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裁判例


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平成13年(わ)第137号 贈賄被告事件
主       文
被告人を懲役1年6月に処する。
この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理       由
(罪となるべき事実)
被告人は,図録等の作成,複製絵画等の制作販売等を業とする株式会社A社代表取
締役として同社の業務を統括していたもの,Bは,長野県生活環境部部付として,
休職派遣により平成8年4月1日から長野県教育委員会が所管し長野県生活環境部
がその業務を補助執行する長野県C美術館の次長兼学芸課長,平成11年4月1日
からC美術館副館長の職にあり,長野県教育委員会とA社との間で締結された長野
県C美術館D館における額絵,絵はがき等の委託販売契約関係の職務に従事してい
たものである。
被告人は,Bに対し,同委託販売契約の継続等A社のために有利便宜な取り計らい
を受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに,
別表記載のとおり,平成10年8月10日から平成11年9月8日までの間,前後
14回にわたり,情を知らないA社従業員らをして東京都中央区・・・株式会社E
銀行・・・支店等から長野県長野市・・・同銀行・・・支店にBが開設した「長野
県C美術館B」名義の普通預金口座に現金合計326万8958円を振込入金し,
もって,Bの職務に関し賄賂を供与したものである。
(事実認定の補足説明)
弁護人は,① Bの委託販売契約に関する権限の内容は法令上の根拠を有するか疑
わしい不明確なものであり,Bには形式的にも実質的にも決定権が帰属しておら
ず,被告人自身もBの職務権限については認識していなかった,② 被告人は,美
術館に関する予算内の出費とされない部分について予算代わりで使用されるという
理解で金員を提供したもので,賄賂性の認識はない旨主張し,被告人も概ねこれに
沿う供述をしているので,以下検討する。
1 前掲証拠によれば次の事実が認められる。
① 被告人は,大学卒業後,展覧会の図録等の制作をする会社に長く勤務した後,
昭和51年に株式会社A社を設立したが,出資者の意見不一致によりこれを解散
し,昭和61年に被告人が約6割の株式を保有する株式会社A社を設立し,代表取
締役として同社の業務を統括していた。A社は,美術館等の展覧会で販売される,
その出品絵画等を印刷した図録の制作や,展覧会に関連する絵はがき,額絵等の物
品の制作販売を業とする株式会社であり,被告人が会社員として勤務していた際
に,D画伯の仕事を担当していたことの縁で,A社は,D画伯の展覧会図録等を多
く手掛けるようになっていた。
② Bは,日本大学芸術学部を卒業後,昭和41年に財団法人C美術館職員として
採用され,C美術館が長野県に移管され,教育委員会の所管となった後の昭和45
年4月に長野県職員に採用されて引き続き学芸員としてC美術館勤務を命じられ,
昭和57年4月から長野県教育委員会事務局文化課に3年勤務したほかはC美術館
勤務に終始し,昭和60年4月にC美術館学芸課長を,平成8年4月にC美術館次
長兼学芸課長を,平成11年4月にC美術館副館長を,それぞれ命じられ,平成1
3年3月定年退職した。
この間,昭和61年4月にC美術館の管理運営が財団法人長野県F事業団に委託さ
れたが,Bは,その後もC美術館を所管する長野県教育委員会の事務局事務職員と
いう県職員の身分のまま,職員の分限に関する条例(昭和27年3月29日長野県
条例第8号)2条3号の「県の事務又は事業と密接な関連を有し,かつ,県が特に
援助し,又は配慮することを要する公共的団体において,その職員の職務と関連が
あると認められる業務に従事する場合」との規定に基づき,F事業団に休職派遣さ
れ,引き続き,C美術館学芸課長として勤務し,平成8年4月からは県の組織変更
により,県職員の身分としては,C美術館に関する業務を補助執行するようになっ
た生活環境部の部付を命じられていた。
Bは,教育委員会事務局文化課勤務であった昭和59年11月に開催のD画伯の企
画展の際に,図録等の制作の依頼をしたことから,被告人と知り合った。
③ C美術館は,長野市内の善光寺の近くに所在する美術館で,昭和41年に財団
法人C美術館として発足し,昭和44年に長野県に移管されて,長野県C美術館と
して,公立の美術館となった。
C美術館は,昭和61年4月,C美術館の管理運営がF事業団に委託された後も,
長野県教育委員会が所管しており,平成8年4月からは,県の組織変更により,長
野県教育委員会の所管のまま,長野県生活環境部がC美術館に関する業務を補助執
行していた。
④ C美術館D館の設立経緯
日本画壇を代表する日本画家で,文化勲章受章者であったD画伯から,昭和62年
に,その所蔵作品を一括して長野県に寄贈する話が県知事に伝えられた。県知事を
はじめとする県の首脳は,この話を喜んで受け入れ,D画伯の作品専用の施設の建
設が条件となっていたことから,その施設を建設することとした。D館は,C美術
館の併設館として平成2年4月開館し,管理運営については,C美術館の業務の一
環として行われた。
⑤ D館の建設に際しては,県知事は,専門的な知識がある者としてC美術館の学
芸課長であったBにD画伯との窓口を務めるように命じ,Bは,D画伯に伝えるべ
き県の意向を確認したり,逆にD画伯の意向を県側に伝えるなどし,教育委員会事
務局文化課(以下「文化課」という。)がD館建設基本構想策定の業務を担当した
際には,県知事の意向により,これに加わった。そのようなことから,Bは,長野
県の職員の中では,D画伯の意向を知ることのできる唯一の人物として周囲から評
価され,D館に関するBの意見は教育委員会の文化課においても重視されることと
なった。
⑥ D館には,美術印刷物を販売するミュージアムショップを設置することとな
り,そのミュージアムショップにおける美術印刷物の販売について,業者の選定や
契約内容の決定については,文化課が担当し,Bもこれに関与した。
Bは,D画伯の作品の図録を多く手掛けていたA社の技術力を高く評価しており,
ミュージアムショップで販売する図録及び絵はがきや額絵について,D画伯に確認
しなかったものの,業者についてはいずれもA社が相当であると考え,文化課の中
で,D画伯が特定の人でないと版権があるので許可しない旨を述べてA社を推薦
し,長野県はいずれについてもA社と随意契約をすることになった。
⑦ 図録については,長野県が買い取り,これを販売する方式を取ることとなった
が,絵はがきや額絵については,どのような販売方式を取るかの検討がなされ,文
化課の係長らは,A社から商品を預かってそれを販売し,その販売実績に応じて手
数料を徴収する受託販売の方式を取ることとした。
そして,文化課の係長らが,Bに販売方法,手数料についての交渉について依頼
し,Bは,被告人に連絡し,受託販売で構わない旨の回答を得た上,手数料につい
ては,被告人が20から30パーセントくらいが普通であると述べたことから,B
が25パーセントを提案し,被告人もこれを了承したため,Bは,これらを文化課
に連絡した。
さらに,文化課の係長らが,Bに対して契約の原案も作成するように依頼し,Bが
被告人にひな型を送るように指示したことから,被告人は契約内容を記載した覚書
を作成して郵送し,Bは,被告人作成の覚書を文化課へ持参した。文化課の担当者
は,被告人の書いた「覚書」の表題を「委託販売契約書」と訂正し,その他必要事
項の訂正を施して,委託販売契約案を作成した。被告人の作成した覚書において
は,契約当事者の甲として「長野県C美術館・館長G」と記載されていたが,委託
販売契約書においては,甲として「長野県教育委員会・教育長H」と表記された。
⑧ A社と長野県教育委員会は,平成2年4月26日付で,ミュージアムショップ
における額絵,絵はがきの委託販売契約を締結した(以下「本件委託販売契約」と
いう。)。
本件委託販売契約の内容は,「長野県教育委員会の所蔵品の中からA社が制作した
額絵と絵はがきをミュージアムショップで販売する。長野県教育委員会は当日の売
上代金を翌営業日にA社の口座へ預け入れる。A社は,売上代金の25パーセント
を販売手数料として当月分を翌月納入する。委託期間は,翌年3月31日までとす
るが,期間満了の1か月前までにいずれからも別段の意思表示がない場合は,その
後1年間継続するものとしその後も同様とする。」などの内容であった。
⑨ 被告人は,D館が開館した平成2年4月26日に訪れることができなかったこ
とから,同月末か同年5月初めころ,D館を訪れた。
その際に,被告人は,BとD館内の喫茶室で話し合いをした。Bの話を聞いた被告
人は,誰に対して何を目的として提供するものであるかはともかくとして,金銭の
提供を考え,Bに連絡を取り,Bの銀行預金口座を聞き,送金することとした。
⑩ 被告人は,平成2年6月14日以降,ミュージアムショップの売上代金の10
パーセントから1割の源泉徴収をした金額,すなわち売上代金の9パーセントを,
A社の従業員らに命じて,A社の口座からE銀行大門町支店の「B」名義の口座に
振り込み,平成4年6月から口座は「長野県C美術館B」名義の普通預金口座に変
更されたが,平成11年9月まで,毎月同様の振込がなされた(以下「本件送金」
という。)。
上記「B」名義の口座はBが原稿料等を振り込ませていた同人の個人口座であり,
「長野県C美術館B」名義の口座は,Bが平成4年5月に新規開設したもので,B
個人の口座であった。
A社からBに振り込まれた金額は,平成2年6月14日から平成11年9月まで合
計約3455万円に上り,その内公訴時効にかからない期間である平成10年8月
10日から平成11年9月8日までの振込状況は別表記載のとおりであり,合計3
26万8958円であった。
この送金については,B以外の美術館関係者は誰も知らず,Bは,送金された金員
につき,自己の収入として確定申告をした上,クレジットカードの支払や交通費,
旅行費用,電話料金,車やパソコンの代金,個人の定期預金等,専ら自己の用途に
費消した。
⑪ 平成4年4月ころ,Bと被告人が会い,BとA社との間で「委託販売に関する
覚書」と題する書面が日付を遡らせて平成2年4月28日付で作成された。その内
容は,「ミュージアムショップで販売する額絵,絵はがきをBの監修のもとにA社
が製品化し,ミュージアムショップに委託販売物として納入し,その売上の10パ
ーセントをA社がBに支払うものとする。」というものであったが,実際には,額
絵,絵はがき等についてBが監修をした事実はなく,A社の税務対策のため作成さ
れたものであった。
⑫ Bに対し,A社以外の業者からミュージアムショップにおいて,印象派の作家
の作品をプリントしたハンカチやD画伯の絵を付けた書類ホルダーを販売したいと
の申入れや,D画伯の作品の額絵に付ける額縁の納入などの申入れがあったが,B
は,ミュージアムショップにふさわしくないなどとして,これらの申入れを断り,
県には断った後に伝えたことがあった。
⑬ 平成6年夏,A社からC美術館学芸課に対して,委託販売の販売物品の追加と
額絵の値上げの話があり,被告人もBにその話をした。
Bは,同年8月29日,文化課の担当者に対し,「A社がミュージアムショップで
販売する品物を増やしたい等の申し入れを受けた。品物を増やす件については承諾
済みだが,価格の値上げについては美術館ではできないので,文化課へ協議するよ
うにA社に言ってあるので,A社から連絡がいったら頼む。」旨依頼した。
そして,同年9月にA社から文化課に対し,B4版の額絵やしおり等を追加し,B
3版額入額絵を8000円を9000円に値上げしたいとの内容の書類が届き,文
化課で決裁され,そのまま承認された。
⑭ 平成9年3月,A社は,ミュージアムショップで販売する絵はがきの値上げを
求め,長野県教育委員会の所管の業務を補助執行していた生活環境部生活文化課
(以下「生活文化課」という。)で決裁され,承認されたが,この際に,BにもA
社から話があった。
また,平成11年7月,A社は,ミュージアムショップで販売する商品に一筆箋を
追加することを求め,生活文化課で決裁され,承認されたが,その際に,著作権者
の了承を取って欲しいという話がBにあった。
⑮ 平成11年8月ころ,A社の従業員が,C美術館の学芸課長であったIにC美
術館のオリジナルの一筆箋を他の美術館で売ることに関する相談をした際に,同人
に対し,「何パーセントを美術館の口座に入れればいいですか。」などと聞いたこ
とから,判示「長野県C美術館B」名義の口座の存在が美術館職員らに発覚し,調
査の結果,本件送金の存在が判明した。
Bは,A社の作成した請求書に基づき,源泉徴収分をも加えた売上代金の10パー
セントに当たる金額である約3839万円をA社に返還した。
以上のとおり認められる。
2 まず,Bの職務権限について検討する。
① 本件委託販売契約を締結する権限について見ると,前掲証拠によれば,C美術
館に関する事務は,教育委員会が担当することとなっているが,本件の委託販売契
約のような県と私人との契約については,地方自治法の規定により,県知事が担任
することとなっており,C美術館に関しては長野県事務処理規則により,教育長に
委任する事項に当たり,その事務は,平成2年当時は,教育委員会文化課の所掌事
務とされていたものである。そして,平成8年4月にC美術館については,長野県
教育委員会の処理する事務を生活環境部長が補助執行することとなり,生活環境部
生活文化課芸術係が執り行うこととなっていることが認められる。
② ここで,賄賂罪における「職務」を見るに,賄賂罪は,公務員の職務の公正及
びこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものである。そして,刑法197
条1項にいう「職務」は,公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の
執務を指称するもので,上司の指揮のもとにその命を受けてその事務を取り扱うも
のであったとしても「職務」と解される(最高裁昭和28年10月27日第三小法
廷判決・刑集7巻10号1971頁)のであるから,契約締結にあたり,契約担当
者の依頼を受けて,相手方との折衝をすることも,その契約に対する意見具申をす
ることも「職務」となり得るのである。
③ Bは,当初の契約締結時においては,長野県教育委員会事務局事務職員の身分
を有し,かつC美術館の学芸課長であった上,県知事からの命により,D館に関す
る諸事について,特に意見具申を求められ,前述のとおり本件委託販売契約の締結
事務についても,深く関与しているのであるから,この時点において,教育委員会
に対し,C美術館に関する意見具申をする職務権限を有していたことは明らかであ
る。
その上,Bは,本件委託販売契約の締結時から本件送金の終了時まで一貫して本件
委託販売契約等の事務を所管し又は補助執行する部署の職員としての身分を有して
いたものであり,職員の職務に関連があると認められる場合として,F事業団に休
職派遣され,F事業団が管理運営するC美術館の次長兼学芸課長,さらには副館長
として勤務していたものであって,判示犯行当時,生活環境部の部付として,長野
県教育委員会の処理する事務を補助執行する生活環境部長に対して,C美術館に関
する意見具申をする職務権限を有していたと認めることができる。
また,現実にも,本件委託販売契約の内容の変更に際しても,Bは,被告人から連
絡を受けて文化課に意見具申をするなど,本件委託販売契約関係の職務に従事して
いたのであって,Bについて,刑法197条1項にいう「職務に関し」の要件を欠
くものでないことは明らかである。
④ 被告人も,Bと知り合った当初に,Bが長野県教育委員会文化課の職員で,C
美術館学芸課の仕事もしており,その後BがC美術館の学芸課長等になったことを
認識していたこと,本件委託販売契約の締結にあたっては,被告人自身が,Bを長
野県の窓口として交渉し,委託販売契約にすることを了解し,手数料率等を打ち合
せ,契約の原案をBに郵送するなどし,契約締結に至ったこと,本件委託販売契約
の内容の変更に際しても,被告人がBに連絡していたことなどの事情からすれば,
被告人は,Bが県職員として本件委託販売契約関係の職務に従事していたことを認
識していたと認められる。
3 次に,被告人の賄賂性の認識について検討する。
① 以下の事実関係からすれば,本件送金が本件契約に関連してB個人に対してな
されたものであることが強く推認される。すなわち,
ア 前記のとおり,Bは,本件契約締結時から一貫して本件委託販売契約等の事務
を所管し又は補助執行する部署の職員としての身分を有していたもので,休職派遣
先であるC美術館の学芸課長,次長兼学芸課長,副館長を歴任し,本件委託販売契
約に契約締結当初から関わっていた。
イ 本件契約がA社にもたらす利益を見ると,日本画壇の大家であるD画伯の作品
を専門的に扱うD館は,かなりの入場者を見込めるもので,絵はがきの利益率も高
く,契約が継続すれば安定した収益が得られる上,D画伯の作品を用いた商品を通
年で扱えることにより社会的な信用も上がるのであって,被告人自身が当公判廷に
おいても手数料が50パーセントでも引き受けると述べているようにA社に大きな
利益のある契約であった。
ウ A社からBへの本件送金が開始されたのは,D館が開館してから2か月も経た
ない時期からであり,送金先は,Bの個人口座である「B」名義であって,平成4
年5月「長野県C美術館B」名義の口座となったのは,A社の税務対策上の必要か
らであった。
エ 本件の送金については,B以外のC美術館関係者は誰も知らず,Bは,送金さ
れた金について,自己の収入として確定申告をした上,専ら自己の用途に費消し
た。
② Bは,公判において,「平成2年4月の終わりか5月の初旬ころ,D館の喫茶
室で,Bが被告人と話した際,被告人に対し,「こうした大作家を抱えると,今後
作家の周辺の人たちその他でお付き合いも大変になるし,金がかかる。」,「美術
館情勢に詳しい被告人のことだから,分かるだろう。」などと述べたところ,後
日,被告人から協力する旨の話があり,送金をしてもらうことになった。」旨述べ
ているが,この供述は,上記の認定の事実関係に照らし十分信用できる。
したがって,被告人が,Bの個人的な要求に応じて本件送金をしている上,本件送
金が本件契約に関連してB個人に対してなされたものであるから,被告人が賄賂性
の認識を有してしたことが十分推認できる。
この点について,被告人は捜査段階において,「D館のため,また,D館が併設さ
れているC美術館学芸課長の立場にあり,A社が長野県教育委員会との間で委託販
売契約を結ぶまでに,県側の窓口ということでいろいろとお世話になって感謝し,
これからもお世話になって感謝し,これからもお世話になるであろうBさんのため
にA社が力になってやろうと思いました。」と述べていることからしても,被告人
は賄賂性の認識を有していたと認められるのである。
③ これに対して,弁護人は,本件送金の趣旨は,美術館に関する予算内の出費と
されない部分を予算代わりで使用することの提案である旨主張し,被告人もこれに
沿う供述をしているが,本件送金は当初何らの肩書きも付されていない「B」名義
の個人口座に送金されていたもので,被告人は,公判において,Bに対して本件送
金の使途を何ら確認せず,美術館の他の職員に確認したこともなかった旨供述して
いる。(もっとも,証人Bの公判供述中には,「使い途について当初,1,2度言
ったことがある。」「唐招提寺でのお茶会にD画伯の口利きで,長野県知事夫妻,
美術館長夫妻,Bの5人を呼んでいただいた際,長野県として用意した5万円のほ
かに,本件の送金から50万円の包み金を持って行ったが,このことについて,被
告人に「唐招提寺に
こんな形で包んで行ったよ。」とか話をした。」旨の部分があり,Bが被告人に本
件送金を美術館に関連して使用している旨述べていたこともあった可能性は否定で
きないが,被告人がそのような使途のみに使用されていると認識したと認めること
はできない。)
また,被告人は,喫茶室でBと話をして帰る際,Bから,「さっきの件は,」とい
う形で「副館長も了承しているから。」と言われた記憶がある旨供述しているが,
被告人の供述によっても,BがC美術館に対する送金を求めたというのではないか
ら,何について,「副館長も了承している。」というのか極めて不自然な供述であ
り,Bが送金口座としてそれまで使用して来た個人の口座を告げていることからし
ても,「副館長の了解を得ているということは言っていない。」という証人Bの供
述が信用できるところである。
さらに,被告人から送金開始時に相談を受けたA社の監査役であるJが,公判廷に
おいて,「本件が発覚するまで被告人との間で,C美術館の友の会の話はでたこと
はない。」「A社が他の美術館に賛助金や会費を出す場合には,源泉徴収をするこ
とはない。」「本件は個人に対する送金であるから源泉徴収が必要なことを被告人
にも説明している。」旨供述していること,被告人自身も公判廷において,C美術
館の友の会の存在やその代表者については確認していない旨述べていることからす
れば,本件送金が,B個人にその処分を一任し,自由な使途に用いることを許すも
のとして行われたものであることは明かである。
④ 公務員に対し,その自由処分を許すような金銭提供は,それが,本来必要な予
算が不足し,公務上の必要経費に充てられるため供与されるような例外的な場合を
除いては,賄賂の供与と評価されるものである。
被告人の公判供述は,「漠然とした美術館のために役立ててもらえればいいか
な。」などという使途の不明確なものであって,このような金銭供与は公務員に対
する賄賂の供与といえるのみならず,被告人は,大学卒業後,会社員としての勤務
を経て,会社経営も長年にわたって行っているのであって,本件のように,その使
途を確認することもなく,A社において源泉徴収をした上,Bにおいて確定申告を
要するような送金をすることが,賄賂の供与であることは十分知っていたものと認
められるのである。
被告人の内心において,Bの言動から,BがD館やD画伯に関係する交際費等に用
いることもあるのではないかという期待があったことはうかがえるものの,Bに対
し,「美術館のために役立ててください。」と言って送金したものである旨の弁解
は採用し得ない。
⑤ さらに,弁護人は,被告人が送金方法として銀行振込による送金をし,また源
泉徴収を行ったり,覚書を作成するなど本件送金について公然と処理しているの
は,被告人の賄賂性の認識の欠如を示すものである旨主張する。
しかしながら,被告人が銀行振込,源泉徴収,覚書の作成などをしたのは税務対策
のために過ぎず,前記のとおり,「額絵,絵はがきをBの監修のもとにA社が製品
化」したものとの虚偽の送金名目を使用してBに送金していたことからすれば,被
告人に事実を隠ぺいする意図があったことは明らかである。
4 よって,被告人が,Bの長野県生活環境部部付としての職務に密接な関係を有
する行為に関して,賄賂性の認識を有しながら,B個人に送金をしたことが認めら
れ,被告人に贈賄罪が成立することに疑いの余地はない。
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも刑法198条(197条1項前段)に該当するとこ
ろ,各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるか
ら,同法47条本文,10条により犯情の最も重い別表番号14の罪の刑に法定の
加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役1年6月に処し,情状により同法25条1
項を適用してこの裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予することとし,訴訟
費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させ
ることとする。
(量刑の理由)
本件は,図録等の作成,複製絵画等の制作販売等を業とする株式会社A社の代表取
締役社長であった被告人が,長野県生活環境部部付で,C美術館の次長兼学芸課長
や同美術館副館長の職にあったBに対し,C美術館D館における額絵,絵はがき等
の委託販売契約の継続等A社のために有利便宜な取り計らいを受けたことに対する
謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨で,同人に対し,同人の銀行口座
に現金合計326万8958円を振込入金して賄賂を供与した事案である。
本件犯行は,D館の開館に際し,同館のミュージアムショップにおいて,A社が長
野県教育委員会との間で委託販売契約を締結して絵はがき等の物品を販売すること
になり,同契約の窓口となっていた県職員で,当時C美術館学芸課長であったBか
ら交際費等がかかるなどと言われたことから,これに応じて送金していたものであ
る。送金金額は,委託販売契約の売上代金の10パーセントについて1割の源泉徴
収をした9パーセントであって,これを毎月送金し続けていたことから,本件犯行
に至ったものである。
このような賄賂を供与する犯行は,これを受領する側である県職員一般の職務の公
正さに対する県民の信頼を著しく失墜させたものであり,その社会的影響は大き
い。また,被告人が送金した賄賂の額は平成10年8月から平成11年9月までの
間に現金合計326万8958円と少なからざる金額であり,内容虚偽の覚書を作
成して編集料等の正規の送金であるかのように装って送金していることからすれ
ば,本件犯行は悪質といわざるを得ず,被告人の刑事責任は軽いものではない。
他方,被告人において,Bが本件送金をD館やD画伯に関係する交際費等にも用い
るとの期待があったこともうかがえること,A社が,Bから賄賂金等が返還された
ことから400万円を中央共同募金会に寄付していること,本件が公になったこと
により,本件委託販売契約が平成14年3月限りで更新されず,A社の他の契約に
も影響が生じるなど,一定の社会的制裁を受けていること,被告人が本件犯行発覚
を契機に代表取締役を辞したこと,被告人に前科がないことなどの事情も認められ
るので,これらを総合考慮し,その刑の執行を猶予することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役1年6月)
平成15年9月3日
長野地方裁判所刑事部
裁判長裁判官   青木正良
裁判官   桂木正樹
裁判官   山下博司 

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独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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職種 事務職
時給 当社規定による
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応募方法
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