定があった(以下,このただし書のことを「本件特則」
という。)。
 2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件盗難についてGには過失があるな
どと主張して,民法715条1項に基づき,前記宝飾品の価額相当額及び出展費用
の損害金の内金1456万2495円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める
事案である。
被上告人は,本件盗難については本件特則が適用されると主張し,上告人は,Gに
は本件盗難について重大な過失があり,本件特則により被上告人の損害賠償義務の
範囲が制限されることは相当ではないと主張した。
 3 原審は,前記事実関係の下で,次のとおり判断して,被上告人に対し15万
円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で,上告人の請求を認容すべき
ものとした。
 ホテルでは,不特定多数の者の出入りがあり,荷物が盗まれるなどの危険性が高
いことから,被上告人及び従業員ら(以下「ホテル側」という。)は,高価品につ
いて,あらかじめ宿泊客からその種類及び価額の明告を受けることによって,高価
品の滅失,毀損の結果を招来しないように,その保管に一層の注意を払うことがで
きる。これに対し,高価品であることの明告がない場合には,ホテル側にこのよう
な注意を期待するのは酷であることから,本件特則は,被上告人の損害賠償義務の
範囲を制限したものと解される。このような本件特則の趣旨に,本件特則にはホテ
ル側に重大な過失がある場合の除外規定が設けられていないことを併せ考慮すると
,宿泊客から明告がなかった高価品が滅失,毀損した場合には,ホテル側に重大な
過失があるときにも本件特則が適用されるものといわなければならず,本件盗難に
本件特則が適用されるものと解するのが相当である。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
 本件特則は,宿泊客が,本件ホテルに持ち込みフロントに預けなかった物品,現
金及び貴重品について,ホテル側にその種類及び価額の明告をしなかった場合には
,ホテル側が物品等の種類及び価額に応じた注意を払うことを期待するのが酷であ
り,かつ,時として損害賠償額が巨額に上ることがあり得ることなどを考慮して設
けられたものと解される。このような本件特則の趣旨にかんがみても,ホテル側に
故意又は重大な過失がある場合に,本件特則により,被上告人の損害賠償義務の範
囲が制限されるとすることは,著しく衡平を害するものであって,当事者の通常の
意思に合致しないというべきである。したがって,【要旨】本件特則は,ホテル側
に故意又は重大な過失がある場合には適用されないと解するのが相当である。
 そうすると,本件盗難についてGに重大な過失がある場合には,本件特則は適用
されない。
 5 以上によれば,本件特則がホテル側に重大な過失がある場合にも適用される
とした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論
旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄
を免れない。
 そして,本件においてGに重大な過失があるか否かについて更に審理を尽くす必
要があり,また,重大な過失が認められる場合には過失相殺についても審理をする
必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 亀山継夫 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷
 玄 裁判官 滝井繁男)

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