弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人安村幸作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、こ
れを引用する。
 論旨は原判決の事実誤認を主張し、その理由の要旨は次のとおりである。即ち本
件土地はもともと被告人の亡夫Aが昭和二九年頃よりその住居である建物所有のた
め利用することを正当に認められた敷地の一部であつて、A及び被告人等が一〇年
間の久しきにわたつて直接占有使用し来つたところであり、大阪市教育委員会は本
件土地についてはこれを管理するといつても被告人等の用益的権利によつて制限さ
れていた土地所有権の行使を単に分掌していたものに過ぎない。被告人等の居住す
る既存建物(本件増築部分を除く従来の建物)はB幼稚園の敷地の東北隅にある
が、昭和二九年頃幼稚園の舎屋建築に端を発し、その資材の管理及びその後の幼稚
園の保安を確保するため、当時幼稚園の建設委員長であつたCに依頼されるままA
がこれら警備の任を引受けたが、これを契機として同所に居住することを認めら
れ、Aは自己の負担で同所に建物を建築し、爾来被告人等家族と共に同所に居住す
ることとなつたものであつて、CはAとの右契約につき大阪市を代理する正当な権
限を有していたものであり、仮に無権限であつたとしてもCの報告を受けた市当局
がなんら異議を述べなかつたことや、その後A及び被告人等家族が相当長期間なん
らの争いもなく居住し得たという事実に照らせば本件土地所有者の暗黙の承諾(追
認)があつたものというべく、右契約の効力は所有者である大阪市に及ぶものであ
る。
 このように大阪市が被告人の居住を認めたのは建物所有に適当な広さの敷地を提
供しようということで借地権の設定に外ならず、警備の報酬額と土地の使用料とは
対価関係に立つものと推認できるから、右契約は建物所有を目的とする土地の賃貸
借乃至はこれに準ずる無名契約であつたと認めるのが相当であつて、そうすると本
件借地権の存続期間は短くとも二〇年となり、本件増築当時A及び被告人等が同所
を占有使用していたことは正権原に基づくもので、不法占拠ではない。
 さらに幼稚園の敷地面積は約三、六〇〇平方米という広大なものであるのに比
し、本件土地部分と従来居住する既存建物の床面積を加えてもまことに狭少な部分
であり、まして同所は幼稚園の東北隅で、東側、北側は道路、南側には倉庫、西側
には園舎が立並んでいるので、既存建物に出入するためには北側の鉄柵を乗り越え
なければならないほど周囲を取り囲まれた状況下にあるので、本件借地権の範囲が
本件土地部分(即ち一〇平方米余の空地)を含む囲繞地の全部に及ぶものと考えら
れる。以上のとおり本件土地部分はA及び被告人が建物所有を目的とする借地権に
基づき正当に占有使用していたものであるから、不動産侵奪罪の成立する余地がな
い。なおもし仮に本件土地部分が借地権の範囲に含まれないとしても、被告人とし
ては契約を締結した当事者である夫Aの言動を信頼し、一〇年間何らの疑念も持た
ず本件土地部分を現実に使用し続けてきたものであるから、本件増築工事をするに
際し、侵奪の故意は全く存しなかつたものである。そして本件基礎工事完了直後大
阪市教育委員会の職員であるDから建築工事の中止方を申入れられたとしても、同
委員会は被告人等との間に充分な話合を試みようともせず、徒らに既存建物の敷地
部分についてまでも不法占拠だとして立退を迫つていたような状況であり、なおま
たCの勧告も、ただ教育委員会の承諾を得た方が無難だという程度で借地権の効力
の及ぶ範囲についての説明はなんらされていないのであるから、これらは単なる言
い掛りと解されることはあつても到底被告人の認識を変更させるに足るほどの説得
力はなかつたのであつて、被告人が当初からの確信どおり本件土地部分についても
借地権の効力が及ぶものと認識していたとしてもあながち無理からぬところであ
る。以上何れにしても本件について不動産侵奪罪の成立するいわれはないのにかか
わらず、有罪の認定をした原判決は事実を誤認したものである、というのである。
 よつて先ず被告人及び亡夫Aの既存家屋居住の経緯ならびにその敷地乃至本件土
地の占有の性質について考察する。既存家屋は大阪市立B幼稚園敷地の東北隅に在
り、右幼稚園敷地は面積約三六四三平方米で古くから大阪市所有の土地であつても
と大阪市立E小学校用地であつたが戦後大阪市はこれを幼稚園用地として転用する
こととし、B小学校内に併設されていたB幼稚園が昭和二九年に右土地に移転して
きたものである。ところで同年石敷地上に幼稚園の遊戯室を建設するに際し敷地内
に集積してある資材を看視する者が居ないと盗難に罹るおそれがあつたので、当時
B幼稚園の建設委員長をしていた民間人のCが被告人の亡夫A(もと警察官であつ
たので資材監視には適任であり、当時たまたま右幼稚園から余り遠くないa町の借
家に居住していたが、その借家の賃借権を他人に譲渡しいわゆる権利金として約一
五万円を入手したがその金は諸種の用途に使用したため手許には約四万円しか残ら
ないので、四万円の権利金では借家が借りられないため住居に困つていた事情に在
つた)とは知人の関係であつたところから、CはAに右資材の監視をしてもらうこ
ととし、その代償として右幼稚園敷地の東北隅に建坪約三一、三五平方米の木造瓦
葺平家建家屋一棟をCの私財約十一、二万円を支出して建築しこれにA及びその家
族(被告人と子女四名)を無家賃で居住させることとし、その際Aより前記余裕金
四万円をCに差入れさせ、(これは入居のための権利金類似の金員であると想像さ
れる)Aが右家屋を明渡す際には右四万円は返還する約束であつた。(Cとしては
Aを居住させる期間は三年乃至五年と予想しており、その間Aが無家賃で居住して
いることによつてある程度の資金を蓄積し他に転居する場合の権利金ができるであ
らうと考えていた)そしてA等が右家屋に居住しうる期間については特に明示の合
意はなかつたが、もともとAを入居させる目的が右のような資材監視のためであ
り、Aは大阪市の職員でもなかつた(昭和二五年警察官を退職し、一時大阪府の失
業対策関係の仕事の監督をしていた)が、昭和三〇年頃以降は概ね民間会社の守衛
的な仕事をしていたし、しかも右家屋は大阪市所有の幼稚園敷地上に建つているの
であるから、A自身としてもいつまでも右家屋に居住しうるものと考えて入居した
ものとは思われず、幼稚園の園舎、遊戯室その他の諸施設の建設、整備が完了して
右資材監視の必要がなくなつた暁には早晩右家屋から退去しなければならないとの
暗黙の諒解はCとAとの間に存在していたものと思料される。(A及び被告人は捜
査段階で右家屋がAの所有であるかのように供述しているが、原審証人Cの供述に
照らし到底信用できない)そしてCが右のように家屋を建築しAを入居せしめるに
ついては当時大阪市当局の係員に報告して諒解を求めており、市当局からは何等こ
れに対し異議を述べていないから、市当局とAとの間に明示若しくは書面等による
契約がされていないけれども、CがAとの間に右のような契約をすることにつき、
Cの代理権(大阪市を代理する権限)を大阪市当局が暗黙裡に授与又は追認したも
のと解することができる。従つてA及びその家族等はCとの話合によつて取得した
地位を以て大阪市に対抗しうるものというべく、右家屋に居住しうる間は社会通念
上その敷地と認められる土地をも適法に使用しうるものというべきである。ところ
で右既存建物の周囲の状態は東側及び北側は約一、五米の間隔でコンクリート柱が
立てられ、地上〇、五米の高さまではコンクリート柱の間をコンクリートで腰張リ
されていてその上部に四本の鉄棒が柱の間を横に張られて外柵を成しており西側は
幼稚園の倉庫であり、そのさらに西側に三階建のコンクリート造の園舎があり、南
側にも幼稚園の倉庫があつて、右のような四囲の建造物にかこまれた内部の土地は
幼稚園としては使用しておらず専らA等の使用に委ねられていたから、この範囲が
既存建物の敷地と認められ、既存家屋東端と東側の外柵との距離は約一、六米、北
側外柵との距離は既存家屋から北側に建て出した便所、及び物入の付近は殆ど空地
はないがその余の部分は約一米余、南側の幼稚園倉庫との距離は約一、三米西側倉
庫との距離は約二、六米あつて、既存建物の周囲には右程度の狭少な空地があつて
家屋敷地となつていたと言い得るであらう。そして本件において侵奪したとされて
いる土地は既存家屋西端とその西側の倉庫との間の空地約一〇、九平方米であつて
この上に被告人等が本件建物を築造する以前は被告人等家族の洗濯物の干し揚とし
て使用していたことが認められる。
 ところで弁護人は被告人及びAが借地権に基づき本件土地を占有使用していたと
主張するのであるが、既存建物がA若しくは被告人の所有であると認め得ないこと
前説示のとおりであるから、Aや被告人は既存建物の敷地につき建物所有を目的と
する賃借権乃至はこれに準ずる権利を有しないことは明らかであり、従つて借地権
を有するものといい得ないことは当然である。然しながらAは右家屋への入居を許
容したCとの契約に基きこれに居住する権利を取得したことは明らかで右居住関係
は前説示の経緯にかんがみると、返還の時期を定めない使用貸借が家屋につき成立
し、かつ家屋についての法的地位を以て大阪市に対抗しうること前説示のとおりで
あるから、大阪市所有に係るその敷地についても家屋の使用貸借終了の時まではこ
れを使用しうるものと言えよう。そしてAが右家屋えの居住を認められるについて
は前記の資材監視の必要が消滅するまで若しくは消滅後大阪市が明渡を要求するま
ではこれに居住しうるという暗黙の合意があつたと思われることは前説示の経緯に
より当然推測されるところであり、幼稚園の園舎や遊戯室は昭和三一年頃には建設
が終了して資材監視の必要がなくなり、幼稚園の施設及び敷地の管理者である大阪
市教育委員会の当局者は昭和三二、三年頃からAに対し既存建物からの退去を要求
していることが認められるから、A及びその家族等の既存建物従つてその敷地に対
する使用貸借上の権利は昭和三二、三年頃には消滅し、爾後の占有は正権原なき占
有で単なる事実上の占有となつたものということができる。
 <要旨>そこで進んで被告人らの本件建物築造の所為がその敷地の侵奪となるか否
かを考察する。本件建物築造につき敷地の管理者たる大阪市教育委員会が承
諾しておらず、かつその不承諾の意向を被告人らが熟知していたことは、建築に先
立つ昭和三九年三月頃被告人及び亡夫Aが右教育委員会当局を訪れて前記既存家屋
の倉庫の転用若しくは空家での新築によりベビーセンター(托児所)を開設したい
旨申入れたが明確に拒否されたこと及び本件建物の基礎工事ができた四月六日頃に
右教育委員会係員、Dから建築の中止を申入れられた事実さらにCが被告人等に新
築については大阪市の了解を受けるよう警告した事実によつて容易に推認できると
ころである。また本件建物を新築することは、被告人らが不法に事実上の直接占有
下においているその敷地部分たる土地につき、管理者たる大阪市教育委員会の有す
る適法な間接占有を、従前の空地状態における場合のそれよりも、より高度に侵害
する状態に移行したものといい得るであろう。然しながらこの建物は建坪約一〇、
九平方米の木造スレート葺平家建の小規模なものであり、既存のものに接続してこ
れと自由に出入できる構造になつていて既存家屋の附属建物の体を成しており、こ
の新築によつて土地所有者又は管理者の直接占有を排除侵害して被告人らの新たな
直接占有状態を現出するという事態を生起させたものでなく、(被告人らの従前か
ら保持していた直接占有が前説示のように正当の権原に基づかない不法の事実占有
であるにしても)本件建物の新築は右事実たる占有の状態を単に変更したに止まる
ものと言わなければならない。而して窃盗罪(刑法第二三五条)の規定が、動産に
対する他人の事実上の占有(所持)を侵害することを以て処罰の対象としているこ
とと対比して考えれば、新たに設けられた不動産侵奪罪(同法第二三五条ノ二)の
規定も不動産に対する他人の事実上の占有を侵害奪取し新たな占有状態を作出する
ことを刑法上の制裁の対象とし以てこれを禁圧しようとするものと解するのが相当
であるところ、本件においては前記の通り、不動産に対する使用貸借終了後の事実
上の占有を有する被告人が、その占有の状態を変更したに過ぎぬものであり、他人
の占有を新たに奪取する行為がないのであるから、不動産侵奪罪におけるいわゆる
侵奪には該当しないものと解するのが相当である。従つて原判決の被告人らの本件
建物新築の所為を以て不動産侵奪行為であると認めたのは事実を誤認したものであ
り、その誤は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
 よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条
但書により当裁判所はさらに判決するのに、本件公訴訟事実については右説示の理
由により犯罪の証明がないものというべきであるから、同法三三六条により無罪の
言渡をすることとして、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 田中勇雄 裁判官 三木良雄 裁判官 木本繁)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛