弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件申立てをいずれも却下する。
2申立費用は申立人の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
1名古屋入国管理局主任審査官は,申立人に対して平成19年6月8日にした
退去強制令書発付処分を,本案訴訟の第1審判決言渡しまで,仮に撤回せよ。
2法務大臣は,申立人に対し,本案訴訟の第1審判決言渡しまで,本邦におけ
る在留を仮に特別に許可せよ。
第2事案の概要
本件は,フィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)国籍を有する申立人
が,平成19年6月8日,名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)主任
審査官から退去強制令書(以下「本件令書」という。)の発付処分を受けたが,そ
の後,申立人が養育している実子が日本人男性から認知を受けたことから,法務大
臣による在留特別許可が認められるべきであるとして,名古屋入管主任審査官に対
する本件令書発付処分の撤回の義務付けと,法務大臣に対する在留特別許可の付与
の義務付けを求める本案の訴えを提起した上,行政事件訴訟法37条の5第1項に
基づいて,本案事件の第1審判決言渡しまでの間,仮に上記各義務付けに係る処分
をすべき旨を命ずるよう求める事案である。
1前提事実(争いがないか,記録上明らかである。)
(1)申立人は,▲年(昭和▲年)▲月▲日生まれのフィリピン国籍を有する外国
人女性であるが,平成10年9月19日ころ,他人名義旅券を使用して本邦に不法
入国し,その後も本邦に不法在留し,▲年(平成▲年)▲月▲日,当時交際してい
たA(昭和▲年▲月▲日生。)との間の子Bを出産した。
(2)名古屋入管入国警備官は,平成19年6月7日,申立人に係る出入国管理及
び難民認定法(以下「入管法」又は「法」という。)違反事実を把握し,申立人の
違反調査を実施して,その供述を録取した。
名古屋入管主任審査官は,同日,申立人が法24条各号の一に該当すると疑うに
足りる相当の理由があるとして,申立人に対する収容令書を発付し,申立人は名古
屋入管収容場に収容された。
(3)名古屋入管入国審査官は,同月8日,申立人に対して違反審査を実施した上,
申立人が法24条1号に該当する旨の認定をし,同認定の通知を受けた申立人は,
名古屋入管入国審査官がした認定に服し口頭審理を放棄する旨の口頭審理放棄書に
署名指印をし,名古屋入管主任審査官あてに提出した。
(4)申立人から口頭審理放棄書の提出を受けた名古屋入管主任審査官は,同日,
申立人に対し,退去強制令書(本件令書)を発付し,名古屋入管入国警備官は,同
日,申立人に対して発付された本件令書を執行し,申立人を名古屋入管収容場に収
容した。
(5)名古屋入管入国警備官は,同月13日,申立人を西日本入国管理センターへ
移収し,同年7月23日,申立人を名古屋入管収容場へ移収した。
(6)Aは,同年6月18日,Bを認知する旨の届出をし,申立人は,同年7月2
3日,本案訴訟を提起した。
2争点
(1)本案訴訟は適法な義務付けの訴えか。
(2)償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるときに当たるか(行
政事件訴訟法37条の5第1項)。
(3)本案について理由があるとみえるときに当たるか(同項)。
(4)公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときに当たるか(同条3項)。
3当事者の主張
(1)争点(1)について
(申立人の主張)
ア本案の各請求が義務付けを求める訴えの対象となるか否かについて
(ア)本件令書発付処分の撤回の義務付けを求める訴えは,非申請型の義務付け
の訴え(行政事件訴訟法3条6項1号)であり,AがBを認知したことから,名古
屋入管主任審査官に対し本件令書発付処分の撤回を求めるものである。
申立人は,口頭審理を放棄するよう強要されてこれに応じたものであるが,この
放棄の意思表示が有効であれば,本件令書発付処分は処分時において適法である
(なお,申立人は,本案において口頭審理放棄に関する申立人の意思表示の瑕疵を
主張する可能性を留保する。)。
そして,本件令書発付処分は,侵害的行政処分であり,これを撤回することは被
処分者の利益になるものであるから,明文の根拠がなくともこれを撤回することが
可能であると解される。侵害的行政処分の撤回は,第1次的には行政庁の裁量判断
にゆだねられるべき問題ではあるが,違法状態が維持されている場合には,その状
態を是正すべく行政裁量の裁量幅が収縮し,その発動が義務付けられるに至ること
があり得る。
したがって,本件令書発付処分の撤回の義務付けは,非申請型の義務付けの訴え
の対象となり得ると解すべきである。
(イ)在留特別許可の義務付けを求める訴えは,非申請型の義務付けの訴え(行
政事件訴訟法3条6項1号)であり,AがBを認知したことから,「日本人の実子
を扶養する外国人親の取扱いについて」と題する平成8年7月30日付け法務省入
国管理局長通達(以下「本件通達」という。)にかんがみ,より直接的な解決方法
として,法務大臣に対する在留特別許可の付与を義務付けるよう求めるものである。
在留特別許可は,法務大臣に対する法49条1項の異議の申出がされた場合に,
その許否の判断がされるのが通常であるが,他方,法務大臣が異議棄却裁決をした
後,事情変更(例えば日本人配偶者との入籍の事実)を受けて在留特別許可が付与
されることがあり,こうした取扱いが実務上定着しているから,法務大臣は,本件
のようにAがBを認知したという事実の発生の下では,申立人に在留特別許可を付
与することができるし,また,そうしなければ本件通達あるいは他の事案との均衡
を欠くことになる。
イ「損害を避けるため他に適当な方法がないとき」(行政事件訴訟法37条
の2第1項)との要件について
退去強制令書の発付を受けた外国人が,同令書の執行による強制送還の危険から
解放されるためには,通常,退去強制令書発付処分取消請求訴訟を提起することに
なる。しかし,本件では,申立人が口頭審理を放棄しているから,主任審査官はそ
れに応じて退去強制令書を発付しなければならず(法47条5項),そこに取消請
求の余地はないと解されている上,AがBを認知したのは本件令書が発付された後
のことであるから,処分時主義の原則を採用する取消訴訟では,上記認知の事実は
違法事由の判断から除外されることとなり,本件令書発付処分の取消しを請求する
ことは適当な方法ではない。したがって,申立人を強制送還の危険から解放する方
法としては,事情変更を理由として本件令書発付処分の自主的な撤回を義務付ける
ことが最も適した方法であり,他に適当な方法はない。
(相手方の主張)
ア本案の各請求が義務付けを求める訴えの対象となるか否かについて
(ア)本件令書発付処分の撤回の義務付けを求める訴えについて
a申立人は,重要な事情変更があった場合,行政庁としては自主的に本件
令書発付処分を撤回した上,改めて処分し直さなければならないと述べ,AがBを
認知したという事実の発生を理由に,行政庁に本件令書発付処分を撤回する義務が
生じると主張している。
この点,義務付け訴訟が適法といえるためには,まず,行政庁に義務付けの対象
となる行為を行う権限あるいは義務が存在しており,「行政処分」が観念できるこ
とが必要である。
しかし,入管法は,口頭審理を放棄した後に事情変更が生じた場合において,退
去強制令書の発付を撤回するよう義務付ける規定も,退去強制令書の発付を撤回す
ることができると定めた規定も設けていないため,そもそも,義務付けの対象とな
る「行政処分」を観念することができない。
そうすると,義務付けの対象となる行政処分が存在しない本件において,本件令
書発付処分の撤回の義務付けを求める訴えは不適法である。
b本件令書発付処分の取消しを義務付けるための前提事実が存在しないこ

申立人は,口頭審理放棄後に生じた事情変更を理由に在留特別許可が付与される
ことを前提として,本件令書発付処分が撤回されなくてはならないとも主張してい
るように解される。
しかし,後記(3)の(相手方の主張)で述べるように,本件において,申立人に
在留特別許可を付与しないことについて裁量の濫用・逸脱はないのであるから,申
立人の上記主張は,そもそも前提を欠いており,失当であって,本件令書発付処分
の撤回の義務付けを求める訴えは不適法である。
(イ)在留特別許可の義務付けを求める訴えについて
入管法は,在留特別許可を付与する場合について,法50条によるものと法61
条の2の2第2項によるものしか規定していない。このうち法61条の2の2第2
項については,難民認定申請を要件としており,申立人がこれに該当しないことは
明らかであるから,本件においては,申立人が法50条の適用の対象となるかどう
かが問題となる。
しかし,法50条による在留特別許可は,あくまでも,特別審理官による判定に
対して法務大臣に異議を申し出た際に(法49条1項),当該申出に応答してされ
るものであり(法50条1項本文),異議の申出をしていない外国人に対して直接
法務大臣が在留特別許可を付与することは入管法上予定されていない。そうすると,
法務大臣が,異議の申出をしていない外国人に対して在留特別許可を付与する法的
根拠はないから,本件の本案事件において在留特別許可の義務付けを求める部分に
は法的根拠はなく,およそ不適法であるというべきである。
イ「損害を避けるため他に適当な方法がないとき」(行政事件訴訟法37条
の2第1項)との要件について
申立人の主張は争う。
(2)争点(2)について
(申立人の主張)
ア本件令書発付処分が撤回されない場合,入国警備官において直ちに申立人
を送還することが法文上予定されており,仮に直ちに送還することができない場合
は,送還が可能になるまで申立人を収容することが可能である(法52条5項)。
申立人が収容を継続されることは,それ自体も重大な損害であるが,それ以上に,
申立人が送還された場合には,本案請求に係る訴えの利益がいずれも消滅する上,
次回の入国までに少なくとも5年を要することになる。AはBを本邦で養育するこ
とを望んでおり,Bが本邦から強制送還されることは考え難いから,申立人は,強
制送還により,生まれてから6年間養育してきたBと引き裂かれることになる。申
立人が受けるこれらの損害は,行政事件訴訟法37条の5第1項の「償うことので
きない損害」に当たることは明らかである。
イ申立人に対する国費送還は,速やかに執行されるものと考えられ,Aが申
立人の収容場に赴いた際にもその危険性を感じている。したがって,申立人には,
本件令書発付処分を仮に撤回すべき緊急の必要がある。
(相手方の主張)
ア行政事件訴訟法37条の5第1項の「償うことのできない損害」とは,
「重大な損害」よりも,損害の回復の困難の程度が比較的著しい場合であって,金
銭賠償が不可能な損害のほか,社会通念に照らして金銭賠償のみによることが著し
く不相当と認められるような場合をいうものと解される。そして,「償うことので
きない損害を避けるため緊急の必要」があるか否かは,仮の救済の必要性という観
点から,申立人の生活や事業活動の基盤に深刻な影響を及ぼすおそれがあるかどう
か,回復が著しく困難な状況を生じさせるおそれがあるかどうかなど,それぞれの
事案に応じて様々な事情を考慮した上で判断されるべきである。
イ退去強制令書の執行により収容されることに伴う損害は,一般に,同令書
発付処分の執行停止申立事件において,行政事件訴訟法25条2項の「重大な損
害」に当たるとはされていないから,同損害が同法37条の5第1項の「償うこと
のできない損害」に当たらないのは当然である。
また,申立人は,本国に送還されたとしても,訴訟代理人を選任して本件令書発
付処分の取消訴訟等を提起し,追行することが不可能になるわけではない。
したがって,申立人に生ずるおそれのある損害が,金銭賠償が不可能な損害のほ
か,社会通念に照らして金銭賠償のみによることが著しく不相当と認められるよう
なものであるといえないことは明らかであり,申立人が主張する損害は,行政事件
訴訟法37条の5第1項の「償うことのできない損害」に当たるということはでき
ない。
(3)争点(3)について
(申立人の主張)
ア本件通達によれば,日本人の実子を扶養する外国人親は,①当該実子を扶
養するため本邦在留を希望する場合において,②当該実子との親子関係(親権者で
あること)が確認でき,③当該実子を現に養育,監護していることが確認できれば,
定住者資格に対応する在留特別許可が付与されることになる。ここで,「日本人の
実子」とは,同通達によれば,嫡出,非嫡出を問わず,子の出生時点においてその
父又は母が日本国籍を有しているものをいい,実子の日本国籍の有無は問わないが,
日本人父から認知されていることが必要であるとされている。
イBは,日本人であるAから認知されたAの実子であり,出生時点において
父親が日本国籍を有していることから,本件通達の「日本人の実子」に当たる。
そして,申立人は,本邦での在留を希望しており,Bの実親であって,収容され
るまでBを一貫して養育監護してきたのであるから,申立人は,定住者資格に対応
する在留特別許可を付与されるべき地位にある。
ウ相手方は,Bがフィリピンに帰国することに支障がない旨主張するが,B
は既に本邦の小学校へ入学しており,日本人としてのアイデンティティが確立され
ているから,フィリピンに帰国することがBにとって支障がないということはでき
ない。
(相手方の主張)
ア在留特別許可の義務付けを求める訴えについて
申立人は,非申請型の義務付けの訴え(行政事件訴訟法3条6項1号)として,
在留特別許可の義務付けを求めているところ,義務付けの判決をするためには,
「その義務付けの訴えに係る処分につき,行政庁がその処分をすべきであることが
その処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処
分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められると
き」であることを要する(同法37条の2第5項)。行政庁がいまだ第1次的判断
権の行使をしていない段階において,裁判所が差止め判決や義務付け判決をし,司
法が行政に一定の行政上の作為,不作為義務を課すことを正当化し得るとすれば,
その作為,不作為が単に違法と判断されるだけでは足りず,その違法が一見して明
らかであることが認められるというべきであり,上記要件は,こうした趣旨を明ら
かにしたものと考えられる。
国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約
がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合
にいかなる条件を付するかを,当該国家が自由に決定することができるのであり,
憲法上,外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもち
ろん,在留の権利や引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているもの
でもなく,外国人の入国・在留の許否は国家の自由な裁量に任されている。
そして,在留特別許可の許否の判断に当たっては,当該外国人が法24条列挙の
退去強制事由に該当することを前提とした上で,恩恵として,当該外国人の在留を
特別に許可することが,我が国の国益の保持に合致するか否かを検討する必要があ
り,具体的には,当該外国人の滞在中の一切の行状等の個別的事情のみならず,国
内の治安や善良な風俗,保健衛生,労働市場の安定等の政治,経済,社会等の諸事
情,当該外国人の本国との外交関係,我が国の外交政策,国際情勢といった諸般の
事情をその時々に応じ,各事情に関する将来の変化の可能性なども含めて総合的に
考慮し,我が国の国益を害さず,むしろ積極的に利すると認められるか否かを判断
して行わなければならない。
そのような判断は,国内はもとより国際的にも広範な情報を収集し,その分析の
上に立って,先例にとらわれず,時宜に応じて的確かつ慎重に行う必要があり,時
には高度に政治的な判断を要求される場合もあり得ることなどにかんがみれば,出
入国管理行政全般について国民や社会に対して責任を負う法務大臣及びその権限の
委任を受けた地方入国管理局長(以下「法務大臣等」という。)の極めて広範な裁
量にゆだねるのが適当である。
申立人は,本件通達を基礎として,法務大臣がき束的に在留特別許可を付与する
義務があるかのように主張する。
しかし,本件通達は,これまで法務省に進達の上で行ってきた在留資格変更許可
の判断を,一定の要件が確認される場合に限って,地方入国管理局限りで行い得る
ものとして,在留資格変更許可の手続をより簡単にした点に意義があるにすぎず,
これにより法務大臣の裁量権に制限を加えたというものではない。すなわち,本件
通達が定める取扱内容は,適法な在留資格を有する外国人親の「定住者」への在留
資格の変更について,一定の要件の下に地方入国管理局長限りでその許否の判断を
行い得ることとするものにすぎず,常に在留資格の変更を認めるものではなく,本
件通達が適法な在留資格を有しない外国人親に対する在留特別許可の許否について
同様の取扱いをすることを予定しているものとは解されないし,実際にそのような
運用がされている事実もない。
処分後の事情により職権で退去強制令書発付処分等を見直すこともあるが,それ
は,処分後に事情の変更が生じて同令書を執行することが人道上相当でないと認め
られる場合であり,かかる扱いについても慎重に検討しているのであって,申立人
が述べるように一定の条件に適合すれば直ちに処分を見直し,在留特別許可をする
というものではない。
したがって,そもそも,不法入国によって本邦に在留していた申立人に本件通達
が適用される余地はない以上,本件通達を根拠に申立人に在留特別許可が付与され
るべきであるとする申立人の主張は,本件通達の解釈を誤ったものであり,失当で
ある。
イ申立人は,本件令書発付処分の後の事情として,AがBを認知したことを
指摘し,Bを本邦で養育する必要があるため,在留特別許可が付与されるべきであ
ると主張している。
しかし,Aのこれまでの生活状況,稼働状況,申立人やBとの関係等にかんがみ
れば,これまでBを養育してきた申立人が,今後もBを養育せざるを得ないことは
明らかであるから,Bが引き続き本邦に在留することを根拠として,申立人に在留
特別許可を付与すべきであるとする申立人の主張には理由がない。
そして,申立人及びBは,2名ともフィリピン国籍を有するものであるから,フ
ィリピンに帰国して生活することには支障がない。
ウ以上によれば,申立人に対し,在留特別許可を付与しない判断に裁量権の
濫用,逸脱がないことは明らかであり,申立人に在留特別許可の付与を義務付ける
訴えには理由がない。
(4)争点(4)について
(申立人の主張)
申立人が日本人の実子を養育する外国人親であることから,本件通達の趣旨にか
んがみれば,申立人を送還から逃れさせ,日本人の実子であるBを養育できる常態
に復させることは当然のことであり,たとえ一時的に不法滞在を容認することにな
るとしても,公共の福祉に反するとはいえず,まして「重大な影響」があるとは到
底いえない。
(相手方の主張)
申立人の主張は争う。
第3当裁判所の判断
1争点(3)について
(1)在留特別許可の仮の義務付けについて
ア申立人は,本案事件において,非申請型の義務付けの訴え(行政事件訴訟
法3条6項1号)として,本件令書発付処分の撤回及び在留特別許可の各義務付け
を求めており,本件令書発付処分の後にAがBを認知したという事実が生じたこと
から,法務大臣は申立人に対し在留特別許可を付与すべきであり,又,名古屋入管
主任審査官は本件令書発付処分を撤回すべきであると主張する。
そこで,検討する。
法24条各号の退去強制事由に該当する外国人については,特別審理官による口
頭審理を経た判定に異議があるとして,法務大臣に対し異議の申出をした場合に限
り,在留特別許可を付与するものとされており(法50条1項),入管法には,特
別審理官に対する口頭審理を放棄している外国人に対し,在留特別許可の付与を認
める規定はない。また,入管法には,退去強制令書の発付後の事情の変更等を理由
に,外国人に再審査申請を認める規定もない。
しかしながら,法務大臣において,外国人の事実上の上申(いわゆる再審情願)
に基づき,退去強制令書の発付後に生じた事由に基づいて在留特別許可を付与する
実例も存在しており,口頭審理を放棄している外国人に対しても,在留特別許可が
付与される余地がないとはいえないから,口頭審理を放棄している外国人であって
も,退去強制令書の発付後に生じた事情の変更等を理由に在留特別許可の義務付け
の訴え(非申請型)を提起することは可能であると解するのが相当である。
ところで,国家は,国際慣習法上,国家主権の属性として,外国人を受け入れる
義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるか
否か,また,受け入れる場合にいかなる条件を付するかについて,これを自由に決
定し得るものと解され,我が国の憲法も,外国人に対し,我が国に入国する自由又
は在留する権利を保障する規定を設けていない。このように,国家は,外国人の入
国・在留の許否に関する裁量権を有している上,入管法上,法務大臣等が在留特別
許可の許否の判断に当たって考慮すべき事項が何ら定められておらず,上記判断の
対象となる外国人は,退去強制事由が認められ,本来我が国からの退去を強制され
るべき地位にあることや,外国人の出入国管理が,我が国内の治安と善良な風俗の
維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定などの我が国の国益と密接にかかわって
おり,これらについて総合的に分析・検討した上で,当該外国人の在留の許否を決
する必要があることからすると,上記在留特別許可をすべきか否かの判断は,法務
大臣等の広範な裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。
以上にかんがみると,在留特別許可の義務付けを求める本案事件について「理由
があるとみえるとき」(行政事件訴訟法37条の5第1項)に当たるとするために
は,法37条の2第1項及び3項に規定する要件に当たるほか,法務大臣が申立人
に対して在留特別許可を付与しないことが,その裁量権の範囲を超え又はその濫用
となると認められるものであることを要するというべきである(同法37条の2第
5項)。
イそこで,上記観点から,申立人に対し法務大臣が在留特別許可を付与すべ
きか否かについて検討する。
(ア)前記前提事実に加え,疎明資料(疎甲1∼8,疎乙1∼16)によれば,
次の事実が一応認められる。
a申立人は,平成10年9月19日ころ,ブローカーから約120万円で
入手した他人名義の旅券を使用し,不法就労する目的で本邦に入国し,その後,フ
ィリピンパブ等で不法就労していたが,平成11年ころAと知り合い,交際するよ
うになった。
Aには,昭和50年に婚姻した妻と2人の子供があるが,当時は妻と別居中であ
った。
b申立人は,Aと同居するようになり,平成▲年▲月▲日,Aとの子Bを
出産し,その子育てのほとんどを申立人が行ってきた。
平成16年ころから,申立人とAは別居するようになり,その後は,Aは,申立
人に生活費を渡すこともなく,Bとも運動会で会う程度の関係しかなかった。
c申立人は,平成19年6月7日,入管法違反容疑で名古屋入管入国警備
官から違反調査を受けたが,その際,他人名義の旅券を使用して不法就労の目的で
本邦に入国したこと,Bもフィリピン国籍しか有しておらず同国に帰らなくてはな
らなくなっても仕方ないと思うこと,Aとは結婚しておらず同居もしていないし,
また今後も同居するつもりもないこと,などを述べた。
Aは,同日午後8時50分ころ,申立人が身柄を確保されていた愛知県中警察署
に赴き,Bを認知すべく手続を進めており,Bの面倒は自分がみるつもりであるこ
と,現在Cα店で勤務していること,などを述べたが,申立人は,Aが現在全く仕
事をせずホームレスとなっており,どこに住んでいるかも知らないこと,AにはB
の面倒をまかせられないこと,AはBを誘拐したため申立人がBを取り返しに行っ
たこともあり,BもAを嫌がっていること,などを述べ,Aと面会することはなか
った。
なお,名古屋入管の担当者がAの述べた勤務先を調査・確認したところ,Cα店
はその1年くらい前に閉店となっていたことが判明した。
d申立人は,同月8日,名古屋入管入国審査官から違反審査を受けたが,
その際,帰国後5年間は日本に入国できないことは理解していること,今回一緒に
捕まったBと帰国するつもりであること,Aはホームレスでどこにいるかもわから
ないこと,Bは日本国籍はなくフィリピン国籍だけであること,などを述べた。
そして,申立人は,同日,口頭審理の請求はしないこと,Bと一緒に早期に帰国
することを希望している旨を述べて,口頭審理放棄書に署名指印した。
(イ)以上の事実関係によれば,申立人は,Aに頼ることなくこれまでBを養育
し,今後もBを養育していく意思を有しており,Aとは,今後も同居するとかBの
面倒をみてもらうつもりはなく,今回の入管法違反が発覚したことを契機として,
Bと一緒にフィリピンに帰国する意向を有するに至ったものと認められる。なお,
申立人が名古屋入管の担当者に対して述べた上記内容は,具体的であって不自然な
ものではなく,本件記録上,同供述内容が申立人の意思に反するものであると直ち
に認めることはできない(申立人も,現時点において,口頭審理放棄の意思表示に
瑕疵があることを理由として,本件令書発付処分の取消しを求めているものではな
い。)。
ところで,本件令書の発付後,AがBを認知したという事実が認められるものの,
上記のとおり,申立人は,AがBの父親としての役割を果たすことを期待している
ものではなく,A自身もこれまでBの養育にはほとんど関わっていないことにかん
がみると,Aが今後Bの養育に関わっていくことになるとは考え難いといわざるを
得ない。Aは,平成19年6月7日に愛知県中警察署において,今後はBの面倒を
みていく旨を述べており,陳述書(疎甲5)において,Bを日本で立派に育て上げ
ることを一番大事に思っている旨を記載しているが,これまでのAの生活状況,申
立人及びBとの関係,Aの名古屋入管の職員に対するそのほかの供述内容に照らす
と,Aの上記供述を信用性の高いものとして本件申立ての判断事情とすることはで
きない。
そうすると,AがBを認知したという事実は,申立人及びBと,日本人であるA
との間に,実質的な父子関係や家族関係が形成されたとか,あるいは実質的な父子
関係や家族関係が始まるということを意味するものではなく,ただ単に形式的な身
分法上の手続がされたというにとどまるものといわざるを得ない。
なお,申立人は,Bが既に本邦の小学校へ入学しており,日本人としてのアイデ
ンティティが確立されているから,フィリピンに帰国することがBにとって支障が
ないということはできない旨主張する。しかし,申立人は,Bをこれまで養育して
きた親権者として,Bと共にフィリピンへ帰国する意向を有するに至ったものであ
り,その際,Bと一緒にフィリピンに帰国することがBの福祉に反するといった問
題点を指摘した事実はない。また,Bがフィリピンに帰国し,これまでの生活環境
が変わることに伴って一定の支障が生ずるとしても,AがBを認知したという事実
によって,そうした支障の内容及び程度がより増大したというものでもない。した
がって,Bがフィリピンに帰国することによって生ずる支障の内容及び程度をしん
しゃくしたとしても,そのことから,申立人に対する在留特別許可が義務付けられ
なければならないものとはいうことができない。
また,申立人は,本件通達を根拠として,AがBを認知した以上,申立人に対し
て在留特別許可を付与することが義務付けられるべきであると主張する。しかし,
本件通達によって法務大臣の裁量権が制限を受けるものと解することはできないし,
本件通達が適法な在留資格を有しない外国人親についての在留特別許可の許否の取
扱いまでを予定しているものと解することもできないから,申立人の上記主張は理
由がない。
(ウ)以上によれば,申立人が在留特別許可を付与することが義務付けられる根
拠として指摘するAがBを認知したという事実は,上記のとおり,ただ単に形式的
に身分法上の手続がされたというにとどまり,実質的な父子関係ないし家族関係の
形成とは無関係なものであって,そのほか申立人の主張及び記録上認められる諸事
情を検討しても,法務大臣が申立人に対し在留特別許可を付与しないことがその裁
量権の範囲を超え又はその濫用となると認めることはできないというべきである。
(2)退去強制令書発付処分の撤回の義務付けについて
申立人は,退去強制令書発付処分の撤回の義務付けを求める理由として,申立人
が本件通達により在留特別許可を付与されるべき地位にあることなどを主張する。
しかし,上記のとおり,申立人は口頭審理請求を放棄しており,入管法上在留特
別許可を付与されるべき地位にある者ではない上,法務大臣に対する事実上の上申
をすることによって,在留特別許可が付与される余地があるとしても,上記(1)の
とおり,申立人が主張する処分後の事情の変更の経緯,内容から,申立人に対して
在留特別許可を付与しないことが,法務大臣の裁量権の範囲を超え又はその濫用と
なると認めることはできないから,主任審査官において,本件発付処分を撤回しな
いことがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となるということもできない。
2したがって,本件申立ては,いずれも,「本案について理由があるとみえる
とき」(行政事件訴訟法37条の5第1項)との要件を充たさないから,その余の
点について判断するまでもなく,理由がないことが明らかである。よって,本件申
立てをいずれも却下することとして,主文のとおり決定する。
平成19年9月28日
名古屋地方裁判所民事第9部
松並重雄裁判長裁判官
前田郁勝裁判官
片山博仁裁判官

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