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平成23年7月7日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10324号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年6月23日
判決
当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり
主文
1特許庁が無効2010-800016号事件につい
て平成22年9月7日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係
る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たな
いとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,
下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)本件特許(甲27)
被告は,平成8年1月24日,発明の名称を「液晶用スペーサー及び液晶用スペ
ーサーの製造方法」とする特許出願(特願平8-31436号)をし,平成18年
11月10日,設定の登録(特許第3878238号)を受けた。以下,この特許
を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書(甲27)を,図面を含め,「本件
明細書」という。
(2)原告は,平成22年1月27日,本件特許の請求項1に係る発明(以下
「本件発明」という。)に係る特許について,特許無効審判を請求し(甲28),
無効2010-800016号事件として係属した。
(3)特許庁は,平成22年9月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
旨の本件審決をし,同月16日,その謄本が原告に送達された。
2本件発明の要旨
本件発明の要旨は,特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのもので
ある。
表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合
性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とから
なるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用ス
ペーサー
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本件発明は,①下記アの引用例1に記載さ
れた発明(以下「引用発明1」という。)と同一の発明ではない,②引用発明1に
下記イの引用例2に記載された発明(本件審決は,引用例2から,2つの引用発明
を認定している。以下,それぞれ「引用発明2A」ないし「引用発明2B」といい,
総称して,「引用発明2」という。)を組み合わせることにより,当業者が容易に
発明をすることができたものということはできない,③引用発明2に引用発明1を
組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものということ
はできない,というものである。
ア引用例1:特開平5-232480号公報(甲1)
イ引用例2:特開平7-333621号公報(甲2)
(2)なお,本件審決が認定した引用発明1ないし2並びに本件発明と引用発明
1ないし2との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア本件発明と引用発明1との関係
(ア)引用発明1:粒子表面を配向基板に対して付着性を有する付着層によって
被覆した構成であって,該粒子表面と付着層とは共有結合によって結合されている
液晶用スペーサーであって,前記粒子は重合体粒子であり,前記付着層として用い
られる材料は,「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレー
ト,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルア
クリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチ
ルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチ
ルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,
メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブ
チルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,
アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデ
ン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプ
レン,ブタジエン」に例示される重合可能な単量体の単独重合体または上記単量体
の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するものであり,粒子表面に上記付着
層を構成する重合体との共有結合は,グラフト重合法によって結合せしめたもので
ある,液晶用スペーサー
(イ)一致点:表面に重合性ビニル単量体の2種以上からなるグラフト共重合体
鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサー
(ウ)相違点:グラフト共重合体鎖が,本件発明では,「長鎖アルキル基を有す
る重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な
他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなる」のに対して,引用発明1
では,2種以上からなる重合性ビニル単量体の組合せを特定しないものである点
(以下「相違点1」という。)
イ本件発明と引用発明2Aとの関係
(ア)引用発明2A:少なくとも表面に下記一般式(1)RO-(1)(式中,Rは炭素
数1ないし18の直鎖又は分岐のアルキル基又はアシル基を示す。)で表される疎
水性基と,下記一般式(2)【化1】式中,R1は炭素数2ないし4の直鎖又は分岐の
アルキレン基を示し,ヒドロキシ基が置換していてもよい。mは1以上30以下の
整数を示し,m個のR1は同一でも異なっていてもよい。)で表される親水性基を有
する微粒子からなる液晶表示用スペーサーであって,上記微粒子は,以下のいずれ
かの製造方法によって得られたものである,液晶表示用スペーサー(なお,一般式
及び製造方法に関する記載は省略する。)
(イ)一致点:表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2
種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は
2種以上を含む重合体を有する重合体粒子からなる液晶用スペーサー
(ウ)相違点:重合体粒子が,本件発明では,「長鎖アルキル基を有する重合性
ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合
性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した」も
のであるのに対して,引用発明2Aの微粒子は,「製造方法1」ないし「製造方法
3」によって得られた形態で,表面に長鎖アルキル基を有するものである点
ウ本件発明と引用発明2Bとの関係
(ア)引用発明2B:少なくとも表面に下記一般式(1)で表される疎水性基と,
下記一般式(2)で表される親水性基を有する微粒子からなる液晶表示用スペーサー
であって,上記微粒子は,疎水性単量体(1)及び親水性単量体(2)以外のラジカル重
合可能な重合性単量体を懸濁重合する際に,分散安定剤として,疎水性単量体(1)
及び親水性単量体(2)の両方を構成成分とする共重合体を用いて重合を行い粒子表
面に該分散安定剤をグラフトさせることによって得られ,疎水性単量体(1)は,一
般式(1)で表される疎水性基を有する単量体であり,親水性単量体(2)は,一般式
(2)で表される親水性基を有する単量体である,液晶表示用スペーサー(なお,一
般式に関する記載は,ここでは省略する。)
(イ)一致点:表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種と該重
合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種とからなる共重合
体を有する重合体粒子からなる液晶用スペーサー
(ウ)相違点:長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種と該重合性ビ
ニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種とからなる共重合体が,
本件発明では,「グラフト共重合体鎖」として導入された形態で重合体粒子の表面
に存在するものであるのに対して,引用発明2Bでは,そのようなものではなく,
「疎水性単量体(1)及び親水性単量体(2)以外のラジカル重合可能な重合性単量体を
懸濁重合する際に,分散安定剤として,疎水性単量体(1)及び親水性単量体(2)の両
方を構成成分とする共重合体を用いて重合を行い粒子表面に該分散安定剤をグラフ
トさせることによって得られ」た形態で,表面に存在するものである点(以下「相
違点2」という。)
4取消事由
(1)引用発明1に基づく本件発明の新規性に係る判断の誤り(取消事由1)
(2)引用発明1に基づく本件発明の進歩性に係る判断の誤り(取消事由2)
(3)引用発明2に基づく本件発明の進歩性に係る判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1取消事由1(引用発明1に基づく本件発明の新規性に係る判断の誤り)につ
いて
〔原告の主張〕
(1)引用発明1の認定について
ア本件審決は,引用例1の【0010】は,列挙されている単量体同士の組合
せのうち,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するいくつかの
特定の単量体と,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量
体」に該当する他の単量体との組合せがあり得る選択肢として含まれることを示す
にとどまるものであり,付着層として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単
量体の1種又は2種以上」と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビ
ニル単量体の1種又は2種以上」との組合せからなるグラフト共重合体鎖によるも
のが,配向基板への付着性の観点から望ましいと認められるような技術常識が存在
するものともいえないなどとして,引用発明1が相違点1に係る構成を実質的に備
えるとはいえないとした。
イしかしながら,引用例1の【0010】に列挙された単量体は,いずれも他
の列挙された単量体と共重合可能であり,いずれの単量体の単独重合体も,これら
の単量体からなる共重合体も,液晶用スペーサーの付着層として配向基板との付着
力を有することは当業者にとって明らかである(甲14(枝番については,省略。
以下同じ。),43,48,49)から,その組合せの数が多数に上ったからとい
って,あり得る選択肢として含まれることを示すにとどまるものではない。
しかも,同段落には,共重合される単量体について,「長鎖アルキル基を有する
重合性ビニル単量体」と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル
単量体」というグループ分けとそれに基づいた組合せがされていないだけで,本件
発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」と「該重合性ビニル単量体
と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」との組合せである共重合体に該当する具
体例(具体的共重合体)が全て明記されている。引用例1にこのような技術思想が
記載されていないとする被告の主張は,論点をすり変えるものであり,失当である。
ウ本件審決も,液晶用スペーサーの技術分野において,スペーサー周辺での液
晶分子の配向乱れによる問題を解消するため,スペーサーの表面を垂直配向処理す
ること及び長鎖アルキル基を有する垂直配向処理剤は,本件出願時において周知技
術であるとするのであるから,引用例1の【0010】に列挙された単量体から,
少なくとも長鎖アルキル基を備えるものを選択することが優先されるはずであり,
これと共重合可能である他の単量体との共重合体が列挙されている以上,当業者は,
「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」と「該重合性ビニル単量体と共重
合可能な他の重合性ビニル単量体」との組合せからなるグラフト共重合体鎖が,周
知のスペーサー表面の垂直配向処理の観点から望ましいと当然に理解するものであ
る。
エしたがって,相違点1が実質的な相違点であるとした本件審決の認定は誤り
である。
(2)小括
以上からすると,本件発明は,引用発明1と同一の発明であって,新規性を有し
ないものというべきであるから,本件審決は取消しを免れない。
〔被告の主張〕
(1)引用発明1の認定について
ア引用例1には,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の
1種又は2種以上」と,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル
単量体の1種又は2種以上」との特定の単量体を組み合わせたグラフト共重合体鎖
に関する技術思想が開示されてはいない。
また,引用例1には,特定の単量体を組み合わせたグラフト共重合体鎖を用いる
ことにより,配向異常や光抜け等が発生するという従来技術の課題を解決するとい
う本件発明の課題やその解決手段も開示されていない。
イ原告の主張は,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当する
単量体と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」とに該
当する単量体とを選択することが,本件出願前の技術常識であるとする本件審決の
認定を前提とするものであるが,本件審決が指摘する技術文献(甲14,43,4
8,49)には,そのような技術常識に関する記載はない。
したがって,原告の主張は,その前提自体が誤りである。
ウ引用例1の【0010】に列挙された各種の単量体のいずれを用いても付着
層が形成されるのであるから,引用発明1の付着層においては,「長鎖アルキル基
を有する重合性ビニル単量体」に該当する単量体と「該重合性ビニル単量体と共重
合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する単量体とを,わざわざ組み合わせて
グラフト共重合体鎖とする必然性はない。しかも,引用例1には,これらを組み合
わせてグラフト共重合体鎖とすることにより,本件発明と同様の課題が解決する旨
の記載はない。
エしたがって,相違点1が実質的な相違点であるとした本件審決の判断に誤り
はない。
(2)小括
以上からすると,本件発明は,引用発明1と同一であるとはいうことはできず,
本件発明の新規性を認めた本件審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(引用発明1に基づく本件発明の進歩性に係る判断の誤り)につ
いて
〔原告の主張〕
(1)引用発明1に引用発明2を組み合わせる動機付けについて
ア本件審決は,引用発明2は,液晶用スペーサー周囲及びスペーサー間で液晶
の配向異常が生じることを防止することを目的とする,特定の疎水性基と親水性基
とを有する微粒子からなる液晶用スペーサーに係る発明であるところ,引用発明1
において付着層として用いられる材料は,配向基板への付着性の観点から選択され
ることからすると,同発明は,スペーサー表面に配向強制力を持たせて液晶分子を
スペーサー表面に垂直配向させる技術に関するものではなく,各発明は共通の課題
を有するものということはできないから,当業者が,引用発明1に引用発明2を組
み合わせる契機ないし動機付けがないとする。
イしかしながら,引用発明1及び2は,いずれも,液晶用スペーサーの表面処
理という極めて狭い領域の技術分野に属するものである。
また,スペーサー周辺での液晶分子の配向乱れによる問題を解消するために,ス
ペーサーの表面を垂直配向処理すること及び垂直配向処理剤として長鎖アルキル基
を有するものは,本件出願時において周知であったから,引用発明1及び2は,い
ずれも「配向乱れによる問題」を解消する必要性を有していることは明らかである。
引用発明1には,周知のスペーサー表面の垂直配向処理を施す必要があるという
液晶用スペーサー共通の本来的な課題が当然に内在しており,これは,同発明に,
周知のスペーサー表面の垂直配向処理を施す強い動機付けになるものである。
すなわち,引用発明1の付着層は,配向基板に液晶用スペーサーを付着させるた
めのものであるが,必然的に生じる液晶用スペーサー周辺での液晶分子の配向乱れ
を解消するために,引用例1の【0010】に列挙された単量体から,長鎖アルキ
ル基を有する単量体を選択することは,当業者にとって極めて当然のことである。
したがって,引用発明1の付着層の形成において,引用発明2を組み合わせるこ
とは,当業者にとって自然である。
本件審決は,長鎖アルキル基を備える配向処理剤を用いる液晶用スペーサーの垂
直配向処理を周知技術であると認定しながら,液晶用スペーサーに係る引用発明1
には,引用例2に開示されている配向強制力により液晶分子を垂直配向させるとい
う技術的課題を有していないとする矛盾した認定をしたものである。
ウ引用発明2は,疎水性単量体と親水性単量体との共重合体を,重合体粒子を
懸濁重合するための分散安定剤として用いた結果,疎水性単量体と親水性単量体と
の共重合体を表面にグラフト重合させたスペーサー粒子について開示するものであ
るから,このような疎水性単量体と親水性単量体との共重合体を重合体粒子表面に
グラフト重合して得られる液晶用スペーサーを引用発明1に適用し,引用例1の
【0010】に列挙された重合性ビニル単量体中から,長鎖アルキル基を有する単
量体と他の単量体とを共重合させることとすれば,表面に当該組合せに係る共重合
体のグラフト鎖が導入された重合体粒子からなる液晶用スペーサーという本件発明
の構成となることは明らかである。
(2)小括
以上からすると,本件発明は,当業者が引用発明1に引用発明2を組み合わせる
ことによって,容易に想到し得るものであるから,本件審決は取消しを免れない。
〔被告の主張〕
(1)引用発明1に引用発明2を組み合わせる動機付けについて
ア液晶用スペーサーにおいては,真球性,安定性,単分散性,コントラスト,
配向力,粒度分布,固着性等,種々の考慮要素が存在するから,引用発明1及び2
が液晶用スペーサーという同一の技術分野に属するからといって,短絡的にその組
合せについて動機付けを認めることはできない。
イ本件発明は,液晶分子をスペーサー表面に垂直配向させることによって異常
配向を抑制し,光抜けを防止するものであるが,引用発明1は,粒子表面から付着
層が剥離することを防止するため,付着性が良好で剥離しないことを目的とするも
のであって,解決課題は異なる。引用発明2も,特定構造の疎水性基及び親水性基
を有する微粒子によって,液晶の配向異常を防止するものであって,本件発明及び
引用発明1のいずれの課題及び解決手段とも異なるものである。
また,引用例2には,引用発明2の目的物である特定構造の疎水性基及び親水性
基を有する微粒子の製造を可能とする方法の具体例について説明されているにすぎ
ず,本件発明の技術思想が開示されているものではない。
ウしたがって,引用発明1に引用発明2を組み合わせる動機付けはないとした
本件審決の判断に誤りはない。
(2)小括
以上からすると,本件発明は,当業者が引用発明1に引用発明2を組み合わせる
ことによって,容易に想到し得るものということはできず,本件発明の進歩性を認
めた本件審決の判断に誤りはない。
3取消事由3(引用発明2に基づく本件発明の進歩性に係る判断の誤り)につ
いて
〔原告の主張〕
(1)引用発明2について
ア疎水性単量体(1)及び親水性単量体(2)の両方を構成成分とする共重合体を分
散安定剤として用いて重合を行い,当該分散安定剤を重合体粒子表面にグラフトさ
せた結果物は,疎水性単量体(1)及び親水性単量体(2)の両方を構成成分とする共重
合体を重合体粒子表面にグラフトさせた重合体粒子からなる液晶用スペーサーにほ
かならない。
そして,本件審決は,特定の製造方法を含む内容の引用発明2A及び2Bを認定
したが,本件発明は,液晶用スペーサーという「物」の発明であるから,引用例1
に記載されている共有結合の方法がグラフト重合法であるか否か,引用発明2にお
ける液晶用スペーサーに係る製造方法がいかなるものであるかについて認定する必
要はない。グラフト重合法には種々の方法があり,他のグラフト重合法によっても
同一物を得ることは可能である。
本件審決は,本件発明が具体的にどのような形態を有するのか,引用発明2Bの
「分散安定剤として,疎水性単量体(1)及び親水性単量体(2)の両方を構成成分とす
る共重合体を用いて重合を行い粒子表面に該分散安定剤をグラフトさせることによ
って得られ」た形態が具体的にどのような形態を有するのか,相違点2の認定に当
たり,両者の具体的な形態の相違をどのように認定したのかについて,その理由を
明らかにしているものではなく,理由不備であるというほかない。
イ本件審決は,引用発明2の認定を誤ったものであって,本来,引用発明2は,
以下のとおり認定されるべきものである。
少なくとも表面に一般式(1)で表される疎水性基を有する疎水性単量体(1)と,一
般式(2)で表される親水性基を有する親水性単量体(2)の両方を構成成分とする共重
合体をグラフトさせた重合体微粒子からなる液晶表示用スペーサー
ここで,一般式(1)は,RO-(1)(式中,Rは炭素数1ないし18の直鎖又は分
岐のアルキル基又はアシル基を示す。)であり,一般式(2)【化1】
(式中,R1は炭素数2ないし4の直鎖又は分岐
のアルキレン基を示し,ヒドロキシ基が置換していてもよい。mは1以上30以下
の整数を示し,m個のR1は同一でも異なっていてもよい。)
ウしたがって,本件発明と引用発明2との間には,本来,以下の相違点が存す
るにすぎないものである。
重合体粒子表面の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種と該重合
性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種とからなる共重合
体」について,本件発明では重合体粒子表面に「グラフト共重合体鎖を導入した」
と規定されているのに対して,引用発明2では,重合体粒子表面にグラフトされて
いることは明らかであるが,「グラフト共重合体鎖を導入した」という表現がされ
ていない点
エしかし,引用発明2の表面に共重合体をグラフトさせて得られた「物」と,
本件発明の重合体粒子表面にグラフト共重合体鎖が導入されている「物」とを区別
し得るものではないから,上記ウの相違点は,表現上の違いが存するにすぎないも
のであって,液晶用スペーサーという「物」としては実質的に同一である。
したがって,引用発明2の疎水性単量体(1)と親水性単量体(2)との共重合体は,
それ自体,液晶装置の配向基盤に対する付着性を有することが明らかである。
オ仮に何らかの相違点が認められるとしても,引用発明2の疎水性単量体(1)
と親水性単量体(2)との共重合体は,少なくともこれを引用発明1の付着層として
粒子表面に共有結合によって結合させれば,本件発明の構成となるものである。
すなわち,引用発明2のグラフト重合法に換えて,周知のグラフト重合法の1つ
である引用発明1のグラフト重合法による共重合体をグラフト鎖として導入するこ
とは,当業者が容易に想到し得るものということができる。
(2)小括
以上からすると,本件発明は,当業者が引用発明2それ自体から,あるいは,少
なくとも引用発明2に引用発明1を組み合わせることによって,容易に想到し得る
ものであるというべきであるから,本件審決は取消しを免れない。
〔被告の主張〕
(1)引用発明2について
ア引用発明2の「疎水性単量体(1)」及び「親水性単量体(2)」が,それぞれ本
件発明における「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」「該重合性ビニル
単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に相当することについては,争う
ものではない。
しかしながら,引用発明2は,微粒子の表面に,疎水性単量体(1)及び親水性単
量体(2)の両方の基を有するものであり,本件発明のように,「長鎖アルキル基を
有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」と「該重合性ビニル単量体と共重
合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」との単量体を組み合わせた
グラフト共重合体鎖を導入するものではない。
しかも,引用発明2は,微粒子の表面に存する疎水性単量体(1)及び親水性単量
体(2)の基により,保護フィルムを除去する際に静電気が発生して液晶用スペーサ
ーが帯電することを防止する発明であって,液晶用スペーサー周りの液晶の異常配
向を抑制し,光抜けを防止するという本件発明の技術思想とは相当異なるものであ
る。
イ引用発明1は,粒子表面から付着層が剥離することを防止するため,付着性
が良好で,剥離しない液晶用スペーサーを実現することを目的とする発明であって,
引用発明2と解決すべき課題は異なるものである。
ウしたがって,引用発明2に引用発明1を組み合わせる必然性を認めることは
できない。
(2)小括
以上からすると,本件発明は,当業者が引用発明2に引用発明1を組み合わせる
ことによって,容易に想到し得るものということはできず,本件発明の進歩性を認
めた本件審決の判断に誤りはない。
なお,原告は,本件発明と引用発明2との相違点は,表現上の違いが存するにす
ぎないものであって,実質的に同一であるとして,本件発明が引用発明2それ自体
であって,その新規性がないかのような主張をしているが,これは,引用発明2に
引用発明1を組み合わせることにより,進歩性を有しないとした無効審判における
無効理由に基づかない,新たな無効事由として新規性を争う主張というべきであっ
て,審決取消訴訟において,このような主張を追加することは許されない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(引用発明1に基づく本件発明1の新規性に係る判断の誤り)に
ついて
(1)本件発明について
ア本件明細書(甲27)の記載
本件発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりであるところ,本件
明細書(甲27)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。
(ア)本件発明は,液晶パネルにおけるパネルの間隙を維持するために用いられ
る液晶用スペーサーに関する発明である。
従来,液晶とスペーサーとの界面で液晶分子の配向異常が生じると,スペーサー
周りにドメインと呼ばれる領域が発生し,液晶パネルの動作時に光抜けを生じさせ,
それによりパネルのコントラストを低下させるなど,表示品質が著しく低下した。
ドメインは,液晶とスペーサーとの界面で液晶分子が垂直に配向することによっ
て消失することは周知であり,スペーサー表面での垂直配向を促進させるため,架
橋重合体微粒子の表面に長鎖アルキル基を存在させた液晶スペーサーが存在するが,
従来の方法ではスペーサー表面へのアルキル基導入が不十分で,ドメインは完全に
消失しなかった。
従来技術では,架橋重合体微粒子に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体
及び重合開始剤を含浸させるため,これらの種類や含浸条件により含浸の度合いが
異なり,架橋重合体微粒子の表面に所定濃度の長鎖アルキル基を導入することは困
難であった。さらに,重合性ビニル単量体や重合開始剤を架橋重合体微粒子に含浸
させると,重合性ビニル単量体や重合開始剤が架橋重合体微粒子によって稀釈され
るため,重合効率が低下するという問題も生じる(【0001】~【0003】)。
(イ)本件発明は,従来の課題を解決するための手段として,表面に長鎖アルキ
ル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重
合可能な他の重合性ビニル単量体の1種または2種以上とからなるグラフト共重合
体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーを提供するものであり,当該
液晶用スペーサーは表面にラジカル連鎖移動可能な官能基及び,又はラジカル重合
開始能を有する活性基を導入した重合体粒子表面に長鎖アルキル基を有する重合性
ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性
ビニル単量体の1種又は2種以上の混合物をグラフト共重合せしめることにより,
長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を導入することによって製造される。
そして,当該ラジカル連鎖移動可能な官能基として望ましいものは,例えばメルカ
プト基及び,又は重合性ビニル基であり,当該ラジカル重合開始能を有する活性基
として望ましいものは,例えばパーオキサイド基及び,又はアゾ基である(【00
04】)。
(ウ)本件発明の液晶用スペーサーは,表面に長鎖アルキル基を有するグラフト
共重合体鎖が導入されている。当該重合体鎖の長鎖アルキル基濃度は,グラフト共
重合体鎖を導入する際に使用する長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の濃
度によって直接的に容易に調節可能である。また,重合性ビニル単量体や重合開始
剤は稀釈されることなく,高いグラフト重合効率が得られる。当該長鎖アルキル基
を有するグラフト共重合体鎖と重合体粒子とは共有結合によって結合されているの
で,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を有するグラフト共重合体鎖の層
と重合体粒子とは一体であり,グラフト共重合体鎖の層が重合体粒子から剥離する
ことはない。また,長鎖アルキル基の層の厚みが0.01µm以上であれば,グラ
フト共重合体鎖の溶融効果又は配向基板上の官能基残基との反応により重合体粒子
と配向基板との固着性も有する。
このような表面に長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を導入した重合体
粒子を液晶パネル用スペーサーとして用いると,重合体粒子表面のグラフト共重合
体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列するため,液晶ス
ペーサー近傍の液晶分子の配向乱れが抑制され,液晶パネル点灯時の光抜けが防止
され,コントラストが向上し,表示品質を向上させることができる(【0014】
【0032】)。
(エ)なお,本件発明の実施例として,実施例1ないし13が挙げられている
(【0015】~【0027】)ところ,本件発明の「特定の共重合体鎖」に該当
する具体例として,実施例10ないし12において,メチルメタクリレートとn-
ラウリルメタクリレートとの共重合体鎖(実施例10),メチルメタクリレート,
2-ヒドロキシブチルメタクリレート,ステアリルメタクリレートとの共重合体鎖
(実施例11),メチルメタクリレート,オクチルメタクリレート,ラウリルポリ
オキシエチレンメタクリレートとの共重合体鎖(実施例12)を有する液晶用スペ
ーサーが開示されている。
そして,これら実施例10ないし12のスペーサーと,比較例(オクタデシルト
リメトキシシランで表面処理(カップリング剤処理)されたスペーサー【002
8】【0029】)とについて実施された光抜け状態評価の結果によると,実施例
10ないし12の方が,比較例よりも直流電圧(DC)印加後における液晶スペー
サー周りの配向異常(光抜け状態)の発生が少ないことが示されている(【003
0】【0031】)。
イ本件発明の技術内容
以上の本件明細書の記載によると,本件発明は,液晶用スペーサーにおいて,表
面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニ
ル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグ
ラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子を用いることにより,重合体粒子表面のグ
ラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列し,
液晶スペーサー周りの配向異常を防止することをその技術内容とするものである。
もっとも,本件明細書【0014】に記載される作用効果は,単独重合,共重合
によらず,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表
面にグラフトしたことに基づくものであって,このような「特定の共重合体鎖」に
限定したことに基づく作用効果についての記載はない。
また,本件明細書【0015】ないし【0027】の実施例の記載から,単量体
を共重合した3種の共重合体鎖をグラフト重合体鎖として有するスペーサー(実施
例10~12)が,オクタデシルメトキシシランで処理されたスペーサー(比較例
1・2)よりも優れていることは理解できるものの,当該比較例は,カップリング
剤によって処理されたものであって,単独重合体鎖や他の共重合体鎖を導入したも
のではないから,液晶スペーサーのグラフト重合体鎖として「特定の共重合体鎖」
を限定した作用効果,すなわち,「特定の共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重
合体鎖である場合よりも優れていることは,何ら記載されているものではない。
この点について,被告は,拒絶査定不服審判において,手続補正書(甲5)に,
グラフト鎖が単独重合体鎖の場合と共重合体鎖の場合とを比較した試験報告書を添
付し,グラフト共重合体鎖にメチルメタクリエート(MMA)を共重合することによ
って,単独グラフト共重合体鎖よりも光抜け改善効果が安定すると指摘しているが,
このような効果は,本件明細書には全く記載されていないから,本件発明の作用効
果に関して当該試験報告書を参酌することはできない。
しかも,本件発明は,「グラフト共重合体鎖が,長鎖アルキル基を有する重合性
ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合
性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなる」という広範な共重合体鎖であるの
に対して,当該報告書は,特定4種の共重合体鎖に関するものであり,「共重合可
能な他の重合性ビニル単量体」としてMMAのみを取り上げているにすぎないもの
であるから,本件発明に特定される広範な「特定の共重合体鎖」全体について,単
独重合体鎖よりも優れている根拠とすることはできない。
(2)引用発明1について
ア引用例1の記載
引用例1(甲1)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。
(ア)引用発明1の特許請求の範囲は,以下のとおりである。
粒子表面を配向基板に対して付着性を有する付着層によって被覆した構成であっ
て,該粒子表面と付着層とは共有結合によって結合されていることを特徴とする液
晶スペーサー
(イ)引用発明1は,液晶用スペーサーに関する発明である。従来の液晶用スペ
ーサーは,配向基板に付着性を有する低融点の合成樹脂やワックス等の付着層を被
覆したものが用いられており,配向基板表面に付着層を介して固定されていた。
しかしながら,従来の液晶スペーサーは,粒子表面から付着層が剥離し易く,剥
離した付着層が液晶側に混入して液晶の性能を妨害するという問題点があった
(【0001】~【0003】)。
(ウ)引用発明1は,粒子と付着層とを共有結合によって結合することにより,
従来技術の課題を解決するものである(【0004】)。
(エ)引用発明1に用いられる粒子は,析出重合法又はシード重合法によって得
られる粒子であって,単量体の一部としてジビニルベンゼン,ジアリルフタレート,
テトラアリロキシエタン等の多価ビニル化合物を用いた架橋重合体粒子が望ましい
(【0006】【0007】)。
(オ)引用発明1において付着層として用いられる材料としては,メチルアクリ
レート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,
2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフル
フリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメ
タクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ス
テアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチ
ルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブ
チルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタク
リロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニ
リデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプレン,ブタジエン等の重合
可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性
を有するものである(【0010】)。
(カ)引用発明1においては,粒子表面に付着層を構成する重合体を共有結合に
よって結合させるものであるが,その方法としてはグラフト重合法がある。同法に
おいては,粒子表面に重合可能なビニル基を導入し,当該ビニル基を出発点として
単量体を重合する方法,粒子表面に重合開始剤を導入し,当該開始剤により単量体
を重合する方法の2つが考えられる(【0013】)。
(キ)引用発明1の液晶用スペーサーは,配向基板に付着性が良好でかつ付着層
が剥離しないという効果が得られるものである(【0054】)。
イ引用発明1の技術内容
以上の引用例1の記載によると,引用発明1は,粒子と付着層とをグラフト重合
法等などによって共有結合させることにより,配向基板に付着性が良好でかつ付
着層が剥離しない液晶用スペーサーを提供することをその技術内容とするものであ
る。
(3)相違点1について
ア前記(1)及び(2)の本件発明1及び引用発明1の技術内容からすると,引用例
1の【0010】に列挙された「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブ
チルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シ
クロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタク
リレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリ
レート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリル
メタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニ
ルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α
-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビ
ニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イ
ソプレン,クロロプレン,ブタジエン等の重合可能な単量体の単独重合体又は上記
単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するもの」であれば,いずれも
その分子構造が直鎖状であって,通常は熱可塑性を有する重合体であるといえるか
ら,上記列挙に係る各単量体を重合して得られる重合体のほとんど全てが付着層と
して使用できるものということができる。
そして,上記単量体のうち,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタ
クリレート,ラウリルメタクリレートは,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重
合性ビニル単量体」に該当するものであるから,引用例1の【0010】には,文
言上,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」を共重合材料に含む共重合
体を付着層とすることが記載されているということができる。
イ本件明細書が開示する,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキ
ル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列することにより,液晶スペーサー周
りの配向異常を防止するという本件発明の作用効果は,単独重合,共重合によらず,
長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフ
トしたことに基づくものであって,本件明細書において,本件発明が,引用発明1
に開示されている構成のうちから,「特定の共重合体鎖」に限定しているとしても,
それに基づいて生じる格別の作用効果に係る記載はないから,本件発明の「特定の
共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重合体鎖と比較して格別の作用効果を奏する
ものということはできない。しかも,本件明細書【0014】には,「長鎖アルキ
ル基の層の厚みが0.01µm以上であれば,グラフト共重合体鎖の溶融効果又は
配向基板上の官能基残基との反応により重合体粒子と配向基板との固着性も有す
る。」として,長鎖アルキル基の層が一定の厚みを有すると付着性が向上する旨を
明らかにしているものである。
そうすると,本件発明は,引用発明1における付着層を構成する重合体鎖につい
て,その一部に相当する「特定の共重合体鎖」を単に限定しているにすぎず,この
ような限定によって,引用発明1とは異なる作用効果あるいは格別に優れた作用効
果を示すものと認めることもできないから,引用発明1の解決課題である付着性や
技術常識の観点から,相違点1が実質的な相違点ということはできない。
ウ以上のとおり,本件発明は,引用発明1において例示的に列挙された「重合
可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性
を有するもの」の中から,「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の
1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の
1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子」について
一部限定したものというほかない。
また,本件発明は,引用発明1から本件発明が限定した部分について,引用発明
1の他の部分とその作用効果において差異があるということはできないから,引用
発明1と異なる発明として区別できるものでもない。
したがって,本件発明と引用発明1との間には,相違点は存しないといわざるを
得ない。
エこの点について,被告は,引用例1には,本件発明における「長鎖アルキル
基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」と,「該重合性ビニル単量体
と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」との特定の単量体を
組み合わせたグラフト共重合体鎖に関する技術思想が開示されていない,引用発明
1の付着層においては,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当す
る単量体と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該
当する単量体とを,わざわざ組み合わせてグラフト共重合体鎖とする必然性はなく,
これらを組み合わせてグラフト共重合体鎖とすることにより,配向異常や光抜け等
が発生するという従来技術の課題を解決するという本件発明の課題やその解決手段
も開示されていない等と主張する。
しかしながら,引用例1には,【0010】に列挙された単量体の重合体鎖であ
れば,単独重合体鎖,共重合体鎖のいずれにおいても付着層として使用できること
が開示されているのみならず,この重合体鎖には本件発明の「特定の共重合体鎖」
も包含されるのであるから,引用例1には,付着層を構成する重合体鎖として,本
件発明の「特定の共重合体鎖」に係る技術思想が開示されているものということが
できる。被告の主張は採用できない。
(4)小括
以上からすると,本件発明は,引用発明1と同一の発明であって,新規性を有し
ないものというべきであるから,原告主張の取消事由1は理由がある。
2取消事由3(引用発明2に基づく本件発明の進歩性に係る判断の誤り)につ
いて
前記1のとおり,原告主張の取消事由1は理由があり,本件審決は取消しを免れ
ないが,事案に鑑み,取消事由3についても検討することとする。
(1)引用発明2について
ア引用例2の記載
引用例2(甲2)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。
(ア)引用発明2の特許請求の範囲は,以下のとおりである。
【請求項1】少なくとも表面に下記一般式(1)RO-(1)(式中,Rは炭素数1ないし
18の直鎖又は分岐のアルキル基又はアシル基を示す。)で表される疎水性基と,
下記一般式(2)【化1】
(式中,R1は炭素数2ないし4の直鎖又は分岐
のアルキレン基を示し,ヒドロキシ基が置換していてもよい。mは1以上30以下
の整数を示し,m個のR1は同一でも異なっていてもよい。)で表される親水性基を
有する微粒子からなることを特徴とする液晶表示用スペーサー
(イ)引用発明2は,特に通電時におけるスペーサー周り又はスペーサー間での
液晶の配向異常を防止し,均質な表示を可能とする液晶用スペーサーに関する発明
である。
TN又はSTN液晶パネルでは,通電中にスペーサー周り又はスペーサー間での
液晶の配向異常が生じ,その領域が通電時間とともに拡大するという問題があるの
みならず,保護フィルムを除去する際に静電気が発生し易いため,スペーサー周囲
で液晶分子の異常配向がしばしば発生するという問題がある。
これらを防止するために,いわゆるエージング操作(アニール工程)が行われて
いるが,それにより生産効率が低下するなどの問題があった。さらに,スペーサー
表面を長鎖アルキルシラン等で処理する方法等によって,スペーサー表面に配向強
制力を持たせて液晶分子をスペーサー表面に垂直配向させる試みも行われているが,
配向強制力が強すぎるために光透過時にも液晶分子の配向がスペーサー表面に対し
て垂直のままとなり易いため,光透過度低下によるスペーサー周囲のコントラスト
の低下をしばしば誘発した。また,これらの方法は,静電気からのスペーサーの帯
電による周囲の液晶分子の配向異常に対しては効果を有するものではなかった
(【0001】【0003】【0004】)。
(ウ)引用発明2は,従来技術の欠点を解決し,スペーサー周囲及びスペーサー
間で液晶の配向異常が生じないようにするために,前記(ア)の一般式(1)及び(2)で
表される疎水性基及び親水性基を有する微粒子からなることを特徴とするものであ
る(【0005】~【0007】)。
(エ)引用発明2に係る疎水性基及び親水性基を有する微粒子は,4種類の方法
により製造することができる(【0008】)。
そのうち,製造方法4は,より確実かつ簡便に,前記(ア)の表面に引用発明2に
係る疎水性基及び親水性基を有する重合体微粒子を得る方法であり,疎水性単量体
及び親水性単量体以外のラジカル重合可能な重合性単量体を懸濁重合する際,分散
安定剤として,疎水性単量体及び親水性単量体の両方を構成成分とする共重合体を
用いるか,あるいは疎水性単量体又は親水性単量体のどちらか一方と,疎水性単量
体及び親水性単量体以外のラジカル重合可能な重合性単量体とを懸濁重合する際,
分散安定剤として,疎水性単量体又は親水性単量体の他方を構成成分とする共重合
体を用いて重合を行い,粒子表面に分散安定剤をグラフトさせる方法である。
この方法で用いられる分散安定剤としては,例えば疎水性単量体及び,又は親水
性単量体と,水溶性高分子を構成する単量体,例えばヒドロキシエチル(メタ)ア
クリレート等の親水性単量体;(メタ)アクリル酸;(メタ)アクリルアミドある
いはこれらのメチロール化合物;ビニルピロリドン,エチレンイミン等の窒素原子
又はその複素環を有するもの等の共重合体が挙げられる。これらの共重合体は公知
の方法により合成することができる(【0029】)。
イ引用発明2の技術内容
以上の引用例2の記載によると,引用発明2は,液晶用スペーサー周囲及びスペ
ーサー間で液晶の配向異常が生じないようにするために,特定の構造の疎水性基及
び親水性基を有する微粒子からなる液晶用スペーサーを提供することをその技術内
容とするものである。
また,引用例2の製造方法4において使用される分散安定剤の共重合体は,疎水
性単量体(1)」と「親水性単量体(2)」との共重合体であるところ,これらはそれぞ
れ本件発明における「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」「該重合性ビ
ニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に相当することについては当
事者間に争いはないから,同様に,製造方法4において重合体粒子表面にグラフト
されるのが,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」と「他の重合性ビニ
ル単量体」との共重合体鎖であることも,当事者間に争いはない。
(2)相違点2について
ア本件発明におけるグラフト共重合体鎖の導入方法について
(ア)本件発明は,物の発明であって,その特許請求の範囲においてグラフト共
重合体鎖を導入する方法について特定の方法が前提とされているものではない。
(イ)本件明細書【0004】には,グラフト共重合体鎖の製造方法が記載され
ているが,当該方法に限定する旨の規定はなく,本件発明のようなグラフト共重合
体鎖を導入した重合体粒子自体は,他の周知の方法によっても製造可能である。
(ウ)本件明細書【0005】ないし【0010】には,ラジカル連鎖移動可能
な官能基及び,又はラジカル重合開始能を有する活性基を導入する具体的手段につ
いて記載されているが,当該方法は「望ましいもの」とされているものであり,本
件発明において,当該具体的方法を用いることに限定されているものではない。
(エ)本件明細書において,「導入する」という用語について,技術的意義を具
体的に明らかにする記載はない。
(オ)したがって,本件発明は,表面にグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒
子からなる液晶用スペーサーにおいて,グラフト共重合体鎖が,長鎖アルキル基を
有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可
能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなる「特定の共重合体鎖」
であることを特徴とするものであり,グラフト共重合体鎖を導入する方法は特定さ
れていないものということができる。
イ引用発明2における分散安定剤をグラフトさせる方法について
(ア)引用発明2の製造方法4は,分散安定剤である特定の共重合体鎖が懸濁重
合する際,重合体粒子表面に「導入」されてグラフトされた形態となるものという
ことができる。
そして,本件発明は,重合体粒子の製造方法や導入の具体的な形態を何ら特定し
ておらず,本件明細書においても,本件発明のグラフト共重合体鎖の「導入」につ
いて,具体的に定義付け,あるいは特定の方法に限定するものでもないから,本件
発明におけるグラフト共重合体鎖が導入された形態と,引用発明2における特定の
共重合鎖が重合体粒子表面に導入され,グラフトされた形態となることは同様の事
象を意味するものということができる。
(イ)引用例2は,4種類の液晶用スペーサーの製造方法を開示しているところ,
そのうち,製造方法4は,より確実,簡便に重合体微粒子を得る方法であるとされ
ているから,当業者は,製造方法4を容易に選択し得るものである。
(ウ)そうすると,引用発明2の製造方法4により得られた重合体微粒子からな
る液晶用スペーサーは,本件発明における「重合体粒子」の「表面にグラフト共重
合体鎖を導入した」ものということができる。
したがって,相違点2の構成は,当業者が引用発明2において同発明中の製造方
法4を選択することにより,容易に想到し得るものということができるのであって,
本件発明は当業者が引用発明2それ自体から容易に想到し得るものであったという
原告の主張はこれを首肯することができる。
ウ被告の主張について
(ア)被告は,引用発明2は,微粒子の表面に存する疎水性単量体(1)及び親水
性単量体(2)の基により,保護フィルムを除去する際に静電気が発生して液晶用ス
ペーサーが帯電することを防止する発明であって,液晶用スペーサー周りの液晶の
異常配向を抑制し,光抜けを防止するという本件発明の技術思想とは相当異なるも
のであるなどと主張する。
しかしながら,引用例2は,従来技術の課題について,通電中に,液晶用スペー
サー周り又はスペーサー間での液晶の配向異常が起こり,その領域が通電時間とと
もに拡大するという問題及び保護フィルムを除去する際に静電気が発生し易く,液
晶用スペーサー周囲の部分で液晶分子の異常配向が発生するという問題があること
を記載しているが,引用発明2の課題について,保護フィルムを除去する際の配向
異常に限定する旨の記載はない。引用例2の【0037】には,実施例2について
走査電圧を印加してその表示特性を観察したところ,全面に亘って表示むらのない
高品質の表示が得られており,また,液晶用スペーサー周り又はスペーサー間での
液晶の配向異常は認められなかった旨が指摘されており,このような指摘は,通電
中における液晶用スペーサー周り又はスペーサー間での液晶の配向異常についても
引用発明2の課題とされていることを裏付けるものである。
したがって,本件発明と引用発明2とは,技術思想が異なるものではない。
(イ)被告は,本件発明と引用発明2との相違点は表現上の違いが存するにすぎ
ないものであって,実質的に同一であるとして,本件発明の新規性を争うかのよう
な原告の主張は,引用発明2に引用発明1を組み合わせることにより,進歩性を有
しないとした無効審判における無効理由に基づかない新たな主張というべきであっ
て,審決取消訴訟において,このような主張を追加することは許されないとも主張
する。
しかしながら,無効審判における審理の際,原告は,平成22年7月12日付け
口頭審理陳述要領書(甲31)において,本件発明がグラフト共重合体鎖を導入し
た重合体粒子であることを構成要件として規定しているのに対し,引用発明2の製
造方法4に係る発明においては,グラフト共重合体鎖を導入という表現がされてい
ないだけであって,実質的な差異がない旨主張しているものである。
また,本件審決も,原告が,本件発明と実質的な差異がない引用発明2の製造方
法4に係る発明に基づいて,本件発明は当業者が容易に想到し得るものであるとも
主張しているとした上で,本件発明と引用発明2とにおいて,実質的な差異がない
ということはできないと判断しているものである。
そうすると,無効審判段階において,当該主張がされていなかったという被告主
張は,その前提自体が誤りである。
(ウ)したがって,被告の主張は採用できない。
(3)小括
以上からすると,本件発明は,引用発明2それ自体から容易に想到し得るもので
あって,かつ,引用発明2に基づく本件発明の進歩性に係る判断の誤りをいう原告
の主張には,引用発明2に基づく本件発明の新規性を審判段階から問題にしていて,
その新規性を認めた本件審決の判断を争う趣旨を含むと解されるから,原告主張の
取消事由3は,この点において,理由があるといわなければならない。
3結論
以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官井上泰人
裁判官荒井章光
(別紙)
当事者目録
原告積水化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士飯田秀郷
栗字一樹
大友良浩
隈部泰正
和氣満美子
戸谷由布子
辻本恵太
林由希子
森山航洋
同弁理士吉見京子
城所宏
石井良夫
後藤さなえ
被告ナトコ株式会社
同訴訟代理人弁護士尾関孝彰
同弁理士長谷川芳樹
清水義憲
池田正人
城戸博兒
阿部寛
酒巻順一郎

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◎業務に関する質問等可能
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残り応募人数(2019年5月1日現在)
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独立支援は3名

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