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平成一〇年(ワ)第三三一一号 不正競争防止法に基づく差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成一一年七月一四日
           判         決
原        告 東邦機械工業株式会社
    右代表者代表取締役     【A】
    右訴訟代理人弁護士     後藤昌弘
    同右     佐脇敦子
    被告     太陽工業株式会社
    右代表者代表取締役     【B】
    右訴訟代理人弁護士     高橋譲二
    右訴訟復代理人弁護士    榎    本         修
  主         文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
  事 実 及 び 理 由
第一 請求
一 被告は、別紙被告製品目録一及び二記載の各物件を、製造し、販売し、使用
し、譲渡し、引き渡し、譲渡又は引渡しのために展示してはならない。
二 被告は、別紙顧客目録記載の者に対し、面会を求め、電話をし又は郵便物を送
付するなどして、別紙被告製品目録一及び二記載の各物件の売買契約の締結あるい
は締結方の勧誘等の営業行為を行ってはならない。
三 被告は、原告に対し、七八〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である
平成一〇年八月三〇日から支払済みまで、年六分の割合による金員を支払え。
四 被告は、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を、原告及び被告の社名並びに表題
を四号活字とし、その他を六号活字として、本判決確定の日から三日間、日本国内
において発行する朝日新聞、中日新聞及び読売新聞に掲載せよ。
第二 事案の概要
一 本件は、空気チューブを使用したコンベヤーラインの昇降装置を製造、販売す
る原告が、被告に対し、(1)被告が製造、販売する昇降装置が、原告製品と類似して
おり、不正競争防止法(以下「法」という。)二条一項一号に違反しているとし
て、①被告製品の製造、販売等の差止め、②被告が被告製品の販売によって得た利
益七八〇万円及びこれに対する遅延損害金の損害賠償、③被告の右不正競争行為の
ため、被告製品を原告製品と混同した顧客から、原告に対し苦情が殺到し、原告の
社会的信用が傷つけられたとして謝罪広告の掲載を求めるとともに、(2)被告が、原
告の元従業員から不正に開示された、原告製品の販売先、販売金額の情報(以下
「本件情報」という。)を使用して販売活動を行うことが、法二条一項八号に違反
しているとして、右情報の使用の差止めを、それぞれ求めるものである。
二 争いのない事実等
1 原告は、コンベヤーのラインシステム装置等の設計、製作及び修理等を目的と
する株式会社であり、被告は、ローラーコンベヤー、ホイルコンベヤー、アキュウ
ムコンベヤー等産業用運搬機械の製造並びに販売等を目的とする株式会社である。
2 原告は、コンベヤーライン等の搬送機械設備における、空気チューブを使用し
た昇降装置である別紙原告製品目録一及び二記載の各物件(以下、それぞれを「本
件原告製品一」、「本件原告製品二」、両製品をあわせて「本件原告製品」とい
う。)を製造、販売している。
3 被告は、コンベヤーライン等の搬送機械設備における、空気チューブを使用し
た昇降装置である別紙被告製品目録一及び二記載の各物件(以下、それぞれを「本
件被告製品一」、「本件被告製品二」、両製品をあわせて「本件被告製品」とい
う。)を製造、販売している。
4 訴外【C】(以下「【C】」という。)は、平成六年六月二五日から、平成九
年一二月二〇日まで、原告の標準機器課課長代理であった者であるが、原告を退社
した後、被告に入社し、本件被告製品の販売を担当している。
三 争点
1 本件原告製品の形態は、周知性を獲得し、商品等表示性を有しているか。
(原告の主張)
(一) コンベヤーライン等の搬送機械設備の一部に組み込まれて使用される昇降装
置については、メーカーごとに基台の大きさや取付金具の位置、寸法が異なってい
るのであり、各ユーザーや搬送機械メーカーは、昇降装置の基台の大きさや取付金
具の位置、寸法に合わせて、自社のラインの設計を行っている。そのため、基台の
大きさや取付金具の位置、寸法が、各昇降装置メーカーの製品を特徴付ける重要な
要素となっているのであり、事実上これらが商品等表示機能を果たしている。
(二) そうでなくとも、コンベヤーライン等の搬送機械設備に使用される、空気チ
ューブを使用する昇降装置において、全体形状が直方体であり、その上面及び下面
に各二ないし三か所の板状の取付金具を有するという特徴を持つものは、原告が初
めて製造したものであり、九〇パーセントという原告の圧倒的シェアともあいまっ
て、右のような形態は、遅くとも、被告が本件被告製品の製造、販売を開始した平
成一〇年五月には、当業者間において周知となり、本件原告製品の商品等表示とな
っていた。
(被告の主張)
(一) 商品の形態が商品等表示性を獲得するには、その形態が他の類似商品と比
べ、需要者の感覚に端的に訴える独自な意匠的特徴を有し、需要者が一見して特定
の営業主体の商品であることを理解することができる程度の識別力を備え、当該形
態が長期間特定の営業主体の商品に排他的に使用され、又は短期間であっても強力
に宣伝広告されたものであることが必要である。
 しかしながら、以下のような事情からすれば、本件原告製品の形態に商品等表示
性はないし、周知性もない。
(1) 同一形態の先行商品の存在
 本件原告製品の製造、販売に先立って、昭和四〇年代から昭和五〇年代まで、数
社が、本件原告製品の形態と類似した、空気チューブを使用した昇降装置を製造、
販売しており、本件原告製品の形態は、既に陳腐なものである。
(2) 形態類似の同種商品の存在
 ここ一〇年余りの市場の状況を見ても、本件原告製品と同様な商品形態を採用し
た同種製品が、他の多くのメーカーにより多数製造、販売されており、そのシェア
は少なくとも各社一〇パーセントから二〇パーセント前後に達する。原告のシェア
は三〇パーセント程度である。
 そして、右各社製品の形態を見ると、外観がほぼ直方体で、基台と移動台から構
成され、各両端部には板状の取付金具が付けられていてボルト取付用の穴が空けら
れており、側面にはガイドピンの端部が露出し、移動台の端部にはエルボコネクタ
ーが設置されているといった点で、いずれも本件原告製品と共通点を有し、全体的
な形状に差異はない。
 なお、原告は、本件原告製品の特徴の一つとして製品の細部の寸法を挙げ、これ
らがコンベヤーライン設計の基準となり、商品等表示機能を果たしている旨主張す
る。しかし、コンベヤーラインは、その性質上、何種類かの規格に統一されざるを
得ないのであるから、これに組み込まれて使用される空気チューブを使用する昇降
装置の寸法も各社同一とならざるを得ない。
(3) 斬新、特異な特徴の不存在
 本件原告製品の形態は、極めて単純な形態で、飽くまで機能面からのみその形態
が選択されている。
(4) 形態による製品選択の不存在
 空気チューブを使用した昇降装置の需要者は、倉庫業者やメーカー等がほとんど
で、しかも実際に製品を購入する担当責任者は、機械設備や搬送設備に豊富な知識
を有する専門業者である。右専門業者は、商品知識に乏しい一般消費者と異なり、
製品購入にあたっては、企業コスト削減や事業の効率化等の観点から製品を購入す
るのが通例であって、商品形態に着目して製品を識別し、購入する製品を選択する
ことはない。
(5) 商標、商号による識別
 原告は、本件原告製品の長手方向の側面に縦三センチメートル、横一〇センチメ
ートルに及ぶ黒い大きなプレートを一枚ずつ付し、一方のプレートには原告の会社
名、所在地、電話番号及び商標を、もう一方のプレートには、製品名と型式を記し
て、原告の製品であることを明示している。商品形態がこれらに代わって識別力を
有している事実は存在しない。
(6) 形態による宣伝広告の不存在
 本件原告製品のカタログやパンフレットには、性能や使用方法等に関する詳細な
説明が見られるものの、原告が、本件原告製品の形態の特徴として主張する点につ
いては、何ら説明や宣伝広告がみられない。
(二) 仮に、商品の形態が商品等表示となるとしても、技術的機能に必然的に由来
する商品の形態にまで、商品等表示として法の保護を与えることは、商品形態を、
一種の永久権として、特定の権利者に独占させるを許すことになって、工業所有権
法との均衡を失する上、法が予定していた以上の利益を、右形態を有する商品の所
有権者等に与えることとなり、許されない。
 そして、原告が主張する本件原告製品の外観上の特徴は、いずれもコンベヤーラ
イン等の搬送機械設備において、荷物や商品の搬送方向を円滑かつ確実に転換する
という、技術的機能、目的の実現に由来する必然的な形態にほかならず、本件原告
製品の全体的な商品形態も、かかる技術的機能に由来する必然的な形態といわざる
を得ない。
2 本件原告製品と、本件被告製品は、類似しているか。
(原告の主張)
(一) 前述したように、コンベヤーライン等の搬送機械設備の一部に組み込まれて
使用される機械については、基台の大きさや取付金具の位置、寸法が、各昇降装置
メーカーの製品を特徴づける重要な要素となっているところ、本件被告製品は、基
台の大きさにとどまらず、取付金具の位置や大きさまでが、本件原告製品と完全に
一致し、同一といってよいほど酷似している。
(二) 本件被告製品一と本件原告製品一は、①移動台の幅が四ミリメートル異なる
点、②本件原告製品一では、ガイドピンの可動幅を決定している長円形の開口部が
移動台に設けられているために、開口部が外部から視認できるのに対し、本件被告
製品一においてはこの開口部が基台に設けられているために、開口部が外部から視
認できない点、③本件原告製品一に比べて本件被告製品一は取付金具の幅が一八ミ
リメートル狭く、細長い点においてわずかに相違しているが、微々たる相違に過ぎ
ず、看者に異なる印象を与えるものではない。
(三) 本件被告製品二と本件原告製品二は、①移動台の幅が一〇ミリメートル異な
る点、②本件原告製品二については開口部が一か所であり、エアーパイプは一本の
みであるのに対し、本件被告製品二においては開口部が二か所設けられており、エ
アーパイプが二本に分かれている点、③本件原告製品二では、ガイドピンの可動幅
を決定している長円形の開口部が移動台に設けられているために、開口部が外部か
ら視認できるのに対し、本件被告製品二においてはこの開口部が基台に設けられて
いるために、開口部が外部から視認できない点、④本件原告製品二に比べて本件被
告製品二は取付金具の幅が一八ミリメートル狭く、細長い点においてわずかに相違
しているが、微々たる相違に過ぎず、看者に異なる印象を与えるものではない。
(被告の主張)
(一) 本件原告製品と、本件被告製品は、以下の点で大きく異なっている。
(1) 本件原告製品は、取付金具の幅が五〇ミリメートルと広く、両端が半円状の丸
みを帯びているのに対して、本件被告製品は、取付金具の幅が三二ミリメートルと
狭く、両端は直角に近い。
(2) 本件原告製品のガイドピンは、基台の側面に設置され、移動台の側面をくり抜
いて設けられた移動台の上下に必要な穴を通じて外側に顔を覗かせており、右穴が
外観の一部をなしている。これに対して本件被告製品のガイドピンは、移動台に固
定されており、移動台の上下に必要な穴は、基台に設けられていて、外からは見え
ない
(3) 本件原告製品では、端部のエルボコネクター用の縦状の穴の形態は、移動台の
最下部にまで達しているのに対して、本件被告製品では移動台側面の中央部にとど
まっている。
(4) 本件原告製品では、基台が移動台と向き合う形で合わされているため、下方か
ら覗いても基台の内部が見えないが、本件被告製品では、基台と移動台が共に下方
向を向いて重ね合わされているので、下方から見ると基台の内部が見え、ガイドピ
ンの存在がひと目でわかる。
(5) 本件原告製品は製品全体が黄色一色で、側面に白抜きの文字で会社名等を記し
た黒いラベルが貼ってあるのに対して、本件被告製品は製品全体が緑色からなり、
側面に黒い文字で会社名等を記した白いラベルが貼ってある。
(二) 空気チューブを使用した昇降装置は全体の形が直方体で極めて単純な形態か
らなる。その単純な形態の中で、取付金具やガイドピン、エルボコネクターの穴の
形状、下方から見たときの外観は、当該製品の形態を決するのに極めて大きな要素
となるところ、これらの点で、本件原告製品と本件被告製品には、一見して大きな
差異があるのであるから、本件被告製品の形態が本件原告製品の形態に類似してい
るとはいえない。
3 本件被告製品は、需要者に、本件原告製品との誤認、混同を生じさせるか。
(原告の主張)
(一) 本件原告製品の利用者の間において、現実に本件原告製品と本件被告製品が
誤認、混同されており、利用者から原告に対し、苦情や問い合わせが殺到してい
る。
(二) 本件原告製品と本件被告製品には、原告と被告の商号及び製品名が記載され
たプレートが、それぞれ付されているが、需要者はカタログ、パンフレット等を通
じて製品に関する情報を入手するところ、右カタログ、パンフレット等の写真で
は、右プレートは極めて小さくしか写っておらず、これによって直ちに誤認、混同
を防止できるものではない。
(三) 法二条一項一号の「混同」には、狭義の混同(原告の製品と間違えて被告の
製品を買うこと)のみならず、広義の混同(親子会社や系列会社などの緊密な営業
上の関係がある等、経済的又は組織的に関係ある者の関与した製品であると誤認す
ること)も含まれるものである。ことに本件原告製品は、訴外株式会社マキテック
(以下「マキテック」という。)や訴外セントラルコンベヤー株式会社(以下「セ
ントラルコンベヤー」という。)に対して供給されているので、本件被告製品も同
様に原告が供給した製品であると誤認、混同される危険は、ラベルの貼付によって
は防止できない。
(被告の主張)
(一) 空気チューブを使用した昇降装置の需要者は、この種の商品知識の豊富な専
門家であり、商品の形態に着目して製品を選択することはまずあり得ないこと、本
件原告製品及び本件被告製品には、それぞれの商号ないし商標が会社の所在地等と
ともにわかりやすく表示されていること、さらには、原告、被告ともに、製品を梱
包して出荷する際に、包装紙ないし梱包用段ボールに商標、商号を明示しているこ
とを考え併せると、およそ需要者が本件被告製品を本件原告製品と混同するおそれ
はない。
(二) 広義の混同が認められるのは、飽くまで、複数の営業主体が、特定の表示を
共通の商品又は営業の表示として使用し、同表示の持つ出所識別機能、品質保証機
能及び顧客吸引力を保護発展させるという共通の目的のもとに結束している場合で
ある。
 しかし、原告、セントラルコンベヤー及びマキテックは、本件原告製品の商品形
態を共通の商品等表示として使用しているわけではなく、それぞれの会社の別個の
商標と商号を、各社製品の表面に示して出所を表示し、他社製品との識別を図って
いるのであって、広義の混同は認められない。
4 原告の損害及びその数額
(原告の主張)
(一) 被告は、本件被告製品一を、遅くとも平成一〇年五月一日から、一台平均四
万三〇〇〇円で販売している。これまでの本件被告製品一の販売数量は、少なくと
も月間三〇台を下るものではなく、現在までに少なくとも一二〇台を製造し販売し
ている。本件被告製品一の製造原価は、多くとも販売価格の三割である一万三〇〇
〇円を超えるものではなく、一般管理費等を考慮しても、被告が本件被告製品一の
製造、販売により得た利益額は、一台当たり少なくとも二万五〇〇〇円、総額で三
〇〇万円を下らない。
(二) 被告は本件被告製品二を、遅くとも平成一〇年五月一日から、一台平均七万
円で販売している。これまでの本件被告製品二の販売数量は、少なくとも月間三〇
台を下るものではなく、現在までに少なくとも一二〇台を製造し販売している。本
件被告製品二の製造原価は、多くとも一台二万円を超えるものではなく、一般管理
費等を考慮しても、被告が本件被告製品二の製造、販売により得た利益額は、一台
当たり少なくとも四万円、総額で四八〇万円を下らない。
(被告の主張)
(一) 被告が本件被告製品一の製造、販売を開始したのは平成一〇年六月である
し、現在までに一四台販売したにすぎない。
(二) 被告が本件被告製品二の製造、販売を開始したのは平成一〇年六月である
し、現在までに八台販売したにすぎない。
5 原告は、本件被告製品の製造、販売によって、信用を毀損されたか。
(原告の主張)
  原告は、本件被告製品を本件原告製品と誤認、混同した顧客から、苦情や問い
合わせを受けており、社会的信用を著しく傷つけられた。
(被告の主張)
  否認する。
6 本件情報は、原告の営業秘密か。
(原告の主張)
(一) 原告の製品は、顧客によって販売価格が異なるために、原告は、顧客ごとに
販売価格について掛け率表を作って保管していた。また、原告に対する顧客からの
発注は、主に電話またはファクシミリによることが多かったので、原告は、直送先
リストを作成し、一覧表として保管していた。
 掛け率表は、その内容が公開されることとなれば、原告のみならず各卸商社の利
益額まで明らかになる、原告の事業活動に係る有用な情報である。直送先リスト
は、その内容を見れば、どこの機械メーカーに販売しているかは一目瞭然となるも
のであり、やはり、競争関係にあるメーカーに対しては絶対に公開できない、原告
の事業活動に係る有用な情報である。
(二) 掛け率表は、標準機器課の机が集中している部分の中央部の、【C】の机に
隣接する女子職員の机の上に保管されており(机の上に置いてはあったが、常に従
業員が相互に監視し、かつ、社長自ら持ち出しの有無を管理できる場所に置いてあ
ったものである。)、直送先リストについては事務室の机の引き出しの中に保管さ
れていた。原告の事務所の入口にはカウンターが設置されており、机は事務所の奥
にあるため、一般の来客は絶対見ることはない状況にあった。
 【C】は営業の責任者であったため、原告は【C】に対し、直送先リスト及び掛
け率表を開示していたが、当然ながら、【C】に従業員としての守秘義務があるこ
とを前提に開示したものであるし、原告を退社した後に、原告の販売先やライバル
業者に、その内容を開示することが許されないものであることも、当然の前提とな
っていた。【C】も、情報の性格及びこれまでの機械メーカーでの職業上の経験か
ら、本件情報が、原告に在籍中はもとより、原告を退社した後においても、対外的
に公表してはならない情報であることは十分に承知していた。
(三) 掛け率表及び直送先リストは、対外的にはもちろん、対内的にも標準機器課
の販売担当者以外には、一切明らかにされていないものである。
(被告の主張)
(一) 単に原告の販売先や販売金額を知ったところで、これらの情報が公知である
こともあり、到底営業上有用な情報とはいえない。
(二) 秘密として管理されているといえるためには、当該情報にアクセスした者が
営業秘密であることを認識できるような措置が採られていたり、当該情報にアクセ
スできる者を明確に制限する措置が講じられていることが必要である。しかし、原
告は、販売担当者に本件情報を知らせていたものの、秘密とする取扱いは一切して
いなかった。
(三) 他社の製品がいかなる販売先にどのような金額で販売されているかは、販売
担当者であれば、販売先との商取引や交渉を通じてたやすく入手できる情報であ
り、現に被告は、【C】が被告に入社する以前から、原告のこのような情報を、ほ
ぼ正確に知っていた。
7 被告は、本件情報を不正に開示され、使用したか。
(原告の主張)
  【C】は、原告を退社した後に、守秘義務に反して、原告の直送先リスト及び
掛け率表の内容を不正に被告に開示した。
  被告は、本件情報を悪用し、【C】をして原告の顧客に対して、本件被告製品
を、本件原告製品の相当品である旨を明記して、原告の販売価格よりも安い金額で
販売させて、右情報を不正に使用したものである。
  被告は、その情報の性格から、【C】の開示した原告の販売先及び掛け率の内
容が、原告の秘密情報であること、及び、【C】がこれを不正に開示したものであ
ることを知り、または機械メーカーとして当然知り得べきものであった。
(被告の主張)
  原告の主張は、いずれも否認する。
  【C】は、本件被告製品が本件原告製品よりも安価であることを、被告の取引
先に述べてはいるが、本件情報を使用したわけではない。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件原告製品の形態は、周知性を獲得し、商品等表示性を有する
か。)について
1 商品等表示とは、人の業務に係る商品又は営業を表示するものであるから、商
品等表示性があるといえるためには、それが、商品又は営業について自他を識別
し、出所を表示する機能を果たすものであることが必要である。しかしながら、商
品の形態は、その商品が本来有すべき機能を十分発揮させることを目的として選択
されたものであって、商品の出所を表示することを目的とするものではない。通
常、商品の出所を表示するものは、商標や商号である。したがって、商品形態自体
に商品等表示性が認められるためには、当該商品の形態が、商標及び商号と同様な
機能を有すること、即ち、商品名や、製造、販売元の表示を見るまでもなく、商品
自体の観察により、特定の商品であることや、特定の営業主体の商品であることが
わかるものであることが必要である。
 そして、商品の形態が、その商品が本来有すべき機能を十分発揮させることを目
的として選択されたにすぎないものである以上、同種の商品であれば、同種の形態
を有することが通常であるから、具体的な場面において、商品の形態自体が、特定
の商品の出所表示機能を獲得したといえるためには、当該商品の形態が、他の同種
商品とは異なった独自のものであったり、継続的かつ排他的に特定の商品に使用さ
れたり、長期間宣伝されたり、短期間であっても強力に宣伝されるなどして、その
形態自体から、商品の見分けがつき、あるいは、特定の出所であることが判明する
ことが必要というべきである。
2 原告は、本件原告製品を特徴づける重要な要素であり、商品等表示機能を果た
しているのは、①基台の寸法や取付金具の位置、大きさ、あるいは、②全体形状が
直方体であり、その上面及び下面に各二ないし三か所の板状の取付金具を有してい
ることであると主張する。
(一)証拠(甲四、六)によると、本件原告製品には、長手方向の側面に縦三セン
チメートル、横一〇センチメートルに及ぶ黒い大きなプレートが一枚ずつ付されて
おり、一方のプレートには原告の会社名、所在地、電話番号及び会社のロゴマーク
が、もう一方のプレートには、「パワーベース」との商品名と型式が記載されてお
り、同社の製品であることが明示されている。
(二) 証拠(甲一、乙一、二、八)と弁論の全趣旨によれば、原告は、本件原告製
品を自ら製造、販売するほかに、セントラルコンベヤーやマキテックらコンベヤー
ラインを製造、販売する会社に対して、空気チューブを使用する昇降装置を供給し
ており、セントラルコンベヤーは、「アップベースユニット」の商標(型式として
は、ベースUBT30型、ベースUBM20型等、最初にアップベースを表すUBを付
け、昇降の高さを表す数字を末尾に付けている。)で、マキテックは、「AIR 
LIFT」との商標を付して、自社製品として販売している。パンフレットには、
右製品が原告の製造に係るものであることを表す記載はない。右各社のパンフレッ
トによれば、原告が右各社に供給している製品には、本件原告製品と基台、移動台
の寸法や取付金具の大きさ、取付位置などが同一の製品(セントラルコンベヤーの
製品のうち、UBS30型、UBH20型、UBW30型、UBWH20型が、本件原告製
品と同一であることは、乙一から明らかである。)のほかに、基台、移動台の寸法
や取付金具の大きさ、取付位置が異なるものがある。そして、原告のパンフレット
では、規格外の仕様であっても設計、製作するとしているから、原告の製造する空
気チューブを使用した昇降装置が、本件原告製品の規格に限られるわけではない。
(三) さらに、証拠(乙三)によれば、訴外株式会社メイキコウ(以下「メイキコ
ウ」という。)も、空気チューブを使用する昇降装置を「低床エア ダイバータ」
の商標で製造、販売しているところ、右製品の中には、本件原告製品と同様に、直
方体状の基台と移動台からなるボックスタイプがあり、内蔵されるエアーホースの
数が一本か二本か、ガイドピンか平行リンクかにより、ADB、ADB―2、AD
B―P、ADB―2Pという形式に区別されている。なお、取付金具は、基台の下
のほか、移動台の両端部の部材に設けられている。
 以上によれば、本件原告製品と同様に、全体形状が直方体であり、板状の取付金
具を有している空気チューブを使用した昇降装置は、原告、被告のみならず、少な
くとも前記訴外会社三社から、それぞれの商標をもって販売されているのであっ
て、右特徴をもって、商品等表示に該当する商品形態であると認めることはできな
い。原告のパンフレット(甲一)においても、本件原告製品の特徴として記載され
ているのは、本件原告製品一については、「上から簡単に取り付けができま
す。」、「サイドガイドピン方式。」、SB―H型について「ストロークが20㎜の
ため、SB型より荷重が大きい。」、本件原告製品二については、「ホースを2本
内蔵しているのでより安定したアップダウンをします。」、「上から簡単に取り付
けができます。」、「大型の方向転換機に最適です。」、WB―H型について「ス
トロークが20㎜のため、WB型より荷重が大きい。」というものであって、本件原
告製品の形態が、独自であることを看取させるような記載はない。
 なお、取付金具の形や取付位置等に違いはあるが、需要者が一見して特定の営業
主体の商品であることを理解できるほどの大きな違いではないし、これによって需
要者が購入する商品を選択しているとは認められない。
 次に、基台や移動台の寸法や取付金具の位置、大きさ等は、昇降装置を設置する
コンベヤーラインに応じて、それぞれ決まってくるものとも思われ、現に、原告
は、種々の規格のものを製造しており、規格外のものも製造すると宣伝しているの
であるから、本件原告製品の基台や移動台の寸法や取付金具の位置、大きさ等を見
ても、需要者が原告の製品であると判断できるものではない。
 のみならず、本件原告製品と基台や移動台の寸法や取付金具の位置、大きさ、昇
降する高さなどが、全く同一の商品が、少なくともセントラルコンベヤーから同社
独自の商標と型式で販売されているのであるから、本件原告製品の形態のみによっ
ては、セントラルコンベヤーの製品と区別することができないものである。そうす
ると、本件原告製品の形態は、原告の商品であることの表示とはならないものとい
わざるをえない。
 以上のとおり、本件原告製品の商品形態が他の同種商品とは異なった独自のもの
であるということはできず、これによって、商品等表示機能を果たしているとは認
められない。
3 次に、本件原告製品の形態が周知となったことにより、商品等表示機能を獲得
する可能性について検討する。
 原告のシェアが九〇パーセントであるとか、被告が本件被告製品の製造を開始す
るまでは、原告及びメイキコウのみが、本件原告製品のような形態の製品を製造し
ていたとかいう事実を認めるに足りる証拠はなく、また、原告のパンフレットに、
本件原告製品の形態を強調するような記載がないことは、右2認定のとおりである
から、原告が本件原告製品を販売する際の宣伝広告により、本件原告製品の形態
が、周知性を獲得したというような事実も認められない。
 しかしながら、原告は、本件原告製品を自ら製造、販売するほかに、前記のとお
り、基台と移動台の幅や長さ、取付金具の位置や大きさ、移動台の昇降する高さな
どが、本件原告製品と同一または類似する製品を製造し、コンベヤーラインの販売
会社数社に供給し、販売させるという営業形態をもとっているから、コンベヤーラ
イン等の搬送機械設備における、空気チューブを使用した昇降装置の市場におい
て、原告製造に係るものが、かなりのシェアを占めるということも十分考えられ
る。そして、右シェアの大きさによっては、販売元を異にしていても、需要者が、
製造元が原告であるという認識の下で原告製品を購入していることも考えられるの
であり(原告は、これらの製品は、原告から需要者に直接納入されるので、需要者
は、セントラルコンベヤーやマキテックの商品の製造者が原告であることを認識し
ていたと主張している。)、この意味において、本件原告製品の形態が、商品表示
性を獲得したとする可能性がある。
 したがって、次に、誤認、混同のおそれについて判断する。
二 争点3(本件被告製品は、需要者に、本件原告製品との誤認、混同を生じさせ
るか。)について
1弁論の全趣旨によれば、空気チューブを使用した昇降装置の需要者は、コンベヤ
ーラインを有する倉庫業者やメーカー等がほとんどで、原告や前記訴外会社ら販売
会社は、需要者に対して直接売り込みをしていること、実際に製品を購入する担当
責任者は、機械設備や搬送設備に豊富な知識を有する専門業者であることが認めら
れるところ、右専門業者は、商品知識に乏しい一般消費者と異なり、製品購入にあ
たっては、企業コスト削減や事業の効率化等の観点や、メンテナンスを含めた販売
会社の信用性などを総合して、製品を購入するのが通例であって、商品形態が似て
いるか否かで購入する製品を選択するようなことはないと思われる。
 そして、本件原告製品と本件被告製品には、原告と被告の商号及び商品名が記載
されたプレートが、それぞれ付されていることは、原告もこれを認めるところであ
るから、需要者が商品自体を見た場合に、両製品を誤認、混同するおそれがないこ
とは明らかである。
  原告は、需要者はカタログやパンフレット等を通じて製品に関する情報を入手
するところ、右カタログやパンフレット等の写真では、右プレートは極めて小さく
しか写っておらず、これによって直ちに誤認、混同を防止できるものではないと主
張するが、原告及び被告の各パンフレット(甲一及び二)には、それぞれ、表表紙
及び裏表紙に、原告及び被告の商号が印刷されているのであり、パンフレットを通
じても、やはり、需要者が両製品の出所を誤認、混同するおそれはないといえる。
2 さらに、需要者が、本件被告製品を原告が製造したものであると誤認、混同す
るなど、被告を、原告と何らかの関連がある会社であると誤認、混同するおそれ
(広義の混同)があるかについて判断するに、被告が、本件被告製品を需要者に対
して売り込もうとして作成した被告の見積書(甲一一ないし一三)によれば、被告
は、見積りに際し、本件被告製品が本件原告製品の相当品であることを明示し、塗
装色の番号も本件原告製品の色とは異なる番号を示し(甲一によれば、本件原告製
品の塗装色は、「日本塗料工業会(日塗工)№346(マンセル№2.5Y8/・)」で
あり、本件被告製品の塗装色は日本塗料工業会D9―513である。)、客が指定すれ
ば、本件原告製品と同じ「黄色日塗工346」に塗装できることを記載している。
 右事実は、被告が、本件被告製品が、本件原告製品とは異なることのみならず、
原告の製造するものでないことを明らかにした上で、その代替品として本件被告製
品を販売していることを示すものであって、このことからすれば、需要者が、被告
を原告と何らかの関連がある会社であると誤認、混同するおそれがあるとも認めら
れない。
3 原告は、本件原告製品の利用者の間で、本件原告製品と本件被告製品が、誤
認、混同されており、利用者から原告に対し、苦情や問い合わせが殺到していると
主張するが、右主張は具体的でなく、原告がその主張の証拠として提出した被告作
成の見積書は、前記2のとおり、その証拠にはならない。
 原告の右主張事実を認めることはできない。
三 争点6(本件情報は、原告の営業秘密か。)について
1 営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法、その他事業活
動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう
(法二条四項)。したがって、ある情報が、法で保護される営業秘密であるといえ
るためには、①秘密として管理されていること、②事業活動に有用であること、③
公然と知られていないことが、いずれも必要である。
2 まず、本件情報が、①秘密として管理されているといえるかであるが、本件情
報に関する原告の主張は、本件情報を知ることができない外部者がそれを取得した
ことを理由とするものではなく、本件情報を知る者がそれを漏らしたことを理由と
するものであるから、本件情報の管理状況も、単に外部の者がそれを知ることがで
きないような措置を講じていたというのでは不十分であり、本件情報に接している
者がそれを漏らしてはならない秘密であると認識できるような措置を講じていたこ
とが必要である。
3 そして、右のような観点から、本件情報の管理状況について検討するに、本件
情報は、【C】を含む販売担当社員にのみ開示されていたものであって、【C】に
従業員としての守秘義務があることを前提に開示されたものであるし、本件情報の
性格及び【C】の仕事上の経験からして、【C】は、本件情報を対外的に公表して
はならないことを十分に承知していた、また、原告の掛け率表及び直送先リスト
は、これを持ち出さないよう常に従業員が相互に監視しており、かつ、社長自ら持
ち出しの有無を管理できる場所に置いてあったから、内部者といえども持ち出すこ
とはできなかったというものである。
 しかしながら、販売担当社員にのみ開示されたといっても、本件情報は、その内
容からして、販売を担当しない製造担当社員等が見る必要はないものであって、原
告主張の事実は、本件情報が販売担当社員以外が見ることのできないものであるこ
とを意味するものではない。また、従業員に守秘義務があるとしても、この守秘義
務は、当該情報が秘密であることを認識し又は認識しうることを前提とするもので
あるところ、原告が【C】に本件情報が秘密であることを伝えていた、あるいは、
本件情報の化体物である原告の掛け率表及び直送先リストに、本件情報が秘密であ
ることを認識できるような記載があったなどの主張はない。原告は、本件情報の性
格や【C】の仕事上の経験から、【C】にとって、本件情報の秘密性は明らかであ
ったというが、法は、営業秘密のうち、法の保護に値するものを判別するための要
件として、秘密として管理されていたことを特に要求しているのであるから、本件
情報の性格や【C】の仕事上の経験から、本件情報が原告の秘密であることを当然
認識できたはずであるというだけでは、法の保護を求めるための要件としては不十
分である。さらに、本件情報の持ち出しを、従業員が相互に監視し、社長が管理し
ていたという点についても、その根拠として原告が主張する事実は、全従業員と社
長が、一つの事務室の中で机を並べていたというだけのものであるから、これを管
理あるいは監視体制ということは困難である。
4 したがって、本件情報についての原告の主張は、右の点のみにおいても既に失
当であって、他の要件を検討するまでもなく理由がない。
四 結論
 以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却するこ
ととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決す
る。
名古屋地方裁判所民事第九部
     裁判長裁判官    野   田   武   明 
        裁判官   佐   藤   哲   治
        裁判官     達   野   ゆ   き

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