弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
ただし、被控訴人のうち別紙被控訴人目録中原告番号一三〇、同一七五、同三二
六、同三七五の各イ、ロ、ハの合計一二名については、原判決主文第一項を「控訴
人は、原判決添付別紙請求認容一覧表中原告番号一三〇、同一七五、同三二六、同
三七五記載の金員の各三分の一およびこれらに対する昭和三七年六月三〇日以降右
完済に至るまで年五分の割合による金員を、当該原告番号の各イ、ロ、ハの各被控
訴人に対し、それぞれ支払え。」と訂正する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
       事   実
第一 控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求
をいずれも取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」と
の判決を求め、被控訴人二一九名代理人は、主文第一項同旨の判決を求め(ただ
し、そのうち主文第一項但書記載の被控訴人一二名については、請求の趣旨が「控
訴人は、原判決添付別紙債権目録中原告番号一三〇、同一七五、同三二六、同三七
五記載の金員の各三分の一およびこれらに対する昭和三七年六月三〇日以降右完済
に至るまで年五分の割合による金員を、当該原告番号の各イ、ロ、ハの各被控訴人
に対し、それぞれ支払え。」と変更された。)、被控訴人A(原告番号三七)は、
本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したとみなされる答弁書には、主文第
一項本文、第二項同旨の判決を求める旨の記載があり、その余の被控訴人九名(原
告番号一三五、同一四二、同一六八、同二四九、同三〇八、同四二一、同四三五、
同四三七、同四三八)は、適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しない
し、答弁書その他の準備書面を提出しない。
第二 当事者双方の事実上および法律上の主張は、つぎに記載するほかは、原判決
の事実摘示のとおりであるから、その記載を引用する(ただし、(一)原判決添付
別紙超過勤務明細表中昭和三五年四月三〇日以前の勤務に関する被控訴人らの主張
およびこれに対する控訴人の主張を除き、(二)原告番号三七三、同三七四、同三
七五のイ、ロ、ハ、同三八五、同三八七、同三九二の各被控訴人について、同表中
昭和三六年二月一一日の勤務に関する主張およびこれに対する控訴人の主張を除
き、(三)原判決添付別紙原告目録一枚目表番号一、一枚裏番号一五各欄に「静岡
県立下田高等学校」とあるのを「静岡県立下田北高等学校」と訂正し、(四)原判
決添付別紙超過勤務手当明細表中原告番号一二七の昭和三五年五月二九日欄に「五
月二九日」とあるのを「五月二三日」と訂正し、(五)同表中原告番号二九〇、同
二九二、同二九三、同二九六、同二九八、同三〇〇、同三〇二、同三〇三、同三〇
四、同三〇六の各昭和三六年三月一九日欄に「三月一九日」とあるのを「三月一八
日」と訂正し、(六)同表中原告番号三九二の昭和三六年一月〇九日欄に「一月〇
九日」とあるのを「一月一九日」と訂正する。)。
控訴代理人の主張
一 地方教育公務員に対し時間外勤務手当を支給しない旨の現行制度について
(一) 都道府県立および市町村立のいわゆる公立学校に勤務する教職員(以下
「地方教育公務員」という。)の時間外勤務手当については、実定法上一般公務員
と異なつた取扱がなされている。すなわち、
(1) 地方公務員法第五八条は、一般地方公務員に関するものであつて、同法第
五七条は「教職員については特例を別に法律で定める。」旨定め、同条にもとづい
て制定された教育公務員特例法第二五条の五第一項は、「地方教育公務員の給与の
種類及びその額は、当分の間国立学校の教育公務員の給与の種類及びその額を基準
として定めるものとする。」旨定めているから、地方教育公務員には労働基準法は
適用されない。
(2) 市町村立学校職員給与負担法(昭和二三年法律第一三五号)および義務教
育費国庫負担法(昭和二八年法律第三〇三号)は、地方教育公務員に支給すべき給
料その他の給与の種類を限定して列挙している。そして、市町村立学校職員給与負
担法第一条において、時間外勤務手当に限つてとくに(事務職員に係るものとす
る)という括弧書を付していることは、その反対解釈として、事務職員以外の教職
員に対しては時間外勤務手当を支給できないことを明示していることが明らかであ
る。
(3) 一方、地方自治法第二〇四条第三項、第二〇四条の二および地方公務員法
第二五条第一項は、「地方公務員に対する給与の額およびその支給方法は、すべて
条例で定めること」「条例にもとづかずにはいかなる給与その他の給付も職員に支
給することができない」旨を規定している。控訴人の「静岡県教職員の給与に関す
る条例」(昭和三一年九月二八日条例第五二号)には、被控訴人ら教職員に対し
て、一般公務員と同様な取扱いで時間外勤務手当を支給する旨の規定はない。
(二) したがつて、被控訴人らに時間外勤務手当を支給する余地はないのであ
る。かりに被控訴人らが時間外手当請求権を有するとしても、条例が制定されない
かぎり、それは抽象的請求権であるにとどまり、具体的請求権ではないというべき
である。
二 本件時間外勤務命令の不存在について
(一) 本件職員会議の運営の実体はつぎのとおりである。
(1) 職員会議は、議事規則、定足数、議案等についてなんらの定めなく、すべ
て戦前戦後を通ずる慣行によつて運営されており、学校毎に任意に行う自発的慣行
的存在である。
(2) 議案としては、校長から教員に対する示達、諮問等の外に一つの職場集団
としての教育に関する研修が主体をしめ、またPTA、親睦会等のことも討議され
る。
(3) 招集には開始時刻のみが示されるが、終了予定時刻は示されず、午後五時
ごろになると続行するか打切るかは出席者の意向によつて決定されるのがほとんど
である。
(4) 私用を含めて当初から出席することができない者あるいは途中で退席しよ
うとする者は自由に欠席中座することができ、意に反して校長が出席を強要した事
例はない。
(5) 出席者は、会議が五時以降にわたる場合でも、それが校長の時間外勤務命
令であるとは意識していなかつたし、また、本件当時ないしそれ以前から時間外勤
務手当の請求をしたことがない。
(二) およそ時間外勤務命令においては、労働者の意思都合は一切無視され、労
働者は義務としてその勤務をしなければならないのである。しかしながら、右のよ
うな実態の職員会議においては、校長が午後五時以降も同席していたというだけで
は、校長が右のような時間外勤務命令を出したことにならないことはいうまでもな
いところである。したがつて、本件時間外勤務命令は存在していない。
三 本件時間外勤務命令の無効について
(一) 「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例」(昭和二八年三月二四日
条例第三二号)第八条は、被控訴人ら教職員に対する時間外勤務命令等について
「県教育委員会が、特に定める場合に限り、これを命ずることができる。」と規定
していて、学校長には右命令権限が与えられていない。そして、全国都道府県を通
じ被控訴人らの主張するような時間外勤務に対して手当が支給されたことは全くな
く、また、右条例に第八条にもとづいて県教育委員会が「特に定めた場合」とは入
学試験事務に限られていたことは、学校長、被控訴人らを含む県下教職員が充分に
承知していたのである。
(二) したがつて、本件時間外勤務命令は、法規に違反しており、その瑕疵は重
大かつ明白であるから、無効である。
四 被控訴人の主張四は認める。
被控訴人二一九名代理人の主張
一 控訴人の主張一ないし三は、いずれも争う。
二 地方公務員法第五八条は同条第三項に規定する労働基準法の各条項の適用を除
外するほかその他の同法の規定を地方公務員に適用することを定め、教育公務員特
例法第二三条第二項は「この法律中の規定が国家公務員法又は地方公務員法の規定
に矛盾し又はてい触すると認められるに至つた場合は、国家公務員法又は地方公務
員法の規定が優先する。」と定めているから、地方公務員法第五七条、教育公務員
特例法第二五条の五により地方教育公務員について労働基準法の適用が排除される
ことはありえない。また、市町村立学校職員給与負担法、義務教育国庫負担法は、
公立の小中学校の経費のうちの一部を国庫が負担するとか都道府県が負担するとか
について定めているにすぎず、これにより教職員の給与の内容、金額を定めたもの
ではない。
三 控訴人は本件時間外勤務命令が不存在、無効であると主張する。しかしなが
ら、被控訴人らが本件時間外勤務を余儀なくされたことは明らかな事実である。こ
れに対して時間外勤務手当が支給されないことになつては、勤務時間制は有名無実
となり、被控訴人らは無制限に無償の労働を余儀なくされるという弊害が生ずるこ
と明らかであつて、控訴人のこの点についての主張は誤りである。
四 なお、B(原告番号一三〇)は昭和四〇年一二月二日、C(同一七五)は昭和
三九年九月四日、D(同三二六)は昭和三八年九月一九日、E(同三七五)は昭和
四一年六月五日それぞれ死亡し、別紙被控訴人目録記載の当該原告番号の各イ、
ロ、ハの各被控訴人が相続分三分の一ずつ相続した。
第三 (証拠省略)
       理   由
一 被控訴人らが原判決添付別紙原告目録記載の各学校(本判決添付別紙被控訴人
目録と同じ。ただし、右原告目録に静岡県立下田高等学校とあるのを静岡県立下田
北高等学校と訂正する。)に勤務する静岡県立学校教職員であり、控訴人静岡県か
らそれぞれ原判決添付別紙超過勤務手当明細表記載の各給料(本俸、暫定手当、調
整額)を支給されていたこと、および、静岡県においては、職員の正規の勤務時間
は、「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例」(昭和二八年三月二四日条例
第三二号)(以下「勤務時間条例」という。)第二条、「職員の勤務時間、休日、
休暇等に関する規則」(昭和二八年四月一日人事委員会規則一三-一)(以下「勤
務時間規則」という。)第二条第一、二項により一週間につき四四時間とされ、勤
務時間の割振は、月曜日から金曜日までは午前八時一五分から午後五時までとし、
土曜日は午前八時一五分から午後零時一五分までと定められていたことは、いずれ
も当事者間に争いがない。
二 いずれも成立に争いのない甲第一号証の一〇ないし二二、同第二号証の一ない
し六、同第三号証の一ないし七、同第四号証の三ないし二一、同第六号証の一〇な
いし一六、同第七号証の一ないし五、同第八号証の一ないし九、同第九号証の一、
二、同第一〇号証の三ないし七、同第一一号証の一ないし四、同第一二号証の一三
ないし一八、同第一三号証の二ないし一五、同第一四号証の一一ないし二〇、同第
一五号証の一一ないし一八、同第一六号証の二ないし五、同第一七号証の二ないし
九、一一ないし一三、同第一八号証の七ないし一八、同第一九号証の一六ないし二
九、同第二〇号証の二ないし五(甲第四号証の九ないし二一および同第一九号証の
二七ないし二九についてはその原本の存在についても争いがない。)、原審証人
F、同G、同H、同I、同J、同K、当審証人L、同M、同N、同O、同P、同
Q、同R、同S、同T、同U、同V、同w、同X、同Yの各証言、原審における被
控訴人Z、同P1、同P2、当審における被控訴人P3、同P4、同P5、同P
6、同P7、同P8各本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実を認めることがで
きる。
1 被控訴人らの勤務する各学校においては、校長が学校の運営を適正に実施する
目的のもとに職員会議が開かれていた。右職員会議は、法規上の制度として各学校
に設置すべきものとはされていないが、学校教育の特殊性にもとづき各学校ごとに
戦前から自然発生的に生れた事実上の制度であつて、運営方法等の実態は各学校に
よつて多少の相違があるが、右会議においてはおおむね、校長が教育委員会の指示
事項や校長会の結果必要な事項の伝達をしたり、校長の教育方針を理解徹底させる
等のことがなされるほか、学校の教育方針、教育活動の問題、生徒の懲戒、入退学
者の決定、学期末成績の評価、文化祭体育祭等の行事の施行に関することからPT
Aに関する事項についてまで学校運営の全般の問題について審議された(なお、時
には教職員の親睦に関する事項が協議されることもあつたが、これは教職員が集つ
た機会をとらえて附随的に行われたにすぎない。)。右審議の結果は、当然に校長
を拘束するものではなかつたが、校長においてその結果を尊重し、これを参考にし
て学校運営の計画をたて、かつこれを実行して行く建前であつた。なお、右会議に
おいて審議された事項、欠席者の有無、会議の開始、終了時刻等会議の模様は、校
務日誌、教務日誌に記載されたり、そのために作成されている職員会議録に記載さ
れて記録にとどめられることになつており、学校によつては右記録を欠席者に回覧
して周知徹底をはかつているところがあつた。
2 右会議は、校長の主宰のもとに当該学校に勤務する全部の教職員(とくに必要
がある場合は事務職員が加わることもあつた。)をもつて構成され、教職員はとく
にやむをえない支障のある者のほかは他の校務をさしおきあるいはやりくりをして
でもこれに出席すべきものとされていた。したがつて、やむをえず会議に欠席する
とか途中で退席する者は、校長、教頭、会議の司会者あるいは同僚に断つて欠席ま
たは退席することになつていた。
3 右会議は、定例もしくは必要の都度月一、二回から四、五回位開かれるのを常
としたが、右会議の開かれる日時場所はあらかじめ校長の指示により口頭または黒
板に掲示する等の方法で職員に伝達された。会議の司会には教頭、教務主任あるい
は輪番制で各教職員が当り、開始時刻は、教職員に支障の少い放課後、すなわち、
授業のある平日は放課後の午後三時すぎとされることが多く、勤務時間の午後五時
までには終了する例であるが、それまでに審議が終了しないで、とくに必要のある
場合はそのまま勤務時間後も審議が続行されることがあり、また学校によつては勤
務を要しない土曜日の午後に行われることもあつた。
4 右によつて会議が勤務時間外にわたる際、学校によつては、会議を打切るか続
行するかについて出席者の意向をきき、それに従うことになつていたところがある
が、右の意向によつて会議が続行されることになつた場合においても、出席してい
る校長は、会議の主宰者としてその結果を了承していたし、勤務時間の内外によつ
て、審議内容、審議方法等職員会議の運営にはなんら変更はなく、職員会議の性質
内容に差異を生じることはなかつた。
5 以上のような職員会議が被控訴人らが勤務する各学校においてそれぞれ原判決
添付別紙超過勤務手当明細表記載の各年月日(ただし、昭和三五年四月三〇日以前
の分および気賀高校における昭和三六年二月一一日の分を除く。)に開催され、終
業時刻から引続き同表記載のごとき終了時刻まで審議が続行されたが、被控訴人ら
(ただし、主文第一項但書記載の被控訴人らについてはその先代、以下同じ、)は
同表記載のとおり右会議に出席して右審議に参加した(ただし、職員会議の開始時
刻について榛原高校における昭和三六年三月一八日(土)の分は同日午後一時三〇
分である。)。
三 教職員が右職員会議に出席することがその職務の範囲に属するか否かについて
みるに、学校教育法第五一条または同法第七六条によつて本件各学校に準用される
同法第二八条第四項は、教諭の職務として、「教諭は児童の教育を掌る。」と定め
ているところ、右認定の事実によれば、教職員が職員会議に参加することはこれに
よつて、校務を掌埋する学校長(同法第二八条第三項、第五一条、第七六条参照)
の教育方針を知り、またその教育方針に各自の意思を反映させ、かくして学校教育
の向上をはかり学校全体として教育が一貫してかつ円滑に行われる作用を有するも
のであるということができるから、それへの参加は「児童(生徒)の教育」のため
に欠くべからざるものであるというべく、かような職員会議が勤務中に行われた場
合はもちろんのこと、これを超えて正規の勤務時間以外の時間に行われた場合であ
つても、被控訴人ら教職員がこれに参加することはその教職員の職務の範囲に属す
ることは疑のないところといわなければならない。もつとも右会議において教職員
の親睦に関する事項が審議されることがあつたことは右に認定したとおりである
が、それは教職員が集つた機会をとらえて本来の審議に附随してなされたものにす
ぎないからこの一事をもつて職員会議が右に述べた性質を変えるものでないことは
いうまでもない。
 そして、右認定の事実によれば、被控訴人らが右認定の各職員会議に参加したの
は各所属学校長の指示(職務命令)にもとづくものであることが明らかであり、そ
れが正規の勤務時間以外の時間にわたる場合も校長が右会議を主宰しているのであ
るから、それが校長の指示(職務命令)にもとづくものであることに変りはなく、
その際学校によつては出席者の意向により会議を継続するか否かを定めることにな
つていたことも右に認定したとおりであるが、右のようにしてなされる会議の続行
もこれに出席し主宰している学校長が容認しているのであり、そのようにして続行
されるのが右に述べた職務としての職員会議である以上、続行が職員の意向により
決められたとの一事をもつて、右会議が私的なものに転化し(なお、本件において
職員会議が教職員の親睦に関する事項を協議するために続行されたことを認めるに
足る資料は存しない。)、あるいは、右職務がもつぱら職員の好意によるものであ
つて、それに対する対価の支払を必要としないものに転化するいわれはないから、
以上を要するに、被控訴人らの右会議への参加は、校長の指示(職務命令)にもと
づくものといわなければならない。これに反する控訴人の主張は採用できない。
四 そこで、被控訴人らが正規の勤務時間外に行われた職員会議に出席したことを
理由に時間外勤務に対する割増賃金の支払請求権を取得するか否かについて検討す
る。
(一) まず、この点についての法律関係をみるに、被控訴人ら公立学校の教職員
は地方公務員としての身分を有する(教育公務員特例法第三条参照)から、被控訴
人らには地方公務員法が適用され、ただ、同法第五七条にもとづく教職員について
の特例が設けられることがあるにとどまる。そして地方公務員には、特別に除外さ
れたもののほかは労働基準法の諸規定が適用される(地方公務員法第五八条参照)
ところ、労働時間等に関する労働基準法第四章については適用除外規定なく、か
つ、被控訴人らは公立学校の教職員であつて同法第九条、第八条第一二号により同
法にいう労働者に該当するから、同法第四章の諸規定は、被控訴人らに適用される
ことになる。
(1) この点について、控訴人は、「地方公務員法第五八条は、一般地方公務員
に関するものであつて、教育公務員については、同法第五七条、教育公務員特例法
第二五条の五第一項により労働基準法は適用されない。」と主張する。しかしなが
ら、教育公務員特例法第二五条の五第一項は「公立学校の教育公務員の給与の種類
およびその額は、当分の間、国立学校の教育公務員の給与の種類及びその額を基準
として定めるものとする。」との規定であつて、これは、地方公務員の給与、勤務
時間その他の勤務条件は条例で定める(地方公務員法第二四条第六項、地方自治法
第二〇四条第三項各参照)こととされているが、教育それ自体は国立、公立を問わ
ず同一水準であることが望ましいところから、その勤務条件をも均質化するため
に、条例を制定する際の方針を規定したにすぎず、もとより地方公務員たる教育公
務員について労働基準法の適用排除を定めたものではない(なお、教育公務員特例
法第二三条第二項参照)から、控訴人の右主張は採用できない。
(2) また、控訴人は、「義務教育費国庫負担法、市町村立学校職員給与負担法
は給与の種類を限定して列挙しているし、ことに同法第一条において、時間外勤務
手当に限つてとくに(事務職員に係るものとする)との括弧書を付していることか
ら、この反対解釈として、教職員に対しては時間外勤務手当を支給できないことに
なつている。」と主張する。しかし、右各法律は公立の義務教育諸学校の経費をど
こが負担するとかあるいは市町村立の小学校等の職員の給与をどこが負担するとか
について規定するものにすぎず、これにより教職員の給与を規定したものではない
から、控訴人の右主張は採用できない。
(二) ところで、地方公務員については、その給与、勤務時間その他の勤務条件
は条例で定めることとされ(地方公務員法第二四条第六項、地方自治法第二〇四条
第三項各参照)、反面、条例にもとづかずにはいかなる給与その他の給付をも支給
してはならないとされている(地方公務員法第二五条第一項、地方自治法第二〇四
条の二各参照)ので、これを受けて静岡県においては前記一に述べた勤務時間条
例、同規則を制定し、職員の正規の勤務時間は一週間につき四四時間と定め、かつ
その勤務時間の割振をも定めているのである。一方労働基準法第三七条によれば、
使用者が同法第三三条、第三六条の規定によつて時間外労働をさせた場合は通常の
賃金の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないとされ、こ
れに対応して静岡県においても、「静岡県教職員の給与に関する条例」(昭和三一
年九月二八日条例第五二号、以下「給与条例」という。なおこの施行規則として、
「職員の給与に関する規則」(昭和三二年九月一四日人事委員会規則七-二五、以
下「給与規則」という。)がある。)第一五条において、「正規の勤務時間を超え
て勤務することを命ぜられた職員には、正規の勤務時間をこえて勤務した全時間に
対して、勤務一時間につき第一八条に規定する勤務一時間当りの給与額の一〇〇分
の一二五(その勤務が午後一〇時から翌日の午前五時までの間である場合は、一〇
〇分の一五〇)を時間外勤務手当として支給する。」と定められているのである。
控訴人は、「給与条例には教職員に対して時間外勤務手当を支給する規定がな
い。」と主張するが、右主張が理由のないことは右に述べたところから明らかであ
る。
(三) したがつて、法律および条例上被控訴人らには時間外勤務手当が支給され
る建前になつているといわなければならない。
五 これを被控訴人ら教職員の職務の形態についてみるに、教員は児童生徒の教育
を掌る(学校教育法第二八条第四項、第五一条、第七六条参照)というすぐれて創
造的な職務にたずさわるものであるところから、その職務内容は日常の授業がその
重要な地位を占めるが、もとよりこれに限定されるものではなく、授業時間にかか
わらず、学校の内外を問わずに行われるべき児童生徒の指導その他準備、研究、修
養、各種の校務等きわめて多岐にわたり、常に所定の勤務場所、時間に拘束されて
いたのではその活動に柔軟性を欠き本来の目的を充分に達成することができない性
質のものであつて、他の職種のように労働時間をもつてその勤務をはかることが困
難であるという特殊性を有することが明らかである。地方公務員法第五七条および
教育公務員特例法(とくに、同法第一九条、第二〇条(研修)参照)はこれらの特
殊性を考慮しての規定であり、また、成立に争いのない乙第一号証、当審証人P9
の証言によれば、昭和二三年従来の官吏俸給令による給与から職務給を加味した一
五階級の給与(二、九二〇円ベース)に切り替えが行われた際、教員については右
のような特殊性等を考慮して一般の職員よりほぼ一割程度増額した給与額に切り替
えられたいきさつがあるので、文部省当局としては爾後教員に対しては時間外勤務
を命じないようにすべき旨の行政指導を行い、政府もこれに対する財源措置をしな
いことを認めることができるのである。しかしながら、労働時間の算定が困難であ
つても、不可能というものでないことはもちろんであり、右のような職務の特殊性
があるからといつて被控訴人ら教職員の職務の性質上当然に時間外勤務の観念を否
定しなければならないことになるものではない。したがつて、右職務の特殊性も前
記四において述べた法律および条例上の建前を否定するものではないというべきで
ある。
六 つぎに、教職員に対する時間外勤務命令についての静岡県の定めについてみる
に、勤務時間条例第八条は、その第一項において一般の職員につき、臨時に必要が
あるときは、任命権者が職員に対して時間外勤務を命ずることができると定めてい
るのに対し、その第二項においては、被控訴人ら教職員について、「県教育委員会
が、特に定める場合に限り、これを命ずることができる。」と定めている。そし
て、県教育委員会が一般的に教職員に対し時間外勤務を命じうる場合を定めた規定
は存せず、前掲乙第一号証いずれも成立に争いのない乙第二ないし第四号証、同第
五号証の一ないし三、同第六号証の一ないし四、同第二三ないし第四一号証、前掲
証人P10、同K、同J、同L、同P11、同N、同O、同P、同Q、同R、同
S、同T、同U、同V、同w、同Xの各証言によれば、静岡県においては、高等学
校入学考査費として教職員の時間外勤務手当が若干認められ、その財政措置もとら
れていて、学校長の時間外勤務命令にもとづきなされた右入学考査のための時間外
勤務に対して所定の時間外勤務手当が支給されていたほかは、教職員に対しては時
間外勤務を命じないものとするとの文部省当局の指導に従い、一般に教職員に対し
ては時間外勤務を命じないものとされ、そのための県の予算措置もとられていない
ことを認めることができる。したがつて、静岡県においては、被控訴人ら教職員の
任命権者であり(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三四条参照)、か
つ、時間外勤務命令権者である県教育委員会は、各学校長に対し、前記入学考査の
場合以外は時間外勤務を命ずる権限を委ねているものとは解せられないのである。
七(一) 果してしからば、本件各学校長が所属教職員である被控訴人らに指示し
て勤務時間外に職務として職員会議に参加させたのは、適法の権限にもとづかない
ものといわざるをえない。もしそういうことになれば、かかる時間外勤務に対して
は時間外勤務手当を支給されないことになるのであろうか、問題であるといわなけ
ればならない。
 校長は、各学校内における最高管理権者として、「校務を掌り、所属職員を監督
する」権限を有する(学校教育法第二八条第二項、第五一条、第七六条参照)か
ら、上司として所属教職員に対して労務管理事務を行うものであるというべく、こ
の理は時間外勤務命令に関していえば、静岡県においては、前記六のごとく、入試
事務に限つてではあるが、校長に該命令を出す権限を認められていたことからも明
らかといわなければならない。そして、職員会議が校長の招集、主宰にかかるもの
であつて、その職員会議への参加は、教職員の職務であり、かつ、教職員は法律上
校長に権限があると否とを問わず、事実上上司である校長の指示命令に従わざるを
えない立場にあることを思えば、校長の本件指示には事実上の拘束力を認めるべ
く、右指示に従つて職員会議に参加した被控訴人らは、その間校長の指揮命令下に
あつて自由にその時間を処分しえない状態におかれたものといわざるをえないので
ある。これに反する控訴人の主張は採用しがたい。したがつて、労働時間を規制し
て労働者の福祉をはかることを意図している労働基準法第四章の諸規定は、本件に
おいては校長を名宛人としなければその実効をおさめえない訳で、これを法律的に
いえば、校長は、同法第一〇条にいう「使用者」としての立場に立つものであり、
その「使用者」としての校長の指示にもとづいて、正規の勤務時間外に職務として
の職員会議が行われた以上、組織法上校長に右指示の権限がなかつたとしても、雇
用主たる控訴人は、職員会議への出席という時間外勤務に対し所定の割増賃金を支
払わなければならないと解するのを相当とする。控訴人は、「校長には本件時間外
勤務命令権限がなく、この瑕疵は重大にして明白であるから、右命令は無効であ
る。」と主張するが、右命令に事実上拘束力を認めざるをえない以上、その命令の
行政法上の効力いかんは別として、控訴人は、右瑕疵を理由に割増賃金の支払を拒
むことはできないというべきである。
(二) ところで、静岡県においては、勤務時間条例、同規則により勤務時間は一
日八時間または四時間、週四四時間とされており、時間外勤務手当の支給を定めた
前記四(二)の給与条例第一五条にいう「正規の勤務時間」というのが右をさして
いることは明らかであるが、労働基準法第四章の諸規定は一日八時間、週四八時間
という勤務時間を前提としているので、その間にそごが生じるのである。しかしな
がら、右勤務時間条例は、労働基準法に定める労働条件が最低のものである(同法
第一条第二項参照)ことにかんがみ、同条の趣旨に従つて労働条件を高め労働時間
を同法第三二条の定めより少く定めたものであり、給与条例第一五条も前記四
(二)のとおり労働基準法の規定を受けたものと解される割増賃金の支払を定めて
いるのであるから、労働基準法の解釈として右に述べたところは、勤務時間条例、
同規則に定めた勤務時間を超えたすべての勤務について妥当し、右時間外勤務に対
しては一律給与条例に従つた割増賃金が支払われるべきものと解するのが相当であ
る。
八 控訴人は、「本件時間外勤務命令は、所定の方式に従つていないから、命令と
して不存在である。」と主張する。なるほど、給与規則第二七条には、時間外勤務
手当は時間外勤務命令簿により勤務を命ぜられた職員に対し実際に勤務した時間を
基礎として支給すると定められ、右命令簿の様式も別に定められていることが明ら
かで、前記六に挙げた各証拠によれば、入試事務の際には所定の方式に従つた勤務
命令が出されているのに、本件被控訴人らの時間外勤務についてはかかる様式をそ
なえていないことを認めることができる。しかし、右命令簿は時間外勤務命令の有
無と、これにもとづいてなされた時間外勤務の内容を明確にし、もつてその手当の
支給に遺漏のないようにするために定められたものにすぎないと解するのを相当と
するから、この命令簿に記載がないからといつて時間外勤務の事実を否定すること
は許されないというべきである。
九 控訴人は、「地方公共団体の経費はすべて予算に計上されねばならないとこ
ろ、静岡県においては入学試験事務の場合を除き教職員の時間外勤務手当について
予算を組んでいないから、制度上これを支給しえない。」と主張する。静岡県にお
いて本件のような時間外勤務手当についての予算措置がなされていないことは、前
記六において認定したとおりであるが、法律および条例上被控訴人ら教職員にも時
間外勤務手当が認められている以上、財政措置を講じていないからといつて、地方
公共団体としてその負担すべき手当の支給を拒みえないことはもちろんである。
一〇 控訴人は、「被控訴人らが正規の勤務時間外になした勤務に対しては、翌日
または前日の勤務時間を短縮して埋合わせをしているから、時間外勤務手当支払義
務はない。」と主張する。勤務時間条例第二条第三項は、同条第一、二項の勤務時
間の割振について、「職員の勤務条件の特殊性により前二項の規定により難いもの
がある場合においては、任命権者は、人事委員会の承認を得て別の定めをすること
ができる。」と定めているが、被控訴人ら教職員についてかかる定めがなされてい
た事実は認められないし、その他被控訴人ら教職員について労働基準法第三二条第
二項に規定するいわゆる変形八時間労働制がとられていたと認めるに足りる証拠は
ない(なお、静岡県においては、本件後の昭和四一年七月八日「学校職員の勤務時
間等の特例に関する規則」(昭和四一年七月八日教育委員会規則第五号)を制定し
て、以後いわゆる変形八時間制をとることになつたが、本件には適用されない。)
から、被控訴人らについての正規の勤務時間およびその割振は前記一のとおりとい
うほかはないのであつて、右正規の勤務時間以外の勤務はすべて勤務時間条例、給
与条例にいうところの時間外勤務といわざるをえないのである。そして、前記二に
掲げた証人および被控訴人本人の各供述によれば、なるほど、被控訴人ら教職員の
終業時刻は午後五時とされていても、実際は各学校長によつて多少寛厳の差はある
が、おおむね午後四時をすぎると用事のない者は適宜帰宅を妨げない取扱になつて
いたことを認めることができる。しかしながら、右各証拠によれば、右のような取
扱は自宅研修等の必要があつてとられていることを認めうるし、前記五に述べた教
職員の勤務の特殊性を考慮すれば、勤務時間内に帰宅を妨げない取扱がなされたか
らといつて、そのために当然以後の時間が勤務を要しない時間になるものとはいえ
ないから、この点の控訴人の主張は採用できない。
一一 控訴人は、「本件のような時間外勤務に対しては、時間外勤務手当を支払わ
ない、あるいは、時間外勤務手当は請求しない、旨の事実たる慣習があつた。」と
主張するが、被控訴人らにも適用のある労働基準法は割増賃金の支払を強制するこ
とによつて労働時間を規制しているのであり、給与条例がこれを受けているもので
あることにかんがみれば、時間外勤務手当を支払うかどうかは公の秩序に関する事
項であつて、当事者の任意処分を許さない領域に属するものというべく、したがつ
て、従前この支払がなされたことがないことをもつて控訴人主張のような慣習があ
る場合にあたるとしても、その効力を有せざるものというべきである。
一二 しかして、時間外勤務手当の算出方法が労働基準法第三七条、同法施行規則
第一九条第一項、給与条例第一五条、第一八条、給与規則第二八条第二項により、
時間外勤務一時間について
{(給料の月額+暫定手当の月額)×12}÷{1週間の勤務時間(44)×5
2}×{125÷100(ただし、勤務時間が午後10時~午前5時のときは、1
50÷100)}
の割合による金員となることが明らかであるから、前記二に認定した時間外勤務に
対し、前記一の各給料額を基礎として、右算出方法によつて算出すると、被控訴人
らについて認められる時間外勤務手当は、原判決添付別紙時間外勤務手当明細表備
考欄記載の各金額(その各被控訴人についての合計額は原判決添付別紙請求認容一
覧表記載のとおり)となることが計数上明らかである。
 そうだとすると、以上と同趣旨において、右各金員とこれに対する支払期到来以
後である昭和三七年六月三〇日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による
遅延損害金の支払を求める部分について、被控訴人らの請求を認容した原判決は相
当であつて本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却すべく、なお、本判決
主文第一項但書記載の被控訴人一二名につき、その各先代が死亡し、それぞれ三分
の一ずつの相続分によつて相続したことは当事者間に争いがなく、そのように請求
の趣旨が変更されたから、右主文第一項但書のとおり訂正すべく、訴訟費用の負担
につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小川善吉 小林信次 川口冨男)
(別紙目緑省略)

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