弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役一〇月に処する。
     原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は大津地方検察庁検察官検事吉永透作成の控訴趣意書及び弁護人
野玉三郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから各これを引用する。
 一、 弁護人の事実誤認の主張について。
 所論にかんがみ記録を精査するに、原判示第一の業務上過失致死傷の事実は原判
決挙示の関係証拠により優にこれを認めることができる。所論の被告人は対向車の
ヘッドライトに眩惑されて、被害者の発見が遅れたために本件事故の発生をみたも
のであるから、対向車に気を奪われ前方注視を欠いたまま進行した過失により本件
事故を発生せしめたとの原判決の認定は事実を誤認するものであるとの主張につき
案ずるに、被告人が対向車の前照灯に眩惑されたとの主張は原審第一回公判廷で初
めてなされたもので、それ以前の警察、検察庁における取調の段階ではその旨の主
張のなされた形跡はないし、被告人の司法警察官並に検察官に対する各供述調書に
よると、被告人は専ら、原判示国道一六一号線を京都方面より浜大津方面に向け時
速約六〇粁にて進行中対向車が連続して右国道上の電車軌道にまではみ出して進行
してきたためその方に気をとられて、その方を見ながら右高速力で進行したため被
害者の発見が遅れ、本件事故を起した旨供述しているのであつて、右供述の信用性
を疑う事由もないから、所論は肯認できない。その他る述の所論を考慮しても原判
決の事実誤認の廉を発見できないから所論は理由がない。
 二、 検察官の法令適用の誤りの主張について。
 所論は被告人が昭和四〇年八月六日午後一〇時少し前頃乗用自動車を運転中原判
示第一記載の交通事故を起したのに事故現場に近い大津市内の警察署(派出所又は
駐在所を含む)に事故報告をせず自宅へ帰る途中同日午後一〇時一五分頃事故現場
から約一四・三粁も離れた堅田警察署に至り同署の警察官に事故の報告をしたこと
をもつて、道路交通法七二条一項後段所定の報告をした場合に該ると解して、本件
公訴事実中右規定違反の事実につき被告人に無罪の言渡をした原判決には判決に影
響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤りがあるというのである。
 よつて所論にかんがみ、記録を精査し、当審における証拠調の結果をも参酌して
考えるに、被告人が昭和四〇年八月六日午後一〇時前頃原判示大津市ab丁目cの
d番地先国道一六一号線で本件事故を起した後何等救護等の措置を講じないでその
場を逃走し、同日午後一〇時一五分頃右現場から約一四・三粁離れた滋賀県滋賀郡
堅田町所在の堅田警察署に至り同署の警察官に対し大津市内で人をはねてきた旨自
首するとともに、本件事故の報告に及んだことは明らかである。
 よつて右報告が果して道路交通法七二条一項後段所定の報告をした場合にあたる
かどうかについて案ずるに、右にいう「直ちに」とは、同条一項前後の「直ちに」
と同じくその意義は、時間的にすぐということであり「遅滞なく」又はというより
も即時性が強いものであるところ、同条一項前後の規定によれば交通事故があつた
場合、事故発生に関係のある運転者等に対し直ちに車両の運転も停止し救護等の措
置を講ずることを命じているのであるから、これと併せてみると同条一項後段の
「直ちに」とは右にいう救護等の措置以外の行為に時間を籍してはならないという
意味であつて、例えば一旦自宅へ立帰るとか、目的地で他の用務を先に済すという
ような時間的遷延は許されないものと解すべきである。蓋し同法が右報告義務を認
めた所以は、交通事故の善後措置としては、先ず事故発生に関係のある運転者等に
負傷者の救護、道路における危険防止に必要な応急措置を講ぜしめるとともに、こ
れとは別に人身の保護と交通取締の責務を負う警察官をして負傷者の救護に万全の
措置と、速やかな交通秩序の回復につき適切な措置をとらしめるためであるから、
現場に警察官がいないときの報告も、時間を籍さず直ちになざねばならないからで
ある。
 <要旨>また同条後段に所謂「もより」の警察署(派出所又は駐在所を含む)とは
事故現場から手近かな又は最も便宜な警察署という意味てあつて、必ずしも
事故現場の所轄警察署に限らず、また原判決もいうように最短距離の警察署である
ことを要しないが、右の如く報告義務を認めた法の立法目的に照らし、事故現場の
手近かな又は事故当時の交通状況下において地理的にも時間的にも最も便宜で直ち
に報告をするに適した警察署であることを要すると解する。
 これを本件についてみるに、被告人は本件人身事故を惹起したことを知りなが
ら、何等救護措置を講じないで現場より逃走し自宅に向う途中、被告人の司法警察
員に対する供述調書並に検察官作成の実況見分調書によると、現場より約七・七粁
離れた大津市雄琴付近で、同乗していた助手席のCが顔から血を出しているのを見
てとても逃げられないと思い、今更引返すわけにもいかないといつて事故現場より
約一四・三粁も離れた前記堅田警察署に自首を兼ねた本件事故報告を同日午後一〇
時一五分頃行つたことが認められ(原審公判廷では自宅方向へ逃げる途中事故現場
より約二・六粁離れた大津競輪場付近で警察署へ報告する気になつたといつている
が、付近派出所又は駐在所へ報告していないことと、前記被告人の司法警察員に対
する供述記載等に徴しこれを措信することはできない)、このように事故現場より
逃走を図り自宅に帰る途中約七・七粁も離れた地点で翻意して右認定の如く事故現
場より約一四・三粁も離れた堅田警察署の警察官に対し事故報告をしたのは前記規
定にいう「直ちに」報告をした場合に該るものとはいえないし、また右検察官作成
の実況見分調書及び検察事務官作成の大津地方検察庁次席検事宛被告人に対する業
務上過失致死被告事件の事故現場より大津警察署までの距離についてと題する書面
に徴すれば右事故現場から手近かな又は最も便宜な大津警察署のほか数個の同署派
出所が存在することが認められるに拘らず前記の如く遠く離れた右堅田警察署の警
察官に対し報告に及んだのは、右規定にいう「もより」の警察署の警察官に報告し
たものにあたるとは到底認められないのである。然るに、原判決は被告人が本件事
故後一五分前後に右堅田警察署の警察官の報告に及んだのは「直ちに」にもあた
り、且つ「もより」の警察署にあたるものと解し、本件報告義務違反の公訴事実に
つき無罪の言渡をしたのは法令の適用を誤つたもので、この誤りは判決に影響を及
ぼすことが明らかであるから原判決中無罪言渡部分は破棄を免れない。そしてこの
事実と原判決認定の他の罪となるべき事実とは刑法四五条前段の併合罪の関係にあ
ると認められ、一個の刑を科すのが相当である場合であるから原判決はその全部に
おいて破棄を免れない。所論は理由がある。よつて検察官及び弁護人のその余の控
訴趣意(いずれも量刑不当の主張)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一
項、三八〇条によつて原判決全部を破棄し同法四〇〇条但書により更に次のとおり
判決する。
 (罪となるべき事実)
 原判決確定の原判示第一、第二の罪の外
 第三、 原判示第一の交通事故を起したのに、事故発生の日時及び場所等法令に
定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつた
ものである。
 (証拠の標目)
 一、 司法警察員作成の実況見分調書二通
 一、 司法警察員作成の酒酔い、酒気帯び鑑識カード
 一、 医師A、同B各作成の大津警察署長に対する受傷者の治療状況についての
各回答書
 一、 医師B作成の死亡診断書
 一、 Cの司法巡査に対する供述調書
 一、 医師D作成のCに対する診断書
 一、 証人C、同Eの原審公判廷における各供述調書
 一、 F、Gの司法巡査に対する各供述調書
 一、 証人Hに対する原裁判所の尋問調書
 一、 原裁判所の検証調書
 一、 被告人の司法警察員並に検察官(二通)に対する各供述調書
 一、 被告人の原審公判廷における供述調書
 一、 検察官佐藤時敏作成の実況見分調書及び検察事務官I作成の大津地方検察
庁次席検事吉永透宛被告人Jに対する業務上過失致死等被告事件の事故現場から大
津警察署までの距離についてと題する書面
 (法令の適用)
 第一の所為につき刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法五四
条一項前段、一〇条(重い致死の刑に従い禁錮選択)
 第二の所為につき道路交通法七二条一項前段、一一七条(懲役刑選択)
 第三の所為につき同法七二条一項後段、一一九条一項一〇号(懲役刑選択)
 以上につき刑法四五条、四七条、一〇条
 訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文
 (情状)
 情状につき案ずるに、本件は被告人が飲酒の上制限時速を二五粁も超えた六〇粁
の高速で運転中の前方注視不充分による事故であること、事故発生後何等負傷者救
護、報告の措置をとらずに逃走したこと、相手方を結局死亡せしめる重大な結果が
発生したこと、被告人に同種業務上過失傷害の犯行により罰金に処せられた前科が
あること等を考えると被告人の責任は重大であり、被告人が悔悟し、遺族に対し自
動車損害賠障法による保険金一〇〇万円を含めて二三〇万円を慰藉料として支払つ
ていること、被告人が若年であること等被告人に有利な諸点を考えても本件は実刑
相当と認められる。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 畠山成伸 裁判官 柳田俊雄 裁判官 八木直道)

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